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「人類の友愛」は平和を動かせるか

信仰と外交が交差する新たな国際空間 【アブダビINPS Japan=浅霧勝浩】 戦争が続き、国際秩序がいっそう不安定さを増すなか、アブダビの舞台は別の物語を提示した。和解の試みを早期に評価し、宗教リーダーを同じ空間に招き、かつての対立当事者を同じ照明の下に立たせる。2月4日に開かれた「人類の友愛ザイード賞」2026年授賞式の核心は、こうした“対立をほどく方向の選択肢を、公の場で目に見える形にする”試みにある。 国連が定める「国際人類友愛デー」に合わせて開催された式典には、各国首脳や宗教リーダー、市民社会の代表が集まった。この賞は、2019年にアブダビでローマ教皇フランシスコとアル=アズハルのグランドイマーム、アフマド・アル=タイーブ師が署名した「人類の友愛に関する文書」に起源を持つ。同文書は、宗教間対話と平和的共存を国際社会に向けて打ち出した歴史的宣言と位置づけられている。 あれから7年、国際情勢はむしろ断片化を深めている。それでも主催者は、授賞式を単なる表彰の場ではなく、“政治が荒れても最低限の自制を促すための、象徴の場”として構想してきた。 脆弱な和平への後押し 今年の式典で最も注目を集めたのは、アルメニアのニコル・パシニャン首相とアゼルバイジャンのイルハム・アリエフ大統領が、和平合意を理由に顕彰された場面である。数十年に及ぶ対立を経てなお脆弱な南コーカサスの和平プロセスに対し、この授賞は国際的な後押しを与えるものとなった。 和平合意は、成立直後が最も不安定だ。国内政治の反発や根深い不信が、容易にその履行を揺るがす。両首脳を同じ舞台に立たせた今回の授賞は、終着点の確認ではなく、外交的前進を「補強」する行為だったといえる。対話を選択した指導者を早期に評価することで、合意を支える“妥協しやすい空気”や“反対派が覆しにくい状況”を広げようとする意図が読み取れる。 授賞は首脳外交にとどまらない。2026年の受賞者には、アフガニスタンで女子教育を支える活動家ザルカ・ヤフタリ氏と、パレスチナの非営利団体タアウォン(Taawon)も含まれた。紛争や政治的不安定の下で、人道支援や開発を継続する取り組みを評価した形である。この選定は、和平合意のような「上からの政治」と、現場を支える「下からの平和構築」を橋渡しするという同賞の狙いを強調した。条約や合意があっても、社会の維持に必要な学校、医療、地域の支援体制が脆弱であれば、平和は定着しないという問題意識がにじむ。 ローマとアスタナへ連なる対話の回路 アブダビの式典は単独の出来事ではない。2025年10月、ローマでは聖エジディオ共同体が主催する年次フォーラム「平和のための宗教と文化の対話」が開かれた。1986年のアッシジ会合の精神を受け継ぐこのフォーラムは、宗教リーダー、政治関係者、市民社会の代表を継続的に結びつける対話の場である。聖座(バチカン)はその中心的な参加主体であり、道徳的訴えを国際政治の議論へとつなぐ道徳的権威を発揮してきた。 さらに東方では、カザフスタンがアスタナで開催する「世界伝統宗教リーダー会議」を通じて、宗教間対話を制度的に定着させてきた。聖座とアル=アズハルのグランドイマームはいずれも継続的に参加し、同会議を組織的な宗教間対話の場として維持することに貢献してきた。 こうして見ると、ローマ、アスタナ、アブダビは個別の行事ではなく、宗教と外交を結ぶ対話空間の節点であることが浮かび上がる。言い換えれば、“会って話せる回線を切らさないための定期便”のように機能している。 国境越える宗教アクター 聖座や世界各地の宗教リーダーと同様に、世界に約1300万人のメンバーを擁する創価学会インタナショナル(SGI)の寺崎広嗣平和運動総局長も、アブダビ、ローマ、アスタナの対話の場に参加してきた。寺崎総局長は授賞式に先立ち、同賞事務総長のモハメド・アブデルサラーム判事と面会。原田稔創価学会会長からアル=タイーブ師宛ての書簡を手渡し、宗教の違いを超えた「心と心の対話」を一層強めていく必要性について意見を交わした。 スピリチュアル外交を重視するUAEやカザフスタン政府が設ける舞台は、単なるイベントにとどまらない。そこに道義的な権威を与え、平和構築へと向かう倫理的な重みを持たせているのは、宗教や市民社会のリーダーらが長年にわたり築いてきた関係性に支えられる、持続的な対話のアーキテクチャである。言い換えれば、“定期的に会い、連絡が途切れないようにする仕組み”である。国家間関係が緊張する局面でも、宗教・市民社会ネットワークは対話の回路を維持し、関係断絶を避ける“緩衝帯”となり得る。 