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ブネイ・メナシェの帰還

インドの「失われた部族」とイスラエルの新たなアリヤー作戦 【エルサレムINPS Japan=ロマン・ヤヌシェフスキー】 2026年春、イスラエルは近代ユダヤ史上でも極めて異例の移民事業を開始した。インド北東部に暮らすブネイ・メナシェ共同体の数千人をイスラエルに迎え入れる、政府支援の取り組みである。|ENGLISH|RUSSIAN| イスラエル当局にとって、この計画は単なるアリヤー(イスラエルへの移住)事業にとどまらない。聖書に登場する「イスラエルの失われた10部族」の一つの子孫が、古代からの歴史的な帰還を果たすものと位置づけられている。 民を一つに結ぶ取り組み 新構想に基づく最初の大規模便は2026年4月、インドのミゾラム州とマニプール州から約240人の移民を乗せ、ベン・グリオン空港に到着した。「夜明けの翼」と名付けられたこの作戦は、2025年末にイスラエル政府が承認した、より広範な国家予算による計画の幕開けとなった。 イスラエル政府とユダヤ機関によれば、2026年末までにブネイ・メナシェ共同体の約1200人がイスラエルに到着する見通しである。長期計画では、2030年までに、インドに残る共同体のほぼ全員にあたる約5000~6000人を移住させることを目指している。 これは近代史上、「失われた部族」の伝承に結び付けられる共同体を対象とした、最大規模の組織的アリヤー事業の一つとなる。イスラエル当局は、この計画をイデオロギー的、歴史的な意味合いを持つものとして公然と位置づけている。ベンヤミン・ネタニヤフ首相はこの取り組みを「重要でシオニズム的」と評し、アリヤー・統合相のオフィル・ソフェル氏は、離散した民を集めるというイスラエルの国家的使命の一環だと述べている。 この作戦は、家族再統合とも深く関わっている。過去20年余りの間に、ブネイ・メナシェの数千人がすでにイスラエルへ移住したが、官僚的制約やイスラエルの移民政策の変化により、多くの場合、親族をインドに残さざるを得なかった。新計画は、残された家族の移住を完了させることを目的としている。 イスラエルの団体「シャヴェイ・イスラエル」によれば、現在、約5000人のブネイ・メナシェがイスラエルで暮らしている。同団体は2000年代初頭から、彼らのアリヤーを支援する中心的役割を担ってきた。多くはガリラヤ地方やノフ・ハガリル、キリヤト・ヤム周辺など、イスラエル北部に定住している。 ブネイ・メナシェとは何者か ブネイ・メナシェ共同体は主に、ミャンマーとバングラデシュに近いインド北東部の辺境地帯に暮らすチン、クキ、ミゾ系の部族集団にルーツを持つ。彼らはチベット・ビルマ語派の言語を話し、歴史的には地域固有の部族宗教を信仰していたが、19世紀から20世紀にかけての大規模なキリスト教宣教活動により、この地域の宗教的景観は大きく変化した。 現代のブネイ・メナシェとしてのアイデンティティは、20世紀を通じて徐々に形成された。共同体には、「シンルン」または「チンルン」と呼ばれる古代の故地に関する伝承や、遠い西方の地から移動してきたとする口承が残されていた。1950年代になると、一部の部族指導者が、これらの伝承を聖書に登場するマナセ族の物語と結び付けるようになった。マナセ族は、2700年以上前、アッシリアによる北イスラエル王国征服後に追放された「失われた10部族」の一つとされる。 やがて、これらの共同体の数千人がユダヤ教の慣習を取り入れるようになった。安息日を守り、聖書に基づく祝祭日を祝い、特定の食物を避け、ヘブライ語の祈りを受け入れた。最終的に共同体の指導者らは、ユダヤ人との正式な再結合とイスラエルへの移住を求め、イスラエルの宗教当局や関連団体に接触した。 転機となったのは2005年である。イスラエルのセファルディ系首席ラビが、ブネイ・メナシェをイスラエルの子孫として正式に認めた。ただし、彼らの正確な系譜には不確実な点があり、主流のユダヤ教から何世紀にもわたって隔絶していたため、共同体の成員は、イスラエルの帰還法に基づく市民権取得に先立ち、正式な改宗手続きを受けることを求められている。 このアリヤー事業の中心的組織が、イスラエル元政府関係者のマイケル・フロイント氏が設立したシャヴェイ・イスラエルである。同団体は長年にわたり、インドでの宗教教育プログラムへの資金提供、改宗手続きの支援、移住便の調整を行ってきた。 