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いま、中国に目を向けよ

この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。 【Global Outlook=スタイン・トンネソン 】 世界平和はいま脅かされている。ウクライナ、中東、アフリカでは戦争が続き、米国の貿易戦争も進行中である。ドナルド・トランプ大統領は複数の国際条約や国際機関から離脱し、同盟上の義務から後退し、他国への軍事介入にも踏み切っている。強い不安感を背景に、各国政府は軍事予算を増やしている。これだけでも深刻だが、巨大テック企業がクラッシュに向かうのではないかという懸念もある。私たちは、終わりの見えないトンネルの中で、方向を失ったコウモリのようにさまよっている。 その中で中国は、独立した主権国家から成るグローバルな国際システムと、不干渉原則を重視する姿勢で際立つ。中国の世界観は、個人の権利より国家の主権的権利に重心がある。国家間の戦争がない世界を望む。中国はトランプ関税の嵐に耐えつつ、4月にトランプ氏を国賓訪問として迎える予定だ。世界の将来を左右する存在になるかもしれない。 1月3日のカラカスでの米国の急襲は、国連憲章への重大な違反であった。にもかかわらず、多くの政府は非難を避け、違法性に言及するにとどめた。大統領を拘束するという行為が、他国にとって前例になり得ると批判者は指摘した。ロシアがゼレンスキーを拘束するのか。中国が頼清徳を連れ去るのか。 異なるリアリズム 米国の急襲に対するロシアと中国の反応は異なっていた。両国はいずれもマドゥロ政権に政治的・経済的に関与してきた。両国とも公式に抗議声明を出したが、プーチン大統領は沈黙を保った。自身によるウクライナ侵略は、規模と破壊性の点で、トランプが行った行動をはるかに上回っているからである。 ロシアの元大統領で、現在は国家安全保障会議副議長を務めるドミトリー・メドベージェフは1月4日、トランプの行動は違法だとしつつも、「内部的には整合的」であり、米国の利益追求として理解できるとの趣旨の発言を行った。ここには、ホワイトハウスとクレムリンの世界観の接近が示唆されている。すなわち、国際関係を利益の競争と捉え、強硬な力の行使を当然視する見方である。メドベージェフはまた、ベネズエラは米国の「裏庭」だとも述べた。 これに対し、中国の反応はより規範に根差したものだった。北京は米国の行動を国際法違反として非難し、「国際法、国際関係の基本規範、国連憲章の目的と原則を明白に違反している」と述べた。中国の公式論評は、いかなる国であれ世界の「警察官」のように振る舞うべきではないと警告した。1月5日、アイルランド首相との会談で習近平国家主席は、「一方的で覇権的ないじめが国際秩序に深刻な影響を与えている」と批判し、「すべての国は、他国の人々が独自に選んだ発展の道を尊重すべきだ」と訴えた。 こうした発言は単なるレトリックにすぎないと退けることもできる。しかし、中国がこれを本気で語っている可能性も考えてみる必要がある。主権を基礎とする国際秩序は、中国自身がその国益と合致すると見ているのかもしれない。 国益と平和 主権を基礎とする安定した国際秩序は、対外環境の予見可能性を高め、開かれたグローバル市場へのアクセスを確保するという点で、中国の中核的利益に資する。中国は世界各地で広範な経済的利害を抱えている。供給過剰傾向の産業が生み出す電気自動車、太陽光パネル、風力発電設備などの輸出が欠かせない。他方で、大豆、石油、半導体(チップ)など、さまざまな必需品の輸入にも依存している。利益率は低く、貯蓄率が過大であるため国内消費は低水準にとどまる。経済改革を進めるうえでも、中国はグローバル市場への十分なアクセスを必要としている。 地政学的安定を確保するため、中国は陸上で国境を接する近隣諸国のうち、インドとブータンを除くすべてと国境画定で合意してきた。上海協力機構(SCO)を通じて、中央アジアではロシアと影響力を分かち合う枠組みも築いている。