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SGIが声明を発表 「戦闘を自動化する兵器の早期規制を」

【東京INPS Japan=SGI】  近年、各地で起きている紛争を契機として新興技術を利用した兵器の開発や導入が進んでいる。このうち、今後の紛争を根源から変質させかねない恐れがある兵器として国際社会で懸念が高まっているのが、AI(人工知能)などを用いた自律型兵器システム(AWS)である。|英語版| この“人間の介在なしに標的を特定し武力を行使する兵器”の問題を巡り、SGI(創価学会インタナショナル)が「戦闘を自動化する兵器の早期規制を」と題する声明を発表した。 この声明は、世界の各地域(アジア太平洋、ヨーロッパ、アフリカ、北米、中南米)で平和運動を進める国々のリーダーなどで構成される「SGI声明委員会」が中心となってまとめたもの。地球的な課題をテーマにしたSGIの声明として、昨年1月(核兵器)、昨年11月(気候危機)に続くものである。 声明ではまず、自律型兵器システムに対し、国際的な規制と禁止を求める国が着実に広がってきたことに言及。 本年11月の特定通常兵器使用禁止制限条約の運用検討会議に向けて、さらに建設的な議論を進め、自律型兵器システムの国際的な規制の早期確立――特に人間を標的にした自律型兵器システムを禁止することを呼びかけている。 その上で、これまで池田大作先生がSGI会長として発表してきた平和提言における洞察を通しながら、こうした兵器にひそむ重大な非人道性の問題について指摘。自律型兵器システムの規制と禁止を求める「ストップ・キラーロボット」の連合体に加わる市民社会の団体や宗教者などと力を合わせて、条約の締結に向けたうねりを高めていくことを表明している。 「生命の尊厳」を根源から突き崩す非人道的な対人兵器の禁止が急務 「われらの一生のうちに二度まで言語に絶する悲哀を人類に与えた戦争の惨害から将来の世代を救う。」 多くの国の民衆の尊い生命を奪った第2次世界大戦の痛切な反省に立って、国連憲章の前文に、この“人類共通の誓い”が刻まれてから、先月で81周年を迎えた。 国連の創設以来、東西冷戦という長らく続いた世界の分断をはじめ、度重なる危機に直面する中でも、国際社会では紛争解決や平和構築への努力が重ねられ、さまざまな軍縮条約の締結も、市民社会の力強い後押しを得ながら、一歩一歩、前進をみてきた。 しかし今、その長年にわたる国際社会の努力の積み重ねを、根底から突き崩しかねない状況が生じている。 ここ数年、ウクライナをはじめ、中東やアフリカなど各地で紛争や軍事力の行使が次々と広がる中、赤十字国際委員会などが警鐘を鳴らすように、「国際人道法の基本原則が、常態的に、そして意図的に侵害されている現状」が続いているからだ。 その結果、子どもや女性、高齢者や病気を患っている人々を含む、大勢の一般市民が犠牲となる被害が繰り返されている。 加えて憂慮されるのは、こうした現在の紛争を契機として、AI(人工知能)をはじめとする新興技術を用いた兵器の開発や導入が急速に進んでいることである。 “ドローンや高度な兵器の使用によって悪化した残虐な戦争のパターン”と赤十字国際委員会が警告するこの状況は、紛争が長期化するスーダンでもみられ、一般市民が容赦ない攻撃にさらされてきた。こうした危険で非人道的な傾向が今後も続くことになれば、武力行使の敷居が著しく低くなり、多くの人々の生命と尊厳を脅かす悲劇がさらに世界で広がりかねない。 そこで私たちSGIが今回の声明で呼びかけたいのは、AIなどを用いた自律型兵器システム(AWS)の国際的な規制の早期確立――とりわけ、人間を標的にした“対人兵器”としての自律型兵器システムの全面禁止である。 国連憲章採択の舞台となった米・サンフランシスコ市内の建物を1993年3月に訪れ、「国連貢献・国際文化交流推進賞」の授賞式で謝辞を述べる池田先生。日本の軍国主義と戦い抜き、国連憲章採択の1週間後(1945年7月3日)に出獄した創価学会第2代会長の戸田先生の信念は、国連憲章と同じく「戦争の流転の歴史を、根源的に転換せんとする熱願」に基づくものだったと強調した 条約の交渉開始を求める国々が拡大 自律型兵器システムとは、一般に“人間の介在なしに標的を特定し、武力を行使する兵器システム”と定義されるものである。 今、その開発が各国で歯止めのないまま進んでいるだけでなく、試験的な配備や使用が一部で現実化しつつあることに、国際社会で懸念が高まっているのだ。 このうち、極めて殺傷能力が高いものは「自律型致死兵器システム(LAWS)」と呼ばれる。このLAWSの問題や自律型兵器システムの規制に関する国際的な議論が、本年11月の特定通常兵器使用禁止制限条約の運用検討会議に向けて、大詰めを迎えようとしている。 