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|災害報道|なぜ「真実」がネパール地震報道で犠牲になったのか(Nepali Times社主)

【カトマンズNepali Times=クンダ・ディキシット】 報道している災害の当事者になって初めて、ジャーナリストたちは、自分たちが危機の中で描いている現実がいかに限られた一面に過ぎないかを痛感する。 2015年4月25日にネパールを襲った地震のような災害報道では、特に外国人特派員にこの傾向が顕著だ。 最初の1週間、テレビやインターネットで壊滅的な都市の映像や写真が世界中に流れる中、私の家族は親戚や友人から心配の電話をひっきりなしに受けた。皆、私たちがまだ生きていること、家が無事であること、水も食料もあること、さらには電話が通じることさえ、信じられない様子だった。 それもそのはず、彼らが見たのは、カトマンズ盆地の歴史的建造物が瓦礫と化し、人々の家が崩れ去り、急峻な山肌にしがみつくようにしていた村々が壊滅している様子だったからだ。まるで終末のようなその映像は、「何も残っていない」と信じ込ませるには十分だった。 だが、実際にはカトマンズ盆地の住宅の80%は無傷だった。市内の歴史地区でも、主要な寺院や宮殿は今も残っている。ほとんどの地域で地震後に変わったのは「交通渋滞がなくなったこと」くらいだった。 地震の翌朝、最初に現地入りした外国人特派員たちは、市内へ向かう道中、一軒の倒壊家屋も見つけられず、誤って別の災害現場に来てしまったのではないかと困惑した。 報道の現場にいる私たちメディア関係者も、「選択的に報じている」として歪曲の非難を受ける。しかし一部の特派員は、紋切り型の報道に陥るまいとし、表面的でない深い現実に迫ろうと努めている。それでも「ニュースには型(フォーマット)がある」のが現実であり、それに合わないストーリーを報じるのは難しい。 そのため、災害報道は毎回「いつもの話」になってしまう。 国際メディアは群れをなして現地入りし、同じような映像を追い求める。用意された台本に従い、まず「壊滅的被害」のビジュアルを押さえ、英語を話せる(字幕不要の)地元住民を探し、救助犬を連れたチームと行動を共にする。 一日の終わりにはホテルのバーで武勇伝を語り合い、翌日の「政府の対応の遅れ」、さらにその翌日の「奇跡の生存者救出」をストーリーに仕立てる準備をする。そして、山間の被災村へヘリコプターで飛び、再び「壊滅的被害」の映像を押さえる。 無傷で残っている通りを撮影した外国人記者は私の知る限り一人もいなかった。畑でじゃがいもを収穫している農民に目を向ける暇もなく、歴史的遺産の瓦礫にカメラを向け続けた。ネパールの75郡のうち実際に被災したのは14郡だけであることを報じた者もほとんどいなかった。 電話がつながる、遠隔地からもツイートができる、カトマンズでは3日で電気が復旧した―こうした事実は、ニュースの台本に合わなかったため報じられなかった。 BBCやアルジャジーラなどのTVクルーは、カトマンズのダルバール広場に並んでテントを張り、背景にハヌマンドカ宮殿の遺跡を配置し、招待した専門家にコメントさせた。TVニュース番組が「ショー」と呼ばれるのも納得だ。 あるインタビューでは、スカイプ出演者に「照明を暗くして、震災後のカトマンズが本当に真っ暗に見えるようにしてくれ」と頼んだという。また、CNNのアンダーソン・クーパーによる現地記者との生中継は、米国ボルチモアの暴動を理由に現地時間午前4時にキャンセルされた。 このような災害報道は、被害の実態を歪め、深刻さを誇張したり、逆に最も深刻な地域の現実を伝えなかったりする。同じヘリに乗って映像を撮る各局は、過剰演出や誇張の誘惑に駆られる。そしてネパールのような国が「運良く」北米でニュースの少ない日に災害に見舞われなければ、報道の注目も集められない。 その後、記者たちは次なる被災地へと旅立ち、5月12日に発生した余震―本震で弱まった家屋をさらに倒壊させた―の際には、すでにほとんどの記者が帰国していた。 報道による現実の歪曲とは、事実を選択的に伝えることで真実が失われてしまうことである。事実は必ずしも真実を語らない。規模が大きすぎて画面に収まらない時、500人の村を丸ごと飲み込んだラングタンの雪崩のように、その惨状は視覚化できない。 今後の課題は、ネパールが復興を進める過程でも国際的関心を維持することだ。しかし、報道陣は去り、危機を伝える見出しも消えた。すでに、支援金も減少し始めている。(原文へ) INPS Japan/ Nepali Times 関連記事: |視点|戦争と温暖化 (クンダ・ディキシットNepali Times社主) |視点|考えられることを考える(クンダ・ディキシットNepali Times社主) 地球のための報道