今年の授賞式にカザフスタンのカシム=ジョマルト・トカエフ大統領がビデオ演説で関与し、寺崎総局長がアブダビ、ローマ、アスタナといった対話の舞台を横断してきた事実は、宗教と外交が交差するこうしたネットワークの存在を静かに示唆している。同様に、聖座もまたこれら三つの場に継続的に関与してきた主体の一つである。 同じ言葉、異なる現実 これらの場が繰り返し用いる語彙は共通している。友愛、共生、対話、人間の尊厳。多国間主義が揺らぎ、従来の調停回路が脆弱化するなかで、国家が、力ではなく対話を優先する姿勢を内外に示し、「自国は対立をあおる側ではなく、場を整える側である」と印象づけるための言語でもある。 しかし、式典と現実のあいだの距離は消えない。和平合意を称えることは必ずしも履行を保証しない。女子教育を評価しても必ずしも教室が再開するわけではない。共生を掲げても暴力は即座には止まらない。賞は妥協を奨励し、対話を祝福できるが、成果を強制する装置ではない。 それでも各国や宗教・市民社会のネットワークが、出席や発言、継続的な関与というかたちでこれらの場に関わり続けるのは、そこが敵対する当事者が同席できる数少ない公的な場だからである。緊張関係にある当事者が同じ空間に立ち、抑制が公然と評価され、宗教間のつながりが非公式の外交回路として機能し得る―そうした空間は決して多くない。 平和を「予行演習」する場所 ザイード人類の友愛賞、ローマの平和祈念行事、アスタナの宗教会議。これらを重ねると、武力や圧力ではなく、会合と関係維持を通じて進める外交の形が広がっていることが見えてくる。時に象徴的でありながら、時に静かな影響力を持つ構造である。 同時にそれは、宗教、市民社会、国家の利害が交差する、新たな外交領域の立ち上がりを示唆している。 いまの国際環境では、こうした小さな接点こそ意味を持ち得る。平和が政策として制度化される前に、その形を公の場で「予行演習」できる空間は限られているからだ。 アブダビの式典は、その数少ない舞台の一つである。紛争を解決したわけではない。疑念を消したわけでもない。それでも、対話を選び、それを公然と可視化し続けること自体が、分断の時代において「敵対よりも抑制を選ぶ」という立場を明確に示す行動なのである。(原文へ) INPS Japan London Post, 関連記事: ローマのコロッセオで宗教指導者が平和を訴える―戦争に引き裂かれた世界に向けた連帯の祈り |第7回世界伝統宗教指導者会議|カザフスタンが世界的な関係強化の新たなセンターとなるか? |バーレーン対話フォーラム|宗教指導者らが平和共存のための内省と行動を訴える

強硬な米国にどう向き合うか―グローバル・サウスが示す現実的な選択

【ベルリンIPS=アレクサンドラ・シテンコ】 米国によるベネズエラ攻撃は、世界秩序にとって重大な転機となった。他国主権の侵害が最終的にどのような帰結を招くのかは、なお見通せない。しかし、この出来事は、主権平等を土台とする国際秩序そのものを揺さぶった。専門家の間では「帝国主義的模倣のダイナミクス」や勢力圏の復活―大国が主導権を握り、小国は従うほかない世界―が語られている。 その一方で、米国のベネズエラ介入が生んだ動きのうち、見過ごせないものがある。グローバル・サウスの国々、とりわけ中堅国が、自国の利益をより明確に、より戦略的に、そしてより協調的に主張し始めたことだ。露骨な対決ではない。柔軟な対応、環境への適応、対外関係の多角化、戦術的な押し返し―それらを組み合わせる形での主張である。 グローバル・サウスのすべての国が、米国のベネズエラ攻撃を公然と非難したわけではない。だが、少なくとも南米で起きたことへの懸念は各国が表明した。今回の出来事は、軍事力がいかに迅速に、しかも国際秩序の基本原則を顧みることなく、一国の利益を押し通す手段として用いられ得るかを示した。同時に、自らの選択肢―とりわけ軍事的選択肢―がいかに限られているかも浮き彫りにした。 封じ込めと政治的自律 こうした事情こそが、ラテンアメリカの基本戦略が「外交的封じ込め」となる理由である。すなわち、米国との実務的合意を模索し、緊張の拡大を抑え込む路線である。昨年、ドナルド・トランプ大統領とコロンビアのグスタボ・ペトロ大統領は激しい言葉の応酬を繰り広げた。米国のベネズエラ攻撃後、緊張は一段と高まり、トランプはコロンビアへの軍事行動まで示唆した。 しかし両首脳が電話会談を行うと、情勢は沈静化し始めた。ペトロは今、米国でトランプと直接会談する準備を進めている。公の場での対立から直接対話へ―この転換は、力の非対称がある関係の下で、事態の悪化を防ぐ意図的な封じ込め戦略を示している。圧力は、管理された首脳間外交へと収斂させ、エスカレーションを避けるべきだという考え方である。 コロンビアに加え、キューバとメキシコも米国の圧力の対象となった。