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自助努力する農民を支援
ネパールの山岳地帯の農民たちは、すでに気候変動の影響に自力で適応している
【ポカラ、ネパールタイムズ=ベンジャミン・ジマーマン】
ヒマラヤの農民は、気候危機の最前線に立っており、極端な暑さや寒さ、長期間の干ばつや過剰な降雨、地滑りや洪水に対処することを余儀なくされている。
しかし、彼らは最もたくましい農民でもあり、何世代にもわたって、斜面の脆弱な表土に丹精込めて刻み込んだ棚田で十分な食糧を生産するために、自力で奮闘してきた。
「政府は、私たち農民のことは知ろうとも気にかけようともしませんでした。気候変動には、過去に直面した他の問題と同様、自分たちで適応するしかありません。」と、70歳のスーリヤ・アディカリ氏は語った。
実際、ヒマラヤ地域の山岳農業の問題は気候変動よりも前から存在しており、アディカリ氏のような農民にとっては、それは対処すべき最新の危機に過ぎない。
アディカリさんの生涯の中で、彼の村であるポカラ近くのスンダリ・ダンダの上にそびえるアンナプルナ山脈の雪線が後退し、かつて予測可能だった気象パターンが不安定になったのを目の当たりにしてきた。アディカリさんは、作物の多様化、灌漑の確保、そして在来種の種子の保護を行うことで対応してきた。
気候科学者によると、ヒマラヤ山脈は「高度効果」と呼ばれる現象により、世界平均よりも0.7℃以上も温暖化しているとのことだ。2023年には、世界の平均気温は産業革命以前の水準から1.5℃上昇し、この山々では2.2℃上昇したことになる。
その影響の一部として、ポカラ近郊の標高1,500mの村々でも記録的な暑さが続き、乾燥した冬が何年も続いている。今年の春には、全国的に数ヶ月にわたる記録的な山火事が発生し、ベグナス湖やルパ湖周辺の斜面にはまだ火災の傷跡が残っている。
こうした変化と経済的要因が相まって、カスキ郡のように2011年以来人口が17%減少した地域もあるなど、ネパールから国外への人口流出が加速している。
農村部の若者たちが都市部へと流出しているとはいえ、ネパールは依然として農業が主な産業であり、人口の3分の2が農業に依存し、GDPの33%が農業から生み出されている。
したがって、モンスーンの時期が遅れて米の植え付けが遅れたり、干ばつで作物が全滅したりすると、農業セクターだけでなく、国の経済全体が打撃を受けることになる。ネパールはすでに食料製品の純輸入国であり、過去10年間で輸入量が著しく増加している。
今年のモンスーンはこれまでのところ平年より多く、水田の作付けはほぼ全国で100%行われる見込みだが、集中豪雨が地滑りや鉄砲水を引き起こしている。今週、グルミとバグルンで新たに12人が土砂崩れにより死亡し、6月以降の死者は少なくとも175人に上った。
過去10年間の傾向として、モンスーン雨が例年より遅れて始まり、乾燥期間が長引き、局地的な豪雨が発生している。地下水位は、十分な補給がなく、過剰な汲み上げにより低下し、湧き水が干上がっている。
灌漑システムの建設と維持管理に十分な政府投資が行われない限り、多くの農村地域の農民は雨の恵みに完全に頼るしかない。
植え付けが遅れると、畑を荒廃させ、栄養価の高い表土の侵食を招き、収穫サイクルも遅れる。雨が降ると、激しい嵐が作物を損傷させたり、破壊したりする。
同様に、タライ地方にしか生息していなかった害虫や、トウモロコシを標的にするアメリカシロヒトリのようなネパールにはまったく生息していなかった害虫が、山を登ってきている。ネパールの農業はもともと自給自足がほとんどであるが、気候危機によって追い打ちをかけられ、多くの農民が畑を放棄して都市部や海外へと移住せざるを得なくなっている。
ポカラを拠点とするLI-BIRD(生物多様性、研究、開発のための地域イニシアチブ)は、生物多様性を保全しながら小規模農家の生活を向上させるために、23の地区で活動している。LI-BIRDは、気候危機の影響に適応するための実証済みの方法を提供しており、政府がこれらの対策を全国的に拡大することを望んでいる。
農場に焦点を当てる
在来の稲、小麦、雑穀、蕎麦の種子は、輸入されたハイブリッド品種よりも耐久性があり、暑さに適応しやすいです。これらの作物は、地元の土壌や微気候に進化しており、遺伝的に変化に対応するのに適している。
