【国連IDN=タリフ・ディーン】
国連のアントニオ・グテーレス事務総長は8月6日、広島への原爆投下77周年を記念する式典で、「核兵器保有国が、核戦争の可能性を認めることは、断じて許容できません。」と発言した。
また、「広島の惨禍を二度と繰り返さないための唯一の保証は、核兵器を廃絶することである。」と宣言した。
最近のロシアと北朝鮮の核の脅威は、核兵器の「先制不使用」を議題の一つとした4週間にわたる第10回核兵器不拡散条約(NPT)再検討会議の意義を際立たせている。会議は8月26日に閉幕する予定だ。
創価学会インタナショナル(SGI)の寺崎広嗣平和運動総局長はIDNのインタビューで、核兵器が実際に使用される危険性が冷戦終結後もっとも高まっていることを指摘し、次のように述べた。
「核軍縮そして核廃絶には、全人類の未来がかかっています。誰一人、無関係な人はいない。だから、この問題を、政治や外交や軍事の専門家だけの議論にゆだねてはいけないと私は思うのです。もちろん、そうした議論は重要ですが、それだけでは、かえって袋小路に陥ってしまう恐れがあります。」
SGIは、平和・文化・教育を促進する1200万人の仏教徒の多様なコミュニティーであり、国連との協議資格を持つNGOでもある。
インタビューの要旨は以下のとおり。
IDN: 池田大作SGI会長は、昨年2月のインタビューで、現在の核弾頭保有数は13,000発以上、核兵器の近代化はとどまるところを知らないと警告されました。最近のロシアや北朝鮮の核の脅威を考えると、状況は良くなる前に悪くなる可能性があると思いませんか?
寺崎:ご指摘のとおり、残念ながら、状況が悪くなる可能性は否定できません。核兵器を巡る最近のウクライナ情勢について、私が意見交換をした欧州の専門家の方々も、非常な緊迫感をいだき、厳しい認識を示されました。北朝鮮についても、今回のNPT再検討会議において、多くの国々から強い憂慮が表明されました。また、核戦力の近代化は、科学技術の急速な発展と連動しており、サイバースペースや宇宙空間など、まだ十分に管理されていない新しい領域が出現しています。これらを多国間の討議に組み入れることも急務なのです。
まさに、人類が築き上げてきた核軍縮・不拡散が逆行しかねない状況にあります。そうした時だからこそ、国際社会の連帯が、いっそう重要になると私は信じます。特に国家間の外交交渉が困難な局面では、市民社会の声や行動がいやまして意味を持ちます。
何よりも、深刻な状況に歯止めをかけなければなりません。
NPT再検討会議の直前に、池田大作SGI会長が緊急声明を発表したのも、そのためです。
この中で会長は「米国、ロシア、英国、フランス、中国という核兵器国による『核兵器の先制不使用(NFU)』の原則の確立と、その原則への全締約国による支持を、NPT再検討会議の最終文書に盛り込むこと」を強く呼びかけました。
いうまでもなく、NPTの最終目標は、核兵器なき世界を目指すことです。そのためにも、なんとしてもリスクを低減させ、今ある危機を回避しなければならない。万が一にも、猜疑心にかられ、対立が極限までエスカレートすることがないよう、当面の話し合いの回路を、時間を、余地を確保しなければなりません。
NFUはそのための一手なのです。
NPTの前文に掲げられている「全人類に惨害をもたらす核戦争の危険を回避するために、あらゆる努力を払う」との誓いを果たす道を断固、開かなければなりません。
IDN:国連のグテーレス事務総長は、NPT再検討会議の初日に、人類は「たった一つの誤解、一つの誤算で核兵器による滅亡に至る危機に瀕している」と述べました。危機の拡大は、中東や朝鮮半島から、ロシアのウクライナ侵攻にまで及ぶと警告しました。核兵器の脅威を消し去ることを、どう現実化できるでしょうか。
寺崎:今、核兵器の脅威が、冷戦後で最も危険なレベルにあるといわれます。NPT再検討会議での挨拶で、グテーレス国連事務総長は、そのことに触れ、具体的に、5つの分野における行動を提案しました。
・77年にわたる核兵器使用禁止の規範を強化し、再確認すること
・核廃絶に向け、軍縮と不拡散に関する多国間の協定や枠組みを再活性化
・中東やアジアで鬱積する緊張に対処し、信頼を醸成する対話と交渉への支援を倍加
・医療その他の用途を含め、持続可能な開発目標のため、原子力技術の平和利用を促進
・NPTにおけるすべての未解決の約束を履行し、困難な時代にNPTを目的に適うものに保つこと
これらを誠実に実行することが、まず求められます。各締約国の努力に期待し、注視しています。
