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国際情勢を見誤らないために―地政学的変化への適応

【モントリオールPressenza=サミール・ソール/ミシェル・セイモア】 政治的出来事を理解するには、歴史的視点から捉えることが重要である。だが情勢は急速に変化しており、私たちは現在の現実にも適応しなければならない。そのためには、思考を「いまこの状況」にしっかりと根づかせる必要がある。 文脈化に不可欠な歴史家の視点は、重大な出来事―それ自体が歴史的な意味合いを帯び得る出来事―の進行に後れを取られまいとする同時代的分析によって補われるべきである。確かに、過去は未来の坩堝である。長期に焦点を当てれば、「太陽の下に新しいものはほとんどない」と考えがちだ。とはいえ、ある種の出来事はしばしば歴史的な新局面をもたらす。 私たちは前回の記事(「国家による誘拐―帝国主義の兵器庫に加わった新たな道具」)で、ホワイトハウスがベネズエラを屈服させるために講じた新たな手口を報告した。旧来の手法はもちろん続いている。制裁は維持され、石油タンカーの拿捕は露骨な海賊行為を想起させる。石油資源を奪い取ろうとする露骨な欲望は、ギャングの所業に等しい。 だが、今回の手口には新たな特徴がある。大統領を拉致しつつ政府の残りは温存する―それは、地上軍の派兵を伴う軍事占領とも、代理戦争とも、政権転覆とも異なる、新しい形の米国介入である。そこには「保護国化」という新たな支配形態が立ち現れている。 出来事は奔流のように重なり合い、旧来の政治状況を一気に新たな現実へと変貌させる。しかもその現実はしばしば、一部の人々の頭の中に残り続ける「旧い現実」と正反対である。 イスラエル 例えば、第二次世界大戦中にナチスのジェノサイドの犠牲となったアシュケナジ系ユダヤ人を想起すべきだろう。筆者らは、イスラエルによる戦争犯罪や人道に対する罪は、2023年10月7日以降に突然始まったものではないと主張する。そのうえで、同国は短期間のうちに「ジェノサイド国家」へと変貌し、パレスチナ人民に対して非人間的な残虐さを示している、と断じる。 しかし、(スラブ系やロマの人々を含む犠牲を忘れてはならないが)ジェノサイドが起きた欧州は、現在の現実に認識を合わせ、この新たな恐怖を正しく測ることに消極的であるか、あるいはできないでいる―というのが筆者らの見立てである。 中国 急速かつ劇的な変化のもう一つの例が中国である。20世紀末にはまだ貧しかったこの国は、わずか20年ほどで8億人を貧困から脱却させた。中国はいまや世界最大級の経済大国となりつつあり、ハイテク分野でも主導的な地位を占めている。中国は自国の主権を強く守る姿勢をとり、その延長として他国の主権を尊重することが自国の利益にもかなうと考えている。対外軍事介入も、最後は1979年にさかのぼるとされる。中国は武力によって支配を押し付ける国ではなく、現状でも帝国主義的な振る舞いは見せていない。「中華帝国」という呼び名も、過去を参照した名目上のものにすぎない。 それにもかかわらず、ここでも時代遅れの見方が残っている。多くの人々は、中国の経済的拡張を、過去80年にわたる米国の行動になぞらえて理解しがちである。協力を基盤とし、最良の実践を共有しながら、各国の主権を尊重する外交という発想を受け入れることが難しいのである。そのため、中国の国外での経済活動は、第三国の資源を吸い上げるだけのものだと見なされがちだ。互恵的な関係が中国自身の利益にもなるという見方は、なお広く共有されているとは言い難い。 こうして、多くの人々は米国の「対中封じ込め」政策―中国の行動余地を狭めるため、南シナ海や北極海で圧力をかける姿勢―に同調しがちであり、ベネズエラやイランからの資源へのアクセスを断つことさえ受け入れてしまう場合がある。 米国 米国は、代議制民主主義を前進させつつあるかに見えた。