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豪州の継続的課題―ブッシュファイア

【メルボルンLondon Post=マジッド・カーン】 2026年初頭、オーストラリア南東部ビクトリア州は、大規模なブッシュファイア(山火事)に再び見舞われた。気温が45度を超える熱波が続いた後、ロングウッドとウォルワ周辺で発生した火災が急速に拡大し、広い地域に被害が及んだ。ジャシンタ・アラン州首相が「災害状態(state of disaster)」を宣言したことは、危機の深刻さを物語っている。今回の火災は、2019~2020年の「ブラック・サマー」以来、州にとって最大級の災害と位置づけられている。火勢がいったん弱まり、当面の危険が後退するにつれ、焦点は長期にわたる復旧・復興へと移った。 復旧とは、焼け焦げたがれきを片づけ、建物を再建するだけではない。経済、環境、社会の回復を同時に進める、多面的な課題である。気候変動によって災害が激しさを増す中、ビクトリア州が復旧・復興をどのように進めるのかに国際的な関心が集まっている。 可燃物の蓄積が進む中、突風を伴う強風が重なり、2026年1月初旬に発生した火災は急速に拡大した。1月10日に「災害状態」が正式に宣言された時点で、焼失面積はすでに30万ヘクタールを超えていた。この宣言により、緊急サービス当局は住民避難や資源配分について特別な権限を得て、対象は18の地方自治体区域に及んだ。ストラスボギーやトウォングなどでは状況が急速に悪化し、数千人が避難を余儀なくされた。住民は炎に追われ、持ち物や生活の基盤を残したまま退避することになった。 赤く染まった空と、森林から立ち上る煙柱の映像は、豪州で自然災害が激化している現実を改めて印象づけた。避難した住民の多くは、衝撃が冷めやらぬ中、救援センターで開かれた復旧に向けた初期会合に参加した。これらの会合は、政府と住民の情報共有や連絡体制を整え、被害状況について公式に説明する場となった。「災害状態」の宣言は、被災地域が復旧や生活再建を進めるための法的・財政的な支援枠組みを確保する意味も持っていた。 現場の安全が確認されると、エマージェンシー・リカバリー・ビクトリア(Emergency Recovery Victoria)と各自治体のチームが被害査定に着手した。衛星画像と地上調査を組み合わせ、900棟を超える建物の被害が確認され、その中には数百棟の住宅も含まれている。復旧の最初の課題は、電力、水道、通信といった基幹インフラの回復だった。火災の最盛期には3万世帯以上が停電し、地域によっては灰や消火薬剤の影響で安全な飲料水の確保が難しくなった。公益事業者は数百人規模の技術者を投入し、防護柵や道路標識、さらに数千キロに及ぶ送電線の修復を進めた。大きく景観が変わった地域でも、住民の日常生活をできるだけ早く取り戻すことが目標とされた。 2026年の火災による経済的打撃を受け、州政府と連邦政府は迅速に財政支援を実施した。共同の災害復旧資金手当制度(Disaster Recovery Funding Arrangements)のもとで、食料や衣類、医薬品など生活必需品の購入を支援する給付が開始された。 農業被害も深刻で、最初の1週間だけで1万5000頭を超える家畜が失われた。ヒュームおよびゴールバーン・バレー地域の農家にとって、これは経済的損失だけでなく精神的にも大きな打撃となった。牧草地やフェンス、飼料保管施設が焼失し、生き残った家畜も厳しい環境に置かれている。被災農地に緊急の飼料や水を届けるため、大規模な支援輸送が行われた。 この危機に対応するため、最大7万5000ドルの一次生産者向け復旧助成金が設けられた。がれき撤去や農業経営の再建に必要な費用を支援するもので、家畜の適切な処理、農場インフラの再構築、牧草地の回復などが対象となる。長期的には、土壌の健全性回復とともに、焼失地で広がりやすい外来雑草の侵入対策も重要な課題となる。 火災は交通網にも大きな混乱をもたらした。危機の最中、多くの地域が事実上孤立し、ヒューム・ハイウェイやマレー・バレー・ハイウェイなど主要道路が火災接近や倒木の危険により閉鎖または通行制限された。復旧チームにとって道路の再開は最優先事項だった。道路は救援物資や復旧資材の輸送、避難者の帰還を支える重要な交通路だからである。 環境被害も甚大だった。ローソン山やウォナンガッタを含む広大な森林や州立公園が深刻な被害を受け、野生生物の犠牲は数百万に達すると推計されている。火の回りが速く強度も高かったため、移動の遅い動物は逃げることができなかった。現在、環境修復が進められており、灰の流出から水源を守る対策や、未焼失地に生き残った動物への給餌・給水支援が進められている。 火災後の水質悪化も懸念されている。植生が失われることで土壌侵食が進み、豪雨時に土砂が河川や貯水池へ流れ込む危険が高まる。これは水生生物の生息環境だけでなく、飲料水の安全性にも影響を与える可能性がある。 一方で、物理的な被害以上に深刻なのが心理的影響である。避難の恐怖や住居の喪失、環境破壊の目撃は、長期にわたり不安や悲しみを残す。被災者の心の回復は、復興の重要な課題の一つとなっている。 復旧が再建段階へ移る中、ビクトリア州民が直面するのは、安全で持続可能な形で地域をどう再建するかという課題である。今回の火災は、極端な気象条件にさらされる地域の都市計画や建築基準をめぐる議論を再び活発化させた。保険料の急騰や新たな火災危険度基準への対応など、土地への帰還を望む住民には大きな負担がのしかかっている。 州政府は、より耐災害性の高い住宅の整備を検討している。賃貸住宅供給を目的とした「ビルド・トゥ・レント」方式や耐火素材を用いた住宅開発、さらに地域単位で電力供給を維持できるマイクログリッドの整備などが進められている。しかし、その費用負担をどう抑えるかが引き続き課題となっている。 一部地域では、長期的に危険度が高い地域から移転する「管理された撤退」という選択も議論されている。災害の頻発は、都市・地域計画の見直しを迫っている。今回の復旧は単なる元通りの再建ではなく、自然環境の中でどのように暮らすのかを改めて考える機会でもある。再建の各段階に回復力を組み込むことで、ビクトリア州は火災多発地域に向けた新たなモデルを示そうとしている。 豪州では大規模火災のたびに政策の見直しが行われる。今回も計画的焼き払いの有効性や国立公園での燃料管理をめぐり、さらなる調査を求める声が上がっている。高温と乾燥が常態化する中、従来の手法だけでは不十分だとの認識が広がり、先住民の火入れの知見を現代技術と組み合わせる動きも検討されている。 政策面では、観光業や農業など地方経済の脆弱性も浮き彫りになった。政府は、自然災害の影響を減らす気候対応型の取り組みを通じ、産業の持続性を高める方策を検討している。復旧から得られた教訓を生かし、より柔軟で先を見据えた政策体制の構築を目指している。 ビクトリア州の復旧の取り組みは、豪州を超えて国際的な関心を集めている。気候変動による災害が世界各地で増える中、ここで得られる教訓は多くの地域にとって参考となる。暮らし、経済、環境のバランスをどう取るかという課題に対し、ビクトリア州の経験は重要な示唆を与えるだろう。さらに、豪州が2026年のCOP31気候会議の開催を目指していることも、国内政策への注目を高めている。復旧の行方は、もはや州だけの問題ではなく、世界が共有する課題となっている。(原文へ) INPS Japan 関連記事: |視点|先住民の土地管理の知恵が制御不能な森林火災と闘う一助になる(ソナリ・コルハトカル テレビ・ラジオ番組「Rising up with Sonali」ホスト) 燃え上がる炎:激化するオーストラリアのブッシュファイヤー 火災に見舞われるキリマンジャロ山

破壊が政策となるとき―ミュンヘン安全保障報告書が示すグローバル・ガバナンスの未来

この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。 【Global Outlook=ジョルダン・ライアン】 今年の会議に先立って公表された「ミュンヘン安全保障報告書2026」は、ルールに基づく国際秩序の現状に対し、深刻な分析を提示する。題名の「Under Destruction(破壊の途上)」は文字通りである。報告書は、段階的改革より制度の解体を優先する政治勢力が西側民主主義諸国で広がる現象を、「wrecking-ball politics(解体政治)」として位置づけている。 このパターンで最も目立つ行為主体は、現在の米政権である。トランプ大統領は2026年1月、気候変動枠組条約(UNFCCC)、世界保健機関(WHO)、パリ協定を含む66の国際機関・枠組みからの離脱を表明した。これは通常の政策調整ではない。撤退と資金拠出停止を通じて、機関の機能不全や崩壊を招くか、急進的な再編を強いる戦略である。累積的な効果として、1945年以降に築かれてきた多国間アーキテクチャの中核が危機にさらされる。 この潮流を最も顕著に体現しているのは、現政権である。トランプ大統領は2026年1月、気候変動枠組条約(UNFCCC)、世界保健機関(WHO)、パリ協定を含む66の国際機関や国際枠組みからの離脱を表明した。これは通常の政策調整ではない。離脱と資金拠出の打ち切りを通じて、機関の機能不全や崩壊を招くか、急進的な再編を迫る戦略である。その帰結として、1945年以降に構築されてきた多国間アーキテクチャの中核が危機にさらされる。 侵食は資金面にとどまらない。報告書は、戦後の基本規範―領土保全、国際法の遵守、多国間ルールは国家を力づけると同時に拘束するという前提―が、土台としてではなく取引の対象として扱われつつあると警告する。原則に基づく協調が、取引型の合意へ。公共利益が私益へ。普遍規範が地域覇権へ―そうした世界が、すでに現実に近づいているという。これは憶測ではない。特使を軸にした個人主導のディール、WTO規律を迂回する二国間の関税交渉、対外援助を政策への同調と明示的に結び付ける動きなどに、兆候はすでに表れている。 この報告書に説得力があるのは、事態を一時的な逸脱として片付けない点にある。報告書は、生活費危機、格差の拡大、実質生活水準の停滞、上向きの社会移動の衰退といった構造的要因を挙げる。多くの西側社会で進むこうした変化のなかで、停滞の象徴と見なされた制度は―それが妥当であれ不当であれ―組織化された不満の標的になりやすい。報告書によれば、「着実な進歩」というグランド・ナラティブは説得力を失い、代わって破壊が「再生」として語られるようになった。 報告書が投げかける戦略的問いはきわめて厳しい。ルールに基づく秩序を支えようとする主体は、「ブルドーザー政治の傍観者」となり、瓦礫と化した規則と制度の前で大国政治に翻弄されるのか。あるいは、不可欠な構造を強化し、単一国家の影響力に左右されにくい枠組みを設計し、報告書の言葉でいえば自ら「より大胆な建設者(bolder builders)」となるのか。 適応の動きも見られる。欧州の防衛協力は加速している。気候、デジタル・ガバナンス、貿易をめぐる中堅国の連合は、大国が離脱しても機能する枠組みを模索している。ウクライナを支える「有志連合」は、可変的な参加形態による統治の一例である。参加意思のある主体の協力を維持しつつ、不可欠な機能を一方的離脱の影響から守ろうとする試みだ。普遍的合意がもはや得られない可能性を前提に、それでも機能的協力を継続しなければならない――そうした認識の広がりを示している。 ただし報告書は、厳しい制約も指摘する。問われるのは実質的な能力である。中堅国は、レトリックだけで多国間機能を支え続けることはできない。米国の支援が保証されない状況でも侵略を抑止し得る防衛支出、強制的な関税措置に耐え得る経済的強靭性、敵対的勢力が支配するシステムへの依存を減らす技術的能力が必要となる。資源をより緊密な協力のもとでプールすることは、もはや選択ではない。相互依存が武器化される世界で主体性を維持するための不可避のコストである。 平和構築や予防に携わる主体にとって、その示唆は重大である。多国間の仕組みはもはや、大国間の合意を当然の前提とはできない。分断と戦略的競争の下でも機能するよう設計し直す必要があり、そのためには政治的意思だけでなく、制度設計そのものの見直しが求められる。 求められるのは二重の課題である。中堅国は能力を強化すると同時に、改革された制度が安全と繁栄を実際にもたらし得ることを示さなければならない。多国間枠組みが目に見える成果を出せなければ、世論は「破壊の擁護者が正しかった」と結論づけるだろう。ミュンヘン安全保障指数のデータは、信頼回復の猶予が縮小していることを示唆する。宣言では信頼は戻らない。成果―実績―によってのみ戻る。 重要な示唆は三点ある。 第一に、危機は循環的ではなく構造的である。それは一時的な政策の相違ではなく、経済・政治・制度の各領域にまたがる正統性の摩耗である。たとえ経済が改善しても、遠く反応が鈍いと受け止められてきた制度への信頼が自動的に回復するわけではない。 第二に、中堅国は「能力」か「周縁化」かの選択を迫られている。大国が離脱しても多国間機能を維持できるだけの防衛、経済、技術能力に投資し、その負担を引き受けるのか。あるいは傍観者となり、勢力圏と取引型の二国間主義に支配される世界を受け入れるのか。物的投資を伴わずに既存制度が設計通りに機能し続けると期待する第三の道はない。 第三に、既存制度を守るだけでは足りない。報告書は明言する。ルールに基づく秩序を支えようとする主体は、より大胆な建設者にならなければならない。すなわち、破壊要求を生む正統性の欠如に対処できる統治枠組みを設計することだ。可変幾何学的な連合、資金メカニズムの改革、加盟国だけでなく影響を受ける人々への説明責任――これらは付加的な改善ではない。制度が生き残る条件である。 ミュンヘン安全保障報告書2026は、世界が制度を打ち壊す「解体政治(鉄球政治)」の時代に入りつつある現実を描き出した。戦後秩序の構築が始まってから80年以上を経たいま、米主導の戦後秩序は継続的な揺さぶりにさらされている。報告書は、破壊がより公正な枠組みを築き直す契機となるのか、それとも既に強い者の優位を固定化するのかを予断しない。しかし、受動は中立ではないことを明確にする。 問われているのは、戦後秩序が現在の形で生き残るかどうかではない。置き換わるものが、改革と刷新が可能な共同統治によって形作られるのか、それとも制約のない大国競争と取引型支配に席巻されるのかである。結末を左右するのは修辞ではない。投資し、改革し、築く意思を、国家と制度がどれだけ持つかである。選択のために残された時間は、確実に狭まっている。(原文へ) ジョルダン・ライアンは、戸田平和研究所の戸田国際研究諮問評議会(TIRAC)メンバーであり、フォルケ・ベルナドッテ・アカデミーのシニア・コンサルタントを務める。国連では事務次長補を歴任し、国際的な平和構築、人権、開発政策の分野で豊富な実務経験を持つ。民主的制度の強化と、平和・安全保障に向けた国際協力の推進を主たる関心領域とし、アフリカ、アジア、中東で市民社会組織を支援し、持続可能な開発を促進する数多くの取り組みを主導してきた。危機予防と民主的ガバナンスをめぐって、国際機関や各国政府への助言も継続的に行っている。 INPS Japan 関連記事: アメリカ・ファーストと多国間主義の狭間で揺れる国家安全保障戦略 続発する世界の紛争が浮き彫りにする核保有国と非核保有国の対立構図 ホワイトハウス首脳会談:欧州は団結、ウクライナは屈服を拒否

