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国連事務総長の2025年世界行脚は「危機の時代」を映す

【国連ATN=アハメド・ファティ】 国連の仕事は滅多に止まらない。だが2025年は、とりわけアントニオ・グテーレス事務総長に立ち止まる余地すら与えなかった。公式の渡航記録を追うと、儀礼的な日誌というより、危機が連鎖する世界を追走する「対応記録」に近い。各訪問地は緊張の焦点であり、全体として浮かび上がる構図は明白だ。多国間主義はいま、一定のテンポで運用されているのではない。反応し、調整し、ときに「追いつくこと」そのものに追われている。 1月初旬から12月最終週まで、事務総長は欧州、中東、アフリカ、アジア、太平洋地域を繰り返し往来した。いずれも親善訪問ではない。外交関与が最も切迫する地点を映し、国連の最高政治責任者が不在であれば、具体的な影響が生じかねない局面ばかりだった。 スイスの登場頻度が高いのは偶然ではない。ジュネーブは、人道ニーズが資源の拡大を上回る局面で、国連システムの運用を支える中枢となっている。難民危機、人権調査、緊急調整の取り組みが、ますます同地に集中している。繰り返しの訪問は、財政・政治の両面で負荷が強まるなか、基本的な業務の維持ですら継続的な高官級の関与を要する現実を示す。 渡航日程の多くを占めたのは中東だった。エジプト、イラク、サウジアラビア、カタール、オマーン、レバノンを巡り、未解決の戦争、脆弱な停戦、地域秩序の再編が交錯する地域に向き合った。イラクでは、20年以上続いた国連イラク支援ミッション(UNAMI)の終了に立ち会った。象徴性を帯びると同時に、戦略上の不確実性も残す節目である。 ミッションの終了は、任務縮小後の国際関与をどう設計するか、そして平和維持活動や政治ミッションが終結した後に主権と安定をいかに両立させるかという難題を突きつけた。 湾岸での訪問は表向き静かなものだったが、重要性は劣らない。協議の焦点は仲介、緊張緩和、地域調整であり、多くは公の場から離れて行われた。最も重要な国連外交は、演壇の上で起きるとは限らないことを、改めて示している。 アフリカ訪問は、単発の危機ではなく重層的な危機に直面する大陸の現実を反映した。エチオピア、アンゴラ、南アフリカ、エジプトへの訪問の背景には、紛争、気候危機の影響、債務圧力、政治移行が重なっていた。関与のトーンも変化している。国連は長期的な開発目標の達成だけを軸に据えるのではなく、政治的安定化、人道アクセスの確保、そして地域機構―とりわけアフリカ連合(AU)―との協力強化へと重点を移しつつある。アフリカ主導の外交が存在感を増すなかでの転換である。 アジア太平洋は別種の緊張を示した。中央アジアの戦略的再浮上とも連動し、課題が相互に波及しやすい局面に入っている。中国と日本での関与は、大国間競争、経済の不確実性、停滞する気候公約を背景に展開した。カザフスタンとトルクメニスタンでは、エネルギーと貿易の要衝として、ユーラシア全域の地政学的均衡を左右し得る地域の位置づけが一段と際立った。 東南アジアと太平洋―マレーシア、ベトナム、パプアニューギニア―では焦点が移り、存立に関わる気候リスクが前面に出た。太平洋の島嶼国にとって、事務総長の訪問は象徴ではない。生存そのものが外交課題となった現実を映している。 ラテンアメリカで目立ったのは主にブラジルだった。ベレンで開かれたCOP30が、世界の気候外交の流れを画する節目となった。グテーレス事務総長は同会議で、1・5℃目標の突破がもはや回避不能になりつつあるとして、先送りが招く人的被害を強い言葉で警告した。関与の中心は、実施の加速、気候資金ギャップの解消、森林保護、そして各国政府・金融機関・主要排出国に対する説明責任の強化に置かれた。 この渡航記録の意味をいっそう重くしているのは、国連内部の状況である。2025年を通じ、未納や拠出遅延に伴う深刻な資金不足が組織を揺さぶった。事業は縮小され、人員判断は先送りされ、運用の不確実性が常態化した。そうした環境下で、事務総長の各地訪問は別の目的も帯びた。目に見える緊張の中にある国際機関を支える政治的支持を、つなぎ止めることである。 国連担当記者の視点から言えば、ここで語られるべきは移動距離や会談数ではない。