Exclusive articles:

Breaking

混迷を越え、行動を促す―リカルド・グラッシが描くジャーナリズム

軍事独裁政権による弾圧と亡命を経て、国際通信社インタープレス・サービス(IPS)の編集長、アフガニスタンにおけるコミュニティ・メディアの育成、さらには世界476大学を結ぶネットワークへ――。リカルド・グラッシ氏が歩んできた道と、その過程で築き上げたモデルは、「声なき人々に声を与え、情報を社会変革の力とする」というIPS創設者ロベルト・サビオ博士の理念、そして、世界市民を育むナレッジ・ネットワークの構築を通じて、読者が人類の直面する課題への問題意識を深め、それを具体的な行動へと結び付けられるようにするというINPS Japanの理念と、深く響き合っている。 【ローマINPS Japan=浅霧勝浩】 リカルド・グラッシ氏は、そのジャーナリスト人生の多くを、「文章の主語」を変えることに費やしてきた。|英語版| アフガニスタンの首都カブールで若い記者たちの育成に携わり始めたころ、彼らの多くは、外国政府や国際機関、援助団体の動きを中心にアフガニスタンを報道する訓練を受けていた。ある日の編集会議で、グラッシ氏は彼らに新たな原則を示した。 「今日から、主役はアフガニスタンとアフガニスタンの人々です。皆さんはいずれ、この意味を理解するでしょう。今はただ、心に留めておいてください。」 その理念は、グラッシ氏が新たに立ち上げた「環境ニュース・コミュニケーション国際大学通信社(AIUNCA)」の中核をなしている。AIUNCAは、国際連合教育科学文化機関 (ユネスコ)の支援を受け、アルゼンチンの国立アルトゥーロ・ハウレチェ大学と共同で設立された。 AIUNCAは、中南米、イタリア、スペイン、英国の476大学に属する500以上のメディアを結ぶ取り組みである。その目標は、国際的でありながら、紛れもなく地域に根差したネットワークを構築することだ。大学メディア、プロのジャーナリスト、学生、地域社会が、それぞれの言語、文化、優先課題に根差した信頼性の高い報道を生み出していく。 しかしAIUNCAは、単なる新しい通信社を目指しているのではない。グラッシ氏にとってそれは、伝統的なマスメディアが放棄してきた役割と、ソーシャルメディアを通じて拡散される破壊的な偽情報の双方に立ち向かう、新たな責任あるメディア・モデルである。 「混迷を越え、行動を促す(Beyond confusion, inspire action)」というモットーには、ジャーナリズムは、気候変動、戦争、格差、偽情報に翻弄される世界を描写するだけでは不十分だという同氏の信念が込められている。 何が起きているのかを人々が理解できるようにし、同じ問題に向き合う人々を結び、知識が対話と行動につながる条件をつくる。それこそがジャーナリズムの役割だというのである。 この信念は、インターネットが登場するはるか以前、言葉を発すること自体が命の危険を伴う時代に形づくられた。 「私の世代は皆、一連の独裁政権(オンガニア軍事政権を中心とする1966~73年の軍政)の下で育ちました。」と、グラッシ氏はアルゼンチンでの青年時代を振り返る。「欧州や米国にヒッピーがいたころ、私たちの国には軍事独裁政権がありました。」 高校を卒業したグラッシ氏は、大学で学びながらジャーナリストとして働き始めた。言葉を操り文章を書くことに生来の才能があったが、ジャーナリズムは同時に、社会を揺るがしていた激動に関わるための手段でもあった。 政治弾圧、貧困、キューバ革命、そして解放の神学の台頭が中南米を大きく変えようとしていた。グラッシ氏は貧困地域に入り、住民の組織化を支援する一方、自らの政治活動はジャーナリスト組合での仕事とは切り離していた。 こうした経験を通して、ジャーナリズムは誰に奉仕すべきなのかという同氏の考えが形づくられていった。「恵まれた立場にある人間は、他者に奉仕しなければなりません。」ジャーナリズムは、すでに権力を持つ人々の動向を記録するだけでなく、困難な状況に置かれた人々と、人間的価値に一層深く関わるべきだと、グラッシ氏は考えた。 軍事政権下で働いた経験は、行間に意味を込めて書く技術も教えた。公然とは書けないことを暗示し、意図的に隠された事実を読み取る力である。 アルゼンチンが選挙とペロン派の政治復帰へ向かうなか、グラッシ氏はマドリードでフアン・ペロン元大統領に二度インタビューし、広く知られる存在となった。 民政復帰後、同氏は政治週刊誌の創刊と編集を任された。ただし、引き受けるにあたって一つの条件を提示した。