Error 404 - not found

We couldn't find what you're looking for. Browse our latest stories or try searching using the form below:

Browse our exclusive articles!

人工知能と人類の未来―ノーベル賞受賞者らが求めるAIの国際的ガードレール

【イタリア・ボルゴ・ラウダート・シIPS=アリエル・F・デュモン】 「すみません、デイブ。それはできません。」 スタンリー・キューブリック監督が1968年公開の映画『2001年宇宙の旅』でスーパーコンピューター「HAL9000」に語らせたこの一言は、人工知能(AI)が人間の制御を離れることへの恐怖を象徴する、映画史に残る名場面となった。|英語版| それから58年―その問いは、かつてないほど現実味を帯びている。 この問題を議論するため、世界各国から200人を超える政治指導者、科学者、宗教者、平和活動家らが、ローマ近郊カステル・ガンドルフォの教皇夏季離宮内にある「ボルゴ・ラウダート・シ」に集結した。現在、この地には教皇レオ14世が滞在している。 会議は「人工知能と核戦争に関するグローバル・ノーベル賞受賞者会議」が主催し、「国際安全保障の未来」「新興技術のガバナンス」「軍縮」、そして「平和の経済の構築」を主要テーマとして3日間にわたり開催された。 参加者には、イタリア元首相・欧州委員会元委員長のロマーノ・プローディ氏、2006年ノーベル平和賞受賞者でバングラデシュ暫定政権首席顧問のムハマド・ユヌス氏、創価学会渉外局長で池田平和・教育・対話センター所長の長岡良幸氏、2021年ノーベル平和賞受賞者でフィリピン人ジャーナリストのマリア・レッサ氏、アムネスティ・インターナショナル事務総長アニエス・カラマール氏をはじめ、世界を代表する科学者や核問題の専門家が名を連ねた。 開会式では、ローマ教皇庁・総合的人間開発省のファビオ・バッジョ次官があいさつし、会議全体を貫く理念を提示した。 「平和とは、単に戦争が存在しない状態ではありません。正義、相互信頼、法の支配への敬意、そしてすべての人間が持つ侵すことのできない尊厳の上に築かれる秩序なのです。」 議論を通じて浮かび上がった共通認識は明快だった。 AIの適切な規制は、平和、ひいては人類そのものの存続を守るために不可欠であるということだ。 AIはすでに軍事システムへ組み込まれ始めており、核拡散、サイバー戦争、高強度紛争のリスクを飛躍的に高め、国際秩序や倫理原則を揺るがしかねない。 登壇者の分析や立場はさまざまだったが、結論は一致していた。 AIそのものを恐れる必要はない。しかし、それはHAL9000のような存在になるまで放置してよいという意味では決してない。技術が制御不能になる前に、国際社会は適切な安全措置(ガードレール)を整備しなければならないという点で、ほぼ全員が一致したのである。 https://www.youtube.com/watch?v=ZN4UGOojZzM この懸念を強く訴えた一人が、アルゼンチンの物理学者であり、パグウォッシュ会議事務総長を務めるカレン・ホールバーグ氏だった。 彼女はAIを「核エネルギーと同じ『デュアルユース(軍民両用)技術』」と位置づける。 核分裂はエネルギーや医療分野に画期的な恩恵をもたらした一方で、核兵器も生み出した。同様にAIも、科学研究や医療、さらには国際的な合意履行の監視などに大きく貢献できる半面、核兵器システムへ組み込まれれば極めて危険な不確実性をもたらす可能性があると警告した。 特に、衛星画像の分析や軍事状況の評価、さらには核兵器の指揮・統制に関わる意思決定にアルゴリズムが介在することは、人類の未来を左右する取り返しのつかない判断につながりかねないと懸念を示した。 