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核被害の記憶を共同行動へ―カザフスタンと創価学会、宗教間対話で広がる協力

広島・長崎とセミパラチンスクの経験を背景に、SGIはカザフスタン外務省や国連代表部と核兵器廃絶への活動を重ねてきた。その協力は今、世界伝統宗教リーダー会議を支える機関との対話を通じ、青少年平和教育などの新たな取り組みへと広がりつつある。 【アスタナ/東京INPS Japan=浅霧勝浩】 広島と長崎への原爆投下、そしてセミパラチンスクで繰り返された核実験。異なるかたちで核兵器の被害を経験した日本とカザフスタンを結ぶ協力に、宗教間対話を通じた新たな動きが生まれている。 創価学会インタナショナル(SGI)はこれまで、カザフスタン外務省や国連代表部、市民社会の団体と連携し、核兵器の人道的影響を伝える活動や、政府と市民社会が軍縮について議論する機会をつくってきた。|英語版| その協力をさらに広げる場となっているのが、「世界伝統宗教リーダー会議」である。同会議を支えるカザフスタンの国際宗教間・宗派間対話センター(ICIID)と創価学会は、6月30日に東京で協力覚書を締結。核被害の記憶の継承や青少年平和教育をはじめ、具体的な共同の取り組みに向けた協議を進めている。 「重要なのは、紙の上に新たな計画を作ることではありません。共に取り組み、実際の成果を示せる2つか3つの分野を見いだすことです。」 ICIIDのグルサナ・コジャバイ理事長は、INPS Japanの書面インタビューにこう答えた。 昨年の第8回世界伝統宗教リーダー会議に創価学会代表として参加した長岡良幸渉外局長も、別途寄せた書面回答で、覚書の調印によって「その協力は、新しい段階へと進みました。」と述べている。 双方の回答から浮かび上がるのは、既存の核軍縮協力を足場に、被害者の証言や教育活動を宗教間対話の枠組みでも活用しようとする方向性だ。 核被害の記憶が育んだ協力 カザフスタンにとって、核軍縮は自国の歴史と切り離せない問題である。 旧ソ連は1949年から1989年にかけて、セミパラチンスク核実験場で456回の核実験を実施した。カザフスタンは独立直前の1991年8月に同実験場を閉鎖し、その後、ソ連崩壊に伴って領内に残された核兵器を放棄した。 日本の広島・長崎と、カザフスタンの核実験被害地域では、核兵器が使われた状況も、被害の広がり方も異なる。それでも、人々の健康、暮らし、環境に長く残る被害を次世代へ伝え、同じ苦しみを繰り返させないという課題には共通するものがある。 コジャバイ理事長は、核兵器が抑止や戦略的均衡の観点から語られがちな時代だからこそ、その人道的影響を見失わないことが重要だと強調する。 「これらの歴史は、核兵器が人間にもたらす影響を伝え続けるうえで、両国に特別な責任を与えています」と回答した。 創価学会の代表者が、カザフスタンの招待を受けて世界伝統宗教リーダー会議に参加するようになったのは2018年である。翌2019年には、SGI代表団がセメイと旧セミパラチンスク核実験場を訪問した。 創価学会側は、代表団が現地の実情を目の当たりにした意義を強調し、今後、より多くの人々が訪問を通じて平和と核兵器廃絶への思いを深められる機会を検討したいと述べた。 こうした交流は、被害の記憶を伝える具体的な制作活動にも結びついている。 カザフスタンのNGO「国際安全保障政策センター」(CISP)とSGIの協力で制作・公開された、核実験被害者の証言映像『私は生き抜く~語られざるセミパラチンスク~』である。 創価学会側はこの作品を「2018年以来の交流の中で、NGO団体との協力で作り上げたもの」と説明した。核兵器をめぐる議論に、被害を受けた人々自身の経験を届ける取り組みだ。 外務省・国連代表部との連携を土台に https://www.youtube.com/watch?v=af74SK5gKSQ SGIとカザフスタンの協力は、政府関係者と市民社会が接する外交の場でも積み重ねられてきた。 核兵器禁止条約の締約国会議や核兵器不拡散条約(NPT)再検討会議の準備委員会などに合わせ、SGIはカザフスタン国連代表部とサイドイベントを共催してきた。各国政府や市民社会の代表者が参加し、核兵器廃絶に向けた国際世論の形成に取り組んできたという。 2023年には、SGIがカザフスタン外務省、赤十字国際委員会、核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)、CISPなどと協力し、中央アジア5か国の代表者が参加する「核兵器の人道的影響と中央アジア非核兵器地帯」地域会議の開催を支えた。 2025年3月には、カザフスタン国連代表部、CISP、SGIが、核兵器禁止条約関連の会合に合わせて、核実験被害者の証言映像の上映会を国連で共催した。地域社会の苦難を、国際的な政策論議へとつなぐ機会となった。 「重要なのは、こうした取り組みを一時的なものでなく、継続していくことにあると思います」と長岡氏は強調した。 そのうえで、カザフスタンとの交流を深め、「核兵器廃絶への国際世論の形成、市民社会と政府間外交の連携の具体的な事例」をさらに積み重ねたいと述べた。 ICIIDとの覚書は、こうした外務省や国連代表部、NGOとの協力に取って代わるものではない。