「失われた10部族」の謎 ブネイ・メナシェの物語が多くのイスラエル人を引き付けるのは、それがユダヤ教における最古級の歴史的謎、すなわち「失われた10部族」の行方に関わるものだからである。 聖書と歴史的伝承によれば、古代イスラエル12部族のうち10部族は、紀元前8世紀にアッシリア帝国が北イスラエル王国を征服した後、歴史の表舞台から姿を消した。何世紀にもわたり、ユダヤ世界では、これらの部族の痕跡を残している可能性のある孤立した民族をめぐる伝説が語られてきた。 ブネイ・メナシェの事例が特異なのは、それが単なる象徴的、精神的な主張にとどまらない点にある。「失われた部族」の伝承につながる可能性を自認する数千人が、集団としてイスラエルに移住し、正式な宗教的承認を受け、ユダヤ人としてイスラエル社会に統合されつつある。この規模の移住が、特に「失われた部族」の物語と結び付いて行われる例は、近代ではほとんど前例がない。 一方で、歴史家や遺伝学研究者は慎重な見方を崩していない。 現在のところ、ブネイ・メナシェが古代マナセ族の直系の子孫であることを示す決定的な考古学的、文献的、遺伝的証拠は存在しない。多くの研究者は、その関連性を「あり得るが証明されていない」と見ている。最も有力な根拠は、口承、一部の儀礼上の類似性、そして共同体が長年抱いてきたイスラエル人としての自己認識である。一方、批判的な見方をする人々は、現代のブネイ・メナシェのユダヤ教的実践の一部は、特に20世紀に比較的新しく形成されたものだと指摘している。 イスラエル国内でも見解は分かれている。宗教当局者の中には、ブネイ・メナシェを、何世紀にもわたりアジアで孤立していた古代イスラエル人集団の真正な残存者と見る人々がいる。一方で、彼らを古代イスラエル人の直接の血縁的子孫ではなく、聖書の伝承に触発された誠実な改宗者と見る立場もある。イスラエル政府自体は、歴史的主張を断定することをおおむね避け、共同体のユダヤ教とシオニズムへの献身を強調している。 今回のアリヤー作戦は、インド北東部の不安定化を背景に進んでいる。2023年以降、マニプール州で続く民族間暴力により、共同体の多くが避難を余儀なくされ、移住手続きを完了させようとする動きが加速した。共同体の指導者らは、イスラエルの新たな取り組みを、人道的使命であると同時に、数十年来の夢の実現だと表現している。 多くのイスラエル人にとって、この物語が持つ感情的な力は、科学的な確実性にあるのではない。むしろ、インドの遠隔の山岳地帯に暮らす人々が、自らを「故郷へ帰る者」と信じてユダヤ国家に到着するという、歴史的象徴性にこそある。 ブネイ・メナシェだけではない「失われた部族」説 「失われた部族」と結び付けられてきた集団は、ブネイ・メナシェだけではない。 最も頻繁に論じられる共同体の一つが、エチオピアのベタ・イスラエルである。彼らのユダヤ人としてのアイデンティティはイスラエルによって正式に認められ、「モーセ作戦」や「ソロモン作戦」により、多数がイスラエルへ移住した。多くの伝承では、彼らはダン族と結び付けられるが、その正確な起源については、歴史家の間で今も議論が続いている。 しばしば言及されるもう一つの集団が、アフガニスタンとパキスタンのパシュトゥン人である。一部のパシュトゥン部族には、自らを古代イスラエル人と結び付ける口承があり、部族名の中には聖書の部族名に似たものもある。しかし、主流の歴史家は、その証拠は極めて不確実だと見ている。 南部アフリカのレンバ人も注目すべき事例である。遺伝学研究では、レンバ人の祭司階層の一部に中東系の遺伝的指標が確認されており、ユダヤ世界の外にありながら、古代近東系の祖先を示す一定の証拠を持つ数少ない集団の一つとされる。それでも研究者の間では、それが古代イスラエル人に由来するものなのか、あるいはより広範な歴史的中東移住を反映するものなのか、見解が分かれている。 中央アジアの共同体、クルド人の一部、中国や日本の特定集団も、時に「失われた部族」説と結び付けられてきた。ただし、多くの場合、その証拠は断片的であるか、主として民間伝承の域を出ない。 ブネイ・メナシェを際立たせているのは、その物語が伝説の域を超え、国家政策へと移行した点である。2026年、飛行機が到着し、家族が移住し、古代聖書に由来する物語が、歴史的に証明可能かどうかにかかわらず、現代イスラエルの物語の中に織り込まれつつある。 この記事に言及されている「ユダヤ人の失われた十部族が日本に渡来した」という「日ユ同祖論」は、アッシリアに滅ぼされた古代イスラエルの人々が日本へ渡り、その文化や血縁が現代の日本人に引き継がれているとする説。