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固定観念の向こうへ―ラマダンの時期に取り戻すムスリムの歴史
【デリーIPS=マリヤ・サリム】
今日の公共空間において、ムスリムは自ら歴史を語る主体というより、しばしば他者に論じられる対象として扱われている。ムスリム社会をめぐる議論は、国際政治や安全保障、紛争に偏りがちで、何世紀にもわたり共同体を形づくってきた文化、芸術、知の伝統には、ほとんど光が当たらない。
だからこそ、こうした物語を取り戻すことは、自らの歴史を自らの言葉で語る力を取り戻すことでもある。ムスリム女性である私は、自分たちの共同体や歴史が論じられる場面でさえ、当事者であるムスリムの声が脇へ追いやられる現実をたびたび目にしてきた。
そうした問題意識から、私は友人で同僚のアシュウィニ・KP氏とともに、2020年に「ムスリム歴史月間」を立ち上げた。実施時期をラマダンに合わせたのは、共同体には自らの歴史を記録し、自ら語るための場が必要だという、ごく基本的な確信があったからである。この取り組みは、ウェブサイト「Zariya」を通じて発信している。
この「ムスリム歴史月間」は、黒人の歴史を見直す月間や、インドの被差別民の歴史を掘り起こす月間など、これまで各地で育まれてきた市民主導の試みにも学んでいる。そうした運動は長年にわたり、見過ごされ、歪められ、周縁に追いやられてきた人びとが、自らの過去と現在を取り戻す道を示してきた。
それらが教えてくれるのは、歴史とは単に過去を振り返る営みではなく、排除に異議を唱え、社会が自らをどう理解するかを問い直す行為でもあるということだ。「ムスリム歴史月間」もまた、その流れを受け継ぎ、ムスリム自身、そして連帯する人びとが、多様で複雑で豊かな歴史的・文化的経験を自ら見つめ直す場となっている。
小さな共同プロジェクトとして始まったこの試みは、その後、作家、研究者、芸術家、活動家が集う国際的な場へと発展した。これまで見過ごされてきたムスリムの歴史のさまざまな側面を掘り起こすこの企画には、エジプト、米国、パレスチナ、ネパール、ロシアなど各地から寄稿が寄せられている。参加者には、社会の中で周辺化されてきたムスリムの集団に属する人びとも含まれる。今年だけでも、レバノン、パレスチナ、インド、エジプト、インドネシアなど6カ国以上から寄稿が集まった。
こうした歴史を記録することの切実さは、寄稿者たち自身の姿勢にも表れている。レバノンの大学でイスラム美術史を研究するリマ・バラカート氏は、今年、戦火の続くベイルートから寄稿した。なぜそのような状況でもこの試みに参加したのかを問われ、彼女はこう語っている。
「戦争のさなかにあるからこそ、私は文化的な営みを続け、政治的混乱の中でも何かを生み出したいと思っています。歴史を振り返れば、第一次世界大戦や第二次世界大戦の時代にも、芸術家や作家たちは創作を続け、文化を支えてきました。私もいま、同じことをしています。生き延びるということは、文化や芸術を支え続ける力によってこそ測られるのです。」
この言葉は、困難な時代に文化が果たす役割の本質をよく示している。芸術表現はしばしば、目の前の政治課題に比べて後回しにされがちである。だが歴史が示してきたのは、文化こそが共同体にとって、苦境を生き抜き、記憶を守り、再び立ち上がるための最も力強い手段の一つだということだ。
第1回の「ムスリム歴史月間」では、世界各地の書き手たちが、それまで十分に語られてこなかったムスリム共同体の姿を記録した。テーマは、パキスタンに暮らすアフリカ系ムスリムの人びとの歴史から、ラマダンという月が人びとにとって何を意味するのかまで、多岐にわたった。
第2回では、すでに亡くなった世界各地のムスリム女性たちに光を当てた。取り上げられたのは、世界的な建築家ザハ・ハディドや、インド系で第二次世界大戦中に諜報活動に携わったヌール・イナヤト・カーンらである。彼女たちの歩みの多くは歴史の中で十分に記憶されてこなかったが、その人生と仕事を改めてたどることで、ムスリム女性の経験がしばしば歴史からこぼれ落ちてきた現実に向き合おうとした。
