Error 404 - not found
We couldn't find what you're looking for. Browse our latest stories or try searching using the form below:
Browse our exclusive articles!
キューバ、最後の一手
この駆け引きの本質は、キューバの変革の条件を誰が決めるのかという一点にある。
【メキシコシティーIPS=サンドラ・ヴァイス】
ベルリンの壁が崩壊し、東側共産圏が消滅してから37年。キューバでは社会主義体制の経済改革をめぐる議論が続いてきた。その論点は一貫している。国家による計画経済を縮小し、個人の裁量と責任を拡大すること―言い換えれば、非効率で腐敗した国家官僚機構を立て直すために、市場経済の要素をより積極的に取り入れるという発想である。|英語版|
しかし、この間に大きな前進はほとんど見られなかった。自由化や市場開放の時期が訪れても、そのたびに統制強化へと揺り戻しが起きた。党や軍、官僚機構の保守派が何度も改革にブレーキをかけてきたのである。その背景には、改革が所得格差を拡大し、新たな富裕層への反発を生み出したことがある。そして何よりも、権力と統制を失うことへの恐れ、さらには「階級の敵」、すなわちキューバの文脈では米国帝国主義の浸透に対する警戒感があった。
底なしの穴への資金投入
ところが先週、事態は一気に動いた。
燃料不足のため多くの議員がハバナへ移動できず、定足数も十分ではないまま急遽招集された国会は、176項目に及ぶ包括的な改革プログラムを可決した。その内容は極めて広範囲に及び、多くの専門家が「歴史的改革」と評価している。
今回の改革では、社会主義経済の「聖域」とされてきた制度にもメスが入った。
まず、すべての国民を対象とした一律補助金制度は廃止され、今後は社会的弱者への重点的支援へと転換される。これは半世紀以上にわたり、国民がほぼ無料で食料や日用品を受け取ることを可能にしてきた配給制度「リブレタ(Libreta)」の終焉を意味する。近年、この制度は深刻な経済危機によって実質的に機能を失い、名目だけが残る状態となっていた。
もう一つの大きな転換点は地方分権である。
今後、国営企業や地方政府はハバナ中央政府への依存を減らし、人事や賃金を含む経営判断をより自主的に行えるようになる。
この極端な中央集権体制を痛烈に風刺した作品として知られるのが、フアン・カルロス・タビオ監督とトマス・グティエレス・アレア監督による1995年の名作映画『グアンタナメラ』である。同作品では、官僚主義のために遺体を埋葬するだけでも、島の東端サンティアゴ・デ・クーバから西端ハバナまで運ばなければならないという不条理が描かれている。
民間投資と市場開放へ
今回の改革では、国外へ移住したキューバ人(亡命者・移民)による国内への直接投資も認められる。
さらに、これまで協同組合に限られていた農業分野にも民間企業の参入が認められる。
かつて砂糖輸出大国として栄えたキューバ農業は現在、機械や肥料、技術、労働力の不足により壊滅的な状況にある。数百万ヘクタールもの農地が耕作されないまま放置され、食料の大半を輸入に頼っている。
輸入先には中国、トルコ、アラブ諸国が含まれるが、皮肉なことに、経済制裁下にある隣国アメリカからも食料を輸入している。
エネルギー分野でも民間投資が解禁される。また、個人が複数の民間企業を所有することも可能となる。
自由化はこれだけにとどまらない。
政府は貿易、外国投資、国際経済への統合を加速させる方針である。
具体的には、
民間銀行やマイクロファイナンス機関の設立を認可
外貨取引規制の大幅緩和
個人・企業による外貨口座の自由な開設
外国企業が国営人材派遣会社を介さず直接従業員を採用することを許可
外国企業に対する国営企業との合弁義務の撤廃
在外キューバ人による直接投資の解禁
などが盛り込まれた。
これらの措置によって、外国資本と新たな投資を呼び込むことが狙いである。
すでに遅すぎた改革か
実は、これらの改革の多くは何年も前から議論されてきたものだった。
中国やベトナムも長年にわたりキューバ指導部に市場改革を促してきた。歴史的な友好関係や地政学的・イデオロギー的な結び付きはあったものの、成果の見えないキューバ経済へ資金を注ぎ込み続けることに限界を感じていたからである。
15年前、ベネズエラから潤沢な石油供給を受け、米国ではバラク・オバマ政権が対キューバ関係改善を進めていた時期こそ、本来であれば改革を断行する絶好の機会だった。
しかし現在は状況がまったく異なる。
石油禁輸という「ダモクレスの剣」が頭上にぶら下がり、米国による介入の可能性も取り沙汰される中、国庫は空になり、国民からの政治的正統性も大きく失われている。
しかも、この改革が成果を上げるには、米国が制裁を解除し、キューバの世界経済への統合を後押しすることが不可欠である。
だが、現状ではそれは期待できない。
米国は地政学的優位を握っており、それ以上の政治改革を求めている。
マルコ・ルビオ米国務長官は数か月前、「政治改革と指導部交代が必要だ」と公言したが、ハバナ政府はこれを全面的に拒否している。
民主化の可能性
キューバ国会のホセ・ルイス・トレド議長は改革可決に際し、「改革は国家の社会的役割を放棄することを意味しない」と強調した。
一方、ワシントンの反応は冷ややかだった。
米国務省は今回の改革を「規模が小さく、遅すぎる上、表面的な煙幕に過ぎない」と一蹴した。
これは、体制への脅威が生じれば改革をすぐ撤回するという、キューバ政府の従来のやり方だという見方である。
双方の戦略は明確だ。
キューバは時間稼ぎを図り、秋の米中間選挙でトランプ大統領が勢いを失い、対キューバ強硬策への関心も薄れることを期待している。
一方、米国は当面ハバナを圧迫し続け、改革が本当に実行されるのかを見極める構えだ。
水面下での交渉では政治的圧力がさらに強まり、軍事介入という選択肢も完全には消えていない。
結局、このポーカーゲームの争点は一つである。
キューバの変革の条件を誰が決めるのか。
国民なき改革
しかし、この駆け引きの中で最も発言権が小さいのがキューバ国民である。
停電、水不足、食料不足に対する抗議デモは日常化しているが、そのたびに迅速かつ厳しく鎮圧されている。
ベネズエラとは異なり、キューバにはカリスマ的指導者や明確な政治綱領、幅広い支持基盤を持つ組織的野党は存在しない。
この状況は、当面は支配層に有利に働いている。
しかし、それが永続する保証はない。
改革が進み、国家への依存から自立する国民が増えれば、状況は変わる可能性がある。
東欧の民主化移行が示したように、市民社会はもちろん、残念ながら組織犯罪もまた、こうした変革期を巧みに利用する。
その結果として生まれる体制は、長期的混乱かもしれないし、マフィア型寡頭制かもしれない。あるいは民主主義へ向かう可能性もある。
民主化を実現するには、改革プロセスそのもの、とりわけハバナ政権に対し、慎重かつ国際的な支援が必要になる。
現時点でその役割を担いうるのは、メキシコやブラジル、そして国連やバチカンくらいしか考えられない。
欧州の存在感低下
現在のラテンアメリカにもEUにも、この問題を主導できる有効な超国家的枠組みや指導者は存在しない。
むしろEUは、キューバ問題において自ら影響力を失いつつある。
第一に、トランプ政権による制裁の結果、多くの欧州企業はキューバから撤退したが、ブリュッセルは有効な対抗措置を講じなかった。
さらに数日前、欧州議会では右派・保守派が多数を占める中、ミゲル・ディアス=カネル大統領への制裁と、キューバとの協力停止を求める決議が採択された。
これは、トランプ政権の対キューバ政策とほぼ軌を一にするものであり、欧州独自の戦略や利益を守ろうとする発想はほとんど見られなかった。
それは、EUが地政学・地経学の両面で存在感を失いつつあることを示す、また一つの象徴と言えるだろう。
サンドラ・ヴァイスは政治学者、元外交官。現在はフリーランス・ジャーナリストとして、『ディー・ツァイト』『ディー・ヴェルト』などドイツの主要紙に中南米情勢を寄稿している。出典: International Politics and Society(ドイツ・フリードリヒ・エーベルト財団〈Friedrich-Ebert-Stiftung〉Global and European Policy Unit発行)掲載記事。
INPS...