主な根拠として、日本の神事や歌とヘブライ語の類似性(北海道の民謡「ソーラン節」の囃子詞「ヤーレンソーラン」は、ヘブライ語で「神に喜び歌う、独りで歌う者(あるいは神が答えてくださった)」という意味を持つと解釈される等)、秦氏の渡来などが挙げられるが、歴史的には実証的な証拠がない空想的な説として扱われている。 この物語には、少なくとも4つの国連持続可能な開発目標(SDGs)が関連している。 SDG 10(人や国の不平等をなくそう):ブネイ・メナシェのアリヤーは、地理的に孤立し、周縁化されてきた少数派をイスラエル社会に統合する取り組みである。共同体の多くは、インド北東部の経済的に開発が遅れた地域の出身であり、移住後には言語、教育、雇用面での障壁に直面する。 SDG 16(平和と公正をすべての人に):ブネイ・メナシェの事例は、法的承認、市民権、宗教的地位、制度的包摂といった問題を含んでいる。また、この作戦は難民危機や紛争に伴う避難ではなく、平和的な人道的移住の取り組みとして語られることが多い。 SDG 4(質の高い教育をみんなに):教育は、ブネイ・メナシェのアリヤーの過程で重要な役割を果たしている。移住の前後に、多くの参加者がヘブライ語教育、ユダヤ教教育、職業訓練、文化的オリエンテーションを受ける。 SDG 11(住み続けられるまちづくりを):多くのブネイ・メナシェ移民は、ガリラヤ地方やイスラエル北部の周辺地域に定住している。これは地域共同体と人口の維持・強化に寄与するとともに、文化的多様性の保全にもつながる。また、この物語は、伝統、アイデンティティ、共同体の継続性といった無形文化遺産の保護にも関わっている。 This article is brought...

ロシアが集めるアフリカの「捨て駒」

【ロンドンIPS=アンドリュー・ファーミン】 4月7日、カメルーン政府は、ウクライナでロシア軍として戦い、死亡が確認された自国民16人の名簿を公表した。これにより、この遠い戦争で命を落としたカメルーン国民は、おそらく100人を超えたとみられる。ロシアが近年、アフリカを重点対象として進めてきた兵員募集の中で、カメルーンは最も多くの犠牲者を出した国となった可能性が高い。 消耗戦 ウラジーミル・プーチン大統領が2022年2月にウクライナへの全面侵攻を開始した際、この戦争は数日で終わると見込んでいた可能性が高い。だが、戦闘は4年目に入ってなお続き、ロシアの戦術は双方に甚大な人的損失をもたらしている。プーチン氏は兵士の命を顧みず、「肉挽き機」とも呼ばれる波状攻撃で、部隊を繰り返しウクライナ軍の前線に投入してきた。偽情報が広く飛び交う中、死傷者数の推計には大きな幅がある。死亡が確認された兵士を集計するあるプロジェクトでは、ロシア軍の死者は20万6000人を超えるとされる一方、130万人に達するとの推計もある。ロシアは補充を上回るペースで兵士を失っているとみられる プーチン氏は北朝鮮の独裁者、金正恩総書記にも頼った。2024年以降、北朝鮮軍はロシア軍とともに戦っており、2万人超が投入され、6000人の死傷者が出たと報じられている。ロシアはまた、中央アジア諸国や、キューバのような長年の友好国からも人員を募集してきた。ウクライナ側もコロンビア人傭兵を含む数千人の外国人戦闘員を受け入れている。そうした中、ロシアは今、ますますアフリカに目を向けている。 ロシアの対アフリカ戦略 プーチン氏は長年にわたり、アフリカ諸国との関係強化を進めてきた。そうした関係は、ロシアが国際的孤立を和らげ、西側諸国からの圧力に対抗するうえで重要な役割を果たしている。軍事面でも、その関係は一方向ではない。謎の多いワグネル・グループのロシア人傭兵は、現在ではロシア政府の統制をより強く受けながら、ブルキナファソ、中央アフリカ共和国、マリを含む最大18のアフリカ諸国で活動している。ある国では反政府勢力と戦う政府軍を支援し、また別の国では、対立する2つの政権が権力を争うリビアや、残虐な内戦が続くスーダンのように、権力闘争を繰り広げる一方に肩入れしている。ロシア人傭兵は、その活動先の各地で残虐行為への関与を非難されてきた。 ロシアの進出は、一部で歓迎をもって受け止められてきた。旧宗主国フランスに代わる存在として、より対等な関係を約束する相手と映ったためである。2022年にワグネル部隊がマリに入った際には、沿道に集まった群衆がロシア国旗を振ってこれを迎えた。こうした歓迎の空気は、多くの場合、ロシアの軍事関与に先立って展開される親ロシア的な偽情報キャンペーンによって下地がつくられている。 