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核の「危機一髪」が示す、核抑止は平和の保証ではない
【国連IPS=ナウリーン・ホセイン】
核戦争の影響は国境を越え、世代を超えて及ぶ。それを知りながら、核兵器保有国を含む各国は、核使用を禁忌とする「核のタブー」をますますないがしろにし、破局を防ぐ手段として核抑止に大きく依存している。|英語版|
冷戦期には、世界が核戦争に突入しかねなかった核の「危機一髪」の事例がいくつもあった。人間の介入、あるいは単なる幸運がなければ、世界は核戦争に陥っていたかもしれない。1962年のキューバ危機や1983年のペトロフ事件は、歴史上よく知られた例である。しかし、それ以外の事例もまた、こうした「危機一髪」から何を学ぶべきかを示している。
2026年NPT再検討会議の関連行事として、研究者、政府関係者、市民社会の代表らが集まり、この問題について議論した。5月1日、創価学会インタナショナル(SGI)とジェームズ・マーティン不拡散研究センター(CNS)が共催した会合では、核エスカレーションを防ぐための過去と現在の取り組みをめぐって討議が行われた。パネリストらは、こうした事例が、核抑止は軍縮に向けた有効な安全保障戦略とは限らず、不拡散にとっても確かな手段とは言えないことを示していると論じた。
「キューバ危機、ペトロフ事件、ノルウェー・ロケット事件(=ブラック・ブラント・スケア)、そしてあまり知られていない多くの事例を含む『危機一髪』の歴史は、抑止が機能してきたことを示しているのではありません。むしろ、抑止が記録に残るいくつもの場面で、失敗寸前にまで至ったことを示しています。」「幸運は安全保障戦略ではありません。それにもかかわらず、60年を経た今もなお、国際安全保障秩序はその幸運の上に成り立っているのです。」と、オーストリア外務省のジョージ=ヴィルヘルム・ガルホーファー軍縮・軍備管理・不拡散局長は語った。
ガルホーファー氏はさらに、核兵器保有国と非核兵器国との間で率直な対話を促進し、非核兵器国がすべての当事者に対し、そこに懸かっているリスクの大きさを想起させることで、核のタブーを改めて強化する必要があると指摘した。NPTや核兵器禁止条約(TPNW)のような条約は、単なる道徳的・倫理的枠組みではなく、安全保障条約として位置づけられるべきだと述べた。
ジョンズ・ホプキンス大学教授で、(核兵器禁止条約の国連交渉会議で議長を務めた)コスタリカの元国連大使であるエレイン・ホワイト氏も同様の見解を示し、核の危険という問題は、法的枠組みだけでなく社会的な次元にも深く根差していると述べた。核の危険に対する共通認識は、兵器システムや条約だけによって形づくられるものではなく、意思決定者や社会の価値観によっても形成されるという。
「21世紀において、私たちは、核のタブーの侵食を、より広範なナショナリズムの潮流から切り離して考えることはできないと認識しなければなりません。そうした潮流は人命の価値に序列をつけ、他者に対する大量破壊さえも容認され得るものとして想像しやすくしています。」とホワイト氏は語った。
人工知能(AI)などの新興技術は、核エスカレーションをさらに複雑化させるおそれがある。核兵器保有国は、技術的優位を保とうとする中で、人的ミスの余地を減らせる可能性があると見なして、こうした技術を導入しようとしている。核兵器使用をめぐる意思決定の自動化は、まったく新しい問題ではない。1979年と1980年には、北米航空宇宙防衛司令部(NORAD)がミサイル警戒システムの誤作動により、複数回にわたって誤警報を受けた事例がある。
