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軍事支出の増大を止める機会を逸してきた代償

【ニューヨークIPS=アリス・スレーター】 国連は年末、ファクトシート「世界の軍事支出の増大(Rising global military expenditures)」を公表し、昨年の世界の軍事支出が過去最高の2兆7000億ドルに達したと報告した。ファクトシートは、こうした支出の拡大が人々の福祉や環境、気候危機への対応余力を圧迫し、雇用創出、飢餓・貧困対策、医療、教育などへの十分な財源確保を困難にしていると指摘している。 このファクトシートは、各国の軍事支出がいかに偏在しているかを示すとともに、同じ資金があれば飢餓と栄養不良の解消、安全な水と衛生、教育、環境修復などに何を実現し得たかを具体的に浮かび上がらせている点で意義がある。だが今こそ国連は、軍事支出の拡大を止め、地球を癒やすために「これまで何を取り逃がしてきたのか」に焦点を当てたファクトシートを出すべきではないか。 というのも、第二次世界大戦終結80年と国連創設80年の節目に当たる2025年夏、ロシアと中国は「世界戦略的安全保障に関するロシア連邦と中華人民共和国の共同声明」を発出した。同声明は、国家や国家の枠組みが「他国の安全を犠牲にして自国の安全を確保してはならない」とし、「各国人民の運命は相互に結び付いている」と付け加えている。 米国とその核同盟が、ロシアや中国に対する軍事的優位を確保しようとしてきた経緯をたどるだけでも、平和や軍縮に向けた交渉提案を受け入れる機会をたびたび逸してきたことが分かる。もしそれらの提案が受け入れられていれば、長年にわたり数兆ドル規模の資金が軍事以外の分野に回り、いま私たちが直面する「地球上のすべての生命を守る」危機への対応に充てられた可能性がある。 筆者が直近の「失われた機会」として挙げるのは、中国とロシアが共同声明で、米国の「ゴールデン・ドーム」宇宙計画を批判し、宇宙空間を武力対立の場にしないよう各国に求めた点である。筆者は、この主張が西側メディアで十分に報じられていないとして、軍需産業との関係を背景に挙げて批判している。 中ロはさらに、宇宙空間における兵器の配備や武力行使を防ぐため、ロシアと中国が軍縮会議(CD)で提案してきた条約草案(2008年および2014年)に基づく交渉を求めた。軍縮会議では条約交渉の開始に全会一致が必要だが、米国が合意に同意せず、議論は前に進まなかった。 また中ロは、宇宙での軍拡競争を防ぎ、宇宙の平和を促進する措置として、「宇宙に兵器を最初に配備しない」国際的なイニシアチブ(政治的コミットメント)を世界規模で推進することで一致したと述べた。言い換えれば、「先に宇宙配備しない」という立場である。 筆者は、宇宙の平和をめぐる提案を最新の「逸失の機会」と位置付ける。一方、最初の「逸失の機会」は1946年にさかのぼる。ハリー・トルーマン大統領が、ヨシフ・スターリンによる提案―新設された国連の下で原爆を国際管理に移す―を拒否し、その結果、ソ連が核兵器を保有するに至った、というのが筆者の見立てである。 筆者は、ロナルド・レーガン大統領が、冷戦終盤の転機―ベルリンの壁崩壊と、ミハイル・ゴルバチョフによる東欧の解放へと至る過程―において、核兵器の全廃を視野に入れた交渉条件として「スター・ウォーズ」計画(戦略防衛構想)の放棄を求める訴えに応じなかったと位置づける。こうして、核兵器庫を廃絶する機会は失われた、というのである。 さらに続く「逸失の機会」として筆者が挙げるのは、ベルリンの壁崩壊後、再統一ドイツをめぐる協議で「NATOは東方に拡大しない」との趣旨の説明があったにもかかわらず、NATOがその後ロシア国境に迫る形で拡大していった点である。 ・ビル・クリントン大統領は、プーチンによる提案――双方が核弾頭を各1000発に削減し、その後、全核保有国を招いて全廃交渉に入る。その代わり米国がルーマニアでのミサイル関連施設の開発を止める――を退けた。・ジョージ・W・ブッシュ大統領は、1972年の弾道弾迎撃ミサイル制限条約(ABM条約)から離脱し、ルーマニアに基地を設置した。トランプ大統領はポーランドに基地を置いた。・バラク・オバマ大統領は、プーチンが提示した「サイバー戦を禁止する条約」を交渉する提案を退けた。[i] 筆者は、米国が長年にわたり協力により開かれていれば、軍事以外の分野に回り得た資源は拡大し、「住み続けられる地球」を守るという切迫した課題にも、より大きな能力で対処できたはずだと訴える。宇宙の平和に関する中ロ提案を取り上げるのに、まだ遅すぎることはない。より賢明な判断が勝ることを願う。(原文へ) [i](参考)https://pirm.medium.com/why-no-international-treaty-for-cybersecurity-to-ban-cyber-attacks-5a53d8b3fdd1 (参考資料)国連ファクトシート「世界の軍事支出の増大」https://www.un.org/sites/un2.un.org/files/milex-docs/MILEX_UN_Fact_Sheet.pdf アリス・スレーターは、World BEYOND WarおよびGlobal Network Against Weapons...

凍てつく寒さの中で壁を破る:マムダニ氏、NYC初のイスラム教徒市長に就任

【ニューヨークATN=アハメド・ファティ】 華氏20度台前半(摂氏で約マイナス5度前後)まで冷え込む厳しい寒さの中、ゾーラン・マムダニ氏が2026年元日、ニューヨーク市の第112代市長として宣誓就任した。既存政治を揺さぶる劇的な躍進を遂げ、自らを「民主社会主義者」と称する新市長が、米国最大の都市のかじ取りを担うことになった。 元日、市庁舎周辺の通りには重いコートとマフラーに身を包んだ数万人の支持者が集結した。氷点下の寒さに耐えながら、厳粛な式典と街頭集会の熱気が交錯する就任式を見届けた。ロウアー・マンハッタンには音楽が響き、参加者は足踏みして体を温め、プラカードを振り、マムダニ氏が市政の新時代を誓うたびに歓声を上げた。 https://www.youtube.com/watch?v=iazY_UDQdck&t=2s 「今日から、私たちは広く、大胆に統治する」とマムダニ氏は、白い息を吐きながら群衆に語った。「いつも成功するとは限らない。しかし、挑む勇気がなかったとだけは、決して言われないだろう。」 マムダニ氏は34歳。ニューヨーク市を率いる人物として、初のイスラム教徒であり、南アジア系としても初となる。市庁舎前の階段で行われた公開の儀式では、連邦上院議員のバーニー・サンダース氏が宣誓を取り仕切り、連邦下院議員アレクサンドリア・オカシオ=コルテス氏が紹介した。マムダニ氏はこれに先立ち、家族が同席する小規模な非公開の場で、日付が変わった直後に正式な宣誓を済ませていた。 集会さながらの「寒中就任式」 凍える寒さにもかかわらず、公開の式典は伝統的な就任式というより、大規模な政治集会に近い雰囲気で進んだ。支持者は、Jay-Zやダディー・ヤンキー、ボリウッドのヒット曲、「ニューヨーク・ニューヨーク」を織り交ぜた選曲に合わせて踊り、強風にあおられて市旗や各区の旗が激しくはためいた。 「Tax the Rich(富裕層に課税を)」などのスローガン入りのニット帽やジャケットを身につけた参加者もいた。富裕層のニューヨーカーや企業への増税で財源を確保するという、マムダニ氏の提案を映したものだ。手作りの看板やネオンカラーのプラカードが群衆のあちこちに見え、運動体としての勢いを保ったまま勝利へ突き進んだ選挙戦を象徴していた。 