しかし、その関係は搾取的である。ロシアは兵力提供の見返りとして、通常、ダイヤモンドや金などの天然資源を得る。そうして得た資源は、アフリカで掲げる反帝国主義の言辞とは裏腹に、本質的には帝国主義的なこの戦争を支える資金源となっている。 中部・西部アフリカの抑圧的な政権―その多くは軍事政権、あるいは軍を出身基盤とする指導者が率いている―にとって、人権状況を問題にしないパートナーは都合がよい。ロシア軍による人権侵害を明るみに出そうとする市民社会組織やメディアは、攻撃の対象にされている。 アフリカからウクライナ前線へ ロシアは今、多くの若いアフリカ人男性の経済的困窮につけ込み、彼らをウクライナの前線に送り込み、ときに死に追いやっている。市民社会による最近の広範な調査では、ロシアがこれまでに少なくとも1417人のアフリカ国籍者を募集してきたことが確認されている。実際の人数は、ほぼ確実にこれを上回る。募集人数は年々増えており、そこには組織的な計画がうかがえる。確認された募集者数が最も多いのはエジプトで、カメルーン、ガーナがこれに続く。確認された1417人のうち、316人、すなわち22%が死亡したと報告されている。 一部の応募者は、オンライン上でロシア支持を表明している。他方で、ロシア国籍の取得や、母国では到底得られないほど高額の報酬に引きつけられる者もいる。最近のビザ要件緩和が示すようなロシアの「開放性」を、移民への敵意を強める欧州と比較して受け止めているのかもしれない。 だが、脱出に成功した人々の中には、だまされたと証言する者もいる。偽の求人広告によって、配管工や警備員などの民間職、あるいは後方支援業務に就くのだと信じ込まされていたのだ。現地に到着すると、読めもしないロシア語の契約書への署名を強いられ、わずかな訓練だけで前線へ送られる。死亡者の平均従軍期間がわずか6カ月にすぎないことは、ロシアが彼らを使い捨てとして扱っている証拠である。 勧誘を後押しする仲介者たち―募集を宣伝するソーシャルメディアのインフルエンサー、旅行代理店、人身売買ネットワークなど―は、この仕組みから利益を得ている。奇妙な政治的皮肉として、南アフリカの元大統領ジェイコブ・ズマ氏の娘ドゥドゥジレ・ズマ=サンブドラ氏も、アフリカ人勧誘への関与が指摘されている一人である。中には、父親の政党のボディーガードとして訓練を受けるのだと偽って勧誘された人もいる。昨年12月には、南アフリカ警察が、親ロシア的プロパガンダの拡散で知られるジャーナリストを含む5人を、南アフリカ人の勧誘に関する容疑で逮捕した。 説明責任を求める圧力 証拠が積み重なるにつれ、いくつかのアフリカ諸国政府は対応に乗り出した。トーゴ政府は国民に危険性を警告し、複数のトーゴ兵がウクライナで拘束された際には、彼らが仕事や就学の機会を約束されて現地に誘い出されたことを確認した。昨年、ボツワナ政府は、短期の軍事訓練プログラムに参加するつもりだった2人の若者が、実際には戦闘への参加を強いられていた事案について調査すると発表した。2月には、ガーナ外相が少なくとも55人の自国民が死亡したことを認め、ガーナ人捕虜の解放を求めてウクライナを訪れた。ケニアと南アフリカの警察は、人身売買組織を摘発し、募集機関を閉鎖した。ケニア政府は最近、ロシアがケニア国民の募集停止に同意したと明らかにしており、継続的な二国間圧力が成果を生み得ることを示している。 しかし、多くのアフリカ諸国政府はいまなお現状を認めようとしていない。自国民の命よりも、ロシアとの良好な関係を優先しているのである。そうすることで、自国民の命がロシアにとってそうであるのと同様に、自分たちにとっても消耗品同然であることを自ら示している。 ロシアによるこの搾取的な勧誘を終わらせるため、さらに多くの国が圧力を強めなければならない。そして、若いアフリカ人の福祉を本気で案じているとする国際的パートナーにとって、取るべき第一歩は明らかである。すなわち、困窮した若者たちが格好の勧誘対象となってしまう経済状況の改善を支援し、ロシアのような国ですら魅力的な行き先に見えてしまうような敵対的な移民政策を改めることである。 アンドリュー・ファーミンは、CIVICUS編集長、CIVICUS Lens共同ディレクター兼ライター、『State of Civil Society Report』共同執筆者。インタビューまたは詳細については、research@civicus.org まで。 INPS Japan/IPS UN...

