【カラチIPS=ビーナ・サルワル】
総選挙から1年、パキスタンの政治状況はいまだ不穏である。弁護士たちを先頭にした多くの政治勢力が、long marchに参加している。
2009年2月18日の総選挙では、宗教色のない政党が支持を集め、ベネジール・ブットのPPP(パキスタン人民党)もナワズ・シャリフのPML-N(イスラム教徒連盟シャリフ派)も拒絶された。政治的対立の収束と政治と宗教の分離を望む、選挙民の声である。
80年代パキスタン政府は、米国からの圧力もあり、ソビエトをアフガニスタンから排するために、宗教心を利用して軍事力を強めていた。「ジハード・インターナショナル」が誕生したのも、その中からであった。2001年の9.11以来、今度は国内のイスラム武装勢力と戦う、前線としての役割を担うことになった。その結果、世界で軍事攻撃のもっとも多い地域となっている。
long marchは、チョードリー前最高裁長官の復職を求めるものである。チョードリーは、2007年1月、当時のムシャラフ大統領により、非常事態宣言の直前に解任された。さまざまな政治組織が、この復職要求運動に組みしている。シャリフ以外は2008年の国民投票をボイコットした勢力である。
今回PPPとPMD-Nの間で緊張が高まったのは、最高裁が2月25日にシャリフとその兄が出馬することを停止したことにある。ブットの夫、アシフ・アリ・ザルダリ大統領が促したと言われている。シャリフがlong marchに参加しているのは、チョードリー解任の不合理を純粋に訴えるものではなく、政権交代が目的である。
アナリストのクアドリ氏はガーディアン紙で、「個人的なパワーゲームや、部族闘争を超えて、民主主義を育てていこうという大きな視点に立てない」と、政治家たちを批判している。(“Long march to nowhere”, The Guardian, Mar.10,2009)
またムシャラフ元大統領による、先週のインド訪問も無関係でない。同氏はインド政府に対し、タリバンら武装勢力に対抗する砦となっているパキスタン軍を、敵視しないよう要請したと言われている。ムシャラフは、チョードリーを解任したのち、政治力を行使して、大量の逮捕者を出し、当時のlong marchを阻止した。
ザルダリ大統領も今回、同様のことをするであろうと思われている中、long marchを支援する女性活動家タヒラ・アブドラの家に警察が押し入り、身柄を拘束した。事件はメディアの注目を集め、困惑した政府は同氏を3時間で釈放した。アブドラ氏は、「タリバンの首領たちを逮捕せずに、私のような一般市民を事前逮捕する政府に、失望している。」とIPS記者に語った。
アブドラ氏のような生粋の活動家ですら、チョードリーの復職を求めるlong marchにおいては、右派連合と協調していることは、皮肉である。市民活動家らは、IPS記者の取材に応え、「我々は少人数であり、弁護士にしても全国で10万ほどである。他のことはともかく、チョードリーに関して歩調を合わせ、お互いに利用しあうことはやむを得ない。」と語った。
しかしこのような“相互利用”が右傾化を促すと危惧する人々もある。かつて学生活動家で政治経済学者のS.M.ナシームは、「弁護士らの活動は、与野党の両方を批判しながら、新しい政治的組織、制度を構築できないのが、弱点である。正直だ、勇敢だ、とはいえ、ひとりの復職のためだけに、2年が過ぎている。」と述べている。
さらにギーラニ首相は、long marchを「民主的な権利」として、否定していない。ザルダリ大統領に反旗を翻すことになるが、首相解任は、政治混乱を避けるためにも、ないであろうと言われている。
PPPとPML-Nの妥協への動きがあるものの、各都市から弁護士らを先頭にしたlong marchはイスラマバードに向かっている。3月16日に集結し、座り込みに入る。long marchのリーダーたちは否定しているが、暴力に発展するのではと懸念されている。
さまざまな政治勢力の思惑が交錯するパキスタンの政治状況について報告する。(原文へ)
翻訳/サマリー=IPS Japan 浅霧勝浩