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イラン紛争:「内戦は不可避」

【マンチェスターIPS=カルロス・スルトゥサ】 英北部マンチェスター中心部には、イランとイスラエルの国旗が掲げられ、約半世紀前に打倒された国王と、亡命先から王位継承を主張するその息子の肖像が並んでいた。アヤトラ体制に代わる選択肢として、レザ・パフラヴィ氏を支持するイラン人たちのデモである。 「体制は、もう長くは続かない。移行期を導き、国の統一を保てるのはレザ・パフラヴィだけだ。」家族がイラン国内で報復を受けることを恐れ、フルネームの公表や写真撮影を拒んだ若い女性ナザニンさんは、IPSの取材に対してこう語った。 実際、彼女自身も祖国をよく知っているわけではない。英国生まれで、両親が1982年に逃れたイランを一度も訪れたことがない。両親が祖国を去ったのは、聖職者らに乗っ取られた革命によって、西側に支えられた約40年の専制体制が終わってから3年後だった。 それ以来、イランはシーア派イスラム神権体制の下にあり、異論には苛烈な弾圧が加えられてきた。1月初旬には新たな弾圧の波が押し寄せ、死者数をめぐる数字は大きく食い違っている。政府発表では約3000人だが、医師や記者が引用する内部報告では数万人に上るとされる。 マンチェスター中心部でナザニンさんは、2月28日にイスラエルと米国が始めた対イラン爆撃作戦に、すべての希望を託していると語った。 これまでにこの爆撃で、最高指導者アリ・ハメネイ師を含む1000人超のイラン人が死亡した。息子がその地位を引き継ごうとしている事実は、体制側がなお抵抗を続ける意思を示している。攻撃は軍事目標だけでなく、9000万人を超える国民生活を支える重要インフラにも及んでいる。 「聖職者たちは、平和的な抗議や正当な要求に対して、常に暴力で応じてきた。悲しいことだが、体制を終わらせるには、もうこれしか道がないのかもしれない。」と彼女は語った。 断片化する反体制派 ヒューマン・ライツ・ウォッチは2月24日に公表した「恣意的逮捕と強制失踪の津波」と題する報告書で、1月8日と9日に全国で起きたとされる虐殺の後、数万人が拘束されたと非難した。 実際、聖職者体制への反対は、この10年近くにわたり強まり続けてきた。2017年と2019年には、経済苦境に抗議する大規模デモが発生し、やがて政権打倒を求める声へと変わった。 さらに2022年から2023年にかけては、イスラムのベールを着用していなかったとして治安当局に拘束され、死亡した若いクルド人女性の事件をきっかけに、「女性・命・自由」運動が数カ月にわたり国を揺るがした。 レザ・パフラヴィ氏の肖像は、国内外の抗議行動で繰り返し掲げられている。だが、それでもイラン反体制派を最もよく表す言葉は「断片化」である。 君主主義者、共和主義者、連邦制支持派、改革派は共通の敵を抱えながらも、相互に足並みをそろえられずにいる。 「亡命先には自称指導者が何人もいるが、国内に実質的な基盤はない。パフラヴィはイスラエルが好む選択肢であり、体制を離れた著名な改革派の一部を引き寄せてもいる。だが、それだけでは不十分だ」。イラン南東部バルーチ地域出身のアナリスト、メヘラブ・サルジョフ氏は、ロンドンからIPSの取材に対してこう語った。 サルジョフ氏はまた、1965年に結成され、1979年にモハンマド・レザ・パフラヴィ国王打倒の一翼を担ったイラン人民モジャヘディン機構(MEK)にも言及した。 「彼らは国内で高度に組織化され、情報網を持ち、破壊工作を実行する能力もある。だが、米国とイスラエルは、どうやら彼らを選択肢から外したようだ。」と同氏は述べた。 ただ、状況はさらに複雑である。ペルシャ系は人口のおよそ半数を占める一方、イランはアゼルバイジャン系トルコ人、クルド人、バローチ人、アラブ人などを含む多民族国家でもある。 サルジョフ氏は、「周縁の多様性とペルシャ中心部」という構図を指摘し、多くの勢力が、ある種の連邦制に向けた地方分権を求めていると語る。だが、アヤトラ体制も、パフラヴィ氏も、MEKも、そしてペルシャ系政治中枢の大半も、そのような選択肢を受け入れる構えはない。 では、新たな連邦的単位の境界は、民族に沿って引かれるのか、歴史に基づくのか、それとも地理的条件によるのか。