合意に至るのは一筋縄にはいかず、当然、粘り強い交渉が続くでしょう。ゆえに必要なのは、諦めない勇気と不屈の執念ではないでしょうか。闇が深ければ深いほど暁は近い。それが歴史の教訓です。
より中長期的な、新たな外交交渉に一歩を踏み出すことも、極めて重要でしょう。今回、カザフスタン共和国国連代表部等と共に私たちが開催したNPT再検討会議の関連行事で、軍備管理協会(米国)のダリル・G・キンボール会長が、次のように述べていました。
「この(NPT再検討)会議で重要なのは、核兵器国の行程を指し示すことだと思います。特に米国、NATO、ロシアが、軍事的、政治的、外交的な直接のコミュニケーションラインを維持し、戦略的安定性に関する米露対話を再開し、唯一残された(新START)条約に続く協定について交渉することです」
危機を危機だけで終わらせず、そこから立ち上がって新たな時代を切り開くことに、人間の真価はある。それが私たちの信念です。東洋の箴言に、「人の地によって倒れたる者の、返って地をお(押)さえて起つがごとし」とある通りです。
核軍拡でなくて核軍縮へ―NPT本来の目標に向かっていけるかどうか。まさに重大な局面であり、ターニングポイントです。核兵器の役割低減を展望していく、安全保障政策におけるパラダイム転換を促す出発点にしていかねばならない。危機への強い自覚が、逆転へのバネを生むと信じます。
グテーレス事務総長は、今年の8月6日、77年前に原爆が投下されたその日に広島で「核兵器保有国が、核戦争の可能性を認めることは、断じて許容できません」と表明し、広島の惨禍を繰り返さないためには、核廃絶こそ唯一の解決策と主張しました。
市民社会として、私たちは、核兵器が、人類の生存の権利を奪う、非人道的な絶対悪であり、人類の平和や安定を守るものではないという明確なメッセージをいやまして広げていきたい。
IDN:宗教やFBO、さらには反核活動家による世界的なキャンペーンは、差し迫った核災害の脅威に対する人々の意識を高めるのにどれほど効果的でしょうか。SGIはこの方面でどのような計画を立てていますか。
寺崎:核軍縮そして核廃絶には、全人類の未来がかかっています。誰一人、無関係な人はいない。だから、この問題を、政治や外交や軍事の専門家だけの議論にゆだねてはいけないと私は思うのです。
もちろん、そうした議論は重要ですが、それだけでは、かえって袋小路に陥ってしまう恐れがある。
行き詰まったら、原点に返れ、です。核廃絶を巡る議論の原点とは何でしょうか。それは広島、長崎、そして世界の核被害者が苦しみ抜いてきた被爆の実相です。それに同苦する人道の心ではないでしょうか。その土台を離れた議論は、時に停滞し、迷走してしまう危険があるといえましょう。
いかに核兵器が非人道的な存在であるか。それを、教育も、メディアも、市民社会も、あらゆる手段で伝え、次代へ受け継がなければなりません。核兵器の脅威が現実に高まっている今、そうやって人々の意識を高めることは、すぐ効果はなくとも、最後には事態を動かす力になると確信します。
その証左が、核兵器禁止条約です。核兵器の非人道性に焦点を当てた人道イニシアチブが、国際世論を大きく動かし、ついに2017年に国連で採択。2021年に同条約は発効し、今年の6月には第1回締約国会議が開かれ、核廃絶へのロードマップを示す、力強い宣言と行動計画が打ち出されました。
とともに、核兵器禁止条約が、核兵器国も加わる核兵器不拡散条約を補完するものであることが確認され、さらに核被害者への支援、核に汚染された地域の環境修復、そのための国際協力が、具体的に動き出した意味も、大変に大きいと思います。
世界的な危機の時こそ、連帯が力になります。市民社会や信仰者のコミュニティーが、大きな目的観のもとに心を合わせて声を上げ続ければ、それは、世界を変革する力になるに違いありません。
今回のNPT再検討会議に際し、私たち SGIが参画する「核兵器を憂慮する信仰者のコミュニティー」は、100を超える団体による共同声明を発表し、NGOプレゼンテーションで読み上げられました。
少し長くなりますが、一部をご紹介します。
―私たちは信仰を持つ者として、NPT 再検討会議の参加者の皆さんに、私たちが共有する人間性を思い起こさせるためにここにいます。…私たちは、核兵器が、意図的であれ事故であれ、使用されれば私たちの知る世界を破壊し、被爆者や被害地域の人々が証言しているように多くの人々に多大な苦しみをもたらすことを知っています。核兵器は、人間の尊厳を尊重するという私たちの基本的価値観と相容れないものであり、いわゆる国家安全保障のためにその役割を果たし続けることは容認されるべきではありません。―
