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中東は核をめぐる膠着状態を打開できるか

中東条約機構(METO)が提示する、イスラエル人とイラン人による既成概念にとらわれない「大量破壊兵器のない中東」構想 【パリ/エルサレムINPS Japan=ロマン・ヤヌシェフスキー】 核兵器、化学兵器、生物兵器のない中東を実現するという構想は、何十年にもわたり、この地域で最も困難な外交課題の一つであり続けてきた。|英語版| 市民社会のイニシアチブとして始まり、正式に登録された組織へと発展した中東条約機構(Middle East Treaty Organization=METO)は、いま、この構想を実際に機能し得る交渉の枠組みへと具体化しようとしている。 METOが掲げる目標は、あらゆる大量破壊兵器のない中東を実現し、その先に地域の安全保障と平和を築くことである。同組織は、核・化学・生物兵器を包括的に対象とする条約草案を策定し、改訂を重ねてきた。それは完成された協定として各国政府に採択を求めるものではなく、政府間交渉の青写真となり得るものとして提示されている。 METOの設立に携わった中心人物の中には、イスラエルの平和・軍縮活動家シャロン・ドレフと、イラン出身の紛争解決専門家エマド・キヤエイがいる。ドレフは2007年以来、イスラエルで核軍縮に取り組み、METOの創設者兼事務局長を務めている。キヤエイは同組織の理事の一人で、長年にわたり外交、紛争解決、イラン核問題に携わってきた。 二人の歩みは、より根本的な問いへの答えを探る試みでもある。 中東で最も危険な対立をめぐって敵対する立場に置かれてきたイスラエル人とイラン人が、まさに両国を対立させてきたその問題について協力することは可能なのだろうか。 「私たちは時限爆弾の上に座っている」 ドレフにとって、核問題は彼女が活動を始めるはるか以前から身近な存在だった。 彼女が育ったのは、ディモナからそれほど遠くないイスラエル南部の都市アラドだった。そこでは、イスラエルが核兵器を保有しているとの認識が広く共有されながら、それについて公然と語られることはほとんどなかった。 「私はその秘密とともに育ちました。」と彼女は振り返る。 「考えない。語らない。それが当たり前でした。」 2007年、ドレフはグリーンピース・インターナショナルで核軍縮に取り組み始めた。その後、同団体が世界規模の核軍縮キャンペーンを終了すると、彼女は独自に活動を続けることを決意した。 活動を重ねるにつれ、核軍縮は地域の安全保障と切り離して考えることはできないとの確信を深めていった。 「たとえ多くのイスラエル人に、核兵器のない世界を望んでもらうことができたとしても、地域全体の解決策がないまま核兵器を手放しても安全だとイスラエル人に信じてもらうことはできません。」 ドレフにとって、問題は宣言が不足していることではなかった。アラブ諸国、イラン、イスラエルはいずれも、それぞれ異なる形で「大量破壊兵器のない中東」という構想に言及してきた。 欠けていたのは、各国が実際に参加できるようにする具体的なモデルだったと、彼女は考えた。 そして彼女は単純な結論にたどり着いた。 「なぜそのような地帯は実現不可能なのか。」を延々と論じ続けるのではなく、誰かが実際にその仕組みを設計してみなければならない、と。 イランからの視点 キヤエイがこの問題に取り組むようになった経緯は、ドレフとは大きく異なっていた。 イラン出身で、紛争解決、国際関係、外交に携わってきた彼は、長年にわたりイランと欧米諸国との核をめぐる対立を追ってきた。 彼にとって核問題は、イランと米国の間のより大きな意思疎通の失敗、さらには中東地域全体の外交的枠組みの欠如という問題の一部だった。 「選択肢の一つは戦争です。もう一つは外交です。」とキヤエイは語る。 「では、外交的なアプローチを取りながら、それを技術的に確かで、なおかつ政治的にも実行可能な解決策によって支えるには、どうすればよいのか。」 彼は仕事を通じて、核物理学者、技術者、政策立案者、外交官らと接するようになった。そして、包括的な国際監視の下で、イランの核計画が平和目的にとどまっていることを立証できる仕組みの構築に関わった。 