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核兵器のない未来への声―核軍縮に向けた国際メディア構想

【イラク・バグダッドINPS Japan/London Post=マルワ・モフセン】 新戦略兵器削減条約(新START)の失効、2026年の核兵器不拡散条約(NPT)再検討会議での合意不成立、そして中東情勢の緊迫化を背景に、国際的なメディアの連携が、政府の説明責任を追及し、誤情報に対抗するとともに、核軍縮を国際社会の重要課題として維持するうえで、大きな役割を果たす可能性がある。 再び高まる核の脅威に直面する世界 広島と長崎への原爆投下から80年以上が経過した今も、核兵器は人類にとって最も深刻な脅威の一つであり続けている。数十年にわたる軍備管理交渉や国際的な合意にもかかわらず、複数の国が依然として核抑止力を安全保障政策の根幹に据えている。さらに、地政学的な対立や地域紛争の激化が、誤算による核危機のリスクを高めている。|英語版| こうした危機感を象徴しているのが、米科学誌『原子力科学者会報』(Bulletin of the Atomic Scientists)が2026年1月27日、「終末時計」の針を午前0時まで残り85秒に設定したことである。これは同時計の歴史上、破滅を意味する「午前0時」に最も近い時刻となった。同誌は、国際協力の後退、核をめぐる危険の増大、その他の地球規模の脅威を、その判断の理由として挙げている。 終末時計は科学的な予測ではなく、あくまで象徴的な指標である。それでも、人類が存亡に関わる危機を管理する能力に対し、懸念が深まっている現状を浮き彫りにしている。 こうした状況を踏まえ、「核兵器のない未来への声」(Voices for a...

2025年、世界で700万ヘクタール超の森林が消失

【ベルリン/ワシントンIPS=ウマル・マンズール・シャー】 世界では2025年、森林伐採によって700万ヘクタールを超える森林が失われた。近年と比較すればわずかな改善が見られるものの、2030年までに世界的な森林保護目標を達成するには、なお程遠い状況にあることが、国際的な森林保全の取り組みを評価した最新の報告書で明らかになった。|英語版| 市民社会団体と研究者らによる連合体がまとめ、10月14日に世界同時に公表した「森林宣言評価報告書2026年版(Forest Declaration Assessment 2026)」によると、森林の消失を食い止め、回復させるという国際公約にもかかわらず、森林破壊は依然として深刻な水準で続いている。 2021年以降、年間の森林消失面積は平均800万ヘクタールを超えており、各国政府の公約と現場での進展との間に大きな隔たりがあることが浮き彫りになっている。 気候変動問題を専門とするコンサルティング機関「クライメート・フォーカス(Climate Focus)」の上級コンサルタントで、報告書の主要執筆者の一人であるイヴァン・パルメジャーニ氏は、IPSの独占インタビューに応じた。 同氏は、森林破壊が高い水準で続いている主な理由として、各国の公約に見合う規模の対策が実施されていないことを挙げた。また、対策が講じられた場合でも、持続的な効果を生み出すには不十分なことが少なくないと指摘した。 「ルーラ政権下のブラジルのように、明確な政治的指導力があれば何が実現できるのかを、私たちは目の当たりにしてきました。的を絞った政策、法規制の執行、そして政治的意思によって、1期の政権のうちに森林破壊を減少させることができたのです。しかし、こうした成功例は一般的というより例外的なものであり、政策の優先順位が変われば、その成果は短期間で失われかねません。」 パルメジャーニ氏は、さらに根本的な問題として、森林保護に関する公約が、天然資源の管理や利用のあり方を根本から変える制度的・構造的な改革につながっていないことを指摘した。 森林には、農業、インフラ開発、資源採掘、その他の土地利用による強い経済的圧力がかかり続けている。 その一方で、政策決定の仕組みや経済的な誘因は、森林に生活や福祉、文化的アイデンティティーを依存する多くの人々よりも、森林から物理的にも心理的にも遠く離れた一部の有力者に有利に働くことが少なくないという。 「森林やその他の生態系に関する意思決定のあり方を、社会や政治・経済制度そのものが変えない限り、世界的な公約があっても、森林の消失は高い水準で続くでしょう。」 報告書によると、2024年には、人間の活動によって世界で少なくとも6540万ヘクタールの森林が生態学的な健全性を損なった。 この数字は、森林問題が樹木の完全な伐採だけにとどまらないことを示している。 森林が外見上は残っていても、生物多様性や炭素を蓄積する能力、野生生物や地域社会を支える機能が失われる場合があるからだ。 報告書は次のように指摘している。 「これら二つの数字は、森林の保全と再生を目指す世界的な目標と、森林を破壊し続ける現実との間に、根強い隔たりが存在することを示している」 今回の評価では、森林保護、持続可能な生産、資金調達、ガバナンスの各分野における進展を検証した。 森林の監視体制の改善や先住民の土地権利の承認など、一部の取り組みでは前進が見られる。