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トランプ・習首脳会談、台湾、イラン、そして世界の権力政治を議題に
【ニューヨークINPS Japan/ATN=アハメド・ファティ】
ドナルド・トランプ米大統領が今週予定している北京訪問は、貿易、関税、そして何らかの経済的成果をめぐるものとして語られている。だが、それはこの訪問を最も分かりやすく説明した場合にすぎない。より複雑で本質的なのは、世界の2大国が、公然たる対立に陥ることなく競争を管理し続けられるのかを試されている局面で、トランプ氏が中国を訪れるという点である。|ENGLISH|
トランプ氏は5月14日から15日にかけて、北京で習近平国家主席と会談する見通しである。専門家らは今回の会談について、世界で最も重要な2国間関係を安定させるための、限定的ながらも意味のある試みとみている。戦略国際問題研究所(CSIS)によると、米国は経済とイラン問題に焦点を当てる一方、中国は米中関係の安定と台湾問題での進展を求める構えだ。
この違いは重要である。2017年のトランプ氏の初訪中は、儀礼や称賛、個人的な相性を強調する言葉に彩られていた。だが今回、北京で行われる2度目のトランプ・習会談を取り巻く環境は、はるかに厳しい。貿易摩擦、台湾をめぐる不安、技術規制、レアアースをめぐる中国の交渉力、イラン戦争、世界のエネルギー市場への圧力、そしてワシントンと北京の間で深まる不信が重くのしかかっている。
この首脳会談で問われているのは、トランプ氏がより有利な取引をまとめられるかどうかだけではない。得るもの以上の譲歩を迫られる事態を避けられるかどうかである。
ワシントン側の当面の狙いは明確だ。トランプ氏は目に見える成果を求めている。経済面での譲歩、中国による米国産品の購入拡大、フェンタニル問題での進展、重要鉱物へのアクセス、そして場合によってはイランをめぐる協力である。ホワイトハウスは今回の訪問を、トランプ氏の個人外交が中国政府を交渉のテーブルに引き戻した証しとして打ち出すだろう。
しかし、習政権も手ぶらで臨むわけではない。中国は、重要鉱物の供給網に対する支配、イランとの経済関係、そして台湾周辺の緊張を沈静化させることも高めることもできる能力を含め、独自の交渉力を持って首脳会談に臨む。米外交問題評議会(CFR)は、中国が会談を前に優位に立っている可能性があると指摘する。その一因は、イラン戦争が世界の不安定化を招く一方で、中国が重要鉱物とエネルギー外交を通じて交渉力を保っていることにある。
習氏の目的はトランプ氏とは異なる。劇的な発表は必要としていない。習氏が必要としているのは、中国が封じ込めるべき問題ではなく、対等な大国として扱われなければならないという認識である。北京はワシントンとの安定を望んでいるが、それは中国が「核心的利益」と呼ぶものを守る条件の下での安定である。
その核心的利益の中心にあるのが台湾である。
中国当局者は首脳会談を前に、この点を繰り返し強調してきた。北京は、米国は自らの約束を守り、台湾問題を慎重に扱うべきだと述べている。中国国営メディアもまた、台湾が米中関係の中核に位置し続けていると強調している。
この点に、今回の会談で最も危うい外交上の駆け引きが潜んでいる。懸念されるのは、トランプ氏が台湾を正式に見捨てることではない。むしろ問題は、同氏の取引重視の姿勢が、米国の台湾関連の表現を弱めることや、台湾への武器売却を遅らせること、あるいは他分野での協力と引き換えに対中圧力を下げる暗黙の了解を中国に求めさせる可能性がある点である。
購入合意や関税の一時停止、あるいはイランに関する声明は、ワシントンでは勝利と受け止められるかもしれない。だが、その代償がアジアにおける抑止力の低下や同盟国の信頼低下、台湾問題をめぐる曖昧さであるなら、戦略的損失は経済的利益を上回りかねない。
アジアにおいて、言葉は単なる飾りではない。一つの表現が同盟国を安心させ、市場を動揺させ、あるいは軍事的な試みを誘発することがある。
イランは、さらに別の層を加える。戦争はトランプ氏の立場を複雑にしている。中国はテヘランと重要な関係を維持する一方で、湾岸地域のエネルギー供給の安定にも依存しているからである。北京には紛争の拡大を防ぐ利益がある。しかし、ワシントンの下請けのように振る舞う理由はない。