昨年9月の政府専門家会合で、LAWSを規制する条約などの法的文書の交渉を進める用意があることを表明した共同声明を42カ国が支持したのに続き、本年3月の政府専門家会合ではその支持が70カ国に広がった。 これまでも、国連のグテーレス事務総長と赤十字国際委員会のスポリアリッチ総裁が共同で、自律型兵器システムに対する明確な禁止と制限を定めた新たな法的拘束力のある文書の交渉開始を呼びかけてきた。 また本年5月には、ローマ・カトリック教会の教皇であるレオ14世が、“AIの時代における人間の人格の保護”をテーマにした回勅を発表する中で、AIと連携した兵器の使用に対し強い警告を発し、次のように訴えた。 ――AIは、紛争に内在する非人間性を取り除くものではない。むしろ、紛争をより迅速に引き起こし、より非人間的なものにし、暴力に訴えるハードルを下げ、防衛を脅威の予測へと変容させ、その結果、犠牲者を単なるデータへと還元してしまう。このようにしてAIは、私たちに“暴力は避けられないものであり、あとはそれをいかに最適化するかだけが問題だ”という考えを刷り込んでいくことになる――と。 SGIが他の団体と共催した、自律型兵器システムの問題への理解を深める展示。顔認証技術に関する問題を巡るコーナーも(2023年10月、ニューヨークで)©Alexander Bitar 私たちSGIは、これらの呼びかけや問題提起に深く賛同する。なぜなら、私たちが信奉する仏法の中核をなす「生命の尊厳」の思想と深く響き合うものだからであり、人間の生命や尊厳に深刻な影響を及ぼす問題を巡る重大な決定や判断を、AIに委ねることはあってはならないと考えるからである。 これまでSGIは、自律型兵器システムの規制と禁止を求める市民社会の連合体「ストップ・キラーロボット」のキャンペーンに2018年から参画し、国際人道法上の問題点を浮き彫りにした映画「インモラル・コード」の上映を行うなど、草の根レベルでの意識啓発を進めてきた。 また、世界教会協議会などと「宗教間共同声明」を2021年に発表し、“人類共通の価値を守るためには、LAWSの運用を断固拒否しなければならない”と主張してきたほか、さまざまな国際会議でSGIとして声明を発表する中で、人間をデータとして扱い、非人間化する自律型兵器システムの危険性を訴え続けてきた。 自律型兵器システムが及ぼす影響とその規制と禁止を訴える映画「インモラル・コード」の発表会(2022年5月、イギリスのロンドン市内で) 良心の呵責や逡巡の余地もない攻撃 振り返れば、特定通常兵器使用禁止制限条約の枠組みにおいてLAWSの規制を巡る初めての非公式会合が行われた2014年に、SGI会長の池田大作先生が、平和学者のケビン・クレメンツ博士との対談(『平和の世紀へ 民衆の挑戦』潮出版社)で、次のような警鐘を鳴らしていたことが思い起こされる。 「ひとたび戦闘開始の命令を下せば、人間の意思が介在する余地もなく――したがって良心の呵責も逡巡さえも一切生じることなく――自動的に攻撃を続ける殺人ロボット兵器は、人道的観点からもきわめて重大な問題をはらんでいます。 これらの兵器や核兵器の保有を正当化してしまう論理の奥底にあるのは、いったん相手を敵とみなせば、戦闘員・非戦闘員の区別なく徹底的に殲滅するという『究極の排除』の思想ではないでしょうか」と。 この危機意識に基づいて池田先生は、そのような兵器の開発と配備を禁止する枠組みづくりを早急に進めることを提唱したのである。 当時はまだ、AIなどを用いた自律型兵器システムは“未来の兵器”として捉えられ、規制の緊急性に対する国際的な認識はなかなか広がらなかったが、現在においては“今そこにある危機”となっている。 これまでのLAWSの規制を巡る政府専門家会合でも、兵器の運用に対して「人間による有意の制御」を求める声が高まっており、本年3月の会合では、それをさらに厳格化するものとして、兵器を配備する際の状況や環境に加えて国際人道法の条項の文脈を踏まえた「コンテクストに応じた適切な人間の判断と制御」を基本原則にする必要があるとの認識も広がってきた。 つまり、攻撃に関する決定を機械だけに委ねてはならず、法的な責任を負うことを含めて、人間が兵器の開発や運用のプロセスに関与することが欠かせないとの認識である。 こうした中、3月の会合で赤十字国際委員会が、国際人道法の遵守を確実にするため、「人間を標的にした自律型兵器システムの禁止」を定めた条項を合意に盛り込むことを提案した。 市民社会の連合体である「ストップ・キラーロボット」も、この提案を支持しており、人類が“自動化された殺戮”へと危険な形で進み続けることを防ぐために、各国政府に対し、法的および倫理的なルールを整備するよう呼びかけている。 私たちSGIも、その主張に深く同意する。