しかし、森林破壊の流れを逆転させるために必要な規模の変化には、いまだ結びついていない。 2021年の国連気候変動会議で発表された「森林と土地利用に関するグラスゴー首脳宣言」では、140カ国以上が2030年までに森林の消失と土地の劣化を食い止め、その回復を目指すことを約束した。 それから5年が経過した現在も、最新の評価は、世界がその目標の達成から大きく遅れていることを示している。 熱帯林は特に、農地の拡大、インフラ開発、商業活動による強い圧力にさらされている。 報告書によれば、環境法の執行が不十分であることに加え、森林破壊を伴う経済活動を優遇する仕組みが、こうした圧力をさらに強めている。 「国別の数値による評価は行わなくなった」 今回の評価対象となった地域のうち、森林消失面積が最も大きかったのは熱帯ラテンアメリカだった。一方で、2018~2020年の基準期間と比較すると、最も大きな改善を示した地域でもある。 同地域では2025年、森林破壊が33%減少した。 これに対し、熱帯アフリカでは森林の消失が増加し続けている。 2025年の年間森林消失面積は約240万ヘクタールに達し、熱帯ラテンアメリカの約250万ヘクタールに匹敵する規模となった。 熱帯アジアでは2025年、約160万ヘクタールの森林が失われた。これは2018~2020年の基準期間と比較して12%の減少となる。 ただし、報告書は、森林破壊を引き起こす根本的な要因はほとんど変わっていないと警告している。 熱帯アジアの改善について、報告書は評価が難しいとしている。 2年連続で小幅な減少が見られたことは、近年の最も深刻な森林破壊のピークを越えた可能性を示している。しかし、それだけで同地域が森林回復に向けた持続的な軌道に乗ったと判断することはできない。 一方、熱帯オセアニアは、評価対象となった熱帯地域のなかで唯一、2030年の森林目標達成に向けて順調に進んでいると評価された。これには、世界の熱帯林全体に占める同地域の森林面積が比較的小さく、現在の森林への圧力も相対的に低いことが一因となっている。 こうした結果は、各国の政策、農林産物などの商品生産のあり方、法規制を執行する能力によって、地域ごとの成果に大きな違いが生じ得ることを示している。 森林破壊の減少に最も貢献している国や、さらなる削減を妨げている課題について尋ねられたパルメジャーニ氏は、次のように答えた。 「私たちは現在、国別の数値による評価は行っていません。計算に使用する世界規模のデータセットが、各国の実際の動向を正確に反映しない場合があるからです。データの精度を過大に示すことを避けるため、指標は地域別と世界全体の集計値に限定して公表しています。」そのうえで、同氏は次のように説明した。 「独立した分析や地域の取り組みを見ると、インドネシアとマレーシアが、熱帯アジアにおける森林破壊の減少に重要な役割を果たしてきたと考えられます。」 「しかし、こうした進展にもかかわらず、同地域は依然として強い経済的圧力に直面しています。特に重要鉱物への需要が増大しており、そのなかには世界最大の輸出国がインドネシアであるニッケルも含まれます。さらに、地政学的な紛争や世界市場の混乱に伴う経済的不確実性もあります。こうした圧力が強まると、短期的な経済的利益が環境への配慮に優先され、森林がその代償を払うことになりがちです。」 農地の拡大と商業的利益 森林消失の主な要因の一つは、依然として農業である。商業的な農業生産に加え、食料、家畜用飼料、バイオエネルギーへの需要増加が、自然の生態系に圧力をかけ続けている。 報告書によれば、商業的農業に関連する熱帯林の伐採のうち、61~94%が違法である可能性がある。 また、違法な森林伐採、木材や野生生物の密売などを含む環境犯罪によって、年間最大2810億ドルの不法収益が生み出されていると推計している。こうした活動は、他の犯罪組織の活動と重なっていることも少なくない。 報告書が引用した国連薬物犯罪事務所(UNODC)の2025年の研究では、環境犯罪と麻薬密売、違法採掘、人身取引などの犯罪との関連が明らかにされている。こうした違法活動の規模の大きさは、森林を保護しながら国際的な商品供給網を規制しようとする政府にとって、大きな課題となっている。 報告書は、企業の説明責任にも不十分な点があると指摘している。 森林破壊に関係する産業分野の企業では、持続可能性に関する公約や情報開示制度の導入が進んでいるものの、実際の情報開示や取り組みの実施状況には、依然としてばらつきがある。 金融機関も、森林破壊が環境面だけでなく金融面のリスクであることを認識し始めている。しかし報告書によれば、多くの規制制度では、銀行がこうしたリスクをどのように評価し、管理すべきかについて、詳細な指針が定められていない。 評価対象となった国々の60%以上では、銀行や保険会社に対して、森林破壊に関連するリスクの情報開示を義務づける制度が、まだ整備されていなかった。 こうした調査結果は、自主的な公約や企業による情報開示だけでは不十分であり、生産や投資のあり方に測定可能な変化をもたらすには、より厳格な法規制の執行と明確な要件が必要であることを示している。 森林保全に向けた資金確保が大きな課題に 報告書は、資金の規模と配分のあり方も、森林保護を妨げる重要な要因として挙げている。 