モンゴルはかつて清の領域の一部だったが、中国はこれを主権国家として認めてきた。結果として、中国の領土紛争は、インド、海上の近隣諸国、そして台湾にほぼ限られる。 この約40年、中国は他国との武力紛争を回避してきた。ヒマラヤ、南シナ海、東シナ海での事案は憂慮すべきものだったが、衝突は限定的にとどまっている。中国は台湾周辺で大規模な軍事演習や航空・海上活動を実施してきた。これらの演習は多くの場合、事前に告知されている。一方で、中国軍機や艦艇の活動は近年、台湾側が防空識別圏(ADIZ)や周辺海域への繰り返しの進入と受け止める水準にまで拡大しており、海峡の中間線を越える事例も常態化している。演習海域が台湾の領海に接近、あるいは含まれているとの台湾当局の指摘もあるが、領空・領海への侵入に当たるかどうかについては、法的解釈と当事者の立場によって評価が分かれている。中国国内には、いずれ大国は国外で自国の利益を守るため武力を用いざるを得ない、と主張する見方がある。戦闘経験が必要だという声もある。しかし孫子の兵法の観点では、必ずしもそうではない。孫子が説くところでは、戦争に勝つ最善の方法は、戦わずして勝つことである。中国のこれまでの強硬な行動の狙いは、戦争を誘発することではなく、シグナルを発して警告することにあった。いまなお、各主体が自制を示す余地は残っている。 台湾の現状維持 台湾は中国のアキレス腱である。台湾は国際的に承認された国家ではないため、台湾への軍事侵攻は、それ自体が直ちに国連憲章2条4項に違反すると断定されるとは限らない、との見方も成り立ち得る(ロシアによるウクライナ侵攻や、米国のベネズエラ介入とは異なる)。しかし、この点は大きな論争を呼ぶだろう。 もっとも、軍事攻撃に用いられる手段は、慣習国際法やジュネーブ諸条約に違反する可能性が極めて高い。全面侵攻となれば抵抗は避けられず、米国や日本の介入を招く恐れもある。台湾をめぐる戦争は拡大し、核兵器の応酬に発展する可能性すら否定できない。 中国の2005年反国家分裂法は、台湾が独立に向けた動きを取る場合、あるいは平和的統一の見通しが失われた場合、武力行使を義務づけている。こうした「レッドライン」は、戦場の主導権を中国自ら手放す結果になりかねず、孫子の兵法の発想にはそぐわない。レッドラインは、相手に挑発の余地を与え、相手の条件で戦争を誘発する危険をはらむ。 平和の観点から理想を言えば、中国は台湾政府を安心させ、高度な自治を認める方向で備えるべきだろう。そうなれば、台湾海峡を越えた自由貿易が可能となり、中国は台湾の世界最先端の技術へのアクセスも確保できる。 中国の軍事演習、米国の対台湾武器売却、そして台湾の指導者による「独立志向」と受け止められる行動は、緊密に絡み合い、自己強化的なエスカレーションの連鎖を生みかねない。だからこそ、相互の安心供与が不可欠である。台湾問題の最も現実的な解は、実は「解を求めないこと」なのかもしれない。1979年以来、現状維持は双方にとって機能してきた。 小国の役割 勢力圏の発想で動くプーチンとトランプの反グローバリズム政策は、アジアの国々―大国から小国まで―が平和促進に役割を果たす余地を生み出している。賢明な中国であれば、北東アジアでも東南アジアでも、こうした動きを後押しするだろう。11加盟国から成る東南アジア諸国連合(ASEAN)は、ASEAN主導の首脳会合、ASEAN地域フォーラム、東アジア首脳会議などを通じ、大国の指導者を同じ場に集めてきた実績がある。ASEANは、日本、韓国、中国、さらにはインドも含め、国連を再活性化し、ルールに基づく国際秩序を支えるための持続的な努力において、新たな協力の時代を形づくる助けになり得る。 東アジアの国々が相互の安心を高める模範を示せば、欧州にとっても、ロシアという宿敵と気まぐれな米国の「保護者」の間に挟まれた圧迫感を和らげる一助となるかもしれない。残念ながら、米国とロシアは世界最大の核兵器庫を抱える。中国の核戦力も憂慮すべきペースで増大している。それでも北京は先制不使用(No First Use)を掲げている。日本も反核の立場を堅持することが望まれる。1995年に宣言されたASEAN非核地帯は、加盟国に対し、核兵器の開発、保有、配備を行わないことを引き続き誓約させている。 トンネルのアジア側には、光が差すのかもしれない。(原文へ) INPS Japan 関連記事: NFUは維持、核戦力は拡大―中国の核ドクトリンが軍縮と戦略的安定に与える影響 中国の台湾に対する新たな戦術:名を語らぬ軍事演習 |視点|核兵器の先制不使用政策:リスク低減への道(相島智彦創価学会インタナショナル平和運動局長)