|沖縄|世界に響く平和への想い

【IDN東京=ラメシュ・ジャウラ】 ここドイツのベルリンに暮らしていると、世界を欧州の視点から捉えがちである。それは第二次世界大戦の教訓についても同じで、無意識に欧州の過去65年の経験のみに焦点を当ててしまいがちなのだ。しかし東アジアを訪れるとこうした視点を調整できるのみならず、歴史に対する新たな洞察を深めることができる。中でも日本は、下からの変革のプロセスを経験してきた顕著な事例である。 この変革の原動力となったのは、凄惨な沖縄戦や広島・長崎への原爆投下で被った拭いきれない人々の苦悩を、人種・信条・肌の色、国籍を超えた力強い平和運動へと変革してきた日本の市民社会である。  こうした変革に取り組んできた主な市民社会組織に、仏教系NGOで、池田大作氏の名前とともに有名となった創価学会がある。池田氏は1947年に入会し、彼の師で、戦時中の政府の方針に反対し迫害・投獄を経験した戸田城聖第2代会長の死から2年経過した1960年5月、創価学会会長に就任した。  池田氏は戦後の混乱期に戸田氏と出会った。当時戸田氏は、創価学会の再建に取り組んでいる最中であった。創価学会は、1930年、戸田氏と同じく教育者である牧口常三郎氏(初代会長)によって創立されたが、戦時中に軍国主義政府の弾圧を受け壊滅状態に追いやられた。戸田氏は一人の人間の無限の可能性に焦点をあてる日蓮仏教の哲学こそが日本に社会変革をもたらす鍵となると強く確信していた。 池田氏が創価学会の会長に就任して最初に手掛けた取り組みの一つが、世界各地に在住する会員間のより頻繁な交流を促す国際的なネットワークの構築であった。池田氏は、会長就任後最初の4年間で、南北アメリカ、欧州、アジア、中東、オセアニアを歴訪し、今日192カ国・地域に1300万人の会員を有する海外組織の基礎作りに乗り出した。 こうした流れを背景に、1975年1月26日、51カ国・地域から創価学会会員の代表がグアム島に集い、創価学会インタナショナル(SGI)が発足、池田氏がSGI会長に就任した。グアム島は、第二次世界大戦で有数の血なまぐさい戦場となった地であるが、この新たな平和運動を立ち上げる会合の地として、あえて象徴的に選ばれたのである。 以来、SGIは90カ国・地域に現地法人・関連組織を持つ世界的なネットワークへと発展していった。各地のSGIは、それぞれの社会において、日蓮仏教の実践と哲学の研鑽に加えて、平和・文化・教育の分野で多彩な運動を繰り広げている。またSGIは、平和の文化の構築、核兵器廃絶、持続可能な開発、人権等をテーマとした大規模な展示会を世界各地で開催してきている。 創価学会青年部は、日本内外における平和活動の推進に重要な役割を果たしている。こうした青年達が連携を図るための重要なプラットフォームに、広島、長崎、沖縄で毎年開催される青年平和連絡協議会(広島・長崎・沖縄3県サミット)がある。青年達はここで平和を推進していくための適切な方法や手段について協議している。具体的には、平和教育に関する展示や、講演会、世論調査に加えて、反戦出版物の発行や、被爆者や戦争経験者の証言を映像に記録する活動等が取り上げられてきた。 創価学会青年平和会議(YPC)と同女性平和文化会議(YWPCC)は、若者たちに素晴らしい活躍の場を提供している。私が訪れた広島、東京、沖縄で両組織のメンバーに出会えば、誰もがこうした青年男女が言行共に平和運動に情熱と不屈の精神で取り組んでいる姿に感銘を受けるだろう。 こうした青年たちの平和運動は、太平洋戦争時におけるかつての日本の敵国との間に橋を架けるべく、確固たる信念で取り組む池田SGI会長の行動によって、さらに強固なものとなっている。1968年9月8日、池田氏は、そうした思いから創価学会学生部約20,000人を前にした演説の中で、日中国交正常化を呼びかけ、その実現に向けた具体的な提言を行った。 この背景には、池田氏の長兄である喜一氏が戦争に召集され、その後、続いて他の3人の兄も召集されたという、自身の体験があった。喜一氏は戦死。亡くなる前に長兄が語った、中国人民に対する日本軍の扱いが酷すぎるとの言葉は、絶えず池田氏の胸に残っていた。  当時、日本国内では依然として多くの人々が中華人民共和国を敵国と認識しており、同国は国際社会においても孤立を深めている時期であった。こうした中、池田氏の提言は批判に晒されたが、一方で、中国の周恩来国務総理(首相)を含む、両国の関係修復に関心を持っていた日中両国の人々からの注目を浴びた。 また池田氏は、1970年代になると各国政治指導者との対話を開始した。当時は米ソ超大国間の緊張が高まり、人類絶滅をもたらす核戦争の脅威が迫っていた時期である。池田氏は、こうした閉塞状況を打開し、戦争勃発を回避するための対話のチャンネルを開くべく、1974年から75年にかけて中国、ソ連、米国を順次訪問し、周恩来中国首相、アレクセイ・コスイギンソ連首相、ヘンリー・キッシンジャー米国務長官と会談した。 仏教指導者によるこのような活動はユニークなものであるが、ドイツの有名な社会民主党党首ヴィリー・ブラント氏が、西ドイツの外相、首相として推進した和解政策を髣髴とさせるものである。ブラント氏の和解政策は、かつての侵略国でホロコーストの加害国であるドイツと被害国の間の二国間関係に雪解けをもたらしたのみならず、1989年のベルリンの壁崩壊とそれに続いた2つのドイツ国家の平和的統一へと続く道筋を切り開いた。 池田氏の平和哲学における顕著な特徴は、対話を通じて共生の道を切り開くというものである。池田氏は、世界中の文化、政治、教育、芸術等、各界の有識者と会い意見交換を行ってきた。対談集が発刊されている有識者の中には、英国の歴史家アーノルド・トインビー博士、ミハイル・ゴルバチョフ元ソ連大統領、神学者のハーベイ・J・コックス教授、未来学者のヘーゼル・ヘンダーソン博士、ブラジルの人権擁護者アウストレジェジロ・デ・アタイデ氏、中国文学の巨人金庸氏、インドネシアのイスラム教指導者アブドゥルラフマン・ワヒド氏がいる。 1983年、池田氏は平和提言の執筆を開始し、以来今日に至るまで、SGI発足の記念日に当たる1月26日に毎年発表している。これらの提言は、人類が直面している諸課題についての見解を示すものであり、同時に仏教哲学に根差した解決策や対応策を提案するものである。こうした提言の中には、国際連合の機能強化のための具体的な行動指針も述べられており、その中で池田氏は、世界平和構築に欠かせない存在として、国連が市民社会をより積極的に関与させる能力を強化するよう提案している。また平和提言はしばしば、国際問題における膠着状態を打開するため、対話が果たしている決定的な重要性を例示している。 ウェブサイト上にある池田氏の経歴によると、彼の平和への取り組みの原点は、戦時中の自身の経験に加えて、師である創価学会第2代会長戸田城聖氏が、亡くなる1年前の1957年に発表した「原水爆禁止宣言」である。 戸田氏は核兵器を悪そのものとして厳しく批判するとともに、核兵器の使用は、イデオロギー、国籍或いは民族的アイデンティティーの観点からではなく、「人間性」と奪うことのできない「人類の生存権」という普遍的な次元から糾弾されなければならないと主張した。  創価学会沖縄研修道場と世界平和の碑は、創価大学、民音音楽博物館、財団法人民主音楽協会とともに、人間の日々の生活に強い影響を与え、地に足の着いた教えである仏教の卓越した精神性を具体化した施設である。   桃原正義氏は、「今日の創価学会沖縄研修道場は、1977年、米国空軍のメースB核ミサイル基地跡地に建てられたのです」と目を輝かせて語ってくれた。(メースBは核弾頭搭載が可能な戦術ミサイルで1960年代、沖縄のいくつかの基地に配備されていた) (敷地内に取り壊されずに残っていた)ミサイル発射台は、1984年に「世界平和の碑」へと生まれ変わった。巨大なコンクリート構造物(100メートル×9メートル)は厚さ1.5メートルの外壁に覆われており、かつては中国を標的にした核ミサイルの発射台として使われていた。「池田SGI会長の提案で、ミサイル発射台には手を加えず、戦争の恐ろしさを永遠に語り継ぐ記念碑としてそのまま残すことにしたのです」と桃原氏は付け加えた。創価学会沖縄研修道場には、設立以来、中国人を含む外国人が訪れている。 また沖縄には、1945年の沖縄戦に准看護婦として動員された194名の女学生と17名の教師達を祈念して建てられた「ひめゆり平和祈念資料館」と「ひめゆりの塔」がある。 私はガイドから、2つの女学校(沖縄師範学校女子部・沖縄県立第一高等女学校)の生徒たちが共に動員され「ひめゆり学徒隊(戦後の呼称)」として戦場に送り出されたというありのままの事実だけでは語りつくせない、胸が張り裂けそうな悲惨な話を耳にした。彼女たちの中で、「鉄の暴風」として知られる修羅場から生還したのは僅かに5名のみだった。 「ひめゆり平和祈念資料館」には戦前・戦中における女学生たちの等身大の視点が紹介されている。館内には沖縄戦で犠牲となった多くの女学生たちの写真や所持品の他に、彼女たちが体験した恐ろしい戦場の様子の再現や戦争の悲惨さを訴える生存者の証言が展示されている。 沖縄戦において連合軍は、圧倒的な数の船舶や装甲車両を投入し、莫大な砲弾で熾烈な攻撃を加えたことから、その様子は「鉄の暴風」と例えられている。こうした中、10万人以上の民間人が殺害、負傷、あるいは自殺したと報じられている。また戦争中、多くの民間人が米軍の捕虜になったり降伏することがないよう、日本軍により自殺を命令されたという。 2010年9月に沖縄を訪れた際、沖縄戦の目撃者にこの点を確認したところ、当時民間人は軍から自身や家族の自決用に手榴弾を渡されたとの証言を得た。また、軍当局のプロパガンダ(宣伝)により多くの民間人が崖から身を投げた。このような事例は「集団自決」と呼ばれた。こうして沖縄戦の結果、島民人口の実に4分の1近くが命を失った。 沖縄戦の犠牲者の名前を刻んだ非宗教的な戦争記念碑「平和の礎」を訪問したが、ここでさらに洞察を深めることができた。「平和の礎」は沖縄戦最後の戦いが行われた摩文仁の地に、沖縄戦と終戦50周年を記念して1995年に建てられた沖縄戦跡国定公園の中でも重要な記念碑の一つである。 たしかに戦場で亡くなった人々の名前を刻んで慰霊するという点では、平和の礎もワシントンDCのベトナム戦争戦没者慰霊碑(戦没兵士の名前が刻まれている)と似ている。しかしガイドから、平和の礎では、沖縄戦で亡くなった全ての人々の名前を、国籍や軍人、民間人の区別なく碑に刻んでいくというユニークな取り組みを行っていることを知った。2010年6月23日現在、慰霊碑は太平洋岸の近くに花崗岩で屏風の形状に建立された記念碑に、240,931人の名前が刻まれている。 私は池田大作氏が数十年に及ぶ自らの軌跡を小説に描いた大著『新・人間革命』の中に、沖縄の辿った苦難の道を記しているのを知った。 池田氏は記している。「沖縄は、あの大戦では、日本本土の『捨て石』とされ、日本で唯一、地上戦が行われ、住民の約四分の一が死んだ悲劇の島である」「さらに、戦後も、アメリカの施政権下に置かれ、基地の島となってきた。これもまた、かたちを変えた、本土の『捨て石』であったといってよい。村によっては、基地の占める面積は、九割近いところもあった。しかも、アメリカの極東戦略のうえで、『太平洋の要石』とされ、中距離弾道ミサイルのメースB基地も四カ所に設けられ、また、原子力潜水艦の補給基地としても、重要視されていた」 「基地周辺の住民は、米軍のジェット機や輸送機の墜落、演習による自然破壊等々に苦しめられ続けてきたのである」 池田会長の大著『人間革命』は次の言葉で始まる。「戦争ほど、残酷なものはない。戦争ほど、悲惨なものはない。…愚かな指導者たちに、ひきいられた国民もまた、まことにあわれである。」この物語の主題は、「一人の人間における偉大な人間革命は、やがて一国の宿命の転換をも成し遂げ、さらに全人類の宿命の転換をも可能にする」というものであり、かつての悲惨な戦場を真に幸福な社会に転ずる著者の決意が込められている。(原文へ)取材記事の映像  翻訳=INPS Japan This article was produced as a part of the joint media project between Inter Press Service and Soka Gakkai International in Consultative Status with ECOSOC. 関連記事: 日本、米国の核態勢見直しに際して、自制を表明する |軍縮|被爆地からの平和のシグナル 世界政治フォーラムを取材

