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人々がいてこそ(クンダ・ディキシット ネパーリタイムズ社主)
チトワン国立公園の緩衝地帯の地域社会が、保全の要を担う
【チトワンNepali Times=クンダ・ディキシット】
チトワン国立公園を流れるナラヤニ川は標高わずか180メートルにある。だが先週、珍しく空気が澄んだ日には、来園者がネパールを横断して150キロ先にそびえる標高7,893メートルのヒマルチュリの頂を望むことができた。
上流ではトリスリ川、セティ川、カリ・ガンダキ川が合流し、ナラヤニ川となる。集水域はダウラギリからランタンに至る46,300平方キロに及び、ネパール国土の3分の1を覆う。山々の氷河に加え、チベット高原の一部からの水もナラヤニ川を支えている。雪と川を同時に望むとき、ヒマラヤは単なる山脈ではなく、複合的な「流域(ウォーターシェッド)」として捉えるべきだという事実が浮かび上がる。だが、山と平野の微妙な均衡は、気候危機によって揺らぎつつある。
「気候危機は水の問題である。問題はこの川だけではない。私たちが見ている山々と氷河の問題でもある。」先週チトワンを訪れた世界自然保護基金(WWF)インターナショナルのアディル・ナジャム総裁は、こう語った。「水はネパールだけでなく世界にとって、気候をめぐる最前線の争点になっていく。この危機は長期の話ではない。いま目の前の危機である。」
ナラヤニ川やラプティ川などの水系は、チトワン国立公園の保全の成功を支えてきた。だがネパール最古の自然保護区はいま、気候危機に伴う極端気象により、雨季の洪水と乾季の渇水という両極端に揺さぶられている。地下水が十分に涵養されないうえ、過剰な揚水も重なり、公園内の三日月湖(オックスボウ湖)や野生動物の水場が干上がる例も出ている。このため一部では、太陽光発電のポンプを設置して水場を補っている。
ネパールはこの14年間でトラの個体数を約400頭へと3倍近くに増やした。サイも752頭に回復し、過去10年にわたり密猟はほぼ確認されていない。ハゲワシ類も絶滅の瀬戸際から救い出された。こうした成果の大部分は、チトワンのような国立公園の緩衝地帯(バッファーゾーン)に暮らす地域社会の努力によるものだ。
公園に隣接するラトナナガル地区の選挙で選ばれた議員、ビレンドラ・マハトは、「緩衝地帯に暮らす人々、私たち先住コミュニティも含めた参画が、密猟の抑止や人と野生動物の衝突の軽減に役立ってきた。ここで生物多様性が守られてきたのは、保全が協働で進められてきたからである。」と語った。
かつて国立公園となる前、この地にはタルー、ボーテ、ムサハルなどの先住コミュニティが暮らしていた。彼らはトラやサイ、野生ゾウの行動を踏まえた暮らしの知恵を受け継ぎ、野生動物による死亡事故は少なかったとされる。
「人と野生動物が対立ではなく共存できるよう、先人から受け継いできた暮らしの知恵を取り戻さなければならない。」とマハトは付け加えた。
緩衝地帯の住民が野生動物を守るには、保護の利益が地域に見える形で還元されることが欠かせない。共存を確かなものにする方法として効果が示されてきたのが、地域の生活水準を引き上げる、適切に管理された持続可能な観光である。
ナラヤニ川沿いのアマルタリ村には高級リゾートが複数あり、自然ガイドやホテルスタッフ、観光客向けの文化公演などで地域住民を雇用している。さらに、先住コミュニティの文化や食、暮らしを体験できる女性主導のホームステイが35軒ある。
「生活水準の向上こそが、自然保全を確かなものにする最も有効な方法である。そのためには、観光収入につながる本物の地域文化遺産を守る必要がある。」と、ナジャムはそう述べた(インタビューは後述)。
観光客はチトワン国立公園西端の緩衝地帯にあるアマルタリを訪れ、トラやサイの観察を目的としたサファリや、ハゲワシ保全サイトの見学、川下りでガビアル(細長い口を持つ希少なワニ)やワニ、渡り鳥を観察する。チトワン国立公園の来園者は昨年約30万人に達し、現在は外国人観光客をネパール人観光客が上回っている。