双方への取材から見えてくるのは、これまでに得られた経験や成果を、宗教間対話を通じた教育・交流の新たな事業にも生かそうとする動きである。 宗教間対話から、青少年平和教育へ 2003年に創設された世界伝統宗教リーダー会議は、異なる信仰の代表者が継続的に交流する場を築いてきた。10月7日にアスタナで開かれた第24回事務局会合では、その信頼関係を何に結びつけるかが繰り返し問われた。 「私たちに与えられた機会は、共に語るだけでなく、共に歩むことです」 アングリカン・コミュニオンのジョー・ベイリー・ウェルズ主教は、参加者にこう呼びかけた。 イスラム長老評議会のムハンマド・アブデルサラム事務総長も、「実行に移されない宣言は、その機能を失ってしまいます」と述べ、責任を明確にし、成果を確かめながら取り組みを進めるよう促した。 コジャバイ理事長は、創価学会との協力について、まず青少年のための平和教育から始めたいと考えている。広島・長崎とセミパラチンスクの経験を、若者の交流、教育プログラム、公開対話などを通じて結びつける構想だ。 創価学会側もまた、創価の教育機関で取り組んできた平和教育や核兵器廃絶教育の経験を踏まえ、カザフスタンとの協力によって青少年向けの教育プログラムを共有する可能性を検討している。 具体的に協議が始まっている事業の一つが、故・池田大作SGI会長の平和への思いを綴った随筆6編を収める書籍のカザフ語訳版である。すでに英語、ロシア語、ウズベク語などの翻訳版があり、カザフ語版は2027年の刊行を予定している。 出版は、協力全体の目的ではなく、青少年に平和への関心を育むための最初の取り組みの一つに位置づけられている。 コジャバイ理事長は、協力をあらかじめ決めた事業の一覧に限定せず、創価学会側の提案も受け止めたいとしている。共同出版や教育資料、文化交流に加え、創価学会の国際的な活動にセンター側が協力することにも意欲を示した。 「私にとって、真のパートナーシップとは、双方向に機能するものです」と述べた。 共通の倫理を、実践へ 協力の対象は、核兵器廃絶と平和教育だけではない。 10月の事務局会合では、気候変動への対応における宗教の役割を示す文書と、宗教分野における人工知能(AI)利用の倫理規範が採択された。 コジャバイ理事長も、宗教指導者、研究者、技術専門家、若者を交え、情報操作、信頼できる宗教情報、人間の責任などを議論する機会を提案している。 気候変動に関する文書には、日本の神社本庁も策定段階で貢献した。日本との交流が、異なる宗教的伝統からの知見を持ち寄る協力へと広がっていることを示している。 ただし、2つの文書はいずれも法的拘束力を持たない。また、証言映像の新たな教育活用や、環境・AI分野の協力には、今後さらに協議を要するものがある。既存の成果と、新たに検討されている事業を区別する必要がある。 今回の会合では、カザフスタンとローマ教皇庁による、治癒困難な病気を抱える子どもの権利に関する憲章の推進も支持された。核兵器、環境、技術、医療という異なる課題を結ぶのは、宗教間の共通理解を、人間の尊厳を守る具体的な協力へと移すという考え方である。 信頼を、実際の成果に変える 会合を主宰したエルラン・カリン副大統領は、採択された決定を実際の行動へ移す必要性を強調し、「平和のためのグローバル運動」の構想案と段階的な実施計画の策定を求めた。2028年の第9回世界伝統宗教リーダー会議に先立ち、2027年に最初の成果を示す方針だ。 コジャバイ理事長は、会議が政府の役割を代替できないことも明言する。 「この会議は軍備管理条約を交渉することはできませんし、政府や外交官、国際的な法的枠組みに取って代わるかのように振る舞うべきでもありません。」 その役割は、核兵器の人道的影響を伝え、若い世代に働きかけ、政治的な対立を超えて対話を維持することにあるという。軍縮の合意そのものを交渉しなくても、それを支える社会的、倫理的、人道的な支持を育むことはできる。 長岡氏とコジャバイ理事長の回答は、この点で重なる。核被害の記憶を継承することを、過去を振り返る行為にとどめず、教育や国際協力を通じて将来の意思決定に生かそうとしているのである。 10月7日の会合後、カトリック系通信社Agenzia Fidesのパオロ・S・アファタート記者は、ウェルズ主教に、スピリチュアル外交が実際に政治へ影響を及ぼしているのかを尋ねた。筆者は、そのやり取りを音声で記録した。 「確かに、影響力はあると思います」と主教は答え、政府レベルでの影響がさらに広がることへの期待を示した。 「こうした関係を築くには、直接顔を合わせることに勝るものはありません」 その信頼関係を何につなげるか。カザフスタンの外交機関や市民社会とSGIが培ってきた協力は、今、ICIIDとの対話を通じて、新たな事業の検討へと進み始めている。 コジャバイ理事長は、今後10年間の成果は、会議の開催回数だけでは測れないと語った。人々が集まった結果、「実際に何が生み出され、実行され、変わったのか」が問われるという。 広島・長崎とセミパラチンスクの記憶を共有する人々にとって、その問いは、宗教間対話の将来だけでなく、核の被害を繰り返さないために今何ができるかという、具体的な責任につながっている。 This article is brought to you...

