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カルナリ水生保護区

ネパール初の「魚のサンクチュアリ」は、地方政府と先住民族コミュニティの主導で始まった 【カイラリ、ネパールNepali Times=シュリスティ・カルキ】 タライ平原のこの一帯では、広いカルナリ川がまるで海のように見える。濃い霧が垂れ込み、対岸はまったく見えない。農民たちは霧の中に溶け込むようにして畑へ向かう。午前中頃になると、弱い日差しが霧を透かし始める。豚は囲いの中でうたた寝し、山羊は寒さをしのぐため黄麻袋で作ったカーディガンを着せられている。鶏は泥だらけの中庭で元気なくついばみ、アヒルが農道をよちよち横切るたびに車は避けて通る。|英語版|ドイツ語|ポルトガル語| この地域の先住民族であるタルーやソナハの人々は、川と暮らしや文化の面で深く結びついている。何世代にもわたり川で漁を続け、魚は誕生、死、結婚といった人生の節目とも結びついてきた。ソナハの人々は、川岸の砂から砂金を採ることも伝統的な生業としてきた。 しかし近年、乱獲や汚染、河川開発などの影響で、カルナリ川の魚は減少している。 先週、スドゥルパシュチム州とルンビニ州を結ぶサッティ橋の近くで霧が晴れ、青緑色のカルナリ川が日光を受けてきらめいた。カイラリ郡ティカプールとバルディア郡ラジャプールから数百人が集まり、「サキ魚類サンクチュアリ」の開所式が行われた。ネパール初の魚類保全の取り組みである。 サンクチュアリの対象は、両自治体にまたがるカルナリ川下流域の約4平方キロ。絶滅危惧種を含む魚類や爬虫類、哺乳類にとって、産卵や稚魚の育成に欠かせない生息地で、生態学的にも重要な区域だ。 この区間では、ガンジスカワイルカ(Platanista gangetica)、魚食性のワニであるガビアル(Gavialis gangeticus)、コツメカワウソ(Lutrogale perspicillata)などの希少種が確認されている。カルナリ川には魚類が197種生息し、そのうち136種がタライ区間で見られるという。 川の水位が下がる時期、礫が広がる川底は魚の産卵場所となる。さらにサッティ橋周辺には三日月湖や川の蛇行によって生まれた湾曲部があり、稚魚の育成場所として機能している。こうした条件が、この区間をサンクチュアリに指定するのに理想的だとされる。 ただし、この保全活動の最大の特徴は、ティカプールとラジャプールの2自治体に加え、タルーやソナハなど地域の先住民族コミュニティが主体となって進めている点にある。 このサンクチュアリは、川の水生生物多様性を支える取り組みであり、World Wildlife Fund(WWF)をはじめ、Dolphin Conservation Centre、Freed...