「私は恐れているのではありません。懸念しているのです。そして、その懸念こそが、手遅れになる前に行動を起こす決意につながらなければなりません。」 ホールバーグ氏は、技術の進歩が政治による規制を追い越す前に、「予防原則」を適用するよう各国政府に求めた。 一方、長岡氏も危機感を共有しながら、その視点はやや異なる。 AIそのものが危険なのではなく、それをどう使うかは人間自身に委ねられているというのである。 「結局のところ、問題は人間そのものに帰着します。私たちは、より利己的になることも、より思いやり深くなることもできます。」 長岡氏は、とりわけデジタル技術に囲まれて育つ若い世代の責任を強調した。 デジタルツールが生活のあらゆる場面に浸透し、人と人とのつながりが希薄化する危険性が高まるなか、人類の課題はAIを拒絶することではなく、人間固有の判断力を失わずにAIを活用することだという。 「意思決定においては、良心と知恵を守り続けなければなりません。」 教育と批判的思考こそが、人間や社会の判断に大きな影響を及ぼし得るAIに対する最大の防波堤になると語った。 さらに長岡氏は、最近テレビで見たあるエピソードを紹介した。 「86歳の日本人女性が、重い病気の夫の延命治療を終了するかどうかという苦渋の決断に直面し、家族ではなくChatGPTに相談したという話を耳にしました。」 長岡氏は、この選択自体を非難するのではなく、人生の最も重大な局面で、人々が機械との対話を信頼するようになる新しい社会のあり方について考える必要があると指摘した。 こうした「人間の責任」をめぐる問題意識は、マリア・レッサ氏の発言とも響き合っていた。 レッサ氏は討論を通じ、AIが民主主義にもたらす危険性――偽情報の爆発的拡散、世論操作、そして巨大テクノロジー企業への権力集中―について繰り返し警鐘を鳴らした。 「AIは単なる技術革新の問題ではありません。民主主義そのものの機能に関わる問題なのです。」 さらに、会議で最も根源的な問題提起を行ったのはムハマド・ユヌス氏だった。 同氏は議論を経済の問題へと広げ、現代資本主義におけるAIの利用そのものを、人間中心の視点から問い直した。 「最大の問題は、一部の仕事が失われることではありません。富の集中がますます進むことです。」 AIは、ごく少数の企業が技術、データ、富を独占する一方で、多くの人々を経済活動から排除する社会を加速させる危険性があると警告した。 「AIは、人々から生活の糧、尊厳、そして自立する力を奪いかねません。」 未来はAIが人間に取って代わる経済ではなく、すべての人が参加し、起業し、機会を分かち合える経済でなければならないと訴えた。 そして世界の政治指導者に向けて、「AIは権力集中のための道具ではなく、すべての人々に奉仕するための技術でなければならない」と強く呼びかけた。 では、この先、私たちは何を選ぶべきなのか。 3日間の議論を経て、一つだけ確かなことがある。 AIはすでに私たちの社会の一部となっており、もはや後戻りはできない。 人類はAIを過度に恐れる必要もなければ、「未来最大の敵」と見なす必要もない。 しかし、なお答えの出ていない根本的な問いが残されている。 誰がAIを管理するのか。どのようなルールに基づいて管理するのか。そして、それはどのような社会のために使われるのか。 HAL9000が誕生して半世紀余り。 真の脅威とは、機械が人間になることではないのかもしれない。 むしろ、人間自身が、自ら考え、判断し、その選択に責任を負うという、人間らしさの本質を少しずつ手放してしまうことなのかもしれない。 This article is brought to you by IPS NORAM in collaboration...

