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記録的熱波が欧州を襲う―気候変動への適応策は待ったなし

【シドニー IPS=キャサリン・ウィルソン】 西ヨーロッパが観測史上最悪となる6月の熱波に見舞われる中、世界で最も急速に気温上昇が進む地域となった欧州では、気候変動への適応策を急ぐ必要性がこれまでになく高まっている。今年5月には、例年であれば真夏の7月中旬まで見られなかったような高温が早くも観測され始めた。その影響は、人々の健康や社会的不平等の拡大という形で既に現れている。専門家は、気候変動による極端気象が今後さらに深刻化することへの警鐘は極めて明確だと指摘している。|英語版| 欧州コペルニクス気候変動サービス(C3S)の上級研究員ジュリアン・ニコラ氏はIPSの取材に対し、「5月から6月にかけて西ヨーロッパを襲った熱波は、その強さと発生時期の早さという点で極めて異例だった。」と語った。 一方で、「今回の熱波を引き起こした気象パターン―地域を覆う持続的な高気圧と、北アフリカから西ヨーロッパへ流れ込む高温の空気―は、これまで欧州で発生した多くの熱波でも確認されてきたものです。また研究では、欧州では他の大陸地域と比べて夏季の熱波の発生回数が特に急増していることも示されています。」と説明した。 欧州コペルニクス気候変動サービスによると、2026年6月18日から30日にかけての熱波では、1991~2020年の平均と比較して欧州各地で気温が大きく上昇した。 世界気象機関(WMO)によれば、6月下旬にはドイツ東部で41.7度、オーストリア・ウィーンで40度、フランス西部では43.8度という記録的な高温が観測された。 これまで最も深刻な影響を受けてきたのは西ヨーロッパだが、現在では熱波は中欧から東欧にも広がっている。 ウクライナの南、西側でハンガリーと接するルーマニアでは、7月初旬に35~40度を超える猛暑が続いたと、ルーマニア赤十字社・災害対応責任者のダニエル・モドアカ氏(ブカレスト)はIPSに語った。 フランスとスペインでは、相次ぐ熱波によって山火事が激化し、30万人以上が避難を余儀なくされている。 フランスのエマニュエル・マクロン大統領は、この火災危機を「第二次世界大戦後で最悪の森林火災危機」と表現している。 この記録的な夏は、1980年代以降、欧州の気温上昇が世界平均の約2倍というペースで進んでいることと一致している。 欧州環境機関(EEA)は、「欧州では2020年以降、史上最悪級の熱波が相次いで発生しており、その結果、広範囲に及び数年間続く『メガ干ばつ』のリスクが高まっている」と警告している。 ルーマニアでは極端な高温に対する「赤色警報」が発令され、ブカレスト第4区では赤十字ボランティアが飲料水を配布し、市民の健康と安全を支援した。 しかし、欧州が直面しているのは熱波だけではない。 近年は異常降雨も頻発しており、2024年後半にはスペイン・バレンシアで大規模な豪雨災害が発生した。 この洪水では200人以上が死亡し、土砂崩れや住宅、電力、交通、道路インフラに甚大な被害が生じた。同年にはオーストリア、ポーランド、チェコ、ルーマニアでも深刻な洪水が発生している。 夏本番を迎えた現在、人々は健康と生活への直接的な脅威に直面している。 モドアカ氏は、「ブカレストでは、極端な暑さ、高密度な都市構造、夜間でも気温が下がらない状況が重なり、高齢者や慢性疾患を抱える人々、経済的に困難な家庭への影響が一層深刻化しています」と語る。 ルーマニアでは、電気料金の支払いが困難な世帯が17.7%に上り、自宅を十分に冷房できないことが大きな課題となっている。 こうした中、ルーマニア赤十字社は飲料水の配布や血圧測定などの健康チェックに加え、高温によって症状が悪化する持病を持つ人々への支援を実施している。 