トランプの圧力が裏目に出始め、欧州は「声」を取り戻した

【ニューヨークATN=アハメド・ファティ】 長年にわたり、欧州は米国にとって従順な同盟国を演じてきた。侮辱をのみ込み、屈辱に耐え、癇癪を「型破りな外交」と言い換えた。戦略は単純だった。打撃を受けても同盟を保ち、嵐が過ぎるのをひたすら待つ—それだけである。 だが、グリーンランドをめぐる一件で、何かが壊れた。 ドナルド・トランプが、米国によるグリーンランド取得という野心を背景に、デンマークへ露骨な圧力をかけ始めたとき、欧州は囁くのをやめ、言い返し始めた。慎重に言葉を選んだ声明でも、外交的な曖昧さでもない。 明確な言葉だった。 主権は売り物ではない。 同盟国は所有物ではない。 欧州は取引材料ではない。 これらの反応は一夜にして生まれたものではない。同盟を「協力関係」ではなく、保護を口実にした取引のように扱う大統領が、長年にわたり積み上げてきた不信と政治的損耗が、ここで噴き出した結果である。 欧州が忘れなかったアフガにスタンでの侮辱 この亀裂が欧州で「感情的」と感じられる理由を理解するには、9・11同時多発テロ後における北大西洋条約機構(NATO)同盟国の犠牲に対し、トランプが繰り返し示してきた軽蔑に目を向ける必要がある。 同時多発テロの後、欧州は逡巡しなかった。NATO史上初めて第5条(締約国であるNATO諸国は「欧州または北米における1カ国またはそれ以上の締約国に対する武力攻撃を全締約国に対する攻撃と見なすことに合意」)を発動し、米国とともにアフガニスタンの作戦に参加した。英国、フランス、ドイツ、デンマーク、オランダ、ポーランド、カナダなどの兵士が現地で戦い、命を落とした。千人を超える同盟国部隊が戦死し、数千人が負傷して帰還した。国内政治が揺れ、社会の分断が深まり、ワシントンへの忠誠の代償を「政治世代」ごと支払った国もある。 それに対するトランプの反応は何だったか。同盟国を「ただ乗り」呼ばわりし、なぜ米国が彼らを守る必要があるのかと公然と疑問を呈し、血と犠牲を防衛費の数字に置き換えた。 それは率直さではない。犠牲への敬意を踏みにじる行為である。 欧州の政策は批判できる。防衛費をめぐる議論も成り立つ。だが同盟国の犠牲を切り捨てるのは、政治の範囲を越え、裏切りとして受け止められた。欧州はまさにそのように聞いたのである。 これはレトリックではない。構造的損傷である トランプがやっていることは、単なる「規範破り」ではない。大西洋同盟の土台そのものを侵食している。 同盟は信頼で成り立つ。抑止は信用で成り立つ。米国大統領が、第5条の適用は条件付きだと公然と示唆し始めた瞬間、この枠組みはただちに弱体化する。敵対国はNATOを打ち破る必要はない。疑念を植え付ければよい。 彼らは疑っている。ロシアはそれを見ている。中国もそれを見ている。西側を見つめる脆弱な国々も、それを見ている。 同時に米国は、「国家安全保障」を名目に欧州の同盟国へ関税を課し、自動車輸出を脅し、貿易を武器化する。グリーンランドをめぐってデンマークに経済的圧力もかける。これはパートナーシップではない。政策を装った強制である。 市場はシグナルを読み取る。投資家はリスクを測る。供給網は不確実性に反応する。そしてシグナルは明白だ。米国は、最も近い同盟国にとってさえ、もはや安定の拠り所ではない。 そして帝国(=トランプ政権)が最も恐れる事態が起きている。欧州が「米国の主導を前提としない世界」へ備え始めたのである。 米国技術への依存を減らす。ドルの代替を探る。防衛の自律性を築く。対中関係でヘッジをかける。戦略的自立を設計する。 トランプはこれを弱さと呼ぶ。だが現実には、信頼できない相手に対する合理的適応である。 誰も口にしたがらない問い なぜトランプは、同盟国に最も苛烈な言葉を浴びせる一方で、強権的指導者には甘いのか。 答えは不快だが、複雑ではない。 彼が尊重するのは同盟ではなく支配である。忠誠ではなく服従である。民主主義は反論する。強権者は賛辞で取り入る。だから前者を攻撃し、後者を懐柔する。 国内政治上の計算もある。欧州を口撃することは、米国内政治ではリスクが小さい。被害者意識を煽り、「米国は搾取されている」という物語を補強し、国内的な代償を払うことなく喝采を集める。 