その経験から、同じ論理はイラン一国を超えて応用できるのではないかと考えるようになった。 国際的な仕組みによって一国の核活動が平和目的に限定されていることを検証できるのであれば、なぜすべての国を対象とする地域的な制度を構築できないのか。 やがて、その問いはさらに大きなものへと発展した。 中東全域を、核不拡散、検証、軍縮に関する共通の制度の下に置いたら、何が起こるのか。 イスラエル人とイラン人 ドレフとキヤエイが初めて出会ったのは国連だった。 キヤエイは、核兵器について公然と語っているイスラエル人がいると耳にした。最初の反応は信じ難いというものだった。 「イスラエル人が核兵器について語るとは、なんという大胆さだと思いました。」 彼は反論するつもりで、ドレフの話を聞きに行った。 ところが実際に耳を傾けてみると、二人が主張していることの多くは驚くほど共通していた。 やがて二人の関係は、正式な会合で顔を合わせるだけのものではなくなった。 ある時期、ドレフは深刻な個人的危機に直面していた。長い闘病の末に父親を亡くし、その直後にはパートナーも彼女のもとを去った。それでも彼女は国連に赴き、条約草案について説明を続けていた。 様子がおかしいことに気付いたキヤエイは、二人だけで話そうと持ちかけた。 結局、その時二人が語り合ったのは、イランでもイスラエルでも核兵器でもなかった。家族やそれぞれの人生についてだった。 ドレフは後に、その出会いを、二人が「きょうだいのような関係になった」瞬間だったと表現している。 キヤエイにとって、この人間的なつながりはMETOの理念の中心となった。 「イスラエル人、イラン人、アラブ人、パレスチナ人、その他どんな人たちであっても、一緒にこの未来をつくることなど本当に可能なのか、とよく聞かれます。私たちは、もちろん可能だと答えます。」 彼によれば、出発点は、国籍や政治的アイデンティティー、歴史的対立を見る前に、まず相手を一人の人間として見ることである。 「不可能」から条約草案へ ドレフが最初の草案づくりに取り掛かった時、外交官や専門家から何度も「そのような条約は実現できない」と言われたという。 核・化学・生物兵器のすべてを対象とする既存の地域的なモデルはなかった。しかも対象となる国々は深刻に対立しており、その多くは正常な外交関係すら持っていなかった。 「ですから、最初の草案を書いた時でさえ、うまくいくとは思っていませんでした。」とドレフは振り返る。 当初の目的は、どこに技術的な障害があるのかを洗い出し、それを相互不信という政治的問題から切り分けることだった。 しかし、その草案は次第に中東各国の外務省の間を回るようになった。 ドレフによれば、その反応は活動家たちを驚かせた。草案は単なる非現実的な理想論として退けられるのではなく、外交官たちが批判し、修正し、交渉することのできる文書として扱われるようになったのである。 それこそが、まさに狙いだった。 草案はその後、複数回の改訂を重ねた。METO自身、この文書を、各国政府がそのまま採択することを期待する完成済みの条約ではなく、専門家や外交官との協議を通じて変化し続ける「生きた文書」と位置付けている。 「私たちがしなければならなかったのは、各国が『実現したい』と言っていることを、本当に実現したいのだと仮定することだけでした」とドレフは語る。 問いが「そんなことは可能なのか」から「どうすれば実現できるのか」へと変わった時、議論そのものも変わり始めた。 本当の目的は軍縮よりも大きい METOにとって、大量破壊兵器のない地域を実現すること自体が、プロセスの最終目的ではない。 核・化学・生物兵器をめぐる交渉は、利害が大きく異なる国々を同じテーブルにつかせることのできる数少ないテーマの一つだと同組織は考えている。 そして、その交渉のプロセスそのものが、意思疎通を生み、信頼を育て、協力の習慣を築くことにつながる。 「何より重要なのは、そのプロセスです。そこから信頼が生まれ、橋が架けられるからです。」とキヤエイは語る。 だからこそ、METOの活動は条約草案の作成だけにとどまらない。 外交、教育、市民への啓発、研究、他の市民社会組織との協力など、多岐にわたっている。 その先にある構想は極めて野心的だ。 地域協力が例外ではなく、ごく当たり前のものとなる中東である。 