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ロヒンギャ難民に必要なのは配給だけではない―いま求められる「働く権利」
長期化する避難生活のなかで、バングラデシュのロヒンギャ難民は依然として就労を認められず、人道支援への依存を強いられている。支援の重点化が進むいま、問われているのは、配給の効率化ではなく、自立への道筋をいかに築くかである。
【バングラデシュ・コックスバザールIPS=モハメド・ゾナイド】
世界の関心が、米国、イスラエル、イランをめぐる地政学的緊張の高まりに集まるなか、バングラデシュではもう一つの危機が静かに深刻化している。
国連バングラデシュ事務所が4月2日に発表した声明によると、世界食糧計画(WFP)は4月1日、コックスバザールおよびバシャンチャールのロヒンギャ難民を対象に、新たな「ターゲティング・優先順位付け制度(TPE)」を導入した。
この制度では、各世帯の食料不安の深刻度に応じて、難民1人当たり月額12ドル、10ドル、または7ドルの食料支援が支給される。従来は、すべての難民に一律で12ドルが支給されていた。
支援をより脆弱な人びとに重点的に振り向ける手法は、多くの人道危機において合理的とされる。限られた資源を、より深刻な状況に置かれた人びとへ優先的に届けるためである。だが、ロヒンギャ難民の現実は、そうした枠組みだけでは捉えきれない。
ミャンマーでのジェノサイドと迫害を逃れてから、まもなく9年になる。UNHCRバングラデシュの最新データによると、バイオメトリクスで確認された新規到着者14万4456人と、1990年代および2017年以降に登録された難民104万408人を含め、100万人を超えるロヒンギャ難民が、いまなおバングラデシュ国内のキャンプでの生活を強いられている。その78%を女性と子どもが占める。
しかも、ロヒンギャ難民は他国の一部の難民とは異なり、移動の自由を厳しく制限されている。キャンプの内外で合法的に働くことも、小規模な商売を営むことも認められていない。人道支援機関での役割も、わずかな日当が支払われるボランティアにほぼ限られ、正式な雇用の機会はほとんどない。その結果、彼らはほぼ全面的に人道支援に頼らざるを得ない状況に置かれている。
こうした状況の下で支援額を引き下げることには、深刻な懸念がある。難民に実質的な経済活動への道が閉ざされている以上、食料不安は各世帯固有の事情というより、制度によって生み出された構造的な結果だからである。
人道支援機関は長年にわたり、命を支えるうえで重要な役割を果たしてきた。その努力は疑いようがない。だが、生き延びることを支えるのと、安定した暮らしの基盤を築くことは別である。ロヒンギャ難民や、難民流入の影響を受けてきたコックスバザールの地域社会に自立への道を開く代わりに、現在の仕組みは結果として援助依存を固定化してきた。
「生計向上支援」とされる多くのプログラムも、実際には十分な成果を上げていない。たとえば電気修理などの技能訓練を受けても、それが現実の就労機会につながることは少ない。難民はオートバイを所有しておらず、キャンプの一部では電力供給も不安定で、キャンプの外に出て仕事を探すことも法的に認められていない。加えて、人道支援機関自身も、訓練を受けた難民を自らの事業の中で雇用していない。
ここで問われるのは、実際には活用の余地が乏しい技能に、なぜドナー資金を投じるのかという点である。こうした取り組みは、どのような長期戦略に資するのか。
新たな制度では、難民は「極度の食料不安」「高度の食料不安」「食料不安」の3区分に分類される。高齢者、障害者、子どもが世帯主の家庭など、一部の特に脆弱な世帯は、引き続き最も高い水準の支援を受けることになる。
それでも、より大きな現実は変わらない。バングラデシュのロヒンギャ難民全体が、経済参加を厳しく制限されているのである。
最近キャンプで起きている抗議行動は、しばしば配給削減への反発として受け止められている。だが、その背景にあるのは、将来への見通しが立たないことへの不安である。難民たちが問うているのはシンプルだ。今後さらに資金が減ればどうなるのか。自分たちはどこへ行けばよいのか。ロヒンギャ危機への対応を、このままバングラデシュだけに背負わせるつもりなのか、という問いである。
彼らが世界に伝えたいのは、援助への依存は自ら選んだものではなく、周囲の制度的制約によって生み出されたものだという事実である。いま必要なのは、援助の枠内で依存を管理し続けることではない。彼らが自ら立って生きていけるよう、自立への道を開くことである。
