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崩壊の危機にあるスリランカの医療制度
【コロンボIDN=ヘマリ・ウィジェラスナ】
かつて南アジアで憧れの的であったスリランカの無償医療サービスが、現在の経済危機に直面して崩壊寸前にある。医薬品の不足、医師の流出、公務員の医師を60歳で引退させようとする政府の頑なな方針などが背景にある。
政府医療従事者協会(GMOA)によると、同国の公立病院のほとんどで90種以上の基本的な医薬品が不足しているという。
GMOAの事務局長であるハリサ・アルトゥゲ博士は、「この国の医療ネットワークが医薬品不足のために崩壊してしまう危険がある。」とIDNの取材に対して語った。「現在の医薬品不足は慢性的に生じている。コロンボの分院でも、パラセタモールやピリントン、サリヴェといった基本的な薬が足りない。」脳卒中を予防するアスピリンのような緊急の薬品も、同国最大の病院であるコロンボ総合病院においてすら不足している。
スリランカの医療サービスを脅かすもう一つの大きな要因は、専門医の不足である。経済危機により、医師の国外流出が相次いでいる。一方、公務員を60歳で定年退職させるという政府の政策も、この問題に拍車をかけている。
専門医やその他の医師の流出が相次いだことで、アヌラダプラ病院の児童病棟は最近閉鎖に追い込まれた。病院関係者によると、同病院には同時に60人の患者を収容する施設があるが、病院関係者によると、アヌラダプラ教育病院の医師9人(うち小児科医4人)が離職している。子供たちを治療する医師がいないため、当時そこにいた患者たちは他の病棟に移らざるを得なかった。
児童病棟の閉鎖に伴って、ラジャラサ大学の医学生たちが訓練を受ける機会も失われた。同病院のドゥラン・サマラウィーラ病院長は、「医師はいなくなったが何人かは言えない。」とIDNの取材に対して語った。しかし、児童病棟は、必要な専門家を政府が供給したことで再開した。別の病棟に移されていた子どもたちも戻ってきた。
1年前の金融危機の到来以来、専門医を含む500人近いスリランカ人医師が出国し、その多くが保健省に連絡さえしていない。GMOAによると、無届退去に加え、若い専門医を含む52人の医師が、保健省に連絡せずに出国したため、ここ2ヶ月の間にポスト明け渡しの通知を受けたという。
医師が辞めていく一方で、政府は特に重症の病気に対する薬剤不足の解決策を持ちあわせていないようだ。無力な患者とその家族は、この危機的状況に苦しんでいる。ここで最も深刻な「問題」は、ある病気が不治の病になる前に行うべき手術が、薬剤不足のために遅れていることである。
スリランカは経済危機に直面し、医薬品の輸入にドルを割り当てる体制が整っていなかったとみられている。政府はインドの融資枠組みの下で、1億1400万米ドル相当を国営製薬企業に割り当てたが、医薬品の購入に使われたのは6850万米ドルに過ぎなかった。最近、スリランカ医師協会(SLMA)は、緊急性の低い医薬品のためにその資金が使われていたことを明らかにした。
国立感染症研究所のアナンダ・ウィジェウィクラマ博士は、インドの信用機関からの融資を得て輸入した医薬品の8割が登録されておらず、患者の手に届いていないと語った。これにより腎臓移植手術が中止される恐れがあり、緊急性の低い手術も中止せざるを得なくなる。
スリランカ麻酔科学集中治療大学の学長であるアノマ・ペレラ博士は最近の記者会見で、医療システムが崩壊の危機に瀕していると警告した。最も深刻な問題は、公立・私立病院における麻酔薬の不足で、このために帝王切開を伴う手術が遅れることになるだろう。また、麻酔医や集中治療医による手術は、医薬品不足のために行えなくなる可能性がある。
現在、公立・私立病院で抗生物質が入手しにくくなっている。そのため医師らは、薬を無駄遣いせず、自分の健康状況に気を配って生活するよう市民に呼び掛けている。
多くの公立病院の医師らは、IDNの取材に匿名でしか応じなかった。ある公立病院の医師は、「鉗子が不足しているので自身の病院では腹腔鏡下手術を約3カ月行えていない。」と語った。そのため病院の腹腔鏡下機材は3か月間も使用されていない。しかし、民間の病院や診療所には鉗子があるという。
別の政府系病院に勤務する医師は、「心臓発作患者の検査に必要な試薬が不足しているため、現在公立病院では検査できない。このため公立病院を訪れる患者は検査のために民間部門の研究所に行かなければならない。」と語った。別の主要な公立病院の医師によると、ここ数ヶ月、数種類の抗生物質が不足しているとのことである。
無作為の調査で、コロンボ国立病院に来院した何人かの患者は、まだいくつかの医薬品が手に入らない、と語った。