それは、自らが「退屈な左翼新聞」と呼ぶような媒体にはしないことだった。 徹底してジャーナリスティックで、視覚的にも読者を引きつけ、宣伝員ではなくプロの記者が記事を書く媒体を目指した。 その週刊誌は、アルゼンチンで最も広く読まれる週刊誌の一つとなった。しかし、その成功によってグラッシ氏自身も一層目立つ存在となった。 1976年3月、軍部が政権を掌握すると、同氏は地下に潜った。公の場で働けなくなったため、木製玩具を作って生活した。しかし、知人たちは次々と拘束され、殺害され、あるいは「失踪」させられた。新聞には、見覚えのある名前が痛ましいほど日常的に掲載された。 1977年6月4日、グラッシ氏はアルゼンチンを脱出した。 欧州への亡命の途上で、グラッシ氏はロベルト・サビオ氏とアルゼンチン人ジャーナリストのパブロ・ピアチェンティーニ氏が創設した国際通信社インタープレス・サービス(IPS)と出会った。 1978年初頭、IPS本部のあったローマに到着したグラッシ氏は、当初、スペイン語と英語の記事を編集する仕事に就いた。その後、編集長となり、世界各地を訪れながら、とりわけ中米で地域ニュースサービスの整備に携わった。 グラッシ氏にとってIPSは、単なる勤務先ではなかった。それは「一つの思想の学校」だった。アルゼンチンでの政治活動と報道経験を通して、すでに顧みられない人々の声を探す姿勢を身につけていたグラッシ氏に、IPSはその直感を体系的な国際的枠組みへと発展させる機会を与えた。 「途上国は、裕福な国々を主役とする物語の単なる舞台として描かれるべきではない。その人々、制度、紛争は、それぞれの社会が生きる現実の内側から報じられなければならない。」 IPSでグラッシ氏は、その後の活動の中核となるもう一つの視点を得た。「情報」と「コミュニケーション」の違いである。情報は、一方向に生産し伝達することができる。しかしコミュニケーションには、人々の間の交流、参加、関係性が不可欠である。 1980年代半ばにIPSを離れた後、グラッシ氏はアフリカと中南米で、地域のジャーナリスト、新聞社、研究機関、文化団体を結ぶコミュニケーション・ネットワークを組織した。当時はまだ、こうした交流を容易にするインターネットは存在していなかった。 この考え方は、後のアフガニスタンでの活動にも受け継がれた。 https://www.youtube.com/watch?v=ghD0Lb_CnBk&t=17s グラッシ氏が初めてアフガニスタンを訪れたのは2003年だった。欧州委員会が支援するメディア事業を評価し、この分野の政策を提言することが目的だった。その後、パジュウォク・アフガン・ニュースの発展に関わり、キリッド・グループをはじめとするアフガニスタンのメディア、市民社会組織、ユネスコ・カブール事務所と協働した。 「問題の核心は、誰が主体となるかでした。」 グラッシ氏の目標は、外国人が恒久的に運営する組織を設立することではなかった。アフガニスタン人ジャーナリストを育成し、最終的には彼ら自身が全面的に運営できるようにすることだった。国際援助は、やがて援助そのものを不要にするものでなければならないという考えである。 アフガニスタンでの経験は、既製のモデルを携えてやって来る外国人専門家に対する同氏の懐疑も深めた。 「ロンドンやワシントンでつくられたジャーナリズムの手法を、そのまま移植することはできない。報道は、その土地特有のコミュニケーション様式、社会的関係、世界の捉え方を反映しなければならない。」 その違いは、発音にさえ表れる。カンダハルで話されるパシュトー語はナンガルハルのものとは異なり、マザーリシャリーフのダリー語はカブールのダリー語とは異なる。 キリッドの各地域ラジオ局が信頼を得たのは、聴取者がそれを「自分たちのラジオ局」と感じたからだった。聞き慣れた声で語り、地域の現実を報じる一方、国内の他地域ともリスナーを結び付けた。 別の取り組みでは、パジュウォクの朗読グループが村々を訪れ、住民が集まる場でニュースや公共情報を読み聞かせた。識字能力が限られ、従来型メディアへのアクセスが乏しい地域では、重要な情報サービスとなった。 グラッシ氏はまた、ジャーナリストと市民社会組織を結び付けることにも取り組んだ。両者はしばしば互いを信用せず、本来あるべき形で関わり合っていないと考えたためだ。 市民社会団体は抽象的なテーマや組織声明を通して発信する傾向がある一方、ジャーナリストは人間、出来事、物語を求める。しかし、信頼できる地域団体は、他の誰も持っていない情報を蓄積していることが少なくない。 