さらに、「長期間の熱波に最もさらされるホームレスへの支援や、冷房設備や医療サービスへのアクセスが限られる農村部の世帯への支援も行っています」とモドアカ氏は説明した。 高温が長期間続き、夜間も気温が十分に下がらない状態では、人間の身体は持続的なストレスにさらされる。 その結果、熱疲労や熱中症、心血管疾患など既存の病気の悪化を招き、最悪の場合は命を落とす危険性も高まる。 保健当局によると、今年の熱波では欧州で1億5,000万人以上が影響を受け、6月下旬だけでも約1万人の超過死亡が発生した。 世界保健機関(WHO)は、この20年間で欧州の熱関連死亡率は30%増加し、現在では年間約17万5,000人が暑さに関連して命を落としていると推計している。 65歳以上では、2000~2004年と2017~2021年を比較すると熱関連死亡率は85%も増加した。 都市部では、コンクリートやアスファルトが熱を蓄積する「都市ヒートアイランド現象」によって状況はさらに深刻化し、医療・人道支援体制が限界に近づいている。 パリでは病院や救急搬送体制に大きな負荷がかかり、フランス赤十字社は24時間利用できる緊急クーリングシェルターを設置し、食事や飲料水、宿泊場所、社会的支援を提供している。 気候変動の長期的影響については、学術誌『Global Environmental Change』に掲載された最新研究でも明らかになった。 ドイツの研究チームは、欧州の深刻な熱波が所得格差を拡大させ、とりわけ低所得世帯に大きな打撃を与えた結果、2004年から2022年までの間に平均560万人が新たに貧困リスクに陥ったと報告している。 先月、国際赤十字・赤新月社連盟(IFRC)の気候政策上級担当官メアリー・フリール氏は、「極端な暑さは今や現代を代表する人道危機の一つであり、人々、組織、そして政府が一致して対応すべき重大な公衆衛生上の脅威である」と訴えた。 このメッセージは、7月にWHO欧州地域事務局長ハンス・クルーゲ氏も改めて強調した。 同氏は、多くの欧州諸国が将来の熱波による健康被害に十分備えられておらず、医療施設の耐暑化も不十分だと指摘している。 WHOは、「熱波は病院の許容量を超える患者を生み出すだけでなく、高温に対応できる設計になっていない病院では、建物自体が過熱し、電力供給や冷却設備、さらにはコンピューターなどの情報システムが停止する危険がある」と警告している。 気候変動に適応するための課題として、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は、資源不足、専用財源の不足、民間企業や市民の参加不足を挙げている。 一方で、欧州連合(EU)は2050年までの温室効果ガス排出実質ゼロ(ネットゼロ)の達成を掲げ、積極的な気候政策を推進している。 2019年に開始された「欧州グリーンディール」は、エネルギー、交通、産業、インフラをクリーンエネルギーへ転換するための包括的な戦略である。 また、コペルニクス気候変動サービスによると、2025年には欧州で発電された電力の46.4%が再生可能エネルギーによるものとなった。 しかし、今回の欧州の危機は欧州だけの問題ではない。 世界の平均気温は現在、産業革命以前と比べて約1.4度上昇しており、このままの傾向が続けば、気候変動対策の重要な目標である1.5度の上昇限界は2030年代を待たず、今世紀末ではなくこの10年の終わりまでに突破される可能性がある。 ニコラ氏はIPSに対し、「1.5度をわずかでも超えるたびに、生態系、水資源、食料安全保障、インフラ、経済へのリスクはさらに高まり、気候システムの一部が取り返しのつかない『ティッピング・ポイント(臨界点)』に達する可能性も増していく」と警鐘を鳴らした。 INPS Japan/ IPS UN Bureau...