コロンボから約30キロのパナドゥラから通院しているシャンタ・カルナラスナさんは、「診療所には皮膚病の治療のため月に一度来ています。前回は、種類の薬が手に入らないと言われ、外部で入手しました。今回も状況は同じでした。しかし、薬は高くなっています。毎日収入があるわけではない私のような人間には厳しい状況です。」と語った。
最近蔓延しているウィルス性熱病のために治療に来ていた別の患者は、やはり処方された薬を入手できず、外部で手に入れたという。
他方で、GMOAのスポークスマンであるハリサ・アルスゲ博士は、「昨年既に500人の医師が出国しており、もし60歳定年がこのまま厳格に適用されたならば、今年末までに300人の専門医を含む800人の医師が職を離れることになります。」と指摘した上で、「厳しい状況が訪れることになる。」と警告した。
「(無許可で海外に行った)公務員の医師を無給休暇扱いにしたとしても、問題の解決策にはなりません。また奨学金で海外に渡った医師も、海外で研修を受けているインターンも帰ってきません。問題は、専門医の問題で悪影響を受ける臨床サービスだけではなく、医療分野の行政にもあります。」とアルスゲ博士は指摘した。(原文へ)
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|視点|我々は原子力潜水艦拡散を恐れるべきなのか?(レオナム・ドスサントス・ギマランイスブラジル海軍退役大佐)
【リオデジャネイロIDN=レオナム・ドスサントス・ギマランイス】
オーストラリア・英国・米国が2021年9月15日にインド太平洋地域防衛のための三国協定(いわゆるAUKUS)を発表するまでは、攻撃型原子力潜水艦の開発と、核不拡散条約(NPT)上の非核兵器国による核兵器開発との間の因果関係は、ほとんど公の議論になってこなかった。
この問題はこのように言い換えることができる。コストや環境への影響、核兵器拡散につながる可能性を考慮に入れるならば、攻撃型原潜は、特定の非核兵器国の国家安全保障に対する現実的な脅威に対抗するための最も適切な海軍技術なのだろうか、と。
攻撃型原潜取得の提案をめぐる議論は、核兵器を持たない特定の開発途上国においてエネルギー源として原子力を利用することを是とすべきか、という長年にわたる論議の焼き直しのような面がある。
原子力開発と核拡散との関係は、インドが1974年に初の核爆発実験を行い、さらに、1973年の石油ショックによって今後は原子力利用が広がるのではないかとの見通しが出てきたことから、議論の俎上にのぼるようになった。
民生用の核利用は、核兵器製造のための核分裂性物質と関連技術を獲得するための便利な口実となり得るというのが、従来の常識であった。そのため、核不拡散条約(NPT)によって国際的な保障措置がとられ、国際原子力機関(IAEA)によって管理されている。
非核兵器国における原子炉や濃縮、再処理、その他の核活動は、兵器級核分裂性物質の生産や軍事転用を探知・抑止するために、国際的な保障措置の対象となってきた。
しかし、NPT上の核保有国である米国・英国・フランス・ロシア・中国は、この体制に対して懐疑的な目を向けてきた。この措置によって違法行為を適時に発見することに十分な自信がないのである。一般的には、核兵器を持たない国が、単に機微の物質を保有しているだけでも、非核保有国は事実上の核兵器国と同じような地位に至るものとみなされてきた。
核装置が今にも開発されてしまう可能性は、その相手方をして、さも核兵器の開発がすでに完了したかのような態度を取らせることがある。にもかかわらず、技術的な観点からすると、兵器級核分裂性物質の取得は、爆発装置製造の第一歩に過ぎない。例えばミサイル技術管理レジーム(MTCR)のようなその他の国際的な保障措置体制が、さらなる動きを抑制するものとなる。
今日、原子力発電の普及が核兵器の「水平」拡散につながるという懸念は、現実にはなっていない。原子炉の安全性への懸念、経済成長の鈍化、必要となるインフラや原子炉建設の高コスト化のために、原子力は2000年代に既に保有していた国以外にはほとんど普及していない。核拡散の懸念は、核兵器能力を開発しようとする一部の国々の活動に向けられてきた。
(1980年代に始まるブラジルの試みのような)一部の非核兵器国の攻撃型原潜取得の計画(とされるもの)は、核拡散を巡る議論を引き起こしてきた。
歴史的には、核兵器保有国の海軍推進用原子炉の開発は、民生利用に先行してきた。例えば、商用加圧水型原子炉は、米軍が1950年代初頭に開発した潜水艦用原子炉の直接の後継となるものである。米国の場合、原子力による推進は核兵器取得ののちに開発された。
原子力の平和利用?