「徹底して『愛』の側に立たなければならない」 近年続く戦争によっても、ドレフとキヤエイがこのアプローチを諦めることはなかった。 むしろ逆だった。 二人は、暴力によって軍事的解決には限界があることが明らかになった一方、社会同士の信頼を築くことはこれまで以上に困難になったと指摘する。 そこには一つの逆説がある。 地域協力が最も困難になったまさにその時、地域協力の必要性は一層高まっているのである。 「私たちは反対側の極端にまで行かなければなりません」とキヤエイは語る。 「暴力や破壊、戦争を唱える過激派がいるのなら、私たちはもう一方の極端にまで行く必要があります。」 彼が意味するのは、思いやり、対話、そして一国の政府の行動を、その国のすべての人々と同一視することを意識的に拒む姿勢である。 「敵を憎む方が、私にとってはずっと簡単です。」と彼は言う。 「だからこそ、私たちはそれと闘わなければならないのです。」 地域が憎悪に深く沈めば沈むほど、人々はそれに抗う努力を、より意識的に続けなければならないと彼は考えている。 戦争によって、この構想の必要性は高まったのか ドレフの答えは単純ではない。 イエスでもあり、ノーでもある。 地域的な安全保障メカニズムの必要性は以前より明白になった。しかし同時に、相互不信の深刻さも一段と明らかになっている。 軍事衝突は外交の必要性をより強く認識させる一方で、外交そのものを一層困難にする可能性がある。 一方、ドレフは、繰り返される攻撃が軍事力の根本的な限界も示したと考えている。 「イランの核計画は軍事力では止められないことが明らかになったのです。」 それによって、従来は政治的に非現実的だと思われていた別の選択肢を検討する余地が生まれていると、彼女は見る。 キヤエイはさらに踏み込む。 10月7日以降の出来事から得られる教訓の一つは、一国の安全保障を、近隣諸国が恒久的に不安定な状態に置かれることの上に築くことは、最終的にはできないということだと語る。 「軍事力では平和を実現できないということです。……私たちには別の道が必要です。暴力を超えた道です。」 中東の紛争は、もはや単純な二国間対立ではない。 イラン、イスラエル、米国、あるいはその他の国々が関わる戦争は、たちまち中東全域に影響を及ぼす。 だからこそ、地域的な安全保障の枠組みは、これまで以上に重要になっているとキヤエイは考えている。 イスラエルを交渉のテーブルへ METOにとって最大の難題は、依然としてイスラエルの参加である。 しかしドレフによれば、「大量破壊兵器のない中東」をめぐる外交の言葉遣いは変わりつつある。 単にイスラエルに一方的な措置を要求するのではなく、その安全保障上の懸念にも対応しながら、将来的にイスラエル自身が参加できる制度をどのように設計するかという方向へ、議論を進めることができる。 「最大の変化は、まだ私たちの政府から生まれたものではありません。」と彼女は語る。 「最大の変化をもたらしたのは外交官たちです」 いま重要なのは、イスラエルに単に「参加すべきだ」と迫ることではない。 イスラエルが現実的に参加することのできる枠組みをつくることである。 ドレフにとって、それは、この地域的なプロセスがイスラエルの安全保障に対する脅威なのではなく、長期的な安全保障体制の一部となり得ることを、イスラエルの政策決定者に理解してもらうことを意味する。 エルサレムからテヘランへ続く道 METOが最終的に描く未来は、核兵器の問題をはるかに超えている。 キヤエイが思い描くのは、現在の国境や政治的対立が、人々の移動や貿易、協力を妨げることのない地域である。 ドレフにも似たイメージがある。 中東を横断する列車に乗り、エルサレムで朝食をとり、ダマスカスかベイルートで昼食をとり、テヘランで夕食をとる。 そんな未来である。 ユートピアのように聞こえる。 しかし二人は、そうではないと言う。 かつてヨーロッパも、同じように終わりのない戦争の連鎖に閉じ込められているように見えたと、二人は指摘する。 欧州連合(EU)が誕生したのは、何世紀にもわたる対立が突然消え去ったからではない。 政治指導者たちが、戦争の連鎖を再び繰り返しにくくするための制度を構築したからである。 「私たちも、それほど違うわけではありません」とキヤエイは語る。 「私たちにもできるのです。」 This article is brought to...