そして今年始まった第3回は、ムスリムの芸術と建築に目を向けている。ただし対象は、有名な大建築や美術館の展示作品だけではない。ここでいう芸術と建築には、舞台芸能、美しい文字を描く表現文化、礼拝所の建築、伝統工芸、お守りを身につける習慣、さらには信仰やアイデンティティー、共同体への帰属意識を表す日常の創造的な営みまで含まれている。
たとえば、カナダ在住のカウサル・アルコリー・ラマダン氏による寄稿は、カナダ・オンタリオ州ロンドンで起きた、ムスリム一家が憎悪犯罪の標的となって殺害された事件のその後を振り返るものである。2021年に起きたこの事件は、地域社会に深い衝撃を与えた。ラマダン氏の文章は、事件の残虐さそのものだけではなく、その後ムスリム女性たちが、創作や文化的な表現を通じてどのように応答したかに目を向けている。
こうした物語は、「何が芸術と呼ばれるのか」という従来の思い込みを揺さぶる。共同体が傷つき、その痛みを受け止め、自らの存在を確かめようとする危機の瞬間にこそ、創造性は最も力強く立ち現れることがあるのだ。
また、インドネシアのアヅカ・ハニイナ・アルバリ氏による寄稿は、預言者ムハンマドへの賛歌を唱える宗教的な歌やパフォーマンスを取り上げている。この論考は、そうした表現の場が、ジェンダー平等をめぐる議論を語る空間にもなっていることを示している。もともと男性中心だった宗教的実践に女性の参加を広げることで、演者たちは芸術を通じて、性別の平等や社会正義をめぐる新しい議論に関わっているのである。
今回の特集全体を通して、世界各地から似たような物語が浮かび上がる。現代の芸術家を扱うものもあり、世界的に知られるチュニジア人の書家カリム・ジャバリへのインタビューや、パレスチナのジュエリーデザイナー、エジプトの研究者による寄稿も含まれている。ほかにも、移住や離散、地域ごとの文化の歩みによって形づくられた芸術の伝統をたどる論考が並ぶ。
「ムスリム歴史月間 III」が示しているのは、芸術表現がいまも日々の暮らしの深いところに息づいているという事実である。地域の文化活動、目を見張る建築、歴史的な書物をめぐる考察、祈りのパフォーマンスに至るまで、こうした実践は、創造性がムスリム共同体の社会的・精神的な風景をいまも形づくっていることを物語っている。
同時に、それらはムスリム文化の多様さも示している。ムスリム社会が一枚岩ではないように、その芸術の伝統もまた一様ではない。
ムスリムを政治の見出しや安全保障の文脈に押し込めがちな今日の言論空間にあって、こうした物語は重要な対抗軸を示している。ムスリムの歴史とは、創造性、学問、手仕事、そして文化交流の歴史でもあることを思い出させてくれるからだ。
こうした歴史を書き残すこと自体が、一つの保存の行為である。歴史も、そしてまだ書かれていない現在も、放っておけば簡単に忘れ去られ、あるいは誤って伝えられてしまう。共同体が自らの過去と現在を語る力を取り戻すとき、それは、長く自分たちを大きな文化の物語から締め出してきた構造そのものへの挑戦となる。そういう意味で、「ムスリム歴史月間」は単に過去を振り返る試みではない。ムスリムの歴史がこれからどのように理解されるのかを形づくる営みでもある。
ベイルートから寄せられたリマ・バラカート氏の言葉が示すように、戦争と不確実性に覆われた時代であっても、文化の営みは途絶えない。多くの共同体にとって、生き延びることそのものは、文化を生み出し続ける力によって支えられているのである。
公の議論を支配する固定観念や見出しの向こう側には、はるかに豊かな物語がある。そこには、芸術、建築、記憶、そして自らの物語を語ろうとする共同体の想像力が息づいている。(原文へ)
マリヤ・サリム氏はZariyaの共同設立者。デリーを拠点とする人権活動家であり、性暴力やジェンダーに基づく暴力の問題に取り組む国際的な専門家でもある。
INPS Japan/IPS UN Bureau Report
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米国/イスラエルによる対イラン爆撃―国際法軽視のケーススタディ
【米カリフォルニア州オークランドIPS=ジャクリーン・カバッソ、ジョン・バローズ】
「『エピック・フューリー』作戦は、トランプ大統領の“壮大な癇癪”とも言うべき衝動が、取り巻きによって増幅され、現実の武力行使として実行に移されたものだ。影響は地域にとどまらず、世界の平和と安全保障、国際経済、そして第二次世界大戦後の国際法秩序を揺るがしかねない。」