合意の欠如は、暴力の長期化を予感させる。 「体制は殺戮を続けながら崩壊する。その後には、誰もができるだけ多くの領域支配を広げようとする“リビア型”の事態が待っている。内戦は不可避だ」 不確実な崩壊後の秩序 現時点で、ワシントンとテルアビブは短期的な目標に集中しているように見える。その戦略の軸は、爆撃による体制打倒にある。だが、世界の多くのアナリストは、このような手法がその目的を達成した例はないと指摘している。 現在、米・イスラエルの攻勢は、ホルムズ海峡の航行を確保し、アラビア半島からの石油輸送を回復させることにも重点を置いている。米国は、この重要な海上輸送路をめぐる紛争によって生じたエネルギー価格への打撃を和らげたい考えだ。 CNNや『ニューヨーク・タイムズ』など米主要メディアは、CIAが将来的な地上攻勢への参加を視野に、クルド人ゲリラの武装支援を進めている可能性があると報じている。 国内情勢の不安定化が深まる中で最近結成された「イラン・クルディスタン政治勢力連合」は、軍事力を持つ地下政党5組織を束ねている。 これまでのところ、この連合はワシントンのそうした計画を明確には支持していない。だが、体制打倒と、自己決定権を含む民主的権利の獲得という目標を繰り返し強調している。 さらに、北西部のウルミアやタブリーズなどで歴史的な領土対立を抱えるアゼルバイジャン系トルコ人を含む、国内の他勢力と協力する用意も示している。 イスラエルのバル=イラン大学で中東研究の博士号を取得し、イランのクルド人をテーマに論文を書いた研究者ドゥンヤ・バショル氏は、楽観視は難しいと認める。 「イランにおけるトルコ系ナショナリズムは、ペルシャ・ナショナリズムの攻撃性だけでなく、隣国アゼルバイジャンやトルコとの民族的結びつき、さらにイラク領クルディスタン地域における複雑なクルド・トルコ関係からも力を得ている。」と、このトルコ人アナリストはアンカラからの電話取材でIPSに語った。 「アゼルバイジャン系トルコ人もクルド人も、内部の境界線を最大限主義的に引き始めている。したがって、対話や共存を訴える声があっても、衝突の発生を防ぐことはできないだろう。」と同氏は付け加えた。 バショル氏は、民族間対立が国内の他地域にも広がり得ると警告し、1979年の革命後にも同様の火種がすでに表面化していたと指摘する。その際は、1980年から1988年まで続いたイラン・イラク戦争によって、かろうじて封じ込められたという。 「国内には民族的な境界線が生まれるだろう。だが、人口が混在する大都市では何が起きるのか」と同氏は問いかける。 そして、それは「予測不能なシナリオ。」だと述べる。 「もし体制が崩壊すれば、混乱を回避できるのはテヘランに強力な政府が存在する場合だけだ。だが現時点では、パフラヴィであれ他の選択肢であれ、それを実現できることを示す材料は何もない。」(原文へ) INPS Japan/IPS 関連記事: 勝利ではなく持久―イランの消耗戦略が鮮明に 高市首相訪米へ イラン戦争の余波の中で問われる日米同盟の代償 |視点|「女性・命よ・自由を!」の叫びに圧倒されるイラン(ルネ・ワドロー世界市民協会会長)

体制転換―うまくいくこともあるが、たいていは失敗する

この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。 ドナルド・トランプは、戦争を終わらせることを公約に掲げて選挙戦を戦った。ベネズエラでの成功に気を良くした彼は、自らの軍事的成果に酔い、複数の国での体制転換を当て込んでいる。 【Global Outlook=ハルバート・ウルフ】 米軍は、ベネズエラの指導者ニコラス・マドゥロとその妻を迅速かつ断固たる作戦で拘束し、米国へ連行した。カラカスの現政権は、もはや米国の意向に大筋で従うほかない状況に置かれている。 一方、イランに対する戦争をめぐるドナルド・トランプ大統領の狙いは、なお不明確なままである。その理由の一端は、同氏がさまざまな説明を口にしてきたことにある。すなわち、イランの核開発計画を最終的に破壊するため、中東に対するイランの脅威を終わらせるため、イラン国民を支援するため、そしてイランの「ひどい体制」を打倒するため―という具合である。