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国連、核不拡散条約再検討会議を前に「重大な圧力」を警告

【国連IPS=ナウリーン・ホセイン】 核兵器不拡散条約(NPT)締約国による第11回再検討会議が、2026年4月27日から5月22日まで、ニューヨークの国連本部で開かれる。締約国は、核不拡散をめぐる共通基盤をいかに見いだすかという喫緊の課題に向き合うことになる。 国連軍縮担当上級代表で事務次長の中満泉氏は、「NPTは、国際的な軍縮・不拡散体制の礎石であり、国際の平和と安全保障を支える極めて重要な柱としてしばしば言及されている」と述べた。 NPTは1970年に発効し、1995年に無期限延長された。この画期的な国際条約は、すべての締約国に対し、核兵器の拡散防止と核軍縮の推進を求めるとともに、原子力の平和利用を奨励している。核兵器国と非核兵器国を含む191カ国が締約国となっており、核兵器国も参加する唯一の法的拘束力を持つ枠組みであり続けている。再検討会議は通常、1970年以降5年ごとに開催されてきた。ただし、2020年に予定されていた会議はCOVID-19の影響で延期され、2022年に開催された。 今回の会議議長は、ベトナムのドー・フン・ベト国連常駐代表が務める。会議は第1週の一般討論で始まり、その後、条約の3本柱に沿ったテーマ別討議が行われる予定である。 会議には、外相を含む閣僚級代表のほか、主要な国際機関の高官も出席する。テーマ別討議と並行して、市民社会の参加者によるサイドイベントも開催される。今回の会議では、最終成果文書について合意に至らないまま閉幕した前回の再検討会議以降、NPTがどのように履行されてきたかが検証される。 会議に先立ち、中満氏は4月24日、国連本部で記者団に対し、締約国は今回の会議を、核不拡散をめぐる共通基盤を見いだす機会とすべきだと述べた。各国が最終的に避けなければならないのは、核拡散の拡大と、核兵器が意図的に使用される事態である。成果文書で合意に至ることは、締約国全体の共同責任だと中満氏は強調した。 NPT再検討会議は、地政学的緊張が深まり、主要な核兵器国が地域紛争に関与する中で開かれる。イランをめぐる現在の軍事衝突、とりわけ2022年以降続くウクライナ戦争は、各国の核拡散をめぐる認識を変化させている。 一部の専門家は、こうした状況が新たな軍拡競争の始まりにつながっていると指摘する。核兵器の「性能向上」をめぐる議論を進める国が増える一方、核兵器を「国家安全保障の究極の保証」とみなし、核兵器の取得に乗り出す可能性すら取り沙汰されている。中満氏は、こうした世論の高まりを、各国政府のNPTに対する公式立場とは別に存在する「拡散の推進要因」と位置づけた。さらに、核兵器の使用を示唆する言説が増えていることに懸念を示し、核兵器を保有する国が増えれば増えるほど、誤用や誤算によって核兵器が使用されるリスクが高まると警告した。 「核兵器の使用を防ぐことも、今回の会議における主要な焦点の一つとしなければならない。核兵器に関しては、繰り返しになるが、一国や二国の安全保障にとどまる問題ではない。国境を越え、私たちすべての安全保障に関わる問題である」と中満氏は述べた。「核兵器を保有する国が増えれば私たちの安全が保証されるという誤った認識に、終止符を打たなければならない」とも語った。 締約国の間で共有される「危機感」は、むしろNPTを「守り、維持する」方向へ各国を促す可能性がある。しかし中満氏は、核兵器に対する容認姿勢が広がりつつあることは、第2次世界大戦後から冷戦期を通じて築かれてきた成果を危うくしかねないと警告した。 現在の戦略的安全保障環境においては、先端技術の急速な進展も議論に影響を及ぼす要素となる。人工知能(AI)の登場は、各分野での活用への期待を高める一方、適切な歯止めがなければ悪用されるリスクもあり、国際社会で大きな議論を呼んでいる。 国連総会が、軍事分野におけるAIの利用と「国際の平和と安全保障への影響」について詳述した決議を採択したのは、2024年12月のことだった。ただし、この決議には、核兵器の文脈におけるAI利用への言及はない。 NPT再検討会議で軍事・核分野におけるAIの問題が議論されるのかと問われた中満氏は、核兵器の指揮統制システムへのAIの統合については「さまざまな場で議論され始めている」と述べ、今年ジュネーブでもさらなる協議が行われる予定だと説明した。NPT再検討会議は、この問題や軍事分野におけるAIガバナンスを本格的に議論する場ではないかもしれない。