2025年、武力紛争下の子どもへの暴力で政府軍が最大の加害者に
【国連IPS=ナウリーン・ホセイン】
武力紛争下の子どもたちに対する重大な権利侵害が過去最多を記録した。これは、国連の「子どもと武力紛争(CAAC)」に関する監視制度が1996年に創設されて以来、最悪の水準である。アントニオ・グテーレス国連事務総長の年次報告書によると、2025年に武力紛争当事者によって子どもに対して行われた重大な権利侵害は、国連が確認しただけで3万5558件に上った。こうした事案の増加は4年連続となる。|英語版|
報告書のデータは、2025年中に発生し、国連によって確認された事例に基づいている。少なくとも2万4174人の子どもが、殺害や負傷、強制徴集、誘拐、性的暴力、人道支援の拒否などによって直接被害を受け、権利を侵害された。
被害者の少なくとも3分の1は女児だった。
子どもの殺害・負傷件数は2024年と比べて34%増加し、計1万4224人に達した。誘拐された子どもは5129人、人道支援の拒否事例は少なくとも8322件確認された。また、6607人の子どもが武装集団に徴集または利用され、1667人が武装集団との実際または疑われる関係を理由に拘束された。
今回初めて、CAAC制度の創設以来、政府軍が子どもに対する重大な権利侵害の最大の加害者となった。
政府軍は子どもの殺害・負傷だけでなく、学校や病院の破壊や軍事利用、人道支援へのアクセス妨害にも大きく関与していた。このような不処罰の風潮は、敵対行為の激化によってさらに強まっている。また、広域に被害を及ぼす爆発性兵器が人口密集地で使用されるケースが増加し、民間人の犠牲者を増大させている。さらに、人工知能(AI)や自律型兵器システムの利用拡大も紛争の様相を変えつつある。
最も多くの侵害が記録されたのは、イスラエル、パレスチナ占領地、ミャンマー、ソマリア、ナイジェリア、コンゴ民主共和国(DRC)だった。
イスラエル軍は報告書全体の重大な権利侵害の約3分の1に当たる1万2455件に関与していた。DRCでは4114件の重大な権利侵害が確認され、その中には519人の子どもの死亡と1067件の誘拐が含まれていた。
国連事務総長特別代表(子どもと武力紛争担当)のヴァネッサ・フレイジャー国連事務次長補は、子どもに対する侵害の頻度と深刻さは、国際法と子どもの保護されるべき権利に対する軽視が拡大していることを示していると警告した。
「2025年は、監視活動が始まって以来、子どもの保護という観点から疑いなく最も暗い年の一つであった」とフレイジャー氏は述べた。
「本来、子どもを守るべき責任を負う国家が、その苦しみを助長しているという事実は、国際法への敬意が深刻に損なわれていることを物語っている。人道性、区別原則、比例原則、必要性原則という国際人道法の根幹を成す原則は、例外なく守られなければならない。」
フレイジャー氏は6月18日の記者会見で、この報告書とその調査結果は「説明責任を果たすための手段」であると語った。
加盟国はこれを活用し、武力紛争下の子どもを保護するために必要な措置を講じるべきだという。また、現在も紛争が続く報告対象国にとっては、翌年までの間に侵害の削減と再発防止を目的とした合意を国連と結ぶ機会でもあると述べた。
フレイジャー氏によると、報告書の草案は3月の時点で対象国に共有されており、各国には少なくとも1カ月間、自国の証拠を提出し、国連の確認済みデータと照合する機会が与えられていた。
また、同氏の事務所は各国との開かれた対話を歓迎しており、各国が対話に応じるかどうかは各国自身の判断に委ねられていると付け加えた。
報告書は加盟国に対し、既存の平和・安全保障に関する合意を履行し、紛争時における民間人、とりわけ子どもの保護のため国際法を遵守するよう求めている。
また、紛争当事者に対しては、国連と協力して行動計画を策定・実施し、子どもに対する重大な権利侵害について国連が十分な監視・報告活動を行えるようアクセスを認めることを要請している。
さらに報告書は、テクノロジー企業やソーシャルメディア企業に対し、自社プラットフォームが武装集団による子どもの徴集や搾取に利用されることを防ぐ具体的措置を講じるとともに、説明責任の追及や子どもの保護メカニズムに協力するよう求めている。
デジタル技術の悪用は、平時であっても子どもの健全な成長に悪影響を及ぼし得る。十分な法的規制や監視体制がなければ、子どもは偽情報や徴集目的のコンテンツにさらされる危険性が高まる。
国連高官の一人はIPSの取材に対し、オンラインでの徴集は複数の紛争地域で広がる深刻な問題であり、責任ある対応を実現するためにさらなる資源投入が必要だと語った。
また同高官は、フレイジャー氏とその事務所が欧州連合(EU)の立法担当者らと協議し、「デジタルサービス法(DSA)」など既存の法制度がどのように子どもを保護できるか検討していることを明らかにした。
さらに同事務所は、コロンビアでTikTokと協力し、紛争下での子どもの徴集や利用を防ぐ戦略の実施にも取り組んでいる。
フレイジャー氏は各国政府に対し、武装集団との関わりを持っていた子どもの保護と社会復帰を支援する行動計画の採択を呼びかけた。
2025年には、UNICEF(国連児童基金)などの国連機関やそのパートナーの支援により、1万3112人の子どもが保護や社会復帰支援を受けた。
こうした取り組みには政治的意思だけでなく、ドナー国や当事国からの資金支援も不可欠である。また、国連、各国政府、紛争当事者との連携を通じて、説明責任の強化と予防措置へのさらなる投資も求められている。
フレイジャー氏は国連事務総長特別代表に就任する以前、2023~2024年の安全保障理事会非常任理事国期間中、マルタの国連常駐代表を務めていた。
特別代表としても安保理メンバーとしても、同氏は紛争地域を訪問し、被害を受けた子どもたちと直接対話してきた。
その経験から、今回の加害者リストに国家主体が含まれていることは特に深刻だと指摘する。国家主体は国連加盟国でもあり、本来であれば法の支配を守り、子どもを保護する立場にあるからだ。
「どの国であれ、9つもの国家主体が加害者リストに載っていることは容認できない。」と同氏は述べた。
