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核時代からAI時代へ―人類は新たな平和の枠組みを築けるか
【バチカンシティINPS Japan=浅霧勝浩】
広島と長崎への原子爆弾投下によって人類が核時代に突入してから、すでに80年以上が過ぎた。いま世界は、科学や産業の領域をはるかに超える影響をもたらす、もう一つの技術革命に直面している。核兵器は今なお、わずか数時間のうちに文明を破壊し得る力を持つ。その一方で人工知能(AI)は、軍事計画、情報収集、サイバー作戦、戦略的意思決定のあり方を急速に変えつつある。こうした変化は、第2次世界大戦後に築かれた国際制度が、そもそも想定していなかったものである。|英語版|
このような状況を背景に、ノーベル賞受賞者約30人とノーベル賞受賞団体の代表、元国家元首・政府首脳、AI研究の第一人者、科学者、カトリック関係者、市民社会の代表らを含む200人以上が、7月14日から16日まで、カステル・ガンドルフォの教皇庁庭園内にあるボルゴ・ラウダート・シに集う。
「人工知能と核戦争に関する世界ノーベル賞受賞者会議」には、科学、技術、平和構築、倫理の分野で世界を代表する人々が参加し、21世紀を特徴づける重要な問いに向き合う。
人工知能は平和を築く力となり得るのか。それとも、すでに不安定化している核時代において、戦争の危険をさらに深刻化させるのか。
3日間にわたる会議は7月16日にローマで閉幕し、「非武装かつ軍縮を促す平和のためのローマ宣言」が発表される予定である。同宣言は、人工知能(AI)、核兵器、自律型兵器、デジタル・ガバナンス、新たな技術開発モデルに対応するための原則と提言を示すことを目的としている。
戦略的岐路に立つ世界
この会議が今、開催されるのは偶然ではない。
国際安全保障環境は、かつてなく不安定になっている。ロシアによるウクライナ侵攻は、冷戦後の欧州安全保障秩序を揺るがしている。中東で続く紛争は、さらに広範な地域的エスカレーションへの懸念を高めた。主要国間の関係が悪化するなか、核兵器をめぐる威嚇的な言説も、ここ数十年見られなかったほどの激しさで国際政治に戻ってきた。
同時に、9つの核保有国すべてが核戦力の近代化、あるいは拡張を進めている。かつて戦略的競争を管理する役割を担っていた軍備管理の枠組みの多くは弱体化し、失効し、あるいは政治的に機能不全に陥っている。対立国間の意思疎通の経路も狭まり、誤解や誤算が重大な危機を招く危険性が高まっている。
AIは、こうした不安定な環境のなかへ、驚異的な速度で入り込みつつある。
AIシステムはすでに、膨大な情報の処理、パターンの特定、軍事計画の支援、サイバー能力の強化、従来は人間が数時間から数日をかけて行っていた判断の迅速化を可能にしている。将来的には、危機予防、軍縮検証、早期警戒を支援する新たな手段となる可能性もある。
しかし、同じ能力が危機を一層危険なものにする恐れもある。
AIは、緊急時に政治指導者や軍指導者が判断を下すまでの時間を短縮させる可能性がある。不正確あるいは誤解を招く分析を生成し、偽情報を増幅し、指揮統制システムをサイバー攻撃に対して脆弱にし、国家が自動化技術により多くの権限を委ねることを促しかねない。
中心的な懸念は、機械が独自の判断で核兵器の発射を決定することだけではない。より差し迫った危険は、情報が不完全で、一度の誤りが取り返しのつかない結果をもたらす極度の緊張状態において、AIが生成した情報、予測、提言が人間の意思決定に影響を及ぼすことである。
人類はしたがって、これまで経験したことのない課題に直面している。
問われているのは、核兵器をどのように管理するかだけではない。技術革新が政治的判断力を追い越してしまう前に、人工知能、軍事力、核使用をめぐる意思決定の関係をいかに統治するかという問題である。
なぜバチカンなのか
開催地にバチカンが選ばれたことには、深い象徴的意味がある。
教皇庁は核兵器を保有せず、通常の意味での軍事力もほとんど持たない。しかし、世界の大多数の国々と外交関係を結び、戦争と平和をめぐる議論において、人間の尊厳、道義的責任、民間人の保護を中心に据えるよう、長年にわたり訴えてきた。
会議が開かれるボルゴ・ラウダート・シは、カステル・ガンドルフォの教皇別荘庭園内に設けられた教育・環境施設である。主催者によれば、今回の会議は、AI時代における人間の保護を主題とする教皇レオ14世の回勅『マグニフィカ・フマニタス』の理念に触発されている。