マムダニ氏の台頭は、政治を追う関係者を驚かせた。2025年、民主党予備選でアンドリュー・クオモ前州知事を破り、その後の本選でも勝利した。生活費、住宅、公共サービスを主要争点に押し上げ、経済不安が深まる局面で、市長選の構図を塗り替えた。 全米が注目する進歩派アジェンダ 就任演説でマムダニ氏は、自身の市政運営がニューヨーク市の枠を超えて注視されることを認めた。「左派が統治できるのか、彼らは見定めようとしている」と述べ、こう続けた。「自分たちを苦しめる問題が解決できるのか。再び希望を抱くことが正しいのか。彼らはそれを知りたがっている。」 政策公約には、数百万人規模の借家人を対象とする家賃凍結、無料バスの拡充、保育を誰でも利用できる仕組みの整備、そして公的補助のある家賃抑制型住宅の供給を大幅に増やすことなどが含まれる。支持者は、家賃と生活費が高騰する都市にとって、こうした提案は「遅すぎたくらいだ。」と訴える。一方、批判側は、今後数年で数十億ドル規模の財政赤字が見込まれる中、計画の財政的な持続可能性に疑問を投げかける。 サンダース氏は、市民が就任式後も関与し続けるよう呼びかけ、マムダニ氏の政策は過激ではなく必要だと強調した。「世界史上最も豊かな国で、人々が手の届く住宅に住めるようにすることは、過激ではない。」この発言に、氷点下の寒さが続く中でも、群衆から「Tax the Rich」の唱和が起きた。 信仰と象徴性が前面に 式典では、マムダニ氏のイスラム教徒としての信仰も目立った。宣誓では、家族が所有していたクルアーン(コーラン)に手を置いた。祈祷(インヴォケーション)では、イマームのハリド・ラティフ氏が、複数宗教の代表とともに祈りを捧げた。 「この職務が、人々に仕えるためにあるのであって、人々の上に立つためではないことを、決して忘れさせないでください。」ラティフ氏は祈りの中でそう述べた。 同じく民主社会主義者を自任するオカシオ=コルテス氏は、労働者層のニューヨーカーに焦点を当てたマムダニ氏の姿勢を評価し、「私たち全員のための市長だ」と称賛。勝利を「偏見と極端な不平等」への拒否として位置づけた。 待ち受ける難題 マムダニ氏は、エリック・アダムス前市長の後任となる。アダムス氏の単一期は、汚職捜査や内部の混乱に影を落とされた。アダムス氏は式典に出席し、後継者が群衆に語りかける間、寒空の下で静かに立っていた。 新市長に突きつけられるのは、公約を政策に落とし込む作業である。同時に、厳しい財政環境、住宅不足、社会サービスへの圧力にも向き合わなければならない。今月後半に公表が見込まれる最初の暫定予算案は、野心と財政制約のバランスをどう取るのかを測る初期の試金石となる。 日が傾き、冷え込みが増す中でも、支持者たちは市庁舎周辺にとどまり、コーヒーカップに手をかざして温まりながら写真を撮り、この瞬間を記録した。「仕事は、友よ、まだ始まったばかりだ。」マムダニ氏の言葉は、冬の空気を切り裂くような歓声で迎えられた。(原文へ) INPS Japan Original URL: https://www.amerinews.tv/posts/breaking-barriers-in-freezing-weather-mamdani-becomes-nyc-s-first-muslim-mayor-video 関連記事: ニューヨーク新市長マムダニ氏―多文化の尊厳のために 人口は増加する一方で雇用は減少──米国の消費主義に左右される世界の雇用市場 関税と混乱――トランプ貿易戦争がもたらした持続的な世界的影響

|視点|権力継承から生存へ:ベネズエラ危機は2013年にすでに見えていた