トランプ・習首脳会談、台湾、イラン、そして世界の権力政治を議題に

【ニューヨークINPS Japan/ATN=アハメド・ファティ】 ドナルド・トランプ米大統領が今週予定している北京訪問は、貿易、関税、そして何らかの経済的成果をめぐるものとして語られている。だが、それはこの訪問を最も分かりやすく説明した場合にすぎない。より複雑で本質的なのは、世界の2大国が、公然たる対立に陥ることなく競争を管理し続けられるのかを試されている局面で、トランプ氏が中国を訪れるという点である。|ENGLISH| トランプ氏は5月14日から15日にかけて、北京で習近平国家主席と会談する見通しである。専門家らは今回の会談について、世界で最も重要な2国間関係を安定させるための、限定的ながらも意味のある試みとみている。戦略国際問題研究所(CSIS)によると、米国は経済とイラン問題に焦点を当てる一方、中国は米中関係の安定と台湾問題での進展を求める構えだ。 この違いは重要である。2017年のトランプ氏の初訪中は、儀礼や称賛、個人的な相性を強調する言葉に彩られていた。だが今回、北京で行われる2度目のトランプ・習会談を取り巻く環境は、はるかに厳しい。貿易摩擦、台湾をめぐる不安、技術規制、レアアースをめぐる中国の交渉力、イラン戦争、世界のエネルギー市場への圧力、そしてワシントンと北京の間で深まる不信が重くのしかかっている。 この首脳会談で問われているのは、トランプ氏がより有利な取引をまとめられるかどうかだけではない。得るもの以上の譲歩を迫られる事態を避けられるかどうかである。 ワシントン側の当面の狙いは明確だ。トランプ氏は目に見える成果を求めている。経済面での譲歩、中国による米国産品の購入拡大、フェンタニル問題での進展、重要鉱物へのアクセス、そして場合によってはイランをめぐる協力である。ホワイトハウスは今回の訪問を、トランプ氏の個人外交が中国政府を交渉のテーブルに引き戻した証しとして打ち出すだろう。 しかし、習政権も手ぶらで臨むわけではない。中国は、重要鉱物の供給網に対する支配、イランとの経済関係、そして台湾周辺の緊張を沈静化させることも高めることもできる能力を含め、独自の交渉力を持って首脳会談に臨む。米外交問題評議会(CFR)は、中国が会談を前に優位に立っている可能性があると指摘する。その一因は、イラン戦争が世界の不安定化を招く一方で、中国が重要鉱物とエネルギー外交を通じて交渉力を保っていることにある。 習氏の目的はトランプ氏とは異なる。劇的な発表は必要としていない。習氏が必要としているのは、中国が封じ込めるべき問題ではなく、対等な大国として扱われなければならないという認識である。北京はワシントンとの安定を望んでいるが、それは中国が「核心的利益」と呼ぶものを守る条件の下での安定である。 その核心的利益の中心にあるのが台湾である。 中国当局者は首脳会談を前に、この点を繰り返し強調してきた。北京は、米国は自らの約束を守り、台湾問題を慎重に扱うべきだと述べている。中国国営メディアもまた、台湾が米中関係の中核に位置し続けていると強調している。 この点に、今回の会談で最も危うい外交上の駆け引きが潜んでいる。懸念されるのは、トランプ氏が台湾を正式に見捨てることではない。むしろ問題は、同氏の取引重視の姿勢が、米国の台湾関連の表現を弱めることや、台湾への武器売却を遅らせること、あるいは他分野での協力と引き換えに対中圧力を下げる暗黙の了解を中国に求めさせる可能性がある点である。 購入合意や関税の一時停止、あるいはイランに関する声明は、ワシントンでは勝利と受け止められるかもしれない。だが、その代償がアジアにおける抑止力の低下や同盟国の信頼低下、台湾問題をめぐる曖昧さであるなら、戦略的損失は経済的利益を上回りかねない。 アジアにおいて、言葉は単なる飾りではない。一つの表現が同盟国を安心させ、市場を動揺させ、あるいは軍事的な試みを誘発することがある。 イランは、さらに別の層を加える。戦争はトランプ氏の立場を複雑にしている。中国はテヘランと重要な関係を維持する一方で、湾岸地域のエネルギー供給の安定にも依存しているからである。北京には紛争の拡大を防ぐ利益がある。