アマルタリでホームステイを営むギータ・マハトは、当初はサービス水準を整えるのが容易ではなく、パンデミック期とその後に事業も打撃を受けたと認める。それでも「いまは経験と自信がつき、収入も増えた。文化への誇りが戻り、自然を守ることにもつながっている。」「まるで夢のようだ。」と語った。
ジャターユ(ハゲワシ保全拠点)での給餌は、絶滅の危機にあった猛禽類の保全・回復を支える取り組みの一つである。
生活水準の改善は、社会の別の側面にも波及した。学校の整備が進み、子どもの栄養状態が改善し、児童婚も減少した。違法な引き込みによる電力盗用も見られなくなり、アマルタリでは美容院が3軒開業したという。
WWFネパールは、地域の「ハマル協同組合」の立ち上げ資金を支援した。同組合は観光収入を貯蓄制度に回し、組合員に融資している。返済の延滞は出ておらず、ムサハル、ボーテ、タルーの各世帯はいまや貯蓄を持つようになった。
自治体は野生動物から稲やマスタード畑を守るため電気柵を設置し、この地域ではトラによる死亡事故がなくなった。9月に野生動物密輸で知られる容疑者が脱獄したことを受け、地域の「密猟対策青年グループ」と公園を警備する軍が警戒を強化している。
チトワンを含むネパール各地の国立公園と緩衝地帯では今週、大規模なトラのセンサス(個体数調査)を実施している。
WWFネパールのガーナ・グルンは、「食物連鎖の頂点に立つ象徴種(フラッグシップ種)を守ることは、生物多様性と生態系全体を守ることにつながる。その最良の例がここにある。」と語った。
「水は気候の最前線の課題」
WWFインターナショナルのアディル・ナジャム総裁は先週チトワンを訪れ、WWFネパールのガーナ・グルンのインタビューに応じた。
グルン: チトワン国立公園を訪れて、どのような印象を持ちましたか。
ナジャム: ネパールが特別な国であり、WWFネパールの取り組みが特別であることは以前から知っていました。しかし、ここまでとは想像していませんでした。チトワンで、種の保全、密猟ゼロ、そして何より地域社会、とりわけ先住コミュニティと協働する実践を目の当たりにし、「自然か人か」という対立構図を、自然と人をつなぐ橋へと変えられることを確信しました。先住コミュニティの人々や保全当局者に会い、達成してきたことへの誇りに触れたことは、大きな励みになりました。
ネパールで皆さんが行っていることの多くは、国連のSDGsやWWF自身の「2030年ロードマップ」と深く結びついています。とりわけ私たちの中核である「種」の取り組みと直結しています。課題は大きい一方で、成果を十分に評価する時間が私たちには足りていません。目標地点にはまだ達していませんが、道のりは大きく前進しています。
トラはほぼ3倍、サイは3倍以上に増え、密猟は長年ほぼゼロに抑えられてきました。しかも、草の根で地域社会と協働するアプローチでこれを実現している。常に容易ではありませんし、住民の懸念は現実のものです。それでも、パートナーとして共に取り組むことで、保全と人々は矛盾しないことが示されています。
グルン: 課題にも触れられました。今後、どのような困難が待ち受けていますか。
ナジャム: 大きな成果を上げた後に最も難しいのは、その水準を維持することです。残念ながら、気候変動や生物多様性の損失といった地球規模の課題は、いま極めて深刻で、取り組みの規模を何倍にも拡大しなければなりません。
同時に、ネパールがここで積み上げてきた経験を、世界と共有する必要もあります。互いに学び合わなければ、地球規模の危機は乗り越えられません。私は、若者がネパールの保全に深く関わっていることを見て、とても心強く感じました。ただ今後の課題は、若者が保全に関心を持ち続け、さらに踏み込んで行動したいという志を育めるよう、どう後押しするかです。
グルン: 私たちも若者との取り組みを強めています。今回の訪問で、ほかに印象に残った点はありますか。
ナジャム: 何より印象的だったのは、先住コミュニティが運営するホームステイの取り組みです。とりわけ女性が中心となり、起業家として新しい働き方を学び、自然と共に生きる新しい生計を設計している。自然を楽しむ旅行者を迎えることで、それを実現している点が素晴らしい。ネパールのホームステイ事業には当事者の所有感があり、自然と人を結びつけています。
グルン: ネパールは世界でも気候脆弱性が高い国の一つです。現地で気づいた影響はありましたか。
ナジャム:...