中国は、ホルムズ海峡の安定を回復する取り決めにトランプ氏が至るよう促す可能性が高い。しかし、米国のためにイランへ圧力をかけているように見えることは避けるだろう。そこに習氏の交渉余地が生まれる。米国がイランの抑制、石油輸送の維持、あるいは外交経路の再開に向けて中国の協力を望むなら、北京は見返りを求めることになる。
その答えは、関税、制裁、技術規制、あるいは台湾に関する表現に及ぶ可能性がある。
だからこそ、今回の訪問は2国間関係を超えるリスクを伴う。日本、韓国、台湾、欧州、中東諸国はいずれも、トランプ氏と習氏が大国間の秘密取引を作り出していないかを注視するだろう。小国や中堅国が恐れるのは、ワシントンと北京の対立だけではない。自分たちの知らないところで取り決めがなされることも恐れている。
技術もまた戦場である。半導体、人工知能、輸出規制、レアアースをめぐる争いは、もはや国家安全保障と切り離せない。記者会見では関税が前面に出るかもしれない。しかし、半導体と鉱物こそが将来の権力の構造を形づくる。技術競争の方向性が明確にならないまま貿易休戦が成立しても、市場を一時的に落ち着かせるだけで、対立の核心は手つかずのまま残る。
ブルッキングス研究所は、この首脳会談で注視すべき論点として、会談が緊張緩和につながるのか、どのような実務レベルの協議枠組みが立ち上がるのか、そして双方が台湾、貿易、レアアース、世界的危機管理といったより深い問題にどう向き合うのかを挙げている。
それこそが、最も現実的な成功の尺度である。この首脳会談が米中競争を解決することはない。決めるのは、その競争がより予測可能なものになるかどうかにすぎないかもしれない。
中国にとって、予測可能性は有用である。それは北京に、経済を強化し、世界各地の連携を深め、外交的影響力を拡大し続ける時間を与える。トランプ氏にとって、予測可能性が政治的に有用となるのは、それが目に見える成果を伴う場合に限られる。この不一致は重要である。習氏は雰囲気だけで首脳会談を終えることができる。トランプ氏には成果物が必要である。
危険なのは、その成果物そのものが罠となることである。
購入合意、一時的な関税停止、あるいはイランに関する声明は、ワシントンでは勝利に見えるかもしれない。しかし、その代償がアジアにおける抑止力の低下、同盟国の信頼の弱体化、台湾をめぐる曖昧さであるなら、戦略的な損失は経済的利益を上回りかねない。
北京訪問の核心的な問いはここにある。トランプ氏は対立を安定させようとしているのか。それとも、それを取引材料として換金しようとしているのか。
両者は異なる。
対立を安定させるには、規律、明確なレッドライン、同盟国への安心供与、そして危機管理と核心的な安全保障上の約束を切り離す意思が必要である。対立を換金するとは、あらゆる問題を一つの取引に混ぜ込むことを意味する。台湾と貿易、イランとレアアース、関税と沈黙、安定と服従である。
習氏は、トランプ氏が北京に何を持ち込んだのかを試すだろう。
首脳会談は、丁寧な言葉、限定的な合意、そして世界で最も重要な2国間関係を掌握していると主張する2人の強力な指導者の映像を生み出すかもしれない。しかし、本当の結果は細則の中に、あるいは語られずに残されたことの中にあるのかもしれない。
台湾が曖昧に扱われれば、同盟国はそれに気づくだろう。イランが交渉に組み込まれれば、湾岸諸国はそれに気づくだろう。技術規制が緩めば、市場と安全保障機関はそれに気づくだろう。声明が難題を完全に避けるなら、その沈黙にも意味が宿る。
本稿は、トランプ氏の中国訪問が持つ世界的な意味を検証するATNの連載第1回である。次回以降の記事では、日本と韓国が台湾、北朝鮮、同盟の信頼性という観点からこの首脳会談をどう読んでいるのか、中東・北アフリカがイラン、石油、海洋安全保障、戦略的ヘッジの限界を通じて何を見ているのか、そして欧州がウクライナ、貿易、NATO、中国との不安定な関係におけるリスクをどう評価しているのかを取り上げる。
トランプ氏は取引を求めて北京に到着するかもしれない。習氏が求めるのは、より大きなものである。米国の圧力政策には限界があるという証明である。
そしてその駆け引きにおいて、写真撮影の機会は最も重要でない部分かもしれない。