国際的な規制の中核をなすものとして、「人間を標的にした自律型兵器システムの禁止」を実現することを、強く求めるものである。 次回の政府専門家会合は、8月31日から9月4日に開催される予定となっている。70カ国が支持する共同声明を土台としながら、この最終会合で建設的な議論を重ね、11月の運用検討会議に提出する報告書で、「人間を標的にした自律型兵器システムの禁止」を盛り込んだ条約の交渉開始の方針を明確に打ち出すことを呼びかけたい。 “他者を害しない”との誓いが悲劇の拡大を止める原動力に LAWSに対する池田先生の洞察 かつて池田先生は2019年の平和提言で、自律型致死兵器システム(LAWS)にひそむ問題の本質を浮き彫りにするような洞察を次のように示していた。 「もし、LAWSが規制されないまま、実際に使用される事態が起きた時、紛争の性格は根源から変わってしまうに違いありません。 そこでは、すでにドローン兵器の場合にみられるような、攻撃をする側と攻撃される側の人間が同じ空間にいないという“物理的な断絶性”に加えて、実際の戦闘行為が攻撃を意図した人間と完全に切り離されるという“倫理的な断絶性”が生じるからです」 その上で池田先生は、ドイツのヴァイツゼッカー元大統領が第2次世界大戦中に敵部隊と遭遇した時の出来事を回想しながら述べていた、「戦線の両側では、自分の命を気遣い、したがって互いにとてもよく似た心配をしている人間同士が対峙していた」との言葉と対比させつつ、LAWSのような兵器が紛争を根源的に変質させる恐れについて二つの面から問題提起を行っていた。 このような兵器が用いられた場合、敵味方に分かれた相手に対する複雑な思いや、人間性の重みを感じて、一時的であれ、戦闘行為を踏みとどまることはあり得るのか――と。 また、LAWSによる戦闘が行われた後に、従来の紛争でみられたような、自身が関わった行為に対する“深い悔恨”や、戦争に対する“やりきれない思い”、そして、次の世代のために平和な関係を築き直したいと切実に願う“一人の人間としての決意”が入る余地は、そこにあるのだろうか――と。 私たちSGIはこうした池田先生の洞察を基盤にして、「人間による有意の制御」を欠いた自律型兵器システムにひそむ重大な非人道性の問題を踏まえながら、自律型兵器システムに対する規制と禁止を訴え続けてきた。 1991年6月、統一ドイツのヴァイツゼッカー初代大統領と会談する池田先生。同年1月から2月にかけて起きた湾岸戦争を踏まえて、大統領は「将来に向かって我々が真剣に考えるべき問題は“(国連に)どのような機構があるか”よりもむしろ“何が安全を脅かすか”です」と指摘。“武力による平和”からの脱却を一貫して訴えてきた池田先生は、大統領の問題提起に賛意を示した(ボン市内の大統領官邸で) 人命の軽視や多大な犠牲を招く危険 この非人道性の問題に関して、これまでの国際会議の議論では、こうした兵器が“民間人に対する攻撃と無差別的な効果をもたらす兵器を禁じる国際人道法を脅かすこと”や、“攻撃をする側の犠牲を抑える自律型兵器システムの導入が、軍事力の行使に対する敷居を著しく下げることにつながること”への懸念が、繰り返し指摘されてきた。 私たちSGIは、この国際人道法上の懸念に加えて、仏法者としての立場から「生命の尊厳」の思想に基づき、“自律型兵器システムによって、攻撃される側の人間は単なるデータとして扱われ、その「デジタル技術による人間性の抹殺」が、人命を奪うことや多大な犠牲が生じることへの軽視につながり、「生命の尊厳」を根源から突き崩していく”という事態に対する警鐘を鳴らしてきた。 それ以外にも、自律型兵器システムにひそむ危険性として、不正確な情報や解釈などをもとに「ハルシネーション(幻覚)」と呼ばれる現象をしばしば起こすという問題や、何をどのように学習して判断を導き出したのかという過程が不明瞭である「ブラックボックス」といった問題があることが指摘されてきた。 そうした誤認識や予期しない誤作動が引き起こす被害や、説明責任を背負うことができない自律型兵器システムによる攻撃で、一人一人の人間にとって“かけがえのない存在”である家族や友人の命が奪われる悲劇が広がりかねないのである。 このような点に加えて、SGIがこれまでの会議で人権の視点に照らして特に注意を喚起してきたのが、AIのアルゴリズムは、民族や人種などに対する社会の偏見を反映するだけでなく、増幅させる危険性があるという点だ。 特に、人間を特定のカテゴリーに分けて特徴や傾向などの人物像を推論し、“その集団に属する人々が、将来、どのような行動をとるか”を一方的に決めつけてしまう「固有の犯罪性」という予見に基づいて、自律型兵器システムによる攻撃の標的にされる恐れがあるのだ。 オーストリア政府の主催で2024年4月にウィーンで行われた国際会議「岐路に立つ人類――自律型兵器システムと規制の課題」。