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マリで女性性器切除(FGM)の廃絶に取り組む一人の男性

【国連IPS=UNFPA】 マリでは、女性・少女の推定10人中9人が女性性器切除(FGM)を受けている。父親であり、コミュニティの指導者として知られるシディ・ハイダラ氏は、長年この慣習を単なる生活の一部だと信じてきた。 マリ中部の彼の地域社会の多くの人々と同様、彼もそれを何世代にもわたって受け継がれてきた、守るべき伝統だと考えていた。しかし今、彼は村から村へと歩きながら、全く異なるメッセージを伝えている。「いかなる伝統も、少女の健康・権利・未来を犠牲にしてはならない。」|英語版| 彼の物語は、一人の男性の個人的な変化にとどまらない。西アフリカ・中央アフリカの一部地域では、FGMは今なお根強く残っており、マリはこの地域で最も実施率が高い国の一つでありながら、この慣習を明確に禁じる法律は存在しない。最近でも、伝統の保護を名目に、マリの男性たちによるFGM擁護キャンペーンが行われている。 社会規範が深く根付いた場所では、変化はしばしば、コミュニティ内部の信頼された声から始まる──ハイダラ氏のような声である。「私はかつて、この慣習は我々の伝統の一部であり、守るべきものだと信じていました。」とハイダラ氏は語る。 彼がいつかFGM廃絶を訴える側になるとは、誰も予想していなかった。 彼の考え方が変わり始めたのは、ドイツ政府の資金支援を受けてUN Women(国連女性機関)が実施する「変化の担い手となる男性と少年たち(Men and Boys as Agents of Change)」プロジェクトを通じて行われた研修やワークショップ、コミュニティ対話に参加してからである。 さまざまな人々の経験に耳を傾け、FGMがもたらす影響について学ぶうちに、彼はそれまで一度も問い直したことのなかった自らの信念を見直し始めた。そして、持続的な変化は一方的に押し付けるだけでは生まれず、対話と信頼、地域社会が主体となって取り組むことを通じて育まれるのだと理解するに至った。 「ドイツ政府の支援を受けたUN Womenの研修は、FGMに対する私の理解を大きく変えました。この慣習が少女たちに及ぼす身体的、心理的、社会的な影響について学んだのです。」「今では、家族や宗教指導者、若者、女性たちを対象に、定期的に啓発セッションを開いています」と彼は説明する。 彼は人々に何を考えるべきかを説くのではなく、少女を守るとはどういうことかについての対話を促し、対話を通じて長年の思い込みに挑んでいる。 こうした対話は、少しずつ変化を生み出している。「変化を実感しています。より多くの親が疑問を持つようになり、複数の家族が女性性器切除をやめる決断をし、少女を守ることについての議論もより開かれたものになっています。」 「少女たちを守ることは、コミュニティ全体の未来への投資だと確信しています。」 ハイダラ氏の歩みは、マリのモプティ州とガオ州全域で進む、より大きな運動の一部である。 ドイツ政府の支援を受け、UN...