核心は「封じ込め」にある。多くの訪問は、突破口を開くことよりも悪化を防ぐことを狙った。成功はしばしば「起きなかったこと」で測られる。紛争が拡大しないこと、人道回廊が開いたままであること、外交チャンネルが途切れないこと―その積み重ねだ。 2025年の事務総長の動線は、世界の断層線とほぼ重なる。国際システムが自動的に均衡を取り戻さなくなったなかで、悪化を防ぐための介入を絶え間なく続けた記録である。今日の国際環境において、外交は断続的な出来事ではない。連続的で、消耗が激しく、そしてますます個人の負担に依存する営みとなっている。 この旅程が突きつけるメッセージは率直だ。多国間主義はいま、現場に立ち続けること、粘り強さ、そして不断の関与によって辛うじて維持されている。事務総長の「ほぼ常時移動」は好みではない。速度を落とす気配のない世界における必然である。(原文へ) INPS Japan/ATN Original URL: https://www.amerinews.tv/posts/un-secretary-general-s-global-travel-reflects-a-world-in-crisis 関連記事: 国連事務総長「軍事費の増大は優先順位の誤りを示す」 『保護する責任』20年──理念と現実の乖離 危機に直面する国連、ニューヨークとジュネーブを離れて低コストの拠点を模索

世界の「市民空間」が縮小―民主主義の危機とZ世代の抵抗

【ニューヨークIPS=マンディープ・S・ティワナ】 2025年は、民主主義にとって惨憺たる年だった。世界人口のうち、組織し、抗議し、声を上げる権利が概ね尊重されている場所に暮らす人々は、いまやわずか7%強にすぎない。市民的自由の状況を世界的に測定する市民社会の調査パートナーシップ「CIVICUS Monitor(シビカス・モニター)」によれば、これは昨年同時期の14%超からの急落である。 市民的自由は健全な民主主義を支える基盤であり、市民社会の締め付けがもたらす結果は明らかだ。21世紀最初の四半世紀を終えようとするいま、世界は19世紀並みの経済的不平等に直面している。最富裕層である上位1%の資産は急増する一方で、世界人口の約8%に当たる6億7000万人超が慢性的な飢餓に苦しむ。ガザ、ミャンマー、スーダン、ウクライナなどで死と破壊が続くなか、政治エリートと密接に結び付いた兵器製造企業は莫大な利益を得ている。こうした紛争を煽る政治指導者たちが、自らの動機を問われるのを避けるために市民的自由を抑圧しているとしても、驚くにはあたらない。 リマからロサンゼルス、ベオグラードからダルエスサラーム、ジェニンからジャカルタに至るまで、あまりにも多くの人々が、自らに関わる意思決定に参加する力を奪われている。だが同時に、これらの場所は今年、政府に抗議する重要なデモの舞台にもなった。権威主義が台頭するなかでも、人々は自由を求めて路上に出続けている。本稿執筆時点でも、ブルガリアの首都ソフィアでは蔓延する汚職に抗議する大規模デモが続き、政府は辞任を余儀なくされた。 歴史が示すとおり、大規模デモは社会の大きな前進をもたらし得る。20世紀には、市民運動が女性参政権の実現、植民地支配からの解放、人種差別に対処する公民権立法の採択を後押しした。21世紀に入ってからも、婚姻平等を含むLGBTQI+の権利拡大、気候危機や経済的不平等を可視化する抗議行動など、前進は続いてきた。だが2025年、抗議の権利は、まさにそれが効果を持ち得るがゆえに、権威主義的指導者から攻撃を受けている。世界各地で記録される市民的自由の侵害のうち、最も多いのは抗議参加者の拘束であり、次いで、汚職や権利侵害を告発するジャーナリストや人権擁護者の恣意的拘束が続く。 この後退は、主要な民主主義国でも起きている。今年、CIVICUS Monitorは、アルゼンチン、フランス、ドイツ、イタリア、米国を、市民の活動空間の評価で「妨げられている(obstructed)」へと格下げした。これは、当局が基本的権利の十分な享受に重大な制約を課していることを意味する。こうした後退を押し進めているのは、憲法上の抑制と均衡を弱め、少数者に経済・政治・社会生活で公正な発言権を与えない「選挙多数を盾にする政治」を進めようとする、反権利のナショナリスト/ポピュリスト勢力である。 