炎に包まれた世界の肖像

ネパールは、世界的な民主主義の後退という潮流に追随してはならない。 世界各地で武力紛争や民主主義の後退が進むなか、ネパールでも2015年憲法が掲げた地方分権が実現せず、中央集権化が進んでいる。若者主導の抗議運動を経て誕生した新政権も、改革は道半ばだ。社説は、国際社会からの支援に依存せず、地方自治の強化、法の支配、教育・公共サービスの改善、雇用創出を通じて、若者が海外出稼ぎや外国の戦争に身を投じず、故郷で希望を持って暮らせる社会を築くべきだと訴えている。 『カトマンズINPS Japan/ネパリ・タイムズ=シュリシュティ・カルキ』社説 ネパールの2015年憲法は、首都カトマンズに集中していた政治権限を地方の草の根レベルへ移譲することを目指していた。しかし、憲法制定から11年が経過した現在、ネパールの統治はかつてないほど中央集権化している。|英語版| 2015年以降、ネパールの政権を担ってきたのは、地方分権という考え方を嫌う選挙で選ばれた指導者たちだった。連邦制は単なるスローガンにすぎず、彼らは州政府に十分な権限を与えず、予算と権力を中央政府が握り続けることで、地方自治が機能する機会を奪ってきた。 残念ながら、若者たちの抗議運動を経て誕生した新政権も、改革を約束したにもかかわらず、これまでのところ期待に十分応えていない。 チョレンドラ・シャムシェル・ラナ前最高裁判所長官の身柄拘束や、金融界・実業界の有力者に対する同様の拘束、渡航制限などは、与党の国民独立党(RSP)が適正な法的手続きをさほど重視していないことを浮き彫りにした。 かつて政治権力はカトマンズに集中し、1990年以降は中央官庁が集まるシンハ・ダルバールに集中していた。そして今や、権力は首相府のごく一部の側近たちの手に握られている。 バレンドラ・シャハ首相とその所属政党RSPが、もともと連邦制に積極的ではなかったことを考えれば、驚くには当たらない。 こうした根深い中央集権構造を示す最近の事例が、トリシュリ川流域で発生した洪水への対応だった。 災害発生時に真っ先に対応したのは地方自治体だったにもかかわらず、実際には連邦政府機関が主導権を握り、地方政府は脇役に追いやられた。 ラスワとヌワコットの各地域の自治体は、捜索・救助を求める緊急要請がほとんど顧みられず、貴重な時間が失われたと指摘している。 救援物資の配分も、当初は窓口を一元化する方式が採用されたため、最も支援を必要とする場所に物資が届くまでに時間がかかった。 確かに、今回の災害の規模を考えれば、どれほど効率的で機能的な行政組織であっても、対応能力を超える事態に直面しただろう。 しかし、現地の地形や地域事情を最もよく知る、選挙で選ばれた地方政府と緊密に連携していれば、捜索、救助、復旧・復興活動をはるかに効果的に進めることができたはずだ。 今週、6州の州首相がビラトナガルに集まり、「コシ宣言2026」を発表した。過去数年間にも同様の会合が開かれてきたが、今回も連邦政府に対し、州への政治権限の移譲を強く求めた。 地方選挙が近づいていることから、RSPも少なくとも地方分権を支持する姿勢を示さざるを得なくなるかもしれない。 ネパールは、世界的に進行する民主主義の後退という潮流に追随してはならない。 国際民主主義・選挙支援研究所(International IDEA)が先月公表した『世界の民主主義の現状2026』によれば、民主主義の状況が改善した国よりも悪化した国の方が多い状態が、11年連続で続いている。 同報告書は、民主主義の状況を「代表制」「権利」「法の支配」「参加」の4分野で評価している。 ネパールの順位は、代表制が63位、権利が68位、法の支配が77位、参加が51位だった。 決して悪い成績ではない。 国際IDEAは、RSPの新指導部には、市民の声をより適切に反映する議会制度を築く可能性があるとも指摘している。 この報告書は、ネパールにとって希望の兆しも示している。 昨年の若者による抗議運動の後、同国では民主主義に「限定的な」前進が見られ、「強靱性、回復、さらには変革の萌芽」とも呼べる状況が生まれているという。 ただし、抗議運動によって実現した政治的転換が、具体的な制度改革の成果として現れるまでには、しばしば数年を要するとも警告している。 報告書は次のように述べている。 「バングラデシュ、ネパール、スリランカでは、市民の抗議運動によって長期政権の指導者が退陣に追い込まれ、民主主義の前進も見られた。しかし、短期間のうちに広範で実質的な改革を実現することは難しいことが明らかになっている。」 「いずれの国においても、新たな指導部が、人々が命を犠牲にしてまで求めた改革をどこまで前進させられるのか、注視していくことが重要だ。」 今回の『世界の民主主義の現状』報告書は、世界各地で紛争が続く時代における民主主義のあり方を中心的なテーマとしている。 ウプサラ紛争データプログラム(UCDP)の研究者たちによれば、2025年には世界で65件の国家が関与する武力紛争が確認された。そのうち8件は国家間の直接的な武力紛争であり、紛争の件数は第二次世界大戦以降で最多となった。 主に先進諸国からなる「グローバル・ノース」では、歴史的に築かれてきた国際的な同盟関係に亀裂が入り、多国間機関に対する信頼も低下している。 