ヨーロッパを徘徊する妖怪 ― 超国家主義という妖怪

ある AfD の選挙ポスターには「若者よ、我々のもとへ」というメッセージが掲げられている。ナチスと共産主義双方のプロパガンダを彷彿とさせる文言だ。 【スウェーデン、ストックホルムIPS=ヤン・ルンディウス】 夏場はニュースの少ない時期とされる。それでも今年は、中東やウクライナでの戦争に関する報道でソーシャルメディアが溢れ、おなじみの陰惨な殺人事件の話題も後を絶たなかった。スウェーデンでは選挙の年にあたり、夏の報道には「民族集団に対するヘイトスピーチ」をめぐる議論が加わった。個々の殺人事件が人々を憤らせる一方で、特定の人口集団全体が政治家によって標的にされている事実には、無関心な人が多いように見える。スウェーデンのソーシャルメディアには「イスラム系」移民への抗議や、スウェーデンが「イスラム化」し、新たなアフガニスタンと化す危険性を懸念する声があふれている。|英語版| こうした煽情的な言説の中心にいるのが、スウェーデン民主党だ。ネオナチにルーツを持つ、民族主義的・社会保守的・ポピュリスト政党である。2010年の選挙で同党は全国得票率5.7パーセントで議会入りを果たし、現在は他の右派政党と連立を組んで政権を担っている。国の統計機関である中央統計局によれば、現在の支持率でスウェーデン民主党は18パーセントを獲得し、34パーセントの社会民主党に次ぐスウェーデン第2の政党となっている。 スウェーデン民主党の思想的指導者は、元高校教師のリチャード・ヨムショフである。彼は今世紀初頭、3人の同志とともに、同党を白人至上主義運動やネオナチから遠ざける一方で、民族主義・反移民の党是は維持するという舵取りを行った人物だ。2022年の議会選挙後、スウェーデン民主党は政権入りを果たした。ヨムショフは党書記長の職を退き、議会司法委員会の委員長に就任した。同委員会は、裁判所、検察、警察、矯正機関に関わる案件や、刑法に関連する法案・事件を扱う。 ヨムショフはこの立場を利用し、「非スウェーデン系」の犯罪者への厳格な対応や、移民制限の推進を訴えた。彼の目標の一つは、「祖国のイスラム化」についてスウェーデン国民に警鐘を鳴らすことだった。X(旧ツイッター)に反イスラム的な風刺画を投稿した後、ヨムショフは司法委員会委員長の職を追われかけた。しかし委員会メンバーは彼を支持し、「特定の人口集団全体の信用を貶めている」との非難を、単なる「政治的な戯言(たわごと)」に過ぎないと評する者もいた。それでも1年前、政府が一部の半自動小銃を禁止したことへの抗議として、ヨムショフは委員長職を辞任した。 その後、ヨムショフはイスラムに関する「分析」の執筆に多くの時間を費やし、最近、アラビア語で「不信心者」を意味する『カーフィル』という書籍を出版、これがベストセラーとなった。ヨムショフの政治姿勢と、イスラムの「専門家」としての経歴は、現在のヨーロッパ政治を特徴づける分極化の一例である。すなわち、あらゆる個人を一つの民族・宗教集団全体の代表として扱い、十把一絡げにして、その人物を単一の問題―移民問題―の一部にしてしまう傾向だ。 ヨムショフは反移民政党を代表する過激な国家主義者だが、だからといってスウェーデン民主党の支持者全員が、改心したナチスやヨムショフの一般化を頑なに信じる者というわけではない。同様に、すべてのムスリムがヨムショフの描くような過激なイスラムの支持者であるわけでもない。個人をひとまとめにして過激派とレッテルを貼ることは危険である。最近、剣とヘルメットを身につけた若い男がスウェーデンのある学校に押し入り、生徒1人を殺害し2人に重傷を負わせ、3人目は軽傷で逃げるという事件が起きた。犯人は、2011年に「多文化主義とムスリム移民に対抗する」との名目で77人を虐殺したノルウェーのブレイビクに触発されたとみられる。2015年にも、スウェーデン人のアントン・ルンディン・ペッタソンが同じ理由で3人を殺害している。 排外主義を通じた政治的利益の獲得は、より大きなヨーロッパの政治情勢を構成する一要素に過ぎない。