アメリカ・ファーストと多国間主義の狭間で揺れる国家安全保障戦略

【国連ATN=アハメド・ファティ】 2025年版国家安全保障戦略(NSS)は、政策文書というより、明確に打ち出されたひとつの世界観である。それは研ぎ澄まされ、体系化され、米国が第2次世界大戦後に自ら築き上げた国際秩序に正面から挑む形をとっている。 多国間主義が〈酸素〉のように不可欠な国連内部の視点から読むと、これは、かつて家を設計した建築家が数十年後にブルドーザーと測量器具を携えて戻ってきて、長年の住まいを「作り直す」と言い放つ光景を目の当たりにするようである。 NSSの冒頭は、過去30年の米国外交を「放漫で、誤った方向に進み、グローバリストに支配され、主権を『国際的制度』へ外注してきた」と一刀両断する(1〜2頁)。端的に言えば、協調的な世界統治の基盤そのものを否定する理念的な挑戦である。 国連が「共有された責任」を見るところ、NSSは「目的の希薄化」を見る。国連が「相互依存」を強調するところ、NSSは「脆弱性」と捉える。国連が「外交」を尊ぶところ、NSSにとっては「干渉」に映る。 問題は語調ではない。理念そのものが決定的に食い違っている。 移民政策:国連の人道的柱と「要塞化する米国」の衝突 多国間主義と最も激しく衝突するのが、文書が示す移民政策の強硬姿勢である。NSSは「大量移民の時代は終わった」と宣言し、国境管理を国家安全保障の最優先課題に据える(11頁)。 これは国連のアプローチとは対照的である。・UNHCRは、避難を保護と権利の観点から位置づける。・IOMは、移動を国際的な制度として共同で管理すべき課題とみなす。・「安全で秩序ある移住のためのグローバル・コンパクト」は、協力を前提とする。 しかしNSSは移民を、テロやフェンタニルと並ぶ戦略的脅威として扱う。端的に言えば、この文書は脆弱な人々を「不安定化の要因」と描き、国際社会の安定を支える主体として位置づけていない。 この政策転換は、今後数年にわたり、人道交渉のあらゆる局面に影響を及ぼすだろう。 モンロー・ドクトリンの“再来”―今度は実効力を伴って 続く米州(西半球)の章は、地政学的な急展開と言うべき内容であり、警報級の示唆を含んでいる。NSSは、いわば「モンロー主義のトランプ流再定義」を掲げ、テキサス以南の港湾から鉱物資源、海底ケーブルに至るまで、域内の広範な領域への他国の関与に警鐘を鳴らしている(15〜18頁)。 婉曲ではない。礼儀ですらない。つまりトランプ政権は、こう言っている。「この半球は我々のものだ。以上。」 国連にとって、これは不快であるだけでなく、多国間秩序の制度設計とも鋭く衝突する。多国間秩序の核心は、大国が特定地域を自国の勢力圏として固定化しないことにある。だが、この方針はその禁忌に踏み込み、西半球を戦略的な「囲い込み」へ傾けかねない。 ラテンアメリカ諸国は表向き投資を歓迎するかもしれない。だが国連関係者の間では、次の問いが生まれるだろう。 米国がパートナーシップに事実上の拒否権を主張するなら、我々の主権はどこから始まるのか。 このドクトリンの下で相対的に影響力が削がれ得るもの:・国連開発計画(UNDP)・地域機関・多国間の金融支援・ワシントンの承認を前提としない対外パートナーシップ 結果として、多国間主義は「米国の裏庭」において周縁化される。 欧州:断罪される「文明」、対話されない地域 NSSの欧州に関する記述は、戦略文書というより文化評論を思わせる論調に貫かれている。