Exclusive articles:

Breaking

変動する世界の中で深まるカザフスタンとの関係―日本大使に聞く

【アスタナThe Astana Times=アッセル・サトゥバルディナ】 「世界のサプライチェーンが変化し、地政学的緊張が高まる中、日本はカザフスタンを、重要鉱物や輸送ルートにとどまらず、信頼、教育、そして共有された地球規模課題を基盤とする、より広範な関係を築くべき戦略的パートナーと見ている。」カザフスタン駐在の飯島康正・駐カザフスタン日本大使は『アスタナ・タイムズ』のインタビューで、このように語った。|英語版| こうした勢いは、とりわけこの1年で鮮明になった。この間には、岩屋毅外相(当時)のアスタナ訪問や、昨年12月のカシムジョマルト・トカエフ大統領の訪日など、ハイレベルの往来が活発に行われた。トカエフ大統領の訪日は、東京で開かれた「中央アジア+日本」首脳会合と時期を同じくしていた。 この訪日の一環として、トカエフ大統領は徳仁天皇と会見した。二国間関係は、トカエフ大統領と高市早苗首相との会談でも主要議題となった。 トカエフ大統領は、日本企業の首脳陣との会合で、重要鉱物、産業製造、スマート技術、人材育成の分野における機会を強調した。飯島大使は「二国間協力には、レアメタルやレアアースを含む重要鉱物分野での連携が含まれる。カザフスタンが優先課題と位置づける中央回廊(ミドル・コリドー)をめぐる協力にも特に注目が集まっている。」と語った。 さらに飯島大使は、「カザフスタンはユーラシア大陸の中心という戦略的立地を生かし、東アジア、欧州、南アジアを結ぶ主要な輸送・物流拠点となる可能性を有している。日本は、人、物、情報の流れを円滑にするこの構想に対し、包括的な支援を行う意向を示している。」と語った。 また大使は、カスピ海の水位低下も、カザフスタンの輸送・物流の潜在力の発展にリスクをもたらし得る大きな懸念事項だと指摘した。「この傾向が続けば、世界で最も深刻な環境危機の一つを招くだけでなく、ミドル・コリドーの重要な構成要素であるカスピ海ルートにも影響が及びかねない。」と説明した。 今回の訪問で重要な一部を成したのが、中央アジア各国の首脳が一堂に会した「中央アジア+日本」首脳会合であった。飯島大使によれば、この首脳会合では政府機関と民間部門の双方によって150件を超える文書が署名され、そのうち53件はカザフスタンと日本の間で交わされたものだった。 「首脳会合では、中央アジア諸国を結ぶトランスカスピ国際輸送ルートを含む輸送・物流分野での協力を進める意思が改めて確認された。さらに、デジタル化や人工知能を通じたグリーン移行を含む環境保護分野での協力強化、人材育成を奨学金制度を通じて優先的に進めることでも一致した。」と大使は述べた。 地域協力の枠組みは21年 日本は、中央アジアとの外交プラットフォームを最初に立ち上げた国であり、その後、この地域に関与する他の主要パートナーも同様の枠組みを後に続けた。飯島大使は、この枠組みに基づいて築かれた対話を高く評価し、それが「友情と相互信頼に基づくパートナーシップと協力を維持・強化するうえで重要な役割を果たしてきた。」と語った。 「特筆すべきは、『中央アジア+日本』の初の外相会合におけるカザフスタン代表団を、当時外相を務めていた現職のカシムジョマルト・トカエフ大統領が率いていたことである。」と飯島大使は述べた。 「その意味で、トカエフ大統領はこの枠組みの目的と理念を深く理解しており、一貫して日本のイニシアチブを支持してきた。同氏はこの枠組みの発展に大きく貢献しており、日本として強い感謝の意を表したい。」と付け加えた。 貿易拡大の勢い 昨年12月のトカエフ大統領訪日だけでも、総額37億ドル超に相当する60件以上の二国間文書が締結された。 飯島大使は「両国は、重要鉱物の供給源を多様化する重要性を認識している。昨年12月の首脳会談では、主要鉱物の供給拡大の可能性や、世界のサプライチェーンの安全保障を確保するうえでのカザフスタンの役割についても協議した。」と語った。公式統計によれば、2025年の二国間貿易額は17億8000万ドルに達し、カザフスタンの輸出は4億3500万ドル、輸入は13億5000万ドルだった。主な輸入品は日本からの機械類と車両で、カザフスタンの輸出は主にフェロアロイをはじめとする金属類のほか、エネルギー資源や化学製品が占めている。 日本はカザフスタンにとって外国投資国の上位10カ国の一つであり、累計投資額は80億ドルを超える。エネルギー、鉱業、金融、物流、医療などの分野では、60社を超える日本企業がカザフスタンで事業を展開している。。 飯島大使によれば、日本にとってカザフスタンは、レアメタルやレアアースの有望な供給源として重要な役割を果たしている。「これらの貴重な資源は、半導体、防衛システム、高精度の自動車部品の生産に不可欠である。