【ベルリンIDN=ザンテ・ホール】
原子力エネルギーの放棄や核兵器の廃絶が語られているが、それだけでは十分ではありません。それらは私たちを結びつけている『核の連鎖』とも言うべき大きな生産の連鎖の中の、目に見える生産物に過ぎないのです。そしてこの核の連鎖は、私たちが一般に認識しているよりも遥かに深刻な危害をもたらすものなのです。
核の連鎖の入口は、原子力エネルギーと核兵器共通の原料である「ウランの採掘」です。
そして次の連鎖は「ウラン濃縮」です。遠心分離技術でウラン濃縮が行われますが、ウランが発電に使われるか核兵器開発に使われるかを規定するものは、単に濃縮段階の問題にすぎないのが実態です。
私たちが何を信じようが、ウランが何の目的に使用されるかについて100%確信を持つことは不可能です。例えば、イランの核開発疑惑をめぐる問題は、核技術の使用を巡って不信がいかに緊張関係を高めるかを示している事例です。ウラン濃縮の動きを巡る政治的な対立が高まれば、戦争さえ引き起こしかねないのが現実です。
ウラン濃縮の副産物は、濃縮ウランを得た後に残される「劣化ウラン」から製造されるウラン兵器です。ウラン兵器は、例えば、ボスニア、イラク、アフガニスタンといった紛争地で使用され、人々の健康や環境に深刻な被害を及ぼしました。
核連鎖の次にくるのが「原子炉」です。核原子炉は電気を製造するのみならず、使用済核燃料棒を再処理することでプルトニウムを分離することが可能です。
核兵器は、高濃縮ウラン或いはプルトニウムを原料に製造されているのです。
核兵器が存在する限り、広島・長崎への原爆投下や核実験の事例にみられるように、常に使用されるリスクが存在するのです。
そして、核の連鎖の最後に来るのが「核廃棄物或いは放射性降下物」です。
核の連鎖は私たちの暮らしと密接に繋がっている
核の連鎖に連なるこれらの要素は、いずれも放射能を排出することから健康と環境にとって極めて危険な存在です。いずれの生産過程からも自然界に数百年から数千年にわたって残存する放射性廃棄物や降下物が排出されているのです。このように核連鎖のもたらす現実は、二酸化炭素を排出しないクリーンエネルギーであるという議論とは大きくかけ離れたものであり、核エネルギーが気候変動問題の解決策となるという議論は真っ赤な嘘だと言わざるを得ません。
電離放射線は健康に深刻な被害を及ぼす
―ヒロシマ、チェルノブイリ、セミパラチンスク―原爆の投下、炉心溶融、大気圏核実験の違いはあっても、放出されたアイソトープ(同位体)の種類によって被爆した人々には似通った臨床症例が報告されています。
具体的には、甲状腺癌、癌種、結腸癌、肺癌、骨癌、白血病(特に子供の症例が多い)、肝臓癌、遺伝子異常などですが、その他にも多くの症例があります。福島第一原発事故の影響を長期的な観点から見た場合、こうした症例の全てが顕在化してくる可能性は高いと言わざるを得ません。
私たちの処方箋
ドイツは米軍の戦術核兵器の国外退去を目指していますが、戦術核兵器加盟国としての同盟義務が障害となり交渉が難航しています。またドイツ国内における核エネルギーの放棄も決定しましたが、放射能は国境を選ばないことから、この決定も不十分なままと言わざるを得ません。
こうしたことから、核戦争防止国際医師会議(IPPNW)では、全体論的な治療法を処方しました。今こそ、全地球的な規模で物事を考え、核連鎖についてもその一部のみを対象とするのではなく、核連鎖全体を対象に取り組むべき時にきているのです。そこで私たちは、地球規模のウラン採掘禁止を呼びかけています。
ウラン採掘の被害に最も晒されているのは世界各地の先住民の人々です。彼らの人権は踏みにじられ、生活環境が破壊されているのです。ウランは、採掘せず、地中に留めるべきなのです。
核物質の輸送を止めるべき
ニジェール、オーストラリアやインドから欧州へのイエローケーキ(濃縮した加工ウラニウム酸化物)であろうが、ドイツからロシアへの核廃棄物であろうが、核物質の輸送そのものを止めるべきです。
核分裂性物質の生産に終止符を打つべき
私たちは、多くの国々が要求している核分裂性物質の軍事目的とする生産の停止を求めるにとどまらず、民生用の使用を目的とした生産も停止するよう求めています。欧州では、私たちは英国のセラフィールド原子力施設の閉鎖決定を歓迎するとともに、フランスのラアーグ核廃棄物再処理工場の閉鎖を求めています。
包括的核実験禁止条約(CTBT)は、最終的に発効すべき。
米国とカナダを含む9カ国が依然として加盟に抵抗しています。
核兵器禁止条約(NWC)
NWC発効に向けた議論が一刻も早く開始されるべきです。核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)に参加してください。
地球規模のエネルギーシフトが必要
地域内でエネルギー自給ができるよう地球規模のエネルギーシフトを目指していく必要があります。再生可能エネルギーにより重点を置き、省エネ効率を高めるとともに、消費を減らしていくことで、私たちはエネルギー自給を達成することが可能です。
よいエネルギー政策は、平和を希求する政策でもあるのです。-将来においても太陽や風を巡る戦争は起こりえないのですから。(原文へ)
翻訳=IPS Japan浅霧勝浩
*ザンテ・ホール氏は、核戦争防止国際医師会議(IPPNW)ドイツ支部が事務所を構えるベルリンを拠点に核軍縮専門家として18年に亘って勤務している。スコットランド生まれ、英国育ちで、バーミンガム大学で演劇を専攻した。1980年代初頭ウェストミッドランド核軍縮キャンペーンエグゼクティブコミッテ委員を務めた後、1985年に西ベルリンに活動拠点を移した。1995年、『アボリション2000』を創設する一方、ドイツ核廃絶ネットワーク『Atomwaffen abschaffen』の設立にも尽力した。またホール氏は、ミドル・パワーズ・イニシアティブ(MPI)とアボリション・グローバルカウンシルのエグゼクティブコミッテメンバー。核軍縮・不拡散議員連盟(PNND)欧州コーディネーター、平和市長会議2020ビジョンキャンペーンドイツ代表を務める。
This article was produced as a part of the joint media project between Inter Press Service(IPS) and Soka Gakkai International in Consultative Status with ECOSOC.
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