ポカラを拠点とする行動研究組織LI-BIRDが行っているのは、この在来作物の品種を種子銀行で保存し、農民所有の協同組合を通じて配布することだ。
「農業を改善するためには、農民を最前線に据え、彼らの伝統的な知識を重視しなければなりません。外部の知識を持ち込んでも、ここでは通用しません。」と、LI-BIRDのビシュヌ・ブシャル氏は語った。
LI-BIRDの参加型植物育種イニシアチブでは、農民から地元の作物のさまざまな種子サンプルを集め、それらを並べて植える。収穫量、天候、害虫への耐性などの観点から農民が最も適していると判断したサンプルは、コミュニティ・シード・バンク協会によって全国に配布される。
地域特有の種子を農民に提供する地域シードバンクは、ブサル氏が言うところの「利用を通じた保全」を可能にする。これにより、在来作物が進化するチャンスが確保され、自然災害や気候変動による絶滅を回避できる。
収穫量の多い外国産の種子は魅力的だが、高価な化学肥料や農薬も必要となり、土壌を破壊することにもつながる。 在来種の種子は、はるかに耐久性があり、信頼性が高い。
「最小限の手入れと投入でも、地元の品種は生き残ります。これにより、肥料、農薬、水の必要量が少なくなります。」と、LI-BIRDのジェニー・シュレスタさんは説明した。
「在来種の種子は、地元の環境条件に自然に適応しているため、害虫、干ばつ、その他の災害に対しても耐性があります。」と、シュレスタさんは付け加えた。
「気候が変化すると、収穫量の減少は、輸入品種よりも地元の在来品種で大きくなります。」とシュレスタ氏は言い、ドティの在来品種であるセト・ダブディ小麦が、2022年の試験で冬の干ばつにもかかわらず、輸入小麦よりも高い収量を示したことを指摘した。
作物の信頼性は重要だが、持続可能な収入も同様に重要である。ある特定の地域に固有の農産物を高付加価値で販売する「ランドスケープ・ブランディング」は、農家が地元の在来作物に戻ってくるためのインセンティブとなっている。
そのような作物の例として、ポカラに自生し、その香りで称賛される米「ポカレリ・ジェトブド」や、ベグナス湖やルパ湖周辺の畑で栽培される雑穀「セト・カグノ」がある。これらの農産物は、社会的企業「アンナパット」によってブランド化され、販売されている。農民には最低価格が保証されており、地方自治体との協力により、その価格以上で販売できない場合には、農民に補償が支払われる。セト・カグノの場合、その価格は1キログラムあたり120ルピーである。
LI-BIRDの種子に関する成功事例は、現在、政府によって拡大されている。農業省の作物開発・農業生物多様性保全センターは、地元の作物を保存するために、30の地区の農民に資金を提供している。
有機農薬に対する政府の補助金も持続可能な農法を奨励しているが、このイニシアチブを推進しているのが政府なのかNPOなのかについては懐疑的な見方がある。
代替現金作物
気候危機の影響に対するレジリエンス(回復力)は、現金作物への多様化からも得られる。農家はこれにより、家計収入を増やし余裕を持てるようになる。
スルヤ・アディカリさんはベグナスで有名な植物育種家であり、40年以上農業に従事する中で、環境の変化に気づき始めている。
「ここ5年間は、村に留まるのが難しいほど暑くなり、作物が育たないほど虫や害虫が多くなりました。」とアディカリさんは語った。
そこで、アディカリさんは、以前栽培していた米の代わりに、耐熱性が高いとされるコーヒーや果物の栽培を始めた。コーヒーは最小限のスペースで栽培でき、土壌の質を向上させるだけでなく、他の作物も同時に栽培することができる。
しかし、近年は害虫や不安定な降雨がさらに大きな脅威となっているため、アディカリ氏はさらに多様化を進め、数多くの薬効があることから「ミラクルツリー」の愛称で呼ばれるモリンガに注目している。モリンガの葉は栄養補助食品として使用され、ビタミンが豊富で抗酸化作用があり、高い市場価格で取引されている。
モリンガは成長が早く、乾燥にも強い。アディカリさんはネパールにモリンガを初めて導入した先駆者であるが、政府がこの独自の製品を市場に出すのをもっと積極的に支援してほしいと願っている。