カザフスタン、AIの学びを仕事と創作につなぐ

【アスタナINPS Japan=浅霧勝浩】 カザフスタンの首都アスタナで開かれた非公開上映会では、人工知能(AI)を使って制作された映画が、研究室やデータセンターの外にも広がる技術革新の可能性を映し出していた。制作者にとってAIは、かつては映像化が難しかった物語を形にし、観客に届ける手段になりつつある。 10月3日、初開催のアスタナAI映画祭は、ラトビアの映画監督ニコラ・シェスタク氏による『The First Honest Day』にグランプリを授与した。カザフスタンのミルザハン・ジュマハン氏は、『It Was Just a Joke』で最優秀キャラクター賞を受賞した。 「AI...

「発展の権利」40年―成長が人々を取り残すなら、それはなお開発と呼べるのか

【国連/ジンバブエ・ブラワヨIPS=ブサニ・バファナ】 世界の指導者たちは、「発展の権利」が掲げてきた約束に現実が追いつかず、最も脆弱な立場にある人々が取り残されていると警告した。開発の恩恵が、超富裕層や権力を持つ人々に偏っているかのような状況が広がっている。ニューヨークで開かれた第81回国連総会の関連会合では、「発展の権利に関する宣言」採択40周年を記念し、世界の不均衡な発展によって生じている深刻な格差を是正するため、さらなる行動を求める声が相次いだ。|英語版| 1986年12月に国連総会で採択された同宣言は、「発展の権利は不可譲の人権であり、すべての人間およびすべての人民は、すべての人権と基本的自由が十分に実現される経済的、社会的、文化的および政治的発展に参加し、これに貢献し、その恩恵を享受する権利を有する」とうたっている。 人類の発展のあり方を根本的に転換するものとして期待されたこの宣言だが、その約束はいまだ十分に果たされていない。 アントニオ・グテーレス国連事務総長は世界の指導者たちに対し、「世界中の何百万人もの人々にとって、宣言に盛り込まれた約束はいまだ実現していません。しかし、それを現実のものにする方法を、私たちは知っています」と語った。 そして、宣言採択40周年は行動を求める機会であると強調し、「誰一人取り残さない」ための青写真として持続可能な開発目標(SDGs)を挙げた。 「開発、人権、平和は、それぞれ別個の目標ではありません。これらは相互に連動しながら前進するものです。分断が深まる今日の世界においても、このビジョンはなお私たちを結び付ける力があります。そして、持続可能な開発目標(SDGs)は、その実現に向けた道筋を示すものです」 「持続可能な開発のための2030アジェンダ」の下に掲げられた17のSDGsには、人々を貧困から脱却させ、その権利を守るための目標と具体的なターゲットが盛り込まれている。 しかし、139のSDGターゲットのうち、達成に向けて順調に進んでいるか、一定の進展を示しているものは36%にとどまっている。 グテーレス事務総長は、今日、開発という約束が新たな試練に直面していると指摘した。拡大する格差、根強い食料不安、膨張する債務、紛争、経済的不安定などが、開発と経済成長を妨げているためだ。 「気候危機は年を追うごとに壊滅的な水準に達しつつあり、劣化し、不健全になった地球の上では開発など成り立たないということを世界に突き付けています」 さらに、デジタル革命や人工知能(AI)には人々の生活を大きく改善する可能性がある一方で、排除や分断を助長する要因にもなり得ると警告した。 「この宣言は、発展を明確に一つの権利として位置付け、人間を発展のプロセスの中心に据えています」 一定の前進、それでもさらなる取り組みが必要 第81回国連総会議長のハリルール・ラーマン氏は、発展とは単なる経済成長ではなく、人々が積極的、自由かつ意味のある形でそのプロセスに参加することを通じて、人間の福祉を継続的に向上させていくことだと述べた。 