行政府、下院、上院、最高裁からなる抑制と均衡の仕組みが、その約束を実現する道として示された。4年に一度の大統領選に加え中間選挙もあり、国民の政治的関心は継続的に喚起される―という設計である。 しかし、ベルリンの壁崩壊、ワルシャワ条約機構の終焉、ソ連解体を経て、米国は単独覇権の驕りに陥った。世界を統治できると考え、新自由主義的資本主義を各地に押し付け、巨大企業が資源を獲得するために世界へ展開できるよう自由貿易協定を推進した。「国家安全保障」の射程は、イラン、ロシア、中国の国境付近にまで拡張された。米国帝国主義はいまなお「唯一の覇権国」の地位を望み、その支配を貫くために政権の不安定化、混乱の創出、軍事介入、制裁を手段として用いる。 彼らはいまも「世界を統治できるのは米国だけだ」と公言している(ジョー・バイデンはカマラ・ハリスの民主党大統領候補指名の場で同趣旨を述べたという)。歴史的に見れば、米国にはその理想を支える手段があった。1945年から近年まで世界最大の経済大国であり、ドルはいまも事実上の基軸通貨、英語は国際的な共通語であり、ハリウッドは映画様式を世界に広めてきた。米国が約800の軍事基地を維持し、軍産複合体に巨額を投じ、1991年以降だけでも多数の介入を重ねてきたことは広く知られている。制裁は個人・企業・国家を含む膨大な対象に及ぶ。米国は、ガザでのジェノサイドへの加担、シリア領の一部占領、ベネズエラの石油タンカー拿捕、国家元首の誘拐、グリーンランドへの野心、さらには台湾への米軍配備に至るまで、あらゆる行為が許されると考えている―というのが筆者の見立てである。 この帝国主義的志向は、ドナルド・トランプの復帰(2025年1月20日)で突然生まれたものではない。何十年も前から存在してきた。米国にとって最大の資産は、ビッグファーマでもビッグテックでも化石燃料産業でも軍産複合体でもなく、民主主義や人権、法の支配でもない。最大の資産はドルだ、というのである。 だが、この図式にも暗雲がある。貿易赤字は年1兆ドル規模に達し、債務は38兆ドルを超え、利払い負担も重くなる。米当局は「脱ドル化」の加速を恐れている。ドルの地位を守るには、サダム・フセインのように石油をユーロで売ろうとした者、ムアンマル・カダフィのように汎アフリカ通貨を構想した者、あるいはBRICS諸国のようにドル抜きの貿易を志向する動きを無力化する必要がある―と筆者らは言う。戦争は、別の手段による経済闘争の継続である。 要するに、誰もが必要とする資源―ガスと石油―の決済方法を支配することが要諦であり、これらは米ドルで売買されなければならない。そこから、サウジアラビアとは石油で、カタールとはガスで結びつくという関係が導かれる。さらに筆者らは、バッシャール・アル=アサドがカタール案ではなくイラン案のパイプラインを選んだことがシリア戦争につながった、と論じる。北イラクやシリアの一部への米国の関与、イランへの敵視、欧州とロシアのエネルギー取引の切り離し、ノルドストリームの破壊、ベネズエラ介入―これらも同じ文脈で語られる。 驚くべきことに、なおも米国を「民主主義、人権、法の支配を打ち立てようとする世界の警察」と見る人がいる。USAIDの終焉を嘆き、全米民主主義基金(NED)を称賛する者さえいる。戦後好況の記憶、「丘の上の輝く街」という比喩――理想主義的な米国像は、トランプというファシズム的指導者の台頭と日々の奇行を経ても、なお一部の人々の意識に残り続けている。米国の夢を信じ続けるには、深い政治的昏睡状態にあるほかない。 ロシア ロシアについても、一部には時代錯誤的な認識が残っている。20世紀初頭まで続いた帝国主義の時代の後、ロシア帝国はソ連(USSR)へと置き換えられた。レーニンのもとで、ソ連は多民族連邦への道を歩み始め、生産手段の国家管理は連邦と構成共和国の間でより共有される構想であった。