今後数年で需要は大幅に伸びる見通しであり、それに伴って国際市場におけるカザフスタンの存在感も一段と強まるだろう。」と語った。 日本企業は、カザフスタンの鉱業部門、とりわけウランやクロムの採掘分野でも活動している。大使によると、同国の鉱業ブームは信頼性の高い建設機械への需要を押し上げており、日立建機やコマツといった日本メーカーの地位向上につながっている。 「日本の機械メーカーは、充実したアフターサービス体制と高度人材の育成への取り組みに特徴がある。加えて、日本車は引き続き堅調な販売を維持しており、カザフ市場で高い信頼と人気を得ている」と大使は述べた。 日本の投資家が最も重視すること 飯島大使は、日本企業が投資判断を下す際には、予見可能なビジネス環境を重視しており、契約に基づく支払いが適時かつ確実に行われることの重要性を強調した。 「これは、長期投資を伴う資源・インフラ事業において特に重要である。こうした分野では、事業環境が安定していなければならず、紛争が生じた場合にも、公正で透明な法的手続きによって解決される必要がある。」と大使は語った。 さらに、日本企業は厳格なコンプライアンス基準に拘束されており、汚職によって商慣行がゆがめられ、競争が公正でなく、国際規範が順守されていない環境では事業を行うことができないと指摘した。 「加えて、カザフスタン企業は投資に対して早期の収益を期待する傾向がある。」と飯島大使は語った。「それでも、カザフスタンは投資環境の改善に向けて着実な努力を続けており、それが日本の投資家の関心を一段と引きつける助けとなっている。」と語った。 核軍縮への取り組み 経済関係の深化と並行して、両国はより広い地球規模課題でも足並みをそろえており、その優先課題の一つが核軍縮である。 大使は、核兵器をめぐる壊滅的な経験を日本とカザフスタンが共有している点に言及した。日本は広島・長崎への原爆投下を経験した国であり、カザフスタンはセミパラチンスク核実験場で450回を超える核実験が行われた歴史を背負っている。 「セミパラチンスク核実験場を閉鎖し、自主的に核兵器を放棄した国として、カザフスタンは日本と同じ思いを共有していると私は考える。」と飯島大使は語った。 「それぞれの国は独自の道を歩んでいるが、共有する目標は同じである。すなわち、核兵器のない世界である。今日の複雑な安全保障環境の下にあっても、対話と信頼醸成措置を通じて核軍縮・不拡散体制を強化し続けることが、我々の共通の責任だと考えている。」と飯島大使は語った。 日本は30年以上にわたり、カザフスタンと協力して核兵器の負の遺産の軽減に取り組んできた。放射線モニタリング機器、医療機器、物理的防護システムなどを供与しており、これらの支援は「セミパラチンスク核実験場地域における放射能汚染対策計画」や「原子力安全機材整備計画」などを通じて実施されてきたと飯島大使は説明した。 「さらに昨年8月、日本とカザフスタンの外相会談の機会をとらえ、日本は無償資金協力の下でカザフスタンに新たな医療機器を供与する協定に署名した。」と語った。 拡大する学術交流 二国間関係は貿易や投資にとどまらず、両国は教育と知の交流にも一段と重きを置くようになっている。 飯島大使によれば、カザフスタンの専門人材を対象とした留学機会を含む学術交流プログラムは、大学や研究機関だけでなく、日本政府によっても実施されている。特に、文部科学省はカザフスタン国民を対象に多様な年次奨学金制度を提供している。 「その中には、日本で研究活動を行うことができる文部科学省研究留学生プログラムがある。また、現職教員が日本の大学で教授法を学び、専門的能力を高めることを可能にする教員研修留学生プログラムもある。さらに、カザフスタンの有望な公共部門人材を将来の指導者として育成することを目的としたヤング・リーダーズ・プログラムも提供している。」と大使は説明した。 また大使は、カザフスタンで日本語を学ぶ人々が増えていることにも触れた。「昨年、アスタナとアルマトイで実施された日本語能力試験の受験者数は過去最高を記録した。これは、カザフスタン国民の日本に対する関心の高まりを反映しているだけでなく、学術・教育の機会が欧州や米国だけでなく、日本にもますます広がっていることを示している。」と語った。 同様に、日本文化もカザフスタンで支持を広げており、とりわけアニメやマンガは、新しい世代の愛好者にとって大きな入口となっている。(原文へ) Original URL: https://astanatimes.com/2026/03/japans-ambassador-on-deepening-ties-with-kazakhstan-in-shifting-world/ 関連記事: 中央アジア・日本首脳会合、トランス・カスピ回廊を後押し トカエフ大統領は核リスク再上昇に警鐘 |カザフスタン|核兵器の危険性について若者に議論を促す展示 東京で沈黙を破る―ドキュメンタリー『ジャラ』を通して核の傷と向き合うカザフ人映画監督