しかし、軍事分野でのAI利用に一定の歯止めを設ける必要性を含め、この問題について検討を深めるべきだとの認識は、締約国の間で共有されている。 「核兵器の指揮統制に関しては、当然ながら人間による監督が維持されなければならないという認識が高まっている」と中満氏はIPSの取材に対して語った。 中満氏は、欧州や中東で続く紛争をはじめ、国際社会が直面する諸課題がNPTに「重大な圧力」を及ぼしていると指摘した。 しかし、だからこそNPT再検討会議とその成果は一層重要性を増している。核拡散はさらなる不安定化と安全保障上の不安を招くだけだという共通認識が、今後4週間にわたる重要な対話を後押しすることになる。そしてその対話は、NPTの原則を堅持するという共通の決意につながらなければならない。(原文へ) INPS Japan 関連記事: NPTの信頼性が重大な試練に 新START失効、米ロ核戦力に半世紀ぶり『上限なき時代』到来 核時代80年:ラテンアメリカの軍縮路線が示す「対抗モデル」

「新常態」を迎える日中関係―中国からの視点

この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています 【Global Outlook=王広濤(ワン・グアンタオ)】 高市早苗首相の台湾をめぐる発言を発端とする日中間の外交上の緊張は、短期的には緩和の兆しをほとんど見せていない。両国関係は「新常態」に入りつつあるのかもしれない。 2026年初頭以降、日中双方は対抗措置の応酬を重ねてきた。1月6日、中国商務部は、日本向けのデュアルユース品に対する輸出管理を強化すると発表した。2月24日には、日本の20団体・機関を輸出管理リストに追加し、さらに20団体・機関を監視リストに載せた。3月24日には、自衛隊員が刃物を持って東京の中国大使館に立ち入る事件が発生し、国際的にも大きな注目を集めた。さらに、4月10日に公表された日本の2026年版外交青書では、中国の位置づけが「最も重要な隣国の一つ」から、単に「重要な隣国」へと格下げされた。 こうした一連の否定的な応酬を、どのように理解すべきだろうか。日中両国は当初から関係改善に消極的だったのか。それとも、現在の関係悪化は主として高市氏の台湾をめぐる発言に起因するものなのか。一部には、高市氏が自民党総裁となり、その後首相に就任した時点で緊張は避けられず、北京はもともと二国間関係に高い期待を抱いていなかったと見る向きもある。しかし、この解釈はやや決めつけが過ぎるかもしれない。 たしかに、高市氏が過去に中国関連の問題をめぐって行った発言を踏まえれば、中国政府が高市氏の台頭を歓迎していなかったことは事実である。それでも北京は当初、慎重に推移を見守る姿勢を取っていた。注目すべきは、高市氏が靖国神社参拝を控え、中国に関わる人権問題でも露骨な強硬姿勢を取らなかったため、中国側もハイレベル接触の可能性を残していたことである。2025年10月31日、両国首脳は韓国で開かれたAPEC首脳会議に合わせて会談しており、当時はなお、一定の外交的安定を維持し得る余地があったことを示している。 11月7日の高市氏の台湾をめぐる発言に対し、北京が強く反発した背景には2つの要因がある。第1はタイミングである。発言は首脳会談の直後になされたもので、意図の有無にかかわらず、外交の雰囲気を損ない、さらに重要なことに、中国指導部の政治的威信を傷つけるものと受け止められた。中国外交部が「奉示」、すなわち上層部の指示を受けて日本大使を呼び出したことは、この問題が最高政治レベルに達していたことを示している。第2は発言の中身である。台湾有事が日本による集団的自衛権の行使を可能にする事態に該当し得るという高市氏の示唆は、北京が明確なレッドラインとみなす一線を越えるものだった。日本側が何らかの有事対応計画を持っているとしても、現職首相が国会の場でその可能性に公然と言及したことは、これまでなかった。 一見すると、現在の状況は、2010年の尖閣諸島(中国名・釣魚島)周辺での衝突事件を機に悪化した日中関係を思い起こさせる。しかし今回は、より深く、長期にわたる影響を及ぼす可能性が高い。その背景には、3つの構造的要因がある。 第1は、台湾問題が占める中心的な位置である。尖閣諸島をめぐる領有権問題について、中国は少なくとも原則として、係争の存在を認めてきた。これに対し、台湾問題はあくまで内政問題として位置づけられている。北京の視点からすれば、外部からの関与は内政干渉にほかならない。この意味で、台湾は日中関係だけでなく、中国の対外関係全般を測る重要な指標となっており、今後もそうあり続ける可能性が高い。