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戦争、熱波、エネルギー危機がクリーンエネルギーへの転換を加速させる
【ロンドン/パキスタン・カラチIPS=ゾフィーン・エブラヒム】
過去30回にわたる国連気候変動枠組条約締約国会議(COP)でもなし得なかったことを、米国とイスラエルによる対イラン戦争の3か月間が成し遂げたのかもしれない。それは、世界が化石燃料にいかに依存し、いかに脆弱であるかを浮き彫りにしたことである。|英語版|
世界が過去10年で最大規模のエネルギーショックに直面する中、クリーンエネルギーへの投資を加速させる必要性は、これまでになく説得力を増している。
さらに欧州が深刻な熱波に見舞われる中、英国気象庁は「生命に危険が及ぶ恐れがある」と警告を発し、ロンドン気候行動週間(LCAW)の開催期間中にも、店舗やオフィス、学校の閉鎖に加え、交通機関の混乱が生じている。こうした状況を受け、エネルギー転換を求める声は一段と高まっている。
高まる危機感
「政策立案者、投資家、企業経営者の間で、そうした危機感は確実に高まっています。」
そう語るのは、パキスタンの起業家であり、同国を拠点とするテクノロジー、データ分析、アドバイザリー企業「サスティナディリティ(Sustainadility)」の共同創業者兼パートナーを務めるファラズ・カーン氏(MBE)である。同氏は25年以上にわたり、官民連携による投資や、環境・持続可能性・ガバナンス(ESG)に関する枠組みづくりに携わってきた。現在は、気候資金とエネルギー転換の将来を議論するためLCAWに参加している。
6月28日に閉幕するLCAWの傍ら、IPSの電話取材に応じたカーン氏は、化石燃料から再生可能エネルギーへの移行は喫緊の課題であり、その実現には投資家と企業の関与が不可欠だと強調した。
カーン氏はLCAWの雰囲気について、「慎重さを伴いながらも楽観的だ」と表現した。また、パキスタンへの国際的な注目が高まっていることを歓迎し、「わが国は、米国とイラン・イスラム共和国との和平合意『イスラマバード覚書』の仲介に尽力したことが高く評価されました」と述べた。
ルール作りから投資へ
カーン氏は、6月8日から18日までドイツ・ボンで開催された気候変動会議とLCAWとの違いについて、次のように説明する。
ボン会議は外交交渉や気候政策のルール作りが中心だった。一方、2019年から毎年開催されているLCAWは、持続可能性やESG分野への民間投資を呼び込み、それを商業ベースで拡大することに重点を置いている。
「LCAWは、より企業や民間部門に焦点を当てた場です。」
こう語るカーン氏は、社会的インパクト投資を行うパキスタンの団体「シードベンチャーズ(SeedVentures)」の創設者でもある。
その一方で、同氏は次のようにも指摘した。
「物事には二つの側面があります。米・イラン和平とホルムズ海峡の再開によって、石油が依然として世界経済に不可欠であることが改めて示されました。しかし同時に、多くの国々は化石燃料への依存が自国の利益にならないばかりか、安全保障上のリスクにもなり得ることを認識しています。」
地政学的対立によって、石油の生産、貿易、輸送がいかに脆弱であるかが明らかになった。そのため、代替エネルギーへの投資は今後さらに加速すると見込まれている。
カーン氏が出席したCOP31議長主催の民間セクター会合では、循環型経済、電化(エレクトリフィケーション)、気候資金が主要な議題となった。ブラックロック、世界銀行、国連工業開発機関(UNIDO)、国際金融公社(IFC)、さらには各種業界団体など、世界の気候変動分野を代表する組織が一堂に会した。
「まさに気候変動分野のオールスターが集まった会議でした。」とカーン氏は笑顔で語る。
「私たちもその場に加われたのです。」
しかし一方で、意思決定の場に女性がほとんどいなかったことは残念だったという。ただし、トルコのCOP31チームについては、「知的水準が高く、会議での存在感も圧倒的だった。」と高く評価した。
「交渉」から「実行」へ