【ニューヨークATN=アハメド・ファティ】 https://www.youtube.com/watch?v=3fWJ-kbk_Mk 2013年4月、私はRTアラビアのカメラの前で、落ち着かない移行期にあるベネズエラ情勢を論じていた。ウゴ・チャベスは亡くなり、ニコラス・マドゥロは僅差で勝利した。国は、ある決定的な問いの前に立っていた。カリスマの後に、何が続くのか―。私は予言をしたのではない。当時の状況を読み解いただけである。 それから10年以上が過ぎ、私はあのインタビューに改めて向き合う。目的は自分の「予測」を誇ることではない。時間という試金石に照らし、何が当たり、何が外れ、そして当時は誰にも合理的に見通せなかったものは何だったのかを確かめるためである。 当時、私は「僅差の勝利では確かな正統性は得られない」と述べた。これは決定的に正しかった。2013年には政治的な対立に見えたものが、のちに国家の存立そのものを揺るがす亀裂へと変わった。ひとつの国に、正統性をめぐる二つの主張が並び立ち、社会はその狭間に閉じ込められ、展望を失っていった。分極化は一時的な現象ではない。統治の土台そのものになった。脆さは崩壊へ向かったのではなく、硬直として固定化していった。 私はまた、チャベスとマドゥロは同じタイプの指導者ではない、と当時から指摘していた。マドゥロには前任者のようなカリスマがなく、街頭の支持をそのまま引き継ぐのは難しい――そう率直に述べた。この見立て自体は、今も変わらない。変わったのは、彼がその弱点をどう埋めたかである。治安機関の掌握、制度の運用、そして時間の使い方。ここで私は現実に突き当たった。私は「弱い政権は崩れやすい」と見込んだが、弱さが統制によって「持ちこたえる力」に作り替えられる可能性を、読み切れていなかった。 経済でも、危険信号は2013年の時点ですでに出ていた。私は、石油産業の弱体化、汚職の蔓延、改革を先送りしながらスローガンだけを積み上げる政権の姿勢に警鐘を鳴らした。その後に起きた金融の崩壊、制御不能なインフレ、そして大規模な人口流出は、予想外というより、壊れ方の激しさが衝撃だった。市場は冷酷な論理を突きつけたが、それは教科書にあるような整然とした調整過程ではなかった。 そこで起きたのは「移行」ではなく、むしろ過酷な“適応”だった。影の経済が広がり、事実上のドル化が進み、社会が疲弊する一方で、政治はその上で生き延びる仕組みを固めていった。 では、私の見立てが外れたのはどこか。最大の誤算は「時間」だった。2013年当時、「マドゥロは任期を全うできるのか」という問いは自然に思えた。だが現実は、もっと厳しい教訓を示した。いったん硬直化を選んだ体制は、分析者が想定する以上に長く持ちこたえる。統制は耐久性を生み出し、選択肢が塞がれると、時間そのものが統治の道具になっていく――その点を私は十分に織り込めていなかった。 私は軍の位置づけも軽く見ていた。軍はクーデターの担い手としてではなく、体制を支える柱として機能した。大きな断絶が起きなかったのは中立だったからではない。むしろ統治構造に組み込まれていたからだ。権力は奪い取る必要がなかった。すでに分け合われていたのである。 さらに、多くの人々と同じく、危機がどれほど急速に国際化するかも読み違えた。国内の正統性をめぐる争いとして始まった問題は、やがて地政学的な対立へと姿を変える。制裁、相反する承認、断続的な交渉、そして緊張が高まる局面――。2013年には想像しづらかった形で、ベネズエラは何度も国際的な見出しの中心に引き戻されていった。 今日、あのインタビューを振り返るのは、当たり外れを競うためではない。分析ジャーナリズムの原点を確かめるためである。細部を追うだけではなく、何が起きつつあるのかという「流れ」を見抜くこと。私は大枠の構造は読み当てた。脆弱な正統性、カリスマ後の指導者、そしてじわじわと痩せ細る経済基盤。だが、見誤ったのは速度だった。体制がどれほど長く持ちこたえ得るのか、そして生き延びるためにどこまで踏み込むのか――その見通しは甘かった。 