マナン・マンダラの市場と僧院

ネパール・マナン共同体の経済的成功と精神的実践が示す、新たな資本主義の可能性 【カトマンズINPS Japan/Nepali Times=プリスタ・ラタナプラック】 毎年11月、ネパール・カトマンズに暮らすマナン(Manang)共同体の人々は、資金や物資、人手などの社会的・物的資源を持ち寄り、スワヤンブ寺院で約3週間に及ぶ断食修行「ンンネ(Ngungne)」を行う。|英語版| 参加者は真言を唱え、五体投地を繰り返し、数珠を手に祈りを捧げながら断食を続ける。 この厳しい修行は、マナンの人々の深い信仰心と精神的実践への献身を象徴している。しかし、その運営方法や共同体全体による資源の投入に目を向けると、そこには資本主義についての従来の理解を覆すような、極めて興味深いもう一つの姿が見えてくる。 資本主義の歴史は、これまで主として西欧型資本主義や自由市場経済の視点から語られてきた。しかし、マナン共同体が精神的な信念と親族関係を基盤にしながら、資本を生み出し、蓄積し、再分配し、さらに次世代へ継承してきた営みは、資本主義そのものを考え直す新たな視点を私たちに提供している。 ネパールでは、マナン共同体は社会的・宗教的活動よりも、卓越した商業活動によって広く知られてきた。 彼らの交易の歴史は数百年前にまでさかのぼり、近代国家が成立する以前から続いている。その交易ネットワークは、ヒマラヤを挟む異なる生態圏の社会を結び付けるとともに、内陸地域と海上交易圏をつなぐ重要な役割を果たしてきた。 マナン商人たちは、アジア各地に存在した他の商人ディアスポラとともに、西欧列強が火器と巨大な資本を武器に進出してくるまで、アジア交易の根幹を支えていた。 その後、多くの伝統的商人共同体の交易網は衰退したが、マナン共同体は数少ない例外として繁栄を維持し続けてきた。 マナン共同体がネパール政府から国際貿易の特権を与えられていたことはよく知られている。しかし、彼らの社会を長年にわたって支えてきた内部の社会制度や文化的価値観については、これまで十分な研究が行われてこなかった。 しかも、こうした特権が失われた後も彼らの商業活動は拡大を続けている。その事実は、この共同体の社会構造そのものを社会学的に検証する必要性を示している。 私の著書『Market and Monastery(市場と僧院)』では、共同体内部における「パートナーシップ」という独特の文化的論理に焦点を当てている。 この考え方は、経済的利益の追求だけでなく、共同体全体の社会的・精神的な理想を実現するうえでも、人々の関係性を形づくってきた。 数百年にわたりマナン商人の広域交易は発展を続け、その過程で生み出された豊かな余剰資金は、地域社会や宗教活動のための数多くの事業を支えてきた。 彼らは共同体全体で宗教儀礼を営み、大規模な親族の集まりを開催し、学校や道路、診療所、宗教施設を建設してきた。また、恵まれない人々への支援に加え、近年ではネパール社会全体を対象とした人道支援活動にも積極的に取り組んでいる。 自己利益 マナン共同体における人間関係を形づくってきた「パートナーシップの論理」は、一見すると、新古典派経済学が前提とする「人間は自己利益を追求する存在であり、その行動は最終的に自己利益の最大化へ向かう」という考え方と大きく異なるものではないように見える。 もっとも、このような人間観は数ある文化的前提の一つにすぎず、その内容は社会によって大きく異なる。 私は、マナン共同体において、このパートナーシップの論理こそが、広大な地理的空間に分散しながらも、何世代にもわたって共同体を維持・発展させる社会的・経済的基盤を築いてきたと考えている。 もちろん、本書は理想社会を描こうとするものではない。 むしろ、協力と相互扶助によって繁栄してきた社会が、人間社会に必然的に存在する対立や利害衝突にどのように向き合い、それを乗り越えてきたのかを描いた記録である。 マナン共同体における協力関係は、人々の生まれつきの性質から自然に生まれたものではない。 