欧州は「文明的消滅」「人口の崩壊」「アイデンティティの喪失」「規制による窒息」に直面している――といった語で描かれる(25〜27頁)。 これは分析ではない。死亡告知である。 こうした欧州観は、安保理対応、制裁、決議形成などで不可欠な「西側の結束した外交姿勢」を維持するうえで、国連にも深刻な影響を及ぼし得る。仮にトランプ政権が欧州連合を協力相手ではなく「障害物」と位置づけるなら、1945年以来リベラル秩序を支えてきた米欧の結束は揺らぎ始める。 中国:多国間システムの「ストレステスト」 文書全体のトーンを最も強く規定しているのは中国である。NSSは中国を、サプライチェーン、AI、レアメタル、知的財産、移民管理、プロパガンダ、医薬品など、ほぼ全領域における米国の唯一の「体制的競争相手」と位置づける(20〜24頁)。ここで描かれているのは単なる「競争」ではない。より広範な「全面的対峙」である。 ただし、動かしがたい現実がある。国連は中国抜きには立ちゆかない。中国は主要拠出国であり、安保理常任理事国で、平和維持活動の主要な貢献国でもある。保健、気候、開発金融の分野でも、その関与は不可欠だ。 米国が中国をあらゆる領域で「存亡に関わる脅威」として描けば、多国間主義はその余波を免れない。リスクは明確である。競合する二つの国際システムが形成され始め、国連の普遍性と完全には両立しなくなる。 中東:稀で脆い「部分的な一致」 注目すべきことに、中東に関するNSSの方針は一部で国連の優先事項と重なる。すなわち、緊張緩和、安定化、人質解放、地域戦争の回避、そして新たな外交枠組みの支援である(27〜29頁)。 ただし、動機は大きく異なる。国連が目指すのは、権利、統治、国際人道法に基づく持続的な平和であるのに対し、NSSが求めるのは「米国の負担を減らし、敵対勢力を封じ込める」ための安定の確保である。 この一致は当面の接点となり得るが、極めて脆い。ガザ、レバノン、シリア、紅海のいずれかで再燃が起これば、理念の差異は直ちに露呈する。 アフリカ:パートナーシップか、資源争奪か NSSにおけるアフリカは、鉱物・エネルギーを軸にした「投資の最前線」として描かれている(29頁)。アフリカ諸国には、中国、ロシア、トルコ、EU、湾岸諸国など複数の外部勢力がすでに関与しており、競争を一定程度歓迎する向きもあるだろう。だが、国連が描くアフリカの将来像はより広い。・統治(ガバナンス)・人間開発・平和構築・産業化・持続可能な成長 NSSはアフリカが「持っているもの」に焦点を当てる一方で、「何を目指すのか」という将来像には踏み込まない。このギャップこそ、多国間機関が関与し、支援と調整を担うべき領域である。 結論:衝突は避けられない――だが、可能性は消えていない NSSは、国連を基軸とする多国間秩序の時代における米国戦略の中でも、とりわけ「主権優先・多国間主義懐疑」の色彩が濃い。世界を「共有されたシステム」ではなく「競争の地図」として捉え、協力という前提そのものに疑義を突きつける。 しかし、一国主義がどれほど強まっても、世界の現実から逃れることはできない。・パンデミック・気候変動の影響・サプライチェーンの脆弱性・技術ガバナンス・国境を越える危機 これらは、いかなる大国であっても単独では解決できない課題である。 確かに衝突は不可避だ。だが、崩壊は必然ではない。 いま求められるのは、国連と多国間システムが、この摩擦の中に機会を見いだし、それを生かし、米国に対して、歴史が繰り返し示してきた真実を思い起こさせることである。一国の意思が世界を支配する時代は不安定であり、責任を共有する世界こそが持続可能である―。 そして最終的には、どのような米国であれ、「機能する国際システムの価値に代わるほど高い城塞」を築くことはできないことを、否応なく理解することになるだろう。(原文へ) INPS Japan/ATN Original URL: https://www.amerinews.tv/posts/a-national-security-strategy-caught-between-america-first-and-a-multilateral-world 関連記事: トランプの第二期政権:アメリカン・エクセプショナリズムの再定義と国連への挑戦 国連は「肥大化し、焦点を欠き、時代遅れで非効率」なのか? 揺らぐ米国のリーダーシップが生み出す不安定な世界秩序