だが、その論理は曖昧で、体制転換についても思いつきのように語っている印象が否めない。 トランプ氏は、この戦争の終わり方についても大げさな構想を抱いていたようだ。同氏は「無条件降伏」を唱え、その後継指導者の選定にも自ら関与すると示唆した。つまり、「イランの次の指導者を選ぶには、自分が関与しなければならない。」と言わんばかりである。 しかし、イランに対する電撃的勝利は実現せず、戦争終結の見通しも立っていない。しかも、新たな指導者はトランプ氏の関与なしに選ばれた。ムッラー体制の統治構造は極めて強固であり、指導部を急襲して排除すれば体制転換が起きるという期待は現実にならなかった。 それでもトランプ氏は、「ベネズエラで我々がやったことは、私の考えでは完璧な、まさに完璧なシナリオだった。」と語っていた。米誌『アトランティック』は、この姿勢を「国家全体に対する敵対的企業買収」と呼んでいる。いまや米政権はキューバにも「降伏」を求めている。エネルギー供給を事実上断たれ、経済が崩壊状態にあるキューバについて、トランプ氏は「やろうと思えば何でもできる」と述べ、ディアス=カネル大統領の退陣を要求している。 企業の世界では、敵対的買収が成功することもあれば、失敗することもある。トランプ氏が描く「政府の迅速な降伏」も同じである。イランに関して言えば、同氏はウォール街流の発想に惑わされていた。無責任にも、爆撃開始前からイラン国民に対し、政府を打倒するよう呼びかけていたのである。だが、イランでの体制転換という話は、いまや忘れ去られつつあり、トランプ氏自身も民主主義に強い関心を持っているようには見えない。彼の関心は、原油価格を引き下げ、株価を押し上げることにある。 過去からの教訓 体制転換―すなわち政権中枢を入れ替え、米国にとってより都合のよい政府を据えるという発想―は、米国外交において新しいものではない。体制転換の支持者は、しばしば日本やドイツを民主化成功の好例として挙げる。だが実際には、その目的は民主化そのものではなく、少なくとも第一義的には、米国と理念的に近い、あるいは米国に従順な政権を樹立することにある場合が少なくない。 もっとも、国家安全保障戦略の中でモンロー主義の徹底をうたった、いわば「トランプ版補論(Trump Corollary)=ドンロー主義」もまた新しいものではない。実際には、それはすでにケネディ、ニクソン、レーガン、ブッシュの各ドクトリンの中に見られた発想である。 トランプ氏の体制転換論と、カナダ、グリーンランド、パナマ運河に向けられた強硬な領土的野心は、1823年のモンロー主義、とりわけ1904年にセオドア=ルーズベルト大統領によって拡張されたその解釈を想起させる。このドクトリンは、ラテンアメリカへの米国の介入を正当化するものだった。20世紀初頭、米国は「自らの裏庭」とみなした中南米諸国に対し、軍事力と諜報活動を駆使して繰り返し介入した。たとえばコロンビアでは、パナマ運河支配のためにパナマ分離派を支援した。ドミニカ共和国には繰り返し介入し、キューバは1906年から1909年まで占領、その後もたびたび介入した。ニカラグアでは、いわゆる「バナナ戦争」の中で米企業ユナイテッド・フルーツの利益を守るために介入し、さらにメキシコ、ハイチ、ホンジュラスにも介入している。 『ニューヨーク・タイムズ』は最近、トランプ氏の現在の体制転換への熱意は、ドワイト・D・アイゼンハワーのそれに最も近いと指摘した。1953年から1961年までの2期の在任中、かつて冷徹な計算で知られた将軍アイゼンハワーは、次から次へとクーデターへ傾斜していった。1953年、米国は「アヤックス作戦」により、選挙で選ばれたイランのモハンマド・モサデク首相の打倒に成功した。モサデクは英国資本の石油産業を国有化しようとしていた。クーデターはCIAの支援を受けて成功し、米国は傀儡としてモハンマド・レザー・シャーを据えた。シャーは、いわゆるイラン革命と1979年のアヤトラ・ホメイニ師による独裁体制成立まで絶対的権力を握り続けた。 イランでの政権打倒に成功した後、アイゼンハワーはグアテマラにも介入した。大規模な土地改革を進めていた選挙で選ばれたハコボ・アルベンス・グスマン大統領は、1954年のクーデターで追放され、親米派のカスティージョ・アルマス大佐に取って代わられた。 