それは、望ましい協力関係を育み、維持するために、社会制度や文化的慣習を意識的に築き上げてきた努力の積み重ねによる成果なのである。 実際、この共同体にも葛藤や内部対立は存在してきた。 それでもなお、人々は協力関係を築き上げてきた。 つまり、本書は「社会がどのように機能するのか」を描いた物語でもある。 本書では、マナン共同体が南アジアや東南アジア各地の社会とどのように関わりながら、交易を維持すると同時に、社会的・精神的な理想を実現するための基盤を築いてきたのかをたどっている。 特に、共同体内部で協力とパートナーシップを促進してきた社会制度に焦点を当てている。 海外では、こうした制度が人々の信頼関係を育み、生産的な人間関係を支え、交易に関する知識や経験を共同体全体で共有することを可能にしてきた。 一方、故郷では、マナン共同体は宗教儀礼や共同体の祭礼を運営するために、人材や資金などの社会的・物的資源を持ち寄る精巧な仕組みを発展させてきた。こうした営みを通じて、人々は個人や事業のための資金を融通し合う一方で、共同体の持続可能性にとって欠かせない価値観を育み続けている。 宗教儀礼や祭礼は多様であり、それぞれが異なる親密さや条件のもとで、人々にさまざまな形の社会関係資本や金融資本をもたらしてきた。こうした社会慣習や礼節に深く根ざした制度は、共同体全体による貯蓄を可能にしている。 マナン共同体における資本形成は、人々の人生の目標を社会的、起業的、そして精神的な目的へと結び付ける過程の中で発展してきた。その過程では、資本の蓄積と再分配が、宗教的功徳や社会的評価、さらには共同体内の相互扶助の義務と不可分のものとして進められている。 共同体の内部では、事業資金を必要とする仲間を支援するため、無利子融資も広く行われている。 多くのマナンの人々は、この無利子融資こそが事業を立ち上げ、発展させる上で決定的な役割を果たしたと振り返る。こうした制度によって、人々は個人としてではなく共同体全体として経済的に発展し、豊かさを共有できるようになったのである。 数世代を経た現在、マナン共同体は豊かさだけでなく、高い教育水準も実現している。 国際貿易で得られた利益は、ネパールや東南アジア各国の正式な経済部門で新たな事業を立ち上げるための重要な種銭となった。多くのマナン商人は現地女性と結婚して海外に定住し、新たな産業を育ててきた。 彼らの投資分野は、観光業、ホテル業、自動車輸入、製薬、銀細工、ワイン醸造、農業など多岐にわたる。 2023年時点では、マナン共同体が所有する登録企業は、ネパール国内総生産(GDP)の約0.5%を生み出していると推計されている。共同体の人口は約7,000人で、ネパール全人口のわずか0.00025%にすぎないことを考えれば、この数字は驚くべきものである。 実際、マナン共同体による国際的な交易や企業活動は、ネパールだけでなく複数の国の経済を支えてきた。 例えば、カルマ・グループ(Karma Group of Companies)は、ネパール農業部門で最大の納税企業となっている。 共同体が豊かになり教育水準が向上するにつれ、若い世代は医師、技術者、パイロット、客室乗務員、芸術家、生物学者、BBC職員、国連職員など、幅広い分野で活躍するようになった。 約1,000人のマナン出身者が海外へ留学・就職し、その多くが送金を通じて、マナン社会奉仕委員会や女性団体が進める社会貢献・人道支援活動を支えている。 一方で、年長世代が共同体での宗教実践を重視するのに対し、若い世代は宗教儀礼への参加は減少している。その代わり、社会奉仕や人道支援など、より幅広い公益活動への関心を高めている。 共有される富 マナン共同体では、富を個人だけで蓄え込んだり、他者と分かち合うことなく誇示したりすることは好まれない。 周囲に困窮する人々がいるにもかかわらず、自分だけが贅沢を楽しむことは、品位や社会性、さらには人格の欠如と見なされる。 他者が手に入れられない富を獲得することが名声や社会的地位につながる社会とは対照的に、マナン共同体では、「他者が本来なら実現できなかったことを可能にする力」を持つ人こそが尊敬される。 