反権利勢力による民主主義の劣化は、長年にわたり進められてきた動きが、いま表面化しつつある。今年、ドナルド・トランプの政権復帰によって、その流れは加速した。トランプ政権は、国際的な民主主義支援プログラムへの支援を直ちに停止し、その一方で、市民的自由を抑圧し、深刻な人権侵害が指摘されてきた指導者との関係を強めた。トランプは、エルサルバドルのナジブ・ブケレ、ハンガリーのヴィクトル・オルバン、イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ、ロシアのウラジーミル・プーチン、サウジアラビアのムハンマド・ビン・サルマンらを相次いで厚遇し、価値や規範よりも力を優先する外交姿勢を鮮明にしている。これは、市民社会が何十年もかけて積み上げてきた成果を損ないかねない。 影響はすでに表れている。従来、市民社会活動の資金を担ってきた多くの富裕な民主主義国が、拠出を大幅に減らしている。同時に、残る支援についても、軍事・経済上の狭い戦略的利益に結び付ける傾向が強まった。これは、中国、エジプト、イラン、ニカラグア、ベネズエラといった強権国家が、国内で説明責任を求める動きを弱めようとする試みに、結果として手を貸す形にもなっている。エクアドルやジンバブエなどでは、市民社会組織が海外から資金を受け取ることを制限する法律が導入された。 こうした動きは、平等、平和、社会正義のために取り組む市民社会の努力に悪影響を及ぼしている。だが2025年には、粘り強い抵抗と一定の成果もあった。Z世代(Gen Z)の抗議者が示した勇気は、世界中の人々を鼓舞している。ネパールでは、ソーシャルメディア禁止令を契機とした抗議が政権の退陣につながり、政治の立て直しに向けた希望を示した。ケニアでは、国家暴力にもかかわらず、若者が政治改革を求めて街頭に立ち続けた。モルドバでは、逃亡中の寡頭政治家が潤沢な資金を背景に展開した偽情報キャンペーンが、国政選挙を人権の価値から遠ざけることに失敗した。米国では、「No-Kings(ノー・キングス)」抗議に加わる人の数が増え続けている。 世界人口の90%超が、制度的に十分な市民的自由を否定されて暮らしている現実を前に、反権利勢力は勢いづいているのかもしれない。しかし、民主的な抗議は、とりわけZ世代の間で醸成されつつある。政治的・経済的機会を奪われる一方で、より平等で、公正で、平和で、環境的に持続可能な別の世界が可能だと理解している世代である。事態は決して終局ではない。困難な時代であっても、人々は自由を求める。そして突破口は、すぐそこにあるのかもしれない。(原文へ) マンディープ・S・ティワナは、世界市民社会アライアンスCIVICUSの事務総長。 INPS Japan/IPS UN Bureau Report 関連記事: デジタル時代に抗議を再定義するZ世代(アハメド・ファティATN国連特派員・編集長) 市民社会が沈黙させられる中、腐敗と不平等が拡大 デジタル封建主義の時代には、批判的なジャーナリストの声が必要

国連から見た2025年米国家安全保障戦略

【ニューヨークATN=アハメド・ファティ】 2025年版「国家安全保障戦略(NSS)」は、単なる政策文書ではない。これは世界観である。研ぎ澄まされ、硬質化し、米国がかつて擁護した戦後国際秩序そのものに、真正面から照準を合わせている。 多国間主義が活動の前提となっている国連の内側から読むと、まるでこの家の設計者が数十年ぶりに戻ってきて、ブルドーザーとメジャーを手に、「修理」すると言いながら、住む側が何とか住み続けてきた構造そのものを壊しにかかる―そんな光景に見える。 この国家安全保障戦略の冒頭は、過去30年の米国外交を「甘い」「誤った」ものと断じ、「グローバリスト」が主権を「国境を越える制度」に外注したと切り捨てる(p.1~2)。意味するところは明白だ。協調にもとづく地球規模のガバナンスという土台そのものに対する、正面からの思想攻撃である。 国連は「責任の共有」を重視する。だがNSSはそれを「目的がぼやける」とみなす。国連は「相互依存」を前提とする。だがNSSはそれを「弱み」だと捉える。国連は「外交」を解決の手段と考える。だがNSSはそれを「内政への干渉」に近いものと見る。 これは口調の違いではない。