指導者、代表者、市民社会、信仰共同体として、私たち全員が、核兵器のない世界を実現するという道徳的・倫理的責任を共有しており、その可能性は私たちの手中にあります。この使命を果たすのは私たち一人ひとりであり、私たちが正しい道を歩んだことは、必ずや歴史が証明してくれるでしょう。
ここに市民社会、また信仰者によるアプローチが端的に示されています。
今年は、1957年に創価学会第2代会長の戸田城聖先生が「原水爆禁止宣言」を発表し、核廃絶を「遺訓の第一」として青年に託してから、65年の節目です。
核兵器のない世界を実現するために、今年こそ、今こそ正念場との思いで、草の根の教育運動を一段と推進し、連帯を広げながら、市民社会の声を国連へ届けていきたい。世界各地で、核廃絶への誓いを、新しい世代へつなげていきたい。
そのために、核兵器禁止条約の普遍化を進めるデジタルツールの展開や、核兵器のない世界への連帯を広げる展示活動や、被爆の証言会や平和講座、オンラインでのシネマ上映会、SNSを通じた若い世代への啓発など、さまざまな取り組みを展開していきます。
IDN:広島と長崎の悲劇以来、国連は核戦争を回避するために効果的な役割を果たしてきたと思いますか?
寺崎:効果的な役割であったかといえば、Yesとはいえないでしょうが、それでも私は、国連は核戦争を回避するために、大事な役割を果たしてきた、いな、もっと果たさなければいけないと思います。また、機能不全に陥りがちな安全保障理事会の改革も視野にいれなければいけないでしょう。
広島と長崎の悲劇に象徴されるような、壊滅的な人道的結果をともなった第2次世界大戦。それを人類は回避できなかった。その深い反省の上から、戦争の惨害を繰り返さないために、国際平和と安全の維持、経済・社会・文化などに関する国際協力の実現のために、国連は生まれました。
歴史上、国家と国家の間には必ず利害の対立が生じます。それを調和させる方途として、国連という多国間のシステムが考えられ、樹立されたのです。国連の諸機関を活用し、強化していくことが重要です。
そのためにも、市民社会の声が届く国連、市民社会が支える国連、市民社会が参画する国連が、ますます時代の要請になってきている。そう私は感じます。
市民社会の参画、なかんずく、青年、女性、これまで声を発することができなかった先住民や弱い立場の人々の参画が、いやまして重要であり、その多様性の力こそが国際世論を喚起し、国と国の議論も、あるべき道に向かわせる道標になっていくのではないでしょうか。
広島、長崎の被爆者も、世界の核被害地のヒバクシャも、もっと伝えることがある。もっと知ってもらいたいことがある。語らずに奪われた命もあれば、生き延びても、どうしても原爆や核被害について語ることさえ社会的に許されなかった。それが今も続く核兵器の非人道性の一側面でもあります。
70代、80代になって、ようやく重い口を開いた被爆者の胸にあるのは、未来の世代に、この地獄絵図そのものの悲劇を断じて繰り返させないとの願いです。
そこで、大事なことの一つは、教育であると私は思います。
グテーレス国連事務総長の軍縮アジェンダ(Securing our common future—An Agenda for Disarmament)にも、若者世代の役割も非常に大きく、その参画を促す、より多くの軍縮・不拡散教育の機会が必要であると強調されています。SDGsとの関連においても、平和・軍縮教育が力になります。
この6月、ウィーンで核兵器禁止条約の第1回締約国会議の前に行われたICAN(核兵器廃絶国際キャンペーン)の市民フォーラムに私も足を運びましたが、青年、女性、また多くの核実験の被害地の参加者が、力強い意見を発出していたことが、とても印象的で、心強く感じたものです。今回のNPT再検討会議のNGOプレゼンテーションでも、それを感じました。
青年世代が、国を超えて交流し、相互理解を深め、平和を展望するチャンスを、あらゆる機会に創出していくことが、未来への重要な投資になるのではないでしょうか。国連は、そのためにこそ一段と注力し、リーダーシップの役割を果たしてもらいたいと思います。(原文へ)
INPS Japan
This article was produced as a part of the joint media project between The Non-profit International Press Syndicate Group and Soka Gakkai International in Consultative Status with ECOSOC.
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