カーン氏によれば、会議の構成だけでなく議論そのものにも変化が見られた。
会場では、交渉中心の議論から、実施・投資・具体的行動へと重点を移す新たな流れをつくろうという強い意志が共有されていた。
「政府は制度や環境を整えることができ、国連はルールを示すことができます。しかし最終的に変化を実現するのは、投資家、投資可能な事業、そして大企業なのです。」
ボン会議が制度設計を議論する場だったのに対し、LCAWは気候資金や実際の投資案件を議論する場だったと同氏は説明する。
さらに、「今年11月にトルコ・アンタルヤで開催されるCOP31では、『言葉だけではなく資金を投入する』ことが最大のテーマになります。実現可能なプロジェクトへ資本を投じ、協調的な投資スキームを構築して気候変動対策を本格的に拡大していくことになるでしょう。」と語った。
民間部門が主役に
またカーン氏は、中国がクリーンエネルギー投資の世界的リーダーとして頻繁に言及されていたことにも触れた。
「さまざまな会議を通じて、再生可能エネルギーへの投資意欲が非常に強まっていることを実感しました。この流れは今後さらに加速すると確信しています。」
公正なエネルギー移行を実現するには、大企業や大規模な組織の役割が決定的に重要だという。事業規模が大きく、地域社会とのつながりも深いため、社会全体へ大きな変化をもたらす力を持っているからだ。
こうした電化と脱化石燃料への取り組みは、COP31議長国トルコも重視している。
今月、ボン会議の会場で英紙『ガーディアン』の取材に応じたトルコのムラト・クルム環境相は、「35%目標」はCOP31議長国として最も重要な課題の一つになると語った。
「交通、建築物、産業など日常生活のあらゆる分野を電化することで、家庭や企業をエネルギー価格の乱高下から守ることができる。」と同相は述べている。
パキスタンに訪れた好機
カーン氏は、パキスタンにはこのエネルギー転換の最前線に立つチャンスがあると考えている。
同国は気候災害の被害国として取り上げられることが多い。世界の温室効果ガス排出量に占める割合は1%未満であるにもかかわらず、大きな被害を受け続けている。
しかし同氏は、世界が太陽光発電に注目する中、パキスタンで静かに進行している「ソーラー革命」にも目を向けるべきだと訴える。
「パキスタンは、太陽光発電の普及がいかに急速に進み得るかを示す世界的な成功例となっています。それに伴い、太陽光パネル製造や蓄電池産業にも大きな投資機会が生まれています。」
一方で、送電網の近代化や大規模蓄電システムの整備は、ますます重要な課題となっている。
自然への投資
カーン氏は、再生可能エネルギーだけでなく、「自然への投資」にも大きな可能性を見いだしている。
マングローブ林、森林、湿地、草原、山岳生態系など、パキスタンの豊かな生物多様性には莫大な投資余地があるという。民間資本は、こうした自然資産の保全と再生の両方に貢献できる。
パキスタン経済において農業は大きな割合を占める一方、生物多様性の喪失を招く要因にもなっている。
そのため、企業は再生型農業、アグロフォレストリー(森林農業)、持続可能なコメや綿花の生産などへ投資することで、自らの持続可能性目標を達成すると同時に、新たな「生物多様性クレジット市場」にも参入できる。
「カーボンクレジットがあるように、生物多様性クレジットもあります。これは食料安全保障や農業と密接に結びついています。」
農業が国の基幹産業であるパキスタンは、生物多様性クレジット分野でも大きな潜在力を秘めているという。
「これは本当に画期的な分野になるでしょう。莫大な投資機会が広がっています。」
投資拡大への課題
しかし現実には、投資家はまだ十分に集まっていない。
カーン氏は、海外から大規模な気候投資を呼び込む最大の障害は、依然としてパキスタンの高いカントリーリスク(国家リスク)だと指摘する。
一方で、「パキスタン・グリーン・タクソノミー」、グリーンバンキング指針、ESG基準など近年の政策改革は、投資家の信頼向上につながっているという。