そのためには、長期的で戦略的な対応が欠かせない。ロヒンギャ難民が安全かつ尊厳ある形でミャンマーへ帰還できるようになるまで、キャンプ内でいかに人間らしい生活を保障するかを真剣に議論しなければならない。同時に、難民の経済参加を広げ、適切な規制のもとで社会や経済に貢献できるようにする政策も必要である。
バングラデシュ自体も、選挙後の移行期にある。新政権は、ロヒンギャの帰還実現に向けて取り組む姿勢を示しており、82万9000人分のロヒンギャ関連データをミャンマー側と共有したとしている。
しかし、ロヒンギャ危機を後回しにすることはできない。新政権はまた、長期化する避難民問題が、制限と救済だけでいつまでも対処できるものではないことを認識しなければならない。これは前政権の対応の根底にもあった発想である。
たとえば、キャンプ内での小規模事業、試行的な雇用制度、限定的な就労許可制度といった、慎重に設計された就労機会を導入すれば、政府の管理の下で、人道支援への依存を和らげることができる可能性がある。
各世帯で仮に1人か2人でも、一定の管理のもとで合法的に働くことができれば、人道支援コストは徐々に減少し、キャンプ内経済の安定にもつながり、若者の不満も和らぐ可能性がある。
何より重要なのは、そうした一歩が、尊厳を取り戻す第一歩になり得ることである。
この約9年間、国際機関は世界最大級の難民支援事業の一つを、高い運営能力で支えてきた。だが、根本的な問いはなお残されたままだ。難民が自らの足で立てるようにするための持続可能な仕組みを、どこまで築いてきたのか、という問いである。
世界的に財政圧力が強まり、ドナー疲れも深刻化するなかで、人道支援は縮小へと再調整されつつある。構造改革が伴わなければ、それは依存そのものを減らすのではなく、依存の管理をより効率化するだけに終わりかねない。
ロヒンギャ難民は、援助への依存を自ら選んだのではない。それは、彼らを取り囲む制約のなかで作り出されたものである。食料支援は依然として不可欠だ。だが、人びと全体の未来が、配給カードと脆弱性区分だけによって規定されてはならない。
ロヒンギャ危機に必要なのは、より精緻な援助配分だけではない。保護と社会参加、そして安全な生活を両立させる政策である。
世界は、ロヒンギャに食料を届ける方法を学んだ。
いま本当に問われているのは、彼らが権利と安全、尊厳を備えた形で故郷ミャンマーへ帰還できるその日まで、自ら生きていける道を開く意思が世界にあるかどうかである。
そうでなければ、家族は静かに食事の回数を減らし、若者は危険な非正規労働へと追いやられる。児童労働、早婚、危険な移住、違法行為への関与といったリスクも高まる。機会が失われれば、その空白を埋めるのは絶望である。(原文へ)
モハメド・ゾナイドは、SOPA2025受賞者であり、フリーランスのジャーナリスト、受賞歴のある写真家、現地取材コーディネーターである。国際機関と協働し、Myanmar Now、The Arakan Express News、The Diplomat Magazine、Frontier Myanmar、Inter Press...
国民統一の日:約130の民族が共に暮らすカザフスタン
【The Astana Times=ダナ・オミルガジー】
カザフスタンは5月1日、「国民統一の日」を迎えた。同国では2050万人を超える国民が、シャニラク(ユルトの天頂部にある神聖な輪で、家庭と団結を象徴する)」の下、平和と調和の中で共生している。多様性の中の団結を体現する同国では、諸民族の友好が単なる理念にとどまらず、日々の生活に根づいた現実となっている。
年初時点で、カザフスタンの人口は2053万2240人に達した。最大の民族はカザフ人で、1460万人を超える。次いでロシア人が約290万人を占め、ウズベク人、ウクライナ人、ウイグル人、ドイツ人、タタール人も、同国の多文化的なアイデンティティを形づくる重要な存在となっている。さらに、アゼルバイジャン人、朝鮮人、トルコ人、ドゥンガン人、ベラルーシ人、タジク人、クルド人、キルギス人など、規模は小さいながらも、同国社会を支える重要なコミュニティが存在している。
カザフ人の人口が最も多いのはトルキスタン州で、160万人を超える。同国最大の都市アルマトイには、国内最大規模のロシア人およびウイグル人コミュニティがある。一方、ウズベク人は主にトルキスタン州に、ウクライナ人はコスタナイ州に集中している。これは国家統計局のデータによるものだ。
