【ニューヨークIDN=タリク・ラウフ】
5つの核兵器国やその同盟国と、ほとんどの非核兵器国との間の核軍縮をめぐる対立と分断に加えて、中東の非核兵器及び非大量破壊兵器(WMD)地帯の創設が論争の的となっている。
1995年の核不拡散条約(NPT)再検討・延長会議では、条約の将来をめぐる決断がなされねばならなかった。当時アラブ諸国グループやイランからの支持を得る必要があると考えた、ロシア連邦・英国・米国の3つのNPT寄託国は、中東非WMD地帯化に関する決議を共同提出した。同決議はNPTの無期限延長を認めるパッケージの不可欠の一部分となった。
2000年のNPT再検討会議はイスラエルを名指しし、NPTに非核兵器国として加わり、1995年決議を履行するよう迫った。2010年NPT再検討会議では、2012年までに中東非WMD地帯に関する会議地域会議を開くよう決定したが、米国が一方的にこれを延期し、アラブ諸国やイラン、ロシア連邦、非同盟諸国グループからの非難につながった。
2015年再検討会議は、国連事務総長の支援の下で2016年までに中東非WMD地帯に関する会議を開くとの提案を米国がカナダ・英国とともに拒絶したために、崩壊した。
2018年、国連総会は、2019年末までに中東非WMD地帯に関する会議を招集するよう国連事務総長に義務づける決議を投票で採択した。NPT再検討会議準備委員会で広まっていた未確認情報によると、一部の西側諸国が裏で動き回って同会議の招集を妨げようとしていたという。一部の国々が依然として、(同会議の開催を求める)アラブ諸国の提案に反対していることはよく知られていることだ。
一般的には、イスラエルに圧力をかけて同会議に参加させることを、米国が主導する西側諸国と欧州連合(EU)諸国が嫌っている。これにアラブ諸国やイラン、非同盟諸国が反発するという構図である。この問題のために、2019年のNPT準備委員会はまたも合意に達することができなかった。アラブ諸国の間にも、そしてイランとシリアとの間にも重大な意見の相違が存在するが、にもかかわらず、中東非WMD地帯化の問題では共通の立場になって連帯しているのである。
この数年で国際関係が急速に崩壊していることを考えると、NPT再検討プロセスを通じて核軍縮に前進をもたらすことに非核兵器国の大半が無力さを感じ、徒労感と不満が高まっていることは驚きではない。
結果として、多くの外交官や専門家らが再検討プロセスの非効率性を非難し、その一方で、悪化する政治的関係や、強硬化する立場、柔軟性の欠如、妥協を生みだす交渉能力の低下、再検討プロセス強化の取り組みの無視といったような、蝕まれている作用についてはほとんど無視されている。
NPT再検討会議は、核兵器に関する法的拘束力のある条約を交渉したり、国際原子力機関(IAEA)保障措置に関する検証措置、あるいは、国際的に対立している政治的問題をめぐって対抗したり、非核保有国によるIAEA保障措置への「遵守」に関連した意見の相違を埋めることを目的としたものではなかった。
とりわけ2014年以降は、NPT再検討プロセスが損なわれ、悪化している。論議における丁寧さと尊重が失われ、NPTを支持する共通の基盤を探ろうとの政治的意志と能力に欠き、いったん決められた措置と行動が守られず、国際法が無視されている。一方で、いわゆる「ルールを基礎とした国際秩序」の保全が持ち上げられ、NPTの一体性と権威を強化すべく協調する能力に加盟国が欠けているということで、再検討プロセスが非難の対象になっている。
かつてタイタニック号の甲板で演奏していたバンドが船の沈没を防げなかったように、外交官らは、再検討プロセスの強化が一貫して無視されていても、それを反転させる能力も意思も示していない。彼らは、従来からの立場を擁護することに固執し、NPT順守を目的とした共通の基盤を探ろうとはせず、1995年・2000年・2010年の各NPT再検討会議の結果から適切な指針を引き出して履行することを怠ってきた。