アハメド・ファティは、国際的に配信されるジャーナリストであり、国連担当記者、国際情勢アナリスト、人権問題のコメンテーターである。外交、多国間主義、権力、公共の自由、そして世界の未来を形づくる政治について執筆している。INPS Japanは提携メディアとしてATN記事の一部を日本語に翻訳して配信している。
INPS Japan
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核の「危機一髪」が示す、核抑止は平和の保証ではない
【国連IPS=ナウリーン・ホセイン】
核戦争の影響は国境を越え、世代を超えて及ぶ。それを知りながら、核兵器保有国を含む各国は、核使用を禁忌とする「核のタブー」をますますないがしろにし、破局を防ぐ手段として核抑止に大きく依存している。|英語版|
冷戦期には、世界が核戦争に突入しかねなかった核の「危機一髪」の事例がいくつもあった。人間の介入、あるいは単なる幸運がなければ、世界は核戦争に陥っていたかもしれない。1962年のキューバ危機や1983年のペトロフ事件は、歴史上よく知られた例である。しかし、それ以外の事例もまた、こうした「危機一髪」から何を学ぶべきかを示している。
2026年NPT再検討会議の関連行事として、研究者、政府関係者、市民社会の代表らが集まり、この問題について議論した。5月1日、創価学会インタナショナル(SGI)とジェームズ・マーティン不拡散研究センター(CNS)が共催した会合では、核エスカレーションを防ぐための過去と現在の取り組みをめぐって討議が行われた。パネリストらは、こうした事例が、核抑止は軍縮に向けた有効な安全保障戦略とは限らず、不拡散にとっても確かな手段とは言えないことを示していると論じた。
「キューバ危機、ペトロフ事件、ノルウェー・ロケット事件(=ブラック・ブラント・スケア)、そしてあまり知られていない多くの事例を含む『危機一髪』の歴史は、抑止が機能してきたことを示しているのではありません。むしろ、抑止が記録に残るいくつもの場面で、失敗寸前にまで至ったことを示しています。」「幸運は安全保障戦略ではありません。それにもかかわらず、60年を経た今もなお、国際安全保障秩序はその幸運の上に成り立っているのです。」と、オーストリア外務省のジョージ=ヴィルヘルム・ガルホーファー軍縮・軍備管理・不拡散局長は語った。
ガルホーファー氏はさらに、核兵器保有国と非核兵器国との間で率直な対話を促進し、非核兵器国がすべての当事者に対し、そこに懸かっているリスクの大きさを想起させることで、核のタブーを改めて強化する必要があると指摘した。NPTや核兵器禁止条約(TPNW)のような条約は、単なる道徳的・倫理的枠組みではなく、安全保障条約として位置づけられるべきだと述べた。
ジョンズ・ホプキンス大学教授で、(核兵器禁止条約の国連交渉会議で議長を務めた)コスタリカの元国連大使であるエレイン・ホワイト氏も同様の見解を示し、核の危険という問題は、法的枠組みだけでなく社会的な次元にも深く根差していると述べた。核の危険に対する共通認識は、兵器システムや条約だけによって形づくられるものではなく、意思決定者や社会の価値観によっても形成されるという。
「21世紀において、私たちは、核のタブーの侵食を、より広範なナショナリズムの潮流から切り離して考えることはできないと認識しなければなりません。そうした潮流は人命の価値に序列をつけ、他者に対する大量破壊さえも容認され得るものとして想像しやすくしています。」とホワイト氏は語った。
人工知能(AI)などの新興技術は、核エスカレーションをさらに複雑化させるおそれがある。核兵器保有国は、技術的優位を保とうとする中で、人的ミスの余地を減らせる可能性があると見なして、こうした技術を導入しようとしている。核兵器使用をめぐる意思決定の自動化は、まったく新しい問題ではない。1979年と1980年には、北米航空宇宙防衛司令部(NORAD)がミサイル警戒システムの誤作動により、複数回にわたって誤警報を受けた事例がある。
CNS研究員のヤンリアン・パン氏は、これらの事例は、自動化されたシステムであっても、自動化バイアスや意思決定時間の圧縮といった問題を免れず、事故の可能性を高め得ることを示していると指摘した。核使用の判断において人間が「意味のある」統制を維持すべきであることは当然だが、パン氏は、こうした危機一髪の事例は、人間の統制下でも起きたと述べた。