国際的な資金拠出の公約は増加しているものの、森林保全に向けた資金支援と、森林に悪影響を及ぼす経済活動を促す仕組みとの間には、依然として大きな矛盾が存在する。 報告書の推計によると、化石燃料の生産と利用に関連する補助金は、2024年に9210億ドルに達した。さらに、エネルギー価格の高騰を緩和するため2026年に導入された緊急措置によって、今年の補助金総額は1兆ドルを超える可能性がある。 報告書は、こうした補助金が環境への負荷の少ないエネルギー源への転換を妨げるおそれがあると警告している。 その一方で、公的支援の対象を自然の再生に役立つ活動へと転換することには、大きな可能性があると指摘する。「農業支援に充てられる資金を、アグロフォレストリー(森林農業)、林間放牧、低炭素型農業など、自然の回復に貢献する農法へ振り向ければ、1ドル当たり最大30ドルの経済的利益を生み出すことができます。その恩恵は、とりわけ農村地域の人々に大きく及びます。」 こうした調査結果は、政府が新たな財源の確保だけに頼るのではなく、既存の支出を見直すことによっても、森林保護を前進させられる可能性を示している。 しかし、報告書は、国際的な森林保全資金が、実際に森林を管理し保護している先住民や地域社会に十分に届いていないことも指摘している。 地域社会が主導する資金配分の仕組みは、地域の優先課題に資金を振り向けるうえで役立つ。それでも、政府や多国間機関からの直接資金供与において、こうした仕組みは依然として主要な資金提供先とはなっていない。 先住民の権利と政策決定への参加 報告書は、先住民の土地に対する権利を認めることが、効果的な森林管理の重要な要素であると指摘している。 2025年に開催された第30回国連気候変動枠組条約締約国会議(COP30)では、16カ国と一つの準国家行政区域が参加する政府間の取り組みにおいて、さらに1億6000万ヘクタールの先住民の土地や領域について、権利を新たに承認、または強化することが約束された。 また、「熱帯林永続基金(Tropical Forests Forever Facility)」の設立に伴い、各国への資金支払いの20%を、先住民や地域社会の組織への直接的な資金移転に充てる規定も設けられた。 これらは前進を示す動きだが、報告書は、国際的な政策決定の場に参加できるようになったからといって、必ずしも実際の決定権を得られるわけではないと指摘している。 先住民団体の連合体は、COP30で先住民の参加機会が増えたものの、その役割はおおむね意見を求められる立場にとどまっていたと強調している。 先住民は、11月9日から20日にかけてトルコのアンタルヤで開催されるCOP31を含め、国連気候変動交渉において、依然として正式な参加資格を与えられていない。 各国の気候変動対策計画でも、先住民や地域社会への言及は頻繁に見られるが、政策の立案や実施にどのように参加するのかについて、具体的に示されていないことが多い。 2026年に84カ国の気候変動対策計画を検証した調査では、そのうち61カ国が先住民や地域社会など、十分に代表されていない人々に言及していた。 しかし報告書によると、その多くは状況を説明する記述にとどまり、具体的な対策には結びついていなかった。 報告書は、意味のある参加を実現するには、政策文書のなかで存在を認めるだけでは不十分だと主張している。 土地に対する確実な権利を保障し、政策決定に影響を及ぼす機会を与えるとともに、土地や森林の管理に必要な資金を利用できるようにすることが不可欠だとしている。 環境保護活動家への脅威が続く 森林を守る活動には、違法行為に異議を唱え、地域社会の土地を守ろうとする人々にとって、深刻な危険が伴う。 報告書が引用した国際NGO「グローバル・ウィットネス」のデータによると、2025年には土地や環境を守る活動家が少なくとも124人殺害された。 確認された殺害事件の半数以上は土地をめぐる紛争に関連しており、犠牲者の約4分の3は先住民、小規模農家、またはアフリカ系住民だった。 一方、人権活動家の保護に取り組む国際組織「フロントライン・ディフェンダーズ」は、2025年に28カ国で少なくとも358人の人権擁護活動家が殺害されたと報告している。 特に、土地、環境、農民の権利、先住民の権利を守る活動に携わる人々が、頻繁に標的となっていた。 クライメート・フォーカスの主任コンサルタントで、報告書の執筆者の一人であるエリン・マトソン氏は、IPSのインタビューで次のように述べた。「私たちが毎年引用しているグローバル・ウィットネスの統計を見るたびに、事態の深刻さを改めて思い知らされます。この数字は、実際よりもかなり少ない可能性が高いことを忘れてはなりません。多くの殺害事件や失踪事件が報告されていないからです。」 マトソン氏は、こうした暴力の背景には複数の要因があるが、その大半は統治のあり方に根ざしていると説明した。「環境保護活動家の殺害事件の大多数は、土地をめぐる紛争に関連しています。例えば、鉱山開発が先住民の土地に侵入してくるような場合です。」 「先住民の共同体が、自分たちの土地に対する法的に認められた確実な権利を持っていなければ、違法な活動を行う事業者に抵抗することは、はるかに困難になります。」 