ウズベキスタン―日本:戦略的パートナーシップの境界を広げる

【タシケントLondon Post】 両国が1992年1月26日に外交関係を樹立して以来、ウズベキスタンと日本の協力関係の発展は、ウズベキスタンの対アジア太平洋外交の重要な柱であり続けてきた。相互尊重と信頼を基盤に、タシケントと東京は現在、政治、安全保障、経済、投資、イノベーション、教育、文化、観光に加え、地域協力の枠組みでの連携まで、幅広く活発な協力関係を築いている。 日本はこれまで、産業・エネルギーインフラの近代化、デジタル変革の推進、持続可能な開発の促進において、ウズベキスタンにとって主要な戦略的パートナーとなってきた。教育、科学、文化、人的交流の分野でも、前進を後押ししてきた。 二国間協力は多岐にわたり、近年は一段と弾みがついた。転機となったのは、2019年12月のシャフカト・ミルジヨエフ大統領の公式訪日である。この訪問は、主要な共同の経済・投資・人道(人的)プロジェクトの実施を強く後押しし、二国間関与の長期的な方向性を示した。 国際舞台でも、ウズベキスタンと日本は国際機関で緊密に連携し、互いの立場を支え合っている。ウズベキスタンはこれまで、日本の国連機関などのポストへの立候補を40回以上支持してきた。他方、日本は、中央アジア非核兵器地帯、教育と宗教的寛容、若者支援、持続可能な開発目標(SDGs)達成における議会の役割など、ウズベキスタンが主導した国連総会決議の共同提案国となってきた。 関係の戦略性は、議会間協力にも表れている。両国議会には友好議員連盟が設置され、ウズベキスタン―日本議員フォーラムも定期的に開かれている。相互訪問に加え、オンラインでの協議や折衝も進む。 外務省間の連携も緊密だ。2002年以降、両国外務省は19回にわたり政治協議を実施してきた。 大きな節目となったのが、2025年8月25日にタシケントで開催された、両国外相による初の「戦略対話」である。この新たな枠組みは、二国間関係の長期性と、あらゆる分野で互恵的協力を広げる双方の意思を明確にした。 外相間の定期的な接触—電話会談や国際会議の場での会談、相互訪問—は、二国間・多国間の課題で立場をすり合わせ、協力を他分野にも波及させる役割を果たしている。 また、日本におけるウズベキスタン名誉領事も、両国協力の推進で重要な役割を担い、経済・文化面の取り組みを後押ししている。 経済面では、産業、エネルギー、通信、インフラ、イノベーション、輸送、「グリーン経済」まで幅広い分野で協力が進む。貿易は最恵国待遇の下で行われており、二国間貿易額の着実な伸びにつながってきた。 2024年には「ウズベク・日本トレードハウス」が名古屋に開設され、日本側で対ウズベキスタン貿易拡大への関心が高まっていることを示した。 二国間経済プロジェクトの調整の要となっているのが、ウズベキスタン―日本、ならびに日本―ウズベキスタンの経済協力委員会による合同会合である。 現在、ウズベキスタンでは日本資本の合弁企業が84社活動し、日本の主要企業13社が現地代表部を置く。石油・ガス、化学、機械、物流、教育、観光などの分野で事業を展開している。 日本の政府系協力機関を含む金融分野の支援も、ウズベキスタン経済の近代化で重要な役割を果たしている。2025年1月には、国際協力機構(JICA)との間で、神経内科・脳卒中共和国センターの建設・設備整備に向けた1億5000万ドルの円借款契約がタシケントで署名された。医療体制の高度化に向けた重要な一歩となるプロジェクトだ。 文化・人道面の交流は層が厚く、人的な結びつきも強い。20年以上にわたり、ウズベキスタン―日本友好協会をはじめ、福島―ウズベキスタン協会、日本―ウズベキスタン協会などの友好団体が活動を続けてきた。タシケントに設置された「広島平和の石」や、首都中心部の日本庭園は、両国の友好を象徴する存在となっている。 ウズベキスタンでは日本文化フェスティバルや映画上映、舞台公演、展覧会が定期的に開かれている。一方、日本でもウズベキスタンの食文化や民族衣装、音楽、舞踊などが幅広く紹介されている。こうした相互交流が、尊重と信頼に基づく長期協力の土台を形づくっている。 近年は現代的な文化プロジェクトも、人道交流の象徴となってきた。2022年4月、東京で「シルクロードの精神―友情の架け橋」が開催され、2024年には日本のアンサンブル「Japanese Pearl」が伝統的なボイスン・バホリ祭で3位に入賞した。 教育は、人道協力の中でも特に伸びが大きい分野である。ウズベキスタンでは7大学で2500人以上が日本語を学び、ウズベキスタン―日本人材開発センターが運営されている。日本開発奨学金(JDS)プログラムも実施され、東京、名古屋、筑波、慶應、豊橋などの大学との共同プロジェクトが進む。JDSでは400人以上のウズベキスタン人学生が奨学金を得ており、日本で研修を受けた人材は約2500人に上る。交換留学や教員交流も活発で、大学学長フォーラムも開催されている。 共同研究は、古代史、考古学、東洋学、農業、気候過程など多分野に及ぶ。 日本はウズベキスタンの医療分野の発展にも資金・技術支援を提供してきた。医療施設の機器整備、専門人材の育成、ワクチン供給などに6000万ドル以上が拠出されている。日本人ボランティアは100人以上がウズベキスタンで活動し、ウズベキスタンの医療従事者200人以上が日本で研修を受けた。 地方自治体レベルの交流(地域間交流)も、二国間関係で比重を増している。姉妹都市・姉妹地域関係は、リシタンと舞鶴、タシケントと名古屋、サマルカンド州と奈良県の間で結ばれた。この枠組みの下、日本では「サマルカンド・デー」が定期的に開催され、名古屋でも文化行事が行われている。 日本人旅行者の間でウズベキスタンの文化・歴史への関心が高まり、観光分野の協力も促されている。航空便の拡充、文化観光の発信強化、インフラ改善を追い風に、日本人訪問者数は増加傾向にある。 とりわけ関心を集めているのが、ウズベキスタンの仏教遺産である。カラ・テペ、ファヤズ・テペ、ダルヴェルジン・テペ、テルメズおよび周辺の寺院遺跡群が注目されている。日本人研究者の調査を背景に、これらの遺跡は国際的な認知を高め、世界各地から観光客や研究者を呼び込んでいる。 日本国内の関心の高さを示す例として、2025年の大阪・関西万博でのウズベキスタン館「知の庭:未来社会の実験室」の成功が挙げられる。ウズベキスタン館は印象的な展示の一つとして評価され、金賞を受賞した。両国友好に捧げたウズベキスタン国立交響楽団の公演「Celestial Dance(天空の舞)」の世界初演も、日本の観客を魅了した。 ミルジヨエフ大統領が今回の訪日で参加する「『中央アジア+日本』対話」(Central Asia–Japan Dialogue)の首脳会合は、ウズベキスタンの地域優先課題と合致し、中央アジア諸国の政治的結束の高まりを映し出す枠組みでもある。 この枠組みは、2004年8月24日に川口順子外相(当時)がタシケントを訪問した際に提起された。当時の優先目標には、地域の平和と安定の確保、改革と社会発展の支援、域内連携の強化、周辺地域および国際社会とのパートナーシップ拡大、地域・地球規模課題への協力が含まれていた。 現在、この対話は、持続可能な開発をめぐる議論と信頼に基づく協力を進める、安定した枠組みへと発展している。 実務面を充実させるため、局長級など高官実務者による定期会合や分野別の専門家協議、「東京知的対話」などが開かれている。近年では、2023年から2025年にかけて東京で閣僚級として行われた経済・エネルギー対話が、特に重要な柱となった。 インフラ支援は、対話枠組みにおける日本の優先分野の一つであり続けてきた。JICAや国際協力銀行(JBIC)など日本の機関は、輸送回廊、物流拠点、道路、関連施設、空港、鉄道インフラの近代化に体系的に関与している。これらの事業は地域の接続性を高め、中央アジアが東アジア・中東・欧州を結ぶ要衝として果たす役割を強めている。 デジタル化と自動化で先行する日本は、地域諸国と知見を積極的に共有している。ウズベキスタンにとってこの協力はとりわけ重要である。同国はIT産業を急速に育成し、ITパークやテクノパークを整備し、デジタル経済の取り組みを進める中で、日本の専門家を招いて人材育成を進めている。 日本が環境配慮型開発や省エネ技術で長年の実績を持つことから、環境協力もパートナーシップの中核要素となっている。 地域最大の人口を抱え、主要な輸送・物流ハブでもあるウズベキスタンは、対話枠組みの議題形成で中心的役割を担う。近年は多分野で新規プロジェクトを提起し、協力の実務面の強化に大きく寄与してきた。 この20年余りで、中央アジア+日本対話は、地域諸国と日本が幅広い分野で体系的に協力を進めるための、安定した実効的な枠組みとして定着してきた。 したがって、ミルジヨエフ大統領の今回の訪日と中央アジア+日本首脳会合への参加は、二国間および多国間の政治対話を深化させ、経済・投資協力を拡大し、教育・科学分野の結びつきを一段と強めることになるだろう。相互利益に資するパートナーシップ拡大に向けた大統領の取り組みは、地域統合と開かれた建設的な国際対話へのウズベキスタンのコミットメントを改めて示すものとなる。(原文へ) INPS Japan Original URL: https://londonpost.news/uzbekistan-japan-expanding-the-boundaries-of-strategic-partnership/ 関連記事: 中央アジア・日本首脳会合、トランス・カスピ回廊を後押し トカエフ大統領は核リスク再上昇に警鐘 日本とウズベキスタンが労働力交流を拡大へ―今後5年間で1万人受け入れオンライン就職支援 中央アジア:混乱から恒久平和へ

|2026年国際女性デー|今年の国際女性デーは、次期国連事務総長に女性を選出するよう訴えている

2026年国際女性デー―今年の国際女性デーは、次期国連事務総長に女性を選出するよう訴えている 【ニューヨークIPS=アンワルル・K・チョウドリー】 今年の国際女性デー(IWD)を迎えるにあたり、国際社会はなお続く混乱、紛争、そして地球の未来に対する不確実性のただ中にある。こうした時代だからこそ、女性の平等とエンパワーメントは、女性だけに関わる課題ではなく、人類全体、すなわち私たちすべてに関わる問題であることを、改めて思い起こさせられる。この極めて重要な点は、私たち一人ひとりが深く胸に刻まなければならない。 ・今年の国際女性デー(3月8日)は、国連が次期事務総長として女性を選出することが期待され、またそうあるべき年であるという意味で、特別なものとなった。 ・ここで強調しておきたい受け入れがたい現実がある。国連は創設から80年を経たいまなお、一度も女性の事務総長を選出していないのである。80年、9人の男性、そして女性は一人もいない。何という恥ずべきことか、何という情けない現実か。 平等をあらゆる演壇で語る機関が、その頂点において不平等を体現し続けてよいのだろうか。国連の唱える平等の信頼性は、自らを鏡に映したときの姿にかかっている。 ・今日の世界における厳然たる否定しがたい現実は、家父長制と女性蔑視がいまなお、平等と平和と正義の世界を目指す人類の願いを遠ざける災厄としてはびこっていることである。世界のどの国も、女性と少女の完全な法的平等を達成していない。 ・世界の多くの地域で、女性の権利とジェンダー平等のために何十年にもわたる運動の末に勝ち取られてきた成果を切り崩そうとする新たな動きが見られている。 ・女性団体、フェミニスト活動家、そして女性の人権擁護者たちは、差別と不正義に立ち向かう勇気ある声であり続けている。人間の尊厳と人類の進歩を前に進めるうえで、彼女たちの役割は不可欠である。 ・私はこれまでの仕事を通じて世界各地を訪れてきたが、そのたびに、平和で包摂的かつ強靱な社会を形づくるうえで、女性のリーダーシップと参加がもたらす変革の力を目の当たりにしてきた。 私たちは常に心に留めておくべきである。平和がなければ開発は不可能であり、開発がなければ平和も実現できない。しかし、女性なくしては、そのいずれも考えられないのである。 2026年の国際女性デーのテーマ「すべての女性と少女のために―権利、正義、行動」は、時宜を得た力強いものである。それは、進歩のためには権利の承認だけでは不十分であり、現実の中で正義と平等を実現するための断固たる行動が必要であることを思い起こさせる。 改めて強調したい。フェミニズムとは、包摂的で、あらゆる可能性を生かし、誰一人取り残さない、賢明な政策のことである。 私はフェミニストであることを誇りに思う。私たちは皆、そうあるべきだ。それこそが、私たちの地球を、すべての人にとってより良い場所にしていく道なのである。 https://www.youtube.com/watch?v=Y3KTwgrS1tU また、この3月8日にあたり、2000年のこの日、私が安全保障理事会議長として、安保理全体による画期的な声明の取りまとめを主導したことを想起したい。それは、同年10月31日にナミビア議長国の下でコンセンサス採択された国連安保理決議1325への道を開く、概念的・政治的な突破口となった。 この国際女性デーにあたり、ジェンダー平等の世界を築くという私たちの決意を新たにしよう。私たち一人ひとりの行動、対話、そして意識の持ち方が、より大きな社会を変えていくことができる。(原文へ) 共に変化を実現しよう!!! アンワルル・K・チョウドリー大使は、元国連事務次長・上級代表。2000年3月の国連安全保障理事会議長として、国連安保理決議1325の発端を築いた人物であり、「平和の文化のためのグローバル運動(GMCoP)」創設者でもある。 INPS Japan/IPS UN Bureau Report 関連記事: 初の女性国連事務総長をどう選出するか:国連が直面する困難な課題 国連総会ハイレベルフォーラム、「平和の文化」を訴える 国連は「更新なし・任期7年」の事務総長制に備えがあるのか?

