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カヤックと朝日―共有経済が育むソチミルコの新しい水辺の風景

カヤックは、ソチミルコの運河を巡る際の従来のトラヒネラに代わる手段として広がりつつあり、地域社会で共有型経済モデルの重要な役割も果たしている。このモデルは、適正な雇用を生み出し、経済成長にも寄与している。 【メキシコシティINPS Japan=ギレルモ・アヤラ・アラニス】 夜明け前のソチミルコでは、運河が昼と夜の境界にそっと浮かんでいるかのようだ。薄い霧が水面を覆い、差し込み始めた陽光を受けて淡く光る。先住期から続くチナンパ(浮畑)が織りなす静かな景観の中、沈黙を破るのはカヤックのパドルが水を押す柔らかな音だけ。色鮮やかなトラヒネラ(平底舟)が動き始めるずっと前、この静かな時間帯に、環境に優しい新たな観光の形が静かに広がっている。 カヤックは、ソチミルコをより親密に、そして環境に配慮して楽しむ手段として人気が高まっている。小型で静か、かつ環境負荷が低いという特性が、共有経済モデルに基づく地域の取り組みと結びつき、若いガイドやチナンパ農家、生物保全の団体、家族経営の小規模事業者らが協力して世界遺産ソチミルコを守り、再生しようとする動きを後押ししている。 古層の景観を新たに体験する方法 何世代にもわたり、ソチミルコ観光といえばトラヒネラが主役だった。しかし近年、カヤックが独自の存在感を高めている。騒音やごみを出さず、大型船が入れない浅瀬や細い水路にも容易に入れる点が評価されている。地元住民にとっても、伝統的な観光を補完し、地域の収入源を多様化する持続可能な選択肢となりつつある。 この動きを先頭で導くのがロドリゴ・ナバである。仲間たちと立ち上げた「カヤック・アドベンチャーズ」は、わずか2年で地域屈指のガイドネットワークへと成長した。 「私たちの願いは、人々が自然や水、太陽とのつながりを取り戻すことです。」とロドリゴは語る。「ここで迎える朝日は、体験してはじめてその意味がわかります。静かな時間の中で、自分が景色の一部になったように感じられるのです。」 彼らのボートは安定感に優れ、操作もしやすい。初心者でも安心して参加できるよう工夫されている。また、安全面だけでなく、地域文化への敬意や環境意識を育むこともツアーの大切な柱となっている。 都市のストレスから逃れるために 参加者のひとり、メキシコシティ在住の医師リズベスは、貴重な休日を使って日の出ツアーに参加した。カヤックの上から望むイスタクシワトル火山の稜線は、刻一刻と光に染まっていった。 「都市の生活は混沌としていて、日々のストレスが当たり前になります」と彼女は話す。「でも、水面に昇る太陽を見ると、自然に感謝の気持ちが湧いてくるんです。」 同行した同僚のエスメラルダは「魔法のような朝だった」と振り返る。「4時に起きるのは大変ですが、それだけの価値があります。」 カヤック・アドベンチャーズの評判は国外にも広がり、キューバ、コロンビア、米国、ベネズエラなどから観光客を受け入れている。ガイドの中には英語や日本語を話せるスタッフもいる。初心者や水に不安を抱える参加者にも丁寧に寄り添い、安心して楽しめるようサポートしている。 「沈むのが怖いという方も多いですが、最初から最後まで支えます」とロドリゴは話す。「長く抱えてきた恐怖を乗り越える人もいて、本当にやりがいを感じます。」 水上から広がる持続可能な発展 カヤックは単なる流行ではなく、家族の生計を支え、環境を守り、SDG8「働きがいも経済成長も」に沿う共有経済エコシステムの柱となっている。文化的価値と環境保全を調和させながら、地域に根ざした雇用を生み出している。 