日本の「踊る阿呆」に宿る精神

日本で暮らすネパール人にも響くかもしれない、この古き踊りと「美しき混沌」 【カトマンズINPS Japan/Nepali Times=ミキ・ウプレティ】 日本は、先端技術や富士山、侍の歴史、そして今や約30万人に迫るネパール人コミュニティーを通じて、多くのネパール人にとって身近な国となっている。しかし、日本文化の奥深い精神性には、ネパールではまだあまり知られていないものもある。その一つが「盆踊り」だろう。先祖の霊を供養する8月中旬の「お盆」の時期に各地で行われる夏の踊りである。|英語版| 盆踊りには、日本古来の祖先崇拝と、6世紀に伝来した仏教の伝統が溶け合っている。人々は祈りを捧げ、家族で墓参りをし、地域の輪の中で踊りながら先祖の霊を迎える。約500年前には活気あふれる街頭文化として広まり、今日では日本各地で、それぞれ独自の振り付けや音楽を伴ったさまざまな形の盆踊りが受け継がれている。 その中でも、四国・徳島の「阿波おどり」は別格の存在だ。普段は穏やかな地方都市が、この時期だけは一変する。 阿波おどりの特徴の一つに、右手と右足、左手と左足を同時に前へ出す「ナンバ」と呼ばれる独特の身体の使い方がある。これは、刀を左腰に差していた武士の時代の歩き方に由来するともいわれている。 この基本動作を身につけると、踊り手は「ヤットサー、ヤットサー」という躍動感あふれる二拍子のリズムに乗って前へ進む。一見すると、その場ですぐ参加できそうな単純な踊りに見えるが、本当にものにするには何年もの稽古が必要である。 「阿波」とは徳島の旧国名であり、「阿波おどり」とは文字通り「徳島の踊り」を意味する。約400年の歴史を持つこの祭りは、8月11日から15日までの5日間にわたって開催される。10万人を超える踊り手がそろいの衣装をまとい、真夏の蒸し暑さにもかかわらず、夕暮れから夜遅くまで踊り続ける。5日間の観光客は約110万人に達し、徳島市の人口をはるかに上回る人々が街を訪れる。 その数日間、徳島はまるで別世界に迷い込んだかのようになる。人波、熱気、太鼓、鉦、三味線――街全体が「美しき混沌」に包まれる。それでも、その混沌の中で際立つのが、安全対策や整然とした群衆誘導に表れる日本らしさである。 阿波おどりの精神を象徴するのが、あまりにも有名なこの囃子言葉だ。 「踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らにゃ損々」 どうせ同じ「阿呆」なら、見ているだけでは損だ。ならば自ら踊ってしまおう――そんな意味である。 この精神は、約400年前、藍の交易で栄えた徳島の商人文化の中で育まれた。普段は倹約を重んじ、現実的な生活を送っていた人々も、年に一度のこの祭りだけは惜しみなく金を使ったという。 そこには、日本人の精神が持つ興味深い二面性が表れている。普段は控えめで感情を表に出さない人々が、ひとたび踊り手となれば、内に秘めていた情熱を一気に解き放つのである。 とはいえ、阿波おどりは決して無秩序な騒ぎではない。 踊り手たちは「連」と呼ばれる約1000もの統率されたグループに分かれ、連ごとに仕立てられたそろいの衣装を身につけて踊る。年齢も職業もさまざまなメンバーが、一年を通して練習を重ね、各連独自の振り付けを磨くとともに、夜通し踊り続けるための体力を養っている。 企業が組織する連もあり、社員たちは会社の看板を背負って踊る。一方、観光客も「にわか連」に加われば、その場で「踊る阿呆」の仲間入りをすることができる。 連の名前にも、阿波おどりならではのユーモアがあふれている。「のんき連」「阿呆連」「娯茶平」「風来坊」などがその例である。 中でも洒落が利いているのが、地元の医療系教育機関の学生たちがつくる「たけのこ連」だ。 日本語では、タケノコが育てば竹林、つまり「藪(やぶ)」になる。そして「藪医者」といえば、腕の悪い医者を意味する。将来立派な医師になると胸を張るのではなく、「この先、藪医者になります」と自らを笑いの種にしているのである。そこには、むしろ静かな自信が感じられる。 私が阿波おどりに強い思いを抱くのは、私の家族のルーツが徳島にあるからだ。徳島では幼いころから阿波おどりを身につけ、祭りそのものが地域のアイデンティティーと誇りの一部になっている。 数年前、カトマンズで、日本人教師たちが、日本への留学や就労を目指して日本語を学んでいるネパール人学生に阿波おどりを教えている場面に出会った。 