市民社会による意見表明の場も設けられ、SGIの代表が“人間の生命に関わる意思決定を、AIなどに委ねることは看過できない”と主張した 人類の精神遺産が国際人道法の礎 こうした非人道性の観点とともに、私たちSGIが今回の声明を通じて、強く警鐘を鳴らしたいのが、国際的な規制が設けられないまま、自律型兵器システムの使用が紛争において主流となった場合、“紛争を止める力が一人一人の人間から根源的に奪われてしまう危険性”についてである。 各地の紛争で一般市民への被害が拡大し、非人道的な攻撃が多発する中、国際人道法をはじめ国際法を取り巻く状況への憂慮が、かつてないほど高まっている。 今後、一般市民を巻き込むような攻撃が、自律型兵器システムの野放図な使用によって紛争で半ば自動化されるようになった場合、紛争の性格は根源的に変質することになり、国際法を支える基盤となってきた“人間の良心”が歯止めとなる余地は完全に失われてしまう。 2年前(2024年5月)、スイスにある赤十字国際委員会の本部で、国際人道法の中核をなすジュネーブ諸条約の75周年を記念し、“人類共通の遺産”としての国際人道法の意義を巡るシンポジウムが行われた。 この“人類共通の遺産”という表現が象徴するように、歴史を通じてさまざまな宗教、伝統、文化が、戦時中に人道を維持するための規範を形づくる礎となってきた側面がある。 「戦争における人間性の保護」という理念は、国際法の普遍的な規範となる以前から育まれてきたものにほかならず、この規範を揺るがないものにするために、私たちは人類の精神的遺産として受け継がれてきた思想や精神に改めて目を向けることが重要となろう。 昨年10月、イタリアのローマで行われた宗教間の国際会議。世界50カ国から集ったキリスト教、イスラム、仏教、ユダヤ教、ヒンズー教などの関係者と共に、創価学会の代表も参加。分科会では、核兵器や難民問題のほか、AIに関する問題も討議された 仏教の説話が示す平和回復への教訓 仏教においても、戦争と平和に関する教訓が、さまざまな形で説かれている。 例えば、「刀兵劫」と呼ばれる“武器の時代”を巡る次のような説話がある。 ――ある国の王が、人々の幸福を大切にする旧来の法を踏襲しなくなったことをきっかけに社会で人心が乱れた。その中で「猟師が鹿の群れを見たときのように、人々は出会えばいつも殺したい」と思うような状態に陥り、“武器の時代”に突入した結果、人間の寿命が著しく短くなった。 しかし、人々が次々と傷つけ合う極限の状況下にあっても、「おまえが私を傷つけないなら、私もおまえを傷つけない」と声を発して、暴力の連鎖に自らの身を投じることから踏みとどまろうとする人々もいた。 そして、生き残った者同士が出会った時には、「おまえは生きていたのか。おまえは生きていたのか」と、他人であってもまるで家族であるかのように喜び合った。そうした行いが模範となって、次第に慈しみの心が社会に取り戻され、国は平和を取り戻し、人間の寿命も再び延びるようになった――との教えが説かれている(長阿含経)。 翻って現代、自律型兵器システムの使用が紛争で主流化し、人々の命を奪う殺戮行為が自動化するようになってしまえば、他者を害しないという“人間の切なる思いから発する誓い”の重みも、根底から意味を失いかねないのではないだろうか。 安全保障はどの国にとっても重要だとしても、“世界の民衆の生存の権利”を根源的に脅かす新たな兵器に対しては明確な一線を引く必要があると、私たちは強く訴えたいのである。  市民社会の連帯で条約締結のうねりを! “眼差しの転換”で破壊と分断を防止 自律型兵器システムの規制に消極的な国の間では、“攻撃の精度を上げることで市民の犠牲を抑えることができる”との主張がある。しかし、他の国々が兵器の開発や導入を進めるようになり、紛争の勃発を機にそれが自国の人々に向けられた場合にも、使用を容認できる兵器と言い切れるのだろうか。 軍縮の問題とは分野は異なるが、池田先生が2015年の平和提言で人権問題を巡って次の洞察を通し、“眼差しの転換”を呼びかけたことがあった。 「そもそも、差別に基づく暴力や人権抑圧が、自分や家族に向けられることは、誰もが到底受け入れられないもののはずです。 しかしそれが、異なる民族や集団に向けられた時、バイアス(偏向)がかかり、“彼らが悪いのだからやむを得ない”といった判断に傾く場合が少なくない」 「だからこそ、相手の立場を互いに理解する努力が、ますます重要になってきています。 その努力を欠いてしまえば、緊張が高まった場合などに、自分たちにとっての『平和』や『正義』が、他の人々の生命と尊厳を脅かす“刃”となる事態が生じかねません」と。 思うに、自律型兵器システムの規制と禁止を巡る各国の討議を建設的なものにするためには、こうした“眼差しの転換”による問題の問い直しの作業が大切になるのではないだろうか。 