国連が紛争を阻止する能力は、安全保障理事会の5常任理事国が持つ拒否権によって妨げられてきた。 国際安全保障を維持し、世界的な協力を促進するために設立された国際機関そのものが、民主主義の欠如という問題を抱えているのである。 報告書は、米国を特別な事例として取り上げている。 かつて民主主義と自由の灯台を自任していた米国が、世界各地に長期的な影響を及ぼす戦争を繰り返す一方で、自国の民主主義を着実に後退させてきた過程を描き出している。 ネパールは、こうした世界的な紛争に直接関与していないかもしれない。しかし、ネパールの人々も、その代償を払っている。しかも近年、その代償はますます多くの場合、人命や生活の基盤そのものに及んでいる。 ネパールはまた、国連平和維持活動(PKO)への最大の要員派遣国でもある。 国際IDEAの報告書は、各国政府が民主主義の構築と強化を国家安全保障戦略の中心的な柱に据えるべきだと結論づけている。そのためには、民主主義が危機にさらされている地域への資金や資源の投入も必要となる。 グローバル・ノースの国々にとって、これは自国の内側に目を向け、民主主義の危機と正面から向き合うことを意味する。 他の国々に民主主義のあるべき姿を示そうとするのであれば、まず自らの民主主義が直面する問題を解決しなければならない。 トランプ政権が米国の国家機構や社会的・文化的な結びつきに与えた損傷は、同政権が終わった後も長く残るだろう。 英国では、この10年間で7人もの首相が誕生し、政権交代の頻度でネパールの記録に迫るほどとなっている。 ドイツでは、1930年代以来見られなかったような極右への傾斜が進んでいる。 フランスとスペインでは、若者たちが教育や住宅環境の改善を求めて街頭にバリケードを築き、抗議運動を展開している。 隣国インドでも、Z世代に触発された若者たちの抗議運動が起きている。 こうした状況を踏まえれば、ネパールは、自国の民主主義と開発を支えるために、国際社会から道義的・経済的な支援が得られると安易に期待すべきではない。 私たちは今こそ、なぜ民主的な地方分権が、公平で包摂的、かつ環境にも配慮した経済発展の基盤となるのかを、真剣に考え直さなければならない。目指すべきは、統治制度と法の支配を強化し、行政サービスや教育を改善し、雇用を創出することだ。そして、人々がネパールにとどまり、そこで働き、暮らしていきたいと思える環境を整えることである。 今年は相次ぐ災害に見舞われ、発足間もない政権もようやく統治の実務を学び始めたところだ。だからこそ、この課題はいっそう差し迫ったものとなっている。 ネパール政府は、ガザでジェノサイドが続き、地域に滞在するネパール人の安全が脅かされているにもかかわらず、イスラエルに労働者を送り出す政府間協力(G2G)の枠組みを維持している。ネパール人11人が死亡した10月7日の攻撃以降も、3000人以上のネパール人がイスラエルで働くために出国した。 さらに、米国とイスラエルによるイランとの戦争が西アジア全域に波及し、湾岸諸国はネパール人が安全に働き、故郷の家族に送金できる場所だという、長年の前提も崩れ去った。 歴史的に見ても、ネパールの外交政策には根本的な矛盾が存在してきた。 一方では非同盟外交を掲げながら、他方ではインド、英国との三者協定に基づき、ネパール国民が外国の軍隊に入隊し、他国の戦争で直接戦うことを認めてきたのである。 現在も、ロシアとウクライナの戦線では、双方の陣営でネパール人が戦い、命を落としている。 ネパールにとどまるよりも、他国の戦争で戦い、死ぬ危険を冒す方がましだと思わせているのは、生活への絶望と、自国の政府に対する幻滅にほかならない。 こうした政治や社会からの疎外感が、今もネパールの人々を故郷から遠くへと追いやっている。 RSP政権は、ネパールの若者たちに希望を与えた。しかし、過去6カ月間に、より良い生活を求めて国外へ渡った人々の数は、記録的な水準に達している。 グローバル・ノースの国々が自らの内部に抱える問題との闘いを迫られるなか、ネパールには、果たさなければならない大きな課題が残されている。 それは、民主主義を地方分権と経済発展の実現につなげ、若者たちがこれほど大勢、故郷を離れずに済む国を築くことである。 INPS Japan 関連記事: 日本生まれのネパール人の子どもたち、アイデンティティに揺れる 19日間ロシアに滞在 ネパール産の日本紙幣

エルニーニョ再来、豪雨に身構える東アフリカの都市貧困層