忘れ去られた魚、チェル・スネークヘッド ― 約85年ぶりの再発見

【ニューデリーIPS=ディワシュ・ガハトラジ】 チェル・スネークヘッド(学名:Channa amphibeus)と呼ばれる魚が、85年以上の沈黙を破り、東ヒマラヤの生態系に劇的な復活を遂げた。最後に確認されたのは1938年のインド・ゴルバタン地域。今回、インド西ベンガル州カリンポン県の小村ゴルバタン近く、チェル川の源流域で再発見された。この川はテスタ川の支流である。 この魚は、1938年にイギリス植民地時代の動物学者ショーとシェベアによって採集されたのを最後に、何度も行われた調査にもかかわらず長く行方不明となっていた。再発見は2024年9月のことである。 リーダーとなった科学者プラヴィーンラジ・ジャヤシンハン博士(35歳)はこう語る。「2007年に水産学の学士課程でこの魚を知った時、これは神話か、別種の変異体かと思っていました。」 アンダマン諸島にあるICAR-CIARI(中央農業研究所)所属のプラヴィーンラジ博士は、インドの淡水魚の研究で数々の再発見や新種(19種)発見を行ってきたが、この魚には特有の困難が伴ったという。 2024年、友人から送られてきた動画がきっかけだった。「最初はCGかと疑いましたが、地元の人々の証言を頼りに場所を特定していきました。」 調査チームには、モウリサラン・ナッラタンビ博士(タミル・ナードゥ水産大学)、テジャス・タッカレイ氏(タッカレイ野生生物財団)、魚類分類学者N・バラジ氏(ムンバイ)、動物学を学ぶゴウラブ・クマール・ナンダ氏(オディシャ州)が参加した。 「実は絶滅ではなく“見えにくい”魚」 プラヴィーンラジ博士は語る。「この魚は実際には消えていたのではなく、非常に見つけにくい生態を持っている。土に潜る性質があり、雨季にしか姿を現さない。」 地元の聞き取りによって、チェル・スネークヘッドが生き残っていた理由も見えてきた。博士は「数十年間、誰も真剣に探そうとはしていなかった」と語る。 IPS:再発見の意義とは?博士:絶滅したとされた魚が見つかったという事実は、自然界についての我々の理解がいかに限られているかを示している。ヒマラヤにはまだ未知の生物が多くいるはずだ。 IPS:調査の過程について教えてください。博士:2024年9月にサンプルを採集し、まず生きた状態で高解像度写真を撮影した。色や模様を記録し、標本はエタノールやホルマリンで保存。鱗やひれの数を1938年の記録と比較し、DNA解析やX線で椎骨の数も確認した。通常数か月かかる工程を1か月で完了させた。 IPS:テスタ川流域の生物多様性への影響は?博士:この地域の生物多様性は過小評価されている。新種発見の可能性は高いが、分類学研究に資金を出す機関がほとんどない。今回の再発見は、今なお理想的な生息環境が残されている証拠である。 IPS:ヒマラヤの川の現状は?博士:ヒマラヤは約2,400kmに及び、ガンジス川、ブラマプトラ川、インダス川の源でもあるが、淡水魚の完全なチェックリストは存在しない。多くの小型・隠蔽種が見過ごされている可能性が高い。 IPS:人間活動の影響は?博士:ダムや鉄道建設、道路、砂採掘などによる生息地破壊が進んでいるが、それでも魚は奥地の一部に残っている。 IPS:地元住民の役割は?博士:この魚は「ブーラ・チュン」や「ボラ・チャン」と呼ばれ、妊婦向けの伝統食として珍重される。地元の人々はその採集方法を知っており、季節に応じて慎ましく採取しているため、大きな脅威にはなっていない。 IPS:保護啓発の必要性は?博士:地元ではほとんど知られていなかったため、私たちのチームが生態や繁殖習性を共有し、持続可能な採集方法を促している。 