この協力的なモデルは、観光事業者、チナンパ農家、生態系保全団体、飲食店などを結びつけ、ソチミルコの繊細な環境を損なうことなく地域経済を強化する。 アホロートルを守る地域の取り組み ソチミルコの象徴ともいえるのが、絶滅危惧種アホロートル(メキシコサンショウウオ)だ。再生能力の高さと神話的意味を持ち、古くから地域文化に根付いてきた。現在は運河環境の健全性を示す指標にもなっている。 生息地保全の中心を担うのが、アレハンドロ・コレア家が25年前に立ち上げた「アホロタリオ・アパントリ」だ。繁殖、研究、教育を通じてアホロートルの保全に取り組んでいる。 「先住文化にとって象徴的な存在です」とアレハンドロは語る。「かつては食用や薬としても利用されていましたが、長い間、人々の記憶から消えていました。今では保全活動のおかげで、再び注目され、保護の必要性が広く認識されるようになりました。」 自宅の上階にある選択繁殖センターでは、黒、ピンク、白化型、黄金色のザントフォア型まで、さまざまな系統のアホロートルを研究している。カヤック利用者の多くはこの施設を訪れ、エコツーリズムと教育的取り組みが直接結びついている。 食と農と協働の力 日の出ツアーとアホロートル見学を終えた多くの人々が向かうのが、カレン・ペレスの小さなレストランだ。メニューには、近隣チナンパで育てられたトウモロコシ、ビーツ、ニンジン、ホウレンソウ、ウチワサボテンなど、地域の恵みが並ぶ。 カレンは、共有経済モデルの効果を実感している。 「以前は皆が個別に働いていました。でも、協力した方がずっと良いと気づいたんです。花の生産者とも、カヤックのガイドとも連携し、みんなが行き来することでグループ全体が強くなります。」 彼女の店は、結婚式や誕生日会などの会場にもなり、カヤックで訪れたカップルのロマンチックなデートやプロポーズの舞台にもなっている。 外部からの悪質開発に立ち向かう 共有経済型の持続可能な観光が広がりつつある一方で、ソチミルコには外部投資家による開発圧力が高まっている。安価で買い取られたチナンパが大規模農地に転換されたり、騒音やごみの発生源となるレクリエーション施設に変わる事例が増えている。 こうした開発は、SDG8はもちろん、SDG11「住み続けられるまちづくりを」、SDG15「陸の豊かさも守ろう」にも深刻な悪影響を及ぼす。生態系の破壊、生物多様性の喪失、伝統農業の衰退など、影響は計り知れない。 その対極にあるのが、地域主体で運営される共有経済モデルである。文化と自然の両方を守りながら、雇用と地域の自立を持続的に支える仕組みとして注目されている。 協働と若い力が形づくる未来 この動きを特筆すべきものにしているのは、若い世代の主体性だ。カヤックガイド、代々チナンパを守る農家、地域密着型の事業者などが協力し、「外からの開発」に依存しない持続可能な経済モデルを築いている。 彼らは、大規模投資こそが発展の道という従来の考え方に異議を唱え、地域の英知と協力こそが未来をつくることを証明している。 カヤックは、その入口にすぎない。そこから広がるのは、共有の繁栄、文化継承、環境保全というより大きなビジョンである。 未来世代のために、夜明けを守る ロドリゴにとって、日の出ツアーの仕事は単なる案内役ではない。毎朝、太陽が運河を照らし、チナンパが姿を現す瞬間に立ち会うことが、ソチミルコを守る意義を改めて感じさせてくれる。 訪問者にとっても、自然が静かに、しかし力強く語りかけてくるような時間だ。そのひとときに、ガイド、農家、研究者、飲食店主らの努力が結びつき、遺産と未来を両立させる持続可能な成長モデルが形となって現れる。(原文へ) This article is brought to you by INPS Japan in...