私たちSGIは、軍縮や人権をはじめとする地球的な課題を巡って、「宗教間対話」や「文明間対話」に積極的に取り組むとともに、民衆レベルでの文化交流や教育交流に一貫して力を入れてきた。世界平和への道を開き、地球的な問題の解決に取り組む連帯の裾野を広げるためには、国家の枠組みを超えた対話や交流を通じた“眼差しの転換”が欠かせないと考えてきたからにほかならない。 本来、平和に関わる問題も、人権の問題と同様に、誰もが等しく守られることを眼目として取り組まねばならない。人類の行く末を「破壊」や「分断」に向かわせないために強く求められるものも、その一点にあろう。 私たちSGIは、自律型兵器システムの規制と禁止を求める国々や赤十字国際委員会をはじめ、「ストップ・キラーロボット」の連合体に加わる多くの市民社会の団体や宗教者などと力を合わせるとともに、次代を担う青年世代を中心にグローバルな民衆の連帯を広げながら、条約の締結に向けたうねりを力強く高めていく決意である。 *** *** *** <語句解説>特定通常兵器使用禁止制限条約 非人道的な効果を有する特定の通常兵器の使用禁止や制限に関する条約で、1980年に採択され、83年に発効。基本的な事項を定めた条約と、焼夷兵器や失明をもたらすレーザー兵器など個別の通常兵器について規制する五つの付属議定書から成る。 ストップ・キラーロボット 2012年の設立以来、自律型兵器システムの規制と禁止を求める運動を推進。その取り組みには、75カ国以上で活動する300を超える団体が参画している。 ジュネーブ諸条約 1949年にジュネーブで採択された、戦時における文民の保護などを定めた四つの条約の総称。77年に採択された同条約に関する二つの追加議定書によって補完されている。 アルゴリズム 一定のルールに基づいて判断や結論を導く計算や処理の手順。 <引用文献> ヴァイツゼッカー元大統領の言葉は、『ヴァイツゼッカー回想録』(永井清彦訳、岩波書店)。 仏教の説話は、『現代語訳「阿含経典」――長阿含経』第2巻(平河出版社)収録の「転輪聖王修行経」(辛嶋静志訳)を引用・参照。 INPS Japan 関連記事: |視点|ローマ宣言の先へ―AIと核兵器の時代に築く「ローマ・プロセス」(浅霧勝浩INPS Japan理事長) ローマのコロッセオで宗教指導者が平和を訴える―戦争に引き裂かれた世界に向けた連帯の祈り 岐路に立つ 自律型兵器システム:国際的な規制へ緊急の呼びかけ 著名な仏教指導者が核兵器とキラーロボットの禁止を呼び掛ける(池田大作創価学会インタナショナル会長インタビュー)

2030年以降に向けた人権を中心に据えた変革的アジェンダを目指して

【ミュンヘン/ブリュッセルIPS=ガブリエーレ・ケーラー、キャサリン・ムベングエ】 持続可能な開発目標(SDGs)を柱とする「2030アジェンダ」は2030年に期限を迎える。それに続く新たな国際開発アジェンダの正式な政府間交渉は、2027年秋の国連総会で開始される予定である。|英語版| しかし、それに先立ち、新たな開発枠組みに関する議論はすでに各地で始まっている。BRICSやG20、欧州連合(EU)などの多国間協議をはじめ、国連では「未来サミット(Summit of the Future)」、「ドーハ世界社会開発サミット」、『Beyond GDP(GDPを超えて)』報告書などに関連する議論が進められている。また、「ハンブルク・サステナビリティ会議」をはじめとする国際フォーラムでも活発な意見交換が行われている。 さらに、シンクタンクや学術界でも、SDGsへの真のコミットメントをいかに再び呼び起こし、その先の世界をどのように構想すべきかについて、さまざまな提案や議論が進められている。 こうした状況を踏まえれば、「2030年以降」の開発アジェンダが進むべき新たな方向性について、今こそ議論を深める絶好の機会と言えるだろう。 開発アジェンダの発想を転換する必要性 国際社会が「開発アジェンダ」という考え方を初めて打ち出したのは1960年の「国連開発の10年(Development Decade)」であった。それ以来、貧困撲滅のための各種国際目標、ミレニアム開発目標(MDGs)、そして現在の持続可能な開発目標(SDGs)へと、その取り組みは形を変えながら受け継がれてきた。 しかし、そのたびに明らかになる現実は厳しい。掲げられた理想は、せいぜい部分的にしか実現されていないのである。 現在、多くの専門家がSDGsの進捗状況に深い失望を抱いている。多くの目標は達成が大きく遅れ、一部ではむしろ後退さえ見られる。 だからこそ、2030年アジェンダがなぜ期待された成果を上げられなかったのか、その原因を改めて検証する必要がある。 その理由の一つとして挙げられるのは、SDGsが貧困や格差を生み出す構造的な要因について十分な分析を行わず、その問題を避けてきたことである。