IAEAと核不拡散条約の保障措置のアプローチには違いがあり、前者は原子力エネルギーを「よく定義されていない」軍事目的に使用してはならないとし、後者は「よく定義された」軍事用の爆発目的で使用してはならない、と主張している。このため、過去には曖昧な解釈がなされたこともあったが、現在では明確になっている。
IAEA規程によれば、IAEAによる支援、あるいは、その要請またはその監視・管理の下でなされる支援は、いかなる軍事目的も助長するような方法で使用されないことを、できる限り確保しなければならない[1]。この規定が意味するところは、民生用原子炉で使用するために供給された濃縮ウランが、たとえば核兵器、あるいは、艦船の推進や軍事衛星のような非爆発的な軍事用途に供されないようにするためのものが保障措置である、ということだ。
対照的に、NPTの規定は、核物質を「平和活動」から「兵器またはその他の爆発装置」に転用してはならない、としているが、「非爆発的軍事用途」を禁じているわけではない。これらの協定は、潜水艦推進用の原子炉に使う燃料としてなどの「非禁止軍事活動」のために使用される場合は、核物質を保障措置の対象外にすることを定めている[2]。
これらの元々は異なっているアプローチを調整するために、実際にIAEAの保障措置協定[3]では、原子力潜水艦の推進などの「非禁止軍事活動」で使用される物質を一般保障措置から除外する条項を含む、核不拡散条約の原則を組み込んでいる。
フォークランド紛争時に英国が攻撃型原潜を南大西洋に派遣したことからアルゼンチン政府代表がIAEA理事会に行った提起に対応してIAEAが出した公式見解が極めて重要である。
アルゼンチンの提起は、ラテンアメリカ・カリブ地域非核兵器地帯と、実際に適用されている保障措置協定、核物質の非爆発軍事用途の正当性に言及したIAEA規程との間の矛盾の程度について疑問を呈している。
IAEA報告は、諸協定間の違いはその矛盾を現したものではない、とする[4]。原潜推進は、ブラジルの計画のように、平和目的にのみ向けられた原子力計画と矛盾をきたすものではない、というのだ。
核兵器開発の隠れみの?
理論上、攻撃型原潜の開発過程で取得される技術力は、理論的には将来の核兵器保有を容易にするものである。しかし、これらの能力は社会・経済の成長も促進できる。明らかに、原潜計画がもたらす潜在的なスピンオフ効果は、単なる兵器への応用にとどまらない。
核分裂技術の開発が、その国の核兵器製造の潜在能力を高めることは間違いない。しかし、核兵器を製造するというのは政治的な決断だ。ブラジルは、連邦憲法で核兵器の持ち込みを明確に禁止しており、核兵器を製造しないとの強力な政治的意思を持っている事例だ。
1991年、ブラジルとアルゼンチンは、国産の核施設に対して保障措置をかけるいわゆる二国間条約に署名し、「ブラジル・アルゼンチン核物質計量管理機関(ABACC)」と呼ばれる独立の核物質検証機関を設けた。IAEAはこの特定の保障措置枠組みに招請され、いわゆる四者間協定が同年に署名されて現在も執行されている[5]。
この条約は、保障措置対象施設が製造した物質を原子力推進に使用する場合の具体的な規定を定めている。この場合、その「特別手続き」は、攻撃型原潜の設計・運用に関する技術的・軍事的機密情報を開示することなく、IAEAが課す保障措置以上の保障措置実施を保証している。
核兵器の拡散は、極めて政治的で非技術的な問題だ。核保有国も事実上の核兵器保有国も、その目的に特化したプログラムを通じて核分裂性物質を入手した。
結果として、これらの国々は、追求する目標に向かって最短かつ経済的な道を取った。核兵器取得を目指す国が、海軍用原子力推進の開発などといった間接的な道をあえて取ることは考えにくい。
特筆すべきは、NPT非加盟のインドが核兵器開発後に、原子力を動力とし核弾道ミサイルを積んだアリハント級潜水艦を開発したことである。これは、国連安全保障理事会の常任理事国5カ国以外が建造した最初の原子力潜水艦であった。
同じくNPT非加盟のイスラエルは、ドイツと協力して通常型だが核兵器を搭載したドルフィン級原潜を開発した。北朝鮮も同じことをめざそうとしている。
「拡散的」な燃料サイクル?