特に衝撃的だったのは、多くの子どもの犠牲を生んだ事案の多くが、本来なら回避可能だったという事実である。
国家主体は兵器工場や敵対勢力の拠点を攻撃対象として選定する際、その近くに学校などの民間施設が存在し、攻撃の影響を受ける可能性があっても作戦を実行するケースが少なくない。
たとえ学校などが攻撃の直接の標的でなくても、攻撃を強行する判断自体が国際人道法への軽視と民間人被害への無関心を示している。
その結果、最も深刻な代償を払わされているのは子どもたちだと、フレイジャー氏は指摘した。
「国家による違反は、非国家主体によるもの以上に深刻だと考えている。この枠組みはもともと、法の外で活動する武装集団や非国家主体への対応を目的として創設されたものだからだ。」
「本来、法を守るべき国家が、その法を踏みにじる側に回っている。」
INPS Japan/ IPS UN Bureau Report
関連記事:
シリアの移動文化バス―文化的公正を掲げ、戦禍の子どもたちに芸術と文学を届ける
すべての子ども、すべての権利のために-危機的な影響を受けた子どもたちに心理社会的支援を届ける
爆発性兵器、紛争下の子どもの犠牲の主因に — 世界の衝突地域で深刻化する被害
|視点|ローマ宣言の先へ―AIと核兵器の時代に築く「ローマ・プロセス」(浅霧勝浩INPS Japan理事長)
【ローマINPS Japan=浅霧勝浩】
人類は今、二つの巨大な力を同時に手にしている。
一つは、都市を瞬時に消滅させ、文明そのものを破壊しかねない核兵器である。もう一つは、社会、経済、戦争、教育、医療、情報空間、そして人間の意思決定そのものを急速に変えつつある人工知能(AI)である。|英語版|
この二つは性質こそ異なるが、重大な共通点を持つ。いずれも科学技術の成果でありながら、その運用を誤れば、人間が制御できない規模の被害を引き起こす可能性があることだ。
核兵器の危険は、爆発、放射線、気候変動、長期的な環境破壊という形で目に見える。一方、AIの危険は、より静かに社会へ入り込む。偽情報、監視、差別的なアルゴリズム、雇用の喪失、自律型兵器、軍事的誤算、人間の判断力の空洞化。AIがもたらす危機は、一度の爆発ではなく、制度や価値観を内側から変質させる形で現れる。
この二つの文明的リスクを同じ場で論じ、人類共通の倫理的課題として位置づけようとしたのが、7月14日から15日、16日にかけて開催された「人工知能と核戦争に関する世界ノーベル賞受賞者会議」であった。
会議には、ノーベル賞受賞者、元国家元首、科学者、AI研究者、核軍縮の専門家、宗教指導者、市民社会の代表、若者、ジャーナリストらが集った。会場となったのは、ローマ郊外カステル・ガンドルフォの教皇庁施設内にあるボルゴ・ラウダート・シと、ローマ市庁舎が置かれるカンピドーリオの丘である。
ボルゴ・ラウダート・シは、教皇フランシスコの環境回勅『ラウダート・シ』の精神を具体化する教育・対話の拠点として整備された場所である。自然、科学、宗教、社会正義を一つの枠組みで捉え、人間と地球の関係を問い直すことを目的としている。
そこで議論されたのは、単なるAI規制の技術論ではなかった。
問われたのは、人間の尊厳を守るために科学をどのように統御するのか、軍事的効率性の追求をどこで止めるのか、そして人類は自ら生み出した技術に対して道徳的責任を引き受けることができるのか、という根源的な問いであった。
会議最終日の7月16日、参加者はカンピドーリオの丘に集まり、「非武装かつ軍縮を進める平和のためのローマ宣言」を採択した。しかし、この宣言を単なる国際会議の成果文書として読むだけでは、その意味を十分に捉えることはできない。ローマ宣言の重要性は、AIと核兵器を別々の政策課題としてではなく、人間の判断を機械と軍事論理に明け渡してよいのかという共通の倫理問題として結びつけた点にある。
本稿では、この宣言の内容と会議全体の議論を検証するとともに、ローマで始まった対話を一過性の催しに終わらせず、国際的な制度、教育、市民社会、宗教、科学、メディアを結びつける長期的な取り組みへ発展させる必要性を論じたい。その継続的な実践を、本稿では「ローマ・プロセス」と呼ぶ。ローマ宣言を出発点として、AIの統治、核軍縮、科学者の責任、宗教的倫理、市民社会の行動、若者の参加、そして公共的ジャーナリズムを一つの流れへと結びつけていくための分析概念である。
AIと核兵器が交差する場所
人工知能と核兵器は、一見すると異なる問題に見える。
核兵器は20世紀の産物であり、AIは21世紀を象徴する技術である。核兵器は国家が保有する軍事力であるのに対し、AIの開発は民間企業、大学、研究所、軍、情報機関が複雑に関与する分散型の競争として進んでいる。
しかし、両者はすでに交差し始めている。
AIは、衛星画像の解析、ミサイル探知、標的選定、サイバー防衛、潜水艦の追跡、情報収集、戦場での意思決定支援などに導入されつつある。軍事機構において処理速度が重視されるほど、人間が考える時間は短くなる。
核危機において、その危険は極めて大きい。
過去の核兵器史では、誤警報、機器の故障、通信の混乱、訓練用データの誤認、政治的誤解によって、核戦争の瀬戸際にまで至った事例が繰り返されてきた。それでも最終的に破局を回避できたのは、現場の人間が警報を疑い、自動的な手続きを止め、判断を保留したからである。(例:ペトロフ事件)
では、AIがその判断の一部を担うようになった場合、同じ抑制が働くだろうか。
AIは高速である。しかし、速度は智慧ではない。AIは大量の情報を分析できる。しかし、分析は責任ではない。AIは確率を提示できる。しかし、核兵器を発射するか否かという決断の道徳的重みを理解することはできない。会議では、AIを核兵器の指揮・統制・通信システムに組み込むことの危険性が繰り返し指摘された。とりわけ懸念されたのは、AIへの過信によって人間の確認手続きが形骸化し、危機時の意思決定が加速されることである。
核抑止は、合理的な国家指導者が正確な情報に基づいて行動するという前提に立っている。しかし現実には、国家指導者も軍事組織も、恐怖、時間的圧力、誤情報、先入観、政治的計算の影響を受ける。