政治的・経済的な権力構造や不平等な支配関係には、ほとんど踏み込んでいない。 さらに、これまでの開発アジェンダと同様に、SDGsも各国の政治的な「約束」にとどまり、法的拘束力を持たないという問題がある。 SDGsの進捗報告は各国の自主的な取り組みに委ねられており、その内容も個別事例の紹介に終始することが少なくない。そのため、各国政府は表面的にはSDGsに積極的に取り組んでいるように装いながら、実際には必要な改革を回避することも可能となっている。 また国際社会全体としても、低所得国や社会的に排除された人々に不利益をもたらしている世界経済の構造そのものを改革する責任から逃れることができてしまっている。 さらに、これまで繰り返されてきた開発アジェンダから得られるもう一つの重要な教訓は、将来世代の権利や利益が、明確な責任原則として位置づけられてこなかったことである。 子どもや若者は、貧困、不平等、紛争、環境破壊の影響を最も深刻に受ける存在であるにもかかわらず、自らの未来を左右する政策決定に参加する機会は極めて限られている。 したがって、2030年以降の開発アジェンダは、国際的に認められた人権条約上の義務を基盤とするべきである。 そうすることで、現在世代だけでなく将来世代に対する責任についても、定期的な検証と説明責任を制度的に確保できるようになる。 とりわけ、世界のほぼすべての国が批准している「子どもの権利条約(CRC)」は、そのような人権に基づく新しい開発アジェンダを構築するための極めて強固な基盤となり得る。 新たな提案 私たちはここで、2030年以降の開発アジェンダについて、新たなアプローチを提案したい。 それは、次期開発アジェンダを国連人権理事会(Human Rights Council:HRC)の枠組みに位置付けるという考え方である。 新たな開発目標の策定、その政府間交渉、さらには実施後の報告・監視までを、人権理事会が長年にわたり蓄積してきた普遍的・定期的審査(Universal Periodic...

相乗効果を力に、2030年までSDGsへの歩みを止めない(浅井伸行 SGI平和センター環境・人道部長)

【東京INPS Japan=浅井伸之】 SDGsの目標年である2030年まで、残すところあと4年となりました。残念ながら、169のターゲットの多くは、期限までの達成が困難とみられています。さらに憂慮すべきことに、一部の政治指導者はSDGsに否定的な姿勢を示し、これまでの前進に逆行する政策さえ進めています。|英語版| その一方で、私は2026年2月、バンコクの国連アジア太平洋経済社会委員会(ESCAP)で開催された「アジア太平洋持続可能な開発フォーラム」に参加し、SDGsが今なお多くの政府にとって重要な指針であり続けていることを目の当たりにしました。 このフォーラムは毎年、選定されたSDGsについて各国の進捗を検証し、優れた解決策を共有するとともに、残された課題を明らかにするために開催されています。今年、重点的に取り上げられた目標の一つが、創価学会とSGIが長年にわたり取り組んできた目標11でした。私は、SGIがこの10年にわたり加盟しているSDGs市民社会ネットワークの支援を得て、同フォーラムに参加しました。 フォーラムでは、多くの政府関係者が、それぞれの目標に照らした進捗評価や具体的な取り組みを紹介しました。興味深かったのは、その発言の中で、関連する他の目標にもたびたび言及していたことです。 例えば、ある政府関係者は、目標11に掲げられた公共交通の改善について説明し、それが自動車から排出される温室効果ガスの削減につながり、目標13の達成にも貢献すると強調しました。また、目標5以外の目標を推進する際にも、ジェンダー平等の視点を取り入れていると述べた参加者もいました。 このように、複数の目標を常に念頭に置き、その相互のつながりを意識する姿勢は、SDGsが採択された当初には、それほど一般的ではありませんでした。しかし現在では、他の目標を犠牲にして一つの目標だけを達成することは許されない、という認識が共通理解となっています。これは非常に意義のある前進です。 ちなみに日本政府はこの点を重視し、国際社会において「シナジー・アプローチ」、すなわち相乗効果を重視する手法を推進しています。これと歩調を合わせ、環境省の関連機関である地球環境戦略研究機関(IGES)は、複数のターゲットの達成に同時に寄与する政策と、ターゲット間に対立やトレードオフを生じさせかねない政策の双方を示しています。 ここ数年、開発資金は減少し、複数の国連機関が財政危機に直面しています。この傾向は今後も続くとみられ、資金や援助をいかに効果的かつ効率的に活用するかが、ますます重要になっています。 こうした状況において、メディアプロジェクト「SDGs for...