そのため、土地の保有・利用に関する権利を保障することは、政府が実現すべき重要な課題だと指摘した。 さらに同氏は、汚職と不処罰が蔓延する環境では、加害者が殺人を犯しても文字どおり処罰を免れてしまうと警告した。 「政府関係者や法執行機関が特定の利益集団の影響下にあり、金銭的な利益を受け取っているような地域では、人々が被害に遭っても見て見ぬふりをすることがあります。」「だからこそ、汚職を根絶し、腐敗した制度を改革することが不可欠なのです。そもそも公務員が汚職に手を染めないよう、職務に見合う適切な報酬を確保することも必要です。」 報告書は、法規制の執行の弱さ、政府の行政能力の不足、権力を持つ者が処罰を免れる状況を、効果的な森林管理を妨げる主要な要因として挙げている。 また、環境保護活動家が直面する脅威は、殺害などの直接的な暴力だけではないと警告している。活動を犯罪とみなす措置や脅迫、嫌がらせなども、深刻な問題となっている。 一方、技術の進歩によって、当局が違法な森林伐採を発見する能力は向上している。 衛星による監視、商品の流通経路を追跡するトレーサビリティー制度、新たな捜査技術などは、違法行為の特定や国境を越えた協力の強化に役立つ。例えば、グアテマラのマヤ生物圏保護区では、研究者らが人工知能(AI)を搭載した音響センサーの実証実験を進めている。 このセンサーは、チェーンソーの音、銃声、エンジン音などを識別するよう設計されており、定期的な巡回が難しい遠隔地でも、違法伐採の疑いがある活動を森林監視員に知らせることができる。 ただし、報告書は、違法行為の発見能力が向上しても、それに見合う公正で効果的な法執行が伴わなければならないと強調している。そうでなければ、力のある事業者が責任を免れる一方で、小規模生産者や地域社会に過度な負担が押しつけられるおそれがある。 報告書によれば、2025年の森林破壊は、それ以前の約10年間の多くの年と比べて少ない水準にとどまった。森林保全に向けた資金も増加し、監視体制も改善された。また、先住民の土地権利を認めるための措置を講じた国もある。 しかし報告書は、こうした進展を、森林破壊の流れが持続的に逆転し始めた証拠と捉えることには慎重であるべきだと指摘している。 森林破壊の減少には、一部の国や地域における法規制の執行強化、商品価格の変動、土地転換のペースを鈍らせた経済状況など、一時的な要因が影響している可能性もあるからだ。 報告書は、次の言葉で警鐘を鳴らしている。 「こうした成果を、なお必要とされている根本的な変革が実現したことと取り違えてはならない。」 INPS Japan/IPS...

|視点|人口減少の時代に豊かに生きる

成長、持続可能性、生活の質を問い直す 【ブダペストINPS Japan=サンドール・ハベルマン】 長年にわたり、人口増加と経済拡大は、国家の成功を測る不可欠な指標とみなされてきた。各国政府は、出生率の上昇、労働力人口の拡大、生産量の増加、そして国内総生産(GDP)の持続的な成長を追い求めてきた。一方、人口減少は、豊かさや経済の安定、さらには社会の将来を脅かす危険信号として語られることが多い。 だが、この問題を別の角度から捉えたらどうだろうか。 人口減少を食い止めることだけに力を注ぐのではなく、それを人口動態上の現実として受け入れ、そのなかで、より良く、持続可能で、充実した暮らしを築く方法を考えてみてはどうだろうか。|英語版| これは、人口減少を歓迎したり、それに伴う困難を軽視したりするという意味ではない。人口が少なくなるからといって、必ずしも社会が貧しくなるわけではないと認識することである。 GDP至上主義を超えて 簡単な計算例を考えてみよう。ある国のGDPが変わらないまま人口が10%減少すれば、1人当たりGDPは約11%上昇する。 もちろん、こうした数字の上での改善が、そのまま国民一人ひとりの豊かさにつながるわけではない。所得の分配、生産性、雇用、そして高齢化社会を支えるための費用など、考慮すべき重要な要素は数多くある。 それでも、この計算は本質的な問いを投げかける。社会の成功は、生み出される財やサービスの総量によって測るべきなのか。それとも、市民が享受する生活の質によって測るべきなのか。 21世紀の経済が目指すべき中心的な目標は、際限のない量的拡大ではなく、すでにある資源を賢く活用することなのかもしれない。 教育、医療、文化に触れる機会、良好な環境、手頃な価格の住宅、そして個人の自由こそが、社会の進歩を測るうえで、ますます重要な尺度になるべきだ。 経済成長は、こうした目標の実現に貢献し得る。しかし、成長はそれ自体を目的とするのではなく、より良い社会を実現するための手段として位置づけるべきである。 環境の持続可能性を高める機会 人口が緩やかに減少することは、天然資源や土地、水資源、生態系への負荷を軽減する機会にもなり得る。 人口が減れば、将来的には新たな建物や道路の必要性が小さくなり、その他のインフラへの投資も抑えられるかもしれない。特定の資源に対する需要が減少すれば、環境保護や生態系の回復も進めやすくなる可能性がある。 ただし、人口が減るだけで気候変動や環境破壊が止まるわけではない。 技術革新、クリーンエネルギーへの転換、責任ある消費行動、そして持続可能性の高い生産方式への移行は、引き続き不可欠である。