会議が掲げる「非武装かつ軍縮を促す平和」という理念は、単に戦争が存在しない状態を超えた平和観を示している。
「非武装の平和」とは、軍事力を際限なく増強することによって安全を恒久的に維持できるという考えを否定するものである。「軍縮を促す平和」とは、兵器を削減するだけでなく、軍事化を持続させる政治的不安、国家間の対立、経済構造そのものを変革しようとする考え方である。
この視点によって、議論は単なる技術的安全性の問題を超えていく。
ますます強力になる技術が政治、経済、情報、戦争のあり方を変えるなかで、人類はどのような社会を築こうとしているのか。それはまた、技術革新が人間の尊厳に従属し続けるのか、それとも人間が自ら生み出した技術に徐々に従属していくのかという、より根源的な倫理的問いを突きつけている。
政府だけでは解決できない時代
今回の会議の最も重要な特徴の一つは、未来を形づくるあらゆる技術を、もはや政府だけで統治することはできないという現実を認識している点にある。
冷戦時代、核外交の中心的主体は国家だった。核兵器不拡散条約(NPT)や包括的核実験禁止条約(CTBT)などの取り決めは、核兵器、運搬手段、核兵器製造に必要な物質を国家が管理していたからこそ、政府間交渉によって形成された。
しかし、人工知能をめぐる現実は根本的に異なる。
現在、世界で最も高度なAIシステムの多くを開発しているのは、政府だけでなく、民間企業、大学、研究機関である。テクノロジー企業のなかには、多くの政府に匹敵し、場合によってはそれを上回る計算資源、データ、専門知識を保有するところもある。企業の研究部門内部で下される決定が、世界規模の政治的、社会的、安全保障上の影響をもたらし得る時代なのである。
したがって、効果的な統治には、従来型の外交を超えた仕組みが必要となる。
国家、テクノロジー企業、科学者、大学、国際機関、宗教界、市民社会による持続的な協力が不可欠である。
だからこそ今回の会議では、ノーベル賞受賞者、AI企業、世界有数の大学・研究機関、核軍縮団体、バチカンを中心とするカトリック関係者、そして仏教を基盤とする創価学会などの市民社会組織が一堂に会する。
参加者や協力機関には、OpenAI、Google DeepMind、Anthropic、AARUの関係者をはじめ、ノーベル女性イニシアチブ、核戦争防止国際医師会議(IPPNW)、パグウォッシュ会議、ユヌス・センター、『原子力科学者会報』などが含まれている。
また、欧州、アジア、北米、オーストラリアを代表する大学・研究機関も参加する予定である。
この会議の意義は、参加者の知名度だけにあるのではない。そこに代表されている分野と共同体の多様性にこそある。
政府だけに依存するのではなく、科学、技術、倫理、宗教、市民社会が共通の存亡的リスクに向き合い、接点を見いだそうとする、新たな国際ガバナンスの姿をこの会議は映し出している。
核弾頭からアルゴリズムへ
核時代の大部分において、軍備管理交渉が対象としてきたのは物理的な物体だった。核弾頭、ミサイル、爆撃機、潜水艦、核物質、核実験施設などである。
AI時代は、これまでとは異なる課題をもたらす。
アルゴリズムはミサイルのように目に見えるものではない。ソフトウェアは短期間で変更でき、データはほぼ瞬時に国境を越える。平和目的で開発された民間システムが、軍事目的に転用されることもある。重要な技術がコードやネットワーク、民間企業が管理する計算基盤の内部に組み込まれている場合、検証、説明責任、透明性の確保は格段に難しくなる。
将来の軍備管理や安全保障の枠組みは、兵器そのものだけでなく、その使用に関する情報を提供し、運用を誘導し、意思決定を加速させるデジタルシステムまで統治しなければならない可能性がある。
かつては理論上の問題とみなされていた問いが、急速に現実味を帯びている。
人工知能を核兵器の指揮統制システムに組み込むことを、果たして認めるべきなのか。自律型兵器に対して、どの程度の人間による監督を維持しなければならないのか。危機の最中に複数のAIシステムが相反する警告を発した場合、国家はどう対応すべきなのか。民間のAI企業が開発した製品が軍事目的に転用された場合、企業にどのような責任を求めるべきなのか。そして、信頼できる安全措置を構築できる国際機関は存在するのか。
今回の会議が、これらすべての問いに3日間で答えを出すことはできない。