CNS研究員のヤンリアン・パン氏は、これらの事例は、自動化されたシステムであっても、自動化バイアスや意思決定時間の圧縮といった問題を免れず、事故の可能性を高め得ることを示していると指摘した。核使用の判断において人間が「意味のある」統制を維持すべきであることは当然だが、パン氏は、こうした危機一髪の事例は、人間の統制下でも起きたと述べた。
「私たちは、自動化への対抗策として単純に人間による統制を語るのではなく、自動化が人間による統制の信頼性にどのような影響を及ぼすのかを議論すべきです。」とパン氏は語った。
現在、学術研究は、核の危機一髪がどのように対処されてきたのか、その中に繰り返し見られるパターンを明らかにし、それがこの分野のリスク低減について意思決定者に何を示唆するのかを探ることができる。カリフォルニア大学グローバル紛争・協力研究所(IGCC)のポストドクトラル・フェロー、サラ・ビドグッド氏によれば、近年の研究では、核の危機一髪すべてに適用できる単一の危機管理の枠組みは存在しない可能性が検討されている。
危機管理とリスク低減に関して言えば、過去の核戦争寸前の危機に見られる力学は一様ではなく、その結果にもさまざまな違いがある。指導者がこうした状況から読み取る教訓は、必ずしも核兵器依存からの転換につながるとは限らない。むしろ、こうした出来事は、核兵器のリスクと利点について指導者がすでに抱いている考えを強化する場合がある。指導者が核兵器に戦略的価値を見いだしている場合、危機一髪の事態を経験した後も、紛争の複数の段階で核兵器使用を威嚇できる新たな能力を受け入れる可能性がある。ビドグッド氏は、こうしたシナリオが、現在の地政学的環境におけるリスク低減の将来に何を意味するのかと問いかけた。
「軍備管理とリスク低減を再び軌道に乗せるには、キューバ危機のような出来事がもう一度必要かもしれない――私たちの分野でしばしば聞かれるこの通説には、かなり懐疑的であるべきです。私の理論が正しければ、次の危機は、私たちをまったく異なる道へとさらに進ませる可能性も十分にあります。そしてこれは、研究者や実務者としての私たちが、まだ十分に考慮していない点だと思います。」とビドグッド氏は述べた。
こうした核戦争寸前の危機は、核兵器保有国の政策や立場によってというよりも、個々の人間の判断によって回避されてきた場合が多い。SGI平和センター軍縮・人権部長の砂田智映氏は、1962年のキューバ危機のさなか、太平洋地域でも危機一髪の事態が生じていた例を紹介した。そのミサイルは、発射されれば、危機に直接関与していない第三国を標的にしかねないものだった。当時、米施政下にあった沖縄の米軍メースB核ミサイル基地には、都市を壊滅させる威力を持つ核ミサイルが配備されていた。沖縄の基地には、正式に認証されたものと見られる発射命令が届いた。しかし、現地で最上級の士官だったウィリアム・バセット大尉は、発射命令とミサイルの即応態勢との間に食い違いがあることに気づいた。さらに、この基地のミサイルの主な標的が中国だったことも踏まえ、部下に発射態勢を解除するよう命じた。
砂田氏は、核をめぐる緊張緩和の判断の根底にあった切迫感が、現在の議論から失われていると警告した。また、核被害の現実や広島・長崎の惨禍の記憶が「抽象的な歴史」へと薄れつつあると指摘した。そのうえで、核軍縮教育は「戦略的自制」を維持するための「不可欠な仕組み」であり、その成功の鍵となるのは他者の痛みに共感する力であって、それ自体が抑止の一形態となると訴えた。
「私たちは、自らの生存を幸運に委ね続けることはできません。」「すべての締約国に対し、リスク低減には軍事ドクトリンを調整するだけでは足りないことを認識するよう求めます。そのためには、教育を通じて、これらの兵器に対する理解を根本から転換する必要があります。憎悪の連鎖を断ち切り、他者を大切にし、尊重する心を育むことによって、私たちは究極的な軍縮と、真の平和教育を実現できるのです。」と、砂田氏は語った。