この時期、米国政府は、特にアジア諸国がソ連陣営に接近するのを防ぐため、「ドミノ理論」も打ち出した。一つのドミノが倒れれば、他も連鎖的に倒れる、という考え方である。朝鮮戦争が休戦で終結したのもこの時期であり、ベトナム、ラオス、ビルマ、インドネシアなどが、アイゼンハワーの「ドミノ・リスト」に載せられた。 しかし、CIAが展開した体制不安定化工作は、しばしば逆効果をもたらした。インドネシアやシリアでは、介入の後にかえって政権が強化された。さらにアイゼンハワーは、キューバでの米国の影響力喪失という問題をケネディに引き継いだ。1961年4月のピッグス湾侵攻の失敗―フィデル・カストロ打倒を狙った作戦であった―は、その後何十年にも及ぶキューバ封鎖の出発点となり、トランプ氏はいま、それを体制転換によって終わらせようとしている。 近年における体制転換失敗の最も劇的な例は、疑いなく2003年にジョージ・W・ブッシュ政権下で始まったイラク戦争である。名目上の目的は、サダム・フセインを権力の座から引きずり下ろし、大量破壊兵器を廃棄することにあった。戦争によって体制そのものは崩壊したが、国連と米国の調査団は、現地で徹底的な査察を行ったにもかかわらず、大量破壊兵器を発見できなかった。さらに、イラクに秩序ある国家体制を築こうとする試みも失敗に終わった。こうした経験、そしてとりわけアフガニスタンへの20年に及ぶ軍事介入が悲惨な結末を迎えたことによって、体制転換という発想は決定的に信用を失った。 その含意は何か 外部から強制される体制転換の試みが教える最も重要な教訓は、介入はしばしば、本来は防止または解決しようとしていたはずの危機を、むしろ生み出してしまうということである。トランプ氏にとって、忌み嫌うマドゥロ政権を打倒する機会は、見過ごすにはあまりに魅力的だったのだろう。 体制転換や民主化の試みを数多く検証した学術研究は、三つの重要な知見を示している。 第一に、政権を単に排除するだけでは不十分だということである。たとえばイラクのサダム・フセインのように殺害する場合でも、あるいはベネズエラのように拉致する場合でも、その後に生じるのはしばしば混乱であり、国家崩壊であり、時には内戦である。そうである以上、今後のベネズエラ、キューバ、イランの展開を注意深く見守る必要がある。 第二に、体制転換後の民主化が成功する可能性は、その国にすでに民主主義の経験が存在していた場合の方が高い。しかし現実には、その条件が整っていない場合が多い。 そして第三に、もし真の目的が民主化にあるのなら―勢力圏の確保や石油供給の確保などではなく―単に選挙を実施するだけでは不十分である。アフガニスタンがその典型例である。むしろ、暴力を放棄し、開発援助と市民社会支援を柱とする長期的な取り組みを始める方が、はるかに有望である。 こうした知見に米政権が動かされるかどうか、あるいはそれを認めるかどうかは疑わしい。現時点で米大統領は、イラン政府の強い反発に直面しているにもかかわらず、なお高揚感に包まれている。しかも、その反発は驚くべきことに、同氏にとって予想外だったようである。かつて彼が掲げていた「無意味な戦争を終わらせ、新たな戦争は始めない」という約束は、いまや忘れ去られたかのようである。 ※ハーバート・ウルフは、ボン国際軍民転換センター(BICC)の所長を1994年の創設から2004年まで務めた。現在は、BICC上級研究員。 Original URL:https://toda.org/global-outlooks/regime-change-sometimes-it-works-often-it-doesnt INPS Japan 関連記事: 米国/イスラエルによる対イラン爆撃―国際法軽視のケーススタディ 収奪と殺しのライセンスをキャンセルする(ジュリオ・ゴドイ人権ジャーナリスト) 力の論理が支配する世界を拒まねばならない

太陽光で危機をしのぐパキスタン―中東発のエネルギー不安の中で進む「静かなソーラー革命」