海軍艦船推進用の原子力利用は核不拡散条約で禁止されてはいないが、疑いもなく、原子炉技術の軍事的応用ではある。とすると、原潜の燃料サイクルと、発電用原発あるいは研究炉の燃料サイクルには大きな違いがあり、国際的あるいは多国間の保障措置は潜水艦用の燃料サイクルからの核物質の転用を抑止することは難しいのではないか、と考える人もいるかもしれない。
核不拡散条約で禁止されていないとはいえ、海軍の推進力は間違いなく原子炉技術の軍事利用である。このため、原子力潜水艦の燃料サイクルと定置型発電炉や研究炉の燃料サイクルには大きな違いがあり、潜水艦の燃料サイクルからの核物質の転用を抑止することは、国際保障措置や多国間保障措置では困難であると考える人もいるだろう。
技術的にはこれは全くの間違いだ。潜水艦は空間上の制約が大きく、燃料装填を頻繁に行えないという作戦上の要請があるために、原潜の原子炉は定置型原子炉よりも高い濃縮度のウラン燃料を使用している(現在の米国の潜水艦原子炉は兵器級の高濃縮ウランを用いているとされる)。他方で、フランスは1970年に低濃縮ウラン燃料技術を開発し、ロシアも高濃縮ウランは使っていないかもしれない。
現在のところ、海軍艦船推進用の原子炉はコンパクトな加圧水型である。燃料濃縮は「兵器級」である必要はないし、このタイプの炉はプルトニウム生産にも適していない。海軍艦船推進用の炉は、世界中で稼働している研究炉・発電炉と何ら変わりはない。現行法に違反する可能性があるなどと誰も主張することはできないのである。
この側面に関連して、AUKUSの協定は別の問題を惹起している。AUKUSの潜水艦でどのような特定の型の燃料を新たに用いることになるのかは発表されていない。しかし、米英の潜水艦と同じく高濃縮ウランを用いることになるだろう。核兵器国としての米国と英国がもつNPT上の義務と、非核兵器国としてのオーストラリアがもつ義務がそれぞれどの程度果たされることになるかは見えてこない。
地域の核兵器開発競争を引き起こす?
攻撃型原潜が海軍力に占める価値を考えれば、非核兵器国がそれを取得すれば、地域の海軍バランスが崩れることを懸念する他の国々を核兵器取得に走らせる可能性がある。しかし、海軍艦船推進は通常兵器体系の一環であり、これに対するより適切な反応は、自らも原潜を開発する、というものであろう。これと同じ原理で、核兵器とは完全に関係のない兵器体系の導入でも、パワーバランスを変える可能性はある。
戦略家の間では、将来の海戦は水上艦艇よりも潜水艦、特に原子力攻撃型原潜に大きく依存することになるという見解が広く共有されている。この見解は、欧米やロシアでますます洗練された潜水艦が開発され続けていることからも裏付けられる。このことは、軍事的に重要な第三世界諸国が原子力潜水艦を取得する強い動機付けとなる。
攻撃型原潜が核兵器の代用品として機能する程度には、国際的な安定をもたらすものとなるかもしれない。つまり、「地下の原爆よりは水面下の潜水艦の方がまし」かもしれないのである。他方で、[ある国による]原潜の取得は、自国及び国際の安全保障上の利益がないと考える地域のライバル国による海軍の軍拡競争を引き起こす可能性もある。
核兵器国は二重基準によって、こうした傾向を抑えることはできない。むしろ、攻撃型原潜への依存を抑えることで、核兵器の「垂直的」拡散を抑制する模範を示すべきだ。
結論
攻撃型原潜に関連した拡散上のリスクを無視することはできないが、かといって大げさに捉えるのもよくない。核不拡散の強調は、1973年のオイルショック以降、原子力発電が急速に普及するとの予想に基づくところが大きかった。
しかしこの予測は現実のものとならなかった。同じように、研究・開発・建造・維持コストの高さ、技術上のリスク、核分裂性物質の供給をめぐる厳しい条件などの理由により、原潜を取得しようとする第三世界の国々は少なかった。ブラジル・韓国・オーストラリア、そしておそらくはイランが新たに取得を検討している国として挙げられる程度だ。結果として、原潜の取得に対して、核拡散に関する国際的に承認された方針を策定する時期にきている。
「原潜保有国」のあらたな登場によって、核不拡散条約の設けた核兵器国と非核兵器国との間の垣根は心理的にも軍事的にも低くなっている。
核兵器拡散の場合と同じく、原潜開発に対する反対の程度は、その原潜取得国がどこであるかに依存している。米国は、いかなる国についても原潜取得には強く反対している。なぜならそれが米海軍の地球上での行動の自由を制限することになるからだ。