しかし、核問題の専門家、ノーベル賞受賞者、AI開発者、研究者、宗教関係者、平和活動家を同じ場に集めることで、これまで互いに切り離されたまま進められてきた議論に、共通の言語をもたらす可能性がある。
国際ガバナンスの新たな章となるか
歴史を振り返れば、人類は存亡に関わる脅威に直面するたびに、新たな理念、制度、規範をつくり出してきた。
1955年のラッセル=アインシュタイン宣言は、核兵器が人類の生存そのものを危険にさらしていると警告した。1957年に始まったパグウォッシュ会議は、冷戦によって分断された科学者たちの間に意思疎通の経路を開いた。その後、NPTが国際的な核秩序の中心的枠組みとなった。
2017年に採択された核兵器禁止条約は、核兵器が国際人道上の原則と相いれないことを明確にし、核抑止に対する人道的、道義的な異議をさらに強めた。
世界ノーベル賞受賞者会議が将来、こうした歴史の系譜に連なるものと評価されるかどうかは、まだ分からない。
国際会議で採択される宣言が、一夜にして政策を変えることはほとんどない。法的拘束力も、履行を強制する仕組みも、当面の政治的支持も欠く場合がある。文言は理念的なものにとどまり、その影響が目に見えるようになるまでに何年もかかることもある。
しかし宣言は、国際的な議論の前提そのものを変えることがある。
ラッセル=アインシュタイン宣言は核兵器を廃絶しなかったが、国際的な運動を生み出すきっかけとなった。第1回パグウォッシュ会議は冷戦を終わらせなかったが、のちの軍備管理外交に貢献する人間関係を築いた。世界人権宣言は当初、法的拘束力を持たなかったが、やがて国際法と政治的正統性の基礎的な規範となった。
したがってローマ宣言の重要性は、直ちに具体的な合意を生み出すかどうかよりも、政府、テクノロジー企業、大学、国際機関、市民社会を巻き込む持続的なプロセスを開始できるかどうかにかかっているのかもしれない。
より大きな問いは、危険な慣行が固定化されてしまう前に、新たな規範を築くことができるかどうかである。
ローマ宣言に向けて
会議は7月16日、ローマのカピトリーノの丘で開かれる公式会合をもって最高潮を迎え、そこで「非武装かつ軍縮を促す平和のためのローマ宣言」が発表される予定である。
同文書は、人工知能、核兵器、自律型兵器、新たなデジタル・プロトコル、新興のデジタル開発モデルの時代に対応することを目的としている。主催者によれば、協力、人間の尊厳、全人的発展、諸国民間の平和に基づく国際安全保障のあり方を促進する内容となる。
重要なのは、宣言が幅広い倫理的訴えを超えて、どこまで踏み込むかである。
核兵器や自律型兵器のシステムに対する「意味のある人間の統制」を求めるのか。核使用をめぐる意思決定にAIが果たす役割を制限する提案を示すのか。民間AI企業の責任を明確にするのか。新たな国際的監視、対話、検証の仕組みを提案するのか。そして、理念を政策へと転換するための継続的なプロセスを確立するのか。
その答えによって、この会議が主として象徴的な出来事にとどまるのか、それとも人工知能、核リスク、人間の安全保障をめぐる、より広範な「ローマ・プロセス」の出発点となるのかが決まるだろう。
広島、長崎から80年以上を経たいま、人類は再び、文明の未来を根底から変え得る技術に直面している。
核兵器は今なお、人間が自らの社会を破壊し得る最も直接的な手段である。その一方で人工知能は、核兵器が実際に使用されるか否かを左右する判断の速度、複雑性、性格に影響を及ぼし始めている。
したがって、決定的な課題は、人類が核兵器を管理できるかどうかだけではない。
人工知能が人間の判断を置き換えるのではなく、それを支えるようにすること。壊滅的な誤りの危険を増幅するのではなく、それを減らすようにすること。そして戦争ではなく、平和に貢献するようにすること。そのための制度を、人類は構築できるのかが問われている。
その答えが、カステル・ガンドルフォでの3日間の協議だけから生まれることはないだろう。
しかし、そこで始まる対話は、技術、安全保障、人間の責任をめぐる今後の国際的議論に、長期にわたって影響を与える可能性がある。
INPS Japanは会議期間中、カステル・ガンドルフォおよびローマから現地取材を行い、7月16日のローマ宣言発表後に続報となる分析記事を配信する予定である。This article is brought to you...