【パキスタン・カラチIPS=ゾフィーン・エブラヒム】 パキスタンでは、太陽光発電への転換が急速に進んでいる。電力料金の高騰と供給不安を背景に、家庭や企業は国家電力網への依存を減らしつつあり、その拡大は、米国・イスラエルによる対イラン戦争に伴う中東発のエネルギー危機の衝撃を和らげる一因ともなっている。とはいえ、燃料価格の上昇は依然として庶民生活を直撃しており、再生可能エネルギーの恩恵が社会全体に広く及ぶまでにはなお時間がかかる。 エネルギー専門家のワカル・ザカリア氏は、太陽光発電は「非常に合理的な選択」だと語り、自らそれを実践している。過去5年以上にわたり、自宅の屋上に設置した太陽光パネルによって電気料金を大幅に削減し、時には請求額がゼロになることもあった。余剰電力はネットメータリングを通じて売電してきた。 先月、同氏はさらに一歩踏み込んだ。電気自動車(EV)を2台購入し、太陽光パネルの増設と蓄電池容量の倍増によって、国家電力網からのほぼ自立を実現したのである。イスラマバードに拠点を置く環境コンサルティング会社「ハグラー・ベイリー・パキスタン」の最高経営責任者(CEO)である同氏は、「私はもはや彼らの燃料に頼らず、電力も必要としていない」と語った。 「自分の車を走らせているのは『神の手』だと私は呼んでいる」とザカリア氏は語った。 その投資効果もすでに明確だ。「蓄電池の費用を含めても、自家発電した電力のコストは1単位あたり約12ルピー(0.043米ドル)だ。一方、それをイスラマバード電力供給会社に約26ルピー(0.092米ドル)で売ることもできる。」と説明する。ただし、売電収入を得るには煩雑な手続きが必要なため、現時点では申請していないという。 ガソリン車から、1カ月前に購入したEVに乗り換えたことで、コスト差はさらに明確になった。ザカリア氏は、「自宅で発電した電力でEVを走らせた場合、走行1キロ当たりのコストは約2ルピー(0.0071米ドル)にすぎない。これに対し、従来のガソリン車では1キロ当たり27ルピー(0.096米ドル)かかっていた」と語った。 この試算には、ガソリン車で必要となる潤滑油やオイル・エアフィルター、ブレーキ関連などの定期的な整備費用は含まれていない。 「EVはほとんどメンテナンスを必要としない。」と同氏は付け加えた。 もっとも、ザカリア氏のように国家電力網への依存をほぼ断てる家庭は、なお一部にとどまる。 同氏は、電力会社が消費者を「プロシューマー(電力の利用者であると同時に生産者でもある存在)」として取り込む利益配分の仕組みを導入し、あわせて初期費用を支えるマイクロファイナンスを整備しない限り、太陽光発電をめぐる構図は大きく変わらないだろうと指摘する。そのためには、電力事業の民営化が必要だという。 それでも、蓄電池の有無を問わず、太陽光発電は多くの家庭にとって現実的な代替手段になっている。イスラマバードに拠点を置くエネルギー・環境分野のシンク・アンド・ドゥータンク「リニューアブルズ・ファースト」のデータマネジャー、ラビア・ババール氏は、「パキスタンで起きている変化は極めて大きい。電力消費者の国家電力網への依存は着実に低下している。」と語った。 バハール氏によれば、送電網由来の電力需要は、2025会計年度には2022会計年度比で11%減少した。背景には、家庭や企業による太陽光発電への切り替えがある。 「昼間に送電網から供給される電力は大幅に減っている。その結果、ガス火力発電所の稼働も以前より大きく落ち込んでいる。」とババール氏は説明した。 2022年が転機に エネルギー経済財務分析研究所(IEEFA)のエネルギー金融専門家、ハニア・イサード氏は、人々がより安価な選択肢の必要性を痛感した転機は2022年だったと振り返る。 「ロシアによるウクライナ侵攻を受けて液化天然ガス(LNG)価格が急騰し、パキスタンはガス不足に陥った。その結果、広範な停電が発生し、電気料金はこの数年でほぼ3倍になった。」と同氏は語る。 その結果、初期費用を負担できる家庭や企業は、高額で不安定な電力を使い続けるのではなく、太陽光パネルへの投資を選ぶようになったという。 独立系クリーンエネルギー・シンクタンク「EMBER」によると、エネルギーミックスに占める太陽光発電の割合は、2020年の2.9%から2025年末には32.3%へと上昇した。 この静かな「太陽光革命」は、いまや中東発のエネルギー危機に対する重要な緩衝役となりつつある。