「私たちは進歩を、単に経済成長の総量だけで測るのではありません。人々が尊厳を持って生き、権利を行使し、自らの未来を形づくることができるかどうかによって測るのです」 そして、宣言の理念を行動によって実現し、過去40年間に苦労の末に勝ち取ってきた成果を守るとともに、今なお残る格差や構造的障壁に取り組む必要があると強調した。 「多国間主義を、より代表性が高く、より人々のニーズに応え、すべての人に成果をもたらすことのできるものにしていきましょう」 ラーマン氏は、世界の平均寿命が延び、多くの人々にとって教育や保健医療へのアクセスも改善し、過去40年間に15億人が貧困を脱したと指摘した。 一方で、多くの国々が持続不可能な債務負担を抱え、世界的な意思決定に平等に参加できていないと指摘した。そして、過去40年間の経験から得られた教訓として、発展は包摂的でなければならず、人権、環境、平和、安全保障と切り離すことはできないと強調した。 開発途上国が負う債務コストは1兆4000億ドルに上り、現在、34億人が、教育や保健医療よりも債務の利払いに多くの資金を充てている国々で暮らしている。 国連人権高等弁務官のフォルカー・テュルク氏は、発展という目標はより広範なものであると指摘し、その実現を妨げるさまざまな障壁を取り除くよう求めた。 テュルク氏は、現在の国際金融システムは「著しく不均衡」であり、人権のために充てられるべき予算を圧迫していると指摘した。 また、予算削減は最も貧しい人々により大きな打撃を与えるとして、際限なく拡大する軍事力や経済力の一方で続く人々の苦境をなくしていかなければならないと訴えた。 さらに、2025年の世界の軍事支出は2兆8000億ドルに達し、その規模は世界の貧困を終わらせるために必要な費用の8倍に相当すると述べた。 「発展は公平であり、かつ環境的に持続可能でなければなりません」 「持続可能性を、人々や地球を犠牲にしてでも追求される経済成長と同一視してはなりません。私たちは、より大きな平等、参加、尊厳、自由、相互尊重へと大きく舵を切る必要があります。そして、『発展の権利』の核心にある国際協力の原則に改めて立ち返らなければなりません」 富める者はさらに富み、貧しい者はさらに貧しく オックスファムが発表した2026年版報告書『富裕層による支配に抗して―億万長者の権力から自由を守る』によると、超富裕層のかつてない資産拡大によって、世界の格差は一段と深まっている。 億万長者の保有資産は昨年、2兆5000億ドル増加した。これは、資産保有額で世界の下位に位置する41億人の資産総額とほぼ同じ規模である。 オックスファム・インターナショナルのアミタブ・ベハール事務局長は、「発展の権利」という原則は今も維持されており、1990年代から2000年代にかけて一定の前進が見られたものの、ここ数年は一部で後退も生じていると指摘した。 例えば、教育や医療を受ける権利が商品化され、民営化されるようになったことで、「発展の権利」そのものが揺らいでいるという。 ベハール氏は、国際的な場で合意された権利を各国レベルで具体化し、人々が自らの権利を理解し、その実現に向けた動きにつなげていく必要があると訴えた。 「いかなる権利も、本当の意味で権利として定着するためには、草の根から積み上げていくことが極めて重要です。そこに時間、エネルギー、資源を投入しなければ、こうした権利の実現は不十分なままに終わってしまいます」 さらにベハール氏は、「発展の権利」は人権が不可分であることを示すものであり、政府もこうした権利の実現に向けて一定の政治的意思を示してきたと指摘した。 しかし、本格的な前進が可能になるのは、人々自身が権利を要求し始めたときだという。 「私たちが目にしているのは、資金が上へ上へと流れ、ごく一部の超富裕層の億万長者の手に集中していく経済システムです。