COP30からCOP31へ

脆弱国を代表する気候リーダーシップを示すために、ネパールの気候アプローチを再構築する 【カトマンズNepali Times=ゾーイ・ウィトコウスキー】 今年ブラジルで開催された気候サミットは、アントニオ・グテーレス国連事務総長が地球温暖化を1.5℃以内に抑制できていない「道義的失敗」を率直に認めるところから始まった。しかし、COP30の閉幕は、より効果的で持続的な成果を生み出すために、私たちが立ち止まり、再び取り組みを強化する好機でもある。パリ協定から10年を経て、気候危機と生物多様性危機が悪化する中、行動の遅れに対する不満は高まるばかりだ。 COPは気候問題を世界に可視化するうえで重要な場であるものの、その議論は依然として不十分な短期的・非拘束的な解決策にとどまり、これが大きな制約となっている。こうしたアプローチは、脆弱国を気候ガバナンスの主体ではなく、あくまで“受け手”として扱ってしまう。 さらに、COPには正統性と規制の不足という構造的な弱点があり、実効性ある行動を損なっている。近年の開催国には石油依存国家が続いており、今年の開催地もまたアマゾンの玄関口でありながら、同様の性格を強めている。 COP30には記録的な1,600人の化石燃料ロビイストが参加し、農業企業からのロビーも加わったことで、企業による「取り込み」という衝撃的な現実が示された。また、米国など主要国の不参加は、気候問題が国際議題から後退しているのではないかとの懸念を強めている。ネパールのCOPでの経験はこうした課題を映し出しつつ、気候行動とガバナンス能力を強化する機会も示している。 ネパール:出席中心から「結果重視」へ ネパールはCOP創設以来、すべてのサミットに参加してきたが、その関与は依然として「出席」に重きが置かれ、「成果」に結びついてこなかった。 今年の代表団は関連分野の閣僚経験者を中心とする少数精鋭に絞られたが、依然として明確な戦略を欠き、全体として受動的な姿勢に終始した。 ネパールの気候アジェンダは、依然として外部影響に左右され続けており、国家としての主体性を取り戻す必要がある。COP30では、若者や途上国との協議を行い、ブータン・バングラデシュと連名で、氷河融解と下流域への影響で結びついた3カ国として共同声明を出した。 しかしこの声明も、最終的には予測可能な「資金要請」へと収斂した。 ネパールは毎年、気候資金の確保と不公正の訴えを中心課題としてきた。これは、温室効果ガス排出への貢献度が極めて低い一方で、甚大な影響を受けているという事情を踏まえたものである。 しかし、政府の頻繁な交代や経験不足の担当者の参加は、メッセージの一貫性を欠く結果を招いてきた。特に、資金配分の執行率が低いにもかかわらず、毎年同じく資金を強調する点は矛盾を際立たせている。 「資金があれば十分」という発想が行動を制限する 昨年、ラム・チャンドラ・パウデル大統領は「汚染者負担(polluter pays)」原則に言及したが、「汚染者行動(polluter acts)」はどこへ消えたのか。資金は補償メカニズムであり、いくら多額であっても排出増加という根本原因に対処することはできない。その結果、気候資金は脆弱国にとってしばしば「必要だが十分でない」、時に債務を悪化させる手段にさえなっている。 さらに、ガバナンスの脆弱さがネパールの気候行動を決定的に制約している。機能不全の政府、実施されない政策、非国家アクターの過小評価――これらは、COPで実効的な成果を得る力を大きく損なっている。 COP30を越えて 政治的変化が進む今、ネパールには外交アプローチを再定義し、「受益者」ではなく「主体」として、ヒマラヤ地域の気候アジェンダを形作る立場へ回帰する機会が訪れている。COP30に向けた準備や地域協力には前進が見られたものの、目的の精緻化が必要だ。 