他方で、英国もフランスもカナダの原潜取得を後押しした。しかし、両国はラテンアメリカ諸国がそうすることにはおそらく反対することだろう。ロシアはインドに対して核誘導ミサイル潜水艦を2度貸与し、そしておそらくは、米国からの強い反対にもかかわらず、インドの原潜開発を支援したものと思われる。
また、中国はオーストラリアのような東アジアあるいは東南アジアの国が原潜を取得することには強く反対するだろうが、別の国の場合はそうでもないだろう。
第三世界にあるNPT上の非核兵器国が攻撃型原潜を自国開発することに対しては、核分裂性物質の供給に厳しい制限が課され、政治的圧力がかけられることになる。これは基本的に、地政学的、軍事戦略的な目的を基礎としたものだ。こうしたやり方は、核不拡散条約の精神にかなったものではない。実際のところ、核不拡散ではなく海洋の自由の問題なのである。(原文へ)
※著者のレオナム・ドスサントス・ギマランイスは、原子力・海軍技師(博士)であり、全ブラジル工学アカデミーの会員。「エレクトロニュークリアーSA」の社長であり、サンパウロにある海軍技術センター「艦船原子力推進プログラム」のコーディネーター。現在は、原発「アングラ3」の建設・稼働をめぐる法定委員会のコーディネーター。
【注】
[1]IAEA規程第3条
[2]核不拡散条約第4条
[3]IAEA INFCIRC/153、第14パラグラフ
[4]IAEA報告 GOV/INF/433
[5]ブラジルは1998年にNPTを批准した。アルゼンチンはその数年前に批准した。
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|視点|平和のためにも、化石燃料に関する新条約を
【東京IDN=相島智彦、シャヒン・アシュラフ】
主要国の首脳が一堂に会するに際しては、平和を維持する方法を見つけることが、最も重要な責務の1つである。しかし、広島で開催された主要国首脳会議(G7サミット)が閉幕した今、世界の主要国指導者たちは、平和を広げていくための2つの機会を逃した。1つ目は、核兵器禁止条約を支持する機運を高めるための実質的な措置が講じられなかったことであり、2つ目は気候変動の分野においてである。
多くの人は、気候変動を単なる環境問題と捉えており、それは一面では事実である。海の酸性化によりサンゴ礁が死滅し、季節サイクルの変化は、地球上のほぼすべての生物種の生息環境を変化させた。2020年にオーストラリアで発生した山火事では、10億匹の動物が犠牲になり、生態系の犠牲は深刻である。
しかし、気候変動が平和および安全保障に与える影響や、地域、国内、国際的なレベルで紛争の可能性を高めていることを認識する人が増えてきている。
気候変動は様々な形態で紛争を起こりやすくする。気候変動による干ばつ、洪水、その他の異常気象は、作物に被害を与え、水の入手を困難にし、食糧不安や貧困を増大させる。気候変動により人々は家を追われ、生存可能な生活環境を求めて他の場所へ移住せざるを得ない。これは、土地、水、食糧などの資源をめぐる紛争へとつながり、特に資源がすでに不足している場合はなおさらである。
例を挙げると、2021年、カメルーンの北部では、気候の変化に起因する水不足が原因で、漁業、農業、牧畜業などのコミュニティの間で激しい争いが発生した。これにより数百人が死亡し、5万人以上の難民が隣国チャドに避難したが、同国も干ばつによる極度の困難に直面していた。また、ニジェールやマリなどでも、水や牧草地の減少をめぐる激しい地域紛争が起きている。
女性は、温暖化により引き起こされる暴力に対して特に脆弱である。国連環境計画の推計によると、避難民の80%は女性と少女であり、難民として性的暴力や搾取のリスクが劇的に高い。
若者も同様である。国連児童基金(ユニセフ)の報告によると、5000万人以上の子どもが気候変動によって故郷を追われた。彼らが直面するトラウマや身体的な危険を考えると震え上がるものがある。
気候危機に対する答えは、何十年も前から明らかである。できる限り速やかに再生可能エネルギーの開発を加速させ、化石燃料の使用を段階的に廃止することだ。
労働者、地域社会、家族など、この危機の影響を受ける人々が公平にエネルギー転換できるようにしなければならない。
そして、私たちは富裕国の政府に対して、気候変動に関連した損失や損害に対する資金を提供するよう求める。なぜなら多くの貧しく脆弱な国々は既に苦しんでおり、将来も苦しむことになるからだ。こうした国々は、気候危機を引き起こすようなことはほとんどしていないにもかかわらず、影響を最も受けている。