そこへ不透明なAIシステムが加われば、抑止の安定性が高まるとは限らない。むしろ、相手の意図を誤認し、先制攻撃への圧力を強め、偶発的なエスカレーションを引き起こす危険がある。
ノーベル物理学賞受賞者で、パグウォッシュ会議事務総長を務めるカレン・ホールバーグ博士は、科学と技術そのものを敵視するのではなく、その社会的帰結に対して科学者が責任を負う必要性を強調した。
科学の発見は人間の知識を広げる。しかし、その知識が兵器、監視、抑圧、差別に利用される可能性を科学者が無視することはできない。AI研究者もまた、同じ岐路に立たされている。核兵器の開発に関わった科学者たちの多くが、後に核軍縮運動へ身を投じた歴史は、その責任の重さを物語っている。
「技術的に可能である」ということと、「社会として許される」ということは同じではない。
ローマ会議が示した第一の教訓は、AIの問題を技術者だけに任せてはならないということである。同時に、政治家だけに任せてもならない。
科学、倫理、法、宗教、市民社会、教育、メディアを横断する統治が必要なのである。
ローマ宣言が提示した倫理的転換
ローマ宣言の基底にあるのは、技術中心の安全保障から、人間中心の安全保障への転換である。
従来の軍事政策では、国家の安全は兵器の性能、抑止力、情報優位、迅速な意思決定によって測られてきた。しかし、兵器が高度化し、AIが戦争を加速させる時代において、その発想自体が人類の安全を損ないかねない。
国家が安全になろうとして兵器を増強すれば、相手国も対抗する。一方がAIを軍事利用すれば、他方も追随する。その結果、すべての国が技術的には強くなりながら、世界全体はより不安定になる。
ローマ宣言は、この安全保障の逆説に対し、人間の尊厳、国際法、対話、軍縮、倫理的責任を中心に据えるよう求めている。
その核心は、単に「危険なAIを規制する」ということではない。人間の生死を決定する権限を機械に委ねてはならないこと、核兵器を含む大量破壊兵器の使用を正当化してはならないこと、科学技術は公共善に奉仕しなければならないこと、そして平和は軍事的均衡ではなく信頼と協力によって築かれなければならないことにある。
これは技術政策の宣言であると同時に、文明の進路に関する宣言である。
ローマ宣言は、人類にこう問いかけている。私たちは、より速く判断する機械を求めているのか。それとも、より賢明に判断できる人間社会を築こうとしているのか。
ユヌス博士が問いかけた「AIは誰のためのものか」
ローマ会議では、核軍縮やAIの軍事利用だけでなく、人工知能が社会や経済にもたらす影響についても活発な議論が交わされた。
その中心人物の一人が、2006年ノーベル平和賞受賞者であり、バングラデシュ暫定政府首席顧問を務めるムハマド・ユヌス博士である。
グラミン銀行の創設者として世界的に知られるユヌス博士は、長年にわたり「経済は人間のために存在する」という理念を訴えてきた。ローマでの発言でも、その視点は一貫していた。
AIそのものを否定するのではない。問題は、「AIが誰の利益のために設計され、誰がその恩恵を受けるのか」である。
現在のAI開発競争は、一部の巨大IT企業や国家による莫大な投資によって急速に進められている。その一方で、技術の恩恵は必ずしも社会全体へ公平に行き渡っているとは言えない。生産性が向上しても、その利益が少数の企業や投資家に集中すれば、格差はさらに拡大する。
AIによる自動化が進めば、多くの職種が代替される可能性もある。だからこそユヌス博士は、「AIは人間に奉仕するために存在しなければならない。」と繰り返し強調した。経済成長だけでは社会は豊かにならない。人間の尊厳を守る技術であるかどうかが問われているのである。
この視点は、今回のローマ宣言とも深く響き合っている。
AIガバナンスとは単なるリスク管理ではない。誰一人取り残さない社会を築くという、持続可能な開発目標(SDGs)の理念そのものでもある。
「AIは決断しない。決断するのは人間である」
今回の会議では、AIの急速な発展に対する警鐘も数多く鳴らされた。
ノーベル平和賞受賞者でフィリピンのジャーナリスト、マリア・レッサ氏は、AI時代に最も危険なのは、人間が自ら考える力を失うことだと語った。
AIは膨大な情報を瞬時に処理できる。しかし、その情報が真実かどうかを判断する能力は持たない。生成AIが生み出す文章や画像は極めて自然になり、一般市民が真偽を見分けることはますます難しくなっている。
レッサ氏は、「民主主義は事実を共有できる社会で初めて成立する」と指摘した。事実が崩れれば、対話も合意形成も成り立たない。その意味で、AI時代の最大の課題は情報技術ではなく、市民が主体的に考える力を維持できるかどうかにある。
AIは判断材料を提示することはできるが、善悪を決めることはできない。またAIは、選択肢を示すことはできるが、その結果に責任を負うことはできない。会議全体を通じて繰り返し共有された認識は、「AIは決断しない。決断するのは人間である」という極めてシンプルな原則だった。
https://www.youtube.com/watch?v=K3Am6vU1cr4
記者会見で示されたローマ宣言の実像
最終日の記者会見では、登壇者たちはローマ宣言の意義について改めて説明した。印象的だったのは、誰一人として、この宣言だけで世界が変わるとは語らなかったことである。むしろ繰り返し強調されたのは、「ここから対話を続けること」の重要性だった。
ローマ宣言は法的拘束力を持たない。各国政府に義務を課すものでもない。AI企業を直接規制する権限もない。しかし、科学者、政策決定者、宗教者、市民社会、若者が共通の倫理的基盤を確認したこと自体に大きな意味があると、登壇者たちは口をそろえた。
その姿勢は、1955年のラッセル=アインシュタイン宣言が、直ちに核軍縮を実現したわけではなく、その後のパグウォッシュ会議や国際的な対話の出発点となった歴史とも重なる。ローマ宣言もまた、一度限りの文書ではなく、継続的な国際協力へ発展させることが期待されているのである。