また、投資に適した「バンカブル・プロジェクト(採算性や信用力があり、資金調達が可能な事業案件)」が不足していることも課題だ。本来は堅実な事業基盤を持つにもかかわらず、国際投資家を十分に惹きつけられていない案件も少なくない。
それでも、投資の潜在力は極めて大きいとカーン氏は強調する。
ただし、時間的猶予は限られているかもしれない。
最近の中東情勢の混乱が、世界の化石燃料依存の脆弱性を露呈したのであれば、それは同時に、クリーンエネルギーへの転換を加速させる必要性を浮き彫りにしたことにもなる。
パキスタンにとって、その機会は極めて大きい。
しかし、その潜在力を現実のものにできるかどうかは、必要な民間投資を呼び込める環境を整えられるかにかかっている。
INPS Japan/IPS UN Bureau Report
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「雨が降ると、心臓の鼓動が速くなる」
AIは、今すぐ対策を講じなければ、雇用・中間層・福祉国家を揺るがす
【ニューヨークIPS=イザベル・オルティス、ビル・ショルダー】
人工知能(AI)は、生産性や科学、医療、教育に飛躍的な進歩をもたらす可能性を秘めている。しかしその一方で、数百万もの雇用を失わせ、中間層を空洞化させ、病院や学校、年金制度を支える税収を減少させる危険性も抱えている。その変化はすでに始まっており、対策を講じるために残された時間は多くない。|英語版|
国際通貨基金(IMF)は、AIが世界全体の約40%の雇用に影響を及ぼすと予測している。先進国では約60%の職種がAIの影響を受け、そのうち最大で3分の1(33%)がAIに代替されるリスクが高い。新興国では約40%の職種が影響を受け、その約4分の1(24%)が代替される危険性がある。低所得国では約26%の職種がAIの影響を受け、そのうち約5分の1(18%)はAIによって代替される可能性がある。
雇用喪失が中間層を縮小させる
AIの影響を最も受けやすいのは、これまで中間層の安定を支えてきた職種である。事務職、カスタマーサービス、翻訳、ジャーナリズム、法務補助、金融分析、マーケティング・コンテンツ制作、さらにはソフトウェア開発やデータ関連業務の一部も含まれる。これらの仕事は中間層の所得を支え、消費を生み出し、税収の基盤となってきた。しかしIMFは、こうした職種こそAIの影響を最も受けやすいと指摘している。
AIによって新たな仕事も生まれるだろう。しかしIMFによれば、それ以上に多くの仕事が消滅する可能性が高い。
その影響は職を失う人々だけにとどまらない。賃金は低下し、不安定な雇用が増え、企業が「AIに置き換えることができる」と労働者に示せるようになることで、労働者の交渉力は大きく低下する。所得はAI技術を保有する企業や一握りの巨大企業へ集中し、一般の労働者に配分される所得の割合は縮小していく。
中間層の家計は経済を支える最大の消費者である。その所得が減少すれば、小売店や中小企業の売り上げは落ち込み、投資は停滞し、廃業が相次ぐようになる。その結果、経済は需要不足、低賃金、慢性的な不完全雇用に苦しむ低成長の悪循環へと陥る恐れがある。
税収の減少が福祉国家を弱体化させる
その圧力はやがて財政にも及ぶ。
多くの政府歳入は中間層に依存している。所得税、消費税、社会保険料はいずれも安定した雇用と賃金によって支えられている。賃金所得が減少し、安定した雇用が縮小すれば、政府の税収も減少する。
一方で、失業給付、職業訓練、医療、所得支援を必要とする人々は増加する。政府は「税収は減る一方で支出は増える」という財政的な板挟みに直面することになる。IMFは2026年のAI・労働市場・公共政策に関する分析で、このリスクを警告している。
公的年金制度は、現役世代が納める保険料によって高齢者を支える賦課方式に依存している。医療制度もまた、健康な人々の拠出によって病気の人々を支えている。こうした制度では、負担する人の数が減れば持続可能性は失われる。その結果、政府は給付の削減や利用者負担の引き上げ、家計への負担転嫁を余儀なくされる可能性がある。これは国連社会開発研究所(UNRISD)の報告書『AIと社会契約の未来』でも指摘されている。
