【バンコクIDN=カリンガ・セネビラトネ】
12月初め、国連開発計画(UNDP)、国際連合教育科学文化機関(UNESCO)、国際連合人口基金(UNFPA)の3つの国連機関が、「ケース・フォー・スペース(#Case4Space: SDGsの中心に若者を)」(C4S)と題したユースフォーラムを、3日間にわたって国連アジア太平洋経済社会委員会(UNESCAP)の施設(バンコク)で開催した。これは、アジア太平洋地域において持続可能な開発目標(SDGs)を促進するための意識喚起を図り、その重要性を訴えるために、同地域における60以上のパートナーが主導したキャンペーンとうたわれているものだ。
しかし、フォーラムの中身は、主に欧米の発表者やコンサルタントが多数を占め、プロジェクトは英国の活動家集団「弛みなき発展」が主導するものであった。このため、アジア・太平洋地域から参加した多くの活動家らは、SDGsに関する議題そのものが、まるで欧米の活動家に乗っ取られたかのように感じていた。
C4Sキャンペーンは、アジア太平洋地域の若者たちを、SDGsを履行していくうえでの「重要なステークホールダー」として動員すべく展開されたものだった。また、ソーシャルメディアやデジタルコミュニケーションを通じて新たな空間を創出することで、従来「社会的に排除されてきた」人々をも関与させることも目的としていた。C4Sは、若者を関与させるネットワークと能力を構築するものとされた。
このように理念は立派に聞こえるが、バンコクでフォーラムが開かれると、アジア・太平洋地域の若者の関与のあり方を巡って多くの疑問の声が上がった。同地域の若者にSDGsへの関与を呼びかけた全体会の発言者の多くは欧米の出身者であり、発言者の中に、デジタル分野・ソーシャルメディア分野で注目に値するアジア出身の専門家は見当たらなかった。しかし実際には、「マレーシアキニ」のスティーブン・ガン氏や、「ラップラーズ」(フィリピン)のマリア・レザ氏など、アジアにはこうした分野で才能を認められた専門家が少なくない。
フォーラムにはアジア・太平洋地域から200人以上の若者が参加したが、ほとんどがいわば活動家の傾向を持った人々であった。4人の欧米人が主催・コーディネートしていた「若者によるニューズルーム」ですら、約15人の若いジャーナリストを集めつつも、主流メディアに属する人は1人もいなかった。彼らの語り口は主に「異議申し立ての声」のそれであり、SDGsの達成に向けてより協力的で平和的な道を生み出すことに貢献しうるコミュニケーションの方法論について検討するものではなかった。
カンボジア農村部出身のある参加者は、匿名を条件にIDNの取材に応じ、「こうした『公に異議申し立てする』タイプの方法論では、私の国ではうまくいきません。私の国では、土地がしばしば開発の名のもとに取り上げられており、これに対して抗議のスローガンを掲げたりデモ活動を行おうものならば、刑務所に叩き込まれるか、警察によって打ち据えられることになります。」と指摘したうえで、「私はむしろ、あまり対立的でない方法で政府下部組織と意思疎通を図る方法を学びたいのです。」と語った。
UNDPのアジア太平洋地域政策・プログラム支援の責任者であるケイトリン・ウィーゼン氏は、開会式の挨拶で「エンパワーされた若者は、私たち皆が目指している進歩の推進力となります。」と指摘したうえで、「現代の若者は、以前の世代よりもはるかに相互に繋がりを保ち、より創造的で、より多くの知識を持ち合わせ、より説得力があることを、私たちは日々の活動を通じて、気づかされています。」と語った。
UNDPは「若者戦略2014年~17年」を策定し、ソーシャルメディアの主導的な役割を定義したうえで、若者がSDGs問題に関心を寄せる戦略的な入口を特定している。フォーラムでは、若者が自己表現できるサーバースペースを縮小させるアジア・太平洋地域の立法の波に関しても、多くの議論があった。
「ソーシャルメディア上で仲間と集い情報を共有することは、問題に関する意識を喚起する一方で、変化をもたらす行動へとつながる第一歩になります。」とシンガポールの若い活動家サミラ・ハッサン氏は語った。彼女は、自身の学校の移民の権利を擁護する地域団体で活動している。「若者として、私たちが重要だと考える社会問題に関する対話を始める必要があります。」とハッサン氏は付け加えた。
2日間のワークショップで、周縁化された集団、オンライン上の自由、若い人権活動家の訓練など、多くのセッションがあった。しかし、こうしたものが、アラブ世界の若者を動員し、「アラブの春」の蜂起とそれに伴う社会的・政治的混乱をもたらしたものと同じメニューだとしたらどうだろうか?