世界で最も脆弱な国や地域社会が、気候変動によるコストの負担を負うべきというようなことが道徳にかなう世界は存在しない。
だからこそ、私たちは世界中の何百もの宗教団体とともに、「化石燃料不拡散条約」を求める呼びかけに参加した。このような条約は、都市や科学者、そして現在では多くの国家によって承認されており、相互に関連する3つの重要な約束、つまり持続可能な未来の柱となるものを確立する。
第一に、気候危機を解決するための前提条件である新規の化石燃料プロジェクトの開発を直ちに中止する必要がある。
第二に、既存の石炭、石油、ガス生産の公正な段階的廃止の道筋を明らかにし、より脆弱な国々がエネルギー転換を行うための時間を確保する。
第三に、気候変動に関連する損失や損害への対応および公正な転換のための資金を必要とする。それによって、影響を受けた労働者やコミュニティがエネルギー転換に必要な職業訓練、コミュニティの再開発、その他関連する再開発が可能となる。
これらの条件はどれも簡単ではないが、取るべき正しいステップであることは明確である。
G7サミットの閉会に伴い、私たちは世界中のさまざまな宗教や善意の人々に、この問題についてもっと学び、公の場で発言し、地域社会の中で変化を支援するよう呼びかける。私たちが何が問題になっているのかを理解していること、私たちが気にかけていること、そして行動しなければならないことを各国政府は知っていく必要がある。行動を起こさなければ、人類の文明が依存している生態系、および世界で最も気候変動に脆弱な何億もの家族に、取り返しのつかない損害を与えることになる。信念に基づく壮大で迅速な行動は、すべての人にとってより良い未来を創り出すことができる。
その選択は疑いようがない。(原文へ)
相島智彦 創価学会インタナショナル(SGI)平和運動局長。創価学会は地域社会に根差したグローバルな仏教団体。生命尊厳を基調として平和・文化・教育を推進する。1200万人を越える会員がいる。SGIはその平和運動団体。
シャヒン・アシュラフMBE 国際NGOイスラミック・リリーフのグローバル・アドボカシー部門責任者。同団体は、紛争、自然災害、気候変動による影響を軽減し、貧困や脆弱性から抜け出す力を地域社会に与えるため、34カ国、1300万人の人々に支援を行う。
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5月19日から21日にかけて広島に主要7か国(G7)の首脳らが集ったが、議題の一つは核軍縮であった。
1945年の米国による原爆弾投下により広島・長崎合計で22万6000人以上が殺害されている(両都市では広島の方が被害が大きかった)ことから、今回のG7サミット開催地は象徴的な場所であった。
しかし、カナダ・フランス・ドイツ・イタリア・日本・英国・米国の7カ国に欧州連合を加えた首脳らは、「核兵器なき世界」に向けて取り立てて重要な進展を生み出すことができなった。
フランス・英国・米国の三国が(ロシア・中国と並んで)主要な核保有国であるだけではなく国連安保理の常任理事国でもあるだけに、進展の不在はなおさら残念なことだ。
防衛目的の核兵器を暗に正当化した「核軍縮に関する広島ビジョン」について5月21日の記者会見で問われた国連のアントニオ・グテーレス事務総長は「文書へのコメントはしません。(しかし)私は自分の信念に従って動くことが重要だと申し上げておきます。『核兵器なき世界』の実現という主要な目的に関して諦めることはしません。」と語った。
「20世紀最後の数十年間は、軍縮がかなり進展しましたが、それが完全に止まってしまったのです。そして、新たな軍拡競争を目の当たりにしています。」と指摘した。
「核兵器に関する軍縮論議を再開することが極めて重要です。核兵器を保有している国々が核兵器を先行使用しないと約束することも必要です。さらには、どのような状況にあっても核を使わないと約束することが重要です。」
グテーレス事務総長は、「核兵器のない世界を実現するためには、いつの日か、願わくは私が生きている間に、核兵器のない世界を実現するために、野心的になる必要があると考えています。」と宣言した。
5月19日に発表された声明で、G7首脳らは「核軍縮に関する広島ビジョン」を打ち出した。声明はこう述べている。