公共サービスと民主主義への圧力
歴史が示しているように、その次に訪れるのは緊縮財政政策である場合が少なくない。
財政圧力を受けた政府は、消費税を引き上げ、公共サービスの利用料を値上げし、給付の対象を厳格化し、公共支出を削減する傾向がある。
財政が悪化すると、教育、医療、介護、社会保障は「合理化すべき予算項目」として扱われがちになる。しかし、これらは本来、人権であり、社会を支える不可欠な公共サービスである。
その結果、富裕層だけが質の高い民間サービスを利用でき、多くの人々は質の低下した公共サービスに頼らざるを得ない「二層社会」が生まれる。
経済的不安は民主主義への信頼も損なう。
働いても生活が安定せず、公的機関も自分たちを守ってくれず、技術革新の恩恵が一部の富裕層や巨大企業だけに集中していると人々が感じれば、不満は蓄積し、社会の分断は深まる。
その結果、特定の集団をスケープゴートに仕立てる動きが強まり、監視や情報操作、より権威主義的な統治への支持も広がりやすくなる。とりわけAIそのものが情報空間や世論形成を操作する手段として利用されれば、その危険性はさらに増す。
未来は私たちの選択にかかっている
しかし、こうした未来は決して避けられない運命ではない。
ノーベル経済学賞受賞者のダロン・アセモグル氏とサイモン・ジョンソン氏が指摘するように、AIが社会にもたらす影響は、技術そのものよりも、それをどのような政治的・経済的選択のもとで活用するかによって決まる。
政府はAIによって生み出される巨額の超過利益や市場支配力に課税することができる。その財源を活用して、需要を維持し、人々の所得を保障しながら社会の移行を支えることも可能である。
また、教育、医療、社会保障などの公共サービスを、人権としてさらに充実させるべきである。
さらに政府は、AIの導入方法について、労働者や市民が実質的に意思決定に参加できる仕組みを整えなければならない。同時に、AIが偽情報や監視を通じて民主主義への信頼を損なうことがないよう、適切な規制を整備する必要がある。
AIはすでに社会を大きく変え始めている。
今問われているのは、その莫大な恩恵を社会全体で公平に分かち合い、すべての人々の繁栄につなげることができるかどうかである。そして、安定と尊厳ある社会を支えてきた「社会契約」を維持できるかどうかである。
その選択は、まだ私たちの手に委ねられている。
しかし、その猶予は決して長くはない。
イザベル・オルティスは、「グローバル・ソーシャル・ジャスティス」代表。国際労働機関(ILO)およびユニセフの局長を務めたほか、国連およびアジア開発銀行(ADB)の上級職員を歴任した。ビル・ショルダーはAIソフトウェアエンジニア・研究者。人工知能および国際プロジェクト・マネジメントを専門としている。
INPS Japan/ IPS UN Bureau Report
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なぜ今、「世界市民」がこれまで以上に重要なのか
チャットボットとAIコンパニオン――SFの世界から日常の現実へ
|視点|AIと自立型兵器ー岐路に立つ世界(サンニャ・ラジパルSGI国連事務所)
なぜ今、「世界市民」がこれまで以上に重要なのか
―ロベルト・サビオ氏が語る「相互依存する世界」と市民の責任ー
【ローマINPS Japan=浅霧勝浩】
国際通信社インタープレスサービス(IPS)の創設者ロベルト・サビオ氏は、ローマで行ったINPS Japanの独占インタビューで、気候変動、戦争、格差、人工知能(AI)など複雑に絡み合う地球規模課題に向き合うためには、「相互につながる世界を理解すること」が、現代の市民に求められる最も重要な責任の一つであると語った。|英語版|
教育者ジュリアーノ・リッツィ氏との共著『The Global Citizen Handbook』でサビオ氏が問いかけているのは、世界市民とは何かという抽象的な理念ではない。複雑に相互依存する現代世界を理解し、その理解を判断と責任ある行動へと結び付ける、市民の在り方である。