IPS:観賞魚としての需要増の影響は?博士:現在のところ、観賞用に採集されているのはごく一部で、主に食用である。茶園からの排水や汚染、インフラ開発の方が大きな脅威である。 IPS:政策面での提言は?博士:インド政府や西ベンガル州・シッキム州は、繁殖プログラムや生息地回復プロジェクトを立ち上げ、定期的な放流(ランチング)を行うべきだ。 IPS:政策の欠点は?博士:魚類は哺乳類や鳥類と同等の優先度で扱われるべきである。各州の研究機関は地元種の繁殖・保全に責任を持つべきだ。 IPS:再発見の意義と今後の展望は?博士:淡水魚の分類学者はインドに6~8人しかおらず、圧倒的に不足している。生物多様性研究の強化と土着魚への注目が不可欠である。 IPS:今後の具体的な保全策は?博士:まずは繁殖による保存が必要だ。観賞魚としての繁殖が進めば、野生で絶滅しても水槽内で種を残せる。無意味な保護法で禁止するのではなく、研究機関が主体的に繁殖に取り組むべきである。 IPS:科学者・地元・市民の協働について博士:デジタル技術の時代、多くの人がSNSなどで新種や外来魚を報告している。研究者や市民の連携が進むことを期待している。(原文へ) INPS Japan/ IPS UN Bureau Report 関連記事: |新型コロナウィルス|生物多様性と野生動物の保護につながる可能性も 「生存の種」:紛争下のスーダン、農業の未来を守るための闘い 水中の生命:アフリカにおける海洋生態系の保護と持続可能な漁業の推進

関税と混乱――トランプ貿易戦争がもたらした持続的な世界的影響

【メルボルンLondon Post=マジッド・カーン】 2025年4月、ドナルド・トランプ米大統領は、代表的な保護主義的貿易政策を再燃させ、第一次政権時に始まった貿易戦争をさらに激化させた。中国、欧州連合(EU)、カナダやメキシコなどの主要経済圏からの輸入品に対し、広範な関税を課すことで、米国の経済的利益を優先した国際貿易の再構築を目指している。政権はこの政策を米国の製造業再生、貿易不均衡の是正、知的財産の窃取や技術移転の強要といった「不公正な慣行」への対抗と位置づけたが、経済的影響はより複雑かつ広範に及んでいる。 トランプの関税政策は、2017年~21年の第一次政権時に施行された貿易戦争政策の延長線上にある。2018年には国家安全保障を名目に鉄鋼に25%、アルミニウムに10%の関税を課す「セクション232」関税が導入された。また、貿易法301条に基づき、中国からの約3700億ドル相当の輸入品に懲罰的関税が課され、米中間の貿易緊張はかつてないほどに高まった。これらに加え、北米自由貿易協定(NAFTA)は再交渉され、より厳格な労働・自動車生産ルールを盛り込んだ「米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)」が締結された。 こうした政策は米国の産業保護を掲げたが、経済データはより複雑な現実を示している。ペン・ウォートン予算モデルによれば、これらの関税は米GDPを長期的に6%、賃金を5%減少させるとされており、中所得層の世帯では生涯収入で最大22000ドルの損失となる可能性がある。また、ワシントン D.C. に拠点を置く国際的な研究シンクタンクタックス・ファウンデーションの報告では、これらの関税は「隠れた税」として機能し、2025年には米世帯あたり平均1300ドルの追加支出を強いることになると予測している。 このコストはサプライチェーン全体に影響を与え、消費者物価を押し上げている。電子機器や車両、食料品に至るまで、物価上昇により米世帯は年平均3800ドルの支出増が見込まれている。関税実施前の駆け込み需要によって一時的に小売売上高が伸びたが、持続的なインフレ圧力の前には影響は限定的と見なされている。 米国の金融市場への影響も深刻である。S&P500はピークから10%以上下落し調整局面に入り、ナスダックも2022年以来最も弱いパフォーマンスを記録した。企業収益の低下、サプライチェーンの混乱、景気後退への懸念が投資家心理を冷え込ませている。『タイム』誌は、こうした市場の動揺が米国の経済リーダーシップへの信頼低下を映し出していると指摘している。 