ネオナチにルーツを持つ小さな辺境政党が、15年足らずでスウェーデン政権入りを果たしたという事実は、ヨーロッパ全体に見られる現象を改めて裏づけている。9月15日にはスウェーデンで総選挙が行われ、来年にはフランス、スペイン、ギリシャ、ポーランド、イタリアでも選挙が予定されている。これらの国々にはいずれも、国家主義的・排外主義的な綱領を掲げる有力政党が存在する。フランスでは、国民連合の前身が1972年にジャン=マリー・ルペンによって設立され、当初は旧ナチス親衛隊(武装SS)の元メンバーも参加していた。スペインのボックスは2013年に設立され、ハステオイールやシチズンゴーといった超保守派ロビー団体からの寄付を得て成長した。ギリシャの黄金の夜明けは、幹部が重大犯罪で有罪判決を受けた後、2020年に解散した。2023年にはギリシャ最高裁が後継政党「ヘレネス」の選挙参加を阻止し、この判断は2027年の選挙にも適用される見通しだ。しかし、その綱領を引き継ぐ小規模政党は数多く存在する。ポーランドの法と正義党は、労働運動「連帯」から分派した保守政党で、政治的カトリシズム、強固な保守主義、反自由主義、国家主義、欧州懐疑主義を掲げ、広範な支持を集めている。イタリアの兄弟党は、ムッソリーニの死後に結成されたファシスト政党「イタリア社会運動(MSI)」にルーツを持つ。2013年の総選挙で得票率2パーセントを獲得し議会で9議席を得た。イタリアの世論調査・調査会社オンリー・ナンバーズによれば、兄弟党は現在イタリア最大の政党であり、2022年の選挙後、党首のジョルジャ・メローニがイタリア首相の座に就いている。当初は小規模で、中には出自のいかがわしい党もあったこれらの政党が、なぜこれほど短期間で強大な勢力へと成長できたのだろうか。 一因として考えられるのは、既存の政治勢力なら口にするのも恥じるような過激な主張を掲げることで、辺境政党がおおむねリベラルな報道機関の注目を集めやすくなるという点だ。「狂信者」について一般大衆に警鐘を鳴らそうとするあまり、リベラル系メディアがその主張を拡散し、関心をかえって高めてしまう。スウェーデンの選挙を前に、綿密に計算されたタイミングで、ヨムショフは信頼性に乏しく一般化に満ちたイスラム論の書籍を出版した。小さな無名の出版社から刊行されたにもかかわらず、テレビ、新聞、ウェブといったスウェーデンのメディアから異例の注目を浴び、たちまちベストセラーとなった。オスカー・ワイルドがかつて述べたように、「話題にされることより悪いことは、話題にされないことだけだ」。 同様の現象は現在イタリアでも進行中である。2023年、ロベルト・ヴァンナッチ将軍はアマゾンで著書『逆さまの世界(Il mondo al contrario)』を自費出版し、その内容をめぐり激しい反発と批判を招いた。イタリア軍は即座にヴァンナッチ将軍の主張と距離を置いた。国防相は、彼が「軍と国防、そして憲法の信用を貶めた」と述べた。あらゆる注目を歓迎するヴァンナッチは、その後も同性愛嫌悪と女性蔑視を広め、移民政策と環境保護主義を攻撃しつつ、ロシアによるウクライナ侵攻を擁護し続けている。今では彼はテレビの常連ゲストとなり、著名な政治家や学者との討論にも参加し、最近は自ら政党を立ち上げた。 ドイツの州、ザクセン=アンハルト州で、「ドイツのための選択肢(AfD)」が地滑り的な選挙勝利を収めたことは、リベラルなヨーロッパに衝撃を与えている。ザクセン=アンハルト州は、より大きな連邦共和国ドイツの中では人口のわずか3パーセントを占めるに過ぎず、一人当たりGDPは全州で下から2番目である。それでも、その州支部の勝利は、ドイツ連邦全体の主導権を握りたいというAfDの野心をかき立てている。AfDの超国家主義的な綱領は、ドイツはナチス政権による弾圧と大量殺戮に対する罪悪感をもう十分に抱いてきた、と主張する。同党は、過去は再解釈されるべきであり、ドイツに必要なのは「ヒトラーよりビスマルク」だ、すなわち19世紀に「鉄と血」のスローガンの下でドイツを統一した宰相の精神だと今や訴えている。 INPS Japan/IPS UN Bureau...