しかし、ワシントンの下請けのように振る舞う理由はない。 中国は、ホルムズ海峡の安定を回復する取り決めにトランプ氏が至るよう促す可能性が高い。しかし、米国のためにイランへ圧力をかけているように見えることは避けるだろう。そこに習氏の交渉余地が生まれる。米国がイランの抑制、石油輸送の維持、あるいは外交経路の再開に向けて中国の協力を望むなら、北京は見返りを求めることになる。 その答えは、関税、制裁、技術規制、あるいは台湾に関する表現に及ぶ可能性がある。 だからこそ、今回の訪問は2国間関係を超えるリスクを伴う。日本、韓国、台湾、欧州、中東諸国はいずれも、トランプ氏と習氏が大国間の秘密取引を作り出していないかを注視するだろう。小国や中堅国が恐れるのは、ワシントンと北京の対立だけではない。自分たちの知らないところで取り決めがなされることも恐れている。 技術もまた戦場である。半導体、人工知能、輸出規制、レアアースをめぐる争いは、もはや国家安全保障と切り離せない。記者会見では関税が前面に出るかもしれない。しかし、半導体と鉱物こそが将来の権力の構造を形づくる。技術競争の方向性が明確にならないまま貿易休戦が成立しても、市場を一時的に落ち着かせるだけで、対立の核心は手つかずのまま残る。 ブルッキングス研究所は、この首脳会談で注視すべき論点として、会談が緊張緩和につながるのか、どのような実務レベルの協議枠組みが立ち上がるのか、そして双方が台湾、貿易、レアアース、世界的危機管理といったより深い問題にどう向き合うのかを挙げている。 それこそが、最も現実的な成功の尺度である。この首脳会談が米中競争を解決することはない。決めるのは、その競争がより予測可能なものになるかどうかにすぎないかもしれない。 中国にとって、予測可能性は有用である。それは北京に、経済を強化し、世界各地の連携を深め、外交的影響力を拡大し続ける時間を与える。トランプ氏にとって、予測可能性が政治的に有用となるのは、それが目に見える成果を伴う場合に限られる。この不一致は重要である。習氏は雰囲気だけで首脳会談を終えることができる。トランプ氏には成果物が必要である。 危険なのは、その成果物そのものが罠となることである。 購入合意、一時的な関税停止、あるいはイランに関する声明は、ワシントンでは勝利に見えるかもしれない。しかし、その代償がアジアにおける抑止力の低下、同盟国の信頼の弱体化、台湾をめぐる曖昧さであるなら、戦略的な損失は経済的利益を上回りかねない。 北京訪問の核心的な問いはここにある。トランプ氏は対立を安定させようとしているのか。それとも、それを取引材料として換金しようとしているのか。 両者は異なる。 対立を安定させるには、規律、明確なレッドライン、同盟国への安心供与、そして危機管理と核心的な安全保障上の約束を切り離す意思が必要である。対立を換金するとは、あらゆる問題を一つの取引に混ぜ込むことを意味する。台湾と貿易、イランとレアアース、関税と沈黙、安定と服従である。 習氏は、トランプ氏が北京に何を持ち込んだのかを試すだろう。 首脳会談は、丁寧な言葉、限定的な合意、そして世界で最も重要な2国間関係を掌握していると主張する2人の強力な指導者の映像を生み出すかもしれない。しかし、本当の結果は細則の中に、あるいは語られずに残されたことの中にあるのかもしれない。 台湾が曖昧に扱われれば、同盟国はそれに気づくだろう。イランが交渉に組み込まれれば、湾岸諸国はそれに気づくだろう。技術規制が緩めば、市場と安全保障機関はそれに気づくだろう。声明が難題を完全に避けるなら、その沈黙にも意味が宿る。 本稿は、トランプ氏の中国訪問が持つ世界的な意味を検証するATNの連載第1回である。次回以降の記事では、日本と韓国が台湾、北朝鮮、同盟の信頼性という観点からこの首脳会談をどう読んでいるのか、中東・北アフリカがイラン、石油、海洋安全保障、戦略的ヘッジの限界を通じて何を見ているのか、そして欧州がウクライナ、貿易、NATO、中国との不安定な関係におけるリスクをどう評価しているのかを取り上げる。 トランプ氏は取引を求めて北京に到着するかもしれない。習氏が求めるのは、より大きなものである。米国の圧力政策には限界があるという証明である。 