2010年、マナン共同体はインド・ブッダガヤでンンネ断食修行を開催し、約300人が参加した。 特筆すべきは、参加者が自ら旅費を負担しなかったことである。 代わりに43組の夫婦が資金を出し合い、巡礼全体を支援したことで、経済的に余裕のない人々も参加できるようになった。 一行は貸し切りバスで移動し、多くの参加者は、マナン共同体が資金を提供して建設した宿泊施設に滞在した。 このようにパートナーシップを形成することで、共同体はより多くの人々に宗教修行へ参加する機会を提供し、経済力の異なる人々が同じ精神的目標を追求できる環境を整えてきた。 こうした文化的価値観が、人々に私的な富を手放し、より大きな精神的・社会的・経済的目標のために活用しようという意識を育んできたのである。 マナン共同体における資本の蓄積と再生産のあり方は、「社会とは何のために存在するのか」という彼らの根本的な社会観、そして再分配と平等に対する価値観によって形づくられてきた。 この共同体では、資本は共同で蓄積され、広く共同体内を循環する。そのため、多くの人々が新たな投資のための資源を利用することができ、それがさらに新たな資本の創出へとつながっていく。 共同体による資本の蓄積は再分配を促進し、その再分配が共同体内部の経済格差を抑制してきた。 マナン共同体における資本主義的な営みは、多様な社会制度の中に深く組み込まれており、人々の相互依存関係と社会的つながりを重視する価値観の上に成り立っている。 これは、市場という経済制度が経済活動を人間関係から切り離し、その抽象的な市場原理が資本や労働、さらには自然資源にまで深刻な影響を及ぼし得る現代資本主義とは著しく異なる。 それに対してマナン共同体では、人と人との社会的関係そのものが社会的・経済的な安全網として機能し、自由市場がもたらす厳しい競争やリスクから人々を守っている。そして、再分配の仕組みが、私的な富の過度な集中を抑制する役割を果たしているのである。 自由市場経済では、カール・マルクスが指摘したように、時間の経過とともに資本収益率と労働所得は乖離し、最終的には経済成長そのものを損なうことになる。 また、フランスの経済学者トマ・ピケティは、膨大な歴史資料を分析した結果、21世紀において既に莫大な資産を持つ人々への富の集中がさらに進んだことで、所得格差の拡大、公的債務の増大、そして金融危機が引き起こされてきたことを明らかにしている。 こうした不安定性は、私的な富の蓄積を原動力とする資本主義経済が内包する構造的矛盾の帰結である。 興味深いことに、ピケティがその処方箋として提唱する「富裕税」は、マナン共同体では古くからさまざまな形で実践されてきた累進的な共同体負担の仕組みに極めて近い。また、それは自由市場経済が生み出す所得・資産格差を是正する方法としてアダム・スミス自身が唱えていた考え方でもある。 社会的・経済的な安心を、個人が私有財産を蓄積することで得るのか、それとも福祉国家のような大きな共同体や、マナン共同体のような人間関係そのものに蓄えるのか――その選択は、経済合理性だけでは説明できない価値判断に委ねられている。 つまり、それは社会を構成する人々が共に選び取る倫理的な選択なのである。 このマナン共同体の事例は、経済学者ベンジャミン・フリードマンが著書『Religion and...

米国の軍事司教、戦争のさなかに注目を集める―米国で最も重要なカトリック指導者の一人

【ワシントンDC INPS Japan/ National Catholic Register=ヴィクトル・ガエタン】 中東で戦火が広がる中、米軍を管轄する世界唯一の教区を率いる大司教は、バチカン外交と、戦地に立つ兵士たちが直面する重い倫理的現実との間で難しい舵取りを担っている。 イランとの戦争は、ティモシー・ブログリオ大司教にとって決して遠い世界の出来事ではない。 ブログリオ大司教は、米国軍事大司教区(Archdiocese for the Military...