米国は両国に対し、目に見えて厳しい口調を強めている。キューバは、対話と関係改善に応じる意思を示しつつ、相互尊重と対等を強調する―慎重に調整された対応をとった。 ただし政治的譲歩は明確に排除した。緊張を和らげつつ、主権は断固として守るという、両にらみの現実的アプローチといえる。 一方、メキシコの大統領は、ワシントンから圧力を受ける中で、より実利的な道を選んだ。クラウディア・シェインバウムは、特に安全保障と通商政策の重要分野で、限定的な譲歩に踏み切った。具体的には、密輸組織への取り締まり強化や、中国からの輸入品への関税引き上げなどであり、緊張の激化を避ける狙いがある。 しかし、米国が批判した司法改革や、キューバ向けエネルギー補助金の拡大については譲らなかった。米国のベネズエラ介入を公然と非難しつつ、外交では着実で抑制的な路線―限定的な譲歩と政治的な自立の両立―を追求している。もっとも、この戦略が長期的に機能するかは見通せない。とりわけトランプの予測不能で場当たり的な言動を考えれば、なおさらである。 対外関係の多角化は、世界的な不確実性の中で依存を減らし、政治的な自立を確保するための、グローバル・サウスの中心戦略になりつつある。 西半球では、中国とロシアを軍事面での対抗手段として頼れると考える根拠は乏しい。両国は同地域に軍事基地を持たず、軍事行動を伴う相互防衛義務にも明示的に縛られていない。 ロシアの対ベネズエラ協力は、政治的支援や兵器・防空システムの供与に限られてきた。結果としてラテンアメリカに残される選択肢は、緊張緩和と米国との対話に加え、自国の意思決定権を主張することを組み合わせる道に、ほぼ限られる。 似た構図はインドにも見られる。インド政府は、米国のベネズエラ攻撃に対し、「深刻な懸念」を表明するにとどまる抑制的な声明を出した。国内では反発が強まり、野党は「前例」をつくることの危険性を警告した。ベネズエラで起きたことは、インドを含む他国にも起こり得る、という指摘である。 グローバル・サウスが追求しているのは、こうした外交の柔軟性だ。外交・経済関係を意図的に分散させ、特定の大国への依存を抑える。これは、ロシアと中国の影響下にある中央アジア諸国が長年実践してきた「多角的(マルチベクトル)戦略」と共通する。 インドはその典型である。米国と戦略関係を維持しつつ、防衛面ではロシアとの結びつきを保ってきた。さらに同国は、欧州連合(EU)との自由貿易協定締結を目前にし、欧州諸国との安全保障・防衛協力を強化している。 こうした動きはラテンアメリカにも及ぶ。EUと南米がともに米国の通商・関税政策の圧力に直面する中、交渉開始から20年以上を経てEU・メルコスール協定が署名に至ったのは偶然ではない。同様に、コロンビアは2025年に中国の「一帯一路」構想に参加した。 コロンビア大統領は最近、サウジアラビア、カタール、エジプトを歴訪し、その戦略的な狙いを明確に語った。ラテンアメリカの道は、特定のパワー・ブロックに組み込まれることではない。自立した成長の軸を築くことにある、というのである。対外関係の多角化は、世界的な不確実性の時代に依存を減らし、政治的な自立を支える中心戦略になりつつある。 より独立した姿勢 これまでで最も明確な反発はアフリカから示されている。複数の国が、正面衝突ではなく、象徴的で政治的意味の大きい措置によって距離を取った。南アフリカの与党はベネズエラへの攻撃を非難し、国連の同国代表も、国連憲章の中核原則が侵害されたと批判した。主権、内政不干渉、外交による紛争解決の重要性を強調したのである。 このメッセージは、南アフリカ沖でほぼ同時期に行われた、ロシア、中国、イランを含む複数のBRICS諸国との合同海軍演習によって象徴づけられた。開会式で南アフリカ合同任務部隊の司令官は、この演習は単なる軍事訓練ではなく、複雑化する海洋環境の中で協力を深める意思を示す政治的な宣言でもあると述べた。 BRICSは将来、安全保障面でより強い立場を示す可能性がある。必ずしも軍事同盟という形ではないが、西側の優位に対し、戦略的な自立を打ち出すという意味合いである。 伝統的に米国と近い関係を維持してきたガーナも、目立って独立した姿勢を示した。首都アクラは一方的な軍事行動に明確な懸念を表明し、とりわけ小国の安全を損ないかねない危険な前例になると警告した。 アフリカ連合(AU)も同様の立場を示し、現時点で共通の見解をまとめた地域機構はAUにとどまっている。多くのアフリカ諸国が長年にわたり、安全保障・経済面のパートナーシップを意図的に広げてきたことを踏まえれば、比較的率直な姿勢を取ったのは不自然ではない。 中国はすでにアフリカにおける主要な経済的存在であり、ロシアも軍事的な存在感と安全保障協力を拡大してきた。