「力こそ正義」の新世界秩序

【国連IPS=タリフ・ディーン】 提唱される「新たな世界秩序」づくりが進むなか、なお重い問いが残る。最も強大な軍事力を持つ国が、結局は世界を支配するのか、という問いである。国連は政治的に無力なままである。国連憲章は踏みにじられ、国家主権と領土保全は政治的嘲弄の対象にまで貶められている。支配しているのは「法の支配」ではなく、弱肉強食の論理である。パレスチナでも、ウクライナでも、ベネズエラでも、イランでも、その現実がむき出しになっている。 次はどこか。コロンビアか。キューバか。グリーンランドか。北朝鮮か。 現在進行中の紛争をめぐっては、戦争犯罪やジェノサイド(集団殺害)に当たるとの非難を含め、国際社会から広範な批判が上がっている。だが、そうした声の多くは聞き流されたままである。 アントニオ・グテーレス国連事務総長は安全保障理事会で、国連憲章第2条に触れ、すべての加盟国は「いかなる国の領土保全または政治的独立に対しても、武力による威嚇又は武力の行使を控えなければならない。」と訴えた。 だが、その声を本当に聞いている者はいるのか。 米シンクタンク「公共性のための研究所(Institute for Public Accuracy)」の事務局長で、市民運動団体RootsAction.orgの全国ディレクターを務めるノーマン・ソロモン氏はIPSの取材に対して、空から人を殺すことは、地上戦では得られない種類の「距離」―相手の苦痛から切り離された感覚―を長くもたらしてきたと語った。 「空からの攻撃は、犠牲者から遠く離れた場所で行われるため、現代戦の究極の形として機能してきた。圧倒的な航空戦力への依存は、米国がイスラエルと連携して進めている行動の核心にある」と同氏は指摘する。 地上部隊を投入せず、空爆によって相手を殺傷することは、自軍の死傷者をほとんど出さずに相手に甚大な被害を与える究極のやり方である。その結果、国内での政治的反発も抑えやすくなる。米国の政治とメディアの文化は、米国人の命には価値を置く一方で、「他者」の命はたやすく犠牲にしてよいものとして扱いがちだからだ、とソロモン氏は指摘した。 同氏はさらに、「米国とイスラエルが始めたこの露骨で恥知らずな侵略戦争は、紋切り型の外交的婉曲表現や慎重論で封じ込められるものではなく、まして押し戻すことなどできない。」と批判した。 ソロモン氏によれば、米国政府とイスラエル政府は、「力こそ正義」という原理にしか従わない、常軌を逸した指導者たちによって完全に動かされている。 「もし、いわゆる『国際社会』が、無謀で無法な政府の同盟に正面から対峙すべき時があるとすれば、それはまさに今である。」 そのうえで同氏は、米国の欧州同盟国に対し、曖昧で臆病な態度をやめ、米国とイスラエルによるこの侵略を止めるよう明確に求めるべきだと訴えた。さもなければ、中東という火薬庫にさらに火を注ぐことになるからだ。 さらに同氏は、ロンドン、パリ、ベルリンなどの欧州各国の指導者は、米国とイスラエルが直ちにイランへの攻撃を停止しない限り、重大な対抗措置を取ると警告すべきだと主張した。 「ワシントンに対して曖昧で逃げ腰な対応を続けることは、ロンドン、パリ、ベルリンをはじめとする欧州の指導者たちを、継続的かつ組織的な戦争犯罪の共犯者にする」とソロモン氏は語った。同氏は『War Made Invisible: How America Hides...