ボルゴ・ラウダート・シの会場には、その理念を具体的な市民運動として実践してきたイタリアの核軍縮・平和教育プロジェクト「センザトミカ(Senzatomica)」の関係者も多数参加していた。
センザトミカは、「核兵器のない世界」を若い世代へ伝える展示会や対話プログラム、教育活動を長年展開してきた。今回の会議でも、専門家だけでなく市民や若者を議論へ結び付ける重要な役割を果たした。
ローマ宣言が社会に根付くかどうかは、政府間外交だけでは決まらない。こうした市民社会の継続的な実践こそが、その生命力を支えるのである。
https://youtu.be/qgChhc8L2uw
「同苦」がAI時代にもつ意味
今回の会議で最も深い印象を残した発言の一つは、創価学会渉外局長の長岡良幸氏によるものであった。長岡氏は、AIを単なる技術や規制の問題としてではなく、「人間とは何か」を問い直す契機として捉えるべきだと語った。
AIは、人間を映し出す鏡である。その技術が人類に幸福をもたらすのか、それとも破壊をもたらすのかは、AI自身ではなく、それを設計し、運用し、利用する人間の価値観によって決まる。
「問題はAIではありません。最終的には、人間自身の問題なのです。」長岡氏はそう語り、人類には利己的になる自由もあれば、思いやりを選ぶ自由もあると指摘した。
その象徴的な例として紹介したのが、日本で報じられた一つの出来事だった。86歳の女性が、重病の夫の延命治療を続けるべきかどうかという人生最大ともいえる決断について、家族や医師だけではなく、ChatGPTにも相談したというニュースである。
長岡氏は、この女性を批判したわけではない。むしろ、この出来事は、人間が人生の最も重い倫理的判断においてまでAIへ助言を求める時代がすでに到来していることを示している、と受け止めた。
AIは医学論文を要約できるし、治療法を比較することもできる。さらに統計的に最も合理的な選択肢を提示することもできる。
しかし、家族を失う悲しみを共有することはできない。責任を引き受けることもできない。
だからこそ、人間に必要なのは、情報量ではなく、「人間性」なのである。長岡氏は、AI時代だからこそ教育が重要になると強調した。
知識を増やす教育ではなく、「人間の尊厳を理解し、他者への責任を育む教育」である。
この視点は、創価学会が長年掲げてきた人間教育の理念とも重なっている。
「同苦」という人類共通の倫理
長岡氏の発言を聞きながら、筆者は会議に先立って行った、IPS(Inter Press Service)創設者であり国際ジャーナリズムの先駆者でもあるロベルト・サビオ博士へのインタビューを思い起こしていた。
サビオ博士は、人類が直面している危機はAIそのものではなく、人間が他者への感受性を失いつつあることだと語った。博士は、「シンパシー(sympathy)」と「エンパシー(empathy)」を区別する。
シンパシーは、相手を気の毒に思うことである。一方、エンパシーとは、自分自身を相手の立場に置き、その苦しみを自らのものとして感じようとする姿勢である。このエンパシーに最も近い概念として、仏教の「同苦」の精神がある。同苦とは、他者の苦しみを自らの苦しみとして受け止めることである。それは単なる感情的な共感ではない。
相手の置かれた状況を理解し、その苦しみを軽減するために自ら行動しようとする倫理的態度である。
今回のローマ会議を通じて筆者が感じたのは、この「同苦」の精神こそが、AI時代における最も重要な倫理的基盤ではないかということである。
AIは情報を処理できる。しかし、痛みを感じることはできない。核抑止は恐怖によって均衡を維持できる。しかし、信頼を生み出すことはできない。
結局のところ、人類を結びつけるのは、効率でも技術でもなく、「他者の苦しみを自らの課題として受け止める力」である。
ジャーナリズムという「知のインフラ」
この会議を取材して改めて感じたのは、AI時代におけるジャーナリズムの役割である。
AIはいわゆる記事を書くことができ、ある程度の翻訳も要約もできる。映像さえ生成できる。しかし、「何が社会にとって本当に重要なのか」を判断することはできない。
ローマ会議では、科学者、宗教者、政策担当者、市民社会が、それぞれ異なる立場から議論を重ねた。
それらを結び付け、市民が理解できる形で伝えることこそ、ジャーナリズムの本来の使命である。
INPS Japanは長年にわたり、創価学会インタナショナル(SGI)との共同メディアプロジェクトを通じて、核兵器廃絶、人間の安全保障、持続可能な開発目標(SDGs)、平和教育などを継続して発信してきた。
その目的は単にニュースを届けることだけではない。
読者が世界で起きている出来事を自分自身の課題として考え、行動へ結び付けるための「知のインフラ(Knowledge Infrastructure)」を築くことである。
AIが情報を大量に生成する時代だからこそ、人間には情報を意味へと変換する営みが求められる。その役割を担うのが、責任あるジャーナリズムなのである。
終わりではなく、人類の選択の始まり
ローマ宣言は、AIがもたらすすべての課題を解決したわけではない。人工知能は今後も進化を続けるだろう。世界にはなお約1万2,000発の核兵器が存在し、核抑止への依存も依然として続いている。
さらに、自律型兵器(LAWS)の開発競争、AIによるサイバー攻撃、偽情報の拡散、監視社会の拡大など、新たな課題は次々と姿を現している。だからこそ、今回ローマで始まった対話の本当の意味は、宣言文そのものにあるのではない。
人類が初めて、AIと核兵器という二つの文明的リスクを、一つの倫理的課題として同時に議論し始めたことにある。この点にこそ、ローマ会議の歴史的意義がある。
ローマ宣言の成果と限界
ローマ宣言には明確な成果があった。
第一に、AIと核兵器を「人間の尊厳」という共通の価値の下で捉え直したことである。
第二に、科学者、AI研究者、宗教指導者、外交官、軍縮専門家、市民社会、若者が、分野を超えて共通の危機認識を共有したことである。
第三に、人類の未来を技術だけではなく倫理によって導かなければならないという方向性を国際社会へ示したことである。
一方で、その限界も明らかである。