厳冬を前に攻撃激化、ウクライナ各地で生活インフラが麻痺

【国連IPS=オリトロ・カリム】 ここ数週間、ロシアによるウクライナ侵攻は一段と深刻化し、戦闘は頻度・強度ともに増している。民生インフラへの被害は広範に及び、ウクライナ全土で死傷者も増加している。国連人権高等弁務官フォルカー・トゥルク氏は、エネルギー関連インフラへの攻撃とそれに伴う停電により、最も脆弱な人々が冬の間、「冷たく、恐ろしい試練」を強いられていると警告した。 「ロシアによる全面侵攻からまもなく4年になるいま、市民の苦境はいっそう耐え難いものになっている。」とトゥルク氏は述べた。「和平交渉が続く一方で、私たちの監視と報告は、戦争が激化し、死者と被害、破壊が増えていることを示している……ウクライナのどこにも安全な場所はない。」 国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)によれば、2025年1月から11月の間に、戦争の直接の影響で死亡したウクライナ人は2311人に上る。これは2024年の同時期に比べて26%増、2023年からは70%増である。トゥルク氏はまた、2024年12月から2025年11月にかけて、ロシアが使用した長距離ドローンの1日当たり平均数が大幅に増加したと指摘した。特に人口の多い前線地域や都市部で顕著だという。 11月はとりわけ情勢が不安定で、少なくとも226人の民間人が死亡し、952人が負傷した。そのうち51%は、ロシア軍による長距離ミサイル攻撃や徘徊型弾薬(遊弋弾薬)によるものだった。民間人の死傷者の大半はウクライナ側が統治する地域で発生し、約60%は前線近くで起きている。11月18日には、ミサイルとドローンによる大規模な複合攻撃がテルノーピリで発生し、少なくとも38人が死亡した。これは2022年2月の全面侵攻開始以降、西部ウクライナで最も死者の多い攻撃となった。 前線地域では、短距離ドローン、空爆、その他の弾薬により住宅地が大きく損壊し、居住不能となった地区が相次ぎ、新たな避難も顕著に増えている。前線地域の病院や診療所も深刻な被害を受け、一部施設は完全閉鎖に追い込まれ、残る医療機関も運営が逼迫している。治安の悪化が続くため、救急車が負傷者に到達できない状況があり、支援要員も命の危険を冒して活動している。 さらに、ウクライナ全土で水道・エネルギーインフラへの攻撃が続き、数百万人が、水・暖房・電力へのアクセスを失っている。しかも、停止が長期化するケースも少なくない。国連人道問題調整事務所(OCHA)は、週末だけでも新たな攻撃により100万人以上が水・暖房・電力を利用できなくなり、とりわけ南部で影響が大きいと報告した。 オデーサ州、ヘルソン州、チェルニーヒウ州では、地区単位で電力・水道・暖房サービスが停止し、人命に直結する活動に深刻な負荷がかかっている。一方、前線地域の食料品店や薬局の多く、特にドネツク州、ハルキウ州、スムイ州では閉鎖が相次いでいる。これらの地域の一部コミュニティでは、2年以上にわたり電力にアクセスできていないとの報告もある。 ドネツク州の一部住民は、数日に1回、質の低い流水しか供給されないと訴えている。多数の放棄鉱山や化学工場が近接していることから、人道支援団体は安全面への警戒を強めており、厳冬期の到来がすでに深刻な生活環境をさらに悪化させると懸念している。 ワールド・ビジョン(WV)によれば、ウクライナの子どもと家族は、2022年の戦闘開始以降で最も厳しい冬に直面する見通しだ。今季は気温が−10℃を下回ることが予測されるうえ、重要なエネルギーインフラへの反復攻撃により、子どもたちは1日平均16〜17時間の停電にさらされているという。こうした長時間の停電は、最も寒い時期に、暖房・電力・水・不可欠なサービスを奪う。まさに最も必要な時期に起きている。 