サビオ氏は、新著について語り始める前に、まず今日の若者について語った。
「今日の大学卒業生が直面している不確実性は、その親世代、まして祖父母世代が経験したものとは本質的に異なります。」
第二次世界大戦後の世代は、破壊された都市を受け継いだ。しかし同時に、復興によってより良い世界を築けるという希望も持っていた。国際連合の創設は、その希望を象徴する出来事だった。
1990年代には、工業化、技術革新、経済成長が、安定した雇用、持ち家の取得、将来への安心という現実的な期待を支えていた。
しかし今日の若者が受け継いだ世界は、大きく様変わりしている。気候変動、地政学的対立、拡大する格差、不安定な金融市場、人口減少、武力紛争、そしてAI――。こうした課題が同時に進行することで、過去のどの世代も経験したことのないほど深い不確実性が生まれている。
しかしサビオ氏によれば、問題は現実の不確実性だけではない。
より深刻なのは、「理解の危機」である。
現代人は、かつてないほど多くの情報に接している。ニュースは瞬時に世界を駆け巡り、AIは膨大な情報を数秒で要約する。だが、気候変動、移民、民主主義、戦争、金融、AIといった出来事は、それぞれ独立した問題として報じられがちであり、その相互のつながりは見えにくくなっている。
「一般市民は百科事典ではありません。」
サビオ氏はそう語る。
情報が断片化するほど、人々は世界全体を理解できなくなり、「自分には何も変えられない」という無力感を抱くようになる。サビオ氏は、この「理解の危機」こそが、デジタル時代の民主主義にとって最も大きな課題の一つだと考えている。
市民が社会を動かしている力を理解できなければ、公共の議論に意味ある形で参加することはできない。民主主義は、単に選挙によって維持される制度ではない。市民が世界を理解し、判断し、行動する力によって支えられる営みなのである。
こうした問題意識から生まれたのが、『The Global Citizen Handbook』である。
本書は、統計や専門知識を並べた従来型の参考書ではない。各章では、国際機関の報告書や学術研究に基づいて地球規模課題を解説するとともに、同様の課題に取り組んできた地域社会やコミュニティの事例を紹介する。そして各章の最後には、読者自身が立ち止まり、自ら考えるための問いが用意されている。
目的は、知識を増やすことではない。
情報を理解へと深め、理解を判断へ、そして判断を責任ある社会参加へとつなげることである。
ジャーナリズムから教育へ――世界市民を育むという共通の理念
サヴィオ氏にとって、『The...
西アフリカ・ベナン、女性たちが何世紀も続く製塩法を持続可能なものへ
【ベナン・ウィダーIPS=ネハ・バンカ】
正午にはまだ早い時間、西アフリカ・ベナンのジェグバジ村郊外の浜辺近くで、女性たちの一団が座り込み、ギニア湾の海から採取した塩の山をふるいにかけている。黒い防水シートで覆われた大型のコンクリート槽には、海水がベナンの真昼の太陽の下でゆっくり蒸発するにつれ、白い塩の沈殿物が残っている。ただし、彼女たちが使っているのは火ではなく、太陽エネルギーである。|英語版|
女性たちは、「ProSELベナン」と呼ばれる草の根プロジェクトの一環として働いている。この事業は、ベナン政府に加え、インド、ブラジル、南アフリカ(IBSA)各国政府、そして国連開発計画(UNDP)の協力によって進められているもので、地域の製塩コミュニティが持続可能なエネルギー源を利用し、地元産ヨウ素添加塩の生産・販売に向けた中規模事業を育てられるよう支援することを目的としている。
製塩は、ベナン南部とその周辺に暮らす人々にとって、主要な収入源の一つである。
何世代にもわたる伝統
「ベナンの沿岸部では、女性たちが海岸湿地から塩をすくい取ります。小屋を建て、その中で大きな鍋を使い、直火で塩水を煮詰めるのです。そして、その“煮た塩”を市場や道端で売ります。さまざまな理由から、これは健康に良くない作業です。」と語るのは、2021年から2024年まで南アフリカの駐ベナン・トーゴ大使を務め、IBSA支援プロジェクトの実施に深く関わったロビナ・マークス氏である。