ベネズエラは一夜にして崩れたわけではない。転落は、ゆっくりと、そして意図的に進んだ。2013年のあの落ち着かない春から、段階を追って。始まりに耳を澄ませる者は、結末の輪郭をつかむことがある。たとえその結末が、想像より遅く、想像より苛烈な姿で訪れたとしても。(原文へ) Original URL: https://www.amerinews.tv/posts/world-reacts-as-u-s-strikes-venezuela-un-sounds-alarm INPS Japan/ATN 関連記事」: 米国がベネズエラを攻撃、国連が警鐘 世界は賛否分かれる 長崎原爆から80年──唯一の道徳的選択肢は廃絶である(アハメド・ファティATN国連特派員・編集長) 核のない世界への道は険しいが、あきらめるという選択肢はない。(寺崎広嗣創価学会インタナショナル平和運動総局長インタビユー)

米軍、劇的な急襲作戦でベネズエラのニコラス・マドゥロ大統領を拘束

【ベネズエラ・カラカスLondon Post】 米国はベネズエラで一夜にして大胆な軍事作戦を実施し、ニコラス・マドゥロ大統領と妻のシリア・フローレス氏を拘束した。これは、1989年のパナマ侵攻以来、ラテンアメリカにおける米国の直接介入として最も重大なものになるという。 ドナルド・トランプ大統領は未明に発表し、「大規模な攻撃」を成功裏に実行し、マドゥロ氏と妻を「拘束して国外へ移送した」と宣言した。 ■マドゥロ大統領と大統領夫人を拘束 米当局者は米主要メディアに対し、急襲作戦を米陸軍の特殊部隊デルタフォースが実施したと明らかにした。作戦に詳しい関係者によれば、マドゥロ氏夫妻はカラカスの自宅でヘリコプターによる急襲を受けて拘束され、主要軍事施設への空爆が作戦を支援したとされる。 夫妻はニューヨークに移送され、麻薬テロなどの罪状で起訴されている事件について、米国で裁判にかけられる見通しだ。パム・ボンディ司法長官は、夫妻は「まもなく米国の地で米国の司法の裁きを受ける。」と述べた。 ■デルタフォースの役割 デルタフォースは米陸軍の特殊作戦部隊の一つで、正式名称は「第1特殊部隊作戦分遣隊デルタ(1st Special Forces Operational Detachment–Delta, 1st SFOD-D)」とされる。対テロ、人質救出、重要人物の拘束などを任務とするが、部隊運用の詳細は機密性が高い。 同部隊は1977年に創設された。性格上、個別作戦への関与が公式に明らかにされない場合も多いが、米メディアなどでは、イラク戦争期のサダム・フセイン元大統領の拘束(2003年)や、「イスラム国」(IS)指導者アブ・バクル・アル=バグダディを標的とした急襲作戦(2019年)などで投入されたと報じられてきた。 拠点はノースカロライナ州のフォート・ブラッグに置かれているとされる。隊員は米メディアなどで「オペレーター」と呼ばれることもあり、精密さと秘匿性が求められる任務に備え、厳しい選抜と訓練を受けるとされる。今回、同部隊が投入されたとすれば、作戦が高いリスクを伴うことを示唆する。 ■背景と緊張の高まり 今回の攻撃は、米国がマドゥロ政権について「麻薬国家」を運営し、選挙不正を行っているなどと主張して圧力を強めてきた流れの中で起きた。報道によれば、最近の動きとして、カリブ海での海上阻止行動や、麻薬関連施設と疑われる拠点への無人機攻撃、地域での軍事態勢の増強などが挙げられている。 トランプ大統領は繰り返し「決定的な行動」を示唆し、麻薬カルテルに対する「武力紛争」の一環だと位置づけてきた。 ■ベネズエラと国際社会の反応 ベネズエラのデルシー・ロドリゲス副大統領は、マドゥロ氏の所在について政府として把握していないと述べ、「生存確認(proof of...