【国連IPS=タリフ・ディーン】
1946年就任のトリグヴェ・リー(ノルウェー)氏を始めとする歴代国連事務総長は、国連報道に当たるジャーナリストに無料で事務所を提供するなどして報道の自由の原則を貫いてきた。
しかし、国連内部で検討されている提案が現実となると、この原則も変わるかもしれない。
60年前に設立された国連特派員協会(UNCA)は、賃貸料課徴提案に強く反対している。UNCAには約千人の特派員が参加。そのうち2百人強が専任メンバーあるいは常勤特派員である。
日刊紙「ラ・ナチオーネ」を始めとするイタリア数社に記事を提供しているUNCAのジャンパオロ・ピオリ会長は、UNCAメンバーに対し賃貸料課徴は特派員の減少、活字/放送/インターネット報道の質の低下に繋がるという広い認識を共有するよう訴えている。
同氏は、抗議文の中で「賃貸料課徴は、国連関連のニュースを世界の果てまで伝えるという報道機関の本来の目的を妨げることになろう」と警告している。
総費用19億ドルに上る「資本基本計画(CMP)」の下、老朽化した事務局を取り壊し、工期5年の改築を行うため、39階建て国連ビルからの立ち退きが行われる。
この大型移転の一環として、国連記者団は一時的に隣接するダグ・ハマーショルド図書館に移動するが、そこではジャーナリストが使用する事務所は国連史上初の賃貸スペースとなるのだ。
アンワルル・カリム・チョウドリ元国連事務次長はIPSに対し、「賃貸料を課すことあるいは特派員を現在の事務所から追い出すことは配慮に欠けており、決定は撤回されるべきだ」と語った。
バングラデシュの元国連大使である同氏は、「賃貸料が課せられれば、特に不利な立場にある開発途上国のジャーナリストが最大の犠牲者となるだろう。潘基文事務総長は急ぎ仲介に乗り出し、長年に亘り国連の信頼できる友人であったこれらの人々との不必要な対立を取り除くべきだ」と述べた。
元国連事務総長補で国連広報事務局(DPI)長を務めていたシャミア・サンバール氏は、以前に同様の提案がなされた時の出来事について語る。
ある国連高官が、同氏に「ニューヨーク・タイムズがあるのだから、国連特派員や広報事務所スタッフは必要だろうか」と語ったというのだ。
サンバール氏はIPSに対し、「私は、誰もがニューヨーク・タイムズを愛読していると思うのは間違いではないか。国連特派員は、新任の一部高官より国連の目的を理解しており、彼らを退けるのは思いあがった行為だと答えた」と述べた。
同氏によれば、賃貸料課徴提案はコフィ・アナン事務総長(当時)により否決されたという。当時は国連の石油・食糧交換スキャンダルの最中で、一部特派員が事務総長の個人攻撃を始めた頃であったという。
サンバール氏は、賃貸料課徴について、「国連が費用効果に責任を持たなければならないのは言うまでもないが、私は、我々は利益重視の会計士ではないと考えている」と語る。
更に同氏は、「継続的でしっかりした見直しを行うことで、常駐特派員の仕事を明らかにし事務所スペースを必要としない者を特定することができるだろう。メディアに圧力をかけようとする人々は常にいる。特に彼らが神経質あるいは不安に感じている時には。メディアに対する規制措置がこれ以上起こらないことに期待しよう」と述べた。
同様の強い抗議は、ニューヨークを拠とする国連監視団体「グローバル・ポリシー・フォーラム」のジェイムズ・ポール会長からも上がっている。
同氏はIPSに対し、「新自由主主義への批判が高まり、新自由主義こそが世界金融危機の主原因とされる今、国連がジャーナリスト用スペースの確保に新自由主義的な管理・政策を拡大しようとは驚きだ」と語った。
同氏は、「ジャーナリストが国連に重要な利益をもたらしているのは明らかではないか。新政策は僅かな増収にはなるだろうが、必要なことから外れている」と言う。
ポール氏は、「金融危機の中、多くのメディアが予算を削減しており、一部メディアの国連事務所も存続の危機に直面するかも知れない。開発途上国の国連記者団のリスクは特に高い。経済的側面からのみ行動しては、国連報道や国連支持も減少し、国連の効力も失われるかも知れない」と指摘する。
同氏は、「問題が存在するのは明らかなのに、一部の人々はその結果および長期的影響について真剣に考えていないようだ。先進国メンバーは、経済破綻によりこの様な改革が必要になったと主張している。今や国連は新自由主義的発想を捨て、全体を考慮し、国連を正しい方向に導く‘福祉型予算’の方向へ立ち返るべき時だ」と語った。
CMPのマイケル・アンダースタイン事務局長は先週、賃貸料に関する記者からの質問に答え、「嘗てない数千万ドルの賃貸料(スタッフの近隣ビルへの引っ越しにより発生)を支払わねばならないことから、賃貸料課徴問題が発生した」と語った。
アンダースタイン氏は、「我々が特派員を高く評価していることを知ってほしい。しかし、国連がジャーナリスト用に支払っている賃貸料コストも問題になっている。その正当性について現時点では何とも言えないが、我々が市場に支払う賃貸料の額が問題になったのである」と説明した。
ジャーナリストに好意的なある国連高官は、国連活動の促進と国連に対する市民支援の活性化におけるメディアの貢献を認める1975年国連総会決議があると指摘する。
同決議により、国連事務局は、組織創設以来メディアに対する無料の施設提供を推奨してきたという。
パキスタンの主要日刊紙「ドーン」のため国連取材に当たっているベテランのマスード・ハイダー記者はIPSに対し、「国連に駐在する多くのジャーナリストは、非常勤あるいは開発途上国の記者である。彼らは賃貸料が払えないだろう。彼らはそれに反対しており、賃貸料が課せられることになれば、彼らの国連取材は減ることになろう」と言う。
同氏はまた、「現在でも、最良の事務所スペースは米国、英国、ロシアといった大国のメディアに与えられている」と続けた。
ラジオ・ドイチェ・ヴェレで働くボスニアのジャーナリスト、エロル・アヴドヴィッチはIPSに対し、国連ビル内のメディア・スペースは商業用スペースではないと言う。
同氏は、「最大の犠牲者は、国連事務所の料金支払が困難な第3世界の小規模メディアだろう」と予測する。
「国連そして潘基文事務総長さえもが、国連加盟国の2/3を占める開発途上国の新しいメディアを犠牲にしてビッグ・メディアの企業カルチャーを尊重するとは信じ難い」と同氏は語っている。(原文へ)
翻訳=IPS Japan浅霧勝浩
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