ロシア政府は今年、第3回となるロシア・アフリカ首脳会議を開催する準備を進めている。これは、従来ロシアが中央アジアの近隣諸国に対して用いてきた特別な協力枠組みに近い。 米国の行動は19世紀の砲艦外交を想起させるかもしれない。だが、今日の世界は別の局面にある。勢力圏という古典的な概念は、弱小国が受動的であり続けることを前提としている。しかしグローバル・サウスは、その前提が成り立たないことを、ますます明確に示している。外交関係において柔軟かつ適応的に振る舞い、戦略的な選択を意識的に分散させ、特定の一国に過度に依存することなく、複数の大国と同時に協力している。 勢力圏という見方はまた、ASEAN、メルコスール、アフリカ連合、上海協力機構(SCO)といった地域機構や、BRICSのような越地域グループの役割を過小評価している。これらの枠組みは、外部からの圧力を和らげる「緩衝材」として機能し、小国の交渉力を高めると同時に、大国が支配力を誇示しようとする動きに歯止めをかける集団的なプラットフォームになりつつある。 グローバル・サウスは単一の同質的なブロックではない。地政学的競争の単なる「舞台」でもない。多くの国が、混乱し断片化した世界秩序の中で、自国の利益をより積極的に表明し、追求している。米国の作戦は短期的には力の誇示として機能するかもしれない。だが長期的には、より多元的で、上下関係の弱い世界秩序を、むしろ加速させる可能性がある。(原文へ) アレクサンドラ・シテンコ博士は独立系の政治コンサルタント兼研究者である。専門は国際平和・安全保障、ユーラシアの地政学、ロシアとグローバル・サウスの関係。 INPS Japan/ IPS UN Bureau Report 関連記事: |視点|カザフスタンの宗教間対話イニシアチブ:知恵とリーダーシップで世界の調和を育む(浅霧勝浩INPS Japan理事長) いま、中国に目を向けよ 選択は今もなお明白:80周年迎えた国連憲章を再確認する

国際情勢を見誤らないために―地政学的変化への適応

【モントリオールPressenza=サミール・ソール/ミシェル・セイモア】 政治的出来事を理解するには、歴史的視点から捉えることが重要である。だが情勢は急速に変化しており、私たちは現在の現実にも適応しなければならない。そのためには、思考を「いまこの状況」にしっかりと根づかせる必要がある。 文脈化に不可欠な歴史家の視点は、重大な出来事―それ自体が歴史的な意味合いを帯び得る出来事―の進行に後れを取られまいとする同時代的分析によって補われるべきである。確かに、過去は未来の坩堝である。長期に焦点を当てれば、「太陽の下に新しいものはほとんどない」と考えがちだ。とはいえ、ある種の出来事はしばしば歴史的な新局面をもたらす。 私たちは前回の記事(「国家による誘拐―帝国主義の兵器庫に加わった新たな道具」)で、ホワイトハウスがベネズエラを屈服させるために講じた新たな手口を報告した。旧来の手法はもちろん続いている。制裁は維持され、石油タンカーの拿捕は露骨な海賊行為を想起させる。石油資源を奪い取ろうとする露骨な欲望は、ギャングの所業に等しい。 だが、今回の手口には新たな特徴がある。大統領を拉致しつつ政府の残りは温存する―それは、地上軍の派兵を伴う軍事占領とも、代理戦争とも、政権転覆とも異なる、新しい形の米国介入である。そこには「保護国化」という新たな支配形態が立ち現れている。 出来事は奔流のように重なり合い、旧来の政治状況を一気に新たな現実へと変貌させる。しかもその現実はしばしば、一部の人々の頭の中に残り続ける「旧い現実」と正反対である。 イスラエル 例えば、第二次世界大戦中にナチスのジェノサイドの犠牲となったアシュケナジ系ユダヤ人を想起すべきだろう。筆者らは、イスラエルによる戦争犯罪や人道に対する罪は、2023年10月7日以降に突然始まったものではないと主張する。そのうえで、同国は短期間のうちに「ジェノサイド国家」へと変貌し、パレスチナ人民に対して非人間的な残虐さを示している、と断じる。 しかし、(スラブ系やロマの人々を含む犠牲を忘れてはならないが)ジェノサイドが起きた欧州は、現在の現実に認識を合わせ、この新たな恐怖を正しく測ることに消極的であるか、あるいはできないでいる―というのが筆者らの見立てである。 中国 急速かつ劇的な変化のもう一つの例が中国である。20世紀末にはまだ貧しかったこの国は、わずか20年ほどで8億人を貧困から脱却させた。中国はいまや世界最大級の経済大国となりつつあり、ハイテク分野でも主導的な地位を占めている。中国は自国の主権を強く守る姿勢をとり、その延長として他国の主権を尊重することが自国の利益にもかなうと考えている。対外軍事介入も、最後は1979年にさかのぼるとされる。