「地域によっては、暖房、電力、水が最大36時間にわたって途絶えることがあります。基礎サービスが長時間失われることで、子どもの健康リスクが深刻化し、教育も中断され、全体的な福祉が脅かされます」と、ワールド・ビジョンのウクライナ危機対応ディレクター、アルマン・グリゴリヤン氏は述べた。「子どもを守るため、冬季物資、安全な居場所、心理社会的支援を含む人道支援が緊急に必要です。」 ワールド・ビジョンは、最も過酷な生活条件が確認されている地域として、北部・東部のチェルニーヒウ、ドニプロ、ドネツク、ハルキウ、スムイなどを挙げた。教育面の影響も深刻で、停電により学校や幼稚園を安全に運営することが難しくなり、子どもの約40%が遠隔または対面と遠隔を組み合わせた学習を余儀なくされている。 高齢者や障害のある人々にとっても、生活はとりわけ困難である。多くが自宅から離れられないうえ、適切な移動手段や住環境へのアクセスを欠いている。前線地域で死亡した民間人の約60%は60歳以上だった。 国連とパートナー団体は前線で冬季支援(ウィンターライゼーション)を進め、緊急シェルターや保護サービスを提供している。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)も、燃料や断熱など冬季特有のニーズに充てるための現金給付を、脆弱なコミュニティに配布している。 UNHCRは、2025年にウクライナ国内で人道支援と保護を緊急に必要とする人々を約1270万人と推計する。しかし、資金拠出の削減が相次ぎ、2025年のウクライナ人道ニーズ・対応計画(HNRP)は当初の対象800万人から大幅に縮小し、480万人への支援を優先せざるを得なくなった。状況が悪化するなか、国連は拡大する人道ニーズに対応するため、拠出国の追加拠出と国際社会のより広範な支援を求めている。(原文へ) INPS Japan/IPS UN Bureau Report 関連記事: ホワイトハウス首脳会談:欧州は団結、ウクライナは屈服を拒否 核の脅威:ウクライナへの欧州の軍事支援に対するロシアの対応 ロシア正教指導者のローマとの外交がウクライナ戦争の犠牲に

新たな植民地主義の時代

「白人の重荷を担え――お前たちが生み出した最良の者を送り出せ。叫びであれ、囁きであれ、去ることであれ、行うことであれ、黙して不満げな人々は、お前たちの神々を量り――そして、お前たち自身を量るだろう……」―ラドヤード・キプリング「白人の重荷:米国とフィリピン諸島」(1899年) 【ニューヨークIPS=アッザ・カラム】 いま私たちは、世界が「帝国の終焉」を声高に宣言しながら、その構造を別の形で再生産している時代に生きている。これは、植民地時代の絵葉書を懐かしむ話ではない。外交政策、国際統治(国際社会の意思決定の仕組み)、そして世界経済の力学が、真の協力というより、植民地的な論理に近い形で組み替えられつつある、ということだ。 「新しい植民地主義(New Colonialism)」という言葉は、修辞的な誇張ではない。軍事介入やジェノサイド(集団殺害)、外交の場からの撤退、そして「中立」を装いながら不平等や人権侵害を温存する制度。そうした権力の振る舞いは、いまも現実として進行している。 Ⅰ いま、どこにいるのか 「帝国主義とは本質的に地理的暴力の実践であり、世界のほぼすべての空間を探索し、地図化し、最終的には支配下に置く過程にほかならない。」―エドワード・サイード『文化と帝国主義』(1993年) 2026年1月、米国は、ラテンアメリカにおいて過去数十年で最も劇的な対外介入と言える行動に踏み切った。ベネズエラに軍事侵攻し、ニコラス・マドゥロ大統領を連れ去ったのである。ドナルド・トランプ大統領は、米国が「安全で適切、かつ慎重な移行が可能になるまで、国を運営する」と公言した。これは暗号ではない。露骨な支配の宣言である。 政権はこれを、麻薬対策(麻薬密輸の摘発)や法執行(犯罪捜査・逮捕など)として位置づける。しかし批判者のみならず同盟国の一部も、限定的な取締りではなく、20世紀の「政権転覆介入(regime change)」を思わせる、古い覇権の手法の復活だと見ている。