国際的な反発も激しく、欧州連合(EU)、カナダ、メキシコ、日本などは米国の一方的な措置を批判し、報復関税を実施または検討している。EUは米国産バイクやバーボンなどに32億ドル相当の関税を課し、カナダやメキシコも農業・工業製品を標的に対抗措置を取った。世界貿易機関(WTO)は、こうした報復の連鎖が世界貿易量を2025年に0.2%減少させると予測しており、自由貿易が維持されていれば見込まれた3%成長との差は明らかである。 とりわけ中国は今回の貿易戦争の中心にある。電子機器や鉄鋼、消費財に最大145%の関税が課されており、中国政府は対抗措置を宣言するとともに、EUやASEAN諸国との貿易関係強化に動いている。さらに、半導体やAI、再生可能エネルギーといった戦略分野で自立を目指す「双循環戦略」を推進中である。米中対立の激化により、アップルやサムスンなど多国籍企業が製造拠点をベトナムやインドに移転するなど、サプライチェーンの再編が加速している。 欧州もこの余波に巻き込まれ、米国との間で続くボーイング・エアバスの補助金問題など、長年の貿易紛争が再燃している。アジアの同盟国である日本と韓国も戦略の見直しを迫られており、日本の自動車メーカーは関税回避のため米国内での生産を拡大し、韓国は貿易協定の再交渉を進めた。 一方で、新興国の中には恩恵を受ける国もある。ベトナムは米国向け輸出を30%増加させ、2023年にはメキシコが中国を抜いてアメリカ最大の貿易相手国となった。これは製造業の回帰と、USMCAによる北米供給網の深化によるものである。 米国の農業分野への打撃も深刻である。中国による報復関税により特に大豆農家が大きな打撃を受けた。2018年には中国向け大豆輸出が75%減少し、77億ドルの損失が発生。これにより米政府は280億ドルの補助金を支給したが、その規模は政策の影響の大きさを物語っている。 バイデン政権下でもトランプ時代の関税の多くは継続されており、特に3000億ドル以上の中国製品への関税は維持されている。ただし、バイデン政権は「インド太平洋経済枠組み(IPEF)」などを通じて多国間協調に軸足を移し、CHIPS法などの国内産業育成策を進め、半導体などの戦略産業での自立を図っている。 今後を見据えると、こうした保護主義政策の長期的影響はますます明らかになりつつある。一部産業への一時的な保護効果はあるものの、消費者、企業、国際関係への負担は大きく、インフレ圧力や同盟関係の損傷、グローバル機関の弱体化といった深刻な副作用を伴っている。その一方で、中国やベトナム、メキシコなどの国々は変化に柔軟に対応し、新たな機会を捉えている。 政権を超えて続くこれらの政策は、経済ナショナリズムと戦略的競争がもはや党派を超えた米国の通商政策の柱であることを示している。今後の国際経済秩序の中で、米国が安定性を取り戻し、成長を促進し、世界貿易におけるリーダーシップを回復するには、国家利益と国際協調のバランスを取る巧みな外交が不可欠である。(原文へ) INPS Japan/London Times 関連記事: トランプ大統領の初月:情報洪水戦略 |視点|グワダルにおける米国の戦略転換(ドスト・バレシュバロチスタン大学教授) 中国とカザフスタン、永続する友情と独自のパートナーシップを強化

小規模農家は「受益者」ではなくより良い未来を創るパートナーだ

【ナイロビIPS=ナウリーン・ホセイン】 エリウド・ルグットさんは何世代にもわたる農家の家系に生まれたが、家族は彼が家を出て別の職業に就くことを期待していた。彼は経済学を学び、ビジネスやマーケティングの仕事に就いたが、COVID-19パンデミックで職を失い、実家に戻ることになった。そして彼は、家族の農場の生産性を立て直したいと考えた。 粟、ソルガム、トウモロコシなどを育てていた農場は、長年で生産量が60%も減少していた。これは家族にとって深刻な打撃であり、その原因の一部は気候変動による土壌劣化や害虫被害にあった。また、両親が同じ種と農法を何年も変えずに使い続けていたことも一因だった。 「母は新しいアイデアに前向きでした」とルグットさんは語る。母の後押しで、父から1エーカーの土地を借りることができた。父は当初、収入源が減ることを理由に強く反対したが、最終的には認めた。