米国は国連の「出口」に向かっているのか?

【国連IPS=タリフ・ディーン】 米国が、国連の条約や国際協定を含む66の国連関連組織から一斉に離脱したことを踏まえると、予測不能なトランプ政権が、将来、国連そのものからも脱退し、1947年の国連・米国本部協定にもかかわらず、国連事務局をニューヨークから追い出す決断に踏み切る可能性はあるのだろうか。 66組織からの離脱に加え、米国は国連人権理事会、WHO(世界保健機関)、UNRWA(国連パレスチナ難民救済事業機関)、UNESCO(国連教育科学文化機関)からも離脱した。さらに、正式には脱退していない国連機関に対しても、資金拠出の大幅削減を課している。 では、厳しい批判にさらされている国連は、そう遠くない将来、同じ運命をたどるのだろうか。そうした見方を強めているのが、トランプ大統領と米政府高官による国連への強硬な姿勢である。 国連問題の研究と執筆で知られるスティーブン・ズーンズ博士(サンフランシスコ大学政治学教授)はIPSの取材に対し、国連に最も敵対的だった米大統領でさえ、ロナルド・レーガンやジョージ・W・ブッシュの時代を含め、米国の利益を前進させるうえで国連が果たす重要性を認識していたと語った。特定の事例で法原則に反する行動を取ることがあっても、国連システム全体を維持する意義は理解されていた、という。 同様に米国は、いくつかの政策や、場合によっては組織の使命そのものに同意できない場合であっても、影響力を行使するために、さまざまな国連機関に参加してきたと、ズーンズ氏は指摘する。 しかし同氏は、「トランプ政権は、第二次世界大戦後に築かれた国際法秩序そのものを拒否しているように見える。とりわけベネズエラ攻撃以降の発言は、19世紀の帝国的特権への回帰であり、現代国際法の否定に映る。」と語った。 その結果として、「トランプ氏が実際に米国を国連から脱退させ、国連をニューヨークから追い出す可能性はあり得る。」とズーンズ氏は語った。 トランプ氏は昨年9月の国連総会演説で、「国連の目的は何なのか。潜在力にまったく見合っていない」と発言した。さらに、国連を時代遅れで非効率な組織だと切り捨て、「私は7つの戦争を終わらせ、各国の指導者と直接対処してきた。合意の最終化を手伝うと、国連から電話がかかってきたことは一度もない。」と誇示した。 シートン・ホール大学外交・国際関係大学院のマーティン・S・エドワーズ准学部長(学務・学生担当)はIPSの取材に対し、こうした発言は「非効率の削減」や「多様性との闘い」を掲げながら、トランプ支持層に訴える刺激的な言葉で包まれた「疑わしい言説」だと述べた。 またエドワーズ氏は、外交問題を利用して、なお成果を示せていない国内政策から有権者の関心をそらす狙いもあると指摘した。実際、具体的なフォローアップ文書が国連事務総長のもとに届いていないことが、それを裏づけているという。大統領が最大限の要求を掲げる一方、最終的に得られる成果は限られる――そうしたパターンの繰り返しに当てはまる、と述べた。 ただし問題はそれにとどまらない。エドワーズ氏は、次の二点で深刻だと語る。① この方針は、米国の国連における影響力を高めるどころか、むしろ削り続ける。安定した外交関係は信頼性に基づくが、米国はその蓄えを浪費しており、空白には他国が入り込む。② これは有権者向けのSNS投稿としては響くかもしれないが、実務上は理にかなわない。ホワイトハウスが求めているのは、国連運営のあらゆる項目に対する「項目別拒否権(line-item veto:予算の個別項目ごとに拒否できる権限)」だ。しかし分担金はアラカルト・メニューではない、と同氏は述べた。 さらに、市民社会組織の世界連合CIVICUSの事務局長マンディープ・S・ティワナ氏はIPSの取材に対し、トランプ政権による国際機関からの離脱・後退は、第二次世界大戦の惨禍を乗り越えるため国連創設の枠組みを構想し、米国にニューディール政策をもたらしたフランクリン・D・ルーズベルト大統領の遺産への攻撃だと語った。 「影響を受けた国際機関の多くは、米国人の血と汗と涙によって築かれてきた。そこからの撤退は、彼らの犠牲への侮辱であり、平和、人権、気候変動、持続可能な開発をめぐる数十年の多国間協力を後退させる。」とティワナ氏は述べた。 一方、国連への攻撃は止む気配がない。 米国の国連大使マイク・ウォルツ氏は、ブライトバート・ニュースのインタビューで「国連の支出の約4分の1は米国が負担している。」と述べた。「資金は有効に使われているのか。いまはノーだ。本来の目的ではなく、いわゆる“woke”(進歩派的と批判される多様性・社会正義の政策を指す俗語)的なプロジェクトに使われている。国連が本来やるべきこと、トランプ大統領が求めること、私が求めること――平和に焦点を当てることだ」 歴史的に米国は国連最大の資金拠出国であり、通常予算の約22%、PKO(国連平和維持活動)予算では最大約28%を負担してきた。 それでも皮肉なことに、米国は最大の滞納国でもある。国連総会の第5委員会(行政・予算)によれば、加盟国が未払いとしている義務的分担金は、現行予算期間の総額35億ドルのうち18億7000万ドルに上る。 ニューヨーク選出で、かつて国連大使候補にも挙がったエリーズ・ステファニク前下院共和党会議議長は、「国連について米国人が見ているのは、腐敗し、機能不全で、麻痺した組織であり、憲章にうたわれた平和・安全保障・国際協力という創設原則よりも、官僚主義、手続き、外交上の体裁に縛られている」と述べた。 また国連への間接的な批判として、マルコ・ルビオ国務長官はこう述べた。「私たちが『国際システム』と呼ぶものは、透明性に欠ける国際機関が数百も乱立し、権限が重複し、活動も重複している。成果は乏しく、財務と倫理のガバナンスも不十分だ。」 ルビオ長官は、かつて有用な機能を果たした機関でさえ、非効率な官僚機構となり、政治化した活動の舞台となり、あるいは米国の国益に反する道具になってきたと述べた。さらに、「これらの機関は結果を出さないだけではない。問題に対処しようとする者の行動を妨げている。国際官僚機構に白紙小切手を切り続ける時代は終わった。」と宣言した。(原文へ) INPS Japan/IPS UN Bureau Report 関連記事: 選択は今もなお明白:80周年迎えた国連憲章を再確認する 国連、世界で最も多言語化された組織のひとつ 国連改革に「痛みを伴う人員削減」―帰国強制の恐れも

|スーダン|世界が目を背ける中、集団殺害は続く

【ロンドンIPS=アンドリュー・ファーミン】 衛星画像は、北ダルフール州エル・ファシールで遺体が山のように積み上げられ、集団埋葬や火葬を待っている様子を捉えている。即応支援部隊(RSF)の民兵は、自らの犯罪の規模を隠そうとしているという。RSFが11月にエル・ファシールを制圧して以降、市内では最大15万人の住民が行方不明のままだ。最も控えめな推計でも、6万人が死亡したとされる。アラブ系民兵であるRSFは、非アラブ系住民を都市から排除し、民族浄化を進めたとされる。今回の虐殺は、2023年4月に軍指導者同士の権力闘争をきっかけに始まった、RSFとスーダン国軍(SAF)の戦争における、最新の凄惨な局面である。 残虐行為は双方が行ってきた。処刑、超法規的殺害、性暴力などが報告されている。正確な数字の把握は難しいが、少なくとも15万人が殺害されたとの推計もある。国内避難民は約900万人に達し、さらに約400万人が国境を越えて逃れた。およそ2500万人が飢饉の危機に直面している。 市民社会や人道支援関係者は可能な限り対応しているが、支援に携わる人々自身も危険にさらされている。殺害や暴力、誘拐、拘束の脅威が常につきまとう。非常命令は、市民社会組織に官僚的な制約を課し、支援活動を妨げるだけでなく、集会・表現・移動の自由も制限している。部隊が支援物資の搬入を阻む例もある。 紛争の報道もまた、困難で危険を伴う。放送局や印刷設備などのメディアインフラの多くが破壊され、多くの新聞が発行停止に追い込まれた。さらに双方が記者を標的にしているため、多くが国外へ逃れざるを得なくなっている。大規模な偽情報キャンペーンも、現地の実態を見えにくくしている。その危険を象徴するのが、ザムザム避難民キャンプの報道官モハメド・ハミス・ドゥーダである。国際メディアに状況を伝えるためエル・ファシールに残っていたが、RSFが侵攻した際に行方を捜され、殺害された。 世界は目を背ける スーダンは「忘れられた戦争」と呼ばれることがある。だが、より正確には、世界がそれを「無視することを選んでいる」と言うべきだ。そして、その状況は、いくつかの有力国にとって都合がよい。 アラブ首長国連邦(UAE)は、RSFの最大の支援国だと指摘されている。UAEは関与を否定し続けているが、UAEで製造された、あるいは同盟国からUAEに供給されたとみられる武器が、RSF支配から奪還された現場で見つかったと報じられている。こうした支援がなければ、RSFはすでに戦況で不利に追い込まれていた可能性がある。 近年、UAEは複数のアフリカ諸国で影響力の拡大を図ってきた。アフリカ各地で港湾整備を進め、紅海に面するスーダン沿岸にも港を建設する計画があるとされる。スーダンでは大規模な農業投資を行い、同国で採掘される金の多くがUAEに流れているとも報じられている。UAEは、人的犠牲の大きさにかかわらず、RSFが実権を握ることが影響力の確保と利益の維持につながると判断しているように見える。 これに対し、スーダン政府はロシアとの関係強化に動いている。スーダンがロシアに恒久的な紅海海軍基地の整備を認める可能性があるとも伝えられている。 UAEが国際的な圧力をほとんど受けないのは、英国や米国などUAEと緊密な西側諸国が、同国の役割を過小評価しているためだと指摘されている。英国政府は、供与した武器がRSFに移転されていることを認識しながら、UAEへの武器供給を続けているとされる。さらに内部告発者は、UAEを守るために、スーダンでジェノサイドが起きる可能性に関する警告がリスク評価から削除されたと主張している。欧州連合(EU)と英国は、エル・ファシールでの虐殺を受けてRSF幹部4人に制裁を科した。米国も追加制裁を検討していると報じられているが、措置はUAE政府の関係者には及んでいない。 英国がスーダン案件を主導する常任理事国である国連安全保障理事会も、機能不全が続いている。ロシアは、英国が提出する決議案については拒否権を行使すると示唆している。こうした中、英国は6月、非常任理事国として参加するアフリカ諸国から「主導役を引き継ぐ」との申し出を受けながら、これを拒否した。交渉の余地を広げ得た提案だったとみられる。 地域で影響力を持つ国としては、エジプトがスーダン政府を強く支持し、サウジアラビアも一定の支援姿勢を示している。エジプト、サウジ、UAE、米国は「クアッド」と呼ばれる枠組みで協議を行っている。利害は競合するが、9月には一時、希望が見えた。クアッドが「3カ月の人道停戦」と、その後の「9カ月での文民統治への移行」を含む計画を仲介したためである。双方は計画を受け入れたものの、RSFが戦闘を継続したため、スーダン政府は提案を拒否するに至った。 圧力と責任追及 戦闘停止が実現するかどうかは、米国の外交姿勢に左右される可能性がある。ドナルド・トランプ大統領は最近、紛争への関心を強めたように見える。11月にサウジの実力者ムハンマド・ビン・サルマン皇太子がホワイトハウスを訪問したことが、その背景にあるのかもしれない。 トランプ氏は、ノーベル平和賞を強く意識し、別の紛争を終結させたとアピールしたいのだろう。しかし、米政府がUAEに圧力をかける意思を示さない限り、進展は見込みにくい。圧力の手段としては、トランプ氏が他国との交渉で用いてきた関税がある。実際、現政権はUAEに対し、最も低い税率である10%の関税を適用しており、UAEに対して強い圧力をかけていないことを示している。 活動家たちは、紛争におけるUAEの役割により多くの注目を集めようとしている。分かりやすい焦点の一つがバスケットボールだ。米プロバスケットボール協会(NBA)はUAEと大規模で拡大傾向にあるスポンサー契約を結んでいる。活動家側は、こうした提携がUAEによる「スポーツウォッシング(スポーツを通じたイメージ向上)」の一部になっているとして、NBAに提携終了を求めている。この働きかけが、米国の政策課題の中でスーダンの優先度を引き上げる一助となる可能性がある。 国際社会には殺害を止める力がある。しかし、そのためにはまず、UAEと西側同盟国が結果として暴力を可能にしているという側面を認めなければならない。スーダン国内外の当事者は、狭い自己利益の計算を脇に置く必要がある。UAEとその同盟国、そしてクアッドの他の国々には、実効性のある停戦を仲介するため、より強い圧力をかけることが求められる。停戦を和平への第一歩と位置づけ、交戦当事者に対する影響力を用いて、合意を確実に履行させるべきである。(原文へ) アンドリュー・ファーミンは、CIVICUSの編集主幹であり、CIVICUS Lensの共同ディレクター兼ライター、「State of Civil Society Report」の共同著者である。For interviews or more information, please contact research@civicus.org INPS Japan/IPS UN Bureau Report 関連記事: 国連、スーダンの残虐行為を非難 RSFがエルファシルを制圧、病院攻撃で数百人死亡(アハメド・ファティ) |視点|ダルフールにおける暴力の再燃に不安定さが増すスーダン(ルネ・ワドロー世界市民協会会長) 「生存の種」:紛争下のスーダン、農業の未来を守るための闘い