中国は武力によって支配を押し付ける国ではなく、現状でも帝国主義的な振る舞いは見せていない。「中華帝国」という呼び名も、過去を参照した名目上のものにすぎない。 それにもかかわらず、ここでも時代遅れの見方が残っている。多くの人々は、中国の経済的拡張を、過去80年にわたる米国の行動になぞらえて理解しがちである。協力を基盤とし、最良の実践を共有しながら、各国の主権を尊重する外交という発想を受け入れることが難しいのである。そのため、中国の国外での経済活動は、第三国の資源を吸い上げるだけのものだと見なされがちだ。互恵的な関係が中国自身の利益にもなるという見方は、なお広く共有されているとは言い難い。 こうして、多くの人々は米国の「対中封じ込め」政策―中国の行動余地を狭めるため、南シナ海や北極海で圧力をかける姿勢―に同調しがちであり、ベネズエラやイランからの資源へのアクセスを断つことさえ受け入れてしまう場合がある。 米国 米国は、代議制民主主義を前進させつつあるかに見えた。行政府、下院、上院、最高裁からなる抑制と均衡の仕組みが、その約束を実現する道として示された。4年に一度の大統領選に加え中間選挙もあり、国民の政治的関心は継続的に喚起される―という設計である。 しかし、ベルリンの壁崩壊、ワルシャワ条約機構の終焉、ソ連解体を経て、米国は単独覇権の驕りに陥った。世界を統治できると考え、新自由主義的資本主義を各地に押し付け、巨大企業が資源を獲得するために世界へ展開できるよう自由貿易協定を推進した。「国家安全保障」の射程は、イラン、ロシア、中国の国境付近にまで拡張された。米国帝国主義はいまなお「唯一の覇権国」の地位を望み、その支配を貫くために政権の不安定化、混乱の創出、軍事介入、制裁を手段として用いる。 彼らはいまも「世界を統治できるのは米国だけだ」と公言している(ジョー・バイデンはカマラ・ハリスの民主党大統領候補指名の場で同趣旨を述べたという)。歴史的に見れば、米国にはその理想を支える手段があった。1945年から近年まで世界最大の経済大国であり、ドルはいまも事実上の基軸通貨、英語は国際的な共通語であり、ハリウッドは映画様式を世界に広めてきた。米国が約800の軍事基地を維持し、軍産複合体に巨額を投じ、1991年以降だけでも多数の介入を重ねてきたことは広く知られている。制裁は個人・企業・国家を含む膨大な対象に及ぶ。米国は、ガザでのジェノサイドへの加担、シリア領の一部占領、ベネズエラの石油タンカー拿捕、国家元首の誘拐、グリーンランドへの野心、さらには台湾への米軍配備に至るまで、あらゆる行為が許されると考えている―というのが筆者の見立てである。 この帝国主義的志向は、ドナルド・トランプの復帰(2025年1月20日)で突然生まれたものではない。何十年も前から存在してきた。米国にとって最大の資産は、ビッグファーマでもビッグテックでも化石燃料産業でも軍産複合体でもなく、民主主義や人権、法の支配でもない。最大の資産はドルだ、というのである。 だが、この図式にも暗雲がある。貿易赤字は年1兆ドル規模に達し、債務は38兆ドルを超え、利払い負担も重くなる。米当局は「脱ドル化」の加速を恐れている。ドルの地位を守るには、サダム・フセインのように石油をユーロで売ろうとした者、ムアンマル・カダフィのように汎アフリカ通貨を構想した者、あるいはBRICS諸国のようにドル抜きの貿易を志向する動きを無力化する必要がある―と筆者らは言う。戦争は、別の手段による経済闘争の継続である。 要するに、誰もが必要とする資源―ガスと石油―の決済方法を支配することが要諦であり、これらは米ドルで売買されなければならない。そこから、サウジアラビアとは石油で、カタールとはガスで結びつくという関係が導かれる。さらに筆者らは、バッシャール・アル=アサドがカタール案ではなくイラン案のパイプラインを選んだことがシリア戦争につながった、と論じる。北イラクやシリアの一部への米国の関与、イランへの敵視、欧州とロシアのエネルギー取引の切り離し、ノルドストリームの破壊、ベネズエラ介入―これらも同じ文脈で語られる。 驚くべきことに、なおも米国を「民主主義、人権、法の支配を打ち立てようとする世界の警察」と見る人がいる。USAIDの終焉を嘆き、全米民主主義基金(NED)を称賛する者さえいる。戦後好況の記憶、「丘の上の輝く街」という比喩――理想主義的な米国像は、トランプというファシズム的指導者の台頭と日々の奇行を経ても、なお一部の人々の意識に残り続けている。米国の夢を信じ続けるには、深い政治的昏睡状態にあるほかない。 ロシア ロシアについても、一部には時代錯誤的な認識が残っている。20世紀初頭まで続いた帝国主義の時代の後、ロシア帝国はソ連(USSR)へと置き換えられた。