ベナンでは、塩を採取して煮詰める伝統的な製塩法が、少なくとも15世紀から行われてきた。主に女性たちが担ってきたこの方法では、塩分を含む土を集め、水分を蒸発させ、刻んだマングローブ材を燃やして塩水をろ過し、塩を作る。
しかし、この作業は、塩の採取方法や製造環境のため、女性たちの健康に悪影響を及ぼしてきた。
「非常に時間がかかり、労力も大きいのです。」とマークス氏は言う。
ProSELベナンは、この伝統的な方法を変え、塩の採取と生産をより健康的で清潔なものにしようとしている。
この地域のコミュニティにとって製塩は重要な収入源だが、その一方で、マングローブの伐採に大きく依存してきた。
ProSELベナンの調査によれば、ベナン沿岸部では、在来の製塩に使う薪として、毎年およそ2万立方メートルのマングローブ材が伐採されている。
UNDPとベナン政府が新しい製塩法について協議を始めたのは、約5年前のことだった。
「しかし、この発想は現場の人々、つまり必要に直面していた人々から生まれたものです。ベナン政府が事業を構想し、UNDPと協力したいと考えたのです」と語るのは、2020年から2024年までUNDPベナン常駐代表を務め、この事業の形成に重要な役割を果たしたアワレ・モハメド・アブシール氏である。
アブシール氏によれば、ProSELベナンは、2030アジェンダの17の持続可能な開発目標(SDGs)のうち、3つの目標――ジェンダー平等、働きがいも経済成長も、つくる責任・つかう責任――を推進する取り組みである。この事業は、ベナンの農村女性が清潔な塩を作って販売し、自立できるよう支援することを目指している。
2021年、インド・ブラジル・南アフリカ貧困・飢餓緩和基金の理事会は、この製塩事業を実施するため、UNDPに100万米ドルを拠出した。
IBSAは、3つの途上国による協力の一例であり、国連の枠組みの中でグローバル・サウスの途上国間の開発協力に焦点を当てた、南南協力の取り組みでもある。
60歳のセシル・コフィ氏が初めてこの製塩事業を紹介されたとき、伝統的な製塩法から切り替えるよう説得するには時間がかかった。
「塩にはたくさんの意味があります。塩は、この地域の女性たちにとって本質的なものなのです」とコフィ氏は、その日の収穫分の塩を確かめながら語る。
ベナンにおいて塩は文化的にも重要であり、その用途は料理にとどまらない。
「塩は食べ物として使われるだけではありません。文化的な側面もあります。神聖なものとみなされ、多くのヴォドゥンの儀式にも使われています」とマークス氏は言う。
「私たちは市場で品物を売るとき、店を構える前に地面に塩をまき、それを掃き集めます。そうすれば悪い霊がすべて去っていくと信じられているのです。塩はとても大切です。たくさんの儀式で使います。」とコフィ氏は語る。
こうした根深い文化的信念が、ベナン政府の支援を受けたProSELベナンであっても、女性たちに変化を受け入れ、適応してもらうことを難しくした理由の一つだったと、アブシール氏は説明する。
伝統的な製塩は、ベナン沿岸部に暮らすXwlaの人々によって行われてきた文化的な営みである。村の塩生産者による伝統的製塩には、作業日、村の神々などに関する多くの禁忌が伴う。
「『Xwlajè』という名称も、Xwla民族と密接に結びついています」と、ProSELベナンの全国プロジェクト責任者であるリュック・オバレ氏は言う。ベナン政府は、この塩を文化的起源を示す「Xwlajè」というラベルで販売できるよう、認証に取り組んできた。
「古い方法は、彼女たちにとって祖先から受け継いできた塩作りの方法です。ですから、そこには意味があります。何かの作り方を変えると、否定的な影響があると考える人もいます。女性たちは事業が始まる前から海から直接塩を取ることもできたはずですが、そうしてこなかったのには理由があるのです」とアブシール氏は語る。
ProSELベナンは、伝統的に塩が採取されてきたベナン沿岸部の5地域――セメ・クポジ、グラン・ポポ、ウィダー、クポマセ、コメ、ロコサ――を対象としている。