国連は「更新なし・任期7年」の事務総長制に備えがあるのか?
【国連IPS=タリフ・ディーン】
国連事務総長の任期を「更新なしの単一期・7年」とする案(1996年にさかのぼる長年の提案)が、潘基文(パン・ギムン)元国連事務総長によって再び持ち上がった。この原案は、ダグ・ハマーショルド財団とフォード財団が支援した研究の一部であった。同提案によれば、7年任期は「望ましくない圧力から自由な形で、事務総長が踏み込んだ計画に取り組む機会を与える。」
潘氏は、更新を認めない単一期の7年任期は、事務総長職の独立性を強化すると述べている。現行の「5年×2期」という慣行は、潘氏によれば、事務総長を「延長(再任)を得るために安保理常任理事国への依存を過度に強める」結果になりかねない。
エジプト出身のブトロス・ブトロス=ガリ元事務総長は、安保理で15票中14票の支持を得ていたにもかかわらず、米国が唯一の拒否権行使国となり、2期目(2度目の5年任期)を阻まれた。
研究は、「国連の最高の政策決定機関であり、最終的な任命機関でもある総会は、事務総長の任期を単一期7年とすること、および事務総長任命手続の改善に関わる主要要素を包括的に定める決議を採択すべきである」と提言した。
さらに同研究は、更新なしの7年任期という考え方を事務総長だけに限らず、UNDPやUNICEFなど国連の基金・計画、さらにはWHOをはじめとする専門機関を含む、国連システム各組織のトップにも広げるべきだと提言した。研究の題名は『指導力を必要とする世界:明日の国連――新たな評価(A World in Need of Leadership: Tomorrow’s United Nations....
|視点|炎から救われて―2025年の世界(ファルハナ・ハク・ラーマンIPS副総裁兼北米エグゼクティブ・ディレクター)
【トロントIPS=ファルハナ・ハク・ラーマン】
例年の「年末総括」記事は、この1年に起きた世界的災害や危機を重たい調子で振り返り、IPSのパートナーや寄稿者の取り組みを紹介したうえで、最後はやや明るい結びで締めくくられるのが通例である。だが今回は、比喩にもなる個人的な出来事から始めたい。|英語版|アラビア語|ドイツ語|
11月20日、ブラジル・ベレンで開かれていた国連気候会議COP30では、化石燃料ロビーに翻弄されながら各国代表が最終文書をめぐって駆け引きを続け、会期延長も避けられない様相を呈していた。そのさなか、会場のコンベンションセンターで火災が発生した。場内は炎と混乱に包まれ、緊張が走った。
数千人が出口を求めて動くなか、若いバングラデシュ人外交官が私に気づいた。彼は我先にと人波に加わるのではなく、混み合う群衆の間を縫って私を安全な場所へと導いてくれた。危機の瞬間、人は思いがけない形で助け合える。そのことを示してくれたアミヌル・イスラム・ジサンに感謝したい。
幸い死者は出なかった。協議は再開され、締約国会議(COP)のプロセスも、気候危機の抑制に向けた小さな前進と解釈し得る最終文書の採択という形で、ひとまず持ちこたえた。もっとも、危機の主因である化石燃料についての言及は、なお婉曲な表現にとどまった。
COPの存続は盤石ではなかった。ドナルド・トランプ大統領が米国の不参加を指示し、9月の国連総会演説で気候変動を「史上最大のペテン」と切り捨てたためである。
だがベレンへの不参加は、国際的地位という点で、むしろ米国自身により大きな損失をもたらした。トランプがヨハネスブルグで並行開催されていたG20協議も回避したことで、米国の評判はさらに傷ついた。その「傷口に塩を塗る」形となったのが、G20議長国のシリル・ラマポーザ大統領の落ち着いたリーダーシップである。米国の反対をよそに、気候危機を含む世界的課題に取り組む宣言の採択へと議論を導いた。