レーニンのもとで、ソ連は多民族連邦への道を歩み始め、生産手段の国家管理は連邦と構成共和国の間でより共有される構想であった。15の共和国には形式上、脱退権も認められていた。 しかし、西側の敵意やナチス・ドイツの脅威が増すにつれ、中央集権化を進めざるを得なくなった。資源の集団化は一部地域で飢饉を招き、ドイツとの戦争も「大祖国戦争」として総力戦で臨むほかなかった。 欧州の植民地体制の終焉と民族自決の進展は、米国とソ連の利害が重なった結果でもあった。両国はいずれも勢力圏の拡大を目指し、そのためにアジア、中東、アフリカに残る欧州列強の影響力を排除する必要があった。ワルシャワ条約機構による勢力圏も、西方からの侵攻を防ぐための緩衝地帯として機能した。 ソ連崩壊後、ロシアは市場経済と資本主義へ移行したが、その過程の混乱は国民を深刻な経済危機に直面させた。国家の最優先課題は、この混乱から立ち直り、ロシア国民のナショナリズムを背景に、オリガルヒの強大な影響力を抑えることであった。経済回復は主に欧州との取引を通じて進み、その多くはプーチン政権下で実現したとされる。ロシア連邦は世界最大の領土を持つが、人口は約1億5000万人にすぎず、さらなる領土拡張が現実的な目標であるとは考えにくい。 ロシアはNATO加盟国に囲まれ、国外の軍事基地も近隣の旧ソ連諸国にある約10カ所に限られる。軍備は主に自国領内に集中しており、対外軍事介入も極めて少ない。2020年、ウクライナ侵攻前の軍事予算は年間約600億ドルであり、2025年でも約13兆5000億ルーブル(約1620億ドル)とされ、米国の1兆ドル規模とは比較にならない。中国やイランと同様、ロシアは米国に対するナショナリズムに基づく抵抗を示している。ロシアがウクライナ領内への米国のミサイル配備を望まないのは、それが国家存亡に関わる即時の脅威となり、数分以内に重大な決断を迫られる状況を生むからだ。したがって、筆者らはウクライナ戦争を防衛的行動と位置づけている。 過去は現在を規定するのか ロシア帝国主義が復活しているように見えるかもしれない。だが、少なくとも現時点ではそうではない。プーチンを「第二のエカチェリーナ2世」とみなす見立ては、戦時に典型的な、西側の足並みのそろった言説によって助長されている。敵を悪魔化し、その敵を「悪そのもの」として固定化することは、戦争を長期化させ、エスカレーションを促す。これは、スロボダン・ミロシェビッチ、サダム・フセイン、ムアンマル・カダフィ、バッシャール・アル=アサドの事例でも繰り返し用いられてきた古い戦術である。これらの指導者に欠点がなかったわけではないにせよ、米国はこの手法によって世論形成に成功してきた、というのである。 当初は強大だったロシアのオリガルヒは、USSR崩壊後の無秩序に苦しんだ国民の支持を背景に、政治権力の統制下に入った。しかも米国とは異なり、多くのロシアのオリガルヒはナショナリストであり、そうでない者は西側へ移住する。ロシア国民は、国家の方向を強く統制する、強固で持続的な政治権力を好む。他方で米国のほうが、ビリオネアがビッグテック、ビッグファーマ、化石燃料産業、軍産複合体を支配し、主要メディアと政治権力にも影響を及ぼしているという意味で、よりオリガルヒ的統治に近い――と筆者らは対比する。 ウクライナ侵攻を「ロシア帝国主義の再来」と解釈し続けるために、人は歴史に訴える議論を用いたくなるかもしれない。過去が未来の坩堝であるなら、古い分析枠組みで現在を理解すべきではないのか、という問いである。私たち自身、出来事を文脈に戻す必要を説いてきたし、ウクライナ戦争を理解するには歴史的視点が必要だった。だが、歴史それ自体が「帝国主義ロシア」という像を提示しているのではないか。 私たちは、2025年にパリのラルマッタン社から刊行した『21世紀の世界紛争(Le conflit mondial au XXIe siècle)』で、その逆を示した。米国の「制裁」は、いわれなき侵略への反応ではなかった。むしろ制裁こそが真の目的であり、ロシアのウクライナ介入を誘発する挑発が意図されたのである。2008年のジョージアの前例によって、米国はウクライナでも同様の介入が起きることを期待できた。西側で反復された「いわれなき侵略」という語りは、欧州にロシア産の石油・ガスへのアクセス放棄を納得させるための最良の方法だった。善意の民主主義的警察官としての米国像と、古来の帝国主義ロシア像は、欧州首脳に米国の「制裁」を受け入れさせることに成功した。だが、その制裁は米国には都合がよく、欧州を明らかに不利な経済状況に置いた。今日、欧州の指導者たちはその帰結に直面している。 結論 目の前で展開する米国帝国主義の異様さを見抜くのに、左派である必要はない。