15の共和国には形式上、脱退権も認められていた。 しかし、西側の敵意やナチス・ドイツの脅威が増すにつれ、中央集権化を進めざるを得なくなった。資源の集団化は一部地域で飢饉を招き、ドイツとの戦争も「大祖国戦争」として総力戦で臨むほかなかった。 欧州の植民地体制の終焉と民族自決の進展は、米国とソ連の利害が重なった結果でもあった。両国はいずれも勢力圏の拡大を目指し、そのためにアジア、中東、アフリカに残る欧州列強の影響力を排除する必要があった。ワルシャワ条約機構による勢力圏も、西方からの侵攻を防ぐための緩衝地帯として機能した。 ソ連崩壊後、ロシアは市場経済と資本主義へ移行したが、その過程の混乱は国民を深刻な経済危機に直面させた。国家の最優先課題は、この混乱から立ち直り、ロシア国民のナショナリズムを背景に、オリガルヒの強大な影響力を抑えることであった。経済回復は主に欧州との取引を通じて進み、その多くはプーチン政権下で実現したとされる。ロシア連邦は世界最大の領土を持つが、人口は約1億5000万人にすぎず、さらなる領土拡張が現実的な目標であるとは考えにくい。 ロシアはNATO加盟国に囲まれ、国外の軍事基地も近隣の旧ソ連諸国にある約10カ所に限られる。軍備は主に自国領内に集中しており、対外軍事介入も極めて少ない。2020年、ウクライナ侵攻前の軍事予算は年間約600億ドルであり、2025年でも約13兆5000億ルーブル(約1620億ドル)とされ、米国の1兆ドル規模とは比較にならない。中国やイランと同様、ロシアは米国に対するナショナリズムに基づく抵抗を示している。ロシアがウクライナ領内への米国のミサイル配備を望まないのは、それが国家存亡に関わる即時の脅威となり、数分以内に重大な決断を迫られる状況を生むからだ。したがって、筆者らはウクライナ戦争を防衛的行動と位置づけている。 過去は現在を規定するのか ロシア帝国主義が復活しているように見えるかもしれない。だが、少なくとも現時点ではそうではない。プーチンを「第二のエカチェリーナ2世」とみなす見立ては、戦時に典型的な、西側の足並みのそろった言説によって助長されている。敵を悪魔化し、その敵を「悪そのもの」として固定化することは、戦争を長期化させ、エスカレーションを促す。これは、スロボダン・ミロシェビッチ、サダム・フセイン、ムアンマル・カダフィ、バッシャール・アル=アサドの事例でも繰り返し用いられてきた古い戦術である。これらの指導者に欠点がなかったわけではないにせよ、米国はこの手法によって世論形成に成功してきた、というのである。 当初は強大だったロシアのオリガルヒは、USSR崩壊後の無秩序に苦しんだ国民の支持を背景に、政治権力の統制下に入った。しかも米国とは異なり、多くのロシアのオリガルヒはナショナリストであり、そうでない者は西側へ移住する。ロシア国民は、国家の方向を強く統制する、強固で持続的な政治権力を好む。他方で米国のほうが、ビリオネアがビッグテック、ビッグファーマ、化石燃料産業、軍産複合体を支配し、主要メディアと政治権力にも影響を及ぼしているという意味で、よりオリガルヒ的統治に近い――と筆者らは対比する。 ウクライナ侵攻を「ロシア帝国主義の再来」と解釈し続けるために、人は歴史に訴える議論を用いたくなるかもしれない。過去が未来の坩堝であるなら、古い分析枠組みで現在を理解すべきではないのか、という問いである。私たち自身、出来事を文脈に戻す必要を説いてきたし、ウクライナ戦争を理解するには歴史的視点が必要だった。だが、歴史それ自体が「帝国主義ロシア」という像を提示しているのではないか。 私たちは、2025年にパリのラルマッタン社から刊行した『21世紀の世界紛争(Le conflit mondial au XXIe siècle)』で、その逆を示した。米国の「制裁」は、いわれなき侵略への反応ではなかった。むしろ制裁こそが真の目的であり、ロシアのウクライナ介入を誘発する挑発が意図されたのである。