同盟国が重荷となるとき

【ニューヨークIPS= アロン・ベン=メイアー】 過去30年余りを振り返っても、一人の米国大統領にこれほどまで自らの外交・安全保障戦略を賭けた外国首脳はいないだろう。ベンヤミン・ネタニヤフ首相ほど、ドナルド・トランプ大統領に深く依存した指導者はいなかった。|英語版| トランプ大統領は米国大使館をエルサレムへ移転し、2015年のイラン核合意(JCPOA)から離脱し、ゴラン高原に対するイスラエルの主権を承認した。そして2026年2月には、ネタニヤフ首相が30年以上にわたり米国に働きかけ続けてきた対イラン戦争の口火を切る攻撃に、米国もイスラエルとともに踏み切った。 両者の蜜月関係は揺るぎないものに見えた。しかし、その関係は決して無条件ではなかった。両者の利害が一致していることが、その前提だったのである。 ところが2026年6月、その利害は決定的に食い違った。この決裂は、ネタニヤフ首相が長年目を背けてきた現実を浮き彫りにした。イスラエルの安全保障と自身の政治的延命が相反する局面では、彼は国家ではなく、自らの生き残りを優先するという現実である。 両者の決裂の引き金となったのは、一通の覚書だった。 6月17日、トランプ大統領は、パキスタンの仲介によってまとめられた「イスラマバード覚書」に署名し、自ら開戦を後押ししたイランとの戦争に正式な終止符を打った。 14項目から成るこの枠組みは、レバノンを含むすべての戦線での恒久的な敵対行為の停止、ホルムズ海峡の再開放、イラン港湾に対する米海軍の封鎖解除、イラン産原油輸出への制裁免除を盛り込んでいる。さらに、米国と地域諸国が総額3,000億ドル規模の復興基金を設立し、世界各地で凍結されているイラン資産の段階的解除に向けた交渉を進めることも明記された。 しかし、この合意には、イスラエルが戦争によって達成しようとしていた核心的な目的が欠けていた。 イランの核開発問題をめぐる交渉は後日に先送りされ、弾道ミサイルや地域の代理勢力については何も盛り込まれていなかった。 要するに、トランプ大統領が望んだのは、短期戦によってイランを交渉の場に引き出すことだった。一方、ネタニヤフ首相が望んでいたのは、イランを中東の地域大国として再起不能なほど弱体化させることだった。 戦闘が続いている間、この二つの構想は共存できた。しかし、和平が現実味を帯びた瞬間、両者の両立は不可能となった。 そこでネタニヤフ首相は、この和平を葬ろうと動き出した。 ベザレル・スモトリッチ財務相は、この合意を「イスラエルにとっても自由世界にとっても悪いものだ」と非難した。イタマル・ベン=グヴィル国家安全保障相も、「トランプ氏の合意はわれわれを拘束しない」「イスラエルは米国に従属しているわけではない」と公言した。そしてイスラエル軍は、レバノンへの空爆を続けた。 6月14日、合意文書への署名が数時間後に迫る中、イスラエルはベイルートを攻撃した。これに激怒したトランプ大統領は、直ちにネタニヤフ首相へ電話をかけた。 その電話は、外交儀礼とは程遠いものだった。 トランプ大統領はネタニヤフ首相に対し、「ビビ、気を付けた方がいい。さもないと、近いうちに本当に孤立することになる」と警告した。 さらにその後の電話では、やり取りはいっそう激しさを増した。米政府関係者の説明によれば、トランプ大統領はネタニヤフ首相を「正気ではない」と非難し、恩知らずだと責めたうえで、「私がいなければ、君は今ごろ刑務所にいただろう」と突き放したという。 この最後の一言こそ、すべてを物語っている。 ネタニヤフ首相に残された唯一の政治的命綱は、戦争である。 イスラエルが戦争を続けている限り、選挙は行われない。選挙がなければ、彼は政権にとどまり続けることができる。そして政権の座にある限り、失脚の時まで、自らに対する汚職裁判を先送りし続けることができる。 ネタニヤフ首相にとって、和平は単に不都合なものではない。それは、自らの政治生命を脅かす存在なのである。 米情報機関は、ネタニヤフ首相がトランプ大統領のイラン和平構想を積極的に破綻させようとしているとホワイトハウスに警告したと報じられている。