重要鉱物をめぐる契約交渉は何が特別なのか

【ニューヨークIPS=カール・P・ソーヴァント、ルイス・T・ウェルズ】 「重要鉱物(critical minerals)」が先進国の企業や政府にとって文字通り「重要」なのは、現代の自動車、人工知能(AI)、コンピューター、ドローンをはじめ、数多くの民生品や防衛関連製品に欠かせないからである。|英語版| 現在、多くの重要鉱物は採掘、とりわけ精製・加工が中国に集中している。そのため、欧米諸国との緊張が高まった際、中国にとってこれらの鉱物へのアクセスを制限することは、強力な交渉手段となり得る。このため先進国の政府や企業は、供給を確保しようと、中国国外で新たな鉱山や加工施設の開発を急いでいる。 重要鉱物の鉱床の多くは開発途上国に存在する。しかし、その多くは、レアアースをはじめとする重要鉱物の採掘に必要な資本やノウハウを外国企業に頼らざるを得ない。探鉱・開発契約は、投資家と受入国政府双方の権利と責任を、多くの場合、数十年にわたって規定する。しかも、多くの投資家は投資協定によって保護されているため、資源保有国にとっては、契約締結の段階から適切な条件を確保することが極めて重要となる。 資源保有国に広がる交渉の余地 重要鉱物をめぐっては、開発途上国の交渉力が他の鉱物資源の場合より強くなることが多い。先進国の民間企業だけでなく、その本国政府も重要鉱物へのアクセス確保に強い関心を持ち、同時に競争相手にその資源を押さえられることを避けようとしているからだ。 投資家側の開発意欲が強ければ、資源保有国は税やロイヤルティーなど、より有利な財政条件を求めることができる。また、政府の政策変更などに対して投資家を広範に保護する「安定化条項」を過度に認めないことや、現地サプライヤーを育成するプログラム、適切な鉱山閉鎖措置などを契約に盛り込むことも可能になる。場合によっては、採掘した鉱石を国内で加工するよう投資家に求めることもできる。 もう一つの機会は、重要鉱物を自国企業に確保させたい投資家本国の政府の強い関心を活用することである。資源保有国は、鉱山そのものに必要なインフラにとどまらず、プロジェクトへの資金提供やインフラ整備への援助拡大などの便益を、投資家の本国政府に求めることができる。 本国政府から実質的な利益を引き出せる可能性を高めるには、受入国政府が投資家やその本国の政策について深い知識を持つとともに、他国で締結された鉱業契約についても十分な情報を得ておく必要がある。 重要鉱物に特有の動きとして、その供給網を構築・安定化させるための多国間・二国間の枠組みが形成されつつある。これにはFORGEや、Project Vaultのような備蓄構想も含まれる。 こうした新たな機会を活用し、投資家の本国政府から利益を得るためには、通常の鉱業担当省庁だけでなく、外務省も交渉に関与する必要があるかもしれない。その結果、政府内の省庁間調整という、以前からある課題がさらに重要になる。 「契約したのに開発しない」リスク 一方、資源保有国には一定のリスクもある。 とりわけ重要なのは、投資家が契約を締結したにもかかわらず、実際には投資を行わないリスクである。あるいは、期待された水準まで生産を拡大しない可能性もある。企業が他社による鉱床の取得を阻止するためだけに契約を結んだり、「万一に備えた」予備資産として権益を確保したりする場合もあり得る。 さらに、技術は急速に変化している。例えば、現在バッテリーに必要とされている鉱物が、数年後にも同じように必要とされているとは限らない。 だからこそ、契約には「use-it-or-lose-it(利用しなければ権利を失う)」条項を盛り込むことが不可欠である。投資家が合意した期限までに鉱山を開発しなかったり、定められた生産要件を満たさなかったりした場合、その権利を失うことを契約で明記し、政府が別の投資家を探せるようにしておく必要がある。 情報と専門知識の格差 受入国政府が投資家と交渉する際、一般に大きな不利となるのは、鉱物資源の価値について投資家側の方が政府より多くの情報を持っていることである。 また政府側には、十分な資金と人材を擁する国際的な投資家と交渉するために必要な法律、財務、技術面の専門知識が不足していることも少なくない。 過去に鉱業契約の交渉経験があったとしても、その際に蓄積された専門知識が、すでに別の政府機関や民間部門へ異動した担当者個人の経験にとどまっている場合もある。 重要鉱物をめぐる契約交渉には特有の複雑さと新たな可能性があるだけに、こうした知識や能力の格差はさらに大きくなり得る。したがって、開発途上国が自らの立場を生かし、こうした機会を十分に活用することは容易ではない。 外部の専門家を活用すれば、政府がより有利で適切な鉱業契約をまとめる助けとなる。しかし、最貧国の多くには、弁護士、地質学者、技術者、金融アナリスト、市場専門家、環境専門家といった国際的な専門人材を雇うための資金が不足している。 世界銀行や国際金融公社(IFC)などの国際機関は、外国投資や鉱業に関する政策・法制度の整備を支援できる。しかし、個々の企業との具体的な契約交渉になると、そうした機関の支援は及ばなくなる。 無償の専門家支援を活用する 一方、交渉段階で無償(プロボノ)の助言を提供する機関も存在する。 International Senior Lawyers ProjectとAfrican Legal Support Facilityは法的支援を提供している。また、CONNEX...