2008年のジョージアの前例によって、米国はウクライナでも同様の介入が起きることを期待できた。西側で反復された「いわれなき侵略」という語りは、欧州にロシア産の石油・ガスへのアクセス放棄を納得させるための最良の方法だった。善意の民主主義的警察官としての米国像と、古来の帝国主義ロシア像は、欧州首脳に米国の「制裁」を受け入れさせることに成功した。だが、その制裁は米国には都合がよく、欧州を明らかに不利な経済状況に置いた。今日、欧州の指導者たちはその帰結に直面している。 結論 目の前で展開する米国帝国主義の異様さを見抜くのに、左派である必要はない。カナダのマーク・カーニー首相は、いわゆる「ルールに基づく国際秩序」から距離を取った。彼が本気かどうかは今後明らかになる。だが、いまからでも遅くない。 新たな現実に適応できないことは、紛争が長引く重要な要因になり得る。政治的アナクロニズム(時代錯誤)は、軍事対立を正当化するために操作され得る。米国の帝国主義的野心に対する西側同盟国の意図的な黙認は、イラク、アフガニスタン、リビア、ソマリア、シリア、イエメン、スーダン、ウクライナ、パレスチナで世界を荒廃させてきた。西側自身が被害者になって初めて、覚醒が芽生え始めたのである。これこそが、ドナルド・トランプ版・米国帝国主義の最大の「革新」だ。すなわち、敵と戦うだけでなく、従順であろうとする同盟国さえも、搾取し、脅し、呑み込もうとする。 ウクライナ戦争の真の犠牲者はウクライナ人民である。戦争の責任をロシアに帰することは、米国帝国主義とロシアの安全保障上の懸念を深く誤解することに由来する。そのうえ、それは米国が意図的に醸成し流布してきた、時代錯誤的でロシア嫌悪的なイメージに依拠している。西側を「啓蒙」と同義とみなす虚構の文明論的ビジョンにしがみついた結果、欧州は米国の命令に盲従する傾向を強めた。時代遅れの「米国の夢」という幻想があったからこそ、このならず者国家の好戦性は受け入れられてしまったのである。 歴史は、世界が変わらないと信じない限りにおいて、現在の世界に光を当てる。 サミール・ソール:パリで歴史学の国家博士号(doctorat d’État)を取得。モントリオール大学(Université de Montréal)国際史教授。最新刊は『Imperialism,...

極端な暑さが北東部ケニアの「働きがい」をむしばむ

【ケニア・ガリッサIPS=チェムタイ・キルイ】 水水曜日の午前9時。ハワ・フセイン・ファラは、気温が上がっていくのを感じながら、露店の支度をしていた。午前6時に起きて3人の子どもを学校へ送り出し、ガリッサ中心部の露天市場「スーク・ムグディ」に向かい、売る果物を仕入れる。|英語版|イタリア語| 木の柱に布を掛けただけの簡素な屋台だが、日陰でも熱気はこもり、空気は乾いている。木の台にはバナナやスイカ、マンゴーが並ぶ。直射日光は避けられても、暑さは和らがない。 「これだけ暑いと、お客さんが来なくなります。いったん店を閉めて、涼しくなるまで家で休むしかありません。」ファラは水のボトルを手に取り、そう語った。 ケニア北東部の乾燥地帯に位置するガリッサはいま、一年で最も暑い季節にある。例年、1月から3月の日中の最高気温は36℃前後だ。だが、郡の気象当局責任者サミュエル・オディアンボによれば、2月上旬には38℃に達し、体感温度(いわゆる「感じる暑さ」)は41℃を超えた。 同程度の高温は過去にも記録されてきた。だがオディアンボは「最近のデータでは、高温がより長く続き、平年を上回る日が連続する傾向が強まっています。」と指摘した。気象当局は、屋外に長時間いることが熱中症や脱水、皮膚へのダメージの危険を高めるとして、暑さへの注意喚起を出した。 「この傾向が続けば、3月には40℃を超える可能性があります。」とオディアンボは語った。 