グラッシ氏にとって両者を結ぶことは、ジャーナリズムの専門的独立性を守りながら、情報源を広げることを意味した。 「ジャーナリストは、ジャーナリストでなければなりません。」市民社会、大学、宗教団体との協力が、プロパガンダになってはならない。「プロパガンダを始めた瞬間、信頼と読者を裏切ることになります。読者はそれをすぐに見抜きます。」 2014年、グラッシ氏はロベルト・ラゼト氏とともに、研修とメディア開発を通じてIPSの伝統を継承する非営利団体「IPSアカデミー(IPSA)」を設立した。 IPSアカデミーから生まれたのが、「気候変動と持続可能な世界のための市民プラットフォーム」を意味する「CitiPlat」である。その構想の一端は、持続可能な開発における市民の役割をテーマに東京で開かれたシンポジウムのために、グラッシ氏が講演を準備したことに由来する。グラッシ氏がたどり着いた結論は、世界的な問題を理解しやすく地域に即した情報へと翻訳するメディアがなければ、市民は持続可能な開発に有意義な形で参加できないということだった。 支配的なメディアの議論は、依然として「いつもの顔ぶれ」の間に限られ、世界の大多数はそこから排除されているとグラッシ氏は指摘する。CitiPlatは、2019年、ユネスコのコミュニケーション、情報、科学部門の支援を得て、国際プログラムとして正式に発足した。気候変動をめぐる偽情報に対抗し、市民による解決策を可視化する国際的な情報ネットワークを構築してきた。UNESCOも、COP27で同氏が提唱した、悲観論ではなく科学的データと市民社会の連携を重視する取り組みを公式サイトで紹介している。 そのモットーであり、現在はAIUNCAも掲げる「混迷を越え、行動を促す」は、互いに関連する二つの危機に応えるものだった。一つは、公共サービスとしてのジャーナリズムの衰退であり、もう一つは、誰を信頼すべきかを個人が判断する確かな手段を持てないまま、果てしないデジタル空間に偽情報が広がり続けていることである。 そのためCitiPlatは、大惨事だけに焦点を当てないことを選んだ。 世界各地では、個人や地域社会が生命を守り、問題を解決し、自らにできることとできないことを現実的に見極めながら行動している。CitiPlatは、そうした何千もの取り組みを報道し、他者の行動を促す教訓として共有することを目指している。(SDGs for Allメディアプロジェクトは世界市民を涵養する観点から同様の取材アプローチを行っている:INPS Japan) このモデルは当初から分権型だった。巨大な本部をつくり、そこから世界全体を管理するのではなく、地域に根差したプラットフォームを各地に構築しようとした。「情報の生産と発信を地域に根付かせなければ、それは決して人々には届きません。」言語、表現方法、地域の優先課題がそれぞれ異なるからだ。」と、グラッシ氏は説明する。 この原則を具体化した一例が、アフガニスタンにおける「コミュニティ・ストーリーテリング」である。最初に五つの地域が選ばれ、現地の市民社会パートナーであるインテグリティ・ウォッチ・アフガニスタンが、住民を選定して、自らの経験を報道するための研修を行った。グラッシ氏によると、同団体はタリバン当局と合意を交わし、女性もコミュニティ記者として参加することが認められた。 目標は、プロの記者が時折訪れて取材することではなかった。地域社会の人々自身が物語を伝える技術を身につけ、同じような課題に直面する他の地域と経験を交換できるようにすることだった。 AIUNCAは、この原則を大学を通してさらに拡大しようとしている。 大学はすでに世界各地の都市や地域に存在する。比較的安定した組織であり、知識を蓄積し、新たな知識を生み出すとともに、将来の意思決定者となり得る若者を教育している。多くの大学はすでに、ラジオ局、テレビ局、ウェブサイト、ソーシャルメディアのプラットフォームを運営している。 したがって、基本的なインフラの多くはすでに整っている。必要なのは、調整、目的に応じた研修、共通の編集方針、そして大学メディアと地域社会を結ぶ仕組みだとグラッシ氏は主張する。 さらに、ほとんど活用されていない巨大な資源がある。一般市民には届かないまま蓄積されている、膨大な学術研究である。「研究と、その研究を伝えることの間には、大きな隔たりがあります。」AIUNCAは、プロのジャーナリストがこうした研究を「翻訳」することを提案している。それは単に一つの言語から別の言語へ訳すことではない。