人々の相互理解と友好を強化することは、カザフスタンにとって引き続き重要な優先課題である。(原文へ)
INPS Japan
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【トロント、カナダIPS=ファルハナ・ハク・ラーマン】
世界の多くの地域で、報道の自由が後退している。
国連やメディア関連機関が近年発表した世界的な調査が示すように、独立し、権力を恐れず、多様性を備えた報道機関の衰退は、10年以上にわたって悪化し続けてきた。
この報道の自由をむしばむ流れは、民主主義の弱体化と独裁的指導者の台頭、ジャーナリストを標的にした暴力や迫害の急増、政府資金の削減、人工知能(AI)によって増幅されたフェイクニュースの拡散を助長する、ほぼ無規制のソーシャルメディア大手の台頭、そして権力中枢に近い縁故者へのメディア所有の集中と軌を一にして進んできた。
3月9日に「2026年ロイター記念講演」を行った、エルサルバドルの独立系メディア『エル・ファロ』の編集者カルロス・ダダ氏は、現在は亡命先で活動している。同氏は、次のように厳しく指摘した。
「極右的でポピュリスト的、かつ独裁的な波が世界を席巻し、あらゆるルールを打ち破っている。そして、いかなる権威主義体制や独裁体制においてもそうであるように、そのイデオロギー的基盤が何であれ、ジャーナリストは敵とみなされる。ジャーナリズムは犯罪化され、私たちの同僚は投獄され、あるいは殺されている。」
そのわずか数日前、バルセロナ自治大学は、エルサルバドルのナジブ・ブケレ大統領について、「テクノ・ポピュリズム型権威主義」のモデルを通じて、ラテンアメリカで最も報道の自由が制約された環境の一つを作り出していると評した。
https://www.youtube.com/watch?v=rakHuzi5Vc8
5月3日の「世界報道自由デー」は、今年のテーマに「平和な未来を形づくる―人権、開発、安全保障のための報道の自由の促進」を掲げている。しかし、戦争や混乱、経済危機が世界各地で続くなか、このテーマはきわめて困難な課題を突きつけている。
ユネスコは、5月4、5日にザンビア政府とともにルサカで2026年会議を共催する。同機関はまた、世界的に表現の自由が急速に後退していることを明らかにしている。ユネスコの『2022/2025年世界動向報告書:平和な世界を形づくるジャーナリズム』は、ジャーナリストに対する身体的攻撃、デジタル上の脅迫、そして自己検閲の急増を指摘している。
ユネスコはこの危機を「歴史的に重大かつ前例のない変化」と表現している。20年ぶりに、非民主的体制の数が民主主義体制を上回ったのである。世界人口の約72%が「非民主的な支配」の下で暮らしており、その割合は1978年以来、最も高い水準に達している。
ユネスコの報告書は、報道の自由、多元性、多様性の後退について、「より広範な傾向を反映している。すなわち、議会や司法機関の弱体化、社会的信頼の低下、分断の深化である。また、平等の後退とともに、環境問題を取材するジャーナリストや科学者、研究者への敵意の高まりとも重なっている」と指摘している。
さらに同報告書は、「大手テクノロジー企業の影響力が強まり、その政策や慣行が変化するなかで、ヘイトスピーチや偽情報がオンライン上で拡散しやすい土壌が生まれている」と警告している。
国境なき記者団(RSF)は「2025年世界報道自由度ランキング」で、ジャーナリストへの身体的攻撃は報道の自由に対する最も目に見える侵害である一方、「経済的圧力もまた、より目に見えにくい重大な問題である」と指摘している。
RSFは、「その多くは、メディア所有の集中、広告主や資金提供者からの圧力、さらに、公的支援が制限されている、存在しない、あるいは不透明に配分されていることに起因している」と指摘する。「今日のニュースメディアは、編集上の独立性を守ることと、経営を維持することの間で板挟みになっている。」
「ランキング史上初めて、世界の半数を超える国々で、ジャーナリズムを取り巻く環境が『困難』または『非常に深刻』と評価され、『満足できる』とされた国は4分の1未満にとどまった。」
世界報道自由デーは、1993年の国連総会決議に由来する。この日は、1991年にアフリカのジャーナリストたちが採択した、自由な報道の原則をうたう「ウィントフック宣言」を記念するものである。