「他の地域では、人々は海水を使って塩を作ることに比較的前向きでした。しかし、ウィダーは特別です。ウィダーはウィダーなのです。人々は、最良の塩は乾燥させるのではなく、煮て作るものだと信じています。煮なければならないと考えているのです。」とアブシール氏は説明する。
現場からの介入
ProSELベナンは、地元の塩をより清潔で環境に持続可能なものにしようとする初めての介入事業ではない。しかし、現場担当者たちが実際に事業を立ち上げることに成功したため、成果を上げていると、UNDPのプロジェクト・コーディネーターであるセシ・マルレーヌ・カポ=チチ氏は言う。
「これまで多くの団体が、地域社会にやり方を変えるよう説得することに苦労してきました。」と同氏は語る。
ProSEL事業が進められている浜辺から500メートルほど離れたジェグバジ村の一角には、沿岸ラグーンがあり、そこでは女性たちが茅葺き小屋の連なる一帯で、伝統的な方法によって塩を作っている。
「伝統的な製塩法は、より重労働です」と、45歳のジュリエンヌ・デコン氏は、自分の周囲に広がる湿地から集めた塩分を含む土で重くなった籐かごを持ち上げながら語る。
近年、ベナン政府はマングローブの伐採を禁じており、女性たちは燃料として、乾燥したヤシの葉やココナツの殻を使うよう促されている。
デコン氏は、友人の多くがProSEL事業に参加し、海水を使った現代的な製塩法に切り替えた今も、自分は伝統的な方法で働き続けたいと言う。
小屋の中で塩水を煮始めると、煙が狭い空間いっぱいに立ち込める。
「たくさん働かなければならないときは、確かに疲れます。でも、これが健康にどのような影響を与えるのかは、あまり知りません。」とデコン氏は語る。
デコン氏は、自分がいつ製塩を始めたのか覚えていない。ただ、非常に長い間この仕事を続けてきたため、いまでは伝統的な方法で塩を作ることに慣れている。
「浜辺の方法、つまりProSELの方法は簡単です。でも雨が降ると、外では作業できません。私は土を集めて屋内で煮始めるので、雨の中でも塩作りを続けることができます。2つのやり方はまったく違います。」とデコン氏は言う。彼女が言及しているのは、海沿いに設置された屋外のコンクリート製塩槽であり、天候の変化に左右されやすい。
とはいえ、雨天は伝統的な方法で働く女性たちにも影響する。
ベナンでは4月から8月にかけて雨季を迎え、9月から11月にも短い雨期がある。ラグーン近くの低地に広がる湿地は、洪水に見舞われやすい。
「雨季には、伝統的な製塩が行われている場所に入れなくなります。完全に水没してしまうため、1年の半分以上、塩を生産できません。だからこそ、私たちは女性たちにProSEL方式へ移行するよう働きかけています。彼女たちに代替手段を提供する必要があったのです」とアブシール氏は語る。
雨そのものは天気を見ながら避けることができるが、長引く洪水を避けるのは難しいと同氏は言う。
アブシール氏によれば、この事業では、女性たちが海水を使えるようにすることで、年間を通じて塩を作り、安定した収入を得られるようにすることに重点を置いた。
「海水を使って塩を作る方が、体への負担は少ないのです。水を汲んで、太陽で蒸発させればよいだけです。煮る必要がなく、安全です。収入を増やすこともできます」とアブシール氏は語る。
デコン氏が働く場所から未舗装の道を少し下ったところでは、1人の女性が幹線道路沿いで塩を売っている。
デコン氏のように伝統的な方法で作った塩と、ProSELベナンに参加する女性たちが作った塩との違いは明らかだ。伝統的な塩は、黄色がかった茶色に灰色の筋が混じって見える。これは、ろ過工程が不十分なために生じる色である。一方、ProSELベナンの塩は清潔な白色で、袋詰めする直前に女性たちがヨウ素を混ぜて強化している。
地元市場や道端で売られる伝統製法の塩は、1キログラム入りでおよそ800西アフリカCFAフラン、約2米ドルで販売される。一方、ProSELベナンで作られた同量の塩は、1,000CFAフランで販売される。
公共消費に向けて