米国・イスラエルによる対イラン戦争でホルムズ海峡が閉鎖される中、今週公表されたリニューアブルズ・ファーストとエネルギー・大気浄化研究センター(CREA)の共同報告書は、その効果を明確に示した。 報告書の共同執筆者の一人であるババール氏は、「パキスタンの太陽光革命は、この国のエネルギー構造を静かに変えつつある。送電網への依存を減らし、LNGへの依存を抑えることで、多くの近隣諸国がなお持ち得ていない、世界市場の変動に対する耐性を生み出している。」と語った。 報告書によれば、パキスタンは太陽光発電の急拡大によって、2020年以降、石油・ガス輸入で120億米ドル超の支出を回避してきた。現在の価格水準が続けば、2026年だけでもさらに63億米ドルを節約できる見通しだ。 CREA共同創設者で主任分析官のラウリ・ミュリーヴィルタ氏は、今回の太陽光ブームが輸入負担を和らげ、湾岸地域からの石油・LNG価格ショックに対する備えになっていると指摘する。 産業界でも太陽光発電への転換が進み、LNG需要は大きく落ち込んでいる。 ババール氏は、「この変化は政府の政策にも直接影響を及ぼしている。パキスタン政府はLNGの長期供給契約の相手先に対し、余剰カーゴを国際市場に回せるよう契約見直しを求めている。国内のガス消費が急減し、国際市場では供給過剰が生じているからだ」と語った。 パキスタンは国内埋蔵量の減少を受け、2015年からLNGの輸入を開始した。用途の中心は電力部門で、国内電力供給の約4分の1を占め、次いで産業部門が続く。 ホルムズ海峡経由でカタールから供給されるLNGは、価格高騰に加え、家庭での太陽光発電への移行が進んでいることから、競争力を失いつつある。紛争前に一部のLNGがすでに到着していたことに加え、影響を受けたカーゴの不足分を国内ガスで補っているため、供給は4月中旬ごろまで維持される可能性があるという。 ババール氏は、「パキスタンはこれまで、変動の激しい国際LNG価格に常に脆弱だった。価格が急騰すれば、外貨準備に大きな圧力がかかる。」と語った。 イサード氏もこれに同意する。「太陽光発電は一定の緩衝役を果たしてきた。電力部門はインドネシアや南アフリカからの輸入石炭にも依存しており、当面は供給逼迫が深刻化する可能性は低い。加えて、季節的な水力発電の増加と穏やかな気候が、LNG火力需要の急増を抑えるだろう。現時点でパキスタンは、南アジアでより大きな打撃を受けているバングラデシュやインドとは対照的に、当面の危機を回避している。」 それでも生活苦は深まる ただし、太陽光発電の拡大も、原油価格上昇の打撃から国民生活を守ることはできなかった。ガソリンと軽油の価格は、それぞれ1リットル当たり1.15米ドル、1.20米ドルに達し、同国史上最大となる20%の上昇を記録した。輸送コストの上昇は、交通運賃や食料品価格の値上がりに直結している。 ザカリア氏は、この危機が進むべき方向をはっきり示しているとみる。すなわち、EVの普及、ディーゼル依存の低減、そして再生可能エネルギーの拡大である。 「まずは二輪車から始めるべきだ」と同氏は提案する。理想を言えば、パキスタンにはEVを基盤とした大規模な公共交通システムが必要だという。さらに、貨物輸送をトラックから鉄道へ転換すれば、燃料コストは大幅に削減できると述べた。 またザカリア氏は、政府による石油配給や緊縮策を支持している。 先週、シェバズ・シャリフ首相はテレビ演説で、「地域全体が現在、戦争状態にある。」と述べ、政府職員の週4日勤務制や、3月16日から月末までの学校の春休みを発表した。政府職員の50%は交代制で在宅勤務とし、民間部門にも同様の措置を勧告した。 高等教育機関は燃料節約のためオンライン授業に移行し、連邦・州政府の会議もオンライン化された。政府機関向けの燃料手当も削減されている。 さらに緊縮措置の一環として、連邦・州の閣僚は2カ月分の給与と手当を返上し、国会議員の報酬も25%削減される。閣僚、議員、政府高官の海外出張は必要不可欠な場合に限られ、搭乗クラスもエコノミーに限定された。結婚式は招待客を200人までに制限し、食事も一品料理のみとされた。 庶民に重い「人間的代償」 だが、こうした措置も、サバ・ナスリーンさん一家の苦境を和らげるには至っていない。家政婦として働く52歳の2児の母は、「燃料価格の上昇で、私たちの暮らしは本当にやっていけなくなった。