気候正義の議論は、単なる資金要請を超え、「汚染者の責任」を追及する方向へと広がるべきである。山岳地域の脆弱性を訴える声は強まっており、ネパールにはそれを主導する潜在力と責務がある。COP30では、ネパール・ブータン・キルギスが主導し、山岳地域の声を反映する年次対話枠組みが新設されるという大きな前進があった。 11回のCOPに参加したバトゥ・クリシュナ・ウプレティ氏は、資金戦略の必要性を次のように強調する。 「新たな資金を求める前に、国内で詳細な計画を策定し、どこに投資し、どのように活用するのかを明確にする必要があります。」 今後、援助の減少、後発開発途上国(LDC)卒業、資金需要の高まり、債務問題といった課題を見通した戦略を持つことで、ネパールは交渉でより大きな主導性を発揮できるだろう。 COP自体の改革も必要 30回のサミットを経て、COPは政策づくりの段階から実施段階へと移行しなければならない。自己利益を優先する勢力がプロセスを損ねる現状への対処も急務だ。気候変動は「多中心的ガバナンス」を要する問題だが、COPは依然として中央集権的な解決策に偏り、非国家主体の貢献を十分に生かせていない。 ネパールのように資源や行政能力が限られる国ほど、地域社会や多様な主体の潜在力を活かすハイブリッド型のアプローチが有効となる。 ネパールの行動は経済・安全保障にも直結する ネパールは排出量こそ少ないが、脱炭素化の遅れは国内経済そのものを危うくする。電気自動車の普及にしても、その恩恵が不平等を拡大しない形で実施されなければ成功しない。 COPでの議論は、開催国の特徴により「陸か海か」という焦点の振れ幅が大きい。だが、アジア太平洋地域は、ヒンドゥークシュ・ヒマラヤ(HKH:2億7000万人が居住し、20億人の下流域住民を支える)を含め、気候と生計の双方に巨大な影響力を持っている。 ヒマラヤの環境変化は世界中に影響をもたらしており、「世界の屋根」での気候課題は一国の問題ではなく地球規模の責務である。近年、ネパールは山岳アジェンダを国際的に押し上げるために一定の貢献を続けており、さらなる地域連携・国際連携の基盤も築きつつある。 COP31:連帯の新しい地平を開く機会 次回COP31はトルコで開催されるが、事前会議を太平洋で行い、オーストラリアが主導する初の「アジア太平洋フォーカス」となる。これは、山岳から島嶼まで、脆弱性をつなぐ視点を強化する大きな機会である。 脆弱な国々やコミュニティは、資金や支援の「受け手」として語られがちだが、本来は重要な主体である。住民の経験に根ざした声を信頼できる仲介者を通じて国際プロセスに届けることは、COPの議題設定と成果の双方を強化するだろう。 COPの失望をただ嘆くだけではなく、その欠点を明確に指摘することこそが、プロセスを再構想し、世界が切実に求める野心的な成果への道を開く第一歩である。外交議論をグローバルノースが独占してきた時代は、変わらなければならない。 主要排出国が内向きになりつつある今こそ、グローバルサウスが連帯し、気候外交を再構築する声を上げる時だ。ネパールはその変化に貢献しうる位置にある。山岳アジェンダの推進、国内ガバナンスの強化、地域・地理を越えた協力を進めることで、ネパールは脆弱国家による「新しい気候リーダーシップ」を示すことができる。(原文へ) ゾーイ・ウィトコウスキーは、ニティ財団で気候ガバナンスのインターンシップを最近修了した。 INPS Japan/IPS UN Bureau Report 関連記事: ヒマラヤを覆う悲劇と無関心―ブラックカーボンと永久凍土融解を黙認するネパール アマゾンの心臓部で―COP30と地球の運命 |視点|未来の岐路に立つ今、希望の選択を(大串博子未来アクションフェス実行委員会創価学会インタナショナルユース 共同代表)