メキシコからブラジルに至るラテンアメリカ諸国は、主権侵害として非難した。これは、過去の介入の現代版の鏡像である。 米誌『Foreign Policy』の分析も、この介入がより大きな流れの一部であることを示している。リシ・イエンガーとジョン・ハルティワンガーは、「麻薬テロ(narcoterrorism:麻薬取引と武装勢力・政治暴力の結びつきを、テロとして扱う概念)」との戦いを掲げる一方で、米国が軍の役割を拡張し、麻薬密売人とされる勢力への空爆までを「任務のリスト」に加えてきたと指摘した。安全保障と政治的統制の境界が曖昧になっていく構図である。 こうした動きは、対外政策の軍事化が進み、かつ一方的に実行される傾向を示している。 さらに、この介入は単発の出来事ではない。ベネズエラに対するトランプ政権の動きは、麻薬阻止というより、戦略的な布石と資源確保――とりわけ同国の莫大な石油埋蔵量――をめぐる思惑と結びついているのではないか、という見方が強い。 米国の力が中国やロシアに挑戦されるなか、いわば「世界-1(World-Minus-One:米国の影響力が相対的に低下し、米国抜きでも国際秩序が動き得る、という含意の比喩)」の状況が広がっている。そうした秩序の下で、介入への傾斜は、人道を掲げた事業としてではなく、地政学的な賭けとして再燃している。 植民地主義批判の視点から見れば、「独裁者から救う」という言葉は、キプリングが説いた「道徳的責務」を担えという呼びかけと重なる。だが、かつての正当化が暴力と労働搾取を覆い隠したように、いまのレトリックもまた、地政学的な自己利益を覆い隠している。 米国は「権威主義からの解放」を掲げる一方で、統治と経済インフラへの支配を主張している。これは、「他国はワシントンの指導なしには統治できない」と言い換えるに等しい、21世紀版の植民地的態度である。もたらされるのは解放ではなく、依存だ。依存こそ、植民地関係の典型である。 Ⅱ 多国間制度からの米国の撤退 「『白人の重荷』は、新たに支配される側に責任を転嫁しながら、真の重荷――体系的・構造的で、ときに暴力を伴う搾取――を認めない。これは帝国の最古の神話である。」――クマーリ・ジャヤワルデナ『白人女性のもう一つの重荷:英領植民地期南アジアと西洋女性』(1995年) ベネズエラの掌握が古典的な帝国建設に見えるのだとすれば、多国間制度からの撤退は、そうした一方主義を抑えるはずの枠組みそのものから離脱する行為である。 2026年初頭、米国は大統領覚書に署名し、「米国の利益に反する」と見なす66の国際機関について、支援と参加を停止する方針を打ち出した。対象には多数の国連機関や条約枠組み(各国が合意し、守るべきルールを定めた国際約束)が含まれており、国際ガバナンスから距離を置く米国の流れをさらに加速させるものだ。 撤退対象となった組織には、国連の人口関連機関(UNFPA:国連人口基金。母子保健やリプロダクティブ・ヘルス=性と生殖に関する健康を扱う)や、気候交渉の国際枠組み(UNFCCC:国連気候変動枠組条約。各国が温暖化対策を協議する土台)も含まれる。米国はすでに、パリ協定のような主要な気候合意への関与を縮小しており、WHO(世界保健機関)からも正式に脱退した。深い多国間協力よりも、取引的な二国間主義へ回帰する動きと言える。 国連事務総長アントニオ・グテーレスは、この発表に遺憾の意を示しつつ、国連憲章上の法的義務を改めて強調した。国連憲章の下では、通常予算やPKO(国連平和維持活動)予算への分担金(各国に割り当てられる拠出義務)は、米国を含む加盟国すべてに拘束力を持つ。さらに、米国が撤退しても、国連機関は支援を必要とするコミュニティのために活動を続けると強調した。 ただしこの動きは、国連などがすでに深刻な内部課題に直面しているという背景のもとで起きている。批判者は、こうした問題が組織の正当性を損ない、統治(ガバナンス)の欠陥を示していると主張する。