【ローマIDN=ジャヤ・ラマチャンドラン】
国連食糧農業機構(FAO)は、この種のものとしては初の報告書で、私たちの食料システムを支えている生物多様性が消滅しつつあり、世界の人びとの健康や生活、環境が厳しい脅威に晒されているという強力かつ不安な証拠を示した。
2月22日に発表されたFAOの『食料・農業のための世界の生物多様性の現況』は、食料と農業のための生物多様性は、ひとたび失われれば取り戻すことができないと警告した。
FAOのジョゼ・グラジアノ・ダ・シルバ事務局長は、報告書の重要性を強調して、「生物多様性は世界の食料安全保障を守る上できわめて重要であり、健康的で栄養価に富んだ食生活の基盤となり、農村の生活を改善し、民衆や社会のレジリエンス(=リスク対応能力)を高めます。私たちは、気候変動という難題に対応し、環境を害さない形で食料を生産するためにも、生物多様性を持続可能な形で利用する必要があります。」と語った。
ダ・シルバ事務局長はさらに、「生物多様性が失われてると、動植物は害虫や疾病に対してより脆弱になります。食料と農業のための生物多様性が失われていけば、人類がより少ない種に食糧を依存することとなり、食料安全保障と栄養が危機に立たされることになります。」と語った。
食料と農業のための生物多様性は、野生か家畜化/栽培化されたものかに関わらず、食料や飼料、燃料、繊維を提供するすべての動植物に関連するものである。また、「関連する生物多様性」と呼ばれている、生態系を通じて食料生産を支える数多くの生命体に関するものでもある、と報告書は説明している。
たとえば、土壌の肥沃さを保ち、植物に受粉させ、水や空気を清浄化し、魚や木々を健康に保ち、作物や家畜を害虫や疾病から守るすべての植物や動物、微生物(昆虫、コウモリ、鳥、マングローブ、サンゴ礁、海藻、ミミズ、土壌中の菌類、バクテリア等)などがそれである。
食料と農業のための生物多様性の問題に対処する唯一の恒久的な政府間機関である「食料と農業のための遺伝資源に関する委員会」の指示によってFAOが作成した今回のレポートは、これらすべての要素を検討するものだ。報告書は、91カ国が特にこのために提供した情報と、最新のグローバル・データの分析を基にしている。
報告書の主要点は以下のとおりである。
・食料のために生産されている約6000種の植物のうち、グローバルな食料生産のために実質的に貢献しているのは200弱であり、わずか9つで作物生産全体の66%を占めている。
・世界の家畜生産は約40の動物種によるもので、そのうちほんのわずかな種によって、肉や乳、卵のほとんどが提供されている。世界で報告されている家畜の飼育で、一国内で育てられている7745種のうち、26%が絶滅の危機にある。
・魚類のうち3分の1が乱獲状態にあり、半分以上が持続不可能なラインに到達してしまっている。
FAOが91カ国から収集した情報で明らかになったことは、受粉を助ける動物や土壌生物、害虫の天敵など、食料と農業に不可欠な生態系に寄与する野生の食物種や多くの種が、急速に消滅しているということだ。
例えば、4000近い野生食物種(主として植物、魚、哺乳類)の24%が、その豊かさを失いつつあると報告書は述べている。しかし、既知の野生食物種の半分以上の実態はよく知られていないため、減少しつつある野生食物の割合は実際にはもっと大きいと思われる。
減少しつつある野生食物種は、ラテンアメリカ・カリブ海地域で最も多く、アジア・太平洋地域とアフリカ地域がこれに続く。しかし、これらの地域における野生食物種が他の地域のよりもよく研究されてきたことが理由であるかもしれない。
多くの関連する生物多様性種もまた、厳しい脅威にさらされている。たとえば、害虫や疾病を抑える鳥やコウモリ、昆虫、それに、土壌の生物多様性、受粉動物(ハチ、蝶、コウモリ、鳥など)がここには含まれる。
森や放牧地、マングローブ、海藻が生い茂る土地、サンゴ礁、湿地一般もまた、急速に失われつつある。これらは、食料や農業にとって不可欠な数多くの機能を提供し、無数の種の生息地となる主要な生態系である。
多くの報告国によれば、食料・農業のための生物多様性の喪失の原因は、公害に伴う土地や水の利用・管理の変化、土地の過剰利用と過剰収穫、気候変動、人口増と都市化である。