|スーダン|世界が目を背ける中、集団殺害は続く

【ロンドンIPS=アンドリュー・ファーミン】 衛星画像は、北ダルフール州エル・ファシールで遺体が山のように積み上げられ、集団埋葬や火葬を待っている様子を捉えている。即応支援部隊(RSF)の民兵は、自らの犯罪の規模を隠そうとしているという。RSFが11月にエル・ファシールを制圧して以降、市内では最大15万人の住民が行方不明のままだ。最も控えめな推計でも、6万人が死亡したとされる。アラブ系民兵であるRSFは、非アラブ系住民を都市から排除し、民族浄化を進めたとされる。今回の虐殺は、2023年4月に軍指導者同士の権力闘争をきっかけに始まった、RSFとスーダン国軍(SAF)の戦争における、最新の凄惨な局面である。 残虐行為は双方が行ってきた。処刑、超法規的殺害、性暴力などが報告されている。正確な数字の把握は難しいが、少なくとも15万人が殺害されたとの推計もある。国内避難民は約900万人に達し、さらに約400万人が国境を越えて逃れた。およそ2500万人が飢饉の危機に直面している。 市民社会や人道支援関係者は可能な限り対応しているが、支援に携わる人々自身も危険にさらされている。殺害や暴力、誘拐、拘束の脅威が常につきまとう。非常命令は、市民社会組織に官僚的な制約を課し、支援活動を妨げるだけでなく、集会・表現・移動の自由も制限している。部隊が支援物資の搬入を阻む例もある。 紛争の報道もまた、困難で危険を伴う。放送局や印刷設備などのメディアインフラの多くが破壊され、多くの新聞が発行停止に追い込まれた。さらに双方が記者を標的にしているため、多くが国外へ逃れざるを得なくなっている。大規模な偽情報キャンペーンも、現地の実態を見えにくくしている。その危険を象徴するのが、ザムザム避難民キャンプの報道官モハメド・ハミス・ドゥーダである。国際メディアに状況を伝えるためエル・ファシールに残っていたが、RSFが侵攻した際に行方を捜され、殺害された。 世界は目を背ける スーダンは「忘れられた戦争」と呼ばれることがある。だが、より正確には、世界がそれを「無視することを選んでいる」と言うべきだ。そして、その状況は、いくつかの有力国にとって都合がよい。 アラブ首長国連邦(UAE)は、RSFの最大の支援国だと指摘されている。UAEは関与を否定し続けているが、UAEで製造された、あるいは同盟国からUAEに供給されたとみられる武器が、RSF支配から奪還された現場で見つかったと報じられている。こうした支援がなければ、RSFはすでに戦況で不利に追い込まれていた可能性がある。 近年、UAEは複数のアフリカ諸国で影響力の拡大を図ってきた。アフリカ各地で港湾整備を進め、紅海に面するスーダン沿岸にも港を建設する計画があるとされる。スーダンでは大規模な農業投資を行い、同国で採掘される金の多くがUAEに流れているとも報じられている。UAEは、人的犠牲の大きさにかかわらず、RSFが実権を握ることが影響力の確保と利益の維持につながると判断しているように見える。 これに対し、スーダン政府はロシアとの関係強化に動いている。スーダンがロシアに恒久的な紅海海軍基地の整備を認める可能性があるとも伝えられている。 UAEが国際的な圧力をほとんど受けないのは、英国や米国などUAEと緊密な西側諸国が、同国の役割を過小評価しているためだと指摘されている。英国政府は、供与した武器がRSFに移転されていることを認識しながら、UAEへの武器供給を続けているとされる。さらに内部告発者は、UAEを守るために、スーダンでジェノサイドが起きる可能性に関する警告がリスク評価から削除されたと主張している。欧州連合(EU)と英国は、エル・ファシールでの虐殺を受けてRSF幹部4人に制裁を科した。米国も追加制裁を検討していると報じられているが、措置はUAE政府の関係者には及んでいない。 英国がスーダン案件を主導する常任理事国である国連安全保障理事会も、機能不全が続いている。ロシアは、英国が提出する決議案については拒否権を行使すると示唆している。こうした中、英国は6月、非常任理事国として参加するアフリカ諸国から「主導役を引き継ぐ」との申し出を受けながら、これを拒否した。交渉の余地を広げ得た提案だったとみられる。 地域で影響力を持つ国としては、エジプトがスーダン政府を強く支持し、サウジアラビアも一定の支援姿勢を示している。エジプト、サウジ、UAE、米国は「クアッド」と呼ばれる枠組みで協議を行っている。利害は競合するが、9月には一時、希望が見えた。クアッドが「3カ月の人道停戦」と、その後の「9カ月での文民統治への移行」を含む計画を仲介したためである。双方は計画を受け入れたものの、RSFが戦闘を継続したため、スーダン政府は提案を拒否するに至った。 圧力と責任追及 戦闘停止が実現するかどうかは、米国の外交姿勢に左右される可能性がある。ドナルド・トランプ大統領は最近、紛争への関心を強めたように見える。11月にサウジの実力者ムハンマド・ビン・サルマン皇太子がホワイトハウスを訪問したことが、その背景にあるのかもしれない。 トランプ氏は、ノーベル平和賞を強く意識し、別の紛争を終結させたとアピールしたいのだろう。しかし、米政府がUAEに圧力をかける意思を示さない限り、進展は見込みにくい。圧力の手段としては、トランプ氏が他国との交渉で用いてきた関税がある。実際、現政権はUAEに対し、最も低い税率である10%の関税を適用しており、UAEに対して強い圧力をかけていないことを示している。 活動家たちは、紛争におけるUAEの役割により多くの注目を集めようとしている。分かりやすい焦点の一つがバスケットボールだ。米プロバスケットボール協会(NBA)はUAEと大規模で拡大傾向にあるスポンサー契約を結んでいる。活動家側は、こうした提携がUAEによる「スポーツウォッシング(スポーツを通じたイメージ向上)」の一部になっているとして、NBAに提携終了を求めている。この働きかけが、米国の政策課題の中でスーダンの優先度を引き上げる一助となる可能性がある。 国際社会には殺害を止める力がある。しかし、そのためにはまず、UAEと西側同盟国が結果として暴力を可能にしているという側面を認めなければならない。スーダン国内外の当事者は、狭い自己利益の計算を脇に置く必要がある。UAEとその同盟国、そしてクアッドの他の国々には、実効性のある停戦を仲介するため、より強い圧力をかけることが求められる。停戦を和平への第一歩と位置づけ、交戦当事者に対する影響力を用いて、合意を確実に履行させるべきである。(原文へ) アンドリュー・ファーミンは、CIVICUSの編集主幹であり、CIVICUS Lensの共同ディレクター兼ライター、「State of Civil Society Report」の共同著者である。For interviews or more information, please contact research@civicus.org INPS Japan/IPS UN Bureau Report 関連記事: 国連、スーダンの残虐行為を非難 RSFがエルファシルを制圧、病院攻撃で数百人死亡(アハメド・ファティ) |視点|ダルフールにおける暴力の再燃に不安定さが増すスーダン(ルネ・ワドロー世界市民協会会長) 「生存の種」:紛争下のスーダン、農業の未来を守るための闘い

ウズベキスタン―日本:戦略的パートナーシップの境界を広げる

【タシケントLondon Post】 両国が1992年1月26日に外交関係を樹立して以来、ウズベキスタンと日本の協力関係の発展は、ウズベキスタンの対アジア太平洋外交の重要な柱であり続けてきた。相互尊重と信頼を基盤に、タシケントと東京は現在、政治、安全保障、経済、投資、イノベーション、教育、文化、観光に加え、地域協力の枠組みでの連携まで、幅広く活発な協力関係を築いている。 日本はこれまで、産業・エネルギーインフラの近代化、デジタル変革の推進、持続可能な開発の促進において、ウズベキスタンにとって主要な戦略的パートナーとなってきた。教育、科学、文化、人的交流の分野でも、前進を後押ししてきた。 二国間協力は多岐にわたり、近年は一段と弾みがついた。転機となったのは、2019年12月のシャフカト・ミルジヨエフ大統領の公式訪日である。この訪問は、主要な共同の経済・投資・人道(人的)プロジェクトの実施を強く後押しし、二国間関与の長期的な方向性を示した。 国際舞台でも、ウズベキスタンと日本は国際機関で緊密に連携し、互いの立場を支え合っている。ウズベキスタンはこれまで、日本の国連機関などのポストへの立候補を40回以上支持してきた。他方、日本は、中央アジア非核兵器地帯、教育と宗教的寛容、若者支援、持続可能な開発目標(SDGs)達成における議会の役割など、ウズベキスタンが主導した国連総会決議の共同提案国となってきた。 関係の戦略性は、議会間協力にも表れている。両国議会には友好議員連盟が設置され、ウズベキスタン―日本議員フォーラムも定期的に開かれている。相互訪問に加え、オンラインでの協議や折衝も進む。 外務省間の連携も緊密だ。2002年以降、両国外務省は19回にわたり政治協議を実施してきた。 大きな節目となったのが、2025年8月25日にタシケントで開催された、両国外相による初の「戦略対話」である。この新たな枠組みは、二国間関係の長期性と、あらゆる分野で互恵的協力を広げる双方の意思を明確にした。 外相間の定期的な接触—電話会談や国際会議の場での会談、相互訪問—は、二国間・多国間の課題で立場をすり合わせ、協力を他分野にも波及させる役割を果たしている。 また、日本におけるウズベキスタン名誉領事も、両国協力の推進で重要な役割を担い、経済・文化面の取り組みを後押ししている。 経済面では、産業、エネルギー、通信、インフラ、イノベーション、輸送、「グリーン経済」まで幅広い分野で協力が進む。貿易は最恵国待遇の下で行われており、二国間貿易額の着実な伸びにつながってきた。 2024年には「ウズベク・日本トレードハウス」が名古屋に開設され、日本側で対ウズベキスタン貿易拡大への関心が高まっていることを示した。 二国間経済プロジェクトの調整の要となっているのが、ウズベキスタン―日本、ならびに日本―ウズベキスタンの経済協力委員会による合同会合である。 現在、ウズベキスタンでは日本資本の合弁企業が84社活動し、日本の主要企業13社が現地代表部を置く。石油・ガス、化学、機械、物流、教育、観光などの分野で事業を展開している。 日本の政府系協力機関を含む金融分野の支援も、ウズベキスタン経済の近代化で重要な役割を果たしている。2025年1月には、国際協力機構(JICA)との間で、神経内科・脳卒中共和国センターの建設・設備整備に向けた1億5000万ドルの円借款契約がタシケントで署名された。医療体制の高度化に向けた重要な一歩となるプロジェクトだ。 文化・人道面の交流は層が厚く、人的な結びつきも強い。20年以上にわたり、ウズベキスタン―日本友好協会をはじめ、福島―ウズベキスタン協会、日本―ウズベキスタン協会などの友好団体が活動を続けてきた。タシケントに設置された「広島平和の石」や、首都中心部の日本庭園は、両国の友好を象徴する存在となっている。 ウズベキスタンでは日本文化フェスティバルや映画上映、舞台公演、展覧会が定期的に開かれている。一方、日本でもウズベキスタンの食文化や民族衣装、音楽、舞踊などが幅広く紹介されている。こうした相互交流が、尊重と信頼に基づく長期協力の土台を形づくっている。 近年は現代的な文化プロジェクトも、人道交流の象徴となってきた。2022年4月、東京で「シルクロードの精神―友情の架け橋」が開催され、2024年には日本のアンサンブル「Japanese Pearl」が伝統的なボイスン・バホリ祭で3位に入賞した。 教育は、人道協力の中でも特に伸びが大きい分野である。ウズベキスタンでは7大学で2500人以上が日本語を学び、ウズベキスタン―日本人材開発センターが運営されている。日本開発奨学金(JDS)プログラムも実施され、東京、名古屋、筑波、慶應、豊橋などの大学との共同プロジェクトが進む。JDSでは400人以上のウズベキスタン人学生が奨学金を得ており、日本で研修を受けた人材は約2500人に上る。交換留学や教員交流も活発で、大学学長フォーラムも開催されている。 共同研究は、古代史、考古学、東洋学、農業、気候過程など多分野に及ぶ。 日本はウズベキスタンの医療分野の発展にも資金・技術支援を提供してきた。医療施設の機器整備、専門人材の育成、ワクチン供給などに6000万ドル以上が拠出されている。日本人ボランティアは100人以上がウズベキスタンで活動し、ウズベキスタンの医療従事者200人以上が日本で研修を受けた。 地方自治体レベルの交流(地域間交流)も、二国間関係で比重を増している。姉妹都市・姉妹地域関係は、リシタンと舞鶴、タシケントと名古屋、サマルカンド州と奈良県の間で結ばれた。この枠組みの下、日本では「サマルカンド・デー」が定期的に開催され、名古屋でも文化行事が行われている。 日本人旅行者の間でウズベキスタンの文化・歴史への関心が高まり、観光分野の協力も促されている。航空便の拡充、文化観光の発信強化、インフラ改善を追い風に、日本人訪問者数は増加傾向にある。 とりわけ関心を集めているのが、ウズベキスタンの仏教遺産である。カラ・テペ、ファヤズ・テペ、ダルヴェルジン・テペ、テルメズおよび周辺の寺院遺跡群が注目されている。日本人研究者の調査を背景に、これらの遺跡は国際的な認知を高め、世界各地から観光客や研究者を呼び込んでいる。 日本国内の関心の高さを示す例として、2025年の大阪・関西万博でのウズベキスタン館「知の庭:未来社会の実験室」の成功が挙げられる。ウズベキスタン館は印象的な展示の一つとして評価され、金賞を受賞した。両国友好に捧げたウズベキスタン国立交響楽団の公演「Celestial Dance(天空の舞)」の世界初演も、日本の観客を魅了した。 ミルジヨエフ大統領が今回の訪日で参加する「『中央アジア+日本』対話」(Central Asia–Japan Dialogue)の首脳会合は、ウズベキスタンの地域優先課題と合致し、中央アジア諸国の政治的結束の高まりを映し出す枠組みでもある。 この枠組みは、2004年8月24日に川口順子外相(当時)がタシケントを訪問した際に提起された。当時の優先目標には、地域の平和と安定の確保、改革と社会発展の支援、域内連携の強化、周辺地域および国際社会とのパートナーシップ拡大、地域・地球規模課題への協力が含まれていた。 現在、この対話は、持続可能な開発をめぐる議論と信頼に基づく協力を進める、安定した枠組みへと発展している。 実務面を充実させるため、局長級など高官実務者による定期会合や分野別の専門家協議、「東京知的対話」などが開かれている。近年では、2023年から2025年にかけて東京で閣僚級として行われた経済・エネルギー対話が、特に重要な柱となった。 インフラ支援は、対話枠組みにおける日本の優先分野の一つであり続けてきた。JICAや国際協力銀行(JBIC)など日本の機関は、輸送回廊、物流拠点、道路、関連施設、空港、鉄道インフラの近代化に体系的に関与している。これらの事業は地域の接続性を高め、中央アジアが東アジア・中東・欧州を結ぶ要衝として果たす役割を強めている。 デジタル化と自動化で先行する日本は、地域諸国と知見を積極的に共有している。ウズベキスタンにとってこの協力はとりわけ重要である。同国はIT産業を急速に育成し、ITパークやテクノパークを整備し、デジタル経済の取り組みを進める中で、日本の専門家を招いて人材育成を進めている。 日本が環境配慮型開発や省エネ技術で長年の実績を持つことから、環境協力もパートナーシップの中核要素となっている。 地域最大の人口を抱え、主要な輸送・物流ハブでもあるウズベキスタンは、対話枠組みの議題形成で中心的役割を担う。近年は多分野で新規プロジェクトを提起し、協力の実務面の強化に大きく寄与してきた。 この20年余りで、中央アジア+日本対話は、地域諸国と日本が幅広い分野で体系的に協力を進めるための、安定した実効的な枠組みとして定着してきた。 したがって、ミルジヨエフ大統領の今回の訪日と中央アジア+日本首脳会合への参加は、二国間および多国間の政治対話を深化させ、経済・投資協力を拡大し、教育・科学分野の結びつきを一段と強めることになるだろう。相互利益に資するパートナーシップ拡大に向けた大統領の取り組みは、地域統合と開かれた建設的な国際対話へのウズベキスタンのコミットメントを改めて示すものとなる。(原文へ) INPS Japan Original URL: https://londonpost.news/uzbekistan-japan-expanding-the-boundaries-of-strategic-partnership/ 関連記事: 中央アジア・日本首脳会合、トランス・カスピ回廊を後押し トカエフ大統領は核リスク再上昇に警鐘 日本とウズベキスタンが労働力交流を拡大へ―今後5年間で1万人受け入れオンライン就職支援 中央アジア:混乱から恒久平和へ