各国政府は、環境分野の研究を支援するとともに、実効性のある法律や規制、経済的な優遇措置を導入していく必要がある。 重要なのは、人口構造の変化を、意図的かつ積極的な環境政策と結びつけることである。 技術の進歩を、より多くのものを生産し、消費するためだけに利用するのではなく、環境への悪影響を減らし、すでにある資源の利用効率を高めるために、これまで以上に活用していくことができるはずだ。 人生を豊かにする時間を取り戻す 現代社会では、経済的な生産量、消費、生産性によって成功が測られることが多い。しかし、人が充実した人生を送るための条件は、そうした指標だけでは捉えきれない。 家族と過ごす時間、創作活動、スポーツ、旅行、文化活動、学び、そして地域社会との交流は、個人の幸福や生活の充実に大きく寄与する。 絶え間ない量的拡大への依存度が低い社会であれば、技術進歩がもたらす恩恵の一部を、労働時間の短縮や個人の自由の拡大という形で人々に還元する道を選べるかもしれない。 もちろん、経済成長のペースが鈍化するだけで、余暇が自然に増えるわけではない。 そのためには、生産性の向上、経済的利益のより公正な分配、柔軟な働き方、そして十分に検討された社会政策が必要となる。 目指すべきは、社会に不可欠なサービスを犠牲にして労働時間を短縮することではない。経済活動の仕組みを見直し、効率化によって得られた成果が、人々の日々の暮らしの向上にもつながるようにすることである。 高齢世代の役割を見直す 人口減少に伴う最も深刻な課題の一つは、人口に占める高齢者の割合が高まることである。 働く世代が少なくなる一方で、年金、医療、長期介護といった制度を支える負担は、ますます大きくなっていく。 この課題を軽視することはできない。しかし同時に、高齢化そのものに対する私たちの見方も変える必要がある。 従来の定年年齢を過ぎても、身体的に活動的で、知的な関心を持ち続け、社会に有意義な貢献を果たせる高齢者は少なくない。 柔軟な就労制度、専門性を生かしたパートタイムの仕事、後進への助言や指導、教育活動、地域社会への参加などは、高齢世代がより長く活躍し続ける助けとなる。 日本は、その可能性を具体的に示している。2023年には、65歳以上の就業者数が過去最多の914万人に達し、高齢者の各年齢層で就業率も過去最高を記録した。各地のシルバー人材センターでは、退職者に庭仕事や子育て支援、事務作業など、地域での短期的な仕事を紹介している。こうした仕組みは、多くの高齢者に収入を得る機会を提供すると同時に、地域社会のなかで役割を持ち続けることを可能にしている。 高齢世代が培ってきた経験は、子育て支援、世代を超えた学び、家族への支援にも生かすことができる。ただし、こうした関わりは本人の自発的な意思に基づくものでなければならず、専門的なケアが必要な場合に、それを代替するものであってはならない。 高齢者を主として経済的な負担と捉えるのではなく、その知識や経験、そして社会に貢献し続ける可能性を正当に評価すべきである。 同時に、必要な人が利用できる医療体制、疾病予防、そして尊厳ある長期介護を実現するための投資も欠かせない。 日本は、身体を持ち上げる介助機器から見守りセンサーに至るまで、介護技術にも積極的に投資してきた。その経験は、こうした技術が介護職員の身体的な負担を軽減できる一方で、人によるケアそのものに取って代わることはできないと示している。 際限のない新規建設より、既存の都市をより良く 建築家であり、都市開発の専門家でもある私は、とりわけ建築や都市環境の分野に大きな可能性を感じている。 これまで数十年にわたり、都市開発はしばしば「拡大」と同義だった。建物を増やし、道路を延ばし、インフラを整備し、新たな土地を次々と開発する。その繰り返しである。 しかし、人口減少は、こうした都市開発のあり方を見直すよう私たちに促している。 ブダペストは、そのことを考えるうえで示唆に富む事例である。 ハンガリーの2022年国勢調査によれば、首都ブダペストでは約16万戸の住宅が「居住者なし」に分類されている。ただし、この区分には、恒常的な居住以外の目的で利用されている物件も含まれる。 一方、国際的な住宅支援団体ハビタット・フォー・ヒューマニティのハンガリー組織は、国内で手頃な価格の住宅が深刻に不足していると指摘し、数十万世帯が低家賃の賃貸住宅を必要としていると推計している。 この対照的な現実は、重要な問いを投げかける。都市を拡張し続ける前に、すでにある建物をもっと有効に活用するべきではないだろうか。 既存建物の改修や用途転換、空き家を住宅として再び利用するための優遇措置、そして手頃な家賃で借りられる住宅の供給を促進する政策は、不必要な新規建設や資源消費を抑えながら、居住環境を改善することにつながる。 もちろん、居住者のいない物件がすべて住宅として適しているわけでも、実際に利用可能なわけでもない。それでも、既存の住宅ストックをより適切に管理し、有効活用することは、都市政策の中心的な目標になるべきだ。 日本の状況は、この問題の規模と、取り得る対応策の両方を示している。 2023年の住宅・土地統計調査によると、日本の空き家は過去最多の900万戸に達し、住宅総数の13.8%を占めた。この割合は、ハンガリーの13%と驚くほど近い。 