米国に異を唱え、その代償を払った国連事務総長 ― ブトロス・ブトロス=ガリの軌跡
【国連IPS=タリフ・ディーン】
エジプトの元外相ブトロス・ブトロス=ガリが1991年末、国連事務総長選に立候補した際、最大のライバルはジンバブエの外相だったバーナード・チゼロ氏だった。当時、事務総長ポストは地域持ち回りの慣例に基づきアフリカに割り当てられており、選挙戦が本格化する中、ブトロス=ガリは長年の友人でもあったチゼロ氏との印象深い出来事を後に振り返っている。|ENGLISH|
アフリカで開かれたある国際会議で二人が英語で会話を交わしていると、チゼロ氏は突然フランス語へ切り替えた。
その意図を察したブトロス=ガーリは、チゼロ氏の肩を抱きながら冗談交じりにこう言ったという。
「バーナード、フランスの支持を得たいのなら、フランス語を話すだけでは足りない。英語もフランス語なまりで話さなければならないよ。」
安全保障理事会の常任理事国で拒否権を持つフランスは、自国語へのこだわりが非常に強いことで知られており、フランス語を話せない候補者には拒否権を行使した可能性さえあった。
実際、国連事務総長を目指す者は、フランス語を実務レベルで使えなければ、あるいは少なくとも習得する意思を示さなければ選出は極めて困難だとされてきた。フランスはフランス語を「国際外交の言語」と位置付けているからである。
そこで一つの疑問が浮かぶ。
現在、次期国連事務総長選に立候補している候補者のうち、英語とフランス語の双方を流暢に話せる人は何人いるのだろうか。
国連創設以来81年間、その実務言語の中心は英語とフランス語である。中国語、アラビア語、スペイン語、ロシア語も公用語ではあるが、日常業務では英語とフランス語が主に使用されてきた。
英語、アラビア語、フランス語を自在に操ったブトロス=ガーリは、1992年1月から1996年12月まで「世界で最も困難な仕事」と称される国連事務総長を務めた。
記者会見で3か国語を話せることについて尋ねられた際、彼は笑いながらこう答えた。
「私の第一言語はアラビア語です。妻とけんかをするときはアラビア語でけんかをしますから。」
「事務総長の独立」は神話なのか
ブトロス=ガリは、「国連事務総長の独立性」は、国連の外部で語られる神話にすぎないと指摘していた。
国際公務員である事務総長は就任と同時に自国への政治的忠誠を捨て、いかなる政府からも指示を求めたり受けたりしてはならない―これは国連憲章第100条に明記されている。
しかし実際には、歴代9人の事務総長のほぼ全員が、大国との政治的妥協を重ねてきた。
その内幕を最も率直に明かしたのがブトロス=ガリだった。
彼は、米国の拒否権によって唯一再選を阻まれた国連事務総長である。
1996年、安全保障理事会では15か国中14か国がブトロス=ガリ支持に回った。
英国、フランス、ロシア、中国という他の常任理事国4か国もすべて支持していた。
それでも米国は単独で拒否権を発動した。
本来ならば、慣例として反対する国は棄権し、多数意思を尊重するのが外交上の作法だった。
しかし米国は、圧倒的多数の支持を無視した。
民主主義を世界に説く米国が、多数決の原則を国連では受け入れなかったのである。
「Yes Manではなく、Yes Sir Man」
ブトロス=ガリは歴代事務総長の中でも比較的米国に従わなかった人物として知られる。
もちろん、ワシントンの圧力に屈した場面もあった。
しかし、米国の国益を守るためだけに国連を動かすことには最後まで抵抗した。
元国連事務次長のサミール・サンバル氏は先週IPSに対し、事務総長退任後の興味深いエピソードを明かした。
ある日、かつてのライバルだったチゼロ氏がブトロス=ガーリに尋ねた。
「あなたは『アメリカのイエスマン』と言われていた。それなのになぜアメリカは再選を阻止したのか。」
ブトロス=ガーリは、持ち前のユーモアを交えて答えた。
「アメリカが求めていたのは『Yes Man』ではない。『Yes Sir Man』だったのだ。」
米国に配慮しても再選できなかった
1999年に出版した回顧録『Unvanquished: A...