爆撃と投票—ミャンマー、緊張下の総選挙

【ミャンマー・ヤンゴン/バンコクIPS=ガイ・ディンモア】 内戦が数年にわたり続き、民間人の死者は数千人に上る。政治犯もなお2万2000人以上が収監されたままだ。こうした状況下で、ミャンマーが2021年のクーデター後に初めて実施した、しかし厳しく管理された選挙の早期開票結果が、軍の「代理政党」の勝利を示していても、驚く者はいなかった。 「民間人を爆撃しながら、同時に選挙を行うことなどできるのか。」国外で情勢を監視する人権活動家キン・オーマーは、抵抗勢力と影の政府(国民統一政府=NUG)が「茶番(sham)」として拒否する今回の投票を念頭に、そう問いかけた。 軍政はすでに、自らが掲げる「真に規律ある複数政党制民主主義」へ向けた地ならしを進めていた。選挙を不当として登録を拒んだ約40政党を解散させ、指導者や支持者の多くはいまも獄中にある。 解散対象には、国民民主連盟(NLD)と党首アウン・サン・スー・チーも含まれる。NLDは2020年総選挙で圧勝し、2期目の続投を決めたが、クーデターを主導し、自ら大統領代行を名乗るミン・アウン・フライン上級大将が結果を無効化した。2021年初頭の大規模な街頭抗議は弾圧され、内戦は全土に拡大した。 ヤンゴンのベテラン分析者は「潮目は軍に有利に変わった」と述べ、中国とロシアの影響を指摘した。国境を接する少数民族武装勢力を中国が抑え込み、ミン・アウン・フラインを全面的に受け入れたうえ、ロシアとともに、抵抗勢力を押し返すために必要な武器、技術、訓練を供給したという。 軍政は、航空戦力と新たに獲得したドローンを容赦なく投入してきた。攻撃は、抵抗勢力が草の根の支持を持つ比較的遠隔地で行われることが多く、民間人がしばしば標的となっている。選挙が近づくにつれ、空爆は激しさを増した。ヤンゴンのような大都市は比較的落ち着いていたものの、社会全体には重苦しい空気が漂っていた。 AFPによると、12月5日にはサガイン地方タバイン郡区への爆撃で18人が死亡し、混雑する茶屋にいた人々も犠牲となった。12月10日には、ラカイン州の古都ミャウ・ウーで病院が空爆され、入院患者10人を含む23人が死亡した。軍政側は、アラカン軍や人民防衛隊(PDF)が病院を拠点として使用していたと主張している。 国連のアントニオ・グテーレス事務総長は、投票を前に地域を訪問した際、「自由で公正な選挙になると信じている者は誰もいない。」と語った。さらに、軍政に対し「嘆かわしい」暴力を終わらせ、市民統治への「信頼できる道筋」を示すよう求めた。 一方、トランプ政権は11月、軍政が進める選挙計画を「自由で公正なもの」と位置づけ、米国内にいるミャンマー難民に対する一時的保護資格(TPS)を終了させた。政権は、ミャンマーに帰還しても安全だと判断した。 「投票しなければ投獄されるかもしれない。」投票前日、ヤンゴンでタクシーを運転するミンは、半ば冗談めかしてそう語った。「どうせ何も変わらない。この国を動かしているのは、ミン・アウン・フラインではなく、中国と習近平だ。」 投票は3段階で実施される。第1回は12月28日に102郡区で行われ、残りは1月11日と1月25日に続く。対象は、二院制の国民議会と、14の管区・州の議会で、計330郡区のうち265郡区で投票が予定されている。 残る65郡区では、選挙管理当局が治安上の理由で投票を実施しない。 第1回投票が行われたヤンゴン(都市部と周辺の半農村地帯が広がり、人口約700万人)では、静かな日曜日、投票は落ち着いた雰囲気のまま、ゆっくりと進んだ。軍政は投票率の引き上げに強い圧力をかけ、脅しがあったとの指摘もあるが、現場は大きな混乱が見られなかった。 2015年と2020年には、ミャンマーは地域で最も開かれ公正な選挙を実施したとも評された。ミャンマー国軍の代理政党である連邦団結発展党(USDP)は大敗し、人々は投票の証しとして、消えないインクで染まった小指の写真をソーシャルメディアに競うように投稿した。数週間にわたる大規模集会と活気ある選挙戦が続いた。 だが今回は違う。ソーシャルメディアには体制への罵倒があふれ、滑稽で下品な投稿も少なくない。抵抗勢力が呼びかけたボイコットを支持したい一方、報復を恐れる人々は、有権者名簿から自分の名前が「誤って」漏れているのを見つけると安堵した。初めて導入された電子投票機では、候補者欄を空欄のまま提出することもできなかった。 それでも、従来の選挙と同様に、軍とその強大な経済利権ネットワークに近い人々からなる「中核層」は、連邦団結発展党(USDP)に投票するため投票所に足を運んだ。 「私たちは自分たちの政府を選んでいる」。ヤンゴン中心部の投票所から家族とともに出てきた男性は、そう宣言した。男性はUSDP支持者とみられ、同行者の1人は、消えないインクに浸した小指を誇らしげに掲げた。 第1回投票の投票率について、軍政当局は52%と発表した。過去2回の選挙での約70%と比べ、低下している。中国は、特使を「公式オブザーバー」として派遣し、ロシア、ベラルーシ、ベトナム、カンボジアなどの代表団とともに選挙を評価した。 1月2日、選挙管理委員会は予告なく部分開票結果を公表した。開票が終わった下院40議席のうち、退役将軍が率いるUSDPが38議席を獲得したという。誰も驚かなかった。 USDPの選挙メッセージは、主に2点に集約されていた。家族そろって投票に行くこと、そして「安定と前進」を取り戻すためUSDP政権を支持すること、である。 その底流にあるのは、過去の「実績」への想起だった。NLDなどが不在だった2010年総選挙で大勝した後、テイン・セイン大統領(当時)が、社会経済・政治改革と、少数民族武装勢力との停戦交渉を導入したことを強調する構図である。 スー・チーは当時、自宅軟禁下にあったが、2010年選挙直後に解放され、2012年の補欠選挙で当選した。さらに2015年にはNLDが圧勝し、政権を奪取する。だがスー・チーは、その後5年間、軍との難しい権力分有の下で統治を行い、クーデターで再び投獄された。 現時点で、ミャンマー人口の多くは軍政支配地域に暮らす。14の管区・州の首都はすべて軍政の管理下にあり、紛争から逃れた人々の流入で膨張している。軍はまた、主要港湾と空港を押さえ、中国およびタイとの主要な国境検問所も、程度の差はあれ掌握している。 しかし領域で見れば、ミャンマーの半分以上は、分散した少数民族武装勢力や抵抗勢力の手にある。連携は流動的で、交渉可能なものだ。 影の国民統一政府(NUG)は、解放地域で独自の統治権限を確立しようとしている。軍の干渉を排し、民主的で連邦制のミャンマーを築くという理念の下で合意形成を固める狙いだ。だが、それは英国植民地支配から独立した1948年以来、この国が達成できずにきた課題でもある。 前線は揺れ動いている。軍は、かつて自らの牙城とみなしてきた中部のバマー(ビルマ)中核地帯の掌握回復を図る一方、クーデター後に国境地帯の広大な領域を失い、他地域でも戦線を引き伸ばされている。国外へ逃れた人々、あるいは国内避難を余儀なくされた人々は、数百万人に達した。 一方で、今回の選挙が「円滑に」進み、4月に連邦団結発展党(USDP)政権が発足すれば、軍は自信を誇示するかたちで、強制徴兵の停止や一部政治犯の釈放といった措置を打ち出すのではないか、との見方もある。まず力を誇示し、次に正統性を回収する―そうした構図である。 「政治犯は餌として使われている。」 バンコクを拠点とする人権活動家キン・オーマーは、そう語った。軍政が選挙後に政治犯の一部釈放などの“譲歩”を示せば、弾圧の構造が変わらなくても、国際社会はそれを「前進」と受け取り、一定の評価を示さざるを得なくなるという。 「世界は、少なくとも拍手を送らざるを得なくなる」と、彼女は皮肉を込めて付け加えた。(原文へ) INPS Japan/ IPS UN Bureau Report 関連記事: ミャンマーにおける「組織的拷問」を国連報告書が暴く ロヒンギャ、「ミャンマーの暴力と支援削減の中で国連に『正義はどこにあるのか』と訴える」 ヤンゴン、分裂するミャンマーにおける軍政バブル