「私たちは、自動化への対抗策として単純に人間による統制を語るのではなく、自動化が人間による統制の信頼性にどのような影響を及ぼすのかを議論すべきです。」とパン氏は語った。
現在、学術研究は、核の危機一髪がどのように対処されてきたのか、その中に繰り返し見られるパターンを明らかにし、それがこの分野のリスク低減について意思決定者に何を示唆するのかを探ることができる。カリフォルニア大学グローバル紛争・協力研究所(IGCC)のポストドクトラル・フェロー、サラ・ビドグッド氏によれば、近年の研究では、核の危機一髪すべてに適用できる単一の危機管理の枠組みは存在しない可能性が検討されている。
危機管理とリスク低減に関して言えば、過去の核戦争寸前の危機に見られる力学は一様ではなく、その結果にもさまざまな違いがある。指導者がこうした状況から読み取る教訓は、必ずしも核兵器依存からの転換につながるとは限らない。むしろ、こうした出来事は、核兵器のリスクと利点について指導者がすでに抱いている考えを強化する場合がある。指導者が核兵器に戦略的価値を見いだしている場合、危機一髪の事態を経験した後も、紛争の複数の段階で核兵器使用を威嚇できる新たな能力を受け入れる可能性がある。ビドグッド氏は、こうしたシナリオが、現在の地政学的環境におけるリスク低減の将来に何を意味するのかと問いかけた。
「軍備管理とリスク低減を再び軌道に乗せるには、キューバ危機のような出来事がもう一度必要かもしれない――私たちの分野でしばしば聞かれるこの通説には、かなり懐疑的であるべきです。私の理論が正しければ、次の危機は、私たちをまったく異なる道へとさらに進ませる可能性も十分にあります。そしてこれは、研究者や実務者としての私たちが、まだ十分に考慮していない点だと思います。」とビドグッド氏は述べた。
こうした核戦争寸前の危機は、核兵器保有国の政策や立場によってというよりも、個々の人間の判断によって回避されてきた場合が多い。SGI平和センター軍縮・人権部長の砂田智映氏は、1962年のキューバ危機のさなか、太平洋地域でも危機一髪の事態が生じていた例を紹介した。そのミサイルは、発射されれば、危機に直接関与していない第三国を標的にしかねないものだった。当時、米施政下にあった沖縄の米軍メースB核ミサイル基地には、都市を壊滅させる威力を持つ核ミサイルが配備されていた。沖縄の基地には、正式に認証されたものと見られる発射命令が届いた。しかし、現地で最上級の士官だったウィリアム・バセット大尉は、発射命令とミサイルの即応態勢との間に食い違いがあることに気づいた。さらに、この基地のミサイルの主な標的が中国だったことも踏まえ、部下に発射態勢を解除するよう命じた。
砂田氏は、核をめぐる緊張緩和の判断の根底にあった切迫感が、現在の議論から失われていると警告した。また、核被害の現実や広島・長崎の惨禍の記憶が「抽象的な歴史」へと薄れつつあると指摘した。そのうえで、核軍縮教育は「戦略的自制」を維持するための「不可欠な仕組み」であり、その成功の鍵となるのは他者の痛みに共感する力であって、それ自体が抑止の一形態となると訴えた。
「私たちは、自らの生存を幸運に委ね続けることはできません。」「すべての締約国に対し、リスク低減には軍事ドクトリンを調整するだけでは足りないことを認識するよう求めます。そのためには、教育を通じて、これらの兵器に対する理解を根本から転換する必要があります。憎悪の連鎖を断ち切り、他者を大切にし、尊重する心を育むことによって、私たちは究極的な軍縮と、真の平和教育を実現できるのです。」と、砂田氏は語った。
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ロヒンギャ難民に必要なのは配給だけではない―いま求められる「働く権利」
長期化する避難生活のなかで、バングラデシュのロヒンギャ難民は依然として就労を認められず、人道支援への依存を強いられている。支援の重点化が進むいま、問われているのは、配給の効率化ではなく、自立への道筋をいかに築くかである。
【バングラデシュ・コックスバザールIPS=モハメド・ゾナイド】
世界の関心が、米国、イスラエル、イランをめぐる地政学的緊張の高まりに集まるなか、バングラデシュではもう一つの危機が静かに深刻化している。