しかし、その国際的帰結は深刻である。 ワシントンと欧州の信頼が裂けるたびに、利益を得るのは米国人ではない。ロシアである。中国である。そして、分断された西側から利益を引き出すあらゆる勢力である。 陰謀を持ち出す必要はない。結果はすでに目の前にある。 グリーンランドが「一線」だった グリーンランドは最初の侮辱ではない。だが、決定打だった。 トランプの対デンマーク姿勢が、言葉の応酬から実際の圧力へと踏み込んだとき、欧州はついに、顔色をうかがう下位パートナーではなく、自尊心を備えた政治主体として応答した。局面が変わったのである。欧州はトランプを「やり過ごす」ことをやめ、「抵抗」へと舵を切った。 丁寧に、ではない。慎重に、でもない。意図的に、である。 骨のない欧州はいじめやすい。だが、尊厳を持つ欧州は、はるかに厄介だ。 清算の刻 帝国が衰退するのは、敵の攻撃によることは少ない。友を疎外するからである。 同盟国を従属者として扱うことで、トランプは米国を強くしているのではない。信頼の輪を狭めているのだ。NATOを揺るがすことで、欧州に「もっと払え」と迫っているのでもない。米国の指導を前提としない世界を、欧州に想像させているのである。 これこそが本当の損害だ。 グリーンランドは領土紛争として記憶されるのではない。象徴的な決裂として記憶されるだろう。欧州が、見て見ぬふりをやめた瞬間。耐え続けることをやめた瞬間。折れることをやめた瞬間。 立ち上がった瞬間である。(原文へ) Original URL:https://www.amerinews.tv/posts/europe-finds-its-voice-as-trump-s-pressure-begins-to-backfire INPS Japan 関連記事: 欧州には戦略的距離が必要だ──米国への盲目的同調ではなく アメリカ・ファーストと多国間主義の狭間で揺れる国家安全保障戦略 |ダボス会議|経済を凌駕する『力の政治』

5年を経て、核兵器禁止条約は世界に何をもたらしたのか

この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。 【Global Outlook=スージー・スナイダー】 2021年1月22日、核兵器禁止条約(TPNW)が発効した。同条約には、加入可能な国の過半数が署名・批准または加入しており、核兵器を最も包括的に禁じる条約を支持する「世界多数派」の存在を示している。 重要なのは、TPNWが国際法となって以降、核兵器政策をめぐる国際的な議論に具体的な影響を与えてきた点である。本稿では、この5年間にTPNWが核軍縮に与えた影響を5点に分けて検討する。 第1に、核兵器をめぐる長年の法的空白を明確化し、埋めた。 TPNWは、生物兵器や化学兵器など、すでに禁止されている他の大量破壊兵器と同様に、核兵器を包括的に禁止した。国連総会がTPNW交渉を付託する以前、核兵器の保有、開発、生産、使用といった活動を、世界全体を対象に単一の条約で違法化する枠組みは存在しなかった。 国際人道法と国際人権法に根差すTPNWは、核兵器の開発、実験、生産、製造、備蓄、保有、配備受け入れ(ホスティング)、取得を包括的に禁じている。また、核兵器国が条約に参加する場合についても、二つの道を示している。すなわち、締約国間で合意された計画の下で核兵器を廃棄してから参加する方法と、先に廃棄した上で参加し、国際原子力機関(IAEA)の保障措置協定によって兵器関連活動が残っていないことを担保する方法である。 1968年の核不拡散条約(NPT)は、新たな国による核兵器の製造を禁じる一方で、すべての締約国に対して核兵器の使用や保有を一般的に禁じているわけではない。また、1967年以降に採択されてきた非核兵器地帯条約も、核兵器の禁止を特定の地域内に限っている。TPNWは、こうした法的空白を埋めた。 第2に、核兵器がもたらす破局的な人道・環境被害への認識を広げた。 TPNWは、核兵器が人類の生存、環境、社会経済の発展、世界経済、食料安全保障、そして現在および将来世代の健康と福祉に深刻な脅威をもたらし得るという懸念を、多くの国が強めたことを背景に生まれた。 同条約は、広島・長崎の経験と、核兵器が人びとにもたらす破局的で長期にわたる世代間被害の知見を踏まえ、形成されてきた「核のタブー」を強化した。