この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。
【Global Outlook=ハーバート・ウルフ】
両組織は自己刷新し、米国の影響力から脱却しなければならない。
北大西洋条約機構(NATO)の危機は、ドナルド・トランプ政権の破壊的な政策から始まったわけではない。トランプがグリーンランドの併合に言及したのは、国際社会での正当性が揺らいでいる米国の強硬な対外政策が、さらに極端な方向へ進んだ最新の例にすぎない。もっとも、関心の中心を欧州から他地域へ移す動きは、歴代政権にも見られた。バラク・オバマ政権の「アジア重視(Pivot to Asia)」や、ジョージ・W・ブッシュ政権のイラク戦争をめぐるNATO内の対立は、そうした亀裂を示している。こうしたシグナルは欧州にも確かに届いていた。だがこの数十年、米国依存から脱するための有効な措置を取ろうとする本気で取り組む姿勢と足並みは、欧州側で十分に醸成されなかった。
トランプが軍事支出を国内総生産(GDP)の5%に引き上げるよう求めた時点で、欧州にとってそれは真剣に考え直すきっかけになるはずだった。NATOの欧州側における防衛上の弱点を冷静に見れば、問題が資金不足ではないことは明らかである。NATOによれば、欧州の加盟国は過去10年間で総額約3兆5000億ドルを軍事費として支出してきた。決して少ない額ではない。問題は、その資源が各国本位の発想のまま個別に使われ、説得力のある共通戦略を欠いている点にある。その結果、同じような装備を各国が別々に購入する無駄が生じ、各国の軍需産業だけが潤う構図となっている。
欧州各国政府は、自らの強みを見極め結束した対応を模索するよりも、トランプの要求に従ってきた。トランプ政権の支持をつなぎとめ、ウクライナ支援を継続させるため、欧州のNATO加盟国は、防衛費を大幅に拡大する長期目標を確認し、各国が段階的な増額計画を検討する姿勢を示した。また、その過程で米国製兵器の調達拡大が見込まれるとの見方も広がっている。NATOのマルク・ルッテ事務総長を先頭に、米国にに追従する欧州の列はますます長くなっている。

しかし今、トランプがグリーンランドの併合に言及し、同盟国に対する露骨な敵対姿勢を示したことで、「米国のこの“パートナー”には頼れない」という現実が、ようやく欧州にも突きつけられたのではないか。欧州は、カリブ海での砲艦外交、他国への威嚇、勢力圏の追求、植民地主義的な野心といった米国の行動から、明確に距離を置くべきである。
欧州の独立を実現するため、欧州が自前で防衛を担う枠組みの構築に踏み出す時だ。この同盟は、米国・中国・ロシアがさまざまな形で培ってきた大国同士の勢力争いに引きずられるべきではない。予測不能なトランプが次にどんな判断ミスをするかを待つのではなく、欧州は自らの力で安全保障を担う体制、つまり自立した戦略を築く必要がある。、欧州の自立、すなわち米国に頼り切らず自分たちで決める力が不可欠である。それはトランプ政権に対してもロシアに対しても、欧州の発言力が増す。これは新しい発想ではない。1978年にはすでに欧州議会が、EU域内で防衛協力を強化すべきだとする最初の報告書を公表している。
軍事専門家はしばしば、「米国抜きでは欧州はロシアに軍事的に劣る」と強調する。確かに、防空、偵察・衛星能力、サイバー防衛など、いくつかの分野には不足がある。だが、欧州をロシア軍に比べて過小評価するのは誤りだ。全面侵攻から4年以上が経過したウクライナ戦争で、ロシア軍は軍事的に大きな成功を収めたとは言い難い。ウクライナのインフラを徹底的に破壊し、大量の兵力を投入して、ようやく限定的な領土拡大を得たにすぎない。結束し機能する欧州防衛同盟に対し、ロシア軍が優位に立てるとは考えにくい。決定的なのは欧州の団結である。

しかし、欧州の利益を守るためでもあるウクライナ支援においてさえ、欧州は一枚岩ではない。ロシア国境から遠い国ほど「欧州の価値」を掲げつつも、防衛への関与には消極的になりやすい。