ファラにとって、この暑さは「働ける時間の短縮」を意味する。正午になるころには疲れが一気に出る。「体がだるくて、汗が止まりません。朝だけで水を2〜3リットル飲みます。しかし、こんなに水を飲んでも、体が楽になっているのか分かりません。」 彼女は涼しい季節より、屋台をおよそ4時間早く閉めるようになった。利幅が小さいだけに、営業時間の短縮はそのまま痛手になる。涼しい日は週の売上が約7000シリング(約54米ドル)だが、暑さが続くと約4000シリング(約31米ドル)まで落ち込み、ほぼ半減する。 売れ残った果物はすぐに傷み、柔らかくなる。2日後には値下げするか、損失を抑えるため、ジュース用として近くの食堂などに安く卸す。固定給も保障もない。失った1時間は、そのまま失収入になる。 北東部最大の交易拠点であるガリッサの経済は、家畜市場に支えられている。国際家畜研究所(ILRI)のデータによれば、地域の生計が家畜に強く依存していることは、暑さの影響を受けやすい要因でもある。極端な暑さで家畜の健康状態が悪化したり、買い手が市場に来なくなったりすれば、地域の資金の動きが鈍り、ファラのような小規模商人の客足も減る。影響が連鎖しやすい構造だ。 バイクタクシーの運転手、エミリー・ンドゥングエも同様の打撃を受けている。猛暑の間、日収は1500シリング(約11.50米ドル)から、わずか500シリング(約3.80米ドル)に落ち込んだ。 防護具を身につけるほど熱が体にこもり、道路脇で何時間も客を待つことになる。「暑さで発疹が出て、汗が止まりません。それでも子どもを養うための仕事だから、外に出なければならないのです。」 日陰はほとんどなく、点在する木陰を移動しながら次の客を待つ。日が落ちてもコンクリートの家やトタン屋根の室内に熱がこもり、体が十分に回復しない。 ケニア気象局の気候科学者で、IPCCの国内担当窓口でもあるパトリシア・ニィングロは、「夜が暑いと、日中の暑さで受けた負担から体が回復できません。」と語った。 ガリッサの気温上昇への懸念は、これまでも国会で取り上げられてきた。2022年には、当時ガリッサ選出の議員だったアデン・ドゥアレが、「住民の不安」を理由に環境省へ正式に申し入れた。省は、気候変動に伴う平年を上回る高温を認めた。 現在、ドゥアレは保健相を務める。2025年10月には「ケニア気候変動・保健戦略(2024〜2029年)」の立ち上げを主導し、国内で初めて暑さに関連する死亡を把握する枠組みが盛り込まれた。 しかし、極端な暑さへの具体的な対応は限られたままだ。ガリッサには郡の「気候変動行動計画(2023〜2028年)」があるが、主眼は干ばつや洪水、家畜の病気である。猛暑時の労働時間の調整や、暑さをしのげる公共スペース、給水・水分補給ポイントといった対策は盛り込まれていない。 国家干ばつ管理局は、任務は干ばつ関連のリスク対応であり、「暑さそのもの」は枠組みの対象外だと説明する。暑さに関する問い合わせは気象局へ、という対応にとどまった。 ファラは、その空白を日々の損失として受け止めている。「政府からは何の助けもありません。私たちは暑さで苦しんでいるのに、日陰すら足りない。郡には税金を払っていますが、損は全部、私の負担です。」 ケニアでは、インフォーマル部門で働く人が労働者の約8割を占める。ILOの2024年7月報告書は、アフリカが世界で最も暑さの影響を受けやすい労働が多い地域だと指摘し、労働者の92.9%が高温環境の影響を受けているとした。ILOは、極端な暑さで労働能力が最大約50%低下し得ると警告している。生産性の低下による世界の損失は、2030年までに2.4兆米ドル規模に達する見通しだという。 極端な暑さは、SDG8.8(安全な労働環境)を脅かし、SDG13(気候変動対策)の遅れも示している。NCCAPは大規模農業とエネルギー基盤を優先し、露店市場などインフォーマル労働を守る具体策が乏しい。 