ProSELの調査によれば、ベナンには塩を採取する女性が約4,000人いる。同国は、実際に必要とする塩の大半をガーナ、セネガル、インドなどから輸入している。国内の在来型製塩が供給できる量は、国内需要のごく一部にとどまっているからだ。
関係者たちは、女性たちにより清潔な塩の作り方を教えるだけでは不十分であり、販売先となる市場へのアクセスも必要だと認識した。事業が参入を目指している市場の一つが、国連ベナン事務所のもとで活動する世界食糧計画(WFP)である。WFPは、毎年100万人を超える子どもたちに学校給食を提供している。WFPは、ProSELのもとで女性主導の協同組合が生産する塩を購入し、使用することが可能かどうかを調べるための調査を進めている。
ベナン政府は、収穫された塩について野心的な計画を持っている。
2025年12月、ベナンの食品安全機関ABSSA、すなわちベナン食品衛生安全庁は、この塩を公共消費向けとして認証した。その後、この塩は「Xwlajè」というラベルで販売される準備が整えられた。
現在、Xwlajè塩は、コトヌー市内の7つのスーパーマーケット・チェーンのほか、ポルトノボ、コトヌー、コメの各自治体にある独立店舗で販売されている。
「さらに、コトヌー国際空港の免税店でXwlajè塩を販売するための手続きも進められています。」とオバレ氏は語る。
アブシール氏によれば、従来は6時間かかっていた作業が、今では2時間で済むようになった。何世代にもわたり特定の方法に慣れ親しんできた人々を説得する必要があったため、変化をもたらすことは難しかったと同氏は言う。
女性たち、彼女たちの生活をなお管理する立場にある夫たち、首長、市長、地域の指導者たちの信頼を得ることなしには、ほとんど何もできなかっただろうと、同氏は認める。
「現地チームは女性たちのもとに足を運び、彼女たちの必要を理解しました。そうすることで、配慮すべき感情や価値観を理解し、事業を受け入れてもらえるようにしたのです。ベナンでは、外部の人間が来て、何をすべきかを指示するのは非常に難しいのです。」
アブシール氏は、地域社会の中に事業への不信感が生まれれば、これまで積み上げてきた成果が失われる危険性が高いと語る。
「彼女たちは変化を受け入れつつあります。今、私たちは貯蔵施設や機械を保管するための建物などを整備しようとしています。敏感な段階ではありますが、うまくいくと期待しています。」
ベナン政府はここ数年、観光を優先課題としてきた。在来の製塩文化は、観光客にベナン文化を紹介する計画の重要な一部である。
ProSEL事業は、伝統的な製塩法を完全になくすことを目的としているわけではないと、オバレ氏は言う。
「現代的な製塩施設は、伝統的な生産地から遠くない場所に設置されています。観光客が2つの製塩方法の違いを見られるようにするためです。」と同氏は説明する。
20代の若い母親ミレイユ・アジョヴィ氏は、眠る乳児を背負ってProSELの作業場に来ている。
「得たお金で、子どもたちの面倒を見ることができます。学校にも通わせられるようになります。私は自分のことは最後に考えます。まず夫と子どもたちです。男性も家計にお金を出してくれるかもしれませんが、女性はそれでも多くの苦労をしています。女性が何か必要としても、夫は必要な額ではなく、自分が渡したい額を渡すだけです。男性は女性のことを考えてくれません。だから、この事業は私が自分のお金を稼ぐ助けになっているのです。」とアジョヴィ氏は語る。
アジョヴィ氏のような女性にとって、塩作りは単に前の世代の女性たちが担ってきた仕事を受け継ぐことだけを意味するのではない。
彼女は国連のSDGsが何であるかも、IBSAが何を意味するのかも知らない。しかし、ProSELベナンでの仕事は、女性主導の協同組合の中で共同作業をしながら、自らの健康と福祉を優先できる機会を与えている。
作業場で働く他の女性たちと話すとき、彼女はまた、自分がいま手にしている、苦労の末に得た自立と自助の力についても考えている。
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