米国/イスラエルによるイラン爆撃は、国際法の基本規則を明白に踏みにじっている。国連憲章第2条4項が禁じる「いかなる国の領土保全又は政治的独立に対する武力による威嚇又は武力の行使」に反し、イランの主権を侵害するものである。
米国とイスラエルが、差し迫った武力攻撃に対する自衛権の行使として行動しているとする説明には、説得力がない。まして体制転換(レジーム・チェンジ)は武力行使の正当化になり得ない。国家の政治的独立を尊重するという原則に、真正面から反するからである。
国連のアントニオ・グテーレス事務総長は、安全保障理事会の外で記者団に対し、米国によるイラン爆撃を「危険なエスカレーション」と表現した。「私は本日、米国がイランに対して武力を行使したことに深い懸念を抱いている。すでに瀬戸際にある地域での危険なエスカレーションであり、国際の平和と安全に対する直接の脅威である。」と事務総長は述べ、軍事的解決はないとの立場を改めて強調した。
とりわけ目立つのは、トランプ政権が多国間メカニズムを活用したり、国際法を根拠としたりするための真剣な努力をほとんど示していない点である。政権は、その行動と国際法への軽視によって、冷戦終結後ほぼ30年にわたり進んできた武力行使をめぐる基本規範の侵食を、さらに加速させている。
武力行使を形式的に制限してきた法的枠組みの弱体化は、長期にわたって進行してきた。21世紀に入ってからは、とりわけ大国が国際法や国際機関をいっそう軽視し、大規模な戦争に踏み切る事例が、衝撃的なかたちで繰り返されてきた。
最初の大きな例が、2003年の米国によるイラク侵攻である。90年代にイラク周辺で続いた長期かつ大規模な米軍展開、そして2001年のアフガニスタン侵攻・占領が、その下地となった。トランプ政権とは異なり、ジョージ・W・ブッシュ政権は少なくとも国際法上の根拠を示そうとはした。だが、戦争の正当化は虚偽に基づいていた。
次いで、ロシアによる2014年のクリミア併合、そして2022年のウクライナ全面侵攻が起きた。いずれも国際法上の正当化を欠いていた。今世紀にはほかにも、たとえば最近、米国がベネズエラに侵攻し大統領を拉致するために行動したように、侵略とみなし得る事例がある。だが、イラクをめぐる米国の行動、ウクライナにおけるロシアの行動、そして米国/イスラエルの対イラン爆撃は、武力行使をめぐる規範の侵食という観点で、とりわけ重大な転換点である。
イランの核開発をめぐって言えば、爆撃前には、自衛権を主張し得るような状況は存在しなかった。一般に、イランが長年にわたりウラン濃縮能力を維持してきたのは、将来のどこかで核兵器取得という「選択肢」を温存する意図もあったとみられる。だが、実際に取得へ踏み切った形跡はなかった。
しかも、2015年に苦心の交渉で成立した「包括的共同行動計画(JCPOA)」―イランの核計画に実効的かつ検証可能な制約を課した国際合意――から、一方的に離脱したのは、第一次トランプ政権下の米国である。
イランの核計画を論じる際、イスラエルが強固な核兵器庫を有している事実は、しばしば正面から扱われない。長期的にみれば、一部の国家には核兵器の保有を認め、他の国家にはそれを否定するという状態を維持することは現実的ではない。北朝鮮のように核拡散が現実化したケースであれ、イランのように潜在的拡散が懸念されるケースであれ、最も根本的な対処は、核兵器の世界的廃絶に向けて迅速に歩を進めることである。
もう一つの、少なくとも部分的な対応策は、新たな非核兵器地帯を地域に構築することである。中東でも、実際にその試みが進められてきた。核不拡散条約(NPT)の枠内でも国連においても、中東非核兵器地帯の交渉開始に向けた真剣な努力が続けられてきた。イランはその交渉への参加に前向きだった。
しかし、イスラエルと米国はこれらの取り組みをボイコットしてきた。これは、彼らが「脅威となるイランの核開発を止めるために行動している」と主張する際、その正当性を大きく損なう。
では、この状況にどう対応すべきか。
第一に、イラン侵攻は違法な侵略として非難されるべきであり、国連憲章が定める基本規範は、少なくとも将来のために守られなければならない。