暑さは誰にでも襲うが、負担の出方は平等ではない。研究者によれば、ガリッサの女性は「二重の負担」を抱えている。日中は市場で高温にさらされ、帰宅後は風通しの悪い家で、子どもや高齢者の世話など無償のケア労働を担う。結果として、負荷がほぼ一日中途切れない。 米シンクタンクの大西洋評議会(Atlantic Council)気候レジリエンスセンターの研究は、家事労働も含めると、暑さによって女性の総労働負担が最大260%増える可能性があると報告した。 「これは、弱い立場の人ほど重くのしかかる“逆進的な税金”のようなものです。」こう語るのは、気候レジリエンス・フォー・オール(CRA)のCEO、キャシー・ボウマン・マクラウドである。彼女はフリータウン(シエラレオネ)などの研究を引き合いに、「暑さによる中断で、インフォーマル市場で働く女性は収入の最大60%を失う可能性があります。」と語った。 「体は常に攻撃されていると錯覚します。インドで試験的に導入が始まっている『暑さ保険(熱波で働けない損失を補う仕組み)』のような手立てがなければ、危機は収入だけでなく、体の回復力そのものも削っていくのです。」—マクラウドはそう付け加えた。 アフリカで最初に国として「暑さ対策計画(HAP)」を採用したのはシエラレオネである。これは、極端な暑さがもたらす健康被害と経済損失に備え、対応し、影響を減らすための包括的な政策枠組みだ。 ニィングロとともに『ケニアの気候の現状2024』を共同執筆したジョイス・キムタイ医師は、各地域に合わせた暑さ対策計画の整備こそ「いま最も急ぐべき適応策」だと語る。「暑さは静かな殺し屋です。経済への影響が十分に数字で示されていないため、政策が気温上昇に追いついていないのです。」 首都ナイロビの郡では、極端な暑さの際に労働時間を調整したり公共の涼み場を開放したりできる枠組み案を試行中である。まだ正式採用には至っていないが、キムタイは他の郡のモデルになり得ると期待する。 ガリッサの気温が40℃に近づくなか、ファラは一人でしのぐしかない。傷み始めた果物を片づけ、店を4時間早く閉め、その損失を自分で抱える。 彼女の暮らしを支える仕組みは、まだない。あるのは暑さだけだ。(原文へ) This article is produced to you by IPS NORAM,...

地図が動くとき

亜大陸の文明的過去、植民地期の地図作製、そして新たな国境 【カトマンズNepali Times=シャム・テクワニ】 上海で拘束されたインド人旅行者、パキスタンのシンド州をめぐって蒸し返された主張、そしてネパール政府が発行した新紙幣―この1週間に起きた3つの出来事は、南アジアで「象徴(=メッセージ/政治的シグナル)」が領土問題の重みを帯び、対立を刺激し得る現実を示した。危険は軍事力それ自体ではない。歴史認識や領土へのこだわりが、日常の手続きや表現を通じて政治の武器になり、緊張を積み重ねていく点にある。 最初の出来事は中国の上海空港で起きた。アルナーチャル・プラデーシュ州出身の若い女性が空港で拘束された。中国当局が問題にしたのは本人の素行ではなく、出身地の帰属をめぐるインド・中国間の領土対立である。国境線の捉え方が異なれば、同じ旅券でも「認める/認めない」の扱いが変わる。この女性は国家間の争点が表面化する現場に突然置かれた形である。 次に、インド国防相が「シンド州(パキスタンに帰属)はいつかインドに戻るかもしれない」と発言した。これはインド国内向けには歴史や「かつての地理」を想起させる言い回しに見える。しかし周辺国では意味が変わる。パキスタン側では、単なる修辞ではなく自国の領土に関する含意を持つ発言として警戒が広がった。分離独立と戦争の記憶が現在も政治に影響する南アジアでは、過去の国境に触れる言葉が不安を呼び戻しやすい。 3つ目はネパールの新紙幣である。