そのうち約386万戸は売却用でも賃貸用でもなく、多くが利用されないまま放置されている。 こうした状況に対応するため、全国数百の自治体が「空き家バンク」を設け、空き家と新たな居住希望者を結びつけている。また、2015年以降、国の法律に基づき、自治体は適切に管理されていない住宅について、所有者に修繕や解体を求めることができるようになった。 同じ考え方は、公共インフラにも当てはまる。 学校、地域施設、公園、交通網などは、拡大を当然の前提とするのではなく、サービスの質、利用しやすさ、そして変化する人口構造に応じて計画していくべきである。 この点でも、日本から学べることは多い。 富山市は約20年にわたり、路面電車やバスの路線沿いに住宅、店舗、サービス施設を集約する「コンパクトシティ」戦略を進めてきた。経済協力開発機構(OECD)も2012年に、この取り組みを取り上げている。 また、日本では児童・生徒数の減少に伴い、2004年から2023年までに8850校の公立学校が閉校した。現在も建物が残っている廃校のうち、4分の3近くが地域交流施設、事務所、福祉施設、工房、宿泊施設などとして再活用され、新たな役割を担っている。 人口減少を受け入れながら、家族を支える 人口減少を受け入れることは、出産に反対したり、家族が子どもを持つことを思いとどまらせたりすることではない。 むしろ、その逆である。 家族に対する実質的な支援を充実させ、すべての子どもが質の高い教育と医療、文化的な機会、そして安全で健康的な環境を享受できるようにすべきだ。 目指すべきは、経済的・社会的な障壁によって不必要に妨げられることなく、一人ひとりが子どもを持つかどうかを自由に決められる社会を築くことである。 子ども一人ひとりが得られる機会や幸福は、国全体の出生統計と少なくとも同じくらい重要である。 家族を支援することと、人口が少なくなる将来に備えることは、決して矛盾しない。責任ある政府は、その両方に取り組むべきである。 21世紀に向けた新たなロードマップ 人口が減少し、高齢化が進む可能性のある社会への移行に向き合うには、人口の将来推計を示すだけでは不十分である。 経済学者、政策立案者、建築家、都市計画の専門家、環境科学者、医療関係者、教育者の間に、新たな協力のあり方が求められる。 これらの専門家が力を合わせ、人口が増え続けるとは限らない社会に向けた長期的なロードマップを描く必要がある。 そのロードマップでは、環境の持続可能性、既存資源の効率的な活用、世代間の連帯、質の高い公共サービス、そして一人ひとりが生きがいのある人生を送る機会を優先すべきである。 これまでの事例が示すように、人口構造の転換が世界でも最も進んだ国の一つである日本は、こうした取り組みを構想し、実践していくうえで重要な役割を担うことができる。 ハンガリーをはじめとする欧州諸国など、高齢化が進む他の社会も、日本の経験から学ぶと同時に、それぞれの解決策を持ち寄ることができるだろう。 人口動態の現実を受け入れることと、その現実に屈することを混同してはならない。 おそらく21世紀の最大の課題は、どうすればさらに多くを生産し、消費し、際限なく成長できるかということではない。 むしろ、すでにあるものを生かして、どうすればより良く生きられるかということなのだ。 人口が減る社会であっても、より豊かな暮らしを目指すことはできる。 そして、それこそが「進歩」という言葉の、より意味ある定義なのかもしれない。 サンドール・ハべルマン:ハンガリーの建築家。建築学修士。不動産開発およびプロジェクトマネジメントの分野で、数十年にわたる豊富な国際経験を持つ専門家。主な関心分野は、持続可能な都市開発、人口動態の変化、住宅問題、経済発展と生活の質の関係など。 INPS Japan 関連記事: なぜ今、「世界市民」がこれまで以上に重要なのか 世界第5位の経済大国が直面する課題 |ミャンマー|「都市部の貧困率が3倍に」とUNDPが警告

ナビ・ピレイ氏のノーベル平和賞受賞―攻撃にさらされる国際法秩序への信任表明

【プレトリア、南アフリカIPS=フランス・フィルユーン】 南アフリカの著名な法学者で国際裁判官のナバネセム(ナビ)・ピレイ氏に2026年のノーベル平和賞が授与されたことは、世界の正義の実現に向けて尽力してきた一人の卓越した人物の功績をたたえる以上の意味を持つ。|英語版| 今回の受賞は、より大きな国際情勢を反映していることは明らかだ。国際法秩序が圧力にさらされ、その正当性が問われている時期に授与されたからである。 ピレイ氏への評価は、国際法が必ずしも十分に適用されていないとしても、平和な世界の実現には不可欠であるという信念を改めて確認するものでもある。 歴史を切り開いた功績 南アフリカにとって、今回の受賞は誇るべき出来事である。ピレイ氏は、1960年に受賞した反アパルトヘイト運動の指導者アルバート・ルツーリ、1984年の宗教指導者で人権活動家のデズモンド・ツツ大主教、1993年に共同受賞したネルソン・マンデラ元大統領とF・W・デクラーク元大統領に続き、南アフリカ出身者として5人目のノーベル平和賞受賞者となった。 また、南アフリカの女性としては初の受賞者でもある。歴史的に「欧米出身の高学歴の白人男性」が受賞者の大半を占めてきた傾向から、さらに一歩踏み出すものといえる。 