第二に、世界はいま大きな変化の只中にあることを認識すべきである。その特徴は、権威主義的ナショナリズムの再興にある。権威主義的な民族ナショナリズム勢力が、核保有国を含む多くの国で政権を握るか、あるいは有力な政治勢力となっている。
課題の性質を直視する現実的な視点が必要であり、より公正で民主的かつ平和的なポスト・ナショナリズムの世界に向けて、新たな発想と革新的なアドボカシーと政治の形が求められている。(原文へ)
ジャクリーン・カバッソは米カリフォルニア州オークランドの西部諸州法律財団事務局長(Western States Legal Foundation)事務局長。ジョン・バローズは同財団理事。
IPS UN Bureau
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安全保障理事会に亀裂、地域は緊張状態:イスラエルとイランの衝突で外交力が試される
「ならず者国家」が憲章を無視し、戦争犯罪をエスカレートさせる中、国連は麻痺状態が続く
国連が直面しているのは予算危機か―それとも指導力の危機か―あるいは両方か
【ニューヨークIPS=アンワルル・K・チョウドリー】
2025年2月、今から1年前のことだ。国連のアントニオ・グテーレス事務総長は報道陣へのブリーフィングの冒頭で、「まず、過去48時間に国連機関や多くの人道・開発NGOに届いた情報について、深い懸念を表明したい。米国が資金拠出を大幅に削減するという内容だ。」と述べ、警鐘を鳴らした。事務総長は続けて、「その影響は、世界中の脆弱な人々にとって特に壊滅的なものとなるだろう。」と語った。
UN80イニシアチブ――改革か圧力か
その予算危機は、国連創設80周年を口実に掲げた「UN80イニシアチブ」という改革アジェンダによって、当面は先送りされようとした。資金繰りの逼迫に追い立てられて打ち出された、いわば体裁づくろいの改革である。
国連システムの構造改革とプログラム改革は、少なくとも過去4人の事務総長の時代から長年の課題とされてきた。だが、頭字語の変更、マンデートの拡張、組織の微調整、そして近年では職員の移転といった措置を除けば、目立った成果はほとんど見られない。
財政破綻への警鐘
今年1月末、事務総長は全加盟国宛ての書簡で、国連の通常予算の手元資金が7月までに底を突く可能性があると指摘し、業務運営に重大な支障が生じ得ると警告した。さらに、「差し迫った財政破綻」を回避するため、同様の事態を防ぐ国連の財政ルールを抜本的に見直すよう加盟国に求めた。
なぜ今になって、加盟国に具体的な行動を迫るのか。2025年2月に自ら危機を訴えた時点で、なぜ同じだけ踏み込んだ要請をしなかったのか。
これは、オオカミが来たと叫び続けた少年の寓話を思い起こさせる。
権限の限界を嘆く―権力も資金もない
グテーレス事務総長は過去に報道陣に対し、次のように語っている。「国連事務総長の権限が非常に限られているのは事実であり、財源を動員する能力もきわめて乏しい。つまり、権力もなく、資金もない」。
これは、すべての事務総長が直面し、十分承知してきた現実である。国連を継続的に追い、その複雑な機能を理解する人々にとっても周知の事実だ。
それでもなお、なぜこの現実は、国連指導部が与えられた責務を果たせない局面に限って、改めて公の場に持ち出されるのか。
私は、事務総長の「非常に限られた権限」は、国連とその最高指導部に過度の期待が寄せられないよう、繰り返し明示されるべきだと考える。私の知る限り、歴代の事務総長は、選出に向けた過程や就任時に、こうした制約を正面から語ってこなかった。
グテーレス事務総長も例外ではない。2017年の就任時点で、指導力の「限界」としてではなく、むしろ職務遂行上の「障害」として、これらの制約を事実として示していれば、より現実的で誠実だったはずだ。にもかかわらず、在任9年近くを経た2026年になって初めて、この点が強調されている。世界の「最重要外交官」が抱える構造的弱点―行動を縛る制度的制約―は、以前から変わらず存在してきたのである。
統制か撤退か
米国が、財政的影響力を梃子に国連の機能不全を脅しとして用いているのではないか、と見る向きもある。