しかしRSFが指摘するように、サハラ以南アフリカでは報道の自由が憂慮すべき後退を見せている。同地域では、80%の国々でランキングの経済指標が悪化した。
なかでもエリトリアは180位で、最下位にとどまった。コンゴ民主共和国は10ランク下落して133位となり、経済指標が急落した。ブルキナファソ、スーダン、マリなどの紛争地域では報道の自由が大きく後退し、報道機関は自己検閲や閉鎖、国外での活動を余儀なくされている。
RSFは、カメルーン、ナイジェリア、ルワンダの事例を挙げ、「編集上の独立性を守る仕組みがないまま、政治家や財界エリートの手にメディア所有が過度に集中することは、依然として繰り返される問題である」と述べている。
それでもRSFは、南アフリカ、ナミビア、カーボベルデ、ガボンなど、比較的上位に位置する国々は「希望の光」を示していると付け加えた。
独裁的なポピュリスト、権力に近いメディア所有者、そして縮小する予算という有害な組み合わせによって、明らかな犠牲となっているのが気候変動報道である。本来なら力強い報道を展開する有力メディアでさえ、世界的な気候危機に関する報道を縮小しており、情報への公共アクセスを促進するというSDGsの重要なターゲットにとっても、新たな打撃となっている。
中国は依然として「世界最大のジャーナリスト監獄」であり、RSFの世界報道自由度ランキングでは178位と、北朝鮮の一つ上に位置している。
バングラデシュは世界報道自由度ランキングで149位だった。今年2月の議会選挙を受け、RSFはバングラデシュの新政権に対し、恣意的拘束、司法制度の政治利用、ジャーナリストに対する犯罪の不処罰に終止符を打つよう求めている。こうした人権侵害は、同国の報道の自由に長期的な打撃を与えてきた。
4月にイタリアのペルージャで開かれた年次国際ジャーナリズム祭を受け、報道界の現状を総括した調査報道ジャーナリストのキャロル・キャドワラダー氏は、女性が創設した、恐れを知らない真に独立した英国メディア『ザ・ナーヴ』に寄稿し、2023年10月のハマスによるイスラエル攻撃以降、イスラエル軍によって200人を超えるパレスチナ人ジャーナリストやメディア関係者が殺害されたことに触れながら、「この暗い時代に光は多くない」と述べた。
それでも同氏は、イタリアの丘上都市で開かれた同フェスティバルに「熱気」を感じたという。
「世界各地には、権力に説明責任を求めようと、地道な努力を続けるジャーナリストたちがいる」と彼女は書いた。「そして近年、その役割を担うのは、既存メディアが残した空白を埋めるために生まれた、小規模ながらも既存勢力に挑む新興メディアであることが増えている。」
また、亡命先で活動するエルサルバドルの独立系メディア『エル・ファロ』の編集者ダダ氏が講演で述べたように―「私たちは抵抗するジャーナリストである。私たちの権利の侵害に抵抗し、公的情報へのアクセス封鎖に抵抗し、歯止めのかからない権力に抵抗している。私たちは四半世紀にわたり、民主主義の下でジャーナリズムを実践してきた。しかし、その時代は終わった。今日、私たちは抵抗する編集部として活動している。」(原文へ)
INPS Japan/IPS UN Bureau Report
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オマーンがNPTで主導、アラブ外交官らは中東の大量破壊兵器禁止地帯構想を議論の中心に据える
【ニューヨーク国連本部INPS Japan/ATN=アハメド・ファティ】
核中東地域における核兵器などの大量破壊兵器のない地帯(非大量破壊兵器地帯)の創設に向けた長年停滞してきた取り組みが4月29日、核兵器不拡散条約(NPT)をめぐる議論の中心に再び浮上した。外交官らは、この問題が核不拡散体制そのものの信頼性と切り離せないものであると警告した。
NPT第11回運用検討会議の期間中、オマーンが主催したサイドイベントで、登壇者らはこの地帯構想について、遠い将来の外交目標ではなく、NPTの無期限延長を可能にした1995年合意に基づく未完の政治的約束であると位置づけた。
「核兵器その他の大量破壊兵器のない中東地帯設置会議の進展と展望」と題された同イベントには、国連の軍縮担当者、アラブ諸国の外交官、中国、ロシア、南アフリカ、オーストラリアの代表、市民社会の関係者らが参加した。なかでも最も鋭い問題提起を行ったのは、アラブ連盟のマゲド・アブデルアジズ国連常駐オブザーバーだった。同氏は、政治的問題の核心を異例の率直さで語った。