二国間関係から四カ国協調へ―中東・南アジアで進む新たな安全保障パラダイム
【イスラマバードINPS Japan/London Post=モハマド・ラーシド】
世界の勢力均衡が大きく変化し、大国が地域への関与を見直す一方、米国・イスラエル・イラン間の対立の余波や、イスラエルの積極的な軍事行動、イランの地域的影響力への懸念などを背景に、中東・南アジアの4つのイスラム教徒多数派国家が、新たな安全保障の枠組みを静かに構築しつつある。|英語版|
サウジアラビア、トルコ、エジプト、パキスタンは、「R-4(アール・フォー)」あるいは「中東四カ国協力」とも呼ばれ、従来の二国間協力を超えて、より緊密な連携へと歩みを進めている。
これは、集団防衛義務を伴うNATO(北大西洋条約機構)のような正式な軍事同盟ではない。しかし、軍事協力、防衛産業の連携、外交的仲介、そして共通の戦略的利益を組み合わせた、現実的かつ多層的な新たな安全保障パラダイムである。
新たな安全保障構想を後押しする要因
この動きの背景には、湾岸地域への攻撃や地域紛争が激化した際に米国の対応が限定的だったことなどを受け、「米国はもはや信頼できる安全保障の担い手ではない」との共通認識がある。また、イランへの対抗や紛争後の地域安定化を図る必要性も各国に共有されている。
かつて存在したトルコとエジプトの対立や、サウジアラビアとトルコの競争関係も、共通の脅威を前に実利的な協調へと変わりつつある。
それぞれの国は異なる強みを持つ。
サウジアラビアは豊富な資金力とエネルギー大国としての地位を背景に、西側諸国への過度な依存から脱却し、安全保障の多角化を目指している。国家改革構想「ビジョン2030」では、自前の防衛能力強化と戦略的自立が重要課題として掲げられている。
トルコは、無人機(ドローン)、ミサイル、海軍装備など先進的な防衛技術を有し、NATO加盟国として培った経験と積極的な地域戦略を持つ。
エジプトはアラブ世界最大規模の通常戦力を擁し、スエズ運河という世界有数の戦略的要衝を抱えるほか、シナイ半島での対反乱作戦など豊富な治安維持の経験を有している。
パキスタンは核抑止力を備え、実戦経験豊富な軍隊と、長年にわたる軍事訓練・防衛装備輸出の実績を持つ。
すなわち、
「サウジアラビアの資金力」「トルコの技術革新」「エジプトの人的戦力」「パキスタンの戦略的抑止力」
という補完関係が、この枠組みの大きな特徴となっている。
新たな枠組み形成への主な動き
その基盤となったのは、2025年9月に締結された**「サウジ・パキスタン戦略的相互防衛協定(SMDA)」**である。
この協定は、一方への攻撃を双方への攻撃とみなす内容となっており、長年続いてきたパキスタン軍によるサウジ軍への訓練支援などの軍事協力を制度化したものである。一部では、パキスタンによる「核の傘」の可能性についても議論されている。
その後、2026年初頭から協力はさらに加速した。
3月19日にはリヤドで、3月下旬にはイスラマバードで、さらに4月にはアンタルヤで外相会合が開かれ、イラン情勢の緊張緩和、湾岸地域の安全保障、防衛協力の強化などについて協議が行われた。
また、トルコはサウジ・パキスタン協定への参加、あるいは並行する新たな枠組みの構築を模索しており、三カ国・四カ国による防衛産業協力(共同軍事演習、兵器共同開発、技術移転など)が検討されている。
一方、エジプトもトルコとの二国間軍事協定や、サウジアラビア・パキスタンとの関係強化を通じてこの枠組みに組み込まれ、スーダンやアフリカの角地域などにおける地域協力でも連携を深めている。
この枠組みを支える主要な柱
この協力体制は、厳格な条約義務よりも実務的な協力を重視している。
主な柱は以下のとおりである。
防衛産業と装備調達の連携
ドローン、ミサイル、装甲車両、海軍装備などの共同開発・共同生産を推進する。パキスタンのJF-17戦闘機計画やトルコのバイラクタル無人機は、サウジ資本とエジプト市場を得ることでさらなる発展が期待される。
情報共有とテロ対策
非国家武装勢力やイラン系武装組織への対応について、情報共有と協調行動を強化する。
外交・仲介機能
4カ国は米国とイランの対話の仲介役としての役割を模索するとともに、パレスチナ国家樹立を支持する立場を共有し、外交的影響力の拡大を目指している。