米国は拒否権という強大な権限を持ち、国連システムの運営予算への拠出でも約4分の1を担ってきた。国連憲章を改正し、真に民主的な組織へ作り替えない限り、この構造は直視せざるを得ない。国連指導部も加盟国も、この現実を前提に対応すべきである。
米国は長年、法的に支払うべき拠出金を分割で納める方式をとってきた。事務総長もその事情を理解し、事実上受け入れてきた。狙いは、分割払いの局面ごとに見返りを引き出しつつ、拠出金未納による投票権停止を回避することにある。
私は、米国は国連から「撤退」するのではなく、「統制」を通じて国連を自国流に使おうとしているのだと考える。
国連のトップに女性を
こうした文脈において、私は改めて強調したい。国連は創設から80年を経たにもかかわらず、世界の最高外交官として9人続けて男性を選んできた。2026年に現職の後継者を選出するにあたり、次期事務総長は女性であるべきだ。いま国連に求められているのは、そのための判断力と見識である。
いま必要なのは、創造的で官僚主義に縛られず、主体的かつ先見性を備えた指導力である。そうした真の変化がなければ、「オオカミ少年」症候群が国連の活動を揺るがし続け、人類全体の利益のために存在する最も普遍的な多国間機関としての使命が損なわれかねない。
アンワルル・K・チョウドリー氏は、元国連事務次長。バングラデシュの元国連常駐代表を務め、国連総会第5委員会(行政・予算委員会)委員長(1997~1998年)、国連安全保障理事会議長(2000年、2001年)、国連総会議長上級特別顧問(2011~2012年)などを歴任した。さらに、国連計画・調整委員会の副委員長も2期務めている。(原文へ)
INPS Japan/IPS UN Bureau Report
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ホルムズ海峡危機で進む静かな同盟シフト―トランプ政権の論理に近づく日本と欧州
【ニューヨークATN=アハメド・ファティ】
ホルムズ海峡をめぐる同盟の変容は、同海峡への艦隊派遣によって始まったのではない。発端となったのは、一つの首脳会談である。ドナルド・トランプ米大統領が日本の高市早苗首相をホワイトハウスに迎えた際、焦点は、同盟国が海峡の安全確保に踏み込むのかどうかにあった。だが実際に浮かび上がったのは、より重大な変化だった。日本と欧州の主要国が、戦争そのものへの全面的な政治的責任を引き受けることなく、ホルムズ海峡をめぐる米国の戦略的論理へと静かに、しかし確実に歩み寄ったのである。重要なのは、まさにその点である。
トランプ氏のメッセージは明快だった。ホルムズ海峡に依存してエネルギーを輸入する国々は、その安全確保に応分の役割を果たすべきだ、というものだ。日本がその圧力の対象となるのは避けられなかった。欧州諸国も同様である。もっとも、両者にはそれに慎重にならざるを得ない理由があった。日本はなお、海外での武力行使に法的制約を抱えている。欧州にも、拡大しつつある米・イスラエルの軍事行動に巻き込まれることへの強い警戒感があった。首脳会談前、日本政府の立場は、慎重姿勢、法的自制、そして護衛任務への不参加というものだった。しかしワシントンは、その前提そのものを揺さぶった。
日本は海上自衛隊の派遣を発表したわけではない。米国主導の護衛艦隊に参加したわけでもない。法的な慎重姿勢を捨てたわけでもない。だが、日本政府は政治的には米国にとってより重要な一歩を踏み出した。危機に対する米国の捉え方を、従来以上に受け入れたのである。日本は事実上、「これは日本の戦争ではない」と距離を置く段階から、「これは航行の自由とエネルギー安全保障に対する重大な脅威であり、米国と緊密に連携すべき問題だ」と位置づける段階へ移った。同盟政治において、これは単なる表現の違いではない。立場の変化そのものである。
日本の報道からも明らかなように、高市首相はきわめて難しい舵取りを迫られていた。米国との決裂は避けなければならない一方で、国内の法的・政治的制約を超えることもできない。同時に、日本政府が見据えていたのはホルムズ海峡だけではなかった。より深い懸念は、米軍の関心と戦力が中東に振り向けられることで、対中抑止が弱まることにあった。つまり、これは単なる湾岸問題ではない。湾岸問題の形を取ったインド太平洋の問題だったのである。