【タンザニア・ダルエスサラームIPS=キジト・マコエ】 あれから30年近くが過ぎた。しかし、ジャフェット・ギンビ氏は今も、あの雨を鮮明に覚えている。|英語版| 1997年、タンザニア西部のタボラで中等学校2年生だったギンビ氏は、エルニーニョ現象による洪水で町が水浸しになるのを目の当たりにした。雨が降り続くにつれ、学校に来る生徒の数は減っていった。 このとき発生したのは、観測史上でも有数の強さを記録した「スーパー・エルニーニョ」だった。その後も、2014年から2016年にかけてのスーパー・エルニーニョを含め、5回のエルニーニョ現象が発生している。 「とにかく雨が降り続きました。毎日、毎日、いつまでたってもやまなかったのです。」現在はダルエスサラームに暮らすギンビ氏は、そう振り返る。しかし、最も強く記憶に残っているのは、家の食料が乏しくなっていったことだ。 「野菜のおかずもなく、ウガリ(トウモロコシなどの粉を練って作る東アフリカの主食)だけを食べていました。」一方、クウィハラ村のハティブ・ハルファン氏は、同じ雨季を違った形で記憶している。 当時27歳の農民だったハルファン氏にとって、降り始めた雨は恵みのように思えた。栽培していた稲が順調に育ったからだ。ところが、やがて土地は過剰な水分を含み、キャッサバやサツマイモが腐り始めた。低地に建つ家々は浸水した。 それから29年。東アフリカは再び、非常に強いエルニーニョ現象への備えを進めている。 世界気象機関(WMO)は、エルニーニョ現象が2026年末にかけて強まり、2027年2月まで継続する可能性がほぼ100%に達するとの予測を示している。 ただしWMOは、強いエルニーニョが発生したからといって、すべての国で必ず深刻な被害が生じるわけではないと注意を促している。 東アフリカで特に懸念されているのは、豪雨だ。 10月から12月にかけての雨季は、地域の広い範囲で極めて重要な季節となる。今回の予測では、平年を上回る降水量が見込まれており、洪水や地滑り、インフラの損壊、感染症の流行などを引き起こすおそれがある。 タンザニア、ウガンダ、ルワンダ、ブルンジの一部地域では、この3カ月間に年間降水量の最大40%が集中する。 こうした状況のなか、東アフリカ共同体(EAC)の加盟国は、気候変動対策のための資金を、より予測可能で利用しやすく、返済義務のない無償資金協力を中心としたものにするよう求めている。 EAC加盟国は、来月トルコのアンタルヤで開催される国連気候変動枠組条約第31回締約国会議(COP31)に向け、地域として共通の立場をまとめようとしている。 その中で、先進国に対し、公的な気候資金の拠出義務を果たすこと、2035年までに気候変動への適応資金を3倍に増やすこと、各国が資金に直接アクセスできる仕組みを改善することなどを要求する方針だ。 また、気候変動への適応や「損失と損害」への対応に対する支援を強化する一方、脆弱な国々の債務負担を増やさないよう求めている。 EACの共通方針には、気候変動による損失と損害に対応するための基金に必要な資金を十分に確保することや、各国の国内機関が基金の資金を直接利用できるようにすることも盛り込まれている。 さらに、経済的な損失だけでなく、文化や生活様式などに関わる非経済的な損失への支援も求めている。 EACは、気候変動による損失と損害に脆弱な国々へ技術支援を提供する「サンティアゴ・ネットワーク」に対する十分な資金供給と、災害リスクの軽減や早期警戒システムに関する国際協力の強化も訴えている。 しかし、ダルエスサラームをはじめ急速に拡大する都市では、危険を左右するのは単に雨量だけではない。 雨がどこに降り、その雨水が押し寄せる場所に誰が暮らしているかが、決定的に重要なのだ。 一方、南部アフリカでは干ばつが懸念されている。食料安全保障への影響、森林・原野火災の危険性、水不足などが問題となっており、南アフリカはCOP31で適応資金の拡充を求める方針だ。 洪水の危険にさらされる都市 「洪水によって予想される主な被害としては、人命の喪失、避難を余儀なくされる人々の増加、住宅の損壊、水系感染症の発生、雇用の喪失、そして生活基盤の混乱などが挙げられます」 ストックホルム環境研究所(SEI)で持続可能な都市化に関する政策・連携責任者を務めるロマヌス・オピヨ氏は、IPSの取材にそう語った。 ダルエスサラームでは、河川沿いや谷間、低地に住宅地が広がってきた。 これらの地域では住宅費が比較的安い一方、排水設備をはじめとする基本的な公共サービスの整備が、人口増加に追いついていないことが多い。 オピヨ氏が特に洪水の危険性が高い地域として挙げるのは、シンザ川水系沿いのタンダレ地区と、ムシンバジ渓谷に位置するジャングワニ地区だ。 「最も脆弱なのは都市部の貧困層です。特に、標高の低い土地や河川沿いの居住地区に暮らす人々が、大きな危険にさらされています」 洪水は、都市に暮らすすべての人々に同じような影響を及ぼすわけではない。 日々の収入に頼って生活する低所得世帯には、貯蓄がほとんどなく、保険に加入していない人々も多い。 危険な場所から、より安全な地域へ移り住むという選択肢も限られている。 排水路が汚水の通り道になるとき 人口が密集する居住地区では、ごみなどで詰まった排水路のすぐそばに、くみ取り式の便所や廃棄物、ふたのない下水路が存在する。 洪水が起きると、それらに含まれる汚物や病原体が水に混じり、住宅や道路へと流れ込むことがある。 WMOの地域気象見通しは、過剰な降雨によって、水を介して広がる感染症や、蚊などの媒介生物が運ぶ感染症が増加する可能性を警告している。 また、道路が損壊すれば、医療サービスや栄養支援を受けることも難しくなるおそれがある。 1997年の教訓 1997年のエルニーニョ現象は、東アフリカ全域に豪雨と大規模な洪水をもたらした。 国連食糧農業機関(FAO)によれば、1998年2月までに、地域全体で約1000万人が緊急支援を必要とする状況に陥った。 