従来、国際的な議論では前面に出にくかった人道的観点を、核軍縮を前進させる取り組みの中心に据えた点が大きい。さらに、核兵器の使用や実験で被害を受けた人びとと地域に対する被害者支援と環境修復を、締約国の義務として盛り込んだ。TPNWは、「人を守る」ための条約である。 第3に、核による威嚇は容認できないという国際的合意を固めた。 TPNWは、核の威嚇を明示的に禁じた初めての多国間条約である。TPNWが国際法となって以降、核兵器国が核使用を公然と示唆する局面が相次いだが、条約は共同対応を促し、未加盟国にも共有される形で影響が波及した。 たとえばTPNW支持国は、国連総会の「ロシアの侵略」に関する第11回特別緊急会合での共同声明などを通じ、ロシアによる核戦力の即応態勢引き上げの示唆を断固として退けた。こうした取り組みは、核兵器の人道的帰結と、核行動を抑制する国際的枠組みの重要性を浮き彫りにした。とりわけTPNWは、「核兵器の使用または使用の威嚇を明示的に禁じる唯一の条約」である。 また、2022年の第1回TPNW締約国会議の終結に際して採択された「ウィーン宣言」も、「核の威嚇はいかなる形であれ―明示的であれ暗示的であれ、また状況のいかんを問わず―明確に非難する」と断じた。 こうした動きは、その後の核の威嚇に対する国際的な非難にも反映された。バリで開かれたG20首脳会議では、核兵器国を含む首脳が「核兵器の使用の威嚇または使用は容認できない」と確認した。北大西洋条約機構(NATO)のイェンス・ストルテンベルグ事務総長(当時)も「核兵器のいかなる使用も絶対に容認できない」と述べた。習近平国家主席やオラフ・ショルツ首相も、TPNW締約国が先に用いた表現に近い言い回しで、核の威嚇を非難している。 第4に、「核の正義」が複数のフォーラムで議題になった。 TPNWの発効以前、核実験が行われた地域における被害者支援や環境修復を、多国間で集中的に議論する機会は限られていた。 TPNWは、国連総会での行動も促した。2023年にはキリバスとカザフスタンが、被害者支援と環境修復のために、すべての国が協力するよう求める決議を主導した。決議は、能力や資源のある国に対し技術・財政支援の提供を奨励するとともに、核兵器を使用または実験した国に、影響に関する技術的・科学的情報を影響を受けた国と共有するよう求め、被害の是正における特別の責任を認めた。反対はフランス、北朝鮮、ロシア、英国の4か国のみで、賛成は171か国、棄権は6か国だった。 「核の正義」は、従来の核軍縮フォーラム以外でも議論されている。国連人権理事会は2024年、マーシャル諸島の「核の遺産」が人権に与える影響に関する報告書を公表した。同報告書は、米国によるマーシャル諸島での核実験がもたらした人権上の含意を扱う一方で、他地域も含め、核実験が残す長期的な影響と人権侵害にも注意を喚起している。 最後に、核兵器産業からの投資撤退を促した。 核兵器に対する社会的な忌避感が強まるにつれ、企業が核兵器産業に関与することは、商業面でも「評判リスク」を伴う行為になっている。銀行や年金基金など、総資産で少なくとも4兆7000億ドル規模にのぼる金融機関が、核兵器産業に関与する企業への投融資や、そこから利益を得ることを拒んでいる。 TPNWは、核兵器のない世界が遠のいたように見えた時期にあっても、核軍縮が現実の政策課題として前進し得ることを示した。条約は、政府と市民に対し、核兵器のない世界へ向けた前進は可能だという見通しを与えてきた。(原文へ) スージー・スナイダーは、核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)のプログラム担当ディレクターで、投資撤退(ダイベストメント)キャンペーンや金融セクターとの連携を含む戦略目標の設計・実行を統括している。ICANが2017年にノーベル平和賞を受賞した当時を含め、同団体の代表も務めた。10年以上にわたり、核兵器製造に関与する企業への資金の流れを断つ取り組み「Don’t Bank on the Bomb」を統括してきた。Foreign Policy Interrupted/バード大学フェロー(2020年)。Nuclear Free...