ネパールでNRN市民権を取得するまで

入り組んだ手続きではあったが、NRN市民権は在外ネパール人の権利と願いを支える【カトマンズNepali Times=宮原ソニア】 最近、Nepali TimesのSubstackに掲載された「Unresident Nepalis(非居住ネパール人)」という記事を読み、私自身も、形式上は「非居住ネパール人(NRN)」に分類されながら、「ネパール国内に恒久的に住みたい」と願うネパール人の一人なのだと気づかされた。 冗談のつもりで言ったことではあったが、そこには皮肉もある。海外に出た人々の多くが故郷に戻りたいと願う一方で、移住していない人々は、ネパールにとどまるに足る十分な理由を見いだせずにいる。 NRN市民権が2023年末に正式に導入されると、私はすぐに申請を試みた。だが、書類を提出する前の段階で却下されてしまった。郡行政庁(District Administration Office)が当時の私の弁護士に対し、父方について「तिन पुस्ता」、すなわち3世代にわたるネパール人であることの証明が必要だと強く伝えたためである。 亡き父は日本出身で、2006年に日本国籍を放棄してネパールに帰化した。3年前、私は申請を退けられたものの、こうした申請に政府当局がもう少し慣れた頃に改めて挑戦すればよいと考え、その時はひとまず引き下がった。 しかし今は、病を抱える母と元気な幼子を抱え、早めに動く必要があると感じて、NRN市民権申請を専門とする法律事務所に相談した。すると意外にも、書類を確認した事務所は前向きな見解を示した。ただし、いくつかのハードルを越える必要があるかもしれないとも言われた。 2023年に私が申請したのは、父が帰化市民権を取得した郡の行政庁だった。だが今回は、母がネパールの家系上の出自を示す「बंसागज」市民権を取得した郡で申請するよう助言された。 弁護士たちは、NRN市民権の規定には、ネパールに出自を持つ父、母、祖父、または祖母を通じて取得できると明記されていると指摘した。事務所は必要書類の準備を進めてくれ、最初のステップは、母の居住区のワードオフィスから「सिफारिस」、つまり推薦状を取得することだった。 これが最初のハードルとなった。ワードオフィスは、そのような推薦状を発行できるのか判断がつかず、本庁に確認を取った。幸い、発行の許可が下りた。事務所の担当者たちが粘り強くフォローしてくれたおかげで、私たちは推薦状を受け取り、申請書類の記入を済ませることができた。 法律事務所は、必要があれば事情説明を支援できるよう自分たちは後方に回りつつ、書類は私自身が母の郡の行政庁へ持参するよう勧めた。 私は大きな笑顔と明るい口調で、言われた手続きを忠実に進めた。すると意外なことに、多くの担当者は不必要な障害を作ることなく、協力的な姿勢を見せてくれた。申請には郡長官(Chief District Officer,...

