この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。
【Global Outlook=フォルカー・ベーゲ】
COP26に出席するため2021年11月にグラスゴーまでたどり着くことができた太平洋諸島民は、ごくわずかだった。会議出席者約3万人のうち、太平洋諸島国家(PICs)からの出席者は140人程度のみである。コロナ禍による制約のため、政府派遣団も市民社会の代表者も、これまでのCOPと比べると大幅に少なくなった。「コロナ禍に関連する渡航制限のため、今回のCOPは参加への障壁がはるかに高くなっており」、さらに「英国のビザ給付制度が非常に厳しく、特に欧州と北米以外から来る個人に対して厳しいという」問題も加わったことを、市民社会の代表者たちは強く批判した。なかには、参加を阻止する口実として意図的に新型コロナが利用されたのではないかと疑う者もいた。(原文へ 日・英)
しかし、少人数ながらも、太平洋諸島の参加者ははっきりと意見を述べた。彼らは派遣団の人数の少なさを乗り越えて、議事の進行に影響を与えることに成功した。世界は、PICsの苦境に目を向けなければならない。なぜなら、PICsは気候変動によって最も深刻な影響を受けており、しかもそれに対する責任はほとんどないからである。事実、サモアのフィアメ・ナオミ・マタアファ首相が指摘するように、「太平洋[諸国]は、世界全体の温室効果ガス排出量に占める割合が0.06%未満でありながら、気候変動の最前線に立たされ、その影響に対して最も脆弱である」。
このような状況が太平洋諸島の人々に強力な道徳的権限をもたらし、太平洋諸国のCOP26参加者はそれを行使したのである。彼らは繰り返し、気候変動が島の人々と祖国に及ぼしている破壊的な、生命を脅かしさえする影響を強く訴え、責任を負うべき他地域の参加者たちを指さし、炭素排出量を削減するとともにPICsが気候変動による現在と未来の影響に適応しようとする努力を支援するため、断固とした行動を取るよう要求した。グラスゴーまで行くことができたPICsの首脳たち、すなわちフィジー首相、ツバル首相、パラオ大統領は、オンラインで自国から会議に参加した他の太平洋諸国の首脳たちからの支援を受けて、自分たちのメッセージを力強く訴えた。太平洋諸島フォーラム(PIF)のヘンリー・プナ事務局長は、18のPIF加盟国・地域を代表して演説し、「私たちの島、私たちの海、私たちの人々は、すでに、海面上昇、極端な大潮、破壊的なサイクロンなど、気候変動の破滅的な影響に直面している」という事実を会議出席者に思い出させた。そのため、PIF諸国の首脳たちは「気候変動を、私たちの地域にとって単独で最大の脅威であると認識している」と。
フィジーのボレンゲ・バイニマラマ首相は、いまだに気候変動への取り組みを行おうとせず、したがって、太平洋の人々が陥っている絶望的な状況への責任を一身に負うべき人々を批判した。彼は、「資源、技術、プロジェクト、あるいは革新的潜在力が人類に足りないわけではない[……]、足りないのは行動する勇気、そして株主の強欲さや炭素協定における企業の利益よりも孫たちの未来を選ぶ勇気である」と述べ、「野心的な気候目標がもたらす良い仕事と革新的産業という未来よりも石炭のために争うような炭素依存症の者たちの衝突」を非難した。「これらのリーダーたちは誓約をするが、計画を示さない。彼らは科学を捻じ曲げようとさえするが、私たちは行動の加速が緊急に必要であることをなかったことにさせるわけにはいかない。クリーンな石炭、持続可能な天然ガス、エシカルオイルなど、全て自己中心的な発想のたわごとである」(名指しはしなかったものの、この批判の矛先がオーストラリア政府であることは容易に特定できる)。
ツバルのカウセア・ナタノ首相は、気候危機が「太平洋の暮らしにとって単独で最大の脅威である」ことをさらに強調したうえで、「主な排出国に対して、より強力な気候対策」を講じるよう緊急に要請した。彼は、気候適応対策の資金調達に関するより強力なコミットメントが必要であることを強調し、特に、損失と損害に対する追加的な資金提供メカニズムを求め、気候変動対策が今後進んだとしても、PICsが気候変動に起因する深刻な損失と損害に苦しむことは避けられないと訴えた。