各国が個別に軍事費を投じ続け、その結果として無駄を生むのではなく、一貫した欧州の防衛構想が必要である。「戦争に勝てる力」といった言い回しは、防衛に本当に必要な課題から目をそらしやすい。米国の態度変化は、欧州が自立した防衛体制へ本気で転換するほどの衝撃だったのだろうか。ウクライナ戦争後に「時代の転換(Zeitenwende)」とまで言われたにもかかわらず、欧州が本当に変わったのかには疑問が残る。
EUは「力の言語(=軍事力や威圧で物事を動かすやり方)」を学ぶべきか
EUの経済成長は長らく力強さを欠き、停滞が続いている。依存関係はむしろ深まっている。先端技術は米国に、重要鉱物は中国に、化石燃料は専制的な体制の国々に頼る。欧州は内向きの思考から抜け出せていない。欧州中央銀行(ECB)総裁を務めたマリオ・ドラギも、EUの競争力不足と生産性の低さを弱点として指摘した。だが、米中と経済・軍事の主導権争いを演じ合うことは、本当にEUにとって現実的な戦略なのか。欧州は、この地政学競争で「米中に次ぐ“第3の柱”」になるべきなのか。
欧州が「軍事力や威圧で物事を動かすやり方」を学ぶ必要はない(そうすべきだという主張が強まっているとしても)。まして軍事力の言語など不要である。世界政治に、力で押し切る威圧的な主体がもう一つ増える必要はない。求められるのは謙虚さであり、第三極として地政学競争に参加しようとする野心ではなく、別の経済モデルである。EUは、市場万能主義を強め帝国主義的色彩を帯びつつある米国と、権威主義的な中国のどちらかを選ぶ必要もなければ、両超大国に追いつこうとする必要もない。
もちろん、保護主義的な関税を掲げる米国の経済政策は無視できない。同様に、必要とあれば重要なサプライチェーンさえ攪乱して世界的影響力を得ようとする中国の政策も、各国に影響を及ぼす。研究が示すとおり、覇権国は経済力を使った圧力を自国の利益のために用いたくなる。トランプはその熱心な推進者であり、中国もまた躊躇しない。依存する国々は、条約を結んだとしても、こうした圧力を完全に無力化することはできない。だからこそ、勢力圏争いに加わり「力の言語」で対抗するのではなく、貿易手段など欧州の強みを賢く用いるべきである。欧州は無力ではない。
カナダのマーク・カーニー首相がダボスで述べたように、欧州が「中堅国(ミドルパワー)」としての立場を目指して何が悪いのか。中堅国は、対等な立場で他の中堅国―とりわけグローバル・サウスの国々―と協力することで、現下の環境でも主体的に行動し、自らの利益を追求できる。重要なのは自由貿易だけではない。各国が一方的に不利にならない、公正な貿易である。
外部の大国への依存を減らすには、欧州は産業の形を作り替え、再生可能エネルギーの比率を高めるべきだ。域内市場の強化も必要である。自らの価値を守るのであれば、強固な福祉国家(かつての北欧諸国のような)を築くことが極めて重要だ。これこそが、大国の影響を抑え、大国に左右されない政治判断を維持し、右派的潮流(=排外主義・権威主義の広がり)から民主主義を守るための最良の土台となる。
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ヘルベルト・ヴルフは国際関係論の教授であり、ボン国際紛争研究センター(BICC)の元所長である。現在は同センターのシニアフェローを務めるほか、ドイツのデュイスブルク/エッセン大学・開発と平和研究所の上級客員研究員、ニュージーランドのオタゴ大学・平和紛争研究国立センターの研究アフィリエイトも務めている。また、ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)の科学評議会メンバーでもある。
Original URL: https://toda.org/global-outlook/2026/nato-is-falling-apart-the-eu-is-faltering-good.html
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