台湾をめぐる各国の立場や行動は、その国が中国の核心的利益を尊重しているか、また過去の政治的約束を守っているかを測る試金石として、ますます重視されるようになっている。こうした文脈のなかで、高市氏は発言を撤回していないだけでなく、さまざまな場で日台協力を強調しており、政策上の柔軟性には限界があることをうかがわせる。 第2は、政治的な意思疎通のチャンネルが弱体化していることである。過去には、二国間関係が困難に直面した際、中国との太いパイプを持つ日本の有力政治家がしばしば仲介役を担ってきた。安倍晋三政権や岸田文雄政権の時代には、首相の親書を携えた特使がたびたび中国を訪れ、対話の促進に努めた。自民党の連立パートナーだった公明党の関係者も、意思疎通の維持に寄与してきた。しかし現在、そうした役割を担ってきた政治家の多くは表舞台を去っている。 同時に、日本国内では対中強硬姿勢が政治的正当性を増している。関与や対話を訴える政治家は「親中派」と見なされるリスクを負い、最近の衆議院選挙では、そうした印象が一因となって議席を失った者もいるとされる。その結果、与党連合内でも野党内でも、中国と積極的に向き合おうとする人物、あるいは政治的にそれが可能な人物は少なくなっている。 第3は、関係改善に向けた明確な契機が乏しいことである。短期的には、すぐに外交的打開につながる機会はほとんど見当たらない。今年夏に愛知・名古屋で開催されるアジア競技大会は、人的交流やスポーツ交流の場となり、草の根レベルから徐々に雰囲気を改善する可能性はある。しかし、二国間関係の実質的な進展には、最終的にハイレベルの政治的イニシアチブが不可欠であり、現時点ではその機運を欠いている。 関係改善に向けた一つの機会となり得るのが、11月に深圳で予定されているAPEC首脳会議である。2014年に北京で実現した安倍晋三首相と習近平国家主席の会談を先例に、日本は同様の首脳会談を模索する可能性がある。実現すれば、重要な転機となり得る。しかし、現在の緊張の高まりや日本国内の政治環境の変化を踏まえれば、そうした会談を実現することは、2014年よりも難しくなるかもしれない。 中国は、高市氏に台湾をめぐる発言を撤回するよう繰り返し求めてきた。日本の現在の政治状況を考えれば、撤回は見込みにくい。とはいえ、外交的な打開の余地が完全に失われたわけではない。注目すべきは、中国外交部の報道官が日本に対し、台湾に関する従来の立場を「誠実に、正確に、完全に表明する」よう繰り返し求めていることである。これは、意味のある対話を再開するための一つの前提条件を示唆している可能性がある。 それでも、双方に関係を安定させる意思があるなら、打開の機会はなお残されている。非政府間の交流チャンネルを広げることは、建設的な役割を果たし得る。感情的な言説に支配されるのではなく、国境を越えて、より均衡の取れた理性的な声が届く環境を整える必要がある。 しかし現時点では、相互認識は否定的なフィードバックの連鎖にますます左右されている。中国側では、政府が発出した渡航・留学に関する注意喚起が、日本を訪問したり日本で学んだりしようとする国民の意欲に大きな影響を及ぼしている。これは「政府主導型」の制約と呼べる。一方、日本側では、中国の否定的側面を強調するメディア報道が世論を左右し、中国との関わりをためらわせている。こうした動きは、メディア間競争の商業的論理を反映した「市場主導型」の制約と理解できる。 指導者レベルでは、東京は対話に前向きな姿勢を示し続けているものの、具体的な意思表示はなお限られている。たとえば、エマニュエル・マクロン仏大統領は以前、中国首脳をG7サミットに招待する意向を示していたが、日本はこれに懸念を表明した。最終的に、マクロン氏の訪日時にフランス政府は、中国首脳を招待しない方針を示した。しかし、日本が懸念を示すのではなく、むしろ招待を積極的に支持し、中国側も応じていれば、日中間のハイレベル接触の機会をつくり出せた可能性もある。 同様に、中国大使館で発生した自衛隊員による事件についても、高市首相と小泉進次郎防衛相は、迅速かつ実質的な対応を示さなかった。小泉氏は数日後、この事件について単に「遺憾」と述べるにとどまった。こうした抑制的な反応は、緊張緩和を意図したものだったのかもしれないが、同時に、危機を外交関係の立て直しにつなげる可能性を狭めるものでもある。 王広濤(ワン・グアンタオ)は、中国・復旦大学日本研究センターの准教授。専門は、日本の国内政治と外交政策、日中関係、東アジア国際関係である。近年の主な論文に、International Affairs誌に掲載された「Bridging the Gap between International Relations and...