しかし、教えている人たちは徳島出身ではなく、その指導には阿波おどりの本来の身体の使い方や理屈が十分に伝わっていないように感じられた。 私は思わず口を挟んだ。 「私に教えさせてください。阿波おどりをやるなら、きちんとやりましょう」 それ以来、私は毎年夏になるとカトマンズで、若いネパール人たちに「踊る阿呆」になる方法を教える日本人としての役割を喜んで引き受けている。 彼らの多くは、やがて日本で数年間、あるいはそれ以上にわたり勉強したり働いたりすることになるだろう。日本で困難に直面したとき、かつて「踊る阿呆」の精神に身を委ねたあの瞬間を思い出してくれたら、と私は願っている。 日本へ向かうネパール人に必要な準備とは、日本語を学ぶことだけではない。踊りを通じて、日本人が持つしなやかな強さや、困難を乗り越える精神に触れることもまた、大切なのではないだろうか。 徳島のDNAは今も生き続けている。そして私は、その文化的な遺産を、ネパールというもう一つの「美しき混沌」のただ中で伝えられることを誇りに思っている。 ミキ・ウプレティは、ライター、サイクリスト。かつては登山家、トレイルランナーとして活動し、1985年以来ネパールとの関わりを持ち続けている。 INPS Japan 関連記事: ブッダのルンビニを語り継ぐ 女性として世界で初めてエベレスト登頂を果たした田部井淳子、映画でよみがえる 日本生まれのネパール人の子どもたち、アイデンティティに揺れる

|インタビュー|ブラジルの先住民族コミュニティ(気候活動家・人権弁護士カイメ・シルベストレ氏)

【ミラノINPS Japan/CitiPlat(気候変動と持続可能な世界のための市民プラットフォーム)=アレッサンドラ・ボナノーミ】 先住民族は、環境に与える負荷がごく小さいにもかかわらず、自然環境と密接に結びつき、それに依存して暮らしているため、気候変動の直接的な影響を真っ先に受けることが多い。先住民族は歴史的に土地を守り、自然と調和して生きる知恵を培ってきた。|英語版| ブラジルのアマゾン地域出身の気候活動家で人権弁護士のカイメ・シルベストレ氏へのインタビューを通じて、ブラジルの先住民族が直面する最大の問題は、土地を利用し、そこで暮らす権利を失いつつあることだと分かった。ブラジル政府や農場経営者は、威嚇をはじめとするさまざまな手段を用いて、先住民族を土地から追い出している。 シルベストレ氏によると、先住民族のコミュニティは政府から十分な支援を受けておらず、特に脆弱な立場に置かれている。先住民族に関する政策の策定と実施を担う政府機関として、国立先住民財団(FUNAI)がある。しかし前政権は、FUNAIがその役割を十分に果たすために必要な支援を提供しなかった。 その実態が如実に表れたのが、新型コロナウイルス感染症への対応である。先住民族のコミュニティには必要な医療支援が届かず、政府の怠慢によって多くの人が命を落とした。シルベストレ氏は「ブラジルだけでなく、世界中で先住民族とその土地を守らなければならない」と訴える。 同氏によれば、アマゾン熱帯雨林の開発を進めようとする動きの背景には、それがブラジル経済の成長につながるとの考えがある。しかし、シルベストレ氏はこの見方に異を唱え、そうした経済成長は一時的なものにすぎないと指摘する。一部の人々に短期的な利益をもたらすだけで、長期的な解決策にはならないという。また、アマゾンの森林破壊を引き起こしている主な要因として、畜産業を挙げている。 シルベストレ氏によると、昨年のブラジル・アマゾン地域における森林破壊は、過去10年間で最悪の水準に達した。一方で同氏は、環境や地球規模の気候バランス、さらには地球全体を守るうえで、アマゾンの生態系全体が極めて重要だと強調する。そのため、森林破壊について広く認識を高めることが不可欠だと考えている。問題を解決する一つの方法は、地球環境を真剣に考える政治家に投票し、当選させることだという。 2022年にスイスのダボスで開かれた世界経済フォーラム年次総会に参加したシルベストレ氏は、世界の指導者に対し、直ちに行動を起こすよう訴えている。「残された時間は少なくなっている」からだ。また、民間部門も政府を正しい方向へ導くうえで、重要な役割を果たせると考えている。 最後にシルベストレ氏は、気候変動対策に対する姿勢について、母国ブラジルと現在暮らすスイスを比較した。 