ローマ宣言には法的拘束力はない。AI企業を規制する権限もない。核兵器保有国に軍縮義務を課すものでもない。宣言だけで世界が変わることはない。
しかし、歴史を振り返れば、大きな変化は必ず理念から始まってきた。
1948年の世界人権宣言も、直ちに人権侵害をなくしたわけではない。1955年のラッセル=アインシュタイン宣言も、その日に核軍縮を実現したわけではない。
それでも、それらは国際社会の価値観を変え、その後の制度や運動を生み出す原点となった。ローマ宣言もまた、そのような歴史の出発点として評価されるべきである。
「ローマ・プロセス」という新たな視座
私は、このローマ宣言を起点とした長期的な国際的取り組み(「ローマ・プロセス(Rome Process)」)は、今回の会議が示した方向性を表現する分析概念として、有効であると考える。
ローマ・プロセスとは、政府間交渉だけを意味しない。科学者が研究倫理を問い続けること。教育者が人間の尊厳を育むこと。宗教者が倫理的対話を広げ続けること。市民社会が平和への行動を積み重ねること。企業が社会的責任を果たし続けること。
そして責任あるジャーナリズムが事実を伝え、市民が熟慮できる公共空間を守りつづけること。それらすべてを含む継続的な国際的実践である。
AIガバナンスも核軍縮も、一つの会議や一つの条約だけで完成するものではない。社会全体が学び、対話し、修正し続ける不断の営みが必要なのである。
AI時代に人類が守るべきもの
今回の会議を取材して最も強く感じたことがある。AIの未来を決めるのは、AIではない。核兵器をなくすのも、AIを人類の幸福のために活用するのも、結局は人間自身である。
だからこそ、人類が最後まで失ってはならないものがある。
それは、仏教で「同苦」と呼んできた精神である。他者の苦しみを、自らの苦しみとして受け止めること。その共感力こそが、科学を人類の幸福へ導き、政治を平和へ向かわせ、AIを人間のための技術として位置づけることを可能にする。
サビオ博士によれば、「声なき人々に声を与える」という責任ある報道に不可欠な「共感」とは、単に相手を気の毒に思うことではない。相手の立場に身を置き、その苦しみを自らの課題として引き受けようとする姿勢である。
その「同苦」の精神は、核兵器にもAIにも置き換えることのできない、人間だけが持つ力である。ローマ会議は、そのことを世界へ静かに、しかし力強く問いかけた。AI時代に人類が守るべきものは、人工知能ではない。
人間そのものである。
そして、その未来は、一人ひとりが「同苦」の精神を選び取り、人間の尊厳をあらゆる技術や政策の中心に据えるところから始まる。
ローマで始まったこの対話が、一過性の国際会議に終わるのではなく、「ローマ・プロセス」として世界へ広がっていくならば、2026年のローマ宣言は、AI時代における新しい平和構築の原点として歴史に刻まれることになるだろう。
This article is...
混迷を越え、行動を促す―リカルド・グラッシが描くジャーナリズム
軍事独裁政権による弾圧と亡命を経て、国際通信社インタープレス・サービス(IPS)の編集長、アフガニスタンにおけるコミュニティ・メディアの育成、さらには世界476大学を結ぶネットワークへ――。リカルド・グラッシ氏が歩んできた道と、その過程で築き上げたモデルは、「声なき人々に声を与え、情報を社会変革の力とする」というIPS創設者ロベルト・サビオ博士の理念、そして、世界市民を育むナレッジ・ネットワークの構築を通じて、読者が人類の直面する課題への問題意識を深め、それを具体的な行動へと結び付けられるようにするというINPS Japanの理念と、深く響き合っている。
【ローマINPS Japan=浅霧勝浩】
リカルド・グラッシ氏は、そのジャーナリスト人生の多くを、「文章の主語」を変えることに費やしてきた。|英語版|スペイン語版|
アフガニスタンの首都カブールで若い記者たちの育成に携わり始めたころ、彼らの多くは、外国政府や国際機関、援助団体の動きを中心にアフガニスタンを報道する訓練を受けていた。ある日の編集会議で、グラッシ氏は彼らに新たな原則を示した。
「今日から、主役はアフガニスタンとアフガニスタンの人々です。皆さんはいずれ、この意味を理解するでしょう。今はただ、心に留めておいてください。」
その理念は、グラッシ氏が新たに立ち上げた「環境ニュース・コミュニケーション国際大学通信社(AIUNCA)」の中核をなしている。AIUNCAは、国際連合教育科学文化機関 (ユネスコ)の支援を受け、アルゼンチンの国立アルトゥーロ・ハウレチェ大学と共同で設立された。
AIUNCAは、中南米、イタリア、スペイン、英国の476大学に属する500以上のメディアを結ぶ取り組みである。その目標は、国際的でありながら、紛れもなく地域に根差したネットワークを構築することだ。大学メディア、プロのジャーナリスト、学生、地域社会が、それぞれの言語、文化、優先課題に根差した信頼性の高い報道を生み出していく。
しかしAIUNCAは、単なる新しい通信社を目指しているのではない。グラッシ氏にとってそれは、伝統的なマスメディアが放棄してきた役割と、ソーシャルメディアを通じて拡散される破壊的な偽情報の双方に立ち向かう、新たな責任あるメディア・モデルである。
「混迷を越え、行動を促す(Beyond confusion, inspire action)」というモットーには、ジャーナリズムは、気候変動、戦争、格差、偽情報に翻弄される世界を描写するだけでは不十分だという同氏の信念が込められている。
何が起きているのかを人々が理解できるようにし、同じ問題に向き合う人々を結び、知識が対話と行動につながる条件をつくる。それこそがジャーナリズムの役割だというのである。
この信念は、インターネットが登場するはるか以前、言葉を発すること自体が命の危険を伴う時代に形づくられた。
「私の世代は皆、一連の独裁政権(オンガニア軍事政権を中心とする1966~73年の軍政)の下で育ちました。」と、グラッシ氏はアルゼンチンでの青年時代を振り返る。「欧州や米国にヒッピーがいたころ、私たちの国には軍事独裁政権がありました。」