ロマの人々への特別な配慮なくして、ウクライナ復興の成功はない

【ブラチスラバIPS=エド・ホルト】 ロシアによる全面侵攻が続く中、各国政府、援助機関、NGO、開発銀行、企業の代表らがポーランド・グダニスクに集まり、ウクライナ復興について議論した。すでに数十億ユーロ規模の復興支援が約束されている一方で、その復興をいかに効果的かつ透明性をもって、公平に進めるかという課題は依然として残されている。|英語版| 戦争は、とりわけ社会的に脆弱な立場に置かれてきた人々に深刻な影響を及ぼしている。なかでもロマ(Roma)の人々は、住宅、医療、教育、雇用へのアクセスに以前から多くの障壁を抱えており、復興政策に特別な配慮がなければ、既存の格差がさらに固定化される恐れがあると、ロマ人権団体は警鐘を鳴らしている。 IPSは、ロマ・ヨーロッパ財団(Roma Foundation for Europe)で分析・成果担当副代表を務めるネダ・コルノフスカ(Neda Korunovska)氏に、なぜロマの声を復興計画に反映させることが不可欠なのか話を聞いた。 IPS:戦後のウクライナでは、どの程度の復興が必要になるのでしょうか。どのような復興が求められると考えますか。 コルノフスカ氏(以下NK):考えなければならないのは二つの側面です。 一つは、道路や住宅、インフラなど物理的な復興。もう一つは、社会そのものの再建です。 世界銀行や国連機関、EU、ウクライナ政府は毎年、今後約10年間を見据えた復興ニーズ評価を公表しています。キーウ経済研究所も復興費用を試算していますが、これらはいずれも経済モデルに基づくものです。 しかし、包摂的(インクルーシブ)な社会を築くために何が必要かを数値化することは、はるかに難しい課題です。現在の試算では、そのために必要な資金や政治的意思が十分に考慮されているとは言えません。 私たちの活動を通じて分かっているのは、復興を真に包摂的なものにすることは非常に難しいということです。 ウクライナ社会はもともと様々な分断を抱えていました。そして戦争によって、その分断はさらに深まりました。軍に従軍している人としていない人、国内避難民、国外避難民など、多様な立場の人々が存在しています。社会的結束を再構築する議論では、こうした違いを十分考慮しなければなりません。 さらに、戦争が長期化し続けていることも大きな障害です。新たな被害は今も毎年発生しており、政府の最優先事項は安全保障と防衛です。緊急対応に必要な資金すら毎年不足している状況であり、本格的な復興は極めて複雑なものになっています。 IPS:社会の分断について触れられましたが、戦後復興では「ある集団を他より優先すべきだ」という考え方がすでに存在しているのでしょうか。 NK:公式にはありません。しかし、実際には非公式な形で起きています。 私たちの最近の調査では、住宅被害に対する補償制度などで、その実態を確認しました。 例えば国内避難民(IDP)として登録するには、占領地域や戦闘地域に居住していたことを示す有効な身分証明書が必要です。身分証を持っていなかったり、登録住所が一致しなかったりすると、実際にそこに住んでいても支援を受けられません。行政機関も人手不足のため、結局は「誰を知っているか」という人間関係が大きく影響します。 これはウクライナだけでなく旧ソ連諸国では珍しくありません。病院の予約一つ取るにも、知人のつながりが役立つことがあります。現在のウクライナでも同じです。限られた資源しかないため、誰を優先するかは形式上ではなく、非公式なネットワークによって左右される場合があります。 その結果、社会的なつながり(ソーシャル・キャピタル)が乏しい人々ほど後回しにされてしまうのです。 IPS:ロマの場合、身分証明書を持たない人や土地・住宅の所有を証明できない人も少なくありません。戦後復興から取り残されることを特に懸念していますか。 NK:はい。非常に懸念しています。 戦争中に実施された社会的結束に関する調査でも、ロマとその他の住民との間には依然として大きな格差があることが示されています。唯一改善が見られたのは、ロマと非ロマが共に戦火を経験し、困難を共有した地域だけです。 しかし、それはウクライナ全土には広がっていません。これが私たちにとって大きな懸念です。 IPS:ロマだけでなく、他の少数民族も取り残される可能性がありますか。 NK:あります。ただし、その危険性が最も高いのはロマです。 ウクライナ社会には「ロマはこの国に属していない」「国外へ出ていくべきだ」と考える人が少なくありません。もちろん、ロシア系住民を含め、他の少数民族も戦後には様々な困難に直面するでしょう。 