カナダのマーク・カーニー首相は、いわゆる「ルールに基づく国際秩序」から距離を取った。彼が本気かどうかは今後明らかになる。だが、いまからでも遅くない。 新たな現実に適応できないことは、紛争が長引く重要な要因になり得る。政治的アナクロニズム(時代錯誤)は、軍事対立を正当化するために操作され得る。米国の帝国主義的野心に対する西側同盟国の意図的な黙認は、イラク、アフガニスタン、リビア、ソマリア、シリア、イエメン、スーダン、ウクライナ、パレスチナで世界を荒廃させてきた。西側自身が被害者になって初めて、覚醒が芽生え始めたのである。これこそが、ドナルド・トランプ版・米国帝国主義の最大の「革新」だ。すなわち、敵と戦うだけでなく、従順であろうとする同盟国さえも、搾取し、脅し、呑み込もうとする。 ウクライナ戦争の真の犠牲者はウクライナ人民である。戦争の責任をロシアに帰することは、米国帝国主義とロシアの安全保障上の懸念を深く誤解することに由来する。そのうえ、それは米国が意図的に醸成し流布してきた、時代錯誤的でロシア嫌悪的なイメージに依拠している。西側を「啓蒙」と同義とみなす虚構の文明論的ビジョンにしがみついた結果、欧州は米国の命令に盲従する傾向を強めた。時代遅れの「米国の夢」という幻想があったからこそ、このならず者国家の好戦性は受け入れられてしまったのである。 歴史は、世界が変わらないと信じない限りにおいて、現在の世界に光を当てる。 サミール・ソール:パリで歴史学の国家博士号(doctorat d’État)を取得。モントリオール大学(Université de Montréal)国際史教授。最新刊は『Imperialism,...

極端な暑さが北東部ケニアの「働きがい」をむしばむ

【ケニア・ガリッサIPS=チェムタイ・キルイ】 水水曜日の午前9時。ハワ・フセイン・ファラは、気温が上がっていくのを感じながら、露店の支度をしていた。午前6時に起きて3人の子どもを学校へ送り出し、ガリッサ中心部の露天市場「スーク・ムグディ」に向かい、売る果物を仕入れる。|英語版|イタリア語| 木の柱に布を掛けただけの簡素な屋台だが、日陰でも熱気はこもり、空気は乾いている。木の台にはバナナやスイカ、マンゴーが並ぶ。直射日光は避けられても、暑さは和らがない。 「これだけ暑いと、お客さんが来なくなります。いったん店を閉めて、涼しくなるまで家で休むしかありません。」ファラは水のボトルを手に取り、そう語った。 ケニア北東部の乾燥地帯に位置するガリッサはいま、一年で最も暑い季節にある。例年、1月から3月の日中の最高気温は36℃前後だ。だが、郡の気象当局責任者サミュエル・オディアンボによれば、2月上旬には38℃に達し、体感温度(いわゆる「感じる暑さ」)は41℃を超えた。 同程度の高温は過去にも記録されてきた。だがオディアンボは「最近のデータでは、高温がより長く続き、平年を上回る日が連続する傾向が強まっています。」と指摘した。気象当局は、屋外に長時間いることが熱中症や脱水、皮膚へのダメージの危険を高めるとして、暑さへの注意喚起を出した。 「この傾向が続けば、3月には40℃を超える可能性があります。」とオディアンボは語った。 ファラにとって、この暑さは「働ける時間の短縮」を意味する。正午になるころには疲れが一気に出る。「体がだるくて、汗が止まりません。朝だけで水を2〜3リットル飲みます。しかし、こんなに水を飲んでも、体が楽になっているのか分かりません。」 彼女は涼しい季節より、屋台をおよそ4時間早く閉めるようになった。利幅が小さいだけに、営業時間の短縮はそのまま痛手になる。涼しい日は週の売上が約7000シリング(約54米ドル)だが、暑さが続くと約4000シリング(約31米ドル)まで落ち込み、ほぼ半減する。 売れ残った果物はすぐに傷み、柔らかくなる。2日後には値下げするか、損失を抑えるため、ジュース用として近くの食堂などに安く卸す。固定給も保障もない。失った1時間は、そのまま失収入になる。 北東部最大の交易拠点であるガリッサの経済は、家畜市場に支えられている。国際家畜研究所(ILRI)のデータによれば、地域の生計が家畜に強く依存していることは、暑さの影響を受けやすい要因でもある。極端な暑さで家畜の健康状態が悪化したり、買い手が市場に来なくなったりすれば、地域の資金の動きが鈍り、ファラのような小規模商人の客足も減る。影響が連鎖しやすい構造だ。 バイクタクシーの運転手、エミリー・ンドゥングエも同様の打撃を受けている。猛暑の間、日収は1500シリング(約11.50米ドル)から、わずか500シリング(約3.80米ドル)に落ち込んだ。 防護具を身につけるほど熱が体にこもり、道路脇で何時間も客を待つことになる。「暑さで発疹が出て、汗が止まりません。