1989年からの教訓(ヴィクトル・ガエタン ナショナル・カトリック・レジスター紙シニア国際特派員)

米国の侵攻に立ちはだかった教皇大使 【Agenzia Fides/INPS Japanカラカス/パナマ=ヴィクトル・ガエタン】 先週、米軍がベネズエラでニコラス・マドゥロ・モロス大統領を標的に軍事作戦を行ったことは、36年前に米国が行ったよく似た作戦を想起させる。1989年の一件は、バチカン外交に注目を集めると同時に、聖座(教皇庁)の意思決定が世俗国家の計算とは異なることを浮き彫りにした。|イタリア語版|スペイン語|フランス語|ドイツ語|中国語|英語| 標的は「一人の男」 1989年12月20日、米国のジョージ・H・W・ブッシュ大統領は、2万7500人の兵員をパナマに投入して侵攻し、政権を転覆させ、軍事独裁者マヌエル・ノリエガの逮捕を命じた。ノリエガは元CIA協力者ともされ、コカイン密輸、マネーロンダリング、反民主的行為で告発されていた。こうした罪状は、現在マドゥロ大統領と妻のシリア・フローレス氏が直面している告発と重なる。 1989年当時の公式推計では、死者はパナマ側500~560人、米軍側23人とされた。一方、地元の情報源は、死者が最大4000人に上り、被害額も20億米ドルを超えたと見積もっている。 ノリエガは間一髪で拘束を免れたが、懸賞金100万ドルが懸けられていた。米軍が首都で行方を追い、家族も潜伏する中、ノリエガが頼ったのは教皇大使館だった。クリスマスイブ、彼は教皇大使ホセ・セバスティアン・ラボア・ガジェゴ大司教(1923~2013) 2023に電話をかけ、教皇大使館での即時庇護を求めた。 ノリエガは教会の友ではなかった。実際、ラボア本人に嫌がらせをしたこともある。それでも教皇大使は、暴力の拡大を避けるため迅速に動き、独裁者と数人の側近に庇護を与えた。 まもなく米軍が教皇大使館を包囲し、ヘリコプターが上空を旋回した。しかし外交特権により、館内は守られ、逃亡者を含む全員の安全が確保された。 聖座は、米国の示威的な武力行使を評価しなかった。パナマ侵攻は国際法違反だと考えたのである。 主権 領土主権は国際秩序の中核をなす概念である。聖座は、ノリエガ本人の同意なしに、聖座の外交トップが「占領権力」と呼んだ米国へ彼を引き渡すことはなかった。 教皇大使は、ノリエガが教皇大使館にとどまれると保証したという。「最後の瞬間まで私は言い続けた。『ここにいなさい。われわれは決してあなたを追い出さない』と」 当初、米国務長官は「犯罪者に庇護の権利はない」として聖座に圧力をかけ、引き渡しを迫った。しかし聖座は、米国のパナマ侵攻は国際法違反だとして、ノリエガを本人の意思に反して米国に引き渡すことはできないとした。 同様に、教皇レオ14世が1月4日のアンジェルスでベネズエラに言及した際も、「国家主権の擁護」を明確に打ち出した。主権主体である聖座は、主権国家から成る国際秩序の一員として、この世界秩序を守る立場にある。米国は、それを1989年のパナマ、2003年のイラク、そして2026年のベネズエラで侵害してきた、との認識に立っている。 聖座の主権は、1929年のラテラノ条約によって明確化された。これは聖座の独立を守る盾であり、このため教皇とその外交官たちは、国際法秩序という考え方の強い擁護者となっている。 中立性と司牧的配慮 パナマでの対峙で聖座が守ったもう一つの価値は、中立性である。聖座は政治的、あるいは軍事的対立のいずれにも与せず、中立を保つことを重視する。 