地域を越えた安全保障協力
ソマリア、スーダンなどで協力を進め、海上交通路の安全確保や域外国の影響力拡大への対応を図る。
経済と安全保障の一体化
エネルギー協力、インフラ整備、貿易拡大を通じて地域の安定を促進する。
新しい安全保障パラダイムの特徴
この新たな枠組みは、冷戦期のような固定的な軍事ブロックとは異なる。
むしろ、「協調する地域大国による協議体(Concert of Powers)」あるいは柔軟な協議メカニズムとして発展する可能性が高い。
具体的には、
定期的な政策調整を行う「4カ国首都協議会(Four-Capitals Council)」の設置
共通の早期警戒システム
共同訓練施設
相互運用性(インターオペラビリティ)の標準化
などが想定されている。
また、通常戦力に加え、パキスタンの核抑止力やトルコの非対称戦力を組み合わせた**「ハイブリッド抑止」**も重要な特徴となる。
同時に、加盟国は米国、中国などとの関係を維持しながら、自立的な安全保障能力を強化するという「ヘッジ戦略」を採用するとみられる。
残る課題
もっとも、この構想には課題も少なくない。
トルコがクルド問題を最重要課題とする一方で、サウジアラビアはイランを最大の脅威とみるなど、安全保障上の優先順位には違いがある。
経済力の格差や、米国・イスラエル、さらにはアラブ首長国連邦(UAE)など地域の競合国からの圧力も予想される。
また、過去の対立が再燃する可能性もあり、正式な制度として定着するまでにはなお時間を要すると考えられる。
地域秩序への戦略的意味
この四カ国協力は、中東から南アジアにかけての安全保障地図を塗り替える可能性を秘めている。
イランや域外国による影響力に依存した従来の秩序に代わる、スンニ派諸国を中心とした新たな安全保障モデルとなる可能性がある。
また、共同防衛能力の向上、防衛産業の自立、イスラム協力機構(OIC)など国際舞台での発言力強化にもつながるだろう。
パキスタンにとっては地域を結ぶ戦略的ハブとしての役割が高まり、サウジアラビアにとっては石油依存から脱却し、より多角的な国家戦略を進める契機となる。
多極化が進む国際社会において、この新たな安全保障パラダイムは、地域諸国が自ら秩序形成の主体となろうとしていることを示している。
今後、この枠組みがより拘束力を持つ正式な同盟へと発展するのか、それとも柔軟な協議体として存続するのかは、加盟国の政治的意思と、今後の危機管理能力にかかっている。
しかし一つ確かなことがある。
サウジアラビア、トルコ、エジプト、そしてパキスタンは、もはや受動的な地域プレーヤーではない。21世紀の安全保障環境に適した新たな地域秩序を、自ら設計しようとしているのである。
INPS Japan
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キャロリン・ロドリゲス=バーケット氏、国連事務総長選で「現実的改革」を提唱―小国の視点から実務重視の国連像を提示
【ニューヨークATN=アハメド・ファティ】
次期国連事務総長選挙に立候補しているガイアナのキャロリン・ロドリゲス=バーケット氏は、加盟国との対話会合で、戦争、財政難、そして国連への信頼低下という試練に直面する国連に対し、「実務的な改革」「国連憲章の原則への回帰」「より信頼される国連」の実現を柱とする、慎重かつ現実的なビジョンを示した。|英語版|
ロドリゲス=バーケット氏は、自らを既存秩序を覆す改革派候補として売り込むことはしなかった。
むしろ、「国連は依然として不可欠な存在である。しかし、その役割を果たすためには、より効果的で、より現場に根ざし、自らが何を実現でき、何を実現できないのかについて率直でなければならない」と訴えた。
同氏の主張は三つの柱に集約される。
第一に、国連憲章の原則を改めて重視すること。
第二に、国連の制度改革を進めること。
そして第三に、平和と安全保障、開発、人権という国連の三本柱において加盟国の協力を結集し、成果を上げることである。
これは、小国ならではの現実感覚に裏打ちされたメッセージだった。