インド初のトランスジェンダー女子サッカーリーグ―選手たちがつかんだ尊厳

【ニューデリーIPS=ディワシュ・ガハトラジ】 ピアリ・ヘッサ(26)は、ジャムシェドプルの製鉄会社で鉄道輸送の管制業務に従事しながら、夕方にはプロ選手も使用する人工芝グラウンドでサッカーの練習に励んでいる。ジャールカンド州西シンブーム県の中心地チャイバサから約50キロ離れたベダムンドゥイ村に生まれた。ホー族出身のトランスジェンダー女性(トランス女性)で、出生名はピアレ・ラルである。長年、家族や社会の期待と向き合いながら、ありのままの自分として生き、ひとりの人間として扱われることを求めてきた。 現在、彼女はインド初のトランス女性によるサッカー大会「トランスジェンダー・フットボールリーグ」で、ジャムシェドプルFTのキャプテン兼ストライカーを務めている。ピッチは、彼女が自分を示せる場にもなっている。 このリーグは2025年12月7日、ジャムシェドプルFCが主催する「ジャムシェドプル・スーパーリーグ」の一環として発足した。8チーム、約70人のトランス女性が参加し、多くはサンタル族やホー族など地元の先住民族コミュニティ出身である。会場はJRDタタ・スポーツコンプレックスの人工芝で、試合は7人制で行われる。 選手の職業は多様だ。工場労働者、日雇い労働者、舞台パフォーマー、電動リキシャの運転手など、チャイバサやチャクラダルプル、ノアムンディ、サライケラなど各地から集まっている。競技の場であると同時に、トランス女性が選手として公の場に立ち、観客の前でプレーする機会にもなっている。 ジャムシェドプルFCで育成・ユース部門を率いるクンダン・チャンドラ氏は、次のように語る。 「トランスジェンダー・フットボールリーグの創設は、サッカーをすべての人にとって、より参加しやすく力を与える場にするという私たちの理念を具体化する一歩である。サッカーは、差別なく才能を育む場であるべきだと、私たちは強く信じている」 ピアリにとって、それは言葉だけではない。 「サッカーをしているとき、私は本当に幸せです。そして認められていると感じます。この競技は、性自認に縛られずに自分を表現できる場を与えてくれます」 彼女の人生は平坦ではなかった。父を幼くして亡くし、現在は母とともにジャムシェドプルで暮らしている。大学で文学士号を取得したが、安定した職を得るまでには日雇い労働などで生計を立てた。その後、インド有数の製鉄会社が少数者を対象に行う採用枠を通じ、物流部門の職を得た。 先住民族としてのアイデンティティは彼女の人生に深く根差している。一方、トランス女性であることは、さらに困難を重ねる。ジャールカンドの伝統的な部族社会では、慣習や社会規範が強く、トランスジェンダーへの理解や尊重は十分とは言い難い。排除や偏見に直面し、家族や地域社会からの支えを得にくい現実がある。 ジャールカンド州には30以上の先住民族が暮らしているが、部族社会におけるトランスジrンダーの位置づけは複雑で、伝統的に十分な承認を得てきたとは言い難い。 村からピッチへ 「10歳のころ、村の男の子たちと同じようにサッカーを始めました。ビニールのボールを蹴って遊ぶだけでした」とピアリは振り返る。 「大学時代、チャイバサ周辺でチャリティー試合やエキシビションマッチに出ている仲間たちに出会いました。そのとき、サッカーはただの遊びではなくなったのです。生き続け、成長する理由になりました」 試合前、主催者が観客に呼びかけることもあったという。「性別に関する中傷はやめてください。選手を尊重してください」。その言葉を聞くたび、小さな勝利を感じたと彼女は語る。 1月25日の試合では、彼女のチームがチャイバサFCに4対1で勝利した。 コーチのスフラル・ブミジ氏によれば、「8チームで隔週日曜日に試合を行い、4月まで続く予定」だという。 サッカーへの情熱 ジャールカンド州、とりわけ部族社会では、サッカーは深く根づいたスポーツである。村では子どもたちが裸足でボールを追い、日常の一部になっている。クリケットも人気だが、草の根レベルではサッカーが強い支持を集める。インド・スーパーリーグに参戦するジャムシェドプルFCの存在も、その熱気を後押ししている。 サッカーは、部族の少女やトランス女性の選手にとっても、誇りや連帯を生む場になっている。 リーグ得点ランキング上位の一人、プージャ・ソイ(23)は6試合で7得点を挙げている。職業はプロのステージダンサーで、10年生(高校初級課程)まで修了した。より良い生活を求めて村を離れ、現在はジャムシェドプルで自立して暮らす。 しかし、ピッチの外では厳しい現実がある。 「私たちのコミュニティの人には、部屋を貸してくれる家主がほとんどいません。ここを見つけるのも大変でした」 現在は別のトランス女性と1部屋を共有して暮らしている。 制度と現実のギャップ ジャールカンド州は、2019年制定の「トランスジェンダーの権利保護法」に基づき、自己申告による性別認定や身分証明書の取得を認めている。教育や公務員採用での優遇措置、月額約1000ルピー(約10ドル)の年金、医療保険制度へのアクセスなども整備されている。 だが当事者によれば、制度と現実の間には大きな隔たりがある。仕事に就けず、生活のために路上で物乞いをしたり、性産業に従事せざるを得ない人も少なくない。リーグのある選手は、普段は職がなく、日中は高速道路の料金所や信号で通行人に金銭を求めることがあると、匿名を条件に語った。 インドの街角でトランスジェンダーの人々が金銭を求める光景は日常化しており、社会の側も「当然のこと」のように見過ごしてきた。だが、このリーグは別の姿を示している。 ピッチの上の自由 夕暮れのJRDタタ・スポーツコンプレックス。スパイクを締め、ボールを足元に置いたピアリは静かに集中している。 「毎日は来られません。仕事のシフトがあるので。でも、午後に終わる日は必ず来ます。ここが、私が自由になれる場所だから」 ボールを滑らかに操るピアリの姿は、競技の枠を超えている。仕事や生活の重みを背負いながらも、ピッチに立つ間だけは、彼女は自分自身でいられる。(原文へ) INPS Japan/IPS UN Bureau Report 関連記事: |国際女性デー 2025|「ルール・ブレイカーズ」— 学ぶために全てを懸けたアフガニスタンの少女たちの衝撃の実話 今年は数十億人が投票する – LGBTIQ+の人々を排除してはならない 男性支配の鉱業で平等を掘り起こす...