政府の無策は当然のことだとアディカリさんは考えている。つまり、彼のような農家が、気候危機に適応するための革新的な方法を自力で見つけなければならないということだ。
「政府は政策を作りますが、それは往々にして近視眼的であり、現場での実施はほとんど行われません。」とアディカリさんは語った。
種子の保存であれ、気候変動教育であれ、農村部の農民は自力で取り組まざるを得ない。つまり、気候の影響が、雇用機会の欠如とともに、移住を増加させていることを意味する。
「政府は海外在住のネパール人からの送金で十分な収入があるため、農民の苦境を放置しても構わないと思っているのです。私たちは自分たちの力で変化をもたらさなければなりません。」と、アディカリさんは語った。
だからこそ、アディカリさんは農民たちを組織化し、数の力を持たせ、適応策のアイデアをより広く共有できるようにしている。全国農民グループ連盟は、村、地区、中央の各レベルにおけるアドボカシー団体の統括組織として、この役割を担っている。
力強い雑穀
公式な肩書こそないものの、アンビカ・バンダリは村のリーダーです。5年前、彼女はそれまで多くの地元住民と同じようにトウモロコシを栽培していたが、地元のキビの一種であるセト・カグノを自分の農場で試験的に栽培し始めた。
バンダリさんの収穫量の多さと、彼女のキビの市場価値の高さを目の当たりにして、カスキ郡カファルガリ村の近隣農家たちは、彼女に倣った。
気象パターンの変化と熱ストレスにより、農家はトウモロコシからキビへの転作を決断した。それから5年後、カファルガリ村は現在、国内最大のセト・カグノ生産地となり、昨年は2.56トン以上を収穫した。
バンダリさんはLI-BIRDの種子バンクから種子を入手し、その作物をLI-BIRDの種子保存活動に触発された学生たちが運営する非営利団体「メリット・ポカラ」に販売している。
メリット・ポカラは、バンダリさんのような農民に、雨や気温のパターンを追跡する携帯アプリの使用方法を指導し、植え付け、収穫、乾燥を最適な時期に行うことを可能にしている。
メリット・ポカラのモデルに基づき、地方政府は農民が公正な価格で作物を販売できるように補償制度を採用した。「官民の協力体制は本当に助かっています。また、外部からの支援がなくても、私たちは自らの運命を切り開くことができることを証明しています。」と、バンダリさんは語った。(原文へ)
INPS Japan/The Nepali Times
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女性ボランティアがインドの水の未来を形作る
【ブバネーシュワルIPS=マニパドマ・ジェナ】
「ブバネーシュワルのスラム街にある唯一の給水所では、数百世帯がこの非飲用水源に頼っていたため、毎日のように争いが絶えませんでした。しかし、それも今では過去のことです」と語るのは、インド東部のこの都市で、現在ではすべての家庭が24時間、飲用可能な水道水を自宅で利用できるようになったことに大きく貢献した水ボランティアの一員であるアパルナ・クンティアさんだ。
インド東部のオリッサ州の州都であるブバネーシュワル市が、農村から都市への移住者であふれていることを考えると、これは決して小さな偉業ではない。オリッサ州の886万戸の農村世帯のうち、3世帯に1世帯が農村から都市部へ移住しているという政府データがあります。 そのうち70%は州内での移住であり、その大半は急速に発展する州都に流れ込んでいる。
都市に新たに移住してきた人々は、捨てられたフラックスバナー(ビニール広告)と竹の棒を使ってシェルターを作ることができまるが、水へのアクセス、ましてや飲用可能な水へのアクセスは依然として大きな課題である。
「2019年の私たちの居住区のような政府公認のスラムでは、1日に2時間しか水が供給されませんでした。大きな家族は十分な水を蓄えることができず、非常に困難を抱えていました。多くの人が数日に一度、水タンク車にお金を払わなければなりませんでした。違法な水道接続も横行しており、政府にとって大きな収益損失を招いていました」と、336歳のクンティアさんはIPSの取材に対して語った。
2030年になっても、20億人が安全な飲料水なしで暮らすことになる