ガイアナの国連常駐代表であり、元外相でもある同氏は、多国間主義のルールは「飾り」ではなく「国家の生存条件」であると考える小国の経験を、自らの立候補の土台に据えた。
同氏が繰り返し強調したのは、次の一節だった。
「事務総長が持つべき唯一の偏りは、国連憲章と国際法に対するものである。」
この考え方は、ウクライナ、ガザ、人権問題、安全保障理事会の機能不全など、加盟国から厳しい質問が相次ぐ中で、一貫した回答の軸となった。
今回の対話では、次期事務総長が直面する最大の課題も浮き彫りとなった。
すなわち、国連に求められる役割は拡大し続ける一方で、加盟国の政治的結束、財政、人々の忍耐はいずれも縮小しているという現実である。
「平和は命令できないが、そのための政治的空間はつくれる」
平和と安全保障についてロドリゲス=バーケット氏は、事務総長はより積極的に行動し、「善意の仲介(good offices)」を活用し、紛争当事者と直接対話するとともに、地域・準地域機関との連携を強化すべきだと述べた。
「国連が常に対応が遅い、あるいは存在感がないと思われないためにはどうすべきか」と問われると、同氏は「進展の可能性を常に探り続け、拒絶や失敗を恐れてはならない。」と答えた。
これは、この日の対話でも最も印象的な場面の一つだった。
その発言からは、「事務総長は平和を命じることはできないが、和平への政治的な空間を生み出すことはできる。」という現実を理解している候補者像が浮かび上がった。
第99条には慎重姿勢
一方、国連憲章第99条については慎重な姿勢を示した。
第99条は、事務総長は、国際の平和及び安全の維持を脅威すると認める事項について、安全保障理事会の注意を促すことができる権限を定めている。
ロドリゲス=バーケット氏は、この権限を行使する前には、現地から十分な情報を収集し、人道上の影響を評価し、当事者と対話し、利用可能なあらゆる外交手段を尽くすべきだと述べた。
法的には慎重で政治的にも安全な回答だったが、安全保障理事会が機能不全に陥った際には、より積極的に第99条を行使すべきだと考える人々には物足りなく映る可能性がある。
ウクライナ問題では原則論に終始
ウクライナ代表団は、リトアニア、ポーランドとともに、戦争犯罪、民間人への攻撃、子どもの強制移送、性的暴力、さらには常任理事国による拒否権行使について質問した。
ロドリゲス=バーケット氏は、「国連憲章や国際法へのあらゆる違反について、事務総長にはそれを指摘する責任がある。」と述べた。
しかし同時に、「こうした原則はすべての紛争に等しく適用されなければならない。」と付け加えた。
ロシアを直接名指しすることは避けた。
選挙戦としては賢明な対応かもしれない。
しかし同時に、慎重路線の限界も示した。
ガザ問題でも均衡を維持
アラブ・グループは、国際法における二重基準、パレスチナ問題、人道支援アクセス、UNRWA(国連パレスチナ難民救済事業機関)への支援について質問した。
ロドリゲス=バーケット氏は、国際人道法の遵守、人道支援の確保、関係者との協力、そして長期的解決を支持すると述べ、安全保障理事会および総会で採択された数多くの決議にも言及した。
ここでも回答は慎重かつ均衡の取れたものだった。
問題の核心は認識していたものの、新たな政治的メカニズムや譲れない一線(レッドライン)は提示しなかった。
その姿勢は終始一貫していた。
国連憲章を軸とし、大げさな約束は避け、外交の余地を残すというものである。
人権は「開発」と不可分
欧州連合(EU)は、人権分野への予算配分が国連の三本柱の中で依然として少ない点について質問した。
これに対し同氏は、「開発や平和・安全保障への投資は、人権への投資でもある」と答えた。
また、自身がガイアナで取り組んできた先住民族教育や先住民族の権利向上の経験を紹介し、人権を基盤とする政策は実際に開発成果を生み出せると説明した。
これは彼女の持ち味が最も発揮された分野だった。
人権を「尊厳」「包摂」「開発」という観点から語ることには説得力があり、グローバル・サウスの多くの国々には共感を呼ぶだろう。
一方、市民社会や一部の欧米諸国は、各国政府による人権侵害に対して、より強い発信力を期待するかもしれない。
最大の強みは開発と気候変動