国連バングラデシュ事務所が4月2日に発表した声明によると、世界食糧計画(WFP)は4月1日、コックスバザールおよびバシャンチャールのロヒンギャ難民を対象に、新たな「ターゲティング・優先順位付け制度(TPE)」を導入した。
この制度では、各世帯の食料不安の深刻度に応じて、難民1人当たり月額12ドル、10ドル、または7ドルの食料支援が支給される。従来は、すべての難民に一律で12ドルが支給されていた。
支援をより脆弱な人びとに重点的に振り向ける手法は、多くの人道危機において合理的とされる。限られた資源を、より深刻な状況に置かれた人びとへ優先的に届けるためである。だが、ロヒンギャ難民の現実は、そうした枠組みだけでは捉えきれない。
ミャンマーでのジェノサイドと迫害を逃れてから、まもなく9年になる。UNHCRバングラデシュの最新データによると、バイオメトリクスで確認された新規到着者14万4456人と、1990年代および2017年以降に登録された難民104万408人を含め、100万人を超えるロヒンギャ難民が、いまなおバングラデシュ国内のキャンプでの生活を強いられている。その78%を女性と子どもが占める。
しかも、ロヒンギャ難民は他国の一部の難民とは異なり、移動の自由を厳しく制限されている。キャンプの内外で合法的に働くことも、小規模な商売を営むことも認められていない。人道支援機関での役割も、わずかな日当が支払われるボランティアにほぼ限られ、正式な雇用の機会はほとんどない。その結果、彼らはほぼ全面的に人道支援に頼らざるを得ない状況に置かれている。
こうした状況の下で支援額を引き下げることには、深刻な懸念がある。難民に実質的な経済活動への道が閉ざされている以上、食料不安は各世帯固有の事情というより、制度によって生み出された構造的な結果だからである。
人道支援機関は長年にわたり、命を支えるうえで重要な役割を果たしてきた。その努力は疑いようがない。だが、生き延びることを支えるのと、安定した暮らしの基盤を築くことは別である。ロヒンギャ難民や、難民流入の影響を受けてきたコックスバザールの地域社会に自立への道を開く代わりに、現在の仕組みは結果として援助依存を固定化してきた。
「生計向上支援」とされる多くのプログラムも、実際には十分な成果を上げていない。たとえば電気修理などの技能訓練を受けても、それが現実の就労機会につながることは少ない。難民はオートバイを所有しておらず、キャンプの一部では電力供給も不安定で、キャンプの外に出て仕事を探すことも法的に認められていない。加えて、人道支援機関自身も、訓練を受けた難民を自らの事業の中で雇用していない。
ここで問われるのは、実際には活用の余地が乏しい技能に、なぜドナー資金を投じるのかという点である。こうした取り組みは、どのような長期戦略に資するのか。
新たな制度では、難民は「極度の食料不安」「高度の食料不安」「食料不安」の3区分に分類される。高齢者、障害者、子どもが世帯主の家庭など、一部の特に脆弱な世帯は、引き続き最も高い水準の支援を受けることになる。
それでも、より大きな現実は変わらない。バングラデシュのロヒンギャ難民全体が、経済参加を厳しく制限されているのである。
最近キャンプで起きている抗議行動は、しばしば配給削減への反発として受け止められている。だが、その背景にあるのは、将来への見通しが立たないことへの不安である。難民たちが問うているのはシンプルだ。今後さらに資金が減ればどうなるのか。自分たちはどこへ行けばよいのか。ロヒンギャ危機への対応を、このままバングラデシュだけに背負わせるつもりなのか、という問いである。
彼らが世界に伝えたいのは、援助への依存は自ら選んだものではなく、周囲の制度的制約によって生み出されたものだという事実である。いま必要なのは、援助の枠内で依存を管理し続けることではない。彼らが自ら立って生きていけるよう、自立への道を開くことである。
そのためには、長期的で戦略的な対応が欠かせない。ロヒンギャ難民が安全かつ尊厳ある形でミャンマーへ帰還できるようになるまで、キャンプ内でいかに人間らしい生活を保障するかを真剣に議論しなければならない。同時に、難民の経済参加を広げ、適切な規制のもとで社会や経済に貢献できるようにする政策も必要である。