「2030年までの道のりの半ばが過ぎた。世界は持続可能な開発目標(SDG)の目標の17パーセントしか達成できていない。」と、最近公表された2024年国連SDG報告書は明らかにしている。
SDGの第6目標は、すべての人々の水と衛生設備の確保と持続可能な管理に焦点を当てており、2015年から22年の間に、安全な管理が行われている飲料水を利用している世界の人口の割合は、69%から73%に増加したと報告されている。安全な飲料水を利用できる人々は増えているものの、2022年には、依然として22億人がこの基本的人権を享受できていない。2030年までに普遍的な普及を達成するには、安全な飲料水の普及率を現在の6倍に引き上げる必要があると警告している。
国連によると、2022年には世界の人口のおよそ半分が、少なくとも1年のうちのある時期に深刻な水不足を経験した。4分の1は「極めて高い」水ストレスレベルに直面した。
このような状況は、2024年のインドの経済の中心地であるバンガロールとデリーで、この極端な夏に経験された。
気候変動はこうした問題をさらに悪化させている。格付け機関のムーディーズは6月、水不足がインドの今後の経済成長に打撃を与える可能性があると警告した。
それでも、報告書によると、インドの人口の93.3%は現在、国連が「中程度に改善している」と評価する最低限の飲料水サービスを利用しています。
女性水管理者の下では女性が最も恩恵を受ける
SDG-6のさらなる進展を目指し、2020年にオリッサ州が「水道水飲用ミッション」を開始し、各都市の家庭に設置された水道から24時間いつでも認定された品質の飲料水を提供することを目指しました。この取り組みでは、地元の自助グループ(SHG)から厳選された女性水ボランティアが活躍した。彼女たちは「ジャル・サティ」(水のパートナー)と呼ばれ、訓練を受け、変化をもたらす意欲にあふれていた。
そして、彼女たちは実際に変化をもたらした。「政府の住宅・都市開発部門が実施した調査によれば、水道料金の徴収率が約90%増加しました。都市の水管理におけるコミュニティパートナーシップを代表する彼女たちは、斬新な取り組みの重要な利害関係者なのです。」とクンティア氏は語った。
州政府の水供給ミッションを展開する州所有の非営利企業オリッサ州水道公社(WATCO)の元代表である政府高官のG・マティ・ヴァタナン氏は、女性ボランティアの活躍を讃える書籍を執筆し、この取り組みの成功の多くを彼女たちに帰している。
「水ボランティアの女性たちは、各家庭の玄関先に水を届けるという目標を現実のものとするために尽力しました。このミッションの成功は、彼女たちが人々の政府への信頼を築いたおかげです。」とヴァタナン氏は語った。
これらの女性ボランティアが各家庭に提供したサービスにより、貧困層、特に子供たちを苦しめていた下痢、黄疸、腸の不調の状況が好転した。
国連の2024年持続可能な開発報告書では、インドのSDG進捗状況は166カ国中109位と評価され、「中程度の改善が見られるが、目標達成には不十分」とされています。
インド連邦政府は、オリッサ州の「ピュアウォーター・スキーム」の成功を他の州でも再現することを検討している。
これらの女性マネージャーは、飲料水や調理用の水を各家庭の玄関先まで届けることで、他の家庭の女性たちを助け、インドにおける女性への不均衡な水の負担を解消した。
変革者たちの貢献:水パートナーの一日の仕事
女性ボランティア達は、1,200世帯の指定世帯を担当し、自身の住居と高級住宅の両方を担当している。彼女たちの顧客との親しみやすさは、政府職員には難しい信頼とオープンな対話を可能にし、彼女たちが成功を収める一因となっている。
毎月、彼女は各家庭を訪問し、設置された水道メーターを検針し、請求書を作成する。しかし、支払うことができない人々に対しては、ウォーター・パートナーは何度も何度も訪問し、支払いを促し、説得する。
「私たちは、水のような貴重なものを無駄にしないよう強く求め、新規接続が遅れた人には、そうするよう説得しました。」また、「水道メーターが設置され、支払いが義務化されたことで、各家庭は水を無駄にしない傾向にあります。スラム街では、水道料金は50~65ルピー(1ドル以下)であることが多く、最貧困層でも払える金額です。」と、クンティア氏は語った。