同氏の観察によれば、スイスの人々は気候変動への対応に強い意欲を示しており、社会のあらゆる層が気候変動をめぐる議論に参加している。ただし、国土が比較的小さいことが、こうした取り組みを進めやすくしている面もあると指摘する。 一方、ブラジルは国土がはるかに広く、外部からアクセスすることが難しいコミュニティもある。さらにシルベストレ氏は、ブラジルでは多くの人々が日々の食料を確保することで精いっぱいであり、気候変動について考える余裕さえないという厳しい現実を指摘した。 ORIGINAL URL:Indigenous communities in Brazil INPS Japan 関連記事: 混迷を越え、行動を促す―リカルド・グラッシが描くジャーナリズム |オーストラリア|医療格差縮小に取り組む先住民族の医師たち 世界の先住民の国際デー2025

水 > エネルギー > 食料

ネパールは食料安全保障を「国家安全保障」の問題として早急に位置付ける必要がある 【カトマンズNepali Times=シュリスティ・カルキ】 気候危機による異常気象、世界的なサプライチェーンの混乱、そして国内の政策運営の不備が重なり、ネパールの食料安全保障を脅かす「パーフェクト・ストーム(最悪の複合危機)」が生じている。|英語版| 水、エネルギー、食料の相互連関が、今年ほど鮮明に浮かび上がったことはない。ネパールでは農地の60%以上が天水農業に依存している。毎年繰り返される肥料不足に西アジアでの戦争が追い打ちをかける一方、農村からの人口流出によって耕作放棄地も増えている。 先週6月29日の「田植えの日(Paddy Day)」は、例年になく盛り上がりを欠いた。恒例の泥遊びもほとんど見られず、田植えもあまり進まなかった。例年より降雨量の多いプレモンスーン期を受け、多くの農家が早めに田植えを始めたものの、本格的なモンスーンの到来は2週間遅れた。 こうした不安定なモンスーンは、ネパール各地で繰り返されるようになっている。雨を待つことに見切りをつけ、仕事を求めて出稼ぎに出る農家も少なくない。 降雨不足の影響で、2024/25年度のコメ収穫量は、前年度の600万トンから570万トンに減少した。スーパー・エルニーニョの動向を追う気象モデルは深刻な干ばつを予測しており、肥料不足も重なって、穀物収穫量はさらに落ち込む見通しだ。 ネパール開発研究所(NDRI)で生計・食料安全保障を担当する専門家、クリシュナ・パハリ氏は、「ネパールでは、コメなどの主食作物の生産が気候ショックに翻弄されている。今年はエルニーニョ現象の影響で、降雨量が平年を下回る見通しだ」と説明する。 国際栄養会議に出席中のローマから『ネパリ・タイムズ』の取材に応じたパハリ氏は、さらにこう語った。 「気候危機に、西アジアの紛争が引き起こした燃料や肥料の不足が追い打ちをかけている。こうした問題が続けば、ネパールの食料安全保障は一段と悪化するだろう」 かつてネパールは食料の純輸出国だったが、それも今は昔である。農業が抱える構造的問題の多くは気候危機以前から存在していたが、不安定なモンスーンと灌漑の未整備によって、状況はさらに深刻化している。昨年、ネパールは総額600億ルピーに上る100万トン超の穀物を輸入した。 カトマンズの統合開発研究所(IIDS)で食料安全保障とガバナンスを専門とするヤムナ・ガレ氏は、「ネパールは気候危機から深刻な影響を受けているが、気候変動に起因する災害が頻発し、農業資源や森林資源が失われた際の十分な復旧計画がない。」と指摘する。 さらに、「気候変動に対応し、栄養価にも優れた種子や品種の開発に十分な資源が投入されていない。その結果、輸入や援助に依存せざるを得なくなっている。」と語った。 ネパールでは人口の60%が農業に従事し、農業は国内総生産(GDP)の約4分の1を占めている。しかし、農村部では若者の流出が続き、地域に残る農家も換金作物を適正な価格で販売できない状況にある。 6月中旬、韓国政府は韓国国際協力団(KOICA)を通じ、タライ地方で気候変動に強いコメ生産と食料安全保障の強化を図る6年間の事業に、1200万ドルの無償資金協力を供与すると表明した。 専門家によれば、灌漑の整備によって、ネパールの農業生産性は最大30%向上する可能性がある。しかし、大規模な灌漑事業は、汚職やずさんな事業運営のため、数十年にわたって停滞している。 