そしてその駆け引きにおいて、写真撮影の機会は最も重要でない部分かもしれない。 アハメド・ファティは、国際的に配信されるジャーナリストであり、国連担当記者、国際情勢アナリスト、人権問題のコメンテーターである。外交、多国間主義、権力、公共の自由、そして世界の未来を形づくる政治について執筆している。INPS Japanは提携メディアとしてATN記事の一部を日本語に翻訳して配信している。 INPS Japan 関連記事: トランプ氏の中国訪問―成果を持ち帰れるか 強硬な米国にどう向き合うか―グローバル・サウスが示す現実的な選択 勝利ではなく持久―イランの消耗戦略が鮮明に

核の「危機一髪」が示す、核抑止は平和の保証ではない

【国連IPS=ナウリーン・ホセイン】 核戦争の影響は国境を越え、世代を超えて及ぶ。それを知りながら、核兵器保有国を含む各国は、核使用を禁忌とする「核のタブー」をますますないがしろにし、破局を防ぐ手段として核抑止に大きく依存している。|英語版| 冷戦期には、世界が核戦争に突入しかねなかった核の「危機一髪」の事例がいくつもあった。人間の介入、あるいは単なる幸運がなければ、世界は核戦争に陥っていたかもしれない。1962年のキューバ危機や1983年のペトロフ事件は、歴史上よく知られた例である。しかし、それ以外の事例もまた、こうした「危機一髪」から何を学ぶべきかを示している。 2026年NPT再検討会議の関連行事として、研究者、政府関係者、市民社会の代表らが集まり、この問題について議論した。5月1日、創価学会インタナショナル(SGI)とジェームズ・マーティン不拡散研究センター(CNS)が共催した会合では、核エスカレーションを防ぐための過去と現在の取り組みをめぐって討議が行われた。パネリストらは、こうした事例が、核抑止は軍縮に向けた有効な安全保障戦略とは限らず、不拡散にとっても確かな手段とは言えないことを示していると論じた。 「キューバ危機、ペトロフ事件、ノルウェー・ロケット事件(=ブラック・ブラント・スケア)、そしてあまり知られていない多くの事例を含む『危機一髪』の歴史は、抑止が機能してきたことを示しているのではありません。むしろ、抑止が記録に残るいくつもの場面で、失敗寸前にまで至ったことを示しています。」「幸運は安全保障戦略ではありません。それにもかかわらず、60年を経た今もなお、国際安全保障秩序はその幸運の上に成り立っているのです。」と、オーストリア外務省のジョージ=ヴィルヘルム・ガルホーファー軍縮・軍備管理・不拡散局長は語った。 ガルホーファー氏はさらに、核兵器保有国と非核兵器国との間で率直な対話を促進し、非核兵器国がすべての当事者に対し、そこに懸かっているリスクの大きさを想起させることで、核のタブーを改めて強化する必要があると指摘した。NPTや核兵器禁止条約(TPNW)のような条約は、単なる道徳的・倫理的枠組みではなく、安全保障条約として位置づけられるべきだと述べた。 ジョンズ・ホプキンス大学教授で、(核兵器禁止条約の国連交渉会議で議長を務めた)コスタリカの元国連大使であるエレイン・ホワイト氏も同様の見解を示し、核の危険という問題は、法的枠組みだけでなく社会的な次元にも深く根差していると述べた。核の危険に対する共通認識は、兵器システムや条約だけによって形づくられるものではなく、意思決定者や社会の価値観によっても形成されるという。 「21世紀において、私たちは、核のタブーの侵食を、より広範なナショナリズムの潮流から切り離して考えることはできないと認識しなければなりません。そうした潮流は人命の価値に序列をつけ、他者に対する大量破壊さえも容認され得るものとして想像しやすくしています。」とホワイト氏は語った。 人工知能(AI)などの新興技術は、核エスカレーションをさらに複雑化させるおそれがある。核兵器保有国は、技術的優位を保とうとする中で、人的ミスの余地を減らせる可能性があると見なして、こうした技術を導入しようとしている。核兵器使用をめぐる意思決定の自動化は、まったく新しい問題ではない。1979年と1980年には、北米航空宇宙防衛司令部(NORAD)がミサイル警戒システムの誤作動により、複数回にわたって誤警報を受けた事例がある。 