タンザニアでは道路や鉄道が広範囲にわたって損壊した。 各地の共同体が孤立し、農作物や食料備蓄が失われ、被害を受けた交通インフラが救援活動の妨げとなった。 ただし、影響は地域によって異なっていた。 降雨によって水資源が補充され、牧草地の状態が改善した地域もあった。1998年には、国内の食料生産も回復した。 しかし、その一方で数百の村が孤立し、数千人が住まいを失った。 FAOと世界食糧計画(WFP)は、タンザニアでは依然として約30万人が、対象を絞った食料援助を必要とすると推計していた。 1997年以降、東アフリカの都市は急速に拡大し、湿地や河川の谷間など、洪水が起きやすい土地にまで住宅地が広がってきた。 河岸には人々が住み着き、かつての空き地は道路や建物、コンクリートに覆われるようになった。 オピヨ氏は、土地利用や開発に対する規制・管理の弱さが、洪水リスクをさらに高めていると指摘する。 「最大の問題は、こうした課題に対処するために十分な資源を配分できていないことです。資金、人材、インフラのいずれも不足しています」 タンザニア政府、豪雨への備えを強化 タンザニア政府は、10月から12月の雨季に備えた対策を開始した。 気象当局は、非常に強いエルニーニョ現象が発生した場合、北部沿岸地域、北東部高地、ビクトリア湖流域、キゴマ北部などの広い範囲で、平年を上回る降雨が生じる可能性があると警告している。 政府は国家緊急対応計画を発動し、13項目の指示を出した。 その内容には、危険性の高い地域の特定、緊急避難施設の指定、排水路の清掃、救助用機材の準備、感染症対策の強化、インフラ被害を軽減するための措置などが含まれている。 政府の試算では、大規模なエルニーニョ災害が発生した場合、事前の備えから災害発生中、復旧段階までの対策に、総額7300億タンザニア・シリングが必要になる可能性がある。 ただし、これは必要となる資金の推計額であり、すでに確保された予算ではない。 2026/27年度予算では、関係部門が同計画に基づいて実施する活動に、100億シリングが計上されている。 地域住民による洪水危険区域の地図作成、避難時に支援を必要とする世帯の把握、排水路の清掃、安全な避難経路の確保なども、被害の軽減につながる。 エルニーニョが去っても残る問題 季節予報が示すのは、あくまで気象現象が起きる確率であり、個々の暴風雨や豪雨の発生を確定的に予測するものではない。 WMOも、非常に強いエルニーニョ現象が発生したからといって、すべての地域で必ず壊滅的な被害が起きるわけではないと強調している。 しかし、問題はエルニーニョが終息した後も続く。 雨季が訪れるたびに、同じような地区が繰り返し洪水の危険にさらされているからだ。 川は氾濫し、排水路は詰まる。 住民は家財道具をベッドの上に移し、家具の下にれんがを置いて床から持ち上げ、水が引くのを待つ。 オピヨ氏は、非正規居住地区で繰り返される洪水は、都市計画の問題でもあると指摘する。 「非正規居住地区の人々が抱える脆弱性に対処するには、データの活用、創意工夫を凝らした包摂的な手法、そして率直な対話を通じた協力が必要です。そうした取り組みがなければ、繰り返される問題を解決することはできません」 自然の働きを活用した対策としては、湿地や河川沿いの環境を保護すること、植生を回復させること、洪水時に住宅地へ水が流れ込まないよう、雨水を一時的に受け止められる土地を確保することなどが挙げられる。 しかし、安全な土地ほど高額な都市では、住民に「川のそばに住むべきではない」と告げるだけでは、ほとんど意味がない。 ほかに住める場所を確保する経済的な余裕がない家族にとって、それは現実的な選択肢ではないからだ。 排水路のごみを取り除けば、今季の洪水被害を減らすことはできるかもしれない。 しかし、それだけでは、不安定な住環境、不十分な衛生設備、そして基本的な公共サービスが整った低価格の住宅用地が不足しているという根本的な問題は解決しない。 1997年、ギンビ氏は、雨が降り続き、家の食料が乏しくなるなかで、同級生たちが一人、また一人と学校に来なくなるのを見ていた。 一方、ハルファン氏は、順調に育つ稲を喜んだ後、水を含みすぎた畑で別の作物が次々と枯れていくのを目の当たりにした。 あれから29年。 今日の政府は、当時よりも精度の高い気象予報、衛星観測、洪水危険区域の地図、早期警戒システムを利用できるようになっている。 雨が近づいていることは、もはや事前に分かる。 問われているのは、その雨が降り始めたとき、最も洪水の危険にさらされている人々の命と暮らしを、本当に守れるのかということだ。 INPS Japan/ IPS UN Bureau Report 関連記事: ダッカはなぜモンスーンのたびに浸水するのか コミュニティーラジオが支えるタンザニアの気候レジリエンス 干ばつが奪う子ども時代―北部ケニアの気候ショックがSDGsを試す

武力が再び台頭する世界で、対話はなお平和を築けるのか―アッシジで問われた現実