開発ブーム―国民の名で築かれ、国民の懐で賄われる

【米ニューヨークINPS Japan/ATN=アハメド・ファティ】 エジプトでは、至るところで「開発」を目にすることができる。その上を車で走ることもできれば、橋を渡ることも、空から写真に収めることもできる。開発は、橋となり、高速道路となり、新都市となる。大統領が出席する華々しい開通式となり、砂漠から姿を現しつつある新行政首都となって目の前に現れる。 しかし、写真にはなかなか写らないものもある。 スーパーで何を棚に戻そうかと悩む家族。薬代を数える年金生活者。貯蓄が目減りしていくのを見つめる中間層の家庭。そして、将来の生活費があまりにも高くなったため結婚を先延ばしにする若いカップル。 これもまた、「開発」の姿なのである。 あるいは、より正確に言えば、上から設計された開発の代償を、下にいる人々が支払うときに生まれる現実なのだ。 9月23日、世界の指導者たちはニューヨークの国連本部に集まり、「発展の権利に関する宣言」の採択40周年を記念する。そこでは、人間の尊厳、平等、参加、そして「誰一人取り残さない」という理念について、さまざまな発言が交わされるだろう。その議論の中で、エジプトについても語られなければならない。それは、エジプトが何も建設してこなかったからではない。むしろ、数多くのものを建設してきた。より難しい問いは、そもそもエジプト国民自身に、「進歩とは何を意味するべきなのか」を決める機会が与えられてきたのかということである。 40年前、国連は人間を開発の中心に据えた。人々は開発に参加し、それに貢献し、そしてその恩恵を受ける存在であるべきだとされた。 この点から見ると、エジプトの歩みには居心地の悪い現実が浮かび上がってくる。 エジプトでは、開発政策が国民と協議して決められるというより、決定された後に国民へ告げられることが多かった。国家が選び、借金をし、建設し、その後で説明する。そして国民が優先順位に疑問を投げかけても、率直な国民的議論を歓迎する場が待っているわけではない。 長年にわたる逮捕、活動への制約、政治的圧力によって、エジプトの野党勢力は弱体化してきた。独立した市民社会も、活動の余地を確保するために長年苦闘している。NGOは厳しい法律、捜査、資金調達上の制約に直面してきた。ジャーナリストは、政府への批判が重大な結果を招きかねない環境で仕事をしている。政党もまた、明文化されていなくとも誰もが理解している一定の限界の中で活動している。 それでも私たちは、「参加型開発」について語る。 では、誰が参加しているのだろうか。 国民に尋ねることなく国をつくる エジプトには、より良いインフラが必要だったという主張には十分な根拠がある。人口1億人を超える国には、道路、交通網、電力、住宅、そして都市の拡大が必要だった。 本当の問題は、何を優先するかということだ。 どのプロジェクトを最優先するのか、誰が決めたのか。どれほどの速度で進めるのか、誰が決めたのか。どこまでの債務なら受け入れられるのか、誰が決めたのか。何を後回しにすることができたのか。そして、ごく普通のエジプト国民が、そうした選択に実質的に異議を唱えることのできる場は、どこにあったのだろうか。 開発とは、単なる技術的な作業ではない。政治そのものでもある。 大型支出に関する一つひとつの決定には、誰が権力を握っているのかが映し出される。予算を見れば、誰の必要が「緊急」とされ、誰の必要は「後回し」にできると判断されているのかが分かる。そして経済調整のたびに、最終的に誰が痛みを背負わされるのかが明らかになる。 エジプトでは、その痛みの多くが家庭に押し寄せている。 エジプト・ポンドは大幅に価値を失った。物価は急上昇し、購買力は低下した。