哲学の断絶である。 移民:国連の人道の柱と、米国の新たな「要塞」 多国間主義との衝突が最も露骨に現れるのは、移民に対する文書の断定的な姿勢だろう。NSSは「大量移民の時代は終わった」と宣言し、国境管理をほぼあらゆる国家安全保障上の優先事項の上位に置く(p.11)。 これは、国連のアプローチと正反対である。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)は、避難や強制的な移動を「保護」と「権利」の問題として捉える。国際移住機関(IOM)は、移民を地球規模で管理すべき課題と位置づけ、共有された解決策を重視する。「移住に関するグローバル・コンパクト」も、一方的な壁ではなく、国際協力を前提としている。 これに対しNSSは、移民を戦略的脅威として位置づける。テロやフェンタニルと同列の「不安定化要因」として描いているのだ。率直に言えば、この文書は、脆弱な人々を国際的安定の担い手ではなく、「安全保障を脅かす存在」として扱っている。 この認識の転換は、今後何年にもわたり、あらゆる人道交渉に影響を及ぼすだろう。 蘇るモンロー・ドクトリン―今度は「牙付き」 次に登場する西半球に関する章は、あまりに急進的で、警鐘を鳴らさざるを得ない。NSSは「モンロー・ドクトリンに対する『トランプ補則』」を掲げ、テキサス以南の港湾、鉱物、海底通信ケーブルに至るまで、域外勢力に「手を出すな」と警告する(p.15~18)。 これは婉曲表現ではない。配慮すらない。要するにトランプ政権はこう宣言している―「この半球は我々のものだ。以上」。 国連にとって、これは単に「居心地が悪い」などというレベルの話ではない。構造的に両立しない。多国間秩序は、大国が特定地域を私有地のように扱うことを防ぐために築かれてきた。ところが、この補則はそれを正面から覆し、西半球を戦略的に「囲い込む」発想へと転じてしまう。 中南米諸国は、投資を歓迎する姿勢を公には示すかもしれない。だが国連の内側では、こうした声が漏れてくるだろう。 「米国が私たちのパートナー選びにまで実質的な拒否権を持つのなら、私たちの主権はどこから始まるのか」 このドクトリンは、次の枠組みを後景に押しやる。・国連の開発支援・地域機構・多国間の資金供与・ワシントンの承認を前提としない対外連携 結果として、多国間主義は「米国の裏庭」では、存在感を大きく削がれる。 欧州:対話の相手ではなく、「診断」の対象 欧州に関するNSSの語り口は、戦略文書というより文明論に近い。NSSは欧州について、「文明の消失(civilizational erasure)」「人口の先細り」「アイデンティティの喪失」「規制による息苦しさ」を並べ立てる(p.25~27)。 それは分析というより、追悼文に近い。 この見立ては、国連が維持してきた「西側の統一的な外交姿勢」を弱めかねない。安保理の力学、制裁の運用、人道決議の形成において結束は不可欠だ。もしワシントンがブリュッセルを「パートナー」ではなく「問題」と見なすなら、1945年以降の自由主義秩序を支えてきた結束の土台は、確実にひび割れる。 中国:多国間システムのストレステスト この文書の通底音を最も強く支配している国があるとすれば、中国である。NSSは中国を、供給網、AI、レアメタル、知的財産、移民、宣伝工作、さらには医薬品に至るまで、あらゆる戦略領域を左右する中心的な対抗対象として描く(p.20~24)。これは競争ではない。構造的な対立である。 だが、動かしがたい事実がある。国連は中国抜きでは機能しない。中国は国連予算の主要な拠出国であり、安保理常任理事国であり、PKOにも重要な貢献をしている。さらに、保健、気候交渉、開発金融でも要の一角を占める。 米国が中国を全領域にまたがる「実存的脅威」と位置づければ、多国間主義は巻き添えになる。最大のリスクは単純だ。互いに完全には両立しない2つの国際システムが形を取り始め、国連の普遍性がその狭間で圧迫されることである。 中東:まれで、脆い一致点 意外にも、中東に関してはNSSが示す方向性が、国連の優先課題と一部で重なる。緊張を和らげ、安定を確保し、人質解放を進め、地域戦争への拡大を防ぎ、新たな外交枠組みを支える――といった点である(p.27~29)。これは、一定程度は活用可能な一致点だ。 