「この水道飲料水ミッションは、政府にとっても消費者にとってもメリットがありました。」と、2児の母であるクンティア氏はIPSの取材に対して語った。また、これはSDG-11における持続可能な都市とコミュニティの実現にも貢献している。政府に収益が生じることで、水インフラの維持が確保されるからだ。
クンティア氏は、「水ボランティアたちは水利用者の要望に応じて、携帯しているキットで水道水を検査しています。また、水に関する問題や、水の純度を低下させるパイプの漏れの情報を、政府のメンテナンススタッフに報告し、すぐに対応してもらっています。」と語った。
「以前は、水道パイプの損傷に気づいてもスタッフに連絡することはほとんどありませんでした。時には、水の盗難を目的に故意に損傷させることもありました。しかし、私たちは頻繁に家庭を訪問し、住民と親しい関係を築いているため、こうした情報を非常に迅速に入手できます。」とクンティア氏は付け加えた。
2030年持続可能な開発目標(SDG)の6-1目標は、すべての人が安全で安価な飲料水を普遍的かつ公平に利用できるようにすることを求めている。この水道水飲用ミッションは、この目標を達成するための動きである。
WATCOによると、2023年3月までに、オディシャ州の115の都市地方自治体(ULB)のうち29のULBに住む450万人の都市住民が、水道水利用を開始または利用の準備が整っている。
この計画では、水の公平性が確保されるだけでなく、各家庭の水道管に水道メーターを取り付けることで、持続可能性も確保されている。各家庭は水道料金を支払っているため、無駄遣いをしない傾向にある。
しかし、4年間奉仕活動を続けてきた女性ボランティアたちは、その奉仕活動に対する金銭的な評価を改善するよう要求している。現在、彼女たちが得ているのは、インセンティブとして請求書回収額の5%、新規顧客を水道接続に登録させた場合の100ルピー、そして自転車である。アパルナ・クンティア氏はIPSの取材に対し、1日4時間をこの仕事に費やし、月収はおよそ5000~7000ルピー(60~84米ドル)だと語った。その多くは、3輪オートリキシャを運転する夫の収入15000ルピー(180米ドル)を補い、ワンルームの家賃を含む家計に充てている。余ったお金は、お祭りのときや村の親戚を訪ねたときに使っている。
「今年6月の選挙で政権が交代し、オリッサ州の新政府は女性の自助グループ全体を再編成しようとしています。ジャル・サティは新しい名称を得る可能性がありますが、非常に成功したこのプログラムは継続されるでしょう。」と、WATCOの最高執行責任者であるサラト・チャンドラ・ミシュラ氏はIPSの取材に対して語った。(原文へ)
INPS Japan/IPS UN Bureau
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ドキュメンタリー映画『私は生きぬく(I Want to Live On)』がセミパラチンスク核実験の生存者の声を届ける
【アスタナINPS Japan/Atana Times=アイバルシン・アフメトカリ】
セミパラチンスク核実験場の生存者たちは8月28日にアスタナで行われたドキュメンタリー「私は生きぬく:語られざるセミパラチンスク」(創価学会インタナショナル(SGI)の支援を得てカザフを拠点とするNGO国際安全保障政策センター(CISP)によって制作された)の上映会で、ソ連による核実験がもたらした恐ろしい人的被害について証言した。
このドキュメンタリーはアリムジャン・アクメートフ氏とアッセル・アフメトワ氏の共同監督作品であり、ソ連邦時代の1949年から89年にかけてセミパラチンスク核実験場(面積は約1万8000平方キロメートルで日本の四国の大きさに相当:INPSJ)で行われた450回以上の核実験が及ぼした影響について、当時実験場の周辺で暮らしていた人々の証言に基づいて制作したものだ。取材に応じた人々の多くは様々な遺伝性疾患に今も苦しんでいる。
このドキュメンタリー作品は、自殺者の多さ、今も家畜が育てられている汚染された土地や湖、不十分な政府支援、遺伝性疾患を子孫に遺さないため子供を持たない決断を強いられた個人の苦悩等、核実験にまつわるあまり知られていない影響についても光を当てている。