2020年に公表した政治地図を反映し、リプーレク、カラパニ、リンピヤドゥラといったインドとの係争地を含む地名が記された。ネパール側は「通常の手続き」と説明したが、紙幣に境界を描く行為は中立的には見えにくい。紙幣は日常的に流通するため、そこに示された線は「この領域は自国のものだ」という立場を繰り返し可視化する効果を持つ。国境をめぐる議論に先回りして立場を示す政治的メッセージになり得る。 こうした3つ事例は小さなニュースに見える。だが共通しているのは、未解決の領土問題や歴史認識の対立を再び前面に押し出し、疑念の連鎖を起こす力を持つ点である。旅券の扱い、政治家のひと言、紙幣の図柄といった小さな動きが「相手の狙いは何か」という解釈を呼び、解釈が次の反応を生み、対立が膨らむ。南アジアではこの反応が速い。 背景には、争いの表れ方が変わっている現実がある。軍事行動だけが緊張を生むのではない。地図の描き方、壁画の図柄、ビザの形式、紙幣に印刷する国境線、地名の呼び方、政治家の発言といった「表現」や「手続き」が、領土主張の一部として受け止められる局面が増えている。行為は小さくても、読み取られる意味は大きくなる。 中国によるアルナーチャル・プラデーシュ出身者の旅券の扱いは典型である。これは単なる書類処理ではなく、「この地域の帰属をどう見るか」という中国の立場を日常の場面で示す行動として機能する。空港の入国審査という通常の手続きの中で、旅行者の扱いを通じて中国の主張を実際の対応として見せる。武力を使わずに争点を日常の接点に持ち込み、相手国(=インド)に圧力をかける手法である。負担を負うのは目の前の個人だが、狙いは相手国へのメッセージにある。国境問題の現場は山岳地帯だけでなく、空港の入国審査ブースにも及ぶ。 一方、インド国防相の発言は別の方向から緊張を生む。現行国境を直ちに否定する表現でなくとも、現在の国家枠を越える歴史的地理を呼び起こすため、受け手には領土的含意として映り得る。国内で「遺産」や「文明の記憶」として語られる言葉が、周辺国では「意図の表明」と受け取られ、不信を残す。 ネパールの紙幣も象徴を用いた意思表示である。小国であっても象徴を通じて立場を示し、相手の圧力に対抗できる。問題は、こうした象徴が一度「譲れない原則」として固定されると、調整が難しくなる点にある。 本来なら、摩擦が拡大する前に受け止め冷却する制度が必要である。しかし南アジアでは衝撃を吸収する地域的枠組みが弱い。南アジア地域協力連合(SAARC)は十分に機能しているとは言い難く、敏感な争点が生じた際の調整の場になり切れていない。加えて、ネパールやバングラデシュなどインドと密接な国々との関係は国内政治の影響を受けやすく、温度差が大きく振れやすい。小さな出来事が政治姿勢として固まり、対話の余地が狭まる前にブレーキをかける仕組みが乏しい。 危険は、通常の戦争のように一気に噴き上がることではない。象徴と手続きの応酬が積み重なる一方で、抑制装置も出口戦略も欠いたまま緊張が慢性化することである。信頼は静かに摩耗し、外交は事後対応に矮小化する。国内政治は感情に左右され、外部勢力の関与は増幅する。反復される刺激はやがて規範化し、修正が困難な「常態」へと変わっていく。 空港で旅券の扱いをめぐる判断が下されるとき、個人は国家間対立の最前線に立たされる。危機は当人が原因ではない。地図の解釈と政治の思惑が、個人の輪郭を借りて表面化しているにすぎない。 南アジアが象徴を無制限に政治の武器にしない節度と、摩擦を吸収する仕組みを強化できない限り、対立は軍事力だけでなく、日常の手続きや表現を通じても続いていく。(原文へ) INPS Japan/Nepali Times 関連記事: |視点|近隣の核兵器(クンダ・ディキシットNepali Times社主) 中国の台湾に対する新たな戦術:名を語らぬ軍事演習 インドとパキスタン―国境で分かれ、核の遺産で結ばれる

力の論理が支配する世界を拒まねばならない