高校を卒業したグラッシ氏は、大学で学びながらジャーナリストとして働き始めた。言葉を操り文章を書くことに生来の才能があったが、ジャーナリズムは同時に、社会を揺るがしていた激動に関わるための手段でもあった。
政治弾圧、貧困、キューバ革命、そして解放の神学の台頭が中南米を大きく変えようとしていた。グラッシ氏は貧困地域に入り、住民の組織化を支援する一方、自らの政治活動はジャーナリスト組合での仕事とは切り離していた。
こうした経験を通して、ジャーナリズムは誰に奉仕すべきなのかという同氏の考えが形づくられていった。「恵まれた立場にある人間は、他者に奉仕しなければなりません。」ジャーナリズムは、すでに権力を持つ人々の動向を記録するだけでなく、困難な状況に置かれた人々と、人間的価値に一層深く関わるべきだと、グラッシ氏は考えた。
軍事政権下で働いた経験は、行間に意味を込めて書く技術も教えた。公然とは書けないことを暗示し、意図的に隠された事実を読み取る力である。
アルゼンチンが選挙とペロン派の政治復帰へ向かうなか、グラッシ氏はマドリードでフアン・ペロン元大統領に二度インタビューし、広く知られる存在となった。
民政復帰後、同氏は政治週刊誌の創刊と編集を任された。ただし、引き受けるにあたって一つの条件を提示した。それは、自らが「退屈な左翼新聞」と呼ぶような媒体にはしないことだった。
徹底してジャーナリスティックで、視覚的にも読者を引きつけ、宣伝員ではなくプロの記者が記事を書く媒体を目指した。
その週刊誌は、アルゼンチンで最も広く読まれる週刊誌の一つとなった。しかし、その成功によってグラッシ氏自身も一層目立つ存在となった。
1976年3月、軍部が政権を掌握すると、同氏は地下に潜った。公の場で働けなくなったため、木製玩具を作って生活した。しかし、知人たちは次々と拘束され、殺害され、あるいは「失踪」させられた。新聞には、見覚えのある名前が痛ましいほど日常的に掲載された。
1977年6月4日、グラッシ氏はアルゼンチンを脱出した。
欧州への亡命の途上で、グラッシ氏はロベルト・サビオ氏とアルゼンチン人ジャーナリストのパブロ・ピアチェンティーニ氏が創設した国際通信社インタープレス・サービス(IPS)と出会った。
1978年初頭、IPS本部のあったローマに到着したグラッシ氏は、当初、スペイン語と英語の記事を編集する仕事に就いた。その後、編集長となり、世界各地を訪れながら、とりわけ中米で地域ニュースサービスの整備に携わった。
グラッシ氏にとってIPSは、単なる勤務先ではなかった。それは「一つの思想の学校」だった。アルゼンチンでの政治活動と報道経験を通して、すでに顧みられない人々の声を探す姿勢を身につけていたグラッシ氏に、IPSはその直感を体系的な国際的枠組みへと発展させる機会を与えた。
「途上国は、裕福な国々を主役とする物語の単なる舞台として描かれるべきではない。その人々、制度、紛争は、それぞれの社会が生きる現実の内側から報じられなければならない。」
IPSでグラッシ氏は、その後の活動の中核となるもう一つの視点を得た。「情報」と「コミュニケーション」の違いである。情報は、一方向に生産し伝達することができる。しかしコミュニケーションには、人々の間の交流、参加、関係性が不可欠である。
1980年代半ばにIPSを離れた後、グラッシ氏はアフリカと中南米で、地域のジャーナリスト、新聞社、研究機関、文化団体を結ぶコミュニケーション・ネットワークを組織した。当時はまだ、こうした交流を容易にするインターネットは存在していなかった。
この考え方は、後のアフガニスタンでの活動にも受け継がれた。
https://www.youtube.com/watch?v=ghD0Lb_CnBk&t=17s
グラッシ氏が初めてアフガニスタンを訪れたのは2003年だった。欧州委員会が支援するメディア事業を評価し、この分野の政策を提言することが目的だった。その後、パジュウォク・アフガン・ニュースの発展に関わり、キリッド・グループをはじめとするアフガニスタンのメディア、市民社会組織、ユネスコ・カブール事務所と協働した。
「問題の核心は、誰が主体となるかでした。」
グラッシ氏の目標は、外国人が恒久的に運営する組織を設立することではなかった。アフガニスタン人ジャーナリストを育成し、最終的には彼ら自身が全面的に運営できるようにすることだった。国際援助は、やがて援助そのものを不要にするものでなければならないという考えである。
アフガニスタンでの経験は、既製のモデルを携えてやって来る外国人専門家に対する同氏の懐疑も深めた。
「ロンドンやワシントンでつくられたジャーナリズムの手法を、そのまま移植することはできない。報道は、その土地特有のコミュニケーション様式、社会的関係、世界の捉え方を反映しなければならない。」
その違いは、発音にさえ表れる。カンダハルで話されるパシュトー語はナンガルハルのものとは異なり、マザーリシャリーフのダリー語はカブールのダリー語とは異なる。
キリッドの各地域ラジオ局が信頼を得たのは、聴取者がそれを「自分たちのラジオ局」と感じたからだった。聞き慣れた声で語り、地域の現実を報じる一方、国内の他地域ともリスナーを結び付けた。
別の取り組みでは、パジュウォクの朗読グループが村々を訪れ、住民が集まる場でニュースや公共情報を読み聞かせた。識字能力が限られ、従来型メディアへのアクセスが乏しい地域では、重要な情報サービスとなった。
グラッシ氏はまた、ジャーナリストと市民社会組織を結び付けることにも取り組んだ。両者はしばしば互いを信用せず、本来あるべき形で関わり合っていないと考えたためだ。
市民社会団体は抽象的なテーマや組織声明を通して発信する傾向がある一方、ジャーナリストは人間、出来事、物語を求める。しかし、信頼できる地域団体は、他の誰も持っていない情報を蓄積していることが少なくない。
グラッシ氏にとって両者を結ぶことは、ジャーナリズムの専門的独立性を守りながら、情報源を広げることを意味した。
「ジャーナリストは、ジャーナリストでなければなりません。」市民社会、大学、宗教団体との協力が、プロパガンダになってはならない。「プロパガンダを始めた瞬間、信頼と読者を裏切ることになります。読者はそれをすぐに見抜きます。」