ですから政府は彼らに課税し、人々のための財源を確保し、『発展の権利』をすべての人にとって現実のものにするために投資しなければなりません」 「Fill the Fund」キャンペーンのグローバル・コンビーナーを務めるハルジート・シン氏は、「私たちは不都合な真実に向き合わなければなりません。支配的な世界経済モデルは、この40年間、宣言の核心を裏切り続けてきたのです」と警告した。 シン氏は、サタット・サンパダ気候財団の創設理事であり、化石燃料不拡散条約イニシアチブのエンゲージメント・ディレクターも務めている。 「発展とは本来、人間を中心に据えた解放を目指す営みであり、すべての人が積極的、自由かつ意味のある形で参加し、経済的・社会的進歩の恩恵を公平に享受する権利を確認するものでした」とシン氏はIPSに語った。 「しかし今日、それはグローバルな金融資本に乗っ取られ、小規模農家や先住民族、都市労働者ではなく、多国籍企業や民間の債券保有者に奉仕するものとなっています」 シン氏はさらに、気候変動への寄与が最も小さい開発途上国が、災害からの復旧のために国家予算のかなりの部分を振り向けざるを得ず、その結果、さらに深刻な債務へと追い込まれていると指摘した。 「40周年を迎える今、グローバル・サウス諸国とその協力国は、法的拘束力のある化石燃料条約を求め、化石燃料を公平な形で段階的に廃止し、新たな化石燃料開発の拡大を終わらせ、世界規模の公正な移行に必要な資金を確保するための明確な国際的枠組みを構築すべきです。」 「1986年の宣言は、解放と正義のための憲章として構想されたものでした。国連総会が発展を、人権、気候変動による損失・損害への賠償、化石燃料の段階的廃止、そして経済システムそのものの改革に明確に結び付けない限り、この40周年は、約束が果たされなかった40年間を刻むだけの節目となってしまうでしょう。」 Note: This article is brought to you by IPS...

カザフスタン、ユーラシアの地の利をAI時代の強みへ

【アスタナINPS Japan=浅霧勝浩】 カザフスタンは長年、欧州とアジアの間に位置する地理的条件に活路を見いだしてきた。戦争によってエネルギー供給や交易路が揺らぐなか、同国はその地の利と電力資源、産業面の経験を、人工知能(AI)時代の強みに転換しようとしている。|英語版| 10月1日にアスタナで開幕した「AI & Digital Bridge 2026」で、カシムジョマルト・トカエフ大統領と国際的な経済界の指導者らは、計算基盤、投資、通信、教育を結びつける構想を示した。翌日の説明会や展示会場で見えてきたのは、それを産業の高度化、若者の仕事、国際協力へとつなげようとする取り組みだった。 天然資源への依存からの脱却を目指すカザフスタンは、海外の技術を受け入れるとともに、国内で研究者や起業家を育て、新たな経済的価値を生み出す拠点を築こうとしている。 地政学的な背景が、この構想に一層の意味を与えている。ロシアによるウクライナ侵攻を機に、中国・中央アジアと欧州をカスピ海と南コーカサス経由で結ぶ「中央回廊(ミドル・コリドー)」への関心が高まった。ロシアを迂回する鉄道・海上輸送網であり、カザフスタンはその重要な結節点に位置する。 今年の米国とイスラエルによるイラン攻撃に伴うホルムズ海峡の海運混乱も、エネルギー供給経路の多様化の重要性を改めて示した。カザフスタンは、カスピ海を横断してアゼルバイジャンへ原油を運び、バクー・トビリシ・ジェイハン(BTC)パイプラインを通じて地中海へ送る輸出経路を活用している。 この原油輸送経路と中央回廊全体は別個のものだが、いずれも、より強靭な供給網を求める国々に選択肢をもたらしている。既存の主要ルートを全面的に代替するものではないものの、カザフスタンの接続拠点としての役割を広げる動きだ。 