専門的な学術表現を、正確で理解しやすいジャーナリズムへと置き換えることである。 参加する各大学メディアは、それぞれの言語、表現方法、地域課題に対する編集上の重点を維持する。同時に、共通の編集計画に基づき、共同取材を実施し、記事を国際的に交換できるようにする。 このモデルは、アフガニスタンの地域ラジオ局でグラッシ氏が得た経験に基づいている。各ラジオ局は、より広域のネットワークに属しながら、地域固有のメディアであり続けた。それぞれの地域の言葉、発音、優先課題を反映していたからである。 AIUNCAは、同じ原則を国際的に応用する。地域のアイデンティティーを消し去ることのない、連携した世界的な運動である。 大学はまた、包摂的な公共対話の場にもなり得る。研究者、学生、ジャーナリスト、企業、政治家、市民社会団体、地域社会、先住民族を一堂に集めることができるからだ。こうした地域社会は、外部の記者が訪れ、自分たちの経験を解釈してくれるのを待つ必要はない。ジャーナリズムの基礎的な研修を受け、大学メディアのネットワークにアクセスすることで、自らの物語の発信者になれる。 AIUNCAの実現を可能にしたのは、IPSA/CitiPlatとアルゼンチンのアルトゥーロ・ハウレチェ国立大学との連携、同大学が持つイベロアメリカ諸大学ネットワークとのつながり、そしてユネスコの積極的な参加だった。 https://www.youtube.com/watch?v=obYQaNGJUfE AIUNCAの構想は、発足からわずか5カ月後の2025年11月、ブラジルのベレンで開かれた国連気候変動枠組条約第30回締約国会議(COP30)において、新たなメディア・モデルとして発表された。 「2023年初頭からその発展を支えてきた、熱意ある学術研究者、専門ジャーナリスト、献身的なAIUNCAメンバー、そして優れた運営チームの尽力によって実現しました。」とグラッシ氏は語る。 AIUNCAはCOP30で、中南米における気候偽情報の起源に関する研究、偽情報をリアルタイムで検知する「Factora...

カステル・ガンドルフォからカンピドーリオへ―AI革命の中心に人間の尊厳を

【ローマIPS=アリエル・F・デュモン】 人工知能(AI)、核戦争、世界の安全保障がもたらす課題をテーマにした国際会議で2日間にわたる討議を終えたノーベル賞受賞者、元国家元首・政府首脳、科学者、人権活動家、宗教指導者、市民社会の代表らは、人間の尊厳をAI発展の基盤に据えるよう求める共同宣言を採択した。 教皇レオ14世の回勅『マグニフィカ・フマニタス』に着想を得て、ローマ市庁舎が置かれるカンピドリオで署名された同宣言は、人工知能を軍事的・商業的利益のみに委ねてはならないと明記している。また、人間の尊厳に立脚した国際協力、AIをめぐるグローバル・ガバナンスの構築、核軍縮に向けた努力の継続を呼びかけている。 主要国がAI開発にますます巨額の資金を投じるなか、参加者らは、人類がまさに重大な岐路に立っているとの認識を示した。今後下される選択は、将来の地政学的な勢力均衡だけでなく、意思決定が次第にAIへ委ねられていく世界における人間の未来と位置づけにも、決定的な影響を及ぼすことになる。 この点を強調したのが、ローマ市のロベルト・グアルティエリ市長である。市長は「人工知能と核戦争に関する世界ノーベル賞受賞者会議」が主催した今回の会合で司会を務め、これを「歴史的な会議」と評した。 「武装なき平和と軍縮のためのローマ宣言」と名づけられた同宣言は、7月16日木曜日に署名された。グアルティエリ市長は、「世界的にも地域的にも、決定的に重要な問題は技術発展である。それは、個人の尊重、人間相互の平等、そして共通善のための民主的責任という基本的な倫理原則に導かれなければならない」と語った。 さらに市長は、今日ほど「経済成長、社会正義、人権、環境保護を結びつけた新たな発展モデルを推進できる国際的な連帯が世界に求められている時代はない。」と強調した。これは、教皇レオ14世が訴える「武装なき、武装を解く平和」とも呼応するものである。 その数時間前、国際人権団体アムネスティ・インターナショナルのアニエス・カラマール事務総長は、自律型兵器の開発に警鐘を鳴らしていた。「殺害の決定を機械に委ねるという発想は、私たちにとって到底受け入れられないものです。」 カラマール氏によれば、本当の危険は、人工知能が突然意識を持つことではない。人間の道徳的判断にのみ委ねられるべき責任を、AIへ移譲しようとする人間側の決断にある。 「機械が自ら支配者になると決めるのではありません。