和平交渉が行き詰まるコンゴ民主共和国から、宗教的共存の維持に苦闘するレバノンまで。宗教指導者や国際情勢の専門家らは、外交上の約束と戦争の現実との間に広がる隔たりを問い直した。 【アッシジ(イタリア)INPS Japan=浅霧勝浩】 コンゴ民主共和国東部では、遠く離れた各国の首都で和平協定が結ばれる一方、戦闘が続き、家族は住み慣れた土地を追われ、武装勢力は豊富な鉱物資源を有する地域の支配を争っている。|英語版| 首都キンシャサのフリドラン・アンボンゴ・ベスング枢機卿にとって、この矛盾は現代外交の根本的な欠陥を物語っている。政府間で合意が成立しても、平和を実現するために必要な政治的条件が整えられるとは限らないのである。 「戦っている相手を排除する対話は、対話ではありません。それは独白にすぎないのです」 アンボンゴ枢機卿は、アッシジで開かれた国際会議に向けて準備した演説で、こう訴えた。 この問題は、聖エディジオ共同体が主催した3日間の国際平和会議の一環として、10月26日に開催された「武力の時代に、いかなる平和を目指すのか」と題するフォーラムの中心的な議題となった。 教皇ヨハネ・パウロ2世がアッシジで歴史的な宗教間平和集会を開催してから40年。参加者たちが直面したのは、政治的な判断において軍事力の影響が再び強まる一方、それを抑制するための国際制度が十分に機能していない世界の現実だった。 和平協定でも終わらない戦争 コンゴ民主共和国東部では、30年にわたり、相次ぐ戦争や武装反乱、豊富な天然資源をめぐる争いが続いてきた。 アンボンゴ枢機卿は、国連の統計として、国内避難民が600万人を超え、2600万人以上が深刻な食料不安に直面していると述べた。 同氏は、ワシントンやドーハを舞台とする外交努力にもかかわらず戦闘が続いている現状を指摘し、政治的な分断や暴力を支える経済的な利害を克服しない限り、協定だけで平和は実現できないと訴えた。 コルタンや金、錫石などの豊富な鉱物資源は、武装勢力や外部勢力の間の争いを助長してきたという。 しかし、枢機卿は、その責任がすべて国外にあるという見方も退けた。 カトリック教会と、プロテスタント諸教会の主要な連合体であるコンゴ・キリスト教会は、包括的な対話を通じて国民の結束を再建することを目的とした「平和と共生のための社会協定」を提唱している。 だが、この取り組みは、誰を対話に参加させるのか、交渉開始前にどのような条件を課すのかをめぐって抵抗に直面している。 アンボンゴ枢機卿は、被害者が正義と責任の追及を求めることの重要性を認めた。その一方で、武装した敵対勢力を交渉から排除すれば、戦争を終わらせること自体が不可能になりかねないと警告した。 その後の質疑応答では、教会が政治当局や武装・非武装の反対勢力との接触を続けていることを説明し、深く分断された社会で宗教組織が仲介役を果たす可能性を示した。 戦争の最中から平和を準備する フォーラムの司会を務めたイタリアの元外務副大臣で、聖エディジオ共同体の活動に長年携わってきたマリオ・ジーロ氏は、戦争が国際政治の手段として再び正当化されるようになったと指摘した。 ジーロ氏は、軍事的な対立を現実的な選択肢とみなし、平和構築を非現実的な理想と決めつける考え方に異議を唱えた。 戦争はいったん始まると、それを引き起こした指導者ですら制御できない勢いを持ち、さらなる怨恨を生み、当初の目的をはるかに超えて紛争を長期化させることがあるという。 そこで同氏が示したのが、「平和のリアリズム」という考え方だった。戦闘が続いている最中から、和解に向けた準備を始めるという発想である。 その出発点となるのは、政治文化と言葉の使い方だとジーロ氏は論じた。反対する相手を、もはや理解や承認の対象となり得ない敵として描く言葉に社会が慣れてしまえば、暴力を正当化することも容易になる。 同氏はまた、政治的な立場によって犠牲者の苦しみに序列をつけることにも警鐘を鳴らした。 対話には、世界を自分たちと敵対する側に分け、前者の苦しみにだけ共感し、後者の苦しみを無視する誘惑に抗う姿勢が欠かせないというのである。 レバノンが抱える共存の難しさ レバノンのジョゼフ・アウン大統領の政治顧問を務めるジャン・アジズ氏は、個人、宗教共同体、国家という三つの関係から平和構築の問題を論じた。 持続的な平和のためには、この三者の間に均衡が保たれなければならないという。 個人には尊厳と自由、そして生活を営む手段が必要だ。共同体には独自のアイデンティティーを守る権利がある一方、暴力や排除を拒む責任もある。国家は主権を行使するに当たって、その権力が無制限ではないことを認識しなければならない。 中東についてアジズ氏は、パレスチナ問題の永続的な解決と、レバノンの多元的な政治体制の維持が、地域の安定に不可欠だと述べた。 同氏によれば、レバノンにおけるキリスト教徒とイスラム教徒の共存は、脆弱さを抱えながらも、守るべき重要な政治的試みである。 しかし同氏は、宗教的なアイデンティティーが今も緊張を生み出している現実を認めた。 対話の目的は、あらゆる違いをなくすことではない。違いが暴力を正当化する口実にならないようにすることだという。 国際法を実行するのは誰か アルジェリア出身で、衛星テレビ局アルジャジーラのジャーナリストとして知られるハディージャ・ベンゲンナ氏は、国際法の選択的な適用を問題視した。 