【トロントIPS=ファルハナ・ハク・ラーマン】
例年の「年末総括」記事は、この1年に起きた世界的災害や危機を重たい調子で振り返り、IPSのパートナーや寄稿者の取り組みを紹介したうえで、最後はやや明るい結びで締めくくられるのが通例である。だが今回は、比喩にもなる個人的な出来事から始めたい。

11月20日、ブラジル・ベレンで開かれていた国連気候会議COP30では、化石燃料ロビーに翻弄されながら各国代表が最終文書をめぐって駆け引きを続け、会期延長も避けられない様相を呈していた。そのさなか、会場のコンベンションセンターで火災が発生した。場内は炎と混乱に包まれ、緊張が走った。
数千人が出口を求めて動くなか、若いバングラデシュ人外交官が私に気づいた。彼は我先にと人波に加わるのではなく、混み合う群衆の間を縫って私を安全な場所へと導いてくれた。危機の瞬間、人は思いがけない形で助け合える。そのことを示してくれたアミヌル・イスラム・ジサンに感謝したい。
幸い死者は出なかった。協議は再開され、締約国会議(COP)のプロセスも、気候危機の抑制に向けた小さな前進と解釈し得る最終文書の採択という形で、ひとまず持ちこたえた。もっとも、危機の主因である化石燃料についての言及は、なお婉曲な表現にとどまった。

COPの存続は盤石ではなかった。ドナルド・トランプ大統領が米国の不参加を指示し、9月の国連総会演説で気候変動を「史上最大のペテン」と切り捨てたためである。
だがベレンへの不参加は、国際的地位という点で、むしろ米国自身により大きな損失をもたらした。トランプがヨハネスブルグで並行開催されていたG20協議も回避したことで、米国の評判はさらに傷ついた。その「傷口に塩を塗る」形となったのが、G20議長国のシリル・ラマポーザ大統領の落ち着いたリーダーシップである。米国の反対をよそに、気候危機を含む世界的課題に取り組む宣言の採択へと議論を導いた。
振り返れば、この1週間が「米国の時代」に静かに終止符を打ったのかもしれない。予測不能、混乱、暴力、そして制度化された残酷さ―それらは、2025年に一段と進んだ単独主義と保護主義への劇的な転回を告げる兆候である。

10月11日に米国仲介のイスラエルとハマスの「停戦」が始まって以降、子どもを含む数百人のパレスチナ人が殺害された。ロシアによるウクライナの民間人を標的とした空爆も続き、就任初日に戦争を終わらせられると豪語したトランプの、場当たり的な終戦工作をあざ笑うかのように、被害を積み重ねている。
トランプが1月に命じた米国援助の大幅削減は、「世界的な人道的大惨事を助長した」と、国連人権理事会が7月31日の声明で指摘した。貧困、食料、人権に関する2人の独立専門家の見解を引用し、理事会はこう述べた。「援助削減に起因する死者は、すでに35万人以上と推計され、そのうち20万人以上が子どもである。」
西スーダンの紛争で飢饉は拡大し、資金不足は南スーダン向けの重要な国連支援の削減にもつながった。ミャンマーでは「忘れられた内戦」が続くなか、国連世界食糧計画(WFP)は資金不足を理由に、100万人以上への救命支援を打ち切った。

市民社会の国際ネットワークCIVICUSは、紛争、気候危機、民主主義の後退といった複合危機が、国家が解決できない、あるいは解決しようとしない問題に対応するための国際機関の能力を超えつつあると警告する。米国が国際機関から距離を置く動きは、国際協力の危機をさらに深刻化させかねない。
しかし、CIVICUSの「2025年版 市民社会の現状報告書」が示すように、市民社会は国連を「人々を中心に据える」ことで立て直すための構想を持っている。COP30では、オープン・ソサエティ財団のビナイフェル・ノウロジー総裁がこの方向性に賛同し、先住民やアフロ系コミュニティの声を可視化し、人権を気候行動の中核に据え直したとして、ブラジルの民主的リーダーシップを評価した。

急速に揺れ動く世界秩序のなかで、ノウロジーは、尊厳と公正、そして地球の保護に根ざした新たな発想とビジョンを携え、グローバル・サウスが前面に出つつあるとみる。
COP30でまとまった合意のなかで、最も重要なのは「公正な移行メカニズム(Just Transition Mechanism)」だろう。世界のグリーン経済への移行を公平に進め、労働者、女性、先住民を含むすべての人々の権利を守ることを目的とする。
太平洋共同体(SPC)の気候変動・持続可能性ディレクター、コーラル・パシシはCOP30で、気候変動の影響が急速に深まる島嶼国にとって事態がいかに危機的であるか、そしてベレンで実質的な前進がいかに切実に求められていたかを強調した。損失と損害(Loss and Damage)への先進国の資金支援を強化する必要性も訴えた。

南アジアやアフリカで政権を揺さぶったZ世代のデモも、より公正な将来像を掲げて存在感を強めている。抗議の矛先は、既得権化したエリート層における縁故主義と腐敗である。昨年バングラデシュでは、デモ隊が銃弾にさらされた。9月に政権が退陣に追い込まれたネパールでも、タンザニアでも、同様の暴力が報告され、タンザニアでは数百人が殺害されたとも伝えられた。今年はインドネシア、フィリピン、モロッコでも、Z世代の抗議が政治情勢を揺らした。
スウェーデンの研究者ヤン・ルンディウスはIPSにこう記した。「これらの抗議行動は、個別の出来事が引き金となったとしても、根底には深刻な富の格差、蔓延する縁故主義、際限のない腐敗という、長年にわたり共有されてきた不満があった。とりわけ若者は、富裕で信用を失った政治エリートを支える権力世襲の有力者に抗議したのである。」
紛争と気候災害が重なれば、子どもの教育には長期的に深刻な影響が及び得る。IPSが支援する「Education Cannot Wait(ECW)」や「学校の安全に関する宣言(Safe Schools Declaration)」などの取り組みは、危機の影響下にある子どもに質の高い包摂的教育を届け、貧困と不安定の長期的な連鎖を断ち切ることを目指している。
10月にカリブ海を襲ったハリケーン「メリッサ」は、政府が早急に介入しなければ、気候変動に伴う教育喪失によって、ラテンアメリカ・カリブ地域の子どもと若者590万人が2030年までに貧困に追い込まれる恐れがある―というUNICEFの警鐘を改めて想起させた。
世界銀行は、ハリケーン「メリッサ」によるジャマイカの被害額(物的損害)を約