バングラデシュ自体も、選挙後の移行期にある。新政権は、ロヒンギャの帰還実現に向けて取り組む姿勢を示しており、82万9000人分のロヒンギャ関連データをミャンマー側と共有したとしている。
しかし、ロヒンギャ危機を後回しにすることはできない。新政権はまた、長期化する避難民問題が、制限と救済だけでいつまでも対処できるものではないことを認識しなければならない。これは前政権の対応の根底にもあった発想である。
たとえば、キャンプ内での小規模事業、試行的な雇用制度、限定的な就労許可制度といった、慎重に設計された就労機会を導入すれば、政府の管理の下で、人道支援への依存を和らげることができる可能性がある。
各世帯で仮に1人か2人でも、一定の管理のもとで合法的に働くことができれば、人道支援コストは徐々に減少し、キャンプ内経済の安定にもつながり、若者の不満も和らぐ可能性がある。
何より重要なのは、そうした一歩が、尊厳を取り戻す第一歩になり得ることである。
この約9年間、国際機関は世界最大級の難民支援事業の一つを、高い運営能力で支えてきた。だが、根本的な問いはなお残されたままだ。難民が自らの足で立てるようにするための持続可能な仕組みを、どこまで築いてきたのか、という問いである。
世界的に財政圧力が強まり、ドナー疲れも深刻化するなかで、人道支援は縮小へと再調整されつつある。構造改革が伴わなければ、それは依存そのものを減らすのではなく、依存の管理をより効率化するだけに終わりかねない。
ロヒンギャ難民は、援助への依存を自ら選んだのではない。それは、彼らを取り囲む制約のなかで作り出されたものである。食料支援は依然として不可欠だ。だが、人びと全体の未来が、配給カードと脆弱性区分だけによって規定されてはならない。
ロヒンギャ危機に必要なのは、より精緻な援助配分だけではない。保護と社会参加、そして安全な生活を両立させる政策である。
世界は、ロヒンギャに食料を届ける方法を学んだ。
いま本当に問われているのは、彼らが権利と安全、尊厳を備えた形で故郷ミャンマーへ帰還できるその日まで、自ら生きていける道を開く意思が世界にあるかどうかである。
そうでなければ、家族は静かに食事の回数を減らし、若者は危険な非正規労働へと追いやられる。児童労働、早婚、危険な移住、違法行為への関与といったリスクも高まる。機会が失われれば、その空白を埋めるのは絶望である。(原文へ)
モハメド・ゾナイドは、SOPA2025受賞者であり、フリーランスのジャーナリスト、受賞歴のある写真家、現地取材コーディネーターである。国際機関と協働し、Myanmar Now、The Arakan Express News、The Diplomat Magazine、Frontier Myanmar、Inter Press...
国民統一の日:約130の民族が共に暮らすカザフスタン
【The Astana Times=ダナ・オミルガジー】
カザフスタンは5月1日、「国民統一の日」を迎えた。同国では2050万人を超える国民が、シャニラク(ユルトの天頂部にある神聖な輪で、家庭と団結を象徴する)」の下、平和と調和の中で共生している。多様性の中の団結を体現する同国では、諸民族の友好が単なる理念にとどまらず、日々の生活に根づいた現実となっている。
年初時点で、カザフスタンの人口は2053万2240人に達した。最大の民族はカザフ人で、1460万人を超える。次いでロシア人が約290万人を占め、ウズベク人、ウクライナ人、ウイグル人、ドイツ人、タタール人も、同国の多文化的なアイデンティティを形づくる重要な存在となっている。さらに、アゼルバイジャン人、朝鮮人、トルコ人、ドゥンガン人、ベラルーシ人、タジク人、クルド人、キルギス人など、規模は小さいながらも、同国社会を支える重要なコミュニティが存在している。
カザフ人の人口が最も多いのはトルキスタン州で、160万人を超える。同国最大の都市アルマトイには、国内最大規模のロシア人およびウイグル人コミュニティがある。一方、ウズベク人は主にトルキスタン州に、ウクライナ人はコスタナイ州に集中している。これは国家統計局のデータによるものだ。
人々の相互理解と友好を強化することは、カザフスタンにとって引き続き重要な優先課題である。(原文へ)
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