|ウズベキスタン|ナウルズに響く文化のモザイクと若者たちの旋律

【タシケントINS Japan/London Post=グルミラ・シュクロワ】 きょう、ウズベキスタン・ジャーナリズム・マスコミュニケーション大学に春が訪れ、私の心もまた春の息吹に包まれた。キャンパスでは、「ナウルズ(=ナウルーズ)の精神とアミール・ティムール帝国の文化」をテーマに、華やかな祝祭が繰り広げられていた。しかし、それは単なる催しではなかった。祖国と伝統、春とそれを育む大地、そして訪れるすべての人々が、ウズベク文化の時を超えた美しさの中で出会う、愛に満ちたひとときであった。 そこにあったのは、誇りに満ち、伝統が息づく文化の祭典であった。教員と学生たちは大学を壮大な文化の祭典へと変え、20を超えるパビリオンがそれぞれ異なる民族の文化を紹介していた。きらめく絹の民族衣装から、伝統料理の滋味豊かな香りに至るまで、キャンパスのあらゆる場所が一つの物語を語っていた。情熱と誇りをまとった学生たちは、古くからの風習、貴重な工芸品、春の空気に響き渡る民俗芸能を来場者に紹介する、いきいきとした語り部となっていた。一本の糸、一粒の香辛料、一つひとつの旋律が故郷をささやくようで、私はこの国への愛おしさで胸がいっぱいになった。 祭典には、各国大使、海外からの来賓、ウズベキスタン高等教育・科学・イノベーション相、政府関係者、メディア関係者、そして多くの熱意あふれる学生たちが集った。参加者は、演劇仕立ての寸劇、手仕事による装飾、歴史の一場面から響いてくるような旋律に彩られた、多彩な展示を巡った。なかでも私の心を最も動かしたのは、若者から年配者まで、人々が自らのルーツをこれほど誇らかに受け止めている姿であった。一つひとつのほほ笑み、刺繍を施した衣装の袖、古くから伝わる歌の一節一節に、心を奪われずにはいられなかった。 大学そのものが春への詩となり、私はその空気までも愛おしく感じている自分に気づいた。創造的な活気は人々へと広がり、キャンパスはまさに文化のモザイクとなった。それは多様性の祝祭であると同時に、調和の祝祭でもあった。穏やかなナウルーズの陽光の下で、民族間の結束、寛容、共有された価値は、単なるスローガンではなく、人々が実際に生きる現実としてそこにあった。この大地に生まれた者として、私は涙が込み上げるほどの祖国への誇りを感じた。これこそがウズベキスタンである。多くの心が一つになって鼓動し、あらゆる文化が大切な客人として迎えられ、春が単なる季節ではなく、帰郷のように訪れる国なのである。 この集いは、祝日の楽しいひとときにとどまらず、人々に愛される伝統へと育ってきた。共同体の絆を強め、春がもたらす本当の力は再生と連帯にあることを、すべての人に思い起こさせるものでもある。深紅のベルベットのドレスをまとった若いウズベクの少女が、外国からの来賓に優雅に茶を差し出す姿を見たとき、私の胸は温かな思いで満たされた。学生たちが伝統的な帽子を年配の教授の頭にそっと載せると、教授が涙をぬぐう場面もあった。合唱団が5つの言語でナウルーズの歌を歌うのを聞きながら、私は祖国を愛するとはどういうことかを悟った。それは旗や演説によって示されるものではない。こうして静かに、喜びとともに、自らの文化遺産を分かち合うことなのである。 古代から伝わる旋律の胸に迫る響きから、料理を囲む人々の笑い声まで、この催しは幾世紀にもわたる時を一つにつないでいた。ナウルズの華やぎとアミール・ティムール帝国の不屈の精神は、現代の息吹と見事に溶け合い、すべての来場者の心に忘れがたい記憶を残した。そして、喜びの中で分かち合われる文化こそが、平和を語る最も誠実な言葉であるという静かな理解をもたらした。 しかし私にとって、それはさらに深い意味を持っていた。