ケニアのルグットさんの地域のように、男性が土地の所有や使用において大きな権限を持つ社会では異例のことだった。 この1エーカーの土地で、ルグットさんは温室を建て、自身の農法や技術、新しい種を導入した。ピーマン、在来野菜、果物など、家族が育てていた穀物とは異なる季節に育つ作物を栽培したところ、大きな成果を上げ、収益も大幅に増加した。父は最初その結果が信じられず、夜中に何度も温室の周りを歩いて確認したという。 また、ルグットさんは父のためにYouTubeの農業動画を見せ、他の農家の事例を共有することで父の意識も徐々に変わっていった。 ルグットさんはこうした経験を活かし、現在は小規模農家向けにスマート技術を搭載したサイロを製造・販売する「Silo Africa」の共同創業者として活躍している。これは家族の農場で害虫やコクゾウムシによる被害を防ぐための工夫が原点となっている。現在はケニア国内だけでなく、アフリカ全土への展開を目指している。 2022年、ルグットさんは潘基文世界市民センター(BKMC)の「ユース・アグリ・チャンピオンズ・プログラム」に参加し、それが人生の転機となったという。食と農業に関する気候対策やインパクトの拡大について学ぶ中で、仲間たちと土地所有の問題や農業実践について共通の課題を共有し、ベストプラクティスを分かち合った。 最も重要だったのは、BKMCが「自分たちの声を届ける場を与えてくれたこと」だとルグットさんは語る。「私たち若者には、声を上げる機会がこれまでなかったのです」と。 彼はCOP28などの国際会議にも参加し、世界の指導者や学者、政策立案者たちと同じ舞台で意見を述べることができた。初めは緊張したが、若い農業者も「自分たちの課題を伝えることができる」と知った。そして、その視点には重みがあると確信した。 小規模農家についての誤解を払拭できたことも嬉しかったという。農家は「学ぶ意欲がある」。気候変動の影響を受けながらも、既に適応の努力を重ねている。ただし、必要なのは「情報へのアクセス」であり、研究者たちにはその情報を現場に届く形で「翻訳」してほしいと訴える。 毎年、ユース・アグリ・チャンピオンズは国連気候変動会議で「要求文書(デマンドペーパー)」を提出し、気候資金の増加、能力開発、気候スマート技術へのアクセス拡大を求めている。「この文書が、そして私たちの代弁者が、私たちの声となってくれている。」とルグットさんは語った。 ただし、国連気候変動会議や国際農業研究機関(CGIAR)の科学週間などの場でも、農業の研究や支援を行う団体の関与はあるものの、当事者である農家──「受益者」と呼ばれる人々の参加はまだ少ない。発表される研究や解決策は、技術的な専門用語で語られ、一般の農家には届きにくいとルグットさんは指摘する。 「研究者、科学者、ドナーにしかわからない言葉で語られている。」と彼は言う。「だが、技術を必要とする当事者──“受益者”と呼ばれている人々──は、その場にいない。十分とは言えないが、これが私たちの出発点だ。」 「若者として、小規模農家として、私たちは『受益者』として見られがちです。しかし、私たちは単なる受益者ではなく、『より良い未来を創るパートナー(共に変革を担うパートナー)』です。私たちは非常に革新的であり、この業界のさまざまな関係者と対等な立場で協力し、農業をより良くしたいと考えています。」 農家を「解決策を待つ存在」と見なすのは危険だ。なぜなら、実際には現場の農家こそが日々革新し、貢献しているからだ。厳しい環境下で食料不安と向き合う彼らは、課題に最前線で取り組んでいる。 ルグットさんは、若い農家たちは食料安全保障をめぐる進歩と革新の担い手だと強調する。そのためには、政府、金融機関、農業関連のNGOなどのさらなる支援が必要だと語る。「大きなオフィスで働いている人たちは、毎日3食食べている。その3食を保証しているのは私たちだ。―それでも私たちは“受益者”なのだろうか? それとも変革の“担い手”なのか?」(原文へ) INPS Japan/ IPS UN BUREAU REPORT 関連記事: 国連の未来サミットに向けて変革を求める青年達が結集 プラスチックを舗装材に変えるタンザニアの環境活動家 |ジンバブエ|ペットボトルでレタス栽培