アブー・ライフン・ベールーニーは、イスラム中世世界が生んだ最も卓越した博学者の一人であり、世界科学史において比類なき巨人としてそびえ立っている。

【タシュケントLondon Post=ベルーニー・アリモフ】 ベールーニー (973-1048)の学術的遺産は、数学、天文学、測地学、鉱物学、薬学、民族誌、歴史など多岐にわたるが、それは単なる中世の知的好奇心の産物ではない。観察、測定、批判的推論を基軸にした経験的科学手法、学際的知識、比較文化研究の基礎を築いた貴重な貢献である。ベールーニーの著作はルネサンス期から現代科学に至るまで学者たちに影響を与え続け、文化や時代を超えて知識が伝播しうることを示す証左となっている。 観察と理論を架橋した科学的方法 ベールーニーの最大の功績の一つは、その方法論にある。『マスウード天文典(アル=カーヌーン・アル=マスウーディー)』や『インド研究(タフキーク・マー・リル=ヒンド)』において、彼は直接観察、測定、実験、比較分析を駆使した。これらは近代科学で標準化されるより遥か以前のことである。 彼は既存の知識に疑問を投げかけ、実証に基づく検証を重視した。山頂から三角法を用いて地球の半径を導き出した研究は、当時として驚異的な精度を示し、彼の科学的創意工夫を象徴している。この厳密な方法論は後世の研究者に先例を示し、中世イスラム科学が画期的な経験科学を生み出す力を備えていたことを明らかにした。 普遍的な知のビジョン ベールーニーの膨大な学術活動は、単一の分野に収まるものではない。彼の著作には、天文学と数学、地理学と文化研究、自然科学と人文学が相互に交差する統合的な知識観が息づいている。 『薬学書(キターブ・アッ=サイダナ)』では薬草、鉱物、薬剤を精密に記述し、植物観察と医療実践を結びつけた。『宝石論(アル=ジャマーヒル)』では鉱物学的データを体系化し、物質の物理特性の判別方法を提示した。これらの著作は、彼が科学的分類において極めて現代的な視点を持ち、明確な基準や用語体系、比較記述を構築して自然科学の体系化に大きく貢献したことを示している。 文化への探究心と比較学術の先駆 ベールーニーのもう一つの重要な遺産が、文化比較と民族誌研究である。『インド研究』は世界文学の中でも最も早く、最も高度な人類学的テキストの一つと称され、インドの科学、哲学、宗教、社会慣習を驚くほど正確かつ客観的、そして共感的に記録している。 彼は現地語を学び、一次資料を読み、日常的慣習を直接観察するという、現代民族誌の標準に通じる方法を採用した。 文明と時代を超える影響 ベールーニーの遺産は、ホラズムやイスラム世界をはるかに超えて広がっている。彼の天文学・数学書は数世紀にわたりペルシア、オスマン帝国、中央アジアで研究され、ヨーロッパ・ルネサンス期にはその翻訳が科学的探究心の復興に寄与した。現代の研究者は、彼を古代ギリシャ科学、イスラム学術、そして世界的な科学方法論の架橋者として評価している。 現代に通じる知的誠実さの遺産 科学的価値を超えて、ベールーニーの著作は現代の学術やジャーナリズムに不可欠な倫理を体現している。知的誠実さ、批判的思考、文化的多様性への敬意――これらは彼の方法論の核心にあり、今日の学術実践にも通じる普遍的な原理である。さらに、彼の研究は、ウズベキスタンが世界の科学遺産を担ってきたという歴史的事実を裏付けている。 結論 アブー・ライフン・ベールーニーの学術遺産は、世界の科学文化における最も貴重な財産の一つである。彼の著作は、観察、学際的思考、文化的開放性、そして知的謙虚さを基盤とする科学の力を示している。没後千年を経た現在も、彼は現代の科学パラダイムに影響を与え、次代の思想家を鼓舞し続けている。その遺産は単なる学術的遺物ではなく、科学探究、異文化理解、人類の知的進歩を形づくる「生きた伝統」である。(原文へ) ベルーニー・アリモフ氏は新メディア教育センター NGO 所長 INPS Japan 関連記事: 古代シルクロードの要衝、近代的な観光開発に踏み出す ブハラ: 中央アジアを代表する世界遺産 キルギスの地域社会を世界につなぐラジオ