ただし、動機は大きく異なる。国連が目指すのは、権利、統治、人道法に根ざした持続可能な平和である。一方、NSSが求めるのは、米国の負担を軽減し、対抗勢力を抑え込むための「安定した環境」に近い。 この一致は有用だが、脆い。ガザ、レバノン、シリア、紅海のいずれかで次の火種が上がれば、思想の違いは容易に再び表面化する。 アフリカ:協力か、資源狩りか NSSはアフリカを「投資の最前線」と位置づけ、鉱物とエネルギーを米国の主要な関心事に据える(p.29)。 アフリカの指導者の中には、資源をめぐる競争が投資や交渉力の向上につながるとして、一定程度歓迎する向きもあるだろう。中国、ロシア、トルコ、EU、湾岸諸国はすでに深く関与している。 しかし、国連がアフリカを見る視野はそれより広い。国連が重視するのは、資源の確保そのものではなく、社会が安定して回り、人々の暮らしが底上げされ、紛争が再発しにくい土台が築かれることだ。具体的には、次のような課題である。・汚職を抑え、透明で説明責任のある行政を育てること(統治)・教育、保健、雇用など生活の基盤を強くすること(人間開発)・紛争の予防と停戦後の社会の立て直しを支えること(平和構築)・一次産品頼みから脱し、現地で付加価値を生む産業を育てること(産業化)・環境と将来世代を損なわない形で成長を続けること(持続可能な成長) 要するに、NSSが焦点を当てるのは「アフリカが何を持つか」であり、国連が重視するのは「アフリカがどのような社会になろうとしているか」だ。この視点のずれこそ、多国間機関が役割を発揮すべき領域である。 結論:衝突は避けられない。それでも機会は死んでいない NSSは、国連発足後の米国戦略の中でも最も「主権第一」であり、多国間主義に懐疑的な文書である。国際協力を当然の前提とせず、世界を「共有されたシステム」ではなく、国家が競い合う舞台として捉えている。 しかし、どれほど一国主義的な米国であっても、地球規模の現実から逃れ切ることはできない。・感染症の世界的流行(パンデミック)・気候変動がもたらす被害・供給網の分断や脆弱性・AIなど新技術のルールづくり(技術ガバナンス)・国境を越えて連鎖する危機 これらは、いかなる国であれ―たとえどれほど強大でも―単独では解決できない問題である。 ゆえに衝突は避けがたい。だが崩壊が必然というわけでもない。 国連と多国間システムはいま、ひび割れの中に活路を見いだし、残された余地を生かしながら、ワシントンに、近代史が繰り返し示してきた真実を思い出させなければならない。 一国の意思だけが支配する世界は不安定である。責任を共有する世界こそ、持続可能である。 そして結局、米国自身も再び理解することになるだろう。機能する国際システムの価値を代替できるほど高い壁は、いかなる国にも築けないのだと。(原文へ) INPS Japan Original URL: https://www.amerinews.tv/posts/a-national-security-strategy-caught-between-america-first-and-a-multilateral-world 関連記事: 欧州には戦略的距離が必要だ──米国への盲目的同調ではなく NFUは維持、核戦力は拡大―中国の核ドクトリンが軍縮と戦略的安定に与える影響 米国がベネズエラを攻撃、国連が警鐘 世界は賛否分かれる

軍事支出の増大を止める機会を逸してきた代償

【ニューヨークIPS=アリス・スレーター】 国連は年末、ファクトシート「世界の軍事支出の増大(Rising global military expenditures)」を公表し、昨年の世界の軍事支出が過去最高の2兆7000億ドルに達したと報告した。ファクトシートは、こうした支出の拡大が人々の福祉や環境、気候危機への対応余力を圧迫し、雇用創出、飢餓・貧困対策、医療、教育などへの十分な財源確保を困難にしていると指摘している。 このファクトシートは、各国の軍事支出がいかに偏在しているかを示すとともに、同じ資金があれば飢餓と栄養不良の解消、安全な水と衛生、教育、環境修復などに何を実現し得たかを具体的に浮かび上がらせている点で意義がある。だが今こそ国連は、軍事支出の拡大を止め、地球を癒やすために「これまで何を取り逃がしてきたのか」に焦点を当てたファクトシートを出すべきではないか。 