中東をはじめとする各地の紛争を例に挙げ、制裁や外交的圧力、法的措置が、一貫した原則よりも大国の利害によって左右されることが多いと批判した。 特に、国連安全保障理事会の常任理事国が、国際社会の多数が支持する措置であっても拒否権によって阻止できる制度を問題視した。 一方で同氏は、国際司法裁判所(ICJ)や国際刑事裁判所(ICC)を含む国際司法制度の重要性も強調した。 これらの裁判所には判決や決定を直接執行するための独自の強制力がないものの、人権侵害などの政治的代償を高め、力の弱い側が責任を追及する道を開くことができるという。 これに対しジーロ氏は、安保理の制度について、より現実主義的な見方を示した。 拒否権制度の不平等を認めながらも、それが大国を国連の枠組みの中にとどめる役割を果たしてきたと論じた。こうした妥協がなければ、国連そのものの存続が困難になっていた可能性があるという。 両者の見解の違いは、国際制度の改革に伴う根本的な緊張関係を浮き彫りにした。 強大な国家が持つ特権に挑むべきなのか。それとも、不完全であっても対話を可能にしている仕組みを維持すべきなのか、という問題である。 和解に先立つ相互承認 イタリアの地政学専門誌『Limes』編集長のルーチョ・カラッチョーロ氏は、現代の戦争では、相手の人間性そのものを否定する傾向が強まっていると警告した。 同氏はまた、AIの軍事利用の拡大と、従来は政府が担ってきた戦争と平和に関する決定に、民間の巨大テクノロジー企業が影響力を及ぼしている現状を問題視した。 しかし、その議論の中心にあったのは、政治の正統性という問題だった。 カラッチョーロ氏によれば、対話そのものが目的になってはならない。対話が成立するには、相互承認が必要である。 それは、対立する双方の軍事力が対等であることを意味しない。互いに、人間として平和に生きる同じ権利を持つ存在だと認めることである。 交渉を行い、合意を実行する能力を備えた正統な政治制度がなければ、持続可能な平和を築くことはできない。 同氏は、その責任を担う政治制度の再建を訴えた。 これに対し、インドの作家で「新しい南アジアのためのフォーラム」創設者のスディーンドラ・クルカルニ氏は、異なる側面を強調した。 マハトマ・ガンジー、アッシジの聖フランチェスコ、教皇フランシスコの思想を踏まえ、非暴力とは不正義を受動的に受け入れることではなく、それに積極的に立ち向かう行動だと論じた。 同氏は、宗教共同体が内面的な変革と、組織的な非暴力の社会運動を結び付けていく必要があると訴えた。 若者が未来に希望を持てる社会へ 議論はやがて、失業や政治的排除、自らが引き起こしたわけではない紛争に直面する若者たちの問題へと広がった。 アンボンゴ枢機卿は、コンゴの若者が武装集団に参加する背景には、将来への希望を失っている現実があると指摘した。 クルカルニ氏は、若者には不正義に抗議する権利があると擁護する一方、非暴力の運動こそ幅広い社会的支持を獲得し、持続的な変革を実現しやすいと論じた。 こうした発言によって、平和の意味は停戦や外交協定を超えて広がった。 若者が尊厳を持って生き、社会に参加し、経済的に自立できる現実的な道筋を見いだせない社会では、真の安定を実現することは難しい。 10月27日に発表された閉会式の平和アピールは、軍事支出から人々の基本的な生活の必要へと政策の優先順位を転換するよう訴え、宗教共同体に対しても、信仰を暴力の正当化に利用することを拒むよう求めた。 対話の成果を何で測るのか しかし、このフォーラムで、戦争を終結させるための簡単な処方箋が示されたわけではない。 むしろ、議論から浮かび上がった最も重要な結論は、対話と平和は同義ではないということだった。対話とは、敵対する相手をも排除せず、人間の尊厳を守り、紛争を長引かせている利害関係にも向き合わなければならない、政治的にも人間的にも困難を伴う取り組みなのである。 コンゴ民主共和国をはじめとする紛争地域で、その成否を測る尺度となるのは、締結された和平協定の数ではない。合意が実際に履行され、暴力が減り、避難を余儀なくされた人々が安全に故郷へ戻り、若者たちが武器を取る以外の未来を選べるようになるかどうかである。 それには、政治指導者が約束を実行する責任を負い、国際社会が和平への関与を継続し、宗教共同体や市民社会が対立する人々の間に信頼を築くことが欠かせない。何より、和平交渉の当事者たちが、戦争によって苦しんできた人々の生活を、外交上の駆け引きより優先させる必要がある。 アッシジの会議が示したのは、対話が戦争を終わらせる保証にはならない一方、それを放棄すれば、敵対する人々の間で合意を築く可能性そのものが失われかねないという現実だった。 平和の実現を最終的に証明するのは、会議の閉幕時に発表される宣言でも、外交文書に記された約束でもない。紛争の影響を受ける人々が、恐怖に支配されることなく、尊厳と希望を持って暮らせる日常を取り戻せるかどうかなのである。 INPS Japan 関連記事: ローマのコロッセオで宗教指導者が平和を訴える―戦争に引き裂かれた世界に向けた連帯の祈り |第8回世界伝統宗教リーダー会議|危機を超えて対話を(長岡良幸創価学会国際渉外局長インタビュー) バチカン会議、「持続可能な開発」と「核兵器禁止」のネクサス(関連性)を強調