また、複数の分析者は、トランプ大統領が自国の同盟国を相手に仲介役を務めなければならない状況に追い込まれていると指摘した。 戦争を求め続けてきた人物が、今や和平実現の最大の障害となったのである。 そして、世界に向けて示されることになった決定的な場面が訪れた。 6月18日、J・D・ヴァンス副大統領はホワイトハウスの演壇に立ち、近年の米政権がイスラエルに向けたものとしては異例の厳しい叱責を行った。 「ドナルド・J・トランプ大統領は、今この世界でイスラエルに理解を示している唯一の国家指導者である。」 「もし私がイスラエル政府の閣僚なら、自国に残された唯一の強力な同盟国を攻撃するようなことはしない。」 さらに彼は、警告とも脅しとも受け取れる言葉を続けた。 「過去3か月間、イスラエルの本土を守ってきた防衛兵器の3分の2は、米国人の手によって造られ、米国の納税者の負担によって賄われたものだ。」 そして、イスラエルの問題はトランプ大統領にあると考えている者は、「現実を直視すべきだ」と付け加えた。 それは、イランとの和平合意を守るために、イスラエルの空を守る兵器を誰が供給しているのかを突きつける警告だった。 しかし、この警告は聞き入れられず、その代償は膨らみ続けている。 6月19日には、米国とイランの実務者協議がスイスのビルケンシュトックで開かれる予定だった。しかし、その前夜、イスラエル軍がレバノン南部を空爆し、レバノン保健省によれば47人が死亡、多数が負傷した。 イランは、戦闘停止が保証されない限り協議には応じないと主張した。 ヴァンス副大統領は訪問を取りやめ、協議は決裂した。 翌20日、イランは、イスラエルの攻撃は合意違反に当たるとして、ホルムズ海峡を再び封鎖すると発表した。 ヴァンス副大統領が和平合意の維持に奔走する一方で、スモトリッチ財務相は公然とこう述べた。イスラエルは、ヒズボラが武装解除するまで「必要な限り何年でも」レバノン南部に駐留し続け、撤退するつもりはない。そして、この方針には首相も同意している、と。 それは、イスラエル最大の後ろ盾である米国が自らの外交的威信を懸けて築こうとしていた和平を、意図的に妨害するための発言だった。 ここに問題の核心がある。そしてそれは、ネタニヤフ首相、スモトリッチ財務相、ベン=グヴィル国家安全保障相が理解しようとしない点でもある。 イスラエルは、財政面でも、軍事面でも、外交面でも、米国にほぼ全面的に依存している。 ワシントンは、国際社会からの批判を受け止め、国連安全保障理事会で拒否権を行使し、イスラエルの兵器庫を補充し続けてきた存在である。 トランプ大統領自らが署名した和平合意に公然と反旗を翻すことは、大胆な国家戦略ではない。 それは、イスラエルが決して失うことのできない唯一の同盟国に対する侮辱であり、自らの政権維持と国家利益を混同した政府による危険な誤算である。 その影響は、この一件だけでは終わらない。 いま米国が求めているのは、安定した中東、開かれた海上輸送路、そして終わりなき戦争ではなく、イランとの管理された外交関係である。 一方、ネタニヤフ首相が必要としているのは、戦争そのものだ。 これは、一時的な政策の違いではない。 両者は構造的に相容れず、ネタニヤフ首相が権力の座にある限り、この衝突は繰り返されるだろう。 長年にわたりイスラエルの安全保障を支えてきた米イスラエル関係の構図は、静かに反転した。 かつての敵は交渉相手となり、不可欠だった同盟国は足かせとなったのである。 この関係は、首脳会談や友好を演出する写真撮影によって修復されるものではない。 修復されるとすれば、それは、自らの政治生命を戦争の継続に依存しない指導者がイスラエルに誕生した時だけである。 それまでは、この亀裂は一時的に耐え忍ぶべき危機ではない。新たな常態である。 ネタニヤフ首相の傲慢な厚顔さは、ついに自らに跳ね返ってくることになるだろう。 アロン・ベン=メイアー博士は、人道的紛争解決研究所(Institute for Humanitarian Conflict Resolution)所長。 INPS Japan/IPS UN Bureau...