それでも子どもを養うための仕事だから、外に出なければならないのです。」 日陰はほとんどなく、点在する木陰を移動しながら次の客を待つ。日が落ちてもコンクリートの家やトタン屋根の室内に熱がこもり、体が十分に回復しない。 ケニア気象局の気候科学者で、IPCCの国内担当窓口でもあるパトリシア・ニィングロは、「夜が暑いと、日中の暑さで受けた負担から体が回復できません。」と語った。 ガリッサの気温上昇への懸念は、これまでも国会で取り上げられてきた。2022年には、当時ガリッサ選出の議員だったアデン・ドゥアレが、「住民の不安」を理由に環境省へ正式に申し入れた。省は、気候変動に伴う平年を上回る高温を認めた。 現在、ドゥアレは保健相を務める。2025年10月には「ケニア気候変動・保健戦略(2024〜2029年)」の立ち上げを主導し、国内で初めて暑さに関連する死亡を把握する枠組みが盛り込まれた。 しかし、極端な暑さへの具体的な対応は限られたままだ。ガリッサには郡の「気候変動行動計画(2023〜2028年)」があるが、主眼は干ばつや洪水、家畜の病気である。猛暑時の労働時間の調整や、暑さをしのげる公共スペース、給水・水分補給ポイントといった対策は盛り込まれていない。 国家干ばつ管理局は、任務は干ばつ関連のリスク対応であり、「暑さそのもの」は枠組みの対象外だと説明する。暑さに関する問い合わせは気象局へ、という対応にとどまった。 ファラは、その空白を日々の損失として受け止めている。「政府からは何の助けもありません。私たちは暑さで苦しんでいるのに、日陰すら足りない。郡には税金を払っていますが、損は全部、私の負担です。」 ケニアでは、インフォーマル部門で働く人が労働者の約8割を占める。ILOの2024年7月報告書は、アフリカが世界で最も暑さの影響を受けやすい労働が多い地域だと指摘し、労働者の92.9%が高温環境の影響を受けているとした。ILOは、極端な暑さで労働能力が最大約50%低下し得ると警告している。生産性の低下による世界の損失は、2030年までに2.4兆米ドル規模に達する見通しだという。 極端な暑さは、SDG8.8(安全な労働環境)を脅かし、SDG13(気候変動対策)の遅れも示している。NCCAPは大規模農業とエネルギー基盤を優先し、露店市場などインフォーマル労働を守る具体策が乏しい。 暑さは誰にでも襲うが、負担の出方は平等ではない。研究者によれば、ガリッサの女性は「二重の負担」を抱えている。日中は市場で高温にさらされ、帰宅後は風通しの悪い家で、子どもや高齢者の世話など無償のケア労働を担う。結果として、負荷がほぼ一日中途切れない。 米シンクタンクの大西洋評議会(Atlantic Council)気候レジリエンスセンターの研究は、家事労働も含めると、暑さによって女性の総労働負担が最大260%増える可能性があると報告した。 「これは、弱い立場の人ほど重くのしかかる“逆進的な税金”のようなものです。」こう語るのは、気候レジリエンス・フォー・オール(CRA)のCEO、キャシー・ボウマン・マクラウドである。彼女はフリータウン(シエラレオネ)などの研究を引き合いに、「暑さによる中断で、インフォーマル市場で働く女性は収入の最大60%を失う可能性があります。」と語った。 「体は常に攻撃されていると錯覚します。インドで試験的に導入が始まっている『暑さ保険(熱波で働けない損失を補う仕組み)』のような手立てがなければ、危機は収入だけでなく、体の回復力そのものも削っていくのです。」—マクラウドはそう付け加えた。 アフリカで最初に国として「暑さ対策計画(HAP)」を採用したのはシエラレオネである。これは、極端な暑さがもたらす健康被害と経済損失に備え、対応し、影響を減らすための包括的な政策枠組みだ。 ニィングロとともに『ケニアの気候の現状2024』を共同執筆したジョイス・キムタイ医師は、各地域に合わせた暑さ対策計画の整備こそ「いま最も急ぐべき適応策」だと語る。「暑さは静かな殺し屋です。経済への影響が十分に数字で示されていないため、政策が気温上昇に追いついていないのです。」 首都ナイロビの郡では、極端な暑さの際に労働時間を調整したり公共の涼み場を開放したりできる枠組み案を試行中である。まだ正式採用には至っていないが、キムタイは他の郡のモデルになり得ると期待する。 ガリッサの気温が40℃に近づくなか、ファラは一人でしのぐしかない。傷み始めた果物を片づけ、店を4時間早く閉め、その損失を自分で抱える。 彼女の暮らしを支える仕組みは、まだない。あるのは暑さだけだ。(原文へ) This article is produced to you by IPS NORAM,...

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