というのも、第二次世界大戦終結80年と国連創設80年の節目に当たる2025年夏、ロシアと中国は「世界戦略的安全保障に関するロシア連邦と中華人民共和国の共同声明」を発出した。同声明は、国家や国家の枠組みが「他国の安全を犠牲にして自国の安全を確保してはならない」とし、「各国人民の運命は相互に結び付いている」と付け加えている。 米国とその核同盟が、ロシアや中国に対する軍事的優位を確保しようとしてきた経緯をたどるだけでも、平和や軍縮に向けた交渉提案を受け入れる機会をたびたび逸してきたことが分かる。もしそれらの提案が受け入れられていれば、長年にわたり数兆ドル規模の資金が軍事以外の分野に回り、いま私たちが直面する「地球上のすべての生命を守る」危機への対応に充てられた可能性がある。 筆者が直近の「失われた機会」として挙げるのは、中国とロシアが共同声明で、米国の「ゴールデン・ドーム」宇宙計画を批判し、宇宙空間を武力対立の場にしないよう各国に求めた点である。筆者は、この主張が西側メディアで十分に報じられていないとして、軍需産業との関係を背景に挙げて批判している。 中ロはさらに、宇宙空間における兵器の配備や武力行使を防ぐため、ロシアと中国が軍縮会議(CD)で提案してきた条約草案(2008年および2014年)に基づく交渉を求めた。軍縮会議では条約交渉の開始に全会一致が必要だが、米国が合意に同意せず、議論は前に進まなかった。 また中ロは、宇宙での軍拡競争を防ぎ、宇宙の平和を促進する措置として、「宇宙に兵器を最初に配備しない」国際的なイニシアチブ(政治的コミットメント)を世界規模で推進することで一致したと述べた。言い換えれば、「先に宇宙配備しない」という立場である。 筆者は、宇宙の平和をめぐる提案を最新の「逸失の機会」と位置付ける。一方、最初の「逸失の機会」は1946年にさかのぼる。ハリー・トルーマン大統領が、ヨシフ・スターリンによる提案―新設された国連の下で原爆を国際管理に移す―を拒否し、その結果、ソ連が核兵器を保有するに至った、というのが筆者の見立てである。 筆者は、ロナルド・レーガン大統領が、冷戦終盤の転機―ベルリンの壁崩壊と、ミハイル・ゴルバチョフによる東欧の解放へと至る過程―において、核兵器の全廃を視野に入れた交渉条件として「スター・ウォーズ」計画(戦略防衛構想)の放棄を求める訴えに応じなかったと位置づける。こうして、核兵器庫を廃絶する機会は失われた、というのである。 さらに続く「逸失の機会」として筆者が挙げるのは、ベルリンの壁崩壊後、再統一ドイツをめぐる協議で「NATOは東方に拡大しない」との趣旨の説明があったにもかかわらず、NATOがその後ロシア国境に迫る形で拡大していった点である。 ・ビル・クリントン大統領は、プーチンによる提案――双方が核弾頭を各1000発に削減し、その後、全核保有国を招いて全廃交渉に入る。その代わり米国がルーマニアでのミサイル関連施設の開発を止める――を退けた。・ジョージ・W・ブッシュ大統領は、1972年の弾道弾迎撃ミサイル制限条約(ABM条約)から離脱し、ルーマニアに基地を設置した。トランプ大統領はポーランドに基地を置いた。・バラク・オバマ大統領は、プーチンが提示した「サイバー戦を禁止する条約」を交渉する提案を退けた。[i] 筆者は、米国が長年にわたり協力により開かれていれば、軍事以外の分野に回り得た資源は拡大し、「住み続けられる地球」を守るという切迫した課題にも、より大きな能力で対処できたはずだと訴える。宇宙の平和に関する中ロ提案を取り上げるのに、まだ遅すぎることはない。より賢明な判断が勝ることを願う。(原文へ) [i](参考)https://pirm.medium.com/why-no-international-treaty-for-cybersecurity-to-ban-cyber-attacks-5a53d8b3fdd1 (参考資料)国連ファクトシート「世界の軍事支出の増大」https://www.un.org/sites/un2.un.org/files/milex-docs/MILEX_UN_Fact_Sheet.pdf アリス・スレーターは、World BEYOND WarおよびGlobal Network Against Weapons...