【ニュージーランド・ウェリントンIPS=ヘレン・クラーク】 2026年は深く憂慮すべき形で幕を開けた。世界の平和と安全の根幹と長く見なされてきた国際法は、かつてなく露骨に揺さぶられている。主権と抑制という中核原則は、公然と侵されている。 私はこのほど、ダボスで開かれた世界経済フォーラムから帰国した。そこで米国のドナルド・トランプ大統領は、新たな「平和評議会(Board of Peace)」を発表した。国連安全保障理事会は当初、ガザの暫定的な行政(統治)を監督するための同組織を支持していた。現地では停戦が宣言されているにもかかわらず、人道状況はなお危機的であり、パレスチナの民間人は占領軍によって連日のように殺害され続けている。 だが、ダボスで披露された内容は、より憂慮すべき事態を示唆していた。発表された委員会の憲章には、ガザへの言及が一切ない。国連安保理の代替として位置づけられているように見えたのである。 「平和評議会」の招待メンバーの中には、国際刑事裁判所(ICC)に訴追されている2人が含まれている。さらに、同評議会の常任メンバーになるには10億ドルが必要とされる。これは国際社会の運営のあり方として適切ではない。「平和評議会」は、安保理が時限的に付与した任務のとおり、ガザで続く危機に全面的かつ緊急に集中すべきである。 「平和評議会」をこのように位置づける枠組みは、正統性がすでにさまざまな理由で疑問視されてきた多国間システムに対する、さらなる挑戦の一つにすぎない。 国連憲章は81年目に入った。とりわけ安全保障理事会をはじめ、憲章が定めた制度は、2026年ではなく1945年の世界を依然として反映している。常任理事国による拒否権の濫用―とりわけ国際法違反を免責する形での行使―は、その信頼性を根底から損ねてきた。 例えばロシアは、ウクライナに関する決議を阻止するため拒否権を繰り返し行使してきた。米国もまた、イスラエル・パレスチナに関する決議を阻むため、拒否権をたびたび用いてきた。安保理改革は必要であり、長年先送りされてきた。改革は過去にも実現している。1965年には実質的な改革が達成された。いま再び、これを成し遂げなければならない。 先週のミュンヘン安全保障会議では、変化する世界秩序にいかに対応すべきかについて、各国の政策決定者と議論を交わした。最近の動向が、私たちがこれまで前提としてきた国際秩序に重大な亀裂が生じていることを示しているとの、カナダのマーク・カーニー首相の見解に私も同意する。大小あらゆる国が連携し、力の論理に支配される世界を拒み、国際法に根ざした未来を守らねばならない。 エルダーズ*1)は、「力こそ正義(might is right)」という論理によって国際法を覆そうとするいかなる試みにも断固として反対する。私たちは、共有の価値と原則に根ざす国際秩序を改めて確認し、それを守り抜く。 いまは選択の時である。国際協力を長く支えてきた価値が分断と妨害によって侵食されるのを許すのか。それとも、国際社会が結束してそれらを守り、再生するのか。(原文へ) ヘレン・クラークはニュージーランドの政治家。1999年から2008年まで第37代首相を務め、2009年から2017年まで国連開発計画(UNDP)総裁を務めた。*「エルダーズ(Elders)」は、主に南アフリカのネルソン・マンデラ元大統領が2007年に設立した、平和、人権、地球の持続可能性のために活動する世界的なリーダー・元首脳経験者らのNGOグループを指す国際組織。平和構築、紛争解決、人道危機の改善(ガザの大量虐殺警告など)に取り組んでいる。 IPS UN Bureau 関連記事 米「平和評議会」は国連を弱体化させる狙いか |ダボス会議|経済を凌駕する『力の政治』 |視点|「平和の回復へ歴史創造力の結集を」―ウクライナ危機と核問題に関する緊急提言(池田大作創価学会インタナショナル会長)

地図が動くとき