例えば、国連平和維持要員や職員による性的搾取・虐待(SEA:Sexual Exploitation and Abuse)をめぐる通報は繰り返し報告され、数百件の事例が記録されてきた。指導部の対応の信頼性にも懸念が示されている。 2024年だけでも、平和維持活動や政治ミッションで100件を超える通報が報告され、職員調査では、不適切行為に対する甘い認識もうかがえた。こうした虐待は偶発的な不祥事ではない。権力格差が搾取やハラスメントを可能にし、透明性と説明責任が後れがちな組織文化が根強いことを、研究者や人権擁護団体は繰り返し指摘してきた。 だからといって、多国間協力という理念そのものが否定されるわけではない。しかし、現行の制度が「公正で有効なガバナンス(統治)」だと言い切れるのかは、確かに問われている。 国際NGO(INGO:International Non-Governmental Organization。国境を越えて活動する民間支援団体)にも、同様に厳しい目が向けられている。援助関係者による性的搾取・虐待の事例や、組織の優先順位が現地のニーズよりドナー(資金提供者)の意向に引きずられやすい構造などが批判の対象だ。2024年の人道支援分野における性的搾取・ハラスメントに関する研究は、権力格差と、ルールを徹底し是正する実効性の弱さが、過少報告と不十分な対応を生んでいることを明らかにした。 国連や人道支援分野におけるこれらの問題は、「被害者や地域社会よりも、組織の評判を守ることが優先されがちだ」という不満を増幅させる。その不満が、一部の米国政策担当者に、これらを「時代遅れで腐敗した組織」と見なさせる土壌になっている面もある。 しかし、だからといって「去る」ことが解決ではない。説明責任を徹底し、検証と是正の仕組みを強化する代わりに見捨てれば、国際ガバナンスを空洞化させたい勢力を利するだけである。 Ⅲ 二人三脚でなければ踊れない では、協力が壊れ、植民地的な衝動が蘇るこの状況で、米国だけが悪役なのか。結論は、部分的にはそうだ、である。 近年の米国の対外政策が国際規範を傷つけてきたことは否定できない。主権国家への軍事介入、主要条約や国際機関からの撤退、多国間協力を政治問題化して拒む姿勢は、「共有されたリーダーシップ」からの後退を示している。 しかし、多国間制度が本質的に有効で正しく、批判を免れるという前提もまた誤りである。危機対応の遅さ、説明責任の不透明さ、グローバル・サウス(主にアジア・アフリカ・中南米の新興・途上国を指す)の声の弱さ――国際統治の構造的な弱点は以前から指摘されてきた。こうした欠陥は、国際機関が政治的に利用され、機能不全に陥るリスクを高め、解消すべき不平等を温存しかねない。 国連や国際援助の現場(人道・開発支援分野)で起きてきた失敗は、米国だけの責任ではない。そもそも制度の出発点から、西側の資金拠出国(ドナー)を中心とする権力序列が組み込まれてきた、世界システムの問題でもある。 「新しい植民地主義」は、19世紀の征服のような露骨な形では現れない。「国益」「安全保障」「制度改革」といった語りの中に織り込まれている。強大国が人道や「自衛」を名目に軍事力を誇示する場合であれ、小国を守るための合意から離脱する場合であれ、現れる構図は同じである。力は行使可能な場所で自己主張し、多国間の規範は選択的に扱われる。 いま示されているのは、多国間主義を救うために必要なのは放棄ではなく、説明責任の徹底と制度の刷新だという点である。国際協力を掲げる国々は、統治の中に残る植民地の遺産に向き合い、制度の透明性を高め、不正や弊害を検証し是正する仕組みを強化し、意思決定をより民主的なものへ改めなければならない。 同時に、強大国は、共通の制度から撤退したり、それを自国の限定的利益のために利用したりしても、力の不均衡は是正されないことを認識すべきだ。むしろ固定化される。 結局、意味ある国際協力は、一国の事業でも、強者のネットワークによる事業でもあり得ない。必要なのは、共通善(公共の利益)に向けた連帯であり、妥協だけでなく、ときに負担や犠牲を引き受ける覚悟に支えられた、真の公正である。(原文へ) アッザ・カラムはLead...