かつて中間層が当たり前のように考えていたこと――外食、私立学校、医療、家電製品の買い替え、子どもの結婚支援、そしてわずかでも貯蓄すること――が、いまでは一つひとつ慎重な計算を必要とするものになっている。これらは単なるぜいたくではない。 人々が、自分たちの生活が前に進んでいるのか、それとも後退しているのかを判断する、小さくとも重要な物差しなのである。 「経済は改善している」と国民に説明することはできる。「外貨準備が増えている」「国際金融機関が新たな審査を承認した」と説明することもできる。 しかし、人々は結局、自宅に帰って冷蔵庫を開けなければならない。 経済理論が政治的現実と出会うのは、まさにそこである。 終わることのない「忍耐」の要求 エジプト国民は長年、同じような説明を繰り返し聞かされてきた。忍耐してほしい。改革は必要だ。痛みは一時的なものだ。犠牲はいずれ報われる。成長がやってくる。投資がやってくる。繁栄が後に続く。 そうした説明の中には、正当なものもある。 エジプトがウクライナ戦争を始めたわけではない。ガザでの戦争を始めたわけでもない。そしてもちろん、湾岸地域を揺るがし、エネルギー市場を混乱させ、世界で最も重要な海上輸送ルートの一部を再び緊張にさらしたイランをめぐる戦争を始めたわけでもない。 エジプトにとって、この最新の戦争は、地図上の遠く離れた安全な場所で起きている出来事ではない。その影響は、石油・ガス価格、投資判断、保険料、紅海、ホルムズ海峡、そしてエジプト経済が依存している海上輸送路を通じて直接伝わってくる。エジプトは、自ら始めたわけではない戦争の代償を支払っている。 その事実は認めなければならない。 しかし、それを国内のあらゆる困窮を説明する万能の理由にしてはならない。 国外の危機が、エジプトの経済モデルを設計したわけではない。国家予算の優先順位を決めたわけでもない。どれだけ債務を増やしてよいのかを決めたわけでも、どの巨大プロジェクトが「待てない」のかを決めたわけでもない。政治的競争を抑え、市民社会の活動空間を狭め、独立した監視機能を弱体化させ、市民社会が政府の決定に異議を唱えにくくしたのも、外部の危機ではない。 それらは国内で下された選択だった。 この区別は重要である。 強靱な経済とは、次の戦争や原油価格ショック、あるいはスエズ運河の混乱を単に生き延びる経済ではない。一般市民が、あらゆる危機の恒常的な衝撃吸収装置にされることを防ぐ経済でもなければならない。 なぜなら、あらゆる危機の代償が最終的に同じ食卓にたどり着き、食料、エネルギー、交通費の上昇や購買力の低下という形で家計を直撃するなら、「強靱性」という言葉の意味も、食卓のどちら側に座っているかによってまったく違って聞こえてくるからだ。 そして、まさにそこで、経済的困難と政治的説明責任は切り離すことができなくなる。 健全な公共空間が存在する社会では、野党が支出の優先順位に異議を唱える。ジャーナリストが調査する。市民社会が政府の決定に異議を申し立てる。議会が説明を要求する。専門家が公の場で論争する。人々が組織化する。そして政府が、時には方針を変える。 こうした回路が弱体化しても、誤った政策そのものが消えるわけではない。 ただ、異議を唱えることが難しくなるだけだ。 これは、権威主義的統治がもたらす影響の中でも、最も語られることの少ない代償の一つなのかもしれない。それは人権問題であるだけではない。経済問題にもなり得るのである。 写真の中のエジプトと、食卓を囲むエジプト ある意味で、エジプトには2つの姿がある。一つは、極めて目につきやすいエジプトだ。新しい高速道路。新都市。目を引く建設事業。大規模な国家プロジェクト。政府の公式映像に登場するエジプトである。