これまでの南アフリカ出身の受賞者と同様、ピレイ氏の功績においても、アパルトヘイト(人種隔離政策)と白人少数支配に対する闘いが重要な位置を占めている。 しかし、そこには大きな違いがある。マンデラ氏が和解の世界的な象徴となったのに対し、ピレイ氏は南アフリカの闘争から得た教訓を国際社会へと持ち込み、自ら指導者として、また国際機関の制度づくりを担う先駆者として活躍した。 ピレイ氏が担ったのは、最も深刻な人権侵害の責任者を法的に裁くための国際司法制度を一から築き上げるという、極めて困難な仕事だった。 1994年のルワンダ虐殺を受けて国連が設置したルワンダ国際刑事裁判所では、最初の裁判官の一人を務めた。また、2003年から2008年にかけては、国際刑事裁判所(ICC)の初代裁判官団の一員を務めた。 その人格と行動力は、発足間もないこれらの司法機関に重みと正当性を与えた。先駆的な貢献を通じて、ピレイ氏は人権侵害の責任を追及する国際社会の取り組みを象徴する存在となったのである。 私が知るナビ・ピレイ氏 国際人権法を研究する私は、ピレイ氏がタンザニアのアルーシャに置かれたルワンダ国際刑事裁判所の所長を務めていた頃、初めて本人と会った。 そのとき強く印象に残り、その後も変わらず感銘を受けてきたのは、驚くほど親しみやすい人柄だった。謙虚で気取らず、他者のために惜しみなく時間を割く人物であり、勇気があり、信念を貫き、決して揺るがない人としても知られている。 ノーベル賞委員会から勇気を称賛された際、ピレイ氏は、持ち前の飾らない姿勢で、自分は独立した法的判断に基づき、正義の明確な原則を適用してきただけだと答えた。その言葉を聞いて、私は思わず微笑んだ。 初めて会ったとき、私はプレトリア大学で人権を学ぶ学生たちとともに、裁判の傍聴のためタンザニアを訪れていた。 多忙を極めるピレイ判事には、日中、私たちと十分に話す時間がなかった。それでも、夜に宿泊先のホテルで会うことを申し出てくれた。 驚いたことに、彼女は運転手も随行員も伴わず、自ら車を運転して現れた。そして何時間にもわたり、学生たちの質問に答え、裁判所の仕事について語ってくれた。 その後も、同じような交流が何度も続いた。 こうした経験を通じて私が理解したのは、ピレイ氏にとって人権擁護のための国際機関とは、人々から遠く離れた存在ではなく、人々自身のためにあるべきものだということだった。 その「人々」には、将来、自らの社会のあり方を形づくる担い手となってほしいと彼女が願っていた、アフリカの若者たちも含まれていた。 アパルトヘイトとの闘いから国際的な正義の実現へ 南アフリカのアパルトヘイト、ルワンダのジェノサイド(集団殺害)、そしてパレスチナ占領地の問題に至るまで、ピレイ氏の歩みを貫いているのは、一つの確固たる信念である。 それは、法には権力の濫用を抑え、被害者を保護し、権力者の責任を追及する力があるという信念だ。彼女は活動の舞台が広がるたびに、その原則をより大きな規模で実践してきたのである。 ピレイ氏は1941年、南アフリカのダーバンで、インド系タミル人の家庭に生まれた。幼い頃から人種差別と性差別の両方を身をもって経験した。 それでも法律家としての道を切り開き、1967年には、居住する州で非白人女性として初めて弁護士事務所を開設した。 アパルトヘイトに反対した多くの弁護士と同様、彼女も不正義を支えていた法制度そのものを利用して、その不当な運用に異議を唱えようとした。政治活動家の弁護を引き受け、拷問の実態を明らかにし、政治犯に対する処遇の改善を求めた。 また、南アフリカの民主的な新憲法における平等条項の形成に貢献した「全国女性連合(Women’s National Coalition)」にも参加した。 この憲法は、人種、性別、性的指向などを理由とする差別を禁止している。 アパルトヘイト終結後の1995年、マンデラ大統領はピレイ氏を高等裁判所判事に任命した。 人道に対する罪としての強姦 同じ1995年、ピレイ氏はタンザニアで国際裁判官としての職務に就いた。 国際司法の歴史に残る彼女の最も重要な貢献の一つは、ルワンダ国際刑事裁判所が1998年に下した画期的な判決にある。 数千人の虐殺に関与したとして起訴されたジャンポール・アカイェスの裁判で、ピレイ判事ともう一人の裁判官は、証人たちに性暴力について質問した。 この尋問によって、それまで十分に明らかにされていなかった被害の実態が法廷で語られるようになり、強姦を訴因に加えるための起訴状変更につながった。 その結果、強姦を「人道に対する罪」と認定する判決が下された。さらに、強姦やその他の性暴力がジェノサイドを構成し得ることも確立された。 この判決は、国際刑事法廷によるジェノサイドの初の有罪判決であると同時に、強姦を人道に対する罪として個人に有罪判決を下した初の事例となった。 これにより、女性や少女に偏って被害が及ぶ犯罪についても、加害者の責任をより広く追及する道が開かれた。 ピレイ氏は、次のように述べている。 「太古の昔から、強姦は戦争の戦利品のように扱われてきました。しかし今後は、戦争犯罪として扱われることになります」 国連における人権擁護 2008年から2014年にかけて、ピレイ氏は国連人権高等弁務官を務めた。グローバルサウス出身の女性として初めて、この職に就いた人物だった。 