生産性の向上が重要である一方、生産された農産物をいかに損失なく消費につなげるかも大きな課題だ。収穫後の損失率は、穀物で15%、野菜や果物では40~50%にも達する。野生動物による農作物被害も深刻で、農村からのさらなる人口流出を招いている。 パハリ氏は、「収穫後の損失を減らすことは、人々に行き渡る食料を増やすことにつながる。そのためには、コールドチェーンや貯蔵施設、穀物サイロの整備・改善が必要だ」と指摘する。 このほか、加工によって食品の保存性を高める取り組みも必要だ。果物を乾燥させたり、ジャムに加工したりする方法が考えられる。また、学校給食では、子どもたちの好みに合わせてレシピや献立を工夫することもできる。 飢餓ゼロ ネパールはこれまで、子どもの発育阻害(stunting)や消耗症(wasting)の削減で成果を上げてきた。しかし近年、開発援助の縮小・撤退によってその成果にも陰りが見え始め、持続可能な開発目標(SDGs)が掲げる2030年までの「飢餓ゼロ」の達成が危ぶまれている。 先月、ヘレン・ケラー・インターナショナルの支援を受け、ネパール全土の5歳未満児100万人を対象に実施された全国調査の結果が公表された。それによると、米国国際開発庁(USAID)が資金を拠出していた食料・栄養プログラムの終了に伴い、子どもの栄養不良が悪化している。急性栄養不良の割合は2025年の6.6%から今年は7.8%に上昇し、マデシ州では12.3%と国内で最も高かった。 パハリ氏は、「2030年までの『飢餓ゼロ』の達成に向け、ネパールは目標達成の軌道に乗っているとは言えない」としたうえで、「世帯の平均的な食料消費が改善しているのは、海外からの送金と社会保障制度によるところが大きい」と指摘した。 こうした状況を踏まえれば、問われるのは、RSP政権が食料増産と子どもの飢餓の削減に向け、どのような対策を講じてきたのかという点である。 スワルニム・ワグレ財務相は5月の予算演説で、農業部門の再生を「最優先課題」と位置付けた。しかし、農業に割り当てられた470億ルピーは予算総額の3%にも満たず、過去9年間で最低の水準となった。 しかも、その半分以上が化学肥料の輸入に充てられる。それでも、コメの田植え時期には毎年のように尿素肥料が不足している。 一部の専門家は、ワグレ財務相が商業的農業の振興と中間所得層の所得向上を重視していることについて、農村部で雇用を創出し、バリューチェーン全体の生産性向上につながると評価している。一方で、貧しい農家が取り残されるとの批判もある。 パハリ氏は、「この予算はネパールの中間所得層の活力を引き出すことに重点を置いており、その点では一定の合理性がある。しかし、ネパールの農家の大半は小規模農家だ。この層の問題に取り組まない限り、農業生産全体の拡大にはつながらない」と語る。 ヤムナ・ガレ氏は、他の多くの課題と同様、解決の鍵は政治的な優先順位と政策の実行にあるとみている。 「政策は政治的な選択の産物である。新たな政策の内容と予算規模を見れば、この政権が農業を優先課題とみなしていないことが分かる。その影響を最も強く受けるのは、社会的に周縁化され、排除されてきた人々だ」とガレ氏は指摘する。 一方、州政府による農業への予算配分は比較的手厚い。世帯レベルの食料不安が最も深刻なカルナリ州は、予算の21%以上を農業に充てている。また、急性栄養不良率が高いルンビニ州とマデシ州では、それぞれ予算の4%以上を農業に配分している。 ガレ氏は今月初め、アーメダバードで開催された世界銀行の地域政策対話で、南アジアの食料の未来を共に形作るための地域協力と政策対応をテーマとしたパネル討論の司会を務めた。 会合には南アジア各国から専門家、イノベーター、民間部門の関係者らが参加した。しかし、他国とは対照的に、ネパール政府の代表者の姿はなかった。「国内問題の解決」を優先する新指導部の下では、こうした招待を辞退することが常態化している。 参加者からは、ネパールの新指導部が会合を欠席したことで、インセンティブ、生産、市場をバリューチェーン全体で結び付け、農業のパラダイム転換を促す貴重な機会を逸したとの指摘も出た。 そして、クリシュナ・パハリ氏とヤムナ・ガレ氏は、奇しくも同じ言葉で問題の核心を言い表した。 「食料安全保障は国家安全保障である」 This article is brought to you by Nepali...