こうしたシステムをプログラムしているのは、私たち人間なのです。」とカラマール氏は説明した。 同氏は、AIが軍事作戦へ急速に組み込まれていることは、重大な変化を意味すると指摘した。AIシステムはすでに、膨大な量のデータを分析し、標的を特定して攻撃を提案することが可能であり、その一方で人間が介入する必要性は徐々に低下している。 カラマール氏は、自律型兵器だけでなく、軍事用語で「キルチェーン」と呼ばれるプロセスにAIが段階的に組み込まれていることにも、世界は細心の注意を払わなければならないと訴えた。「キルチェーン」とは、標的の特定から作戦の実行に至る一連の過程を意味する。 「最終的な決定権を形式上は人間が保持していたとしても、自動化システムへの依存が強まれば、軍事作戦の準備と遂行のあり方は根本的に変わります」とカラマール氏は述べた。さらに、これらの技術は膨大なデータに依存しており、そのデータ自体が操作されたり、歪められたりする可能性があると指摘した。 「分析や提案には偏りが生じる可能性があります。なぜなら、それらの基礎となるデータそのものが偏見を含んでいることがあるからです。ひとたび下された判断が取り返しのつかない結果を招きかねない状況では、誤った、あるいは差別的な意思決定がもたらす危険に常に注意を払わなければなりません。」 もう一つの危険は、AIが軍事力を飛躍的に増幅させることである。人工知能を利用すれば、1人のオペレーターが数十機、場合によっては数百機のドローンやその他の自律型システムを同時に監督できるようになり、軍事能力が大幅に強化される可能性がある。 「こうした技術開発は、国家間の戦略的競争という、より広い文脈の中で進められています。私たちは今、多くの政府が軍事的覇権を追求する時代に生きているのです。」とカラマール氏は結んだ。 https://www.youtube.com/watch?v=fX9fsbGLBwk&t=2s 軍事上の問題にとどまらず、複数の登壇者が、この技術革命がもたらす地政学的影響についても強調した。欧州委員会の元委員長でイタリアの元首相でもあるロマーノ・プロディ氏は、米国と中国の対立が激化するなか、実効性ある国際規制の構築は著しく困難になっているとの見方を示した。 世界の分断が深まるなか、いかなる国も、人工知能、世界の安全保障、あるいは強大化を続ける技術の管理をめぐる課題に、単独で対処することはできないとプロディ氏は警告した。 この発言は、最終宣言の核心を先取りするものだった。宣言は、人工知能が新たな軍拡競争を加速させ、地政学的な亀裂をさらに広げる事態を防ぐためには、国際協力が不可欠な条件であると訴えている。 討議では、この技術革命がもたらす経済的、社会的影響にも焦点が当てられた。雇用の世界では、AIの急速な普及によって、特に若い世代の職業上の将来や、今後数年間に予想されるさまざまな職種の抜本的な変化について、すでに大きな懸念が生じている。 会議には、ノーベル平和賞受賞者でバングラデシュ暫定政府の元首席顧問を務めたムハマド・ユヌス氏、創価学会渉外局長の長岡良幸氏、フィリピンのジャーナリストでノーベル平和賞受賞者のマリア・レッサ氏、アムネスティ・インターナショナルのアニエス・カラマール事務総長をはじめ、科学者や核問題の専門家ら、多くの国際的な有識者が参加した。 キングス・カレッジ・ロンドンが公表した研究によると、39カ国の数億件に及ぶ求人広告を分析した結果、自動化の影響を最も受けやすい職種では、求人件数が平均6.1%減少していることが明らかになった。また、残された求人では、これまで以上に高度で専門的な技能が求められるようになっている。 最終的に、今回の会議とローマ宣言は何を残すのだろうか。 最も重要なのは、参加者らが人工知能の発展そのものを否定せず、AIを恐れるべきものとは考えていないという点である。むしろ、人類に奉仕する限りにおいて、この技術は進歩を力強く推進する原動力になり得ると捉えている。 したがって、今後の責任は各国とその指導者に委ねられている。何よりもまず、人間の尊厳を最優先に据えなければならない。 いま問われているのは、人工知能によって何が可能になるのかということだけではない。権力を追求する論理が社会全体の責任を恒久的に押し流してしまう前に、社会、そして人類全体がAIにどのような限界を設けることを選択するのか――それこそが真の問いなのである。 Note: This article is brought to you by IPS Noram in collaboration...