アクメートフ監督は、核実験の被害者(ヒバクシャ)個々人の経験を収録することは、セミパラチンスクにおける核実験がもたらした悲劇が世代を超えて続いているという悲惨な実相を伝える上で、より説得力があります。」と語った。
https://www.youtube.com/watch?v=XBkxmK0O0pA
「このドキュメンタリー作品を制作するインスピレーションは日本の経験から得ました。2019年にニューヨークを訪れ、国連総会第一委員会に出席していたとき、市民社会フォーラムが開催されていました。彼らは国連の場や主要なアメリカの大学で講演を行ってきました。日本のNGOの1つが、過去10年間に1000人の被爆者(ヒロシマ・ナガサキへの原爆投下の生存者)を国連に連れてきたというプレゼンテーションを行っていました。 その時、私はこれが実に力強い情報発信の手段だと気付きました。 多くの場合、人々が文書や数字を扱う際には、その背後に生身の人間・個人が存在することを忘れてしまいがちです。」と、アクメートフ監督は語った。
「このドキュメンタリーの目的は、観客が作品に登場する核実験被害者の方々の目を真剣に見つめてもらうことで、この問題の本質を、抽象的なものではなく、個人的なレベルで現実の問題として感じてもらうことです。私たちは、カザフ人だけでなく世界中の人々がこの作品に共感できるように、字幕を作成しました。」とアクメートフ監督は付け加えた。
アクメートフ監督は、この映画が人々の生活に小さいながらも具体的に意味ある影響を与えたことを誇りに思っていると語った。作品の中でインタビューを受けた一人、ディミトリー・ヴェセロフ氏は、鎖骨が完全に欠如するマリー・サントン症候群という遺伝性疾患を抱えているが、障害者として認定されていなかった。しかしこのドキュメンタリー作品が公開され、関係省庁の注目を集めた結果、彼の症状は正式に認定された。
「8年間の苦闘の末、ヴェセロフ氏はようやく障害者として認定されました。ですから、私たちは啓発活動を継続すべきだと思います。カザフスタンの若者たちでさえ、多くの人々が、もう何年も前のことだと考え、今では何の影響もないと思っていることを知り、私はとても驚き、ショックを受けました。」とアクメートフ監督は語った。
アクメートフ監督はまた、このドキュメンタリー作品を40分に拡張する計画があることを明らかにした。
https://www.youtube.com/watch?v=fapgfaBfmFQ
「全体的な考えとしては、これらの物語と(作品で勇気をもって証言に応じた)ヒーローたちをさらに深く掘り下げていくことです。すでに多くの素材を撮影済みなので、新たなヒーローを紹介するつもりはありません。これはどちらかというとアマチュア作品です。しかし、登場するヒーローたちのストーリーには、さらに掘り下げるべき内容があります。20分版をご覧になった視聴者の方々にも、40分版をご覧いただき、彼らのストーリーをより深く理解していただけるでしょう。」とアクメートフ監督は語った。(原文へ)
INPS Japan/The Astana Times
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アクタウ、2025年にテュルク世界の文化首都に
【アスタナINPS Japan/アスタナタイムズ=ナミマ・アブオヴァ】
カザフスタン西部のアクタウは2025年にテュルク世界の文化首都に指定され、都市とその住民にとって重要なマイルストーンとなる。この新たな地位は、多くの文化的および発展的機会をもたらすと期待されている。どのようなイベントが開催され、この都市の成長にどのような影響を与えるのだろうか。テングリニュースがアクタウ市当局に問い合わせたところ、さまざまな文化やスポーツイベントの準備がすでに進められているとのことだ。
予定されているイベントには、クラシック音楽や民族音楽のコンサート、写真展や絵画展、劇団のフェスティバル、音楽や舞踊団による講演、さらにテュルク世界各地のアーティストによる出演などがある。