ロドリゲス=バーケット氏が最も力を発揮したのは、開発資金、気候変動への脆弱性、小島嶼国の課題について語る場面だった。
G77・中国グループは、「2030アジェンダ」、開発資金、地域的代表性、そして国連改革が開発分野を弱体化させる危険性について質問した。
これに対し同氏は、「世界が直面しているのは約束不足ではなく、実施不足である」と指摘し、国際金融機関との連携強化と国際金融システム改革の必要性を訴えた。
また、小島嶼開発途上国(SIDS)、カリブ共同体(CARICOM)、太平洋諸島フォーラム、モルディブなどからは、気候変動への脆弱性、「アンティグア・バーブーダ行動計画」、多次元脆弱性指数(MVI)、気候変動と安全保障の関係について質問が寄せられた。
同氏は、小島嶼国支援は各国が合意した優先課題に沿って進めるべきであり、多次元脆弱性指数などの指標についても国際金融機関への働きかけを強化すべきだと述べた。
さらに、「私は満潮が抽象的な気候変動の話ではなく、現実の脅威である国から来ています」と語り、自身の経験と政策を自然に結び付けた。
「改革」は必要だが、開発機能は削るべきではない
国連改革について同氏は、「UN80」改革プロセスを支持する一方で、「効率化」が最も脆弱な人々への支援を削減する口実になってはならないと警告した。
事務総長は、改革によってどのような影響が生じるか、とりわけ開発成果が後退する危険について加盟国へ明確な情報を提供すべきだと述べた。
これは彼女の最も強力な政治的メッセージの一つだった。
主要拠出国は「よりスリムな国連」を求めている。
一方、途上国は、「近代化」という名の下で開発予算が削減されることを懸念している。
ロドリゲス=バーケット氏は、その中間を目指した。
「組織は改革する。しかし、その原動力まで静かに取り除いてはならない。」
安保理改革では加盟国主導を強調
アフリカ・グループは、安全保障理事会におけるアフリカの常任理事国入りをどう支援するか質問した。
同氏は、安全保障理事会改革の必要性については広範な合意が存在し、アフリカの特別な事情も認識されていると述べた。
しかし、交渉は加盟国の役割であり、事務局はそのプロセスを支援する立場にあると強調した。
「安全な候補」以上になれるか
対話終了後、ロドリゲス=バーケット氏は記者団に対し、自らを「出馬が遅れた候補」とは考えていないと述べた。
選挙戦はまだ続いており、新たな候補者が加わる可能性もあるという。
出馬にあたっては家族とも十分相談したことを明かし、今後は各国首都を訪問して支持を求める考えを示した。
また、「候補者の中に欠けているものがあったから立候補したのか」と問われると、その見方を否定した。
安全保障理事会と加盟国全体にとって、多様な候補がいることは望ましく、ラテンアメリカ・カリブ地域にも優れた人材は数多く存在すると述べた。
今回の対話を通じて、彼女の立候補の特徴は明確になった。
ロドリゲス=バーケット氏は、最も声高な候補としてではなく、小規模な開発途上国出身の現実的な多国間外交官として選挙戦に臨んでいる。
政府での経験、国連外交の経験、そして開発を最優先に据える世界観が、その強みである。
国連外交の現場を熟知し、加盟国の立場を理解し、改革を語っても無謀さを感じさせないことは大きな長所と言える。
一方で、最も政治的に対立の激しい問題については、原則論や手続論にとどまる場面も少なくなかった。
今回、ロドリゲス=バーケット氏は、自らが現在の国連とその置かれた状況を十分理解していることを説得力をもって示した。
今後の焦点は、各国首都が彼女を単なる「安心して任せられる候補」と見るのか、それとも財政は減り、加盟国の結束も弱まり、世界の期待だけが高まり続ける国連を率いるだけの胆力を備えた指導者と評価するのかにかかっている。
INPS Japan/ATN
Original URL:https://www.amerinews.tv/posts/carolyn-rodrigues-birkett-pitches-practical-reform-as-u-n-race-turns-to-small-state-realism
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