ローマ宣言2026―AIの主導権を人類の手に取り戻すために

核の脅威に立ち向かう「団結した人類」 【ローマINPS Napan/London Post=浅霧勝浩/ラザ・サイード】 ノーベル賞受賞者、科学者、宗教指導者、元国家元首、人工知能(AI)の研究者、企業関係者、市民社会の代表らが7月16日、ローマ市庁舎(カンピドーリオ広場)のパラッツォ・セナトーリオ内「ユリウス・カエサルの間」に集い、「人工知能(AI)、核兵器、自律型兵器、新たなデジタル・プロトコルおよび新たなデジタル発展モデルの時代における、武装なき平和と軍縮のためのローマ宣言(Rome Declaration for an Unarmed and Disarming...

人工知能と人類の未来―ノーベル賞受賞者らが求めるAIの国際的ガードレール

【イタリア・ボルゴ・ラウダート・シIPS=アリエル・F・デュモン】 「すみません、デイブ。それはできません。」 スタンリー・キューブリック監督が1968年公開の映画『2001年宇宙の旅』でスーパーコンピューター「HAL9000」に語らせたこの一言は、人工知能(AI)が人間の制御を離れることへの恐怖を象徴する、映画史に残る名場面となった。|英語版| それから58年―その問いは、かつてないほど現実味を帯びている。 この問題を議論するため、世界各国から200人を超える政治指導者、科学者、宗教者、平和活動家らが、ローマ近郊カステル・ガンドルフォの教皇夏季離宮内にある「ボルゴ・ラウダート・シ」に集結した。現在、この地には教皇レオ14世が滞在している。 会議は「人工知能と核戦争に関するグローバル・ノーベル賞受賞者会議」が主催し、「国際安全保障の未来」「新興技術のガバナンス」「軍縮」、そして「平和の経済の構築」を主要テーマとして3日間にわたり開催された。 参加者には、イタリア元首相・欧州委員会元委員長のロマーノ・プローディ氏、2006年ノーベル平和賞受賞者でバングラデシュ暫定政権首席顧問のムハマド・ユヌス氏、創価学会渉外局長で池田平和・教育・対話センター所長の長岡良幸氏、2021年ノーベル平和賞受賞者でフィリピン人ジャーナリストのマリア・レッサ氏、アムネスティ・インターナショナル事務総長アニエス・カラマール氏をはじめ、世界を代表する科学者や核問題の専門家が名を連ねた。 開会式では、ローマ教皇庁・総合的人間開発省のファビオ・バッジョ次官があいさつし、会議全体を貫く理念を提示した。 「平和とは、単に戦争が存在しない状態ではありません。正義、相互信頼、法の支配への敬意、そしてすべての人間が持つ侵すことのできない尊厳の上に築かれる秩序なのです。」 議論を通じて浮かび上がった共通認識は明快だった。 AIの適切な規制は、平和、ひいては人類そのものの存続を守るために不可欠であるということだ。 AIはすでに軍事システムへ組み込まれ始めており、核拡散、サイバー戦争、高強度紛争のリスクを飛躍的に高め、国際秩序や倫理原則を揺るがしかねない。 登壇者の分析や立場はさまざまだったが、結論は一致していた。 AIそのものを恐れる必要はない。しかし、それはHAL9000のような存在になるまで放置してよいという意味では決してない。技術が制御不能になる前に、国際社会は適切な安全措置(ガードレール)を整備しなければならないという点で、ほぼ全員が一致したのである。 https://www.youtube.com/watch?v=ZN4UGOojZzM この懸念を強く訴えた一人が、アルゼンチンの物理学者であり、パグウォッシュ会議事務総長を務めるカレン・ホールバーグ氏だった。 彼女はAIを「核エネルギーと同じ『デュアルユース(軍民両用)技術』」と位置づける。 核分裂はエネルギーや医療分野に画期的な恩恵をもたらした一方で、核兵器も生み出した。同様にAIも、科学研究や医療、さらには国際的な合意履行の監視などに大きく貢献できる半面、核兵器システムへ組み込まれれば極めて危険な不確実性をもたらす可能性があると警告した。 