6月には、欧州連合(EU)とカザフスタンがカスピ海横断輸送回廊の戦略的重要性を再確認した。日本も、アクタウ港税関への貨物検査機材整備を通じ、カスピ海ルートの円滑化を支援している。 今回のフォーラムで示されたのは、こうした接続性をデジタル経済へ広げる構想だった。モノや資源を運ぶ役割に、データが行き交い、計算基盤と専門知識が集まる役割を重ねようというものである。 米投資会社ジェネラル・アトランティックのウィリアム・フォード会長兼最高経営責任者(CEO)は、AIをパソコン、インターネット、モバイル技術、クラウドに続く大きな技術の波と位置づけた。そのうえで、AIは特に多額の資本とエネルギーを必要とすると指摘し、人材と安価な電力をカザフスタンの強みに挙げた。 その見方は、資源国としての蓄積を新たな産業へつなぐ道筋を示している。電力を生かして計算基盤への投資を呼び込み、その周辺で研究、ソフトウエア、サービスを育てるという道だ。 エキバストゥズの「データセンター・バレー」構想は、その展望を体現するものだ。10月2日の記者説明会で、ジャスラン・マディエフ副首相兼AI・デジタル開発相は、電力、通信、投資家支援、規制上の仕組みを組み合わせて誘致を進める方針を説明した。 提示資料では、最大1ギガワットの電力容量と、1キロワット時当たり2.5米セントの電力料金を掲げている。これらは構想上の規模と誘致条件を示す数字であり、施設の全面稼働を意味するものではない。 同相はまた、既存のスーパーコンピューターを大学、政府機関、銀行、IT企業が利用できると説明した。大規模な計算基盤の整備と、国内の研究・事業開発を結びつける取り組みである。利用条件の整備や、安定した電力供給、冷却・環境対策は、この基盤を持続的に発展させるうえで重要になる。 米エヌビディア(NVIDIA)のレブ・レバレディアン副社長は、製造、物流、農業、エネルギーなど、物理的な世界へのAIの応用を論じた。 カザフスタンには、こうした応用を支える産業の経験がある。鉱業、エネルギー施設、輸送網で働く人々は、複雑な設備や厳しい操業環境に精通している。その知見を技術開発に生かせれば、国内の技術者が産業の実情に即した製品を生み出す機会が広がる。 トカエフ大統領が提案した「AIチャレンジ」も、その方向を目指す。経済の実際の需要から課題を抽出し、国内外のチームに解決策を募り、効果を実証したプロジェクトを生産現場へ導入する構想だ。技術開発を、企業や産業が必要とする成果につなげようという試みである。 10月2日のパネル討論では、組織そのものを変える必要性も論じられた。カザフテレコムのバグダト・ムシン氏は、AIによって個人の作業が速くなっても、提案が長い承認手続きに阻まれれば、企業全体の生産性向上にはつながらないと指摘した。AIを業務改革の契機として捉える議論だった。 トカエフ大統領は、こうした転換を支える中心に人材を据えている。最近開学した「カザフAI研究大学(Qazaq AI Research University)」に、教育と産業の需要に応える研究を結びつける役割を期待し、医療、エネルギー、金融、行政などにAIを応用する「AI+X」の手法を強調した。 大統領が同時に訴えたのは、AIを使いこなす人間の能力の重要性だった。AIは人間の知的能力を代替するものではなく、学習と知識の獲得を助ける道具であり、技術が進むほど、批判的思考、判断力、責任感が重要になるという。 その人材育成を身近な学びから始める拠点が、球体の旧EXPO施設を活用した「Alem.AI」だ。マディエフ氏は、一般の人々がAIに触れる場から、子どもの学習、専門教育、起業、研究、産業への実装へとつなぐ仕組みを説明した。 提示資料によると、12~18歳を対象とする無料のTUMOプログラムには4500人が登録している。18歳以上を対象とするTomorrow...