IPS:しかし、その中でもロマが最も深刻な課題を抱えているということですね。 NK:その通りです。教育、就労機会、言語、識字能力、居住地域など、あらゆる面で複合的な不利を抱えています。 農村部や孤立した地域、非公式居住地に暮らす人も多くいます。もちろん地域差はありますが、戦争によってこうした問題はさらに悪化しました。 しかも現在、それらに本格的に取り組もうという能力も政治的意思も十分ではありません。復興ではエネルギー、地雷除去、交通、住宅が優先されます。当然、多数派に関わる課題が優先されるでしょう。だからこそ、少数派であるロマは後回しになってしまうのです。 何世紀にもわたり、多くの人々はロマに対して否定的なイメージを抱いてきました。教師や技術者、電気技師として社会に貢献する存在ではなく、周縁化された集団として見られてきたのです。この固定観念こそが、今日の差別の根底にあります。 IPS:ロマの居住地も戦争で被害を受けています。戦後、補償も受けられず、そのまま放置される危険性がありますか。 NK:残念ながら、その危険性は十分あります。現在の補償制度では、多くのロマが正式な住宅所有者として認められていません。相続手続きが複雑だったり、不動産登記がされていなかったり、税金や行政手数料を支払えなかったりするからです。 彼らは怠けていたわけではありません。限られた収入の中で、書類手続きよりも食料や暖房を優先せざるを得なかったのです。 さらに住宅自体も簡易な材料で建てられている場合が多く、損壊しやすいという問題があります。しかし、こうした脆弱性は現在の補償制度では十分認識されていません。 IPS:では、ロマが復興から取り残されないためには何が必要でしょうか。 NK:私たちはロマの政治参加の拡大を求めています。しかし、それ以上に重要なのは、ロマ自身から直接話を聞き、彼らが直面している障壁を理解し、その知見を復興制度の設計に反映することです。 新しいウクライナは包摂的な国家でなければなりません。その理念を政治指導者自身が明確に示し、優先課題として位置付ける必要があります。 他国の戦後復興では、社会的結束を軽視した結果、さまざまな問題が起きました。戦時には愛国心やナショナリズムが強まります。戦前にロマを襲撃していた一部の準軍事組織のメンバーが、戦争では英雄視されるようになった例もあります。 彼らの価値観は本当に変わったのでしょうか。私は戦後にロマへの大量虐殺が起こると言っているわけではありません。しかし、他国の経験では、戦後には家庭内暴力、女性殺害(フェミサイド)、民族・人種を理由とする暴力が増える傾向があることが分かっています。 一方で、多くのロマも祖国を守るために戦っています。小さな子どもがいる、あるいは識字能力の問題から兵役免除の対象となる人もいますが、それでも多くが志願して祖国防衛に参加しています。 彼らの貢献が、戦後に忘れ去られてはなりません。 コソボでも、ボスニア・ヘルツェゴビナでも、同じことが起きました。 IPS:政府関係者はこうした危険性を理解しているのでしょうか。 NK:率直に言えば、理解しています。ただ、今は戦争を戦いながら国家を維持しなければならないため、優先順位が極めて限られているのです。 IPS:戦後復興については、すでに議論が始まっていますか。 NK:議論そのものは適切な方向に進んでいます。問題は、それを実際の社会政策へどう落とし込むかです。ウクライナは地方分権が進んでいるため、地方自治体ごとの行政能力には大きな差があります。 ロマへの対応も地域によって大きく異なります。政策だけでなく、地方行政がそれを実行できるかどうかが重要です。現状では、例えば非公式住宅について代替的な所有証明を認める制度は整備されていません。 しかも被害があまりにも大きく、予算が不足しているため、行政はまず「手続きが簡単な案件」を優先せざるを得ない状況です。 IPS:最後に、なぜロマを戦後復興に包摂することが、ウクライナ全体にとって重要なのでしょうか。 NK:「国民全体が甚大な被害を受けたのだから、なぜロマだけ特別扱いする必要があるのか」と考える人もいるでしょう。しかし、本当に問うべきなのは、新しいウクライナをどのような国として築くのかということです。 ロマを非公式経済へ追いやり、学校教育から排除してきた構造的な問題を放置することは、ウクライナ自身の利益にもなりません。この戦争で、ウクライナは多くのものを失いました。 だからこそ、これからは国民一人ひとりの力を最大限に生かすことが必要です。 誰もが自分らしく生き、それぞれの能力を経済、政治、文化の発展に生かせる社会を実現すること。それこそが、真の復興なのです。 INPS Japan/IPS UN BUREAU...