第3回準備委員会で議長をつとめたサイード・ハスリン大使(マレーシア)は、マンデートに従って5月3日に議長勧告案(一次案)を各国代表らに配布した。この勧告案は全体としてバランスが取れ、各国の見解を反映したものだった。とりわけ、次のような内容が含まれている。
・条約の各条項の完全履行の再確認、とりわけ、1995年再検討・延長会議、2000年・2010年の再検討会議での従来の公約の再確認。
・核兵器国に対して、新型核兵器の開発を停止し、既存の核兵器の質的向上を図ることを控え、あらゆる軍事・安全保障上の概念・ドクトリン・政策において核兵器の役割と重要性をさらに最小化するよう求める。
・包括的核実験禁止条約(CTBT)の早期の発効を求め、発効までの間、核爆発実験のモラトリアムを維持すること。
・1995年中東決議の目的の完全履行と実現に向けて努力を続け、中東非核兵器地帯・非WMD地帯の創設に関する法的拘束力のある条約を交渉する会議が2019年中に開催される予定であることに留意すること。
・共同包括的行動計画(イラン核合意)の継続的な履行に対する強力な支持があることに留意すること。
・朝鮮民主主義人民共和国に対して、全ての核兵器と既存の核開発計画を完全かつ検証可能、不可逆な形で廃棄するよう促すこと。
現在の悪化する国際安全保障の状況や、諸国の対立状況を見れば、形ばかりの歓迎を受けた議長勧告案が、各国の多様な立場を適切に反映していないとして5月8・9両日にあらゆる当事者から非難されたことは驚くに値しない。この一次案に対しては、勧告案を「改善」すべく多くの提案がなされた。
これに対して、サイード・ハスリン議長は9日夜に修正勧告案を配布した。これは事実上、核軍縮に関する文言を強め、核兵器が人間にもたらす帰結について言及し、インド・イスラエル・パキスタンに対して非核兵器国としてNPTに加入するよう求めるものであった。
準備委員会最終日の10日、主に西側諸国が修正勧告案は受け入れがたいとして次々に批判の声を上げた。これらの国々は、(前日あれほど批判したにも関わらず)こんどは議長原案(一次案)こそが、交渉を前進させる基礎になるか、あるいは、採択の対象になるとして、原案をベースに作業を行う用意があると述べて、議場は混乱を極めた。
他方で、多くの(しかしすべてではない)非同盟諸国は修正勧告案に対する賛意を示し、欠点はあるもののそれを容認する姿勢を示した。これらの国々の不満は、核軍縮に関する文言や、IAEAの保障措置に対する追加議定書、イラン核合意と同国の遵守問題、2007年に未申告の原子炉を建設したことに関連するシリアのNPT非遵守問題、中東問題、核保安、北朝鮮の非核化などの事項に関連していた。
サイード・ハスリン議長が、会期を通じて、ユーモアを交えつつ堂々とした対応で事にあたり、準備委員会への信頼性を維持したことは特記しておきたい。しかし、会期の最後の2日間には議長の運命は尽き、本稿で述べたように、議長の勧告案(一次案及び修正案)に対して一部の国々が批判を表明した。
ニューヨーク時間の5月10日午前11時22分、サイード・ハスリン議長は、原案・修正案のいずれに対するコンセンサスも得られないまま、これらを「2020年再検討会議に対する議長勧告」として配布した。
NPT加盟国は再び、グローバルな核ガバナンスの基盤としてのNPTの重要性について2週間も議論し、2020年のNPT50周年の重要性に焦点を当てたあげく、勧告案に合意することに完全に失敗した。「一部の代表団の右脳と左脳は分離しており、急性離断症候群にかかっている!」―ある鋭敏な会議参加者が漏らした口ごもった言葉である。(原文へ)
※著者は、国際原子力機関のNPT代表団長を2002年から2010年まで務め、1987年から2019年までのすべてのNPT会合に参加している。本稿の見解は全て個人のものである。
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|視点|核軍備枠組みが崩壊する間に…(タリク・ラウフ元ストックホルム国際平和研究所軍縮・軍備管理・不拡散プログラム責任者)