教皇大使は、ノリエガ一行、新たなパナマ当局、米国政府という当事者に対し、等距離を保った。 ノリエガは教皇大使館で約1週間半、何をして過ごしたのか。米軍が建物に向けて大音量のロック音楽を流し、投光器で窓を照らし続ける中、彼は眠り、本を読み、ミサに参列した。 教皇大使が予期せぬ客に対して用いた主な手段は、言葉による説得だった。ラボアはノリエガと長く話し合い、考え得る展開を一つひとつ検討しながら、最善の道を選ぶよう促した。さらに司牧者としても向き合い、説教を行い、キリスト教の徳を思い起こさせた。 つまりラボアは、ローマと常に連絡を取りながら、司牧者として逃亡者に寄り添い、導く役割を果たしていた。ここにこそ、カトリック教会が外国の指導者と関わる際の特徴が表れている。 指導者はまず一人の人間として扱われる。私たちと同じく罪を抱える存在である一方、立ち直り(救い)の可能性を持つ存在でもある。状況を分析する際の中心には、常に個人とその尊厳が置かれる。人間は決して「使い捨て」にされる存在ではない。 終局 最終的にノリエガ将軍は折れた。きっかけとなったのは、数千人規模の反ノリエガ派市民が教皇大使館の門の外で抗議した日のことだった。教皇大使は、群衆が敷地に押し寄せれば、米軍に攻撃の口実を与えかねないとノリエガに説明した。 朝のミサで、将軍は最後列に座っていた。洗礼は受けていたが、霊的な助言をブラジル人の呪術師に求めていたとも報じられている。ラボアは説教で「忠誠は移ろうが、神は変わらない」と語り、ノリエガは聖体を受けた。 数時間後、独裁者は軍服を着て「行く準備ができた」と告げた。聖書は手元に置きたいと頼んだという。ノリエガは3人の司祭とともに教皇大使館の前庭を横切って正門へ向かい、そこで投降した。流血のない投降によって、目先の危機は収束した。米国は聖座の要請を受け、ノリエガに死刑を科さないと約束し、その約束は守られた。 ラボアは、個人に仕えながら、暴力を忌み嫌う教会の立場に沿って、緊張が極限に達した局面を非暴力で収拾した。 暴力にノーを こうした姿勢は、レオ14世のアンジェルスの言葉にも表れている。教皇は祈りの中で、こう語った。「愛するベネズエラの人々の善が、あらゆる他の考慮に優先され、暴力を乗り越える道を開きますように」 さらに、ベネズエラ司教協議会は、米軍の作戦で命を落とした約80人(治安部隊32人を含む)を悼んだ。こうした犠牲に同様に言及する声は、ほかに多くはなかった。司教団は「負傷者と遺族に連帯する。国民の一致のため、祈り続けよう」と記した。 聖座はベネズエラについて、現地に情報源を持つ。国務長官ピエトロ・パロリン枢機卿は2009~13年に教皇大使として同国に赴任していた。現教皇大使のアルベルト・オルテガ・マルティン大司教も1年以上滞在し、ヨルダン、イラク、チリでの勤務経験を持つ。昨年7月には、拘束されていた米国人司祭の解放に関与したとも報じられた。 教皇の指導の下、聖座の外交官は目立たない形で動く。36年前のラボア大司教と同様、ベネズエラにおいても、複雑な国際的対立の中で解決の道を粘り強く探っているとみられる。 ヴィクトル・ガエタンは、米誌『ナショナル・カトリック・レジスター』の上級特派員(国際問題担当)。『フォーリン・アフェアーズ』にも寄稿し、カトリック・ニュース・サービスにも寄与してきた。著書に『God’s Diplomats: Pope Francis, Vatican Diplomacy, and...

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