燃料が上がれば食料品の値段も上がる。果物や肉はほとんど買えず、いまでは牛乳や野菜さえ買えない。」と語った。 ラマダン明けを祝うイスラム教の祭りイード・アル=フィトルを目前に控え、ナスリーンさんは「娘たちのためにシアー・クルマを作れないイードは、物心ついて以来初めてだ。」と打ち明けた。シアー・クルマは、南アジアの多くのムスリム家庭で祝祭時に作られる、甘い細麺の伝統的なデザートである。 「ヴェルミチェリの箱は、今年は150ルピー(0.53米ドル)から300ルピー(1.07米ドル)へと値上がりした。」と彼女は話す。さらに、「それに、イランへの攻撃で祝う気持ちも薄れてしまった。心の底からうれしいと思えない。胸が重い。」と続けた。 太陽光革命は、多くの人にとって希望の光となっている。だが、ナスリーンさんのような家庭にとっては、日々の暮らしを守る闘いがなお続いている。(原文へ) INPS Japan/ IPS UN Bureau Report 関連記事: ここに太陽が:洪水で水力発電所が破壊され、太陽光発電に注目が集まる 成功を調理する:アンゴラでクリーンエネルギーの利用拡大を目指すソーラーキッチン・イニシアチブ 侮辱、病気、死—パキスタンの下水作業員の生活

ロシアと中国がホルムズ海峡決議案を否決 バーレーン、拒否権の壁に直面

【国連本部ATN=アハメド・ファティ】 バーレーンは、安全保障理事会に対し、世界で最も重要な海上交通路の一つであるホルムズ海峡における「航行の自由」を守るよう訴えた。だが、そこで改めて浮き彫りになったのは、国連においてなお権力政治が色濃く作用している現実だった。多数の理事国が決議案を支持し、1週間にわたって各国への働きかけが続けられ、文案もほとんど骨抜きになるまで修正された。それでも、常任理事国2カ国は数分でこれを葬ることができる。4月7日、ロシアと中国は、11カ国の賛成を得ていたバーレーン主導のホルムズ海峡の海上安全保障決議案に拒否権を行使した。露呈したのは安保理の機能不全だけではない。地域危機そのものを誰が、どのような枠組みで定義するのかをめぐる、より深い対立でもあった。 否決された今回の採決は、国連本部で繰り広げられた湾岸諸国による集中的な外交攻勢の帰結でもあった。国連関係者によれば、バーレーンのアブドラティフ・アル・ザヤニ外相は約1週間ニューヨークに滞在し、元国連大使でもあるアラブ首長国連邦(UAE)のラナ・ヌセイベ国務相とともに、安全保障理事会の全15理事国と断続的に協議を重ねた。バーレーンは拒否権行使を回避するため、決議案に大幅な譲歩を加えた。当初、「武力行使への道を開く」と懸念されていた文言は削除され、ロイター通信によれば、採決時点の文案には、武力行使の容認はもちろん、拘束力ある執行措置も明記されていなかった。 バーレーンが理事会で示した立場は明快だった。これは戦争拡大のためではなく、原則を守るための決議だというのである。採決後、アル・ザヤニ外相は、決議案が採択されなかったのは常任理事国による反対票のためだと述べた。これまでの報道や会合記録によれば、バーレーンは、イランによる海運妨害を「経済的威圧」の一形態であり、国際秩序に対する直接的な挑戦だと訴えてきた。湾岸諸国のメッセージは明確である。世界的な要衝が圧力にさらされているにもかかわらず、安保理が行動できないのであれば、それは自らの無力を公然と示すことに等しい。 米国は、この拒否権行使をさらに厳しい言葉で非難した。マイク・ウォルツ米国連大使は、ロシアと中国の対応を「新たな最低水準」と批判し、イランによる海峡封鎖が、ガザ、スーダン、コンゴなどの人道危機地域向けの医薬品や支援物資の輸送を妨げていると述べた。さらに同大使は、ロシアと中国が「世界経済を銃口の前に置く政権」の側に立っていると非難し、「責任ある国々」に対し、合法的な商取引と人道支援物資の輸送を守るため、海峡の安全確保で米国に加わるよう呼びかけた。米国の論点は明白だった。これは単なる海運問題ではない。安保理が戦略的恫喝を容認するのかどうか、そのこと自体が問われているのである。 フランスはバーレーン案を支持したが、ワシントンほど政治的緊張をあおることは避けようとした。