豪州の継続的課題―ブッシュファイア

【メルボルンLondon Post=マジッド・カーン】 2026年初頭、オーストラリア南東部ビクトリア州は、大規模なブッシュファイア(山火事)に再び見舞われた。気温が45度を超える熱波が続いた後、ロングウッドとウォルワ周辺で発生した火災が急速に拡大し、広い地域に被害が及んだ。ジャシンタ・アラン州首相が「災害状態(state of disaster)」を宣言したことは、危機の深刻さを物語っている。今回の火災は、2019~2020年の「ブラック・サマー」以来、州にとって最大級の災害と位置づけられている。火勢がいったん弱まり、当面の危険が後退するにつれ、焦点は長期にわたる復旧・復興へと移った。 復旧とは、焼け焦げたがれきを片づけ、建物を再建するだけではない。経済、環境、社会の回復を同時に進める、多面的な課題である。気候変動によって災害が激しさを増す中、ビクトリア州が復旧・復興をどのように進めるのかに国際的な関心が集まっている。 可燃物の蓄積が進む中、突風を伴う強風が重なり、2026年1月初旬に発生した火災は急速に拡大した。1月10日に「災害状態」が正式に宣言された時点で、焼失面積はすでに30万ヘクタールを超えていた。この宣言により、緊急サービス当局は住民避難や資源配分について特別な権限を得て、対象は18の地方自治体区域に及んだ。ストラスボギーやトウォングなどでは状況が急速に悪化し、数千人が避難を余儀なくされた。住民は炎に追われ、持ち物や生活の基盤を残したまま退避することになった。 赤く染まった空と、森林から立ち上る煙柱の映像は、豪州で自然災害が激化している現実を改めて印象づけた。避難した住民の多くは、衝撃が冷めやらぬ中、救援センターで開かれた復旧に向けた初期会合に参加した。これらの会合は、政府と住民の情報共有や連絡体制を整え、被害状況について公式に説明する場となった。「災害状態」の宣言は、被災地域が復旧や生活再建を進めるための法的・財政的な支援枠組みを確保する意味も持っていた。 現場の安全が確認されると、エマージェンシー・リカバリー・ビクトリア(Emergency Recovery Victoria)と各自治体のチームが被害査定に着手した。衛星画像と地上調査を組み合わせ、900棟を超える建物の被害が確認され、その中には数百棟の住宅も含まれている。復旧の最初の課題は、電力、水道、通信といった基幹インフラの回復だった。火災の最盛期には3万世帯以上が停電し、地域によっては灰や消火薬剤の影響で安全な飲料水の確保が難しくなった。公益事業者は数百人規模の技術者を投入し、防護柵や道路標識、さらに数千キロに及ぶ送電線の修復を進めた。大きく景観が変わった地域でも、住民の日常生活をできるだけ早く取り戻すことが目標とされた。 2026年の火災による経済的打撃を受け、州政府と連邦政府は迅速に財政支援を実施した。共同の災害復旧資金手当制度(Disaster Recovery Funding Arrangements)のもとで、食料や衣類、医薬品など生活必需品の購入を支援する給付が開始された。 農業被害も深刻で、最初の1週間だけで1万5000頭を超える家畜が失われた。ヒュームおよびゴールバーン・バレー地域の農家にとって、これは経済的損失だけでなく精神的にも大きな打撃となった。牧草地やフェンス、飼料保管施設が焼失し、生き残った家畜も厳しい環境に置かれている。被災農地に緊急の飼料や水を届けるため、大規模な支援輸送が行われた。 この危機に対応するため、最大7万5000ドルの一次生産者向け復旧助成金が設けられた。がれき撤去や農業経営の再建に必要な費用を支援するもので、家畜の適切な処理、農場インフラの再構築、牧草地の回復などが対象となる。長期的には、土壌の健全性回復とともに、焼失地で広がりやすい外来雑草の侵入対策も重要な課題となる。 火災は交通網にも大きな混乱をもたらした。危機の最中、多くの地域が事実上孤立し、ヒューム・ハイウェイやマレー・バレー・ハイウェイなど主要道路が火災接近や倒木の危険により閉鎖または通行制限された。復旧チームにとって道路の再開は最優先事項だった。道路は救援物資や復旧資材の輸送、避難者の帰還を支える重要な交通路だからである。 環境被害も甚大だった。ローソン山やウォナンガッタを含む広大な森林や州立公園が深刻な被害を受け、野生生物の犠牲は数百万に達すると推計されている。火の回りが速く強度も高かったため、移動の遅い動物は逃げることができなかった。現在、環境修復が進められており、灰の流出から水源を守る対策や、未焼失地に生き残った動物への給餌・給水支援が進められている。 火災後の水質悪化も懸念されている。植生が失われることで土壌侵食が進み、豪雨時に土砂が河川や貯水池へ流れ込む危険が高まる。これは水生生物の生息環境だけでなく、飲料水の安全性にも影響を与える可能性がある。 一方で、物理的な被害以上に深刻なのが心理的影響である。避難の恐怖や住居の喪失、環境破壊の目撃は、長期にわたり不安や悲しみを残す。被災者の心の回復は、復興の重要な課題の一つとなっている。 復旧が再建段階へ移る中、ビクトリア州民が直面するのは、安全で持続可能な形で地域をどう再建するかという課題である。今回の火災は、極端な気象条件にさらされる地域の都市計画や建築基準をめぐる議論を再び活発化させた。保険料の急騰や新たな火災危険度基準への対応など、土地への帰還を望む住民には大きな負担がのしかかっている。 州政府は、より耐災害性の高い住宅の整備を検討している。賃貸住宅供給を目的とした「ビルド・トゥ・レント」方式や耐火素材を用いた住宅開発、さらに地域単位で電力供給を維持できるマイクログリッドの整備などが進められている。しかし、その費用負担をどう抑えるかが引き続き課題となっている。 一部地域では、長期的に危険度が高い地域から移転する「管理された撤退」という選択も議論されている。災害の頻発は、都市・地域計画の見直しを迫っている。今回の復旧は単なる元通りの再建ではなく、自然環境の中でどのように暮らすのかを改めて考える機会でもある。再建の各段階に回復力を組み込むことで、ビクトリア州は火災多発地域に向けた新たなモデルを示そうとしている。 豪州では大規模火災のたびに政策の見直しが行われる。今回も計画的焼き払いの有効性や国立公園での燃料管理をめぐり、さらなる調査を求める声が上がっている。高温と乾燥が常態化する中、従来の手法だけでは不十分だとの認識が広がり、先住民の火入れの知見を現代技術と組み合わせる動きも検討されている。 政策面では、観光業や農業など地方経済の脆弱性も浮き彫りになった。政府は、自然災害の影響を減らす気候対応型の取り組みを通じ、産業の持続性を高める方策を検討している。復旧から得られた教訓を生かし、より柔軟で先を見据えた政策体制の構築を目指している。 ビクトリア州の復旧の取り組みは、豪州を超えて国際的な関心を集めている。気候変動による災害が世界各地で増える中、ここで得られる教訓は多くの地域にとって参考となる。暮らし、経済、環境のバランスをどう取るかという課題に対し、ビクトリア州の経験は重要な示唆を与えるだろう。さらに、豪州が2026年のCOP31気候会議の開催を目指していることも、国内政策への注目を高めている。復旧の行方は、もはや州だけの問題ではなく、世界が共有する課題となっている。(原文へ) INPS Japan 関連記事: |視点|先住民の土地管理の知恵が制御不能な森林火災と闘う一助になる(ソナリ・コルハトカル テレビ・ラジオ番組「Rising up with Sonali」ホスト) 燃え上がる炎:激化するオーストラリアのブッシュファイヤー 火災に見舞われるキリマンジャロ山

雨水の収集がグアテマラ東部の干ばつを緩和

【サンルイス・ヒロテペケIPS=エドガルド・アヤラ】 干ばつに苦しむグアテマラ東部のドライ・コリドー(乾燥回廊)地域に暮らす農家の家族が、雨水収集という手法によって生計の糸口を見いだしている。この取り組みにより、これまで耕作が困難だった土地でも食料生産が可能になった。 スウェーデン政府の資金提供を受け、国際機関が実施するこの事業は、雨水貯留タンクの設置に必要な技術や資材を提供し、同国東部における水不足の緩和を目的としている。現在、約7,000世帯がこのプログラムの恩恵を受けている。 対象となっているのは、グアテマラ東部のチキムラ県とハラパ県にある7自治体の小規模流域周辺に暮らす家庭である。対象自治体は、ホコタン、カモタン、オロパ、サン・フアン・エルミタ、チキムラ、サンルイス・ヒロテペケ、サン・ペドロ・ピヌラである。 「ここはドライ・コリドーで、作物を育てるのが難しい。育てようとしても水が足りず、実が十分な重さまで育たない。」ハラパ県サンルイス・ヒロテペケ郡サン・ホセ・ラス・ピラス村で、支援を受ける家族の一人、メルリン・サンドバルはIPSの取材に対して語った。 全長1,600キロに及ぶ中米ドライ・コリドーは、中米全体の35%を占め、1,050万人以上が暮らしている。国連食糧農業機関(FAO)によると、この地域では農村人口の73%以上が貧困状態にあり、710万人が深刻な食料不安に直面している。 事業の一環として、サンドバルは自宅裏の敷地で雨水収集に取り組んでいる。底部に不透水性のポリエチレン製ジオメンブレンを敷いた円形タンクを設置し、容量は16立方メートルに及ぶ。 雨が降ると、屋根を伝って流れた雨水がPVCパイプを通じ、「集水槽」と呼ばれるタンクに集められる。蓄えられた水は、家庭菜園や果樹の灌漑に使われるほか、11月から5月にかけての乾季には生活用水としても利用されている。 家庭菜園では、セロリ、キュウリ、コリアンダー、チャイブ、トマト、青唐辛子を栽培している。果樹としては、バナナやマンゴー、ホコテ(熱帯果実)などが実を結ぶ。 https://www.youtube.com/watch?v=OypCxWcn9X8 さらに、500匹のティラピアの稚魚を育てる養魚池も設けられている。底部にポリエチレン製ジオメンブレンを敷いた構造で、長さ8メートル、幅6メートル、深さ1メートルである。 同様に支援を受けるリカルド・ラミレスも、設置した雨水収集タンクからの水を利用して作物を育てている。タンクの隣にはマクロトンネルと呼ばれる小型温室があり、そこでキュウリ、トマト、青唐辛子などを栽培している。灌漑は点滴方式で行われる。 「1畝からキュウリが950本、トマトは450ポンド(約204キロ)収穫できました。唐辛子も次々に実をつけています。雨水収集タンクに水があったからこそです。バルブを少し開いて30分ほど点滴灌漑するだけで、土壌がしっかり潤いました。」ラミレスは語った。(原文へ) INPS Japan/IPS 関連記事: 「男女の双子」がもたらす気象被害の緩和に奮闘する国連 洪水と旱魃ーそして銃器ーにより加速する広範な飢餓 |ジンバブエ|ペットボトルでレタス栽培

高市首相訪米へ イラン戦争の余波の中で問われる日米同盟の代償

【ニューヨークATN=アハメド・ファティ】 高市早苗首相は来週、イラン戦争をめぐりドナルド・トランプ米大統領と「率直な協議」を行う構えでワシントンを訪れる。しかし、中東にエネルギーを依存し、安全保障では米国に依拠する日本にとって、「率直さ」は掲げるほど容易なものではない。日本の主要メディアは、3月19日の首脳会談を、戦争の経済的代償が日本に及ぶなかで、日本政府がどこまで本音を語れるのかを測る試金石と位置づけている。(毎日新聞) 日本政府の立場は、意図的に慎重に整えられている。高市首相は、この紛争は日本の安全保障関連法制上の「存立危機事態」には、なお該当しないとの認識を示している。この線引きは、国内政治の文脈で重い意味を持つ。経済的打撃が生じていても、それが直ちに、より正式な安全保障上の関与へと転化する事態を避けるためである。言い換えれば、日本政府は、戦争が日本の法的枠組みの内部に入り込むことを防ごうとしているのであり、現時点で顕在化しているのは、あくまで経済的衝撃である。(ジャパンタイムズ) しかも、その経済的衝撃は抽象論ではない。ル・モンドは、ホルムズ海峡の航行がほぼ停止状態に陥ったことで、アジア向けの石油輸入が直接圧迫されていると報じ、高市首相が安定的なエネルギー供給の確保に向けて「あらゆる可能な措置」を講じると述べたと伝えた。フィナンシャル・タイムズによれば、原油輸入の大幅な減少が見込まれるなか、日本政府は備蓄放出によって「先手を打つ」方針だという。日本は8カ月を超える備蓄を保有しているが、それは時間を稼ぐ手段ではあっても、脆弱性そのものを消し去るものではない。(Le Monde.fr) 国際市場全体の動揺も、各国に対応を迫る水準に達している。国際エネルギー機関(IEA)は3月11日、加盟32カ国が緊急備蓄から計4億バレルを市場に供給することで合意したと発表した。これは、IEA史上最大の協調放出である。アラブ・ニュースはこの決定を引用し、戦争と湾岸地域からのエネルギー供給混乱によって引き起こされた価格急騰を抑え込むため、各国政府が対応を急いでいると報じた。(IEA) 日本にとってこの展開が重い意味を持つのは、主要経済国のなかでも、日本がとりわけ選択肢の限られた国の一つだからである。中国は既存ルートを通じてイラン産原油へのアクセスを維持しており、インドも、すでに航行中の一部ロシア産石油貨物について、米国から一時的な制裁免除を受けている。これに対し日本政府は、ロシア産原油に関する免除措置の活用を検討しつつも、それをG7との協調や外交上の代償と慎重に天秤にかけている。ロイターは金曜日、日本政府がこの選択肢を検討しているものの、それは広範なエネルギー安全保障上の判断の一部にとどまると報じた。(ロイター) もっとも、高市首相が手ぶらでワシントンに向かうわけではない。ロイターによれば、日本は今回の首脳会談で、米国主導のミサイル防衛構想「ゴールデン・ドーム」への参加を表明する見通しである。これは、戦争が日本経済を圧迫するなかでも、日本政府がなお対米戦略協調を深める意思を持っていることを示す。今回の訪米が緊張を帯びるのはこのためである。日本は、エネルギー面での負担軽減を求める局面で、防衛面ではさらに重い責任を引き受けようとしている。忠実な同盟国であることは依然として期待されているが、安価な燃料がその見返りに含まれているわけではない。(ロイター) 日本の報道は、この板挟みの構図を比較的率直に伝えている。毎日新聞は共同通信を引用し、高市首相がトランプ大統領に対し、イラン問題を率直に提起する意向だと報じた。ジャパンタイムズは、日本政府の対応ににじむ法的・政治的慎重さに着目し、政府が同盟管理と自動的なエスカレーションとをいかに慎重に切り分けようとしているかを浮かび上がらせている。これは反米的な姿勢ではない。むしろ日本政府は、戦略的連帯には相応の代償が伴うという現実を、ワシントンに伝えようとしているのである。(毎日新聞) この首脳会談の焦点は、高市首相が率直に語るかどうかではない。外交の文法に照らせば、首相はおそらく十分に率直であろう。真に問われているのは、米国の最も緊密なアジアの同盟国の一つである日本が、ワシントンの安全保障戦略を支持しながらも、中東戦争の経済的余波によって深刻な打撃を受け得るという現実に、トランプ氏がどこまで耳を傾けるかである。もし日本が、防衛協力の拡大だけを持ち帰り、エネルギー不安に対する十分な安心材料を得られないまま帰国するなら、その教訓は重い。この同盟では、率直な対話が許容されても、負担を引き受ける覚悟の方が、なお強く求められていることを示すことになる。(毎日新聞) Original URL:https://www.amerinews.tv/posts/japan-pm-sanae-takaichi-candid-test-in-washington INPS Japan 関連記事: 勝利ではなく持久―イランの消耗戦略が鮮明に 勝利なき戦争―イラン・イスラエル対立が世界の利害を支える構造 神権政治家と治安主義者―イラン・イスラエル間エスカレーションの危険な構造的論理