アブデルアジズ氏は、このプロセスが根本的なジレンマに直面していると指摘した。すなわち、域内国であるイスラエルが参加せず、主要オブザーバーである米国も加わっていないという問題である。こうした不参加は、アラブ諸国や他の域内参加国に難しい選択を迫っている。イスラエルが後に参加できるよう門戸を開いたまま、残る国々だけで条約交渉を進めるべきなのか。それとも、イスラエルの不参加が今後もプロセス全体の足かせとなり続けるのか、という問題である。
同氏の発言は、この問題をめぐってしばしば用いられる定型的な外交表現を超えるものだった。NPT外交に長く携わってきた経験を踏まえ、アブデルアジズ氏は、中東問題が手続き論の片隅に追いやられる危険があると警告した。一部のNPT加盟国は、国連総会決議に基づく会議プロセスを、NPTの枠内で求められる行動の代替手段と位置づけようとしているようだ、と指摘した。
アラブ諸国は、2010年NPT運用検討会議で開催が求められた2012年会議が実現しなかったことを受け、この問題を国連総会の場に移した。しかしアブデルアジズ氏は、そうした移行によって中東問題がNPTの枠組みから外れたわけではないと強調した。1995年の中東決議は今なお履行されるべき継続的義務であり、その目的が達成されるまで、NPTの成果文書、補助機関、運用検討会議の議論に反映され続けるべきだと主張した。
同氏の発言には、アラブ諸国が抱くより広範な懸念が反映されていた。すなわち、独立した国連会議プロセスが一部の国々によって、中東地帯構想をNPT本来の合意から静かに切り離す手段として利用されるのではないか、という懸念である。言い換えれば、この問題を別の部屋に移したうえで、そのまま丁重に忘れ去られてしまうのではないかという不安である。
アブデルアジズ氏は、さらに別の難題も提起した。将来の条約が5核兵器国といかなる関係を持つのか、また、深刻な地政学的対立が続く現在、これらの国々との間でどのような議定書を現実的に交渉し得るのか、という問題である。同氏は、5核兵器国が過去のNPTサイクルで見られたような結束をもはや保っておらず、共同議定書の交渉は一段と困難になっていると指摘した。
また同氏は、国連の予算圧力や、より広範な「国連80」改革プロセスが、同会議の作業継続に影響を及ぼしかねないとも警告した。政治的な不在と地域的な不信に苦しむこのプロセスにとって、制度的支援の縮小は、目立たないながらも深刻なリスクとなる。
国連事務次長兼軍縮担当上級代表の中満泉氏は、こうした懸念を制度面から位置づけた。同氏は、この地帯の設置に向けた取り組みは数十年前に始まったと述べ、エジプトとイランが共同提案した1974年の国連総会決議や、1995年のNPT運用検討・延長会議に言及した。同会議では、中東決議が、NPTの無期限延長を可能にした包括的合意の一部となった。
中満氏は、1995年決議の完全履行はNPTの「信頼性と一体性」に関わる問題であり、中東の平和と安全にとって極めて大きな意味を持つと述べた。また、2019年に国連総会によって開始された会議プロセスについて、地域諸国が体系的かつ継続的な対話に参加するための専用の多国間プラットフォームを初めて生み出したものだと評価した。
それでも同氏は、課題が残ることも認めた。地域の安全保障環境は依然として脆弱であり、分断は続き、信頼は損なわれ、すべての地域諸国がまだ十分に参加しているわけではない。しかし中満氏は、このプロセスの価値は、度重なる危機の中にあっても、政治的・技術的課題を議論し続けるための外交空間を維持している点にこそあると述べた。
同地帯設置会議の第7会期議長を務めるオマーンのオマル・アル・カシリ大使は、このプロセスを象徴的な取り組みではなく、実務的なプロセスとして示そうとした。同氏は、核兵器その他の大量破壊兵器のない中東地帯の創設は、単なる理念的目標ではなく、NPTの枠組みおよび1995年決議に沿った「喫緊の戦略的優先課題」だと述べた。
オマーンは、会議プロセスが根強い課題にもかかわらず段階的な進展を遂げてきたとし、今後は「実践的かつ漸進的な成果」を目指すべきだと述べた。アル・カシリ大使によれば、オマーン議長下の作業委員会は、化学・生物兵器に関する義務、申告、制度的枠組み、関連する国際条約との連関などをテーマに、域内で会合を開く予定である。
エジプトのイハブ・アワド大使は、国連会議プロセスとNPTの相補性を強調し、アラブ諸国の法的・外交的立場を明確にした。同氏は、NPT運用検討会議が1995年決議に関する文言をめぐって行き詰まると、一部の国々が独立した会議プロセスを代替手段として利用しようとすると警告した。