特に、衛星画像の分析や軍事状況の評価、さらには核兵器の指揮・統制に関わる意思決定にアルゴリズムが介在することは、人類の未来を左右する取り返しのつかない判断につながりかねないと懸念を示した。 「私は恐れているのではありません。懸念しているのです。そして、その懸念こそが、手遅れになる前に行動を起こす決意につながらなければなりません。」 ホールバーグ氏は、技術の進歩が政治による規制を追い越す前に、「予防原則」を適用するよう各国政府に求めた。 一方、長岡氏も危機感を共有しながら、その視点はやや異なる。 AIそのものが危険なのではなく、それをどう使うかは人間自身に委ねられているというのである。 「結局のところ、問題は人間そのものに帰着します。私たちは、より利己的になることも、より思いやり深くなることもできます。」 長岡氏は、とりわけデジタル技術に囲まれて育つ若い世代の責任を強調した。 デジタルツールが生活のあらゆる場面に浸透し、人と人とのつながりが希薄化する危険性が高まるなか、人類の課題はAIを拒絶することではなく、人間固有の判断力を失わずにAIを活用することだという。 「意思決定においては、良心と知恵を守り続けなければなりません。」 教育と批判的思考こそが、人間や社会の判断に大きな影響を及ぼし得るAIに対する最大の防波堤になると語った。 さらに長岡氏は、最近テレビで見たあるエピソードを紹介した。 「86歳の日本人女性が、重い病気の夫の延命治療を終了するかどうかという苦渋の決断に直面し、家族ではなくChatGPTに相談したという話を耳にしました。」 長岡氏は、この選択自体を非難するのではなく、人生の最も重大な局面で、人々が機械との対話を信頼するようになる新しい社会のあり方について考える必要があると指摘した。 こうした「人間の責任」をめぐる問題意識は、マリア・レッサ氏の発言とも響き合っていた。 レッサ氏は討論を通じ、AIが民主主義にもたらす危険性――偽情報の爆発的拡散、世論操作、そして巨大テクノロジー企業への権力集中―について繰り返し警鐘を鳴らした。 「AIは単なる技術革新の問題ではありません。民主主義そのものの機能に関わる問題なのです。」 さらに、会議で最も根源的な問題提起を行ったのはムハマド・ユヌス氏だった。 同氏は議論を経済の問題へと広げ、現代資本主義におけるAIの利用そのものを、人間中心の視点から問い直した。 「最大の問題は、一部の仕事が失われることではありません。富の集中がますます進むことです。」 AIは、ごく少数の企業が技術、データ、富を独占する一方で、多くの人々を経済活動から排除する社会を加速させる危険性があると警告した。 「AIは、人々から生活の糧、尊厳、そして自立する力を奪いかねません。」 未来はAIが人間に取って代わる経済ではなく、すべての人が参加し、起業し、機会を分かち合える経済でなければならないと訴えた。 そして世界の政治指導者に向けて、「AIは権力集中のための道具ではなく、すべての人々に奉仕するための技術でなければならない」と強く呼びかけた。 では、この先、私たちは何を選ぶべきなのか。 3日間の議論を経て、一つだけ確かなことがある。 AIはすでに私たちの社会の一部となっており、もはや後戻りはできない。 人類はAIを過度に恐れる必要もなければ、「未来最大の敵」と見なす必要もない。 しかし、なお答えの出ていない根本的な問いが残されている。 誰がAIを管理するのか。どのようなルールに基づいて管理するのか。そして、それはどのような社会のために使われるのか。 HAL9000が誕生して半世紀余り。 真の脅威とは、機械が人間になることではないのかもしれない。 むしろ、人間自身が、自ら考え、判断し、その選択に責任を負うという、人間らしさの本質を少しずつ手放してしまうことなのかもしれない。 This article is brought to you by IPS NORAM in collaboration...