ガンビア最高裁、女性器切除禁止法の合憲性を判断へ

【バンジュル、ガンビア=ジュリアナ・ンノコ】 ガンビアの最高裁判所は、女性と少女を女性器切除(FGM)から守る法律が、同国憲法に適合するかどうかを審理している。FGMはガンビアで広く行われてきた慣行で、少女が押さえつけられた状態で性器の一部が切除され、場合によっては傷口が縫い合わされることもある。 FGMは国際人権法上、拷問および残虐で非人道的または品位を傷つける取り扱いに当たる。死に至る危険があるほか、感染症、出産時の合併症、胎児死亡、心理的影響など、生涯にわたる健康被害を引き起こし得る。最高裁の判断は、女性と少女がこうした有害な慣行から引き続き守られるのかどうかを左右する。 宗教指導者らと国会議員の一部は2024年、議会で2015年制定のFGM禁止法の撤廃を試みたが、実現しなかった。彼らは次に争点を最高裁へ持ち込み、禁止法は文化や宗教の自由など憲法上の権利を侵害すると主張している。これは西アフリカの一国に限った問題ではない。女性の権利をめぐる国際的な揺り戻しの一環であり、女性と少女をジェンダーに基づく暴力から守ってきた長年の進展を後退させかねない。 世界保健機関(WHO)は、FGMに医学的な必要性はないとしている。医療従事者が行う、いわゆる「医療化(メディカライゼーション)」であっても、人権侵害であることに変わりはない。場所や施術者が誰であれ、FGMが安全になることはない。 それでも、FGMを受けた女性と少女は世界で2億3000万人を超える。生存者の約63%(1億4400万人)はアフリカに集中している。ガンビアでは2020年、15〜49歳の女性の約4分の3がFGMを受けたと回答し、そのうち約3分の2は5歳未満で施術を受けていた。これは抽象的な人権問題ではなく、何百万人もの女性と少女に生涯にわたり影響を及ぼす公衆衛生上の危機である。 FGMは、女性と少女が最高水準の健康を享受する権利や身体の安全、さらには生命の権利を侵害する行為である。FGMを受けた女性は、出産時の合併症や慢性的な感染症、心理的外傷などに苦しみ、場合によっては命を落とすこともある。2025年8月には、生後1か月の女児がFGM後の出血により死亡したと報じられた。 2015年の禁止法は大きな前進だった。ガンビアは、FGMが健康、身体の安全、拷問からの自由といった基本的人権を侵害する行為だと認め、禁止に踏み切った数十の国々に加わった。政府はさらに、持続可能な開発目標(SDGs)とも整合する形で、2030年までに慣行を根絶する国家戦略も採択した。だが、禁止法の運用や戦略の実施は遅れがちで、いまその枠組み自体が揺らいでいる。 最高裁では、人権の観点から見過ごせない主張が提出されている。報道によれば、証人として出廷した著名なイスラム指導者は、「女性の割礼」はイスラムの一部で害はないと述べた。手続き後に乳児が2人死亡した事例について問われると、「私たちはムスリムであり、人が亡くなるのは神の御心だ」と答えたという。さらに、FGMの「利益」は女性の性的欲求を抑えることにあり、「それは男性にとって問題になり得る」とまで述べた。 しかし、原告側の主張は検証に耐えない。シャリーア(イスラム法)にFGMを義務づける規定はなく、スンナ(預言者の言行)に基づくものでも、宗教上の「徳」とされる行為でもない。FGMはイスラム以前から存在し、ムスリム社会で普遍的に行われているわけでもない。信仰と結びつけられてきたのは、一部の共同体が文化的慣行を誤って宗教と関連づけてきたためである。 また、FGMを宗教の自由に基づく憲法上の権利とみなす主張も、誤解を招きかねない。ガンビア憲法は、宗教や文化の自由を含む権利であっても、他者の生命や、拷問・非人道的扱いからの自由、差別を受けない権利などの基本的人権を侵害する場合には制限され得るとしている。 ガンビア国内では、「ジェンダーに基づく暴力反対ネットワーク」や「女性の解放とリーダーシップ(WILL)」などの団体が、この訴訟に反対している。市民社会組織は2024年、禁止法の撤廃を目指した議会での動きを阻止するため、生存者や地域指導者、女性団体を全国で動員した。いま反対運動の中心にいるのは、自らの命と尊厳を守るため声を上げる女性と少女たちである。 「この訴訟に反対する声を上げた人々は、特にソーシャルメディア上で嫌がらせを受けています。その結果、多くの生存者や女性の権利擁護者が沈黙せざるを得ない状況になっています」と、反FGM活動家で生存者でもあり、WILL創設者のファトゥ・バレ氏は語った。 ガンビアは、「アフリカ人権憲章」と、その議定書である「アフリカにおける女性の権利に関する議定書(マプト議定書)」、さらに「アフリカ児童の権利及び福祉憲章」を批准している。マプト議定書第5条(b)は、FGMのあらゆる形態と、その医療化を明確に禁止している。 さらに2025年7月、ガンビア政府は同年採択された「女性に対する暴力終結のためのアフリカ連合条約」に署名し、有害な慣行の防止と生存者保護のための法的措置を採択・実施する姿勢を改めて示した。これは、FGM禁止を支える憲法上の義務を改めて確認する動きでもある。 いま、ガンビアの少女と女性の健康と尊厳は最高裁の判断に委ねられている。ただし、判決がどうであれ、政府には、包括的な教育プログラムや地域主導の取り組みの推進、既存法の厳格な執行、生存者への医療・心理支援への投資を通じて、FGM根絶を進める責任がある。これは、何十万もの女性と少女の命を守るために不可欠である。(原文へ) ジュリアナ・ンノコはヒューマン・ライツ・ウォッチの上級女性権利研究員。 INPS Japan/IPS UN Bureau Report 関連記事: シエラレオネにおける女性性器切除に対する沈黙は、私たちを守らない アジアにおける女性器切除は、依然として無視されている問題である |視点|全ての少女に学籍を認めることが児童婚に歯止めをかける一つの方法(アグネス・オジャンボ『人権擁護団体ヒューマン・ライツ・ウォッチ』研究員)

爆発性兵器、紛争下の子どもの犠牲の主因に — 世界の衝突地域で深刻化する被害

【国連IPS=オリトロ・カリム】 近年、世界各地の紛争は一段と苛烈さを増し、爆発性兵器による死傷者が、これまで主因だった栄養失調や疾病、医療不足を上回るようになっている。紛争が激化するなか、最も大きな犠牲を強いられているのは子どもたちであり、不処罰と資金不足が必要不可欠な保護サービスの欠如に拍車をかけている。 11月20日、セーブ・ザ・チルドレンは『Children and Blast Injuries: The Devastating Impact of Explosive Weapons on Children, 2020–2025(子どもと爆発外傷:爆発性兵器が与える壊滅的影響、2020〜2025年)』を発表した。報告書は、現在進行中の11の紛争で深刻化する爆発性兵器の脅威を、臨床研究と現地調査に基づいて分析し、小児の爆発外傷が医療現場に及ぼす影響を明らかにするとともに、予防と回復支援への国際的投資を優先すべきだと訴えている。 報告書の主任著者で、セーブ・ザ・チルドレン英国の紛争・人道アドボカシー上級顧問ナルミナ・ストリシェネッツ氏は次のように述べた。「今日の戦争で最も高い代償を払っているのは子どもたちです。武装勢力だけでなく、本来彼らを守るべき政府の行為によっても命が奪われています。ミサイルは子どもが眠り、遊び、学ぶ場所を直撃し、最も安全であるべき家庭や学校が死の罠と化しています。かつて国際社会が強く非難した行為が、いまや『戦争のコスト』として片付けられる。この倫理の後退こそ、時代の危険な兆候です。」 報告書は、紛争下で暮らす子どもたちが置かれた極めて不安定な状況を浮き彫りにする。子どもは身体の発達が不十分で回復力も弱く、爆発性兵器がもたらす外傷に特に脆弱である。にもかかわらず、医療、リハビリ、心理社会的支援は慢性的に資金不足で、大半が成人を想定して設計されているため、子ども向けの必要なケアが欠落している。 セーブ・ザ・チルドレンのデータによれば、特に頭部や胴体の損傷、火傷では、子どもは大人より死亡リスクが著しく高い。7歳未満の子どもは「生命を脅かす脳損傷」を負う割合が成人の約2倍に上り、負傷した子どもの65〜70%が体の複数部位に重度の火傷を負っている。 小児救急医で、小児爆発外傷パートナーシップ(セーブ・ザ・チルドレンと医療者の協働枠組み)の共同創設者ポール・リーヴリー医師はこう指摘する。「子どもは解剖学的・生理学的特徴、行動、心理社会的ニーズのすべてにおいて大人より脆弱です。病院に到達する前に命を落とす例も多い。生存しても多数の重傷を負い、生涯にわたる治療とケアを必要とします。しかし紛争下の医療対応の大半は大人を前提としており、子どもの特有のニーズは見落とされています。」 報告書によれば、爆発性兵器は都市中心部へ戦闘が移行するにつれて子どもに前例のない被害を与えており、昨年の紛争下で死亡・負傷した約12,000人の子どものうち、70%が爆発性兵器によるものだった。2024年の子どもの死傷の70%超が爆発性兵器由来で、2020〜2024年の59%から大幅に増加している。 この増加は、現代の紛争において子どもがどのように危険にさらされているかの変化を示すものだ。セーブ・ザ・チルドレンは、被害増大の背景にある5つの要因として、①破壊力を増幅する新技術の拡散、②民間人被害の「常態化」、③説明責任の欠如、④子どもの死傷の深刻化、⑤爆発性暴力の長期的な社会コスト──を挙げている。 2024年に子どもへの被害が最も大きかった地域は、被占領パレスチナで2,917人、次いでスーダン1,739人、ミャンマー1,261人、ウクライナ671人、シリア670人で、いずれも多数が爆発性兵器による犠牲だった。また、地雷や不発弾による犠牲者の約43%を子どもが占め、農地や学校、家屋に何十年も残存する爆発物が深刻な脅威となっている。 この2年間、セーブ・ザ・チルドレンは紛争下の子どもの保護規範が「危険なまでに後退している」と警告してきた。2023年に地雷対策として拠出された10億ドルのうち、除去に充てられたのは半分に満たず、被害者の医療支援は6%、地雷リスク教育はわずか1%にとどまった。 同団体は各国政府に対し、人口密集地での爆発性兵器の使用停止、子ども保護政策の強化、そして被害児童の支援・研究・回復への投資拡大を求めている。 国連児童基金(UNICEF)とパートナー団体は、紛争下の子どもに食糧、避難所、医療、社会支援といった基本サービスを提供し、給水・衛生インフラの復旧や避難民への現金給付、精神的ケアや教育支援にも取り組んでいる。また、爆発性兵器の生存者には医療、義肢装具、心理社会的支援を提供し、障害のある子どもを含む保護サービスの強化に向け、政府や市民社会と協働している。(原文へ) INPS Japan/IPS UN Bureau Report 関連記事: |コンゴ民主共和国|紛争孤児がブラジル格闘技で痛みを乗り越える すべての子ども、すべての権利のために-危機的な影響を受けた子どもたちに心理社会的支援を届ける 助けられるなら、助けよう。―ウクライナ人支援に立ちあがったイスラエル人ボランティアたち(2)ダフネ・シャロン=マクシーモヴァ博士、「犬の抱き人形『ヒブッキー(=抱っこ)』を使った心のケアプロジェクト」

カザフスタン―アゼルバイジャン間フェリー、2026年前半に運航開始へ

【ローマThe Astana Times=ナジマ・アブォヴァ】 カスピ海で、カザフスタン西部のクルィク港とアゼルバイジャンのアラト港を結ぶフェリー航路が、2026年に開設される見通しとなった。貨物取扱量の拡大と地域の海上連結性強化が期待されるとして、カザフスタン国営通信カジンフォルムが12月23日に報じた。 マンギスタウ州のヌルダウレト・キリバイ州知事(アキム)は、中央コミュニケーション・サービスでの会見で、「2026からジョージア側の企業と協力し、クルィク港とアラト港の間でフェリー6隻の就航を計画している。すでに2隻がカスピ海に入り、2026年前半に運航を開始する。その後は毎年2隻ずつ追加し、2028年までに6隻すべてが運航する。」と語った。 キリバイ知事は、この取り組みがカザフスタン独自のフェリー船隊の形成につながるほか、貨物量の増加と、カスピ海域の海上輸送の発展を後押しするとの見通しを示した。 また、中国から中央アジアとカスピ海経由で欧州までを結ぶトランス・カスピ国際輸送ルート(TITR、ミドル・コリドー)について、今年マンギスタウ州を経由する貨物輸送は前年比20%増の250万トンに達したという。 運航会社セムルグ・インベストは船隊を2027年までに6隻へ拡充する計画で、今年は積載能力7000トンの船舶1隻を同ルートに追加投入した。 マンギスタウ州では新港の建設も計画されている。着工は2026年で、投資協定は最終段階にあり、2025年内または26年初めの署名が見込まれる。建設は2026年第2四半期に開始予定で、港湾用地はすでに指定され、登録手続きが進められている。 新港整備は、中国、カザフスタン、アクタウ、バクー、ポティを経て欧州へ至る新たな国際輸送回廊の形成を後押しすると期待されている。 INPS Japan/The Astana Times Original URL: https://astanatimes.com/2025/12/ferries-between-kazakhstan-and-azerbaijan-to-launch-in-2026/ 関連記事: 中央アジア・日本首脳会合、トランス・カスピ回廊を後押し トカエフ大統領は核リスク再上昇に警鐘 カザフスタン共和国大統領直属カザフスタン戦略研究所(KazISS)副所長にダウレン・アベン氏が就任 トカエフ大統領とトランプ大統領、170億ドル規模の協定で関係を深化

ガエタン博士、被爆地長崎を取材

未来アクションフェス~今、ここから、持続可能な未来への行動を~

中央アジア地域会議(カザフスタン)

2026年NPT運用検討会議第1回準備委員会 

反核国際運動カザフスタン代表団歓迎交流会

米国桜寄贈110周年記念集会

「共和国の日」レセプション

核兵器なき世界への連帯ー勇気と希望の選択展

第7回世界伝統宗教指導者会議

NPT再検討会議:関連行事(核の先制不使用)

2022NPT再検討会議:SGIインタビュー

Vienna ICAN Forum 2022

Vienna ICAN Forum 2022

第4回核兵器の人道的影響に関する会議

TPNW第1回締約国会議関連行事(積極的義務)

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