振り返れば、この1週間が「米国の時代」に静かに終止符を打ったのかもしれない。予測不能、混乱、暴力、そして制度化された残酷さ―それらは、2025年に一段と進んだ単独主義と保護主義への劇的な転回を告げる兆候である。
10月11日に米国仲介のイスラエルとハマスの「停戦」が始まって以降、子どもを含む数百人のパレスチナ人が殺害された。ロシアによるウクライナの民間人を標的とした空爆も続き、就任初日に戦争を終わらせられると豪語したトランプの、場当たり的な終戦工作をあざ笑うかのように、被害を積み重ねている。
トランプが1月に命じた米国援助の大幅削減は、「世界的な人道的大惨事を助長した」と、国連人権理事会が7月31日の声明で指摘した。貧困、食料、人権に関する2人の独立専門家の見解を引用し、理事会はこう述べた。「援助削減に起因する死者は、すでに35万人以上と推計され、そのうち20万人以上が子どもである。」
西スーダンの紛争で飢饉は拡大し、資金不足は南スーダン向けの重要な国連支援の削減にもつながった。ミャンマーでは「忘れられた内戦」が続くなか、国連世界食糧計画(WFP)は資金不足を理由に、100万人以上への救命支援を打ち切った。
市民社会の国際ネットワークCIVICUSは、紛争、気候危機、民主主義の後退といった複合危機が、国家が解決できない、あるいは解決しようとしない問題に対応するための国際機関の能力を超えつつあると警告する。米国が国際機関から距離を置く動きは、国際協力の危機をさらに深刻化させかねない。
しかし、CIVICUSの「2025年版 市民社会の現状報告書」が示すように、市民社会は国連を「人々を中心に据える」ことで立て直すための構想を持っている。COP30では、オープン・ソサエティ財団のビナイフェル・ノウロジー総裁がこの方向性に賛同し、先住民やアフロ系コミュニティの声を可視化し、人権を気候行動の中核に据え直したとして、ブラジルの民主的リーダーシップを評価した。
急速に揺れ動く世界秩序のなかで、ノウロジーは、尊厳と公正、そして地球の保護に根ざした新たな発想とビジョンを携え、グローバル・サウスが前面に出つつあるとみる。
COP30でまとまった合意のなかで、最も重要なのは「公正な移行メカニズム(Just Transition Mechanism)」だろう。世界のグリーン経済への移行を公平に進め、労働者、女性、先住民を含むすべての人々の権利を守ることを目的とする。
太平洋共同体(SPC)の気候変動・持続可能性ディレクター、コーラル・パシシはCOP30で、気候変動の影響が急速に深まる島嶼国にとって事態がいかに危機的であるか、そしてベレンで実質的な前進がいかに切実に求められていたかを強調した。損失と損害(Loss and Damage)への先進国の資金支援を強化する必要性も訴えた。
南アジアやアフリカで政権を揺さぶったZ世代のデモも、より公正な将来像を掲げて存在感を強めている。抗議の矛先は、既得権化したエリート層における縁故主義と腐敗である。昨年バングラデシュでは、デモ隊が銃弾にさらされた。9月に政権が退陣に追い込まれたネパールでも、タンザニアでも、同様の暴力が報告され、タンザニアでは数百人が殺害されたとも伝えられた。今年はインドネシア、フィリピン、モロッコでも、Z世代の抗議が政治情勢を揺らした。
スウェーデンの研究者ヤン・ルンディウスはIPSにこう記した。「これらの抗議行動は、個別の出来事が引き金となったとしても、根底には深刻な富の格差、蔓延する縁故主義、際限のない腐敗という、長年にわたり共有されてきた不満があった。とりわけ若者は、富裕で信用を失った政治エリートを支える権力世襲の有力者に抗議したのである。」
紛争と気候災害が重なれば、子どもの教育には長期的に深刻な影響が及び得る。IPSが支援する「Education Cannot Wait(ECW)」や「学校の安全に関する宣言(Safe Schools...
