【ニューデリーランジットSciDev.Net=ランジット・デブラジ】
印パ間の水利を定める協定が、気候変動など新たな課題を考慮して強化されるべきか、あるいは完全に破棄されるべきか――両国の緊張が高まるなかで、水資源専門家の間で議論が起きている。
インダス川水利協定(Indus Water Treaty)は、65年間にわたりインダス川の水をインドとパキスタンで分配してきたが、両国の北部地域はいずれもその水に大きく依存している。しかし今年4月、パキスタンから越境したとされる武装勢力によるインド支配地域カシミールでの観光客26人殺害事件を受け、インドはこの二国間協定を停止した。
スブラマニヤム・ジャイシャンカル外相は、「パキスタンが越境テロ支援を信頼できるかたちで、かつ不可逆的に停止するまで、協定は凍結される」と述べ、今後のインダス川水の行方をめぐって専門家たちの間で憶測を呼んでいる。
長期的にはパキスタン下流域に影響も
スリナガルのイスラーム科学技術大学学長で、水文学・氷河学の専門家であるシャキール・アフマド・ロムシュー氏は、協定停止が短期的にインダス川の流量に大きな影響を与える可能性は低いとする一方で、「しかし10年を超える長期的な視野で見れば、上流国であるインドが流量をより強力に調整する能力を持つようになり、現在の行き詰まりが続けば下流のパキスタンの水利用に影響が及ぶ可能性がある」と指摘する。
ロムシュー氏によれば、中国やアフガニスタンを含めた流域全体の新たな多国間条約の構築は「政治的緊張を考えると非現実的」であり、「むしろ、現行の枠組みの中で、気候変動、地下水、汚染、水資源の変動性など共通の課題を盛り込み、協定を強化するのが現実的な道筋だ。」と述べた。
再交渉か、条件付き再開か、破棄か
ロンドン大学ユニバーシティ・カレッジ(UCL)のリスク・災害削減学部のダン・ヘインズ准教授は、「最も現実的な解決策は協定の再交渉である」と述べたうえで、「他の選択肢としては、条件付きの協定再開、または完全な破棄が考えられる。」としている。
パキスタン国民の10人中9人がインダス川流域に居住しており、カラチやラホールなどの大都市は飲料水をインダス川とその5つの支流に依存している。国の灌漑農業の約80%も同流域の水に頼っている。
インド側の改定要求とデータ交換の断絶
インドはここ10年以上、気候変動、ヒマラヤ氷河の融解、最新の工学技術などを協定に反映させるよう求めてきたが、パキスタンはこれを拒否し、結果として協定で義務付けられたデータ交換や意思疎通が途絶えている。
ロンドン大学キングス・カレッジのクリティカル地理学教授ダーニッシュ・ムスタファ氏は、「これはひどい協定だ。もはや時代遅れであり、カシミール人を含むすべての利害関係者の意見を取り入れた新たな協定が必要だ。」と語る。

「この協定はすでにインダス川の脆弱な生態系を破壊し、何百万人もの漁民から生計を奪っている。」
協定の構造的欠陥と国際法の視点
インダス川水利協定は、主にカシミールを流れる水をめぐる両国の領有権争いに常に影を落とされてきた。1960年、世界銀行の仲介で長年の交渉を経て締結された同協定は、5つの支流を分割し、東部のスートレジ川、ベアス川、ラヴィ川をインドに、西部のインダス川、ジェルム川、チェナブ川をパキスタンに割り当てた。インドには航行、水力発電、農業など非消費的利用の限定的権利のみが認められたため、両国間の争いが長く続いている。
ムスタファ氏は「敵対と分離がこの協定のDNAに刻まれている」と述べ、「土地の分割(1947年のインド・パキスタン分離独立)とは異なり、水は分割できない」と指摘する。結果として「壊滅的な洪水、デルタ地帯の環境悪化、パキスタン灌漑地帯での栄養失調の蔓延」という現実が生まれたと語った。
国際法に基づく再設計の可能性
もし再交渉が行われれば、国際法上の国際水資源に関するルールを明文化した2014年の国連水系条約(UN Watercourses Convention)が参考になる可能性があるとヘインズ氏は述べる。
「インドとパキスタンが協力し、インダス川流域全体の水資源の共有のあり方を根本から再考することに合意すれば、国連水系条約を出発点にできるだろう。しかし、両国とも現行の水利用モデルに強く固執しているため、実現の可能性は低い。」と付け加えた。
ムスタファ氏はまた、インドに東部3河川の独占利用権を与えたことは、下流国としてのパキスタンに一定の権利を認める国際法の原則と矛盾していると指摘する。「インドがこれらの河川の水を容易に転用することはできない。モンスーン期には国内で洪水を引き起こすおそれがあるからだ」と述べた。
軍事的緊張の激化と停戦
パキスタンは4月22日の殺害事件への関与を否定し、協定の停止を「宣戦行為」と非難した。これに対しインドは、パキスタン国内の武装勢力訓練キャンプを標的とした空爆で報復し、戦闘機、ミサイル、無人機が応酬する4日間の激しい衝突が発生した。5月10日に停戦が成立するまで戦闘は続いた。(原文へ)
INPS Japan
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