そこには近代性があり、野心があるように見える。 もう一つのエジプトは、家庭の食卓を囲んでいる。そこで語られるのは、物価、学費、薬代、家賃、肉の値段、そして給与の価値だ。息子は国外へ出るべきだろうか。娘は結婚費用を賄えるのだろうか。5年後、退職後のために蓄えてきた資金には、まだ意味があるのだろうか。 そうしたエジプトが、開発に関するプレゼンテーションに登場することはほとんどない。 しかし、本当に重要なのは、こちらのエジプトなのである。 一般市民の安心と尊厳を向上させることのできない「発展の権利」は、やがて単なるスローガンになってしまう。 参加を伴わない開発は、さらに深刻なものへと変わる危険がある。すなわち、人々の名の下に進められながら、その選択にも、その結果にも、人々が実質的な当事者として関与できない事業である。 誰が「成功」と呼ぶのか 国際金融機関にも責任がある。彼らは債務、財政赤字、為替相場の柔軟性、外貨準備、改革目標を監視する。これらはもちろん重要だ。しかし、一般家庭がなお痛みを背負い続けている中で、経済調整プログラムを「成功」と呼ぶことには、どこか倫理的に欠けた部分がある。 誰にとっての成功なのか。 政府は省庁の中から経済を測る。金融機関は表計算ソフトの数字から経済を測る。人々はスーパーで経済を測る。時として、その3つの現実は、まったく重ならない。 国連の「発展の権利に関する宣言」が目指したのは、まさにこの隔たりを埋めることだった。そこでは、人間こそが開発の中心的主体であるとされた。 国家ではない。 金融機関でもない。 巨大プロジェクトでもない。 一人ひとりの人間である。 発展は「権利」であって、政府からの恩恵ではない 9月に世界の指導者がニューヨークに集うとき、エジプト政府は実際に成し遂げてきた成果を示すことができる。そして、それは示してよい。 しかし同時に、より厳しい問いも投げかけなければならない。 実質的な政治参加が制限されている状況で、開発を「参加型」と呼ぶことができるのか。市民社会が脅威として扱われる状況で、「人間中心の開発」と呼ぶことができるのか。野党政治が弱体化し、独立した声が圧力の下で活動している状況で、市民は本当に開発の方向性を決めることができるのか。 そして、経済的負担の多くを背負っている国民が、その負担を生み出した政策決定にほとんど影響を与えることができないのなら、政府は本当に「開発は成功した」と主張できるのだろうか。 これらは、開発そのものに反対する問いではない。まさに「発展の権利」が問いかけるために生まれた問題なのである。 エジプトは大きく変わった。道路が変わった。街の景観が変わった。通貨が変わった。経済が変わった。政治の風景も変わった。 そして何百万人ものエジプト国民にとって、日々の暮らしは以前より厳しくなった。 40年を経たいま、本当に問うべきなのは、「エジプトは発展したのか」ではないのかもしれない。 発展したこと自体は明らかだ。 問うべきなのは―― その発展は、誰のためのものだったのか。そして、一般のエジプト国民がその費用を負担し、そのために犠牲を払い、その結果とともに生きていくことを求められたのであれば、彼らにはいつ、その「発展」が何を目指すべきなのかを決める権利が与えられたのだろうか。 Original URL: https://www.amerinews.tv/posts/egypt-s-development-boom-built-in-their-name-paid-from-their-pockets INPS Japan 関連記事: 国連アジェンダ2030:政府に責任を迫る市民社会 世界の「市民空間」が縮小―民主主義の危機とZ世代の抵抗