2014年、グラッシ氏はロベルト・ラゼト氏とともに、研修とメディア開発を通じてIPSの伝統を継承する非営利団体「IPSアカデミー(IPSA)」を設立した。
IPSアカデミーから生まれたのが、「気候変動と持続可能な世界のための市民プラットフォーム」を意味する「CitiPlat」である。その構想の一端は、持続可能な開発における市民の役割をテーマに東京で開かれたシンポジウムのために、グラッシ氏が講演を準備したことに由来する。グラッシ氏がたどり着いた結論は、世界的な問題を理解しやすく地域に即した情報へと翻訳するメディアがなければ、市民は持続可能な開発に有意義な形で参加できないということだった。
支配的なメディアの議論は、依然として「いつもの顔ぶれ」の間に限られ、世界の大多数はそこから排除されているとグラッシ氏は指摘する。CitiPlatは、2019年、ユネスコのコミュニケーション、情報、科学部門の支援を得て、国際プログラムとして正式に発足した。気候変動をめぐる偽情報に対抗し、市民による解決策を可視化する国際的な情報ネットワークを構築してきた。UNESCOも、COP27で同氏が提唱した、悲観論ではなく科学的データと市民社会の連携を重視する取り組みを公式サイトで紹介している。
そのモットーであり、現在はAIUNCAも掲げる「混迷を越え、行動を促す」は、互いに関連する二つの危機に応えるものだった。一つは、公共サービスとしてのジャーナリズムの衰退であり、もう一つは、誰を信頼すべきかを個人が判断する確かな手段を持てないまま、果てしないデジタル空間に偽情報が広がり続けていることである。
そのためCitiPlatは、大惨事だけに焦点を当てないことを選んだ。
世界各地では、個人や地域社会が生命を守り、問題を解決し、自らにできることとできないことを現実的に見極めながら行動している。CitiPlatは、そうした何千もの取り組みを報道し、他者の行動を促す教訓として共有することを目指している。(SDGs for Allメディアプロジェクトは世界市民を涵養する観点から同様の取材アプローチを行っている:INPS Japan)
このモデルは当初から分権型だった。巨大な本部をつくり、そこから世界全体を管理するのではなく、地域に根差したプラットフォームを各地に構築しようとした。「情報の生産と発信を地域に根付かせなければ、それは決して人々には届きません。」言語、表現方法、地域の優先課題がそれぞれ異なるからだ。」と、グラッシ氏は説明する。
この原則を具体化した一例が、アフガニスタンにおける「コミュニティ・ストーリーテリング」である。最初に五つの地域が選ばれ、現地の市民社会パートナーであるインテグリティ・ウォッチ・アフガニスタンが、住民を選定して、自らの経験を報道するための研修を行った。グラッシ氏によると、同団体はタリバン当局と合意を交わし、女性もコミュニティ記者として参加することが認められた。
目標は、プロの記者が時折訪れて取材することではなかった。地域社会の人々自身が物語を伝える技術を身につけ、同じような課題に直面する他の地域と経験を交換できるようにすることだった。
AIUNCAは、この原則を大学を通してさらに拡大しようとしている。
大学はすでに世界各地の都市や地域に存在する。比較的安定した組織であり、知識を蓄積し、新たな知識を生み出すとともに、将来の意思決定者となり得る若者を教育している。多くの大学はすでに、ラジオ局、テレビ局、ウェブサイト、ソーシャルメディアのプラットフォームを運営している。
したがって、基本的なインフラの多くはすでに整っている。必要なのは、調整、目的に応じた研修、共通の編集方針、そして大学メディアと地域社会を結ぶ仕組みだとグラッシ氏は主張する。
さらに、ほとんど活用されていない巨大な資源がある。一般市民には届かないまま蓄積されている、膨大な学術研究である。「研究と、その研究を伝えることの間には、大きな隔たりがあります。」AIUNCAは、プロのジャーナリストがこうした研究を「翻訳」することを提案している。それは単に一つの言語から別の言語へ訳すことではない。専門的な学術表現を、正確で理解しやすいジャーナリズムへと置き換えることである。
参加する各大学メディアは、それぞれの言語、表現方法、地域課題に対する編集上の重点を維持する。同時に、共通の編集計画に基づき、共同取材を実施し、記事を国際的に交換できるようにする。
このモデルは、アフガニスタンの地域ラジオ局でグラッシ氏が得た経験に基づいている。各ラジオ局は、より広域のネットワークに属しながら、地域固有のメディアであり続けた。それぞれの地域の言葉、発音、優先課題を反映していたからである。
AIUNCAは、同じ原則を国際的に応用する。地域のアイデンティティーを消し去ることのない、連携した世界的な運動である。
大学はまた、包摂的な公共対話の場にもなり得る。研究者、学生、ジャーナリスト、企業、政治家、市民社会団体、地域社会、先住民族を一堂に集めることができるからだ。こうした地域社会は、外部の記者が訪れ、自分たちの経験を解釈してくれるのを待つ必要はない。ジャーナリズムの基礎的な研修を受け、大学メディアのネットワークにアクセスすることで、自らの物語の発信者になれる。
AIUNCAの実現を可能にしたのは、IPSA/CitiPlatとアルゼンチンのアルトゥーロ・ハウレチェ国立大学との連携、同大学が持つイベロアメリカ諸大学ネットワークとのつながり、そしてユネスコの積極的な参加だった。
https://www.youtube.com/watch?v=obYQaNGJUfE
AIUNCAの構想は、発足からわずか5カ月後の2025年11月、ブラジルのベレンで開かれた国連気候変動枠組条約第30回締約国会議(COP30)において、新たなメディア・モデルとして発表された。
「2023年初頭からその発展を支えてきた、熱意ある学術研究者、専門ジャーナリスト、献身的なAIUNCAメンバー、そして優れた運営チームの尽力によって実現しました。」とグラッシ氏は語る。
AIUNCAはCOP30で、中南米における気候偽情報の起源に関する研究、偽情報をリアルタイムで検知する「Factora...