ジェローム・ボナフォン仏国連大使は、この決議案の目的は「厳格に、純粋に防御的な措置」を促し、海峡の安全を確保しつつ、「エスカレーションの連鎖を招かない」ことにあると述べた。これは、ロシアと中国が実際に打ち出す前から、両国の中核的な反対論に先回りして応じたものでもあった。つまり、海上防護の文言が、より広範な軍事行動への法的・政治的な橋渡しとなりかねないという懸念である。フランスが示そうとしたのは、決議案はすでに徹底して防御的な内容にまで絞り込まれており、それでもなお拒否権が行使されたという事実だった。 これに対し、ロシアはバーレーン案を中立的な海上安全保障措置とはみなさず、危険な政治的手段と位置づけた。ワシリー・ネベンジャ国連大使は、国際法および海洋法の上で「危険な前例」を生み、和平努力と安保理の信頼性を損なうような決議は支持できないと述べた。また、提案国側がイランだけを不安定化の源として描く一方で、危機の「根本原因」だとロシアがみなす米国とイスラエルによるイラン領内への違法な攻撃には触れていないと批判した。ロシアの論理は一貫している。たとえ文案が弱められていても、最終的には悪意ある国家が安保理決議を武力行使の口実として利用する余地を残す、というのである。 中国の立場もおおむねロシアと軌を一にしていたが、より強く警戒していたのは全面的な緊張激化の危険であった。ロイター通信によれば、傅聡・中国国連大使は、米国が「文明全体の存続」を脅かしているこの局面で、こうした決議案を採択すれば誤ったメッセージを発することになると述べた。中国外務省もまた、安保理は緊張緩和、戦闘停止、対話再開に向けて機能すべきであり、「違法な戦争行為を追認する場」であってはならず、「火に油を注ぐ」ような対応は避けなければならないと表明した。中国は海峡での混乱そのものを擁護したわけではない。中国が拒んだのは、「海上安全保障」の名の下でイランへの軍事的圧力を正当化しかねない安保理の対応であった。 理事会を分断した本質的な亀裂は、まさにそこにあった。バーレーン、米国、フランスは、差し迫った海上安全保障の論理から主張した。ホルムズ海峡はあまりに重要であり、イランは一線を越えた以上、安保理は対応しなければならない、という立場である。これに対し、ロシアと中国は、順序と合法性の論理から反論した。まず止めるべきは、より大きな戦争そのものであり、その文脈を切り離した海運安全保障決議は、緊張拡大への裏口の承認になりかねない、というのである。結局、浮かび上がったのは国連では見慣れた構図だった。多数派は決議案を支持した。だが、拒否権がそれを退けた。 だが、この物語は否決で終わらなかった。新たな動きとして、ロシアと中国は、海上安全保障を含む中東情勢全体を対象とする代替決議案の回覧に踏み切った。ロイター通信によれば、その文案は、進行中の敵対行為の緩和と外交への回帰を求める内容である。国連外交筋によれば、この決議案は事前協議なしに「ブルー」に載せられたが、7日夜の時点では採決日程は設定されていなかった。この動きは、ロシアと中国が単にバーレーンの枠組みを封じるだけではなく、自らの枠組みへと議論を組み替えようとしていることを示している。 結局のところ、7日の会合は、単なる一つの決議案の否決ではなかった。そこでは、危機をどう定義するのかをめぐって、二つの競合する主張が正面からぶつかった。バーレーンは、この危機を航行の自由と世界経済への攻撃として安保理に位置づけようとした。これに対し、ロシアと中国はそれを拒み、米国とイスラエルの行動が引き起こした、より大きな戦争の帰結として捉え直そうとした。バーレーンは文言を和らげ、各国に働きかけ、11票を集めることもできた。だが、拒否権を越えることはできなかった。安全保障理事会にはなお、外交的勢いと現実の権力を分かつ決定的な一線がある。 Original URL: https://www.amerinews.tv/posts/bahrain-opens-u-n-presidency-with-iran-warning-but-no-regional-endgame INPS Japan 関連記事: ホルムズ海峡―世界経済のボトルネック 力の論理が支配する世界を拒まねばならない |バーレーン対話フォーラム|宗教指導者らが平和共存のための内省と行動を訴える