人々の中に立ちながら、私はこの祝祭を一つの愛の表明として受け止めた。春への愛、伝統への愛、きらめく衣装をまとった少女たちへの愛、ドゥタールを奏でる少年たちへの愛。そして何より、ウズベキスタンへの愛である。この国は、美と愛国心が別々のものではなく、同じ鼓動の中に息づくものだということを、私に教えてくれた。 太陽が屋根の向こうへ沈み、最後のパビリオンが敷物をたたむ頃、私は満ち足りた心でその場を後にした。そして、この愛をいつまでも胸に抱き続けようと、静かに心に誓った。なぜなら、この祭典は単なる一日ではなかったからである。それは、ウズベク人であるということが、春を愛し、人々を愛し、魂を揺さぶるほど豊かな文化とともに生きることなのだと、改めて思い出させてくれる一日であった。(原文へ) INPS Japan 関連記事: アスタナのナウルズ舞踏会、外交・伝統・再生を鮮やかに体現 闇に対する光の勝利を祝う タジキスタン探訪:未踏の自然美と文化遺産を解き明かす旅 |アゼルバイジャン|国際バカロレア(IB)認定校の生徒がナウルーズで多文化共生をアピール

NPTの信頼性が重大な試練に

中満氏、核リスク高まる中で警告 【国連本部INPS Japan/ATN=アハメド・ファティ】 世界の核秩序を支えてきた基本的な取引が、強い圧力にさらされる中、再び外交の場で問われようとしている。今回は、NPT体制を維持するだけでは十分ではないかもしれない。国連軍縮担当上級代表の中満泉氏は各国に対し、来る第11回核兵器不拡散条約(NPT)運用検討会議を真剣かつ慎重に受け止めるよう促し、核の危険がいっそう現実味を帯びる中で、NPTは国際安全保障にとって極めて重要であると警告した。|英文版| 同会議は4月27日から5月22日まで、ニューヨークの国連本部で開かれる予定である。締約国は、半世紀以上にわたり核秩序を形づくってきた同条約の運用状況を検討する。国連事務次長で軍縮担当上級代表の中満氏は、NPTを「国際的な軍縮・不拡散体制の礎」であり、「国際平和と安全の重要な柱」だと述べた。 こうした表現は、国連の軍縮外交の場ではおなじみのものだ。問題は、条約を取り巻く世界が、もはやかつての姿ではないことにある。 前回のNPT運用検討会議では、コンセンサスによる最終文書の採択に失敗した。それ以降、世界の安全保障環境はさらに厳しさを増している。戦争は脅威認識を塗り替え、核をめぐる言説が公の場で再び目立つようになり、軍備管理の枠組みは弱体化しつつある。核兵器国が核戦力の近代化を続ける一方で、多くの非核兵器国は、NPTの基本的取引を成す軍縮の約束が本当に守られているのか、疑問を強めている。 中満氏は締約国に対し、「集団的責任を極めて真剣に受け止める」こと、そして「誠意をもって協議に臨む」ことを求めた。そのうえで、同条約は核兵器国と非核兵器国の双方に「かけがえのない利益」をもたらしていると強調した。 中満氏の訴えは、単なる手続き上の呼びかけにとどまらない。そこには明確な政治的意味が込められていた。 NPTは三つの柱の上に成り立っている。核兵器の拡散を防ぐこと、核軍縮を進めること、そして保障措置の下で、原子力を平和的に利用する権利を守ることである。この均衡は、常に信頼を必要としてきた。非核兵器国は、保有・取得できるものについて制限を受け入れる。核兵器国は、軍縮を追求することを約束する。そしてすべての締約国は、原子力技術の平和利用による恩恵を共有することになっている。 しかし、この均衡はいま、目に見える形で緊張にさらされている。 多くの非核兵器国にとって、不満は明白である。非核兵器国には厳格な不拡散義務の履行が求められる一方、核兵器国は核戦力の近代化計画を正当化し、軍縮については、進展があるとしても極めて慎重で、ほとんど動きが見られない。