欧州もまた、同様の方向に動いた。ただし、いつものように、実際以上に結束しているように装いながらである。欧州各国の当初の反応は、慎重というより抵抗に近かった。ブリュッセルでは、EUの海上安全保障態勢を調整すべきかどうかが検討されたものの、戦争に直接関与することへの意欲は乏しかった。欧州の当局者たちは、海上安全保障が進行中の空爆作戦と結びつけば、護衛任務が驚くほど容易に戦闘任務へと転化しかねないことを理解していた。
その後に出されたのが、あの声明である。
英国、フランス、ドイツ、オランダ、日本などは、「ホルムズ海峡の安全保障を改善するための適切な努力」に貢献する用意があると表明した。この「適切な努力」という表現が、すべてを支えていた。ワシントンを安心させるには十分に幅広く、各国政府が踏み込みすぎたと受け取られないようにするには十分に曖昧だったからである。その中身には、計画立案、監視、兵站、情報協力、制裁履行、エネルギー調整、さらには後になって、より都合のよい政治的隠れみのの下での海上展開まで含まれ得る。意図された曖昧さであり、この場合、曖昧さそのものが政策だった。
その中でも英国は、欧州大陸諸国より一歩先へ進んだ。ロンドンは、航行を脅かすイランのミサイル拠点への攻撃にあたり、米国による英軍基地の使用を認めた。これは単なる政治的支持ではなく、作戦上の支援である。一方、フランスは最も明確な慎重派として踏みとどまった。ホルムズ海峡の重要性は認めつつも、欧州の軍事力が米国とイスラエルによって形作られた戦闘環境に組み込まれるべきだという前提には抵抗した。この英仏政府の温度差こそ、欧州の実像をよく示している。統一でもなければ反乱でもない。そこにあるのは、複層的なためらいである。
では、ワシントンで何が起きたのか。
それは屈服ではなかった。反抗でもなかった。もっと捉えにくく、しかもより重要な変化だった。トランプ氏が得られなかったのは、テレビ映えする勝利である。艦隊派遣の発表もなければ、大々的な同盟国の誓約もなく、整然と従う同盟国の姿を示す写真もなかった。だが実際に得たのは、より現実的な成果だった。すなわち、徐々に進む接近である。日本は調整した。欧州も調整した。英国はより速く動いた。フランスは軍事的な帰結には抵抗しつつも、危機認識そのものは否定しなかった。同盟が実際に変化するとき、それはファンファーレとともに訪れるのではない。誰もが一時的措置だと言い張る半歩ずつの前進として進むのである。
より深い問題は、トランプ氏が、より苛烈な同盟政治のモデルを試している点にある。従来の構図では、米国が主導し、同盟国が支持を表明し、そして誰もが負担は共有されているかのように装っていた。だが新たな構図は、はるかに取引的で、礼儀も薄い。ワシントンがまず攻撃し、その後で、その余波に最もさらされる同盟国に対し、安定化のコストをより多く負担するよう求めるのである。日本はこの論理にとりわけ脆弱である。中東のエネルギーに大きく依存し、同時に米国の安全保障の傘にも深く依存しているからだ。
最もあり得る帰結は、同盟国の完全な足並みの一致を伴わない、選択的な負担分担である。日本は今後も、政治的には支持を示しつつ、軍事的には慎重姿勢を維持する可能性が高い。欧州は分裂したままだろう。英国は作戦上の支援役を果たし続けるかもしれない。フランスは、航行の安全保障を際限のない戦争と安易に結びつけることに引き続き抵抗するだろう。
しかし、より大きな変化はすでに見えている。日本はワシントンで屈服したわけではなく、欧州も足並みをそろえたわけではない。それでも両者は、自らが公に認める以上に、トランプ氏の戦略的論理へと近づいた。そこにこそ、この問題の本質がある。ホルムズ海峡を行き交う艦船は表層にすぎない。より深い現実は、湾岸の石油航路を舞台に、同盟そのものがいま再交渉されているという点にある。(原文へ)
Original URL: https://www.amerinews.tv/posts/strait-of-hormuz-alliance-shift-what-changed-after-the-trump-takaichi-meeting
INPS Japan
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