この役職では、裁判官とは異なる形の指導力が求められた。 裁判官として事件に判決を下すのではなく、各国政府と向き合い、人権侵害に立ち向かい、国家が国際的な義務を果たすよう働きかけなければならなかったからである。 在任中、世界金融危機の余波、アラブの春、シリア内戦など、国際社会が激動に見舞われるなか、ピレイ氏は国連の人権活動を導いた。 その発言は、常に明確な原則に裏打ちされていた。経済的な都合、国家主権、政治的な便宜のために、人権が犠牲にされてはならないという原則である。 ピレイ氏の在任期間は、国連の人権分野で重要な進展が見られた時期とも重なっている。 彼女は、性的指向や性自認にかかわらず平等な権利を保障すること、差別禁止法を整備すること、ヘイトクライム(憎悪犯罪)を適切に記録することを、一貫して訴え続けた。 2001年には、故郷ダーバンで国連の「人種主義、人種差別、外国人排斥および関連する不寛容に反対する世界会議」が開催された。 同会議で採択された「ダーバン宣言」は、人種差別や外国人排斥に対抗する国際的な行動方針を示すとともに、奴隷制を人道に対する罪として認めた。 ピレイ氏自身は2001年の会議で公式な役割を担っていなかったが、国連人権高等弁務官に就任してからは、その後の検証・再検討過程に深く関与した。 彼女は、ダーバン宣言をめぐる誤った解釈や説明に反論し、同宣言が反ユダヤ主義を非難し、ホロコーストの記憶を継承し、イスラエルの安全に対する権利を認めている点を強調した。 2009年に開催されたダーバン・レビュー会議では、米国を含む複数の西側諸国がボイコットしたにもかかわらず、182か国の支持によってダーバン宣言を再確認する合意形成に貢献した。 この役割は、基本的人権の原則を損なうことなく、対立や反発を乗り越えようとする彼女の強い決意を示すものだった。 ピレイ氏の在任中には、女性の権利に関する独自の貢献もあった。 予防可能な妊産婦の死亡を、単なる公衆衛生上の問題ではなく、人権問題として認識すべきだと主張したのである。 その指導の下、国連人権高等弁務官事務所は2012年、画期的な指針を策定した。 この指針は、各国政府に対し、差別の解消、妊産婦医療の改善、回避可能な死亡に対する説明責任の確保に取り組むことを求めるものだった。 パレスチナ問題とジェノサイド 近年、ピレイ氏は、国連での最後の公式任務として、「パレスチナ占領地(東エルサレムを含む)およびイスラエルに関する独立国際調査委員会」の委員長を務めた。 ガザでの戦争に関する調査を含め、同委員会の調査活動と報告結果は、大きな論争を呼び、特にイスラエルと米国から強い批判を受けてきた。 それでも任務に取り組み続けた姿勢は、彼女の活動を特徴づける本質的な点を示している。 法の原則を適用することが最も困難になるのは、政治的に強大な勢力が自らへの検証や監視を拒むときである。そして、まさにそのようなときこそ、法の原則を適用する必要性が最も高まるのである。 希望が求められる時代に 今回の受賞の時期は、極めて象徴的である。 そのわずか数日前、米国のドナルド・トランプ大統領は国際刑事裁判所(ICC)を「邪悪な存在」と呼び、同裁判所の全構成員に辞任を求めていた。さらに米国は、今回の受賞に対する反応として、ICCに制裁を科した。 ノーベル賞委員会は、ICCの元裁判官を顕彰することによって、現在まさに「攻撃にさらされ」、裁判官たちが「制裁対象」となっている国際司法機関を擁護する姿勢を示したのである。 今回の受賞は、イスラエルの国際的な孤立が深まるなかでの出来事でもある。 ピレイ氏が率いた調査委員会は2025年、イスラエルがガザでジェノサイドを行っているとの結論を示した。 同委員会の調査結果は、法的拘束力を持つ司法判断ではない。 しかし、強い政治的反発に直面しながらも、残虐行為の疑惑を記録し、加害者の責任追及を前進させるうえで、重要な貢献を果たしている。 最近85歳の誕生日を迎えたピレイ氏は、近く再びジェノサイドをめぐる司法判断に関わる可能性がある。 2019年以来、ピレイ氏は、ガンビアがミャンマーを相手取って国際司法裁判所(ICJ)に提起した、ロヒンギャに対するジェノサイド疑惑をめぐる訴訟で、特任裁判官を務めている。 2026年1月に公開審理が行われたこの事件では、2026年後半、あるいは2027年初めに判決が下されると見込まれている。 ピレイ氏のノーベル平和賞受賞は、国際的な正義が勝利を収めたことを意味するものではない。 しかし、その実現のために築かれてきた制度が、今なお守るに値するものであることを思い起こさせてくれる。 ピレイ氏を顕彰することは、これまでに達成された成果を評価するだけではない。私たちが決して失ってはならないものを、改めて確認することでもある。 フランス・フィルユーン:プレトリア大学国際人権法教授、南アフリカ研究講座イニシアチブ(SARChI)国際憲法学研究講座長 この記事は、The Conversationに最初に掲載された論考を転載したものです。 INPS Japan 関連記事: |視点|ガザは無法のジャングルと化すのか?(ティサラネー・グナセカラ政治評論家) 『保護する責任』20年──理念と現実の乖離 ミナブ空爆疑惑が問う欧州の偽善と国際法の二重基準