これに対し、核兵器国とその同盟国は、今日の安全保障環境では急速な軍縮は現実的ではなく、抑止、安定、リスク低減を重視せざるを得ないと主張する。 中満氏は、核兵器国には特別な責任があると認める一方で、非核兵器国の安全保障上の懸念を軽視することはできないとも述べた。「核兵器をめぐって問われているのは、核兵器国の安全保障だけではなく、国際社会全体の安全保障である」と中満氏は語った。 この問題は、2026年の会議における中心的な論点となる。 もはや焦点は、外交官たちが再び各国の立場に配慮した文書をまとめられるかどうかではない。真の試練は、核兵器が再び国際政治の中心に戻りつつあると見る国々の間で、NPTが政治的信頼性を維持できるかどうかである。 中東は、この議論の中で最も敏感な争点の一つとなる。イランの核計画をめぐる緊張は未解決のままであり、中東に核兵器その他の大量破壊兵器のない地帯を設置するという長年停滞してきた目標は、地域安全保障、不拡散、そして二重基準への批判が絡み合う問題であり続けている。 中満氏は、イランは引き続き運用検討会議に参加する意向を示していると述べた。イラン政府の高官が代表団の一員として登録されていることにも言及した。「イラン政府から、これに反する連絡は受けていない」と中満氏は述べ、週末には、最終的に誰がニューヨークでテヘランを代表するのかが明らかになるとの見通しを示した。 イランの出席は重要である。同時に、他の国々が中東をめぐるより広範な問題をどのように位置づけるかも重要となる。長年にわたり、アラブ諸国や非同盟運動の加盟国は、中東に核兵器その他の大量破壊兵器のない地帯を設置するという目標の前進を求めてきた。この問題は、イランだけでなく、イスラエルの未申告の核保有状況や地域全体の安全保障上の不均衡とも関わっており、NPT外交を繰り返し複雑にしてきた。 したがって、2026年の運用検討会議は、複数の面で信頼性を問われながら幕を開けることになる。NPTは今なお不可欠な枠組みとして広く擁護されている。しかし、それを支えてきた政治的条件は揺らぎつつある。 中満氏は記者会見で、NPTが「空洞化」することを許してはならないと警告した。そのうえで、同条約の権威は、条約上の義務と政治的信頼性の双方を維持できるかどうかにかかっていると述べた。運用検討会議は、ウクライナでの戦争、イラン核計画をめぐる緊張、米ロ間に残る最後の主要な核軍備管理枠組みである新戦略兵器削減条約(新START)の将来をめぐる不確実性を背景に始まる。中満氏は、再び成果文書を採択できない事態を避けるには、各国が柔軟性と真摯さを示す必要があると指摘した。 これが、27日の開幕に影を落としている現実である。 国連にとって、NPT運用検討会議は単なる外交会合ではない。不信が国際政治の常態となった時代に、各国がなお共通の核秩序を守ることができるのかを問う試金石である。 核兵器国には、軍縮義務がなお信頼に足るものであると示せるかどうかが問われる。非核兵器国には、自らが受け入れた取り決めが、なお公平性、安全保障、抑制をもたらすものなのかが問われる。中東には、長年の約束が新たな危機を乗り越えられるかどうかが問われる。 NPTは崩壊しているわけではない。しかし、いま厳しい試練にさらされている。 27日にはじまるニューヨークで成功の尺度となるのは、代表団が体面を保てるかどうかではない。問われるのは、核リスクが再び国際政治の現実として語られる世界において、同条約が核の危険を低減するに足る政治的重みをなお備えていると証明できるかどうかである。 This article is brought to you with permission...