「歴史的な転換期の中、我々G7首脳は、1945年の原子爆弾投下の結果として広島及び長崎の人々が経験したかつてない壊滅と極めて甚大な非人間的な苦難を長崎と共に想起させる広島に集った。粛然として来し方を振り返るこの時において、我々は、核軍縮に特に焦点を当てたこの初のG7首脳文書において、全ての者にとっての安全が損なわれない形での核兵器のない世界の実現に向けた我々のコミットメントを再確認する。」
「我々は、77年間に及ぶ核兵器の不使用の記録の重要性を強調する。ロシアの無責任な核のレトリック、軍備管理体制の毀損及びベラルーシに核兵器を配備するという表明された意図は、危険であり、かつ受け入れられない。我々は、ロシアを含む全てのG20首脳によるバリにおける声明を想起する」。
「この関連で、我々は、ロシアのウクライナ侵略の文脈における、ロシアによる核兵器の使用の威嚇、ましてやロシアによる核兵器のいかなる使用も許されないとの我々の立場を改めて表明する。」
「我々は、2022年1月3日に発出された核戦争の防止及び軍拡競争の回避に関する五核兵器国首脳の共同声明を想起し、核戦争に勝者はなく、また、核戦争は決して戦われてはならないことを確認する。」
「我々は、ロシアに対し、同声明に記載された諸原則に関して、言葉と行動で改めてコミットするよう求める。我々の安全保障政策は、核兵器は、それが存在する限りにおいて、防衛目的のために役割を果たし、侵略を抑止し、並びに戦争及び威圧を防止すべきとの理解に基づいている。」
「ワールド・ビヨンド・ウォー」のアリス・スレイター理事は、「核軍縮に関するG7ビジョン」は盲目的な傲慢さの表れではないか。」と疑問を呈した。
スレイター氏はIDNの取材に対して、「被爆地広島で、核保有国や、自国に代わって米国に核使用を期待する『核依存国』が広島平和記念公園に集い、1945年8月6日の破滅的な日を生き延びた被爆者のつらい証言に耳を傾けました。」と指摘した上で、「にもかかわらず、G7首脳らは無神経な声明を出しました。偽善的にも、核兵器の恐るべき性格を主張し、ロシアが核の恫喝によっていかに世界を危険に陥れているかを語り、北朝鮮にも同じような非難の目を向け、単に透明化措置を前進させるよう呼びかけています。まるで、西側諸国の恐るべき核戦力と、その再建や改修、再設計、実験に関連した活動については、情報を開示しさえすれば、核の惨劇が予防できる、とでも言わんばかりです。」と語った。
「新戦略兵器削減条約(新START)を棄損するロシアの決定を非難する一方で、米国がロシアとの弾道弾迎撃ミサイル制限条約や中距離核戦力全廃条約からいかにして脱退したかという点は黙して語っていません。また、バラク・オバマ前米大統領がイランとの間で結んだ核合意への復帰についても触れていません。」と、スレイター氏は指摘した。
米国はまた、宇宙での兵器やサイバー戦争を禁止する条約交渉を、ロシアと中国から何度も要請されたが、拒否している。これらの条約交渉は、もし実現していれば、核兵器の廃絶に向けた協議において、「戦略的安定」もたらす条件作りに欠かせないとロシアが呼びかけていたものである。
「ドイツ・オランダ・ベルギー・イタリア・トルコの北大西洋条約機構(NATO)5カ国は米国の核兵器を自国領内に配備することを認めているし、日本は、皮肉なことに平和憲法があるにもかかわらず米国の『核の傘』の下で、G7諸国がこれまでボイコットし拒絶してきた核兵器禁止条約入りをこれら諸国に求めるのではなく、代わりにNATOとの連携強化に動いています。」
「米国は、核軍縮を『誠実に』追求するという核不拡散条約上の義務を率先して尊重しない道を辿っています。決して『誠実に』など行動していません。戦争の惨禍を防ぐために創設された国連の管理下に核兵器を置くべきだとのヨシフ・スターリン書記長の提案をハリー・トルーマン大統領が拒絶した時代から、核兵器製造施設や弾頭、それらを運搬するミサイル・航空機・潜水艦のための30年に及ぶ1兆ドル規模の予算をオバマ大統領が認可した時代に至るまで、米国は核に関する違反・拡散に関与してきました。」
核兵器廃絶に努力するという見せかけと裏腹に発せられている偽善的なメッセージは、「ステップ」を踏む、という言葉だ。「我々は『軍備管理』の名目で、どこまでも果てしないステップを踏んできました。今回のG7会合での議論も、結局何も生み出さない不毛なステップにすぎなかった。例えれば、暗い顔をした男たちが円になって階段を上ったり下ったりしているが結局頂上にはたどり着かないという、M・C・エッシャーの絵『上昇と下降』に似ています。」とスレイター氏は語った。