関連する生物多様性の場合、生物の生息地の変化と喪失が最大の脅威であるとすべての地域が報告する一方で、その他の要因については地域ごとの違いがみられると報告書は述べている。つまりアフリカでは、土地の過剰利用と狩猟、密猟。欧州と中央アジアでは、森林破壊や、土地利用の変化、集約農業。ラテンアメリカ・カリブ海地域では土地の過剰利用や害虫、疾病、侵略種の存在。そして、中東とアフリカ北部では、土地の過剰利用。アジアでは森林破壊となっている。
報告書は一方で、生物多様性に親和的な活動に関して、好ましいシナリオも提示している。報告を寄せた91カ国のうち80%が、生物多様性に親和的なさまざまな実践やアプローチを試している。例えば、有機農業、統合的害虫管理、コンサベーション・アグリカルチャー(環境を保全しつつ収益を得ることを目的とした低投入型の食糧生産)、持続可能な土壌管理、アグロエコロジー、持続可能な森林管理、アグロフォレストリー、養殖における多様性強化の実践、漁業に対する生態系アプローチ、生態系の回復が挙げられる。
現場における保全措置(例:保護地区の設定や農場管理)と外部からの保全措置(例:遺伝子バンク、動物園、文化財の収集、植物園)もまた世界的に強化されている。もっとも、これらの措置でカバーされる範囲と実際に保護される水準はまだ不十分なものにとどまっている。
生物多様性に親和的な実践が強化されるのは望ましいことだが、食料と農業のための植物多様性の喪失を食い止めるには、まだまだ多くのことがなされねばならない、と報告書は指摘している。「ほとんどの国が、生物多様性の持続可能な利用・保全のために法律・政策・制度的枠組みを整えつつあるが、それらはしばしば不適切であるか、不十分である。」
したがって、報告書は、諸政府と国際社会に対して、実施可能な枠組みを強化し、インセンティブと利益を分有するための措置を生み出し、生物多様性を強める取り組みを促進し、生物多様性喪失の主因に対応するために、より多くのことを行うよう求めている。
食料と農業のための生物多様性に関する知識の現状を改善するために、より強力な取り組みがなされねばならない。なぜなら、とりわけ「関連する生物多様性種」に関して、情報格差が激しいからだ。そうした種の多く、とりわけ無脊椎動物と微生物に関しては、明らかになっていないことが多い。バクテリアと原生生物の99%以上と、それが食料や農業に与える影響については、未だに実態が知られていない。
食料・農業・環境分野を横断して、政策決定者と生産者組織、消費者、民間部門、市民団体の連携を強化する必要がある。
報告書は、「生物多様性に親和的な製品の市場を広げる機会をもっと模索すべき」と指摘したうえで、食料・農業のための生物多様性に対する圧力を弱めるために一般の人々が果たせる役割を強調した。
報告書はまた、「消費者は、持続可能な形で育てられる製品を選択し、農産物直売所で直接購入し、持続不可能とみなされる食品を購入しない選択ができるようになるだろう。『市民科学者』が食料・農業のための生物多様性を監視する上で重要な役割を果たしている国もある。」と指摘している。
生物多様性の喪失がもたらす影響や、生物多様性に親和的な実践として、次のような例が挙げられる。
・ガンビアでは、野生の食物種が大規模に喪失した結果、食生活を補完するために、しばしば工業的に生産された食物に依存せざるをえなくなっている。
・エジプトでは、気温上昇のために魚類種の生存可能域の北限が上がってきており、漁業生産に悪影響が出てきている。
・ネパールでは、労働力不足や(出稼ぎ労働者からの)送金の流れ、さらに地元市場で安価な代替製品が次第に出回るようになったため、地元の作物が放棄されるようになってきている。
・ペルーのアマゾン川流域の熱帯雨林では、気候変動によって野生食物の供給に悪影響が出る「サバンナ化」が予想されている。
・米国カリフォルニア州の農民たちは、生育期後に田を焼くのではなく、水を溜めるようになってきている。これによって11万ヘクタールの湿地ができ、その多くが絶滅の危機にある230種の鳥の生息地ができた。結果として、多くの種がその個体数を増してきており、アヒルの数も2倍になった。
・フランスでは、約30万ヘクタールの土地がアグロエコロジーの原則によって利用されている。
・キリバスでは、複合養殖されているミルクフィッシュ(サバヒー)やサンドフィッシュ、ナマコ、海藻が、気候条件の変化にも関わらず、基本的な食物と収入の源になっている。これらの養殖対象のうち、少なくともひとつの要素が、つねに食物を生み出している。(原文へ)
INPS Japan
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