トランプが突きつけるインドの綱渡り外交

【メルボルンLondon Post=マジド・カーン博士】 6か月前、米印関係の政治舞台は温かい友情、楽観、そして戦略的連携の深化を印象づけていた。ドナルド・トランプ米大統領はナレンドラ・モディ印首相をホワイトハウスに迎え入れ、彼を「偉大な友人」と称え、世界最大の2つの民主主義国家が共有する「価値観」を強調した。この綿密に演出された演出は、両国が通商、防衛、地域安全保障で前例のない協力体制に向かうとの観測を広めた。 しかし、その楽観はいまや消えた。現在の関係は、通商摩擦の激化、外交方針をめぐる非難、相互の外交的応酬が特徴づけている。転機となったのは今週、米国がインド製品に対して総額50%の高関税を適用し、インドをブラジルと並ぶ最高関税区分に分類すると発表したことである。今回の追加関税は既存の25%に上乗せする形でさらに25%を課すもので、その理由としてインドによるロシア産原油の継続購入が明確に挙げられた。 この決定は専門家を驚かせた。インドはトランプ政権の初期から正式な通商協議を開始した国のひとつであり、両首脳の個人的関係も繰り返し強調されてきたためである。だがホワイトハウスの姿勢は明確だった。政権は「フレンド・ショアリング(友好国への供給依存)」よりも国内回帰(オンショアリング)を優先している。戦略的パートナーであっても例外ではない。 通商協議から関税戦争へ 今回の停滞は、年初の雰囲気とは対照的である。今年2月、両国は「10年の防衛協力ロードマップ」を発表し、秋までに二国間通商合意が成立する可能性があると報じられていた。複数の分野で関税引き下げが協議された一方で、インドは政治的に敏感な農業市場—特に穀物と乳製品—を米国に開放することを拒否した。この行き詰まりは重大ではあったが、当時は関係全体を揺るがすほどではなかった。 より深刻な摩擦は地政学にあった。インドが西側制裁にもかかわらず、ロシア産原油とロシア製兵器の購入を継続していることが、もはやワシントンにとって看過できない問題となったのである。ウクライナ戦争以降、インドは値引きされたロシア産原油の主要輸入国のひとつとなり、ロシアは依然としてインド最大の防衛供給国である。米政府にとって、この経済関係は単なる通商問題ではなく、ロシアが戦争資金を得ることを助長する行為と映っている。 マルコ・ルビオ国務長官は、インドのロシア産原油購入は「実質的にロシアの戦争努力を支えている。」と厳しく批判した。この framing(位置づけ)により、米国政府の姿勢は非公開の説得から公然の圧力へと転じ、今回の懲罰的関税に至った。 パキスタンへの傾斜という疑念 インドの不信感をさらに強めているのは、米国がパキスタンへ軸足を移しているとの見方である。6月、トランプはパキスタン軍のアシム・ムニール参謀総長をホワイトハウスに招き、2時間の昼食会談を行った。さらに数日後、パキスタンの「巨大な石油資源」の開発で共同事業を立ち上げると発表した。 対照的に、インド製品には50%関税が課された一方、パキスタン製品は19%の関税に留まった。トランプは将来的に「パキスタンがインドに石油を輸出することになるかもしれない。」とまで言及した。 さらに、最近の印パ緊張でトランプが仲裁したと主張したことを受け、パキスタン側が彼をノーベル平和賞に推薦したことも重なり、インド政府では、米国政府が戦略上のカウンターバランスとしてパキスタン政府を利用しようとしているとの認識が強まっている。 カシミール紛争と公開の反論 不信感は5月、インド支配地域カシミールで26人が死亡した暴力事件でさらに悪化した。