英国の駐タイ大使ダニエル・フィーラー氏が司会を務め、4人の欧米人と1人のアフリカ人、カナダ在住の1人のアジア人がパネリストとなった最終日の全体会では、こうしたメニューが盛んに売り込まれた。彼らは「具体的な行動とパートナーシップ」について語ったが、主に語られていたのは、発表者らの団体から資金を獲得するための、プロジェクトの売り込み方、という点であった。
「私たちは若者との研究作業に投資しています……私たちは考えを広める役割を担っています。」と、「弛みなき発展」のペリー・マドックス氏は語った。ハインリッヒ・ボル財団のマンフレッド・ホムンク氏は「私たちは、身分に関係なく、若者が私たちにもたらす考え方を基準に資金を提供しています。」と語った。またフィーラー大使はある時点で、「民主的で言論の自由を認めている国の場合、SDGsを達成しやすい。」と論じたが、中国やシンガポール、台湾、韓国といったような、既に多くの開発目標を達成しているこの地域の国々は、成功に向けてそうした道を採らなかったことを大使は都合よく忘れていたようだ。
こうして、アフリカからの唯一のパネリストで、コモンウェルス事務局青少年課プログラム担当のレイン・ロビンソン氏が、こうしたこと全てにおいて政府が重要な利害関係者になっていると指摘する役を担うことになった。ロビンソン氏は「多くの政府が青年に焦点をあてた政策を実行しようとしています。」と指摘したうえで、「皆さんはSDGsを達成するために政府と協力する必要があります。政府は、若者にとっての空間を広げる決定的な役割を担っているのです。」と語った。
中国からの参加者ウェイペン・ワン氏は会議終了後、IDNの取材に対して、「情報を地元の言語に翻訳することが、SDGsを知らしめるうえできわめて重要」と指摘したうえで、「これまでブログをたくさん書いてきた経験がありますので、ウェチャット(Wechat)を通じてものを書き、情報を共有することができます。」と語った。
フィリピンからの参加者レジネル・バルヌア氏は、「若者だけがこうした問題を語るだけでは不十分です。大学教員もSDGsを促進すべきです。また、C4Sのための特別日を設けるべきです。」と語った。
C4Sは、「弛みなき発展」がUNDPに持ち込み、アジアに導入すべきだとした考え方で、UNDPはこれをユネスコやUNFPAとともに取り上げ、「フォーラムアジア」とともにバンコクでこのユースフォーラムを開催する流れとなった。運営資金のほとんどは欧米諸国から集められた。
UNDPのウィーゼン氏は閉会式の挨拶で、「50のパートナー団体がC4Sをこの地域で広める戦略を練るための会議を今後開催する予定です。私たちは、縮小しつつある(市民社会の)空間を(アジアの)若者のために拡げたい。若者たちのための空間を創出したい。制限的な慣行に反対するためにあなた方とともに立ち上がりたい。」と語った。
閉会の挨拶の後、様々なユース組織と活動しているアセアンからのある参加者はIDNの取材に対して、「このユースフォーラムの内容・構成は、終始欧米主導によるもので、アジア・太平洋地域の自主性は微塵も見受けられません。」と腹立たしげに語った。「このイベントは英国の活動家集団『弛みなき発展』のプロジェクトそのものであり、彼らは自分たちの方針を(アジアからの参加者に)押し付けているに過ぎません。アジアでこんなやり方がまかりとおってはなりません。」と匿名を希望したこの女性はこう語った。(原文へ)
翻訳=INPS Japan
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