【ベルリンIPS=ジュリオ・ゴドイ】
ドイツ政府は、リビア領空における「飛行禁止区域」設置を承認した3月17日の国連安全保障理事会決議を支持しない決定を行ったが、その背景には海外での軍事介入に不安を抱く幅広い国内世論がある。
ドイツ政府は、リビアへの軍事介入に参加する準備ができていないとして同安保理決議案を棄権した。ギド・ヴェスターヴェレ外相は、「リビア領空に飛行禁止区域を設置することは、同国に地上軍を送り込むに等しい行動である。」と語った。
ドイツ政府による「棄権」判断は、人道支援団体をはじめとする様々な方面からの批判に晒されることとなったが、少なくとも国内諸政党による幅広いコンセンサスに裏打ちされたものであった。
リビアでは、この2週間にわたって、1969年の革命以来政権の座にあるムアンマール・カダフィ大佐(革命指導者)を支持する政府軍が政権転覆を目指す反乱軍に対して激しい航空攻撃を加えてきた。「飛行禁止空域」の設定は、政府軍によるこの航空攻撃を止めさせることを企図したものである。
週末に執行が予定されている「飛行禁止空域」の設定は、事実上リビア政府軍に対する武力行使を国際社会に承認することを意味し、リビアのインフラ、とりわけ空港、滑走路、及び政府軍と反乱軍が衝突している紛争地帯に対して航空攻撃が実施される見込みである(19日に攻撃が開始された:IPSJ)。今回の航空攻撃の大半は、英国及びフランス空軍が担当することとなっている。
ドイツ政府は、航空攻撃に限定した今回のような軍事介入では内戦を終結させるには不十分であり、必然的に地上軍の投入を余儀なくされることになるだろうと分析している。
ヴェスターヴェレ外相は、リビア政府による反乱軍に対する残虐な弾圧の実態を激しく非難し、カダフィ氏は既に「すべての正当性を失った」と主張した。しかし同外相は、「リビアにドイツ軍が展開することはありません。私はドイツをいかなるアラブの国の戦争にも巻込みたくないのです。」と付け加えた。
アンゲラ・メルケル首相も今回の「棄権」判断を擁護したが、同時に「ドイツ政府は、無制限に国連安保理決議の目指す目標を共有しています。今回の『棄権』判断をもって、ドイツがこの問題について中立的な立場をとっていると誤解すべきではありません。」と主張した。
メルケル氏とヴェスターヴェレ氏は、キリスト教民主連合(CDU)と自由民主党(FDP)からなる中道右派連立政権を率いている。
リビア危機の現状を分析するために3月19日にパリで召集された緊急首脳会議において、メルケル首相は、アフガニスタンにおける米軍の負担軽減とリビア情勢への対応を促す狙いから、ドイツ空軍が新たに早期警戒管制機(AWACS)をアフガニスタンにおける航空偵察任務に就かせる用意があると語った。
ドイツは2001年から米国が主導するアフガニスタンISAF(国際治安支援部隊)に参加している。
リビアに関する国連安保理決議を支持しないとしたドイツ政府の決定に対しては、ドイツ国内及び国際社会から相次いで非難の声が上がった。ドイツでは人道支援団体や一部の野党指導者が、政府の「棄権」決定を、「恥ずべきこと」と非難している。
前経済協力・開発相のハイデマリー・ヴィーチョレック=ツォイル(野党社会民主党)は、国会審議の中で、「独裁者と対峙する(国連)決議において棄権などという選択肢はありえません。今回の政府の決定は『恥ずべきこと』と言わざるを得ない。」と語った。
被抑圧民族協会(Society for Threatened Peoples)ドイツ支部は、ドイツ政府がカダフィ政権に対する軍事作戦に参加しない決定をした背景には国内の選挙事情があるとみている。
今月はいくつかの地方選挙が控えており、与党キリスト教民主連合(CDU)・自由民主党(FDP)保守連合は苦しい選挙戦を強いられている。
ヴェスターヴェレ、メルケル両党首は、「国内の選挙対策と外交のどちらを優先するか判断しなければなりません。ドイツは、リビアへの軍事介入を支持しなかったことから、カダフィ氏から感謝されるかもしれない。しかしそうなればドイツの国際社会における信用は著しく傷つけられることになります。」と被抑圧民族協会アフリカ専門家のウルリッヒ・デリウス氏は語った。
またデリウス氏は、「ほんの1か月前、ドイツ政府はエジプトとチュニジアの民衆蜂起を独裁者に対する民主的反乱として讃えていました。ところが今は、つまらない党利党略から、カダフィ政権による民衆虐殺の傍観者になろうとしているのです。」と付け加えた。
しかし野党指導者の大半は政府の「棄権」決定を支持している。ドイツ社会民主党(SPD)を率いるフランク・ウォルター・シュタインマイヤー前外相は、ドイツ政府の決定を支持する立場から「はたして空爆のみでリビアの人々を救うことができるかについて疑問を呈したドイツ政府の判断は正しいものだ。」と語った。
ドイツ左翼党も政府の判断を支持している。緑の党のユルゲン・トリッティン党首も、リビア難民に一時的な避難先を提供すべきと提案した他は、政府の決定を支持している。
こうしたドイツ諸政党の間にみられるコンセンサスの背景には、外国への軍事介入に反対するドイツ一般市民の世論がある。ある信頼できる世論調査によると、ドイツ国民の60%強が一貫してドイツ軍のアフガニスタンISAFへの参画に反対してきている。
ドイツのISAF要員は、最も紛争が絶えないアフガニスタン南部・東部からとおく離れた北部地域においても主に開発支援に従事している。それにもかかわらず、2001年以来、ドイツ兵の死亡者は48人という高いレベルにのぼっている。
また、民間人の殺害やタリバンとの戦いと直接関係ない殺人事件等にドイツ兵が関与したスキャンダルが発生しており、ドイツ国民の軍隊派遣に批判的な世論をさらに刺激する結果となっている。
海外への軍隊派遣に反対するドイツ世論は、米国によるイラク軍事干渉にドイツ政府が反対した際にも実証された。
さらにドイツ政府の「棄権」判断はリビア情勢に関する軍事分析結果を踏まえたものでもあった。クリスチャン・シュミット国防次官は、ドイツのメディアによるインタビューの中で、「リビア情勢は極めて複雑であり、私たちの調査では、リビア軍の大半は引き続きムアンマール・カダフィ大佐に忠誠を尽くしていると分析しています。」と語った。
この軍事分析はヴェスターヴェレ外相が「リビアにおける外国軍の干渉は、長期にわたる危険な戦争につながり、欧州各地を標的としたテロ攻撃を誘発する恐れがある。」と警告した内容を裏打ちするものである。
翻訳=IPS Japan浅霧勝浩
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