インドはパキスタンを非難したが、トランプは自らが停戦を仲介したと主張した。これに対しインド政府は迅速に反論した。6月17日のトランプ=モディ電話会談について、インド政府は異例の形で「米印通商合意についての議論は一切なく、米国による印パ間の仲介提案もなかった」と公的声明で明言した。この公開の訂正は、米国の地域関与に対するインド政府の苛立ちを如実に示した。 インドの対抗措置 関税引き上げを受け、インドは一連の対抗策に踏み切った。米国との複数の防衛調達案件は「戦略的優先の変更」を理由に中止され、国防相のワシントン訪問も見送られた。防衛協力協議という両国関係の柱の一つが、現在は事実上停止されている。 インドはロシアとの関係について、長年の「戦略的自立」政策の一環であると説明する。冷戦期からロシアは主要な兵器供給国であり、インド軍の多くは旧ソ連製システムに依存している。また、ディスカウントされたロシア産原油は、世界的な価格変動に対する有効な保険であり、インドにとっては政治ではなく経済的必要性であるとする。 ワシントンの「ゼロ容認」視点 しかしトランプ政権にとって、こうした説明は受け入れられない。米国はウクライナ戦争をゼロサムの対立と捉え、ロシアに間接的にでも利益を与える行為を容認しない姿勢を強めている。戦争初期にはインドの原油購入を黙認していたが、近年はトランプ大統領がロシアとの停戦合意を模索しているとも報じられ、モスクワを支えているとみなす国への対応が硬化したとされる。 戦略的利害 両国関係には大きな相互利益が存在する。インドは米国の第9位の貿易相手国で、2023年の二国間貿易額は1,900億ドルを超えた。戦略面では、米国にとってインドはインド太平洋で中国の影響力に対抗する要の存在である。インドにとっても、米国の投資、先端技術、防衛協力は重要だ。 しかし現在の関係はきわめて取引主義的である。テロ対策やインド太平洋の海洋安全保障など、利害が一致する分野では協力が続くものの、かつて両首脳が演出した信頼や個人的な親密さは大きく損なわれている。 国内政治への影響 今回の摩擦はインド議会でも反響を呼んでいる。野党はモディ政権の外交手腕に疑問を投げかけ、ラーフル・ガンディー氏はトランプの「死んだ経済」という発言を引用し、「インド経済が死んだ経済であることは誰もが知っている。トランプ大統領は事実を述べただけだ。」と批判した。こうした発言は政治的色彩が濃いが、外交問題が国内政治の争点として利用されることを示している。 今後の行方 米印関係の今後は、インドがロシア産エネルギー・防衛調達の姿勢を変更するかどうかに大きく左右される。現状を維持すれば、米国が更なる関税、兵器技術移転の制限、共同戦略プロジェクトの遅延など、追加措置に踏み切る可能性もある。 とはいえ、完全な決裂を避けたい思惑も双方にある。米国は中国に対抗するためにインドを必要とし、インドは米国市場と先端技術を重視する。今月予定されている米国通商代表団の訪印は、対話を安定させる小さな機会となる可能性がある。 しかし、ニューデリーのアナンタ・センターのインドラニ・バグチ氏が指摘するように、「これはもはや通商や原油の問題だけではなく、両首脳の個人的な問題になっている。」トランプとモディが現行の姿勢を維持する限り、かつての友好演出は過去のものとなり、両国関係は価値観よりも力学を基準とした純粋に利害計算の関係へと移行する可能性が高い。(原文へ) INPS Japan 関連記事: |視点|なぜ民主主義国の中にはウクライナを支持せず、ロシアに近づく国さえあるのか(ホセ・キャバレロIMD世界競争力センターシニアエコノミスト) |視点|近隣の核兵器(クンダ・ディキシットNepali Times社主) ディールで挑む和平交渉:トランプ流リアリズム外交