核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)のダニエル・ホグスタ事務局長代行は、「単に機会を失ったというだけではありません。広島・長崎への原爆投下以来初めて核兵器が使用されてしまうかもしれないという厳しいリスクに世界が直面しているなか、リーダーシップが発揮されずじまいという重大な失敗にほかなりません。」と語った。
「ロシアや中国、北朝鮮を指弾するだけでは不十分です。核兵器を保有し、あるいは配備を許可し、その使用を容認しているG7諸国は、『核兵器なき世界』という目標を達成したいというのであれば、軍縮協議において他の核保有国を巻き込む努力をしなければなりません。」とホグスタ事務局長代行は指摘した。
広島で5月19日に行われた記者会見で、ノーベル平和賞の受賞団体であるICANは、「『核兵器なき世界』という自らの目標を前進させる具体的な提案を打ち出すことにG7首脳らは失敗した。」と述べた。
ロシアや北朝鮮による核使用の恫喝によって、冷戦後最も核紛争の危険が強まっている中、日本の岸田文雄首相は、核軍縮を重要な議題とするために、史上初めて核兵器で攻撃されたこの都市をG7サミットの会場に選んだ。
G7首脳らは広島平和記念公園と平和記念資料館訪問で日程をスタートさせ、ここで被爆者にも面会した。ICANは、この面会を歓迎する一方で、「もはや平均年齢85歳にもなる被爆者が求める、彼らが生きている間の核兵器廃絶と言う声に首脳らが耳を傾けたとは思えない。」「今日の首脳声明に書かれてあったことは、実質的な軍縮に繋がる新たな措置を含んだ、信頼性の高いビジョンを提示することができなかった。」と述べた
ICANはまた、「G7首脳らはすべての国家に対して『その責任を深刻に受け止める』よう求めたが、そのG7諸国自体が、現在の核兵器がすべての人々に対して与えている脅威に関して自らの責任を回避している。」と指摘したうえで、「G7首脳らは、核兵器は『防衛目的』にのみ使用されるべきというが、核兵器は無差別的かつ不均衡であり、大規模な殺傷を目的としているため、国際人道法の下では『防衛目的』だとみなすことはできない。」と述べた。
さらに、「G7の3つの核保有国は核能力強化のために多額の資金を投じている、と指摘した。今日の声明は、すべての核保有国に対して、核戦力に関するデータを公開し、核戦力を縮減しつづけるよう要請しているが、すべてのG7諸国が自らの核兵器に関して透明性を保っているわけではないし、自国領土に核を配備させている国もある。さらに一部の国は備蓄を増やしてもいる。」と指摘した。
G7は岸田首相の「ヒロシマ・アクション・プラン」を称賛しているが、目下の緊急性を反映していない、従来からの不拡散措置の焼き直しであり十分とは言い難い。
「世界が直面している安全保障上の問題にG7が対応するために必要なことは、核兵器禁止条約によって確立された国際法の枠組みの下で、すべての核保有国を巻き込んだ協議を行い、具体的かつ実行可能なプランを立てることだ。」とICANは指摘した。
ICANのパートナー団体である「ピースボート」の川崎哲氏は「日本国民、とりわけ被爆者は岸田首相に失望させられました。広島でG7サミットを開催することで期待感は高まりましたが、核兵器廃絶に向けた実質的な進展はありませんでした。」と語った。
ICANは以下のように補足している。
1.すべてのG7諸国は安全保障政策において核兵器の役割を認めている(核保有国:フランス・イギリス・アメリカ、核兵器配備容認国:ドイツ・イタリア、「核の傘」(核依存)国:カナダ・日本)。
2.日本の岸田文雄首相は広島を地盤とし、米国が1945年に核兵器を使用したことで自身の親戚も被害に遭っている。岸田首相は今年のG7を広島で開催し、核軍縮・不拡散を議題とすることを決定した。ロシアのウクライナへの全面侵攻と、北朝鮮による短距離・長距離ミサイル実験の継続という状況を受けて、1945年以来初めて核兵器が使用される危険性が高まっているためだ。
3.国連の核兵器禁止条約は現在、署名国92、批准国68である。
4.核不拡散条約第6条は、G7諸国の全てを含めた全ての締約国に対して、次の通り、核軍縮追求を義務付けている。「各締約国は、核軍備競争の早期の停止及び核軍備の縮小に関する効果的な措置につき、並びに厳重かつ効果的な国際管理の下における全面的かつ完全な軍備縮小に関する条約について、誠実に交渉を行うことを約束する。」(原文へ)
INPS Japan
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