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ロヒンギャ難民に必要なのは配給だけではない―いま求められる「働く権利」
長期化する避難生活のなかで、バングラデシュのロヒンギャ難民は依然として就労を認められず、人道支援への依存を強いられている。支援の重点化が進むいま、問われているのは、配給の効率化ではなく、自立への道筋をいかに築くかである。
【バングラデシュ・コックスバザールIPS=モハメド・ゾナイド】
世界の関心が、米国、イスラエル、イランをめぐる地政学的緊張の高まりに集まるなか、バングラデシュではもう一つの危機が静かに深刻化している。
国連バングラデシュ事務所が4月2日に発表した声明によると、世界食糧計画(WFP)は4月1日、コックスバザールおよびバシャンチャールのロヒンギャ難民を対象に、新たな「ターゲティング・優先順位付け制度(TPE)」を導入した。
この制度では、各世帯の食料不安の深刻度に応じて、難民1人当たり月額12ドル、10ドル、または7ドルの食料支援が支給される。従来は、すべての難民に一律で12ドルが支給されていた。
支援をより脆弱な人びとに重点的に振り向ける手法は、多くの人道危機において合理的とされる。限られた資源を、より深刻な状況に置かれた人びとへ優先的に届けるためである。だが、ロヒンギャ難民の現実は、そうした枠組みだけでは捉えきれない。
ミャンマーでのジェノサイドと迫害を逃れてから、まもなく9年になる。UNHCRバングラデシュの最新データによると、バイオメトリクスで確認された新規到着者14万4456人と、1990年代および2017年以降に登録された難民104万408人を含め、100万人を超えるロヒンギャ難民が、いまなおバングラデシュ国内のキャンプでの生活を強いられている。その78%を女性と子どもが占める。
しかも、ロヒンギャ難民は他国の一部の難民とは異なり、移動の自由を厳しく制限されている。キャンプの内外で合法的に働くことも、小規模な商売を営むことも認められていない。人道支援機関での役割も、わずかな日当が支払われるボランティアにほぼ限られ、正式な雇用の機会はほとんどない。その結果、彼らはほぼ全面的に人道支援に頼らざるを得ない状況に置かれている。
こうした状況の下で支援額を引き下げることには、深刻な懸念がある。難民に実質的な経済活動への道が閉ざされている以上、食料不安は各世帯固有の事情というより、制度によって生み出された構造的な結果だからである。
人道支援機関は長年にわたり、命を支えるうえで重要な役割を果たしてきた。その努力は疑いようがない。だが、生き延びることを支えるのと、安定した暮らしの基盤を築くことは別である。ロヒンギャ難民や、難民流入の影響を受けてきたコックスバザールの地域社会に自立への道を開く代わりに、現在の仕組みは結果として援助依存を固定化してきた。
「生計向上支援」とされる多くのプログラムも、実際には十分な成果を上げていない。たとえば電気修理などの技能訓練を受けても、それが現実の就労機会につながることは少ない。難民はオートバイを所有しておらず、キャンプの一部では電力供給も不安定で、キャンプの外に出て仕事を探すことも法的に認められていない。加えて、人道支援機関自身も、訓練を受けた難民を自らの事業の中で雇用していない。
ここで問われるのは、実際には活用の余地が乏しい技能に、なぜドナー資金を投じるのかという点である。こうした取り組みは、どのような長期戦略に資するのか。
新たな制度では、難民は「極度の食料不安」「高度の食料不安」「食料不安」の3区分に分類される。高齢者、障害者、子どもが世帯主の家庭など、一部の特に脆弱な世帯は、引き続き最も高い水準の支援を受けることになる。
それでも、より大きな現実は変わらない。バングラデシュのロヒンギャ難民全体が、経済参加を厳しく制限されているのである。