また、テュルク語圏諸国の文化大臣常設理事会、フォークロア・フェスティバル、コンテスト、アイティス(全国作曲コンクール)、国際フォーラム、芸術家や彫刻家のためのシンポジウム、科学的および実用的な会議、歴史や観光名所のガイドツアーも開催される予定だ。
イベントのスケジュールはまだ最終決定されておらず、フェスティバルにかかる費用も未定である。
「多くのイベントがカザフの文化を紹介し、ゲストや参加者が私たちの習慣や伝統を体験できるようにします。「アクタウは地理的に恵まれているため、カザフスタンの観光成長、特に海洋観光とビーチ観光の重要な原動力となっています。この地域の観光ポテンシャルはカスピ海に支えられており、海辺のシーズンは3ヶ月から6ヶ月続きます。」とアクタウ市からのメッセージが伝えている
マンギスタウ地方は、南北および東西を結ぶ国際輸送回廊が交差する戦略的な場所に位置している。地域の中心であるアクタウは、カザフスタン唯一の海港であり、欧州・コーカサス・アジア輸送回廊(TRACECA)と北南輸送回廊(ロシア、イラン、インドなどを結ぶ国際輸送回廊)という2つの主要な国際輸送回廊がマンギスタウ地方を通過している。
https://www.youtube.com/watch?v=wM_SMZ5hvWk&t=25s
2023年、この地域には39万人の観光客が訪れ、そのうち34万6,000人がアクタウを訪れた。そのうち30万6,000人がカザフ国民で、8万4,000人が外国人であった。これは2022年と比較して25%の増加である。アクタウ市当局は、リゾート地とサービスの拡大により、観光客数は2.5倍になると予測している。
アクタウ出身のブロガー、アザマット・サルセンバエフ氏は、複雑な心境であると語った。「一方では、テュルク世界の首都に選ばれたことは刺激的であり、励みになります。マンギスタウの自然の美しさや街のインフラを高く評価する観光客が集まることを期待しています。しかし、これをアスタナで開催された2017年万国博覧会と比較すると、公園やアトラクション、インパクトのあるアートインスタレーションなど、インフラに大きな変化がなければ、コンサートやイベントにお金をかけるだけでは無意味なのではないかと心配しています。」とサルセンバエフ氏は語った。
「このイベントのために、1年以内にアクタウに何か意味のあるものが建設されることを望んでいます。これらの建造物は、このイベントを記念するだけでなく、イベントが終わった後も市民が楽しみ、交流できるような永続的な特徴として残るべきです。」と付け加えた。
アクタウを2025年のテュルク世界の文化首都とする決定は、昨年10月13〜14日にアゼルバイジャンのシュシャで開催されたテュルク文化発展国際機構(TURKSOY)の第40回加盟国会議でなされた。
会議の後、TURKSOYのスルタン・ラエフ事務局長は、アクタウが選ばれた理由として、その豊かな歴史的遺産と、テュルク世界全体の共有文化遺産を象徴する数多くのモニュメントを挙げた。
「以前は、アスタナとトルキスタンがカザフスタンのテュルク世界の首都として機能していました。アクタウがその名誉を守ることに疑いはありません。国際社会は、テュルクの伝統と兄弟愛に満ちたテュルク民族を結びつける絆を目にし、学ぶことでしょう。TURKSOYの使命は、共通のテュルク文化を世界中に広めることであり、私たちはこの使命に全力を尽くしています。」とラエフ事務局長は語った。(原文へ)
INPS Japan
Original article: https://astanatimes.com/2024/08/aktau-prepares-to-become-cultural-capital-of-turkic-world-in-2025/
*チュルク系民族の人口を持つ国々は国際文化組織を通じて毎年、「テュルク世界の文化的首都」を定め、都市を選んでいる。選ばれた都市は、テュルク文化を祝うために多くのイベントを主催している。今年の文化首都はアゼルバイジャンの古都シュシャ。来年はカザフスタン西部のアクタウが文化首都を引き継ぐことになる。(INPS Japan)
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|カザフスタン|第5回ワールド・ノマド・ゲームズで10万人の観光客を迎える
アスタナ万博を取材ーカザフスタン館「ヌル・アレム」