アワド氏は、この会議はNPTプロセスを促進するものであって、それに取って代わるものではないと述べた。将来、この地帯を設置する法的拘束力のある条約が採択される場合、その条約が十分な政治的重みを持つためには、NPT体制に組み込まれなければならないと主張した。
中国代表団長の孫暁波氏は同イベントで、中東地帯構想を核施設への攻撃をめぐる最近の懸念と結びつけた。同氏は、国連安全保障理事会の承認なしに、NPT締約国である主権国家やIAEA保障措置下にある核施設に対して軍事攻撃を行うことは、不拡散をめぐる紛争を武力で解決する危険な先例をつくるものだと述べた。孫氏はイスラエルに対し、非核兵器国としてNPTに加盟するよう求めるとともに、イラン核問題は政治的・外交的手段によってのみ解決できると述べた。
ロシア代表もまた、この地帯構想への支持を再確認し、1995年決議は履行されるまで有効であり続けると述べた。ロシアは、イスラエルと米国の会議プロセスへの不参加を批判し、地域の安全保障環境が悪化するなか、この地帯の必要性はいっそう高まっていると指摘した。
南アフリカは、この会合で最も実務的な発言の一つを行った。アフリカ非核兵器地帯の経験を踏まえ、サーヒブ・モハメド氏は、アフリカにおける条約交渉は、当時、アフリカ大陸で最も重要な核能力を有していた南アフリカが交渉に参加していない中で始まったと述べた。それでも交渉当事国は、南アフリカが後に核兵器計画を廃棄し、保障措置を受け入れた後に参加できる枠組みを構築した。
この先例は、アブデルアジズ氏が提起した問いに少なくとも部分的に答えるものだった。すなわち、最も困難な国が参加していない状況でも、地域条約のプロセスを始めることは可能なのか、という問いである。南アフリカのメッセージは慎重ながら明確だった。不参加は、必ずしもプロセスの麻痺を意味しない。
カタール、サウジアラビア、オーストラリア、市民社会の代表らも、対話の継続を支持した。サウジアラビアは、1995年中東決議の履行は国際社会全体の責任であり、とりわけ同決議を後押しした国々の責任であると述べた。オーストラリアは、地域諸国が非核兵器地帯を設置する権利を支持すると表明した。市民社会の登壇者は、技術的検証、専門家の育成、そして地域の不安定化を助長する根本的な紛争に、より大きな注意を払うよう求めた。
同イベントは具体的な突破口を生むことなく終了したが、本質的に問われていたのは、そこではなかった。その意義は、政治的シグナルにあった。アラブ諸国とその支持国は、核兵器その他の大量破壊兵器のない中東地帯プロセスを、NPTをめぐる議論の内側にとどめようとしている。それは周辺的な問題としてではなく、同条約を支えてきた過去の合意が今なお文字どおりの意味を持つのかを測る尺度としてである。
中東問題がNPTにとって最も困難な試練であり続ける理由は、まさにそこにある。
中東は危険要因に事欠かない。むしろ多すぎるほどである。続く戦争、信頼の崩壊、イスラエルの未申告の核能力、争点化したイラン核問題、対立する安全保障ドクトリン、そしてほぼすべての主要危機に深く関与する外部勢力がある。既存の非核兵器地帯とは異なり、提案されている中東地帯の枠組みは、核兵器に加え、すべての大量破壊兵器を対象にすることを目指している。
それは、この構想をいっそう困難にしている。しかし、その必要性を弱めるものではない。他の非核兵器地帯から得られる教訓は、ある地域が別の地域の道筋をそのまま踏襲できるということではない。各国が、政策へと結実し得るほど強い共通の危険を認識したとき、自制は可能になるということである。
今のところ、中東には共通の危険が存在する。欠けているのは、共通の信頼である。
2026年のNPT運用検討会議にとって、これは中東問題が単なる背景ではないことを意味する。中東問題は、同条約の信頼性が問われる場の一つであり、外交上の約束と地域の現実との隔たりを覆い隠すことが最も難しい場の一つなのである。(原文へ)
*アハメド・ファティはニューヨークの国連本部を拠点に多言語マルチメディア配信を行っているアメリカン・テレヴィジョン・ネットワーク(ATN)の創立者兼編集長。INPS JapanはATNのパートナーメディアとして国連本部における取材協力や日本語版の翻訳配信を行っている。
INPS Japan
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