最近キャンプで起きている抗議行動は、しばしば配給削減への反発として受け止められている。だが、その背景にあるのは、将来への見通しが立たないことへの不安である。難民たちが問うているのはシンプルだ。今後さらに資金が減ればどうなるのか。自分たちはどこへ行けばよいのか。ロヒンギャ危機への対応を、このままバングラデシュだけに背負わせるつもりなのか、という問いである。
彼らが世界に伝えたいのは、援助への依存は自ら選んだものではなく、周囲の制度的制約によって生み出されたものだという事実である。いま必要なのは、援助の枠内で依存を管理し続けることではない。彼らが自ら立って生きていけるよう、自立への道を開くことである。
そのためには、長期的で戦略的な対応が欠かせない。ロヒンギャ難民が安全かつ尊厳ある形でミャンマーへ帰還できるようになるまで、キャンプ内でいかに人間らしい生活を保障するかを真剣に議論しなければならない。同時に、難民の経済参加を広げ、適切な規制のもとで社会や経済に貢献できるようにする政策も必要である。
バングラデシュ自体も、選挙後の移行期にある。新政権は、ロヒンギャの帰還実現に向けて取り組む姿勢を示しており、82万9000人分のロヒンギャ関連データをミャンマー側と共有したとしている。
しかし、ロヒンギャ危機を後回しにすることはできない。新政権はまた、長期化する避難民問題が、制限と救済だけでいつまでも対処できるものではないことを認識しなければならない。これは前政権の対応の根底にもあった発想である。
たとえば、キャンプ内での小規模事業、試行的な雇用制度、限定的な就労許可制度といった、慎重に設計された就労機会を導入すれば、政府の管理の下で、人道支援への依存を和らげることができる可能性がある。
各世帯で仮に1人か2人でも、一定の管理のもとで合法的に働くことができれば、人道支援コストは徐々に減少し、キャンプ内経済の安定にもつながり、若者の不満も和らぐ可能性がある。
何より重要なのは、そうした一歩が、尊厳を取り戻す第一歩になり得ることである。
この約9年間、国際機関は世界最大級の難民支援事業の一つを、高い運営能力で支えてきた。だが、根本的な問いはなお残されたままだ。難民が自らの足で立てるようにするための持続可能な仕組みを、どこまで築いてきたのか、という問いである。
世界的に財政圧力が強まり、ドナー疲れも深刻化するなかで、人道支援は縮小へと再調整されつつある。構造改革が伴わなければ、それは依存そのものを減らすのではなく、依存の管理をより効率化するだけに終わりかねない。
ロヒンギャ難民は、援助への依存を自ら選んだのではない。それは、彼らを取り囲む制約のなかで作り出されたものである。食料支援は依然として不可欠だ。だが、人びと全体の未来が、配給カードと脆弱性区分だけによって規定されてはならない。
ロヒンギャ危機に必要なのは、より精緻な援助配分だけではない。保護と社会参加、そして安全な生活を両立させる政策である。
世界は、ロヒンギャに食料を届ける方法を学んだ。
いま本当に問われているのは、彼らが権利と安全、尊厳を備えた形で故郷ミャンマーへ帰還できるその日まで、自ら生きていける道を開く意思が世界にあるかどうかである。
そうでなければ、家族は静かに食事の回数を減らし、若者は危険な非正規労働へと追いやられる。児童労働、早婚、危険な移住、違法行為への関与といったリスクも高まる。機会が失われれば、その空白を埋めるのは絶望である。(原文へ)
モハメド・ゾナイドは、SOPA2025受賞者であり、フリーランスのジャーナリスト、受賞歴のある写真家、現地取材コーディネーターである。国際機関と協働し、Myanmar Now、The Arakan Express News、The Diplomat Magazine、Frontier Myanmar、Inter Press...
国民統一の日:約130の民族が共に暮らすカザフスタン
【The Astana Times=ダナ・オミルガジー】
カザフスタンは5月1日、「国民統一の日」を迎えた。同国では2050万人を超える国民が、シャニラク(ユルトの天頂部にある神聖な輪で、家庭と団結を象徴する)」の下、平和と調和の中で共生している。多様性の中の団結を体現する同国では、諸民族の友好が単なる理念にとどまらず、日々の生活に根づいた現実となっている。
年初時点で、カザフスタンの人口は2053万2240人に達した。最大の民族はカザフ人で、1460万人を超える。次いでロシア人が約290万人を占め、ウズベク人、ウクライナ人、ウイグル人、ドイツ人、タタール人も、同国の多文化的なアイデンティティを形づくる重要な存在となっている。さらに、アゼルバイジャン人、朝鮮人、トルコ人、ドゥンガン人、ベラルーシ人、タジク人、クルド人、キルギス人など、規模は小さいながらも、同国社会を支える重要なコミュニティが存在している。
カザフ人の人口が最も多いのはトルキスタン州で、160万人を超える。同国最大の都市アルマトイには、国内最大規模のロシア人およびウイグル人コミュニティがある。一方、ウズベク人は主にトルキスタン州に、ウクライナ人はコスタナイ州に集中している。これは国家統計局のデータによるものだ。
人々の相互理解と友好を強化することは、カザフスタンにとって引き続き重要な優先課題である。(原文へ)
INPS Japan
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|第7回世界伝統宗教リーダー会議|ローマ法王、多民族・多宗教が調和するカザフスタンのイニシアチブを祝福
|視点|ロシアとカザフスタンが石油をめぐって「チキンレース」を展開(アハメド・ファティATN国連特派員・編集長)
|報道の自由|奪われた命、削られる予算、失われる地位
【トロント、カナダIPS=ファルハナ・ハク・ラーマン】
世界の多くの地域で、報道の自由が後退している。
国連やメディア関連機関が近年発表した世界的な調査が示すように、独立し、権力を恐れず、多様性を備えた報道機関の衰退は、10年以上にわたって悪化し続けてきた。
この報道の自由をむしばむ流れは、民主主義の弱体化と独裁的指導者の台頭、ジャーナリストを標的にした暴力や迫害の急増、政府資金の削減、人工知能(AI)によって増幅されたフェイクニュースの拡散を助長する、ほぼ無規制のソーシャルメディア大手の台頭、そして権力中枢に近い縁故者へのメディア所有の集中と軌を一にして進んできた。
3月9日に「2026年ロイター記念講演」を行った、エルサルバドルの独立系メディア『エル・ファロ』の編集者カルロス・ダダ氏は、現在は亡命先で活動している。同氏は、次のように厳しく指摘した。
「極右的でポピュリスト的、かつ独裁的な波が世界を席巻し、あらゆるルールを打ち破っている。そして、いかなる権威主義体制や独裁体制においてもそうであるように、そのイデオロギー的基盤が何であれ、ジャーナリストは敵とみなされる。ジャーナリズムは犯罪化され、私たちの同僚は投獄され、あるいは殺されている。」
そのわずか数日前、バルセロナ自治大学は、エルサルバドルのナジブ・ブケレ大統領について、「テクノ・ポピュリズム型権威主義」のモデルを通じて、ラテンアメリカで最も報道の自由が制約された環境の一つを作り出していると評した。
https://www.youtube.com/watch?v=rakHuzi5Vc8
5月3日の「世界報道自由デー」は、今年のテーマに「平和な未来を形づくる―人権、開発、安全保障のための報道の自由の促進」を掲げている。しかし、戦争や混乱、経済危機が世界各地で続くなか、このテーマはきわめて困難な課題を突きつけている。
ユネスコは、5月4、5日にザンビア政府とともにルサカで2026年会議を共催する。同機関はまた、世界的に表現の自由が急速に後退していることを明らかにしている。ユネスコの『2022/2025年世界動向報告書:平和な世界を形づくるジャーナリズム』は、ジャーナリストに対する身体的攻撃、デジタル上の脅迫、そして自己検閲の急増を指摘している。
ユネスコはこの危機を「歴史的に重大かつ前例のない変化」と表現している。20年ぶりに、非民主的体制の数が民主主義体制を上回ったのである。世界人口の約72%が「非民主的な支配」の下で暮らしており、その割合は1978年以来、最も高い水準に達している。
ユネスコの報告書は、報道の自由、多元性、多様性の後退について、「より広範な傾向を反映している。すなわち、議会や司法機関の弱体化、社会的信頼の低下、分断の深化である。また、平等の後退とともに、環境問題を取材するジャーナリストや科学者、研究者への敵意の高まりとも重なっている」と指摘している。
さらに同報告書は、「大手テクノロジー企業の影響力が強まり、その政策や慣行が変化するなかで、ヘイトスピーチや偽情報がオンライン上で拡散しやすい土壌が生まれている」と警告している。
国境なき記者団(RSF)は「2025年世界報道自由度ランキング」で、ジャーナリストへの身体的攻撃は報道の自由に対する最も目に見える侵害である一方、「経済的圧力もまた、より目に見えにくい重大な問題である」と指摘している。
RSFは、「その多くは、メディア所有の集中、広告主や資金提供者からの圧力、さらに、公的支援が制限されている、存在しない、あるいは不透明に配分されていることに起因している」と指摘する。「今日のニュースメディアは、編集上の独立性を守ることと、経営を維持することの間で板挟みになっている。」
「ランキング史上初めて、世界の半数を超える国々で、ジャーナリズムを取り巻く環境が『困難』または『非常に深刻』と評価され、『満足できる』とされた国は4分の1未満にとどまった。」
世界報道自由デーは、1993年の国連総会決議に由来する。この日は、1991年にアフリカのジャーナリストたちが採択した、自由な報道の原則をうたう「ウィントフック宣言」を記念するものである。
しかしRSFが指摘するように、サハラ以南アフリカでは報道の自由が憂慮すべき後退を見せている。同地域では、80%の国々でランキングの経済指標が悪化した。
なかでもエリトリアは180位で、最下位にとどまった。コンゴ民主共和国は10ランク下落して133位となり、経済指標が急落した。ブルキナファソ、スーダン、マリなどの紛争地域では報道の自由が大きく後退し、報道機関は自己検閲や閉鎖、国外での活動を余儀なくされている。
RSFは、カメルーン、ナイジェリア、ルワンダの事例を挙げ、「編集上の独立性を守る仕組みがないまま、政治家や財界エリートの手にメディア所有が過度に集中することは、依然として繰り返される問題である」と述べている。
それでもRSFは、南アフリカ、ナミビア、カーボベルデ、ガボンなど、比較的上位に位置する国々は「希望の光」を示していると付け加えた。
独裁的なポピュリスト、権力に近いメディア所有者、そして縮小する予算という有害な組み合わせによって、明らかな犠牲となっているのが気候変動報道である。本来なら力強い報道を展開する有力メディアでさえ、世界的な気候危機に関する報道を縮小しており、情報への公共アクセスを促進するというSDGsの重要なターゲットにとっても、新たな打撃となっている。
中国は依然として「世界最大のジャーナリスト監獄」であり、RSFの世界報道自由度ランキングでは178位と、北朝鮮の一つ上に位置している。
バングラデシュは世界報道自由度ランキングで149位だった。今年2月の議会選挙を受け、RSFはバングラデシュの新政権に対し、恣意的拘束、司法制度の政治利用、ジャーナリストに対する犯罪の不処罰に終止符を打つよう求めている。こうした人権侵害は、同国の報道の自由に長期的な打撃を与えてきた。
4月にイタリアのペルージャで開かれた年次国際ジャーナリズム祭を受け、報道界の現状を総括した調査報道ジャーナリストのキャロル・キャドワラダー氏は、女性が創設した、恐れを知らない真に独立した英国メディア『ザ・ナーヴ』に寄稿し、2023年10月のハマスによるイスラエル攻撃以降、イスラエル軍によって200人を超えるパレスチナ人ジャーナリストやメディア関係者が殺害されたことに触れながら、「この暗い時代に光は多くない」と述べた。
それでも同氏は、イタリアの丘上都市で開かれた同フェスティバルに「熱気」を感じたという。
「世界各地には、権力に説明責任を求めようと、地道な努力を続けるジャーナリストたちがいる」と彼女は書いた。「そして近年、その役割を担うのは、既存メディアが残した空白を埋めるために生まれた、小規模ながらも既存勢力に挑む新興メディアであることが増えている。」
また、亡命先で活動するエルサルバドルの独立系メディア『エル・ファロ』の編集者ダダ氏が講演で述べたように―「私たちは抵抗するジャーナリストである。私たちの権利の侵害に抵抗し、公的情報へのアクセス封鎖に抵抗し、歯止めのかからない権力に抵抗している。私たちは四半世紀にわたり、民主主義の下でジャーナリズムを実践してきた。しかし、その時代は終わった。今日、私たちは抵抗する編集部として活動している。」(原文へ)
INPS Japan/IPS UN Bureau Report
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