この問題は、COP26において太平洋諸国の首脳たちの優先事項であった。パラオのスランゲル・ウィップス・ジュニア大統領は、「最も打撃を受けているわれわれ島嶼国は、あなた方の年間1,000億ドルという約束を、高コストな適応対策に必要な気候資金の大部分をまかなうために必要であると世界銀行が報告している、4兆ドルに引き上げることを要求する」と述べた。他の太平洋諸国の首脳たちも、適応対策資金として同じ要求をし、PICsが適応のために切実に必要としている資金である年間1,000億米ドルの約束もまだ守られていないと批判した。クック諸島のマーク・ブラウン首相は、「COPに加盟する先進国に対し、この約束を守るよう」釘を刺した。なぜなら、「クック諸島のような国々が適応できるかどうかは、拠出金1,000億米ドルの約束にかかっているから」である。さらに、「クック諸島は、損失と損害の補償資金となる新たな拠出金を求めている。それは、われわれの脆弱なコミュニティーが、気候変動の不可逆な影響により被ったリスクの移転を実現するために役立つだろう」。バヌアツの代表者も、「損失と損害は、今、ここで起きている。それなのに、国連気候変動枠組条約(UNFCCC)のメカニズムは成果を出していない」と主張した。バヌアツの最重要課題の一つは、「極端な気象現象や緩慢に発生する現象による壊滅的な損失と損害の年額をまかなうため、単独の損失・損害補償制度(Loss & Damage Finance Facility)の設置」であると説明した。
太平洋諸国からの出席者は、この問題に関する議論を牽引し、そのような損失・損害補償制度を設立するようCOP26で奮闘した。フィジーとツバルは、損失・損害補償案を提出し、途上国77カ国グループ(G77)の支持を取り付けた。舞台裏での多くの努力の末、「NO」と言った米国とカナダを除く全ての国の代表者から承認を得た。かくして、最終的に、「影響を受けた多くの国々が団結して訴えたグラスゴー損失・損害補償制度(Glasgow Loss and Damage Finance Facility)の設置はせず、損失・損害補償制度の設置に向けた下準備を行う最終決定文書が採択された」。これは、PICs代表者たちに大きな失望をもたらした。彼らにとって、損失と損害の問題は気候正義の中心的問題である。太平洋諸国の社会・文化的文脈においては場所と人々の間に強い精神的なつながりがあることを考えると、故郷が破壊され、退避と移住を余儀なくされることに伴う、非経済的な文化的および精神的な損失と損害も忘れてはならない。
太平洋諸島における精神性が果たす役割については、太平洋教会協議会(PCC)の生態系管理および気候正義担当エキュメニカル・イネーブラーを務めるイェマイマ・バアイとPCC事務局長を務めるジェームズ・バグワンが、いずれもCOP26に出席して、強く訴えた。彼らは、気候変動に関する議論一般、特にCOP会議を支配する非宗教的な人間中心の議題を批判した。そして、他の宗教団体、市民社会の活動家、先住民コミュニティーの代表者とともに、COP26の多様なサイドイベントを通して非主流派の選択肢を提案した。
そのようなわけで、太平洋の観点から見るとCOP26の成果には失望するべき点も多くあったが、楽観的な見方の理由となる重要な要因がある。それは、太平洋諸島の若者が際立った役割を果たし、力強い声をあげ、自分たちは闘いをあきらめていないことを世界のリーダーたちにきっぱりと示したことである。サモアの若き気候活動家ブリアナ・フルーエンは、COP26の開会式で英国のボリス・ジョンソン首相のすぐ後にスピーチし、「私たちは、この危機の単なる被害者ではない。私たちは、回復する力がある希望の光だ。太平洋の若者たちは、『われわれは溺れているのではない、闘っているのだ』というスローガンのもとに一致団結している。これは、世界に対する私たちの闘士の叫びだ」と宣言した。
フォルカー・ベーゲは、戸田記念国際平和研究所の「気候変動と紛争」プログラムを担当する上級研究員である。ベーゲ博士は太平洋地域の平和構築とレジリエンス(回復力)について幅広く研究を行ってきた。彼の研究は、紛争後の平和構築、混成的な政治秩序と国家の形成、非西洋型の紛争転換に向けたアプローチ、オセアニア地域における環境劣化と紛争に焦点を当てている。
INPS Japan
関連記事:
|COP26|政治指導者らが行動をためらう中、SGIが国連青年気候サミットを提案
|視点|経済と社会のデジタル化を加速させる新型コロナウィルス(カヴェー・ザヘディ国連アジア太平洋経済社会委員会事務局次長)