2025年を振り返って
「エベレストの国」として知られるネパールは、2025年、若者主導の政権転覆と結び付けて語られるようになった。
【カトマンズNepali Times=ソニア・アワレ】
年初は大きな出来事もなく始まったが、年末は騒乱と先行きの不確実性の中で幕を閉じた。ただし緊張は、年初から水面下でくすぶっていた。
2月、ネパールはマネーロンダリング対策の不備を理由に、金融活動作業部会(FATF)の「グレーリスト」に入った。米国国際開発庁(USAID)の停止で、保健、気候、栄養分野の多くの事業が止まった。混乱のさなか、5月にはインドとパキスタンが戦争に突入した。全面的な核戦争には至らなかったものの、この衝突を経てドナルド・トランプ大統領とナレンドラ・モディ首相の関係は決定的に悪化した。
3月28日、カトマンズでは、債務不履行で知られるドゥルガ・プラサイが率いた親王政集会が開かれ、機動隊によって解散させられた。支持者が放火と略奪に走り、テレビ記者を含む2人が死亡した。年後半の混乱を予告する出来事だった。
モンスーンは例年通りの被害をもたらした。今回はボテ・コシ川で国境を越える氷河湖決壊洪水が発生し、中国との主要貿易ルートが押し流された。気候リスクを改めて突きつける出来事となった。
8月、カトマンズの政界・メディア関係者の間では、K・P・オリ首相がインド政府から公式招待を得られるかどうかが取り沙汰されていた。招待が実現しないと、オリは9月3日、北京で開かれた戦勝記念パレードに出席するという物議を醸す訪中を強行した。第二次世界大戦における日本の敗戦80周年を掲げる式典である。
会場にはウラジーミル・プーチン大統領、習近平主席、金正恩第総書記が居並んだ。だがオリは帰国から6日後、首相の座を追われた。抗議者が首相公邸に火を放つ直前、オリはネパール軍のヘリコプターで救出された。
この年を通じ、UML(ネパール共産党・統一マルクス・レーニン主義)とNC(ネパール会議派)の連立は、言論の自由を狭める法案を相次いで準備していた。印刷・出版法の改正、ソーシャルメディア法案、対諜報法案、さらに社会福祉評議会(Social Welfare Council)の改組である。導火線に火をつけたのは、9月5日に26のソーシャルメディア・プラットフォームを禁止した措置だった。
インドネシアで起きた若者主導の反汚職抗議に触発され、ネパールのGenZ(Z世代)が動いた。社会政治の空気は乾き切っており、殺害事件への怒りが抗議の拡大を促した。
GenZが9月8日、汚職と悪政に抗議する集会を呼びかけたとき、事態が制御不能に陥るとは(若い抗議者自身も含め)誰も想像していなかった。8日、武装警察部隊(APF)の発砲により、デモ参加者19人が死亡した。
流血はソーシャルメディアで無検閲のまま拡散された。翌日、衝撃が癒えぬ若者たちのさなかで、さまざまな不満を抱えた人々が放火と略奪に走り、標的は住宅、官公庁、学校、事業所に及んだ。9日午後10時にネパール軍が外出禁止令を出すころには、多くが焼け落ちていた。
その後、GenZはスシラ・カルキを首相に選出したが、彼女に不満を抱く強硬な一派もいる。混乱に拍車をかけているのが、打倒されたUMLとNCの指導者たちである。彼らは失脚を受け入れられず、下院(代議院)の復活を狙う。オリはUMLの党首に再選され、退く気配はない。かつての連立相手であるシェール・バハドゥル・デウバにも踏みとどまるよう働きかけている。
ただ、両党には選挙に踏み切る以外の選択肢がない。にもかかわらず、長年の失政に対する民衆の怒りに向き合うための党改革は十分に進んでいない。
3月の選挙実施は不透明とみられていたが、ラーム・チャンドラ・パウデル大統領が今週、UML、NC、NCPの各党を招集し、カルキとの初会合を開いたことで情勢が動いた。RSPもカトマンズ市長バレン・シャーとの協議に乗り出し、総選挙はにわかに現実味を帯びてきた。結果がどうであれ、2026年は既成政党の優位が新たな勢力に挑まれ、ネパール政治の進路を変える年となるだろう。
それが透明性、民主主義、説明責任という新たな政治文化につながるのか。あるいは大衆迎合と権威主義へ傾斜するのか。その兆しが見え始めるのが2026年である。(原文へ)
ソニア・アワレ(ネパリ・タイムズ編集者/保健・科学・環境担当):気候危機、防災、開発、公衆衛生を長年取材し、それらの政治・経済的な相互連関を追ってきた。公衆衛生を学び、香港大学でジャーナリズムの修士号を取得。
INPS Japan
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