CNS研究員のヤンリアン・パン氏は、これらの事例は、自動化されたシステムであっても、自動化バイアスや意思決定時間の圧縮といった問題を免れず、事故の可能性を高め得ることを示していると指摘した。核使用の判断において人間が「意味のある」統制を維持すべきであることは当然だが、パン氏は、こうした危機一髪の事例は、人間の統制下でも起きたと述べた。 「私たちは、自動化への対抗策として単純に人間による統制を語るのではなく、自動化が人間による統制の信頼性にどのような影響を及ぼすのかを議論すべきです。」とパン氏は語った。 現在、学術研究は、核の危機一髪がどのように対処されてきたのか、その中に繰り返し見られるパターンを明らかにし、それがこの分野のリスク低減について意思決定者に何を示唆するのかを探ることができる。カリフォルニア大学グローバル紛争・協力研究所(IGCC)のポストドクトラル・フェロー、サラ・ビドグッド氏によれば、近年の研究では、核の危機一髪すべてに適用できる単一の危機管理の枠組みは存在しない可能性が検討されている。 危機管理とリスク低減に関して言えば、過去の核戦争寸前の危機に見られる力学は一様ではなく、その結果にもさまざまな違いがある。指導者がこうした状況から読み取る教訓は、必ずしも核兵器依存からの転換につながるとは限らない。むしろ、こうした出来事は、核兵器のリスクと利点について指導者がすでに抱いている考えを強化する場合がある。指導者が核兵器に戦略的価値を見いだしている場合、危機一髪の事態を経験した後も、紛争の複数の段階で核兵器使用を威嚇できる新たな能力を受け入れる可能性がある。ビドグッド氏は、こうしたシナリオが、現在の地政学的環境におけるリスク低減の将来に何を意味するのかと問いかけた。 「軍備管理とリスク低減を再び軌道に乗せるには、キューバ危機のような出来事がもう一度必要かもしれない――私たちの分野でしばしば聞かれるこの通説には、かなり懐疑的であるべきです。私の理論が正しければ、次の危機は、私たちをまったく異なる道へとさらに進ませる可能性も十分にあります。そしてこれは、研究者や実務者としての私たちが、まだ十分に考慮していない点だと思います。」とビドグッド氏は述べた。 こうした核戦争寸前の危機は、核兵器保有国の政策や立場によってというよりも、個々の人間の判断によって回避されてきた場合が多い。SGI平和センター軍縮・人権部長の砂田智映氏は、1962年のキューバ危機のさなか、太平洋地域でも危機一髪の事態が生じていた例を紹介した。そのミサイルは、発射されれば、危機に直接関与していない第三国を標的にしかねないものだった。当時、米施政下にあった沖縄の米軍メースB核ミサイル基地には、都市を壊滅させる威力を持つ核ミサイルが配備されていた。沖縄の基地には、正式に認証されたものと見られる発射命令が届いた。しかし、現地で最上級の士官だったウィリアム・バセット大尉は、発射命令とミサイルの即応態勢との間に食い違いがあることに気づいた。さらに、この基地のミサイルの主な標的が中国だったことも踏まえ、部下に発射態勢を解除するよう命じた。 砂田氏は、核をめぐる緊張緩和の判断の根底にあった切迫感が、現在の議論から失われていると警告した。また、核被害の現実や広島・長崎の惨禍の記憶が「抽象的な歴史」へと薄れつつあると指摘した。そのうえで、核軍縮教育は「戦略的自制」を維持するための「不可欠な仕組み」であり、その成功の鍵となるのは他者の痛みに共感する力であって、それ自体が抑止の一形態となると訴えた。 「私たちは、自らの生存を幸運に委ね続けることはできません。」「すべての締約国に対し、リスク低減には軍事ドクトリンを調整するだけでは足りないことを認識するよう求めます。そのためには、教育を通じて、これらの兵器に対する理解を根本から転換する必要があります。憎悪の連鎖を断ち切り、他者を大切にし、尊重する心を育むことによって、私たちは究極的な軍縮と、真の平和教育を実現できるのです。」と、砂田氏は語った。 This article is produced to you by IPS NORAM, in...

欧州と多国間主義