【東京IPS=石田尊昭】
憲法改正の「ハードル」は高い。日本国憲法第96条は、憲法改正要件として、衆参両院のすべての議員の3分の2以上の賛成を得て発議し、国民投票での過半数の賛成で承認することを定めている。
先の衆院選で、公約に改憲を掲げた自民党が圧勝し、同じく改憲を掲げた日本維新の会と合わせて、衆議院の3分の2以上の議席を確保した。そして、去る2月28日に安倍晋三首相は施政方針演説で「憲法改正に向けた国民的な議論を深めよう」と訴えかけた。安倍内閣への支持率は依然高く、このまま行けば今夏の参院選でも、自民党をはじめとする改憲派が優位に立つことが予想される。さらに、これまで高いとされてきたハードルそのものを低くしようとする動き(96条の発議要件の緩和)も出てきている。憲法改正が、これまで以上に現実味を帯びてきたといえるだろう。
今からおよそ100年前の1912年12月、「憲政擁護、閥族打破」を掲げ、憲政擁護運動が沸き起こった。翌13年1月、その運動は全国に広がり、一大国民運動となった。その先頭に立ったのが、犬養毅とならんで「憲政の神」と呼ばれた政治家・尾崎行雄である。尾崎が目指したのは、立憲主義に基づく政治の実現である。近代の立憲主義は、憲法によって権力者の恣意的支配を防ぎ、個人の自由と権利を保障しようとする考え方である。「人の支配」ではなく「法の支配」を、「力の支配」ではなく「道理の支配」を尾崎は主張し続けた。
護憲であろうと、改憲であろうと、憲法によって国家権力を制限するという近代立憲主義の趣旨からすれば、権力側の「盛り上がり」ではなく、100年前のような国民的議論の喚起、一大国民運動が必要である。国民全体が憲法と向き合い、「熟議」の末に導かれるものでなければならない。
自民党は「日本国憲法改正草案」を示し、民主党は「憲法提言」をまとめているが、他党も今後、憲法に対して、より明確な姿勢と具体的な内容を示していくことが求められる。われわれ国民も、つい「アベノミクス」に目を奪われがちだが、これから夏にかけて、好むと好まざるとにかかわらず、憲法と正面から向き合わなければならない。
尾崎行雄は、日本に真の立憲政治を実現させるには、憲法(制度)だけではだめで、それを運用する立憲主義精神が国民に備わることが重要だと説いた。私は、現在の「憲法改正に向けた動き」を(改正の是非は別として)好機として捉えたい。「憲法とは何か、立憲主義とは何か」といった原理原則を踏まえつつ、左右・保革の枠を超えた国民的議論(熟慮と対話)が深まることが重要だと考える。
最後に、少し長くなるが、日本国憲法が施行された1947年に尾崎行雄が著した『民主政治読本』より一部引用する。尾崎は日本国憲法を大いに歓迎したが、同時にその文言と現実との乖離を冷めた目で見ていた。
「新憲法(日本国憲法)はその前文において『日本国民は恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、…全世界の国民がひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する』と宣言し、末尾において『日本国民は国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想を達成することを誓う』と結んでおる。この誓いは、日本国民が各々己れ自らの良心に誓った誓いばかりではない、世界の平和と人類の福祉の前に誓った厳粛な誓いでなければならぬ。われわれはこの神聖な誓いは断じて守らねばならぬ。じつに立派な憲法である、まぶしいまでに光りかがやく憲法である。請い願わくば、この憲法が猫に小判を、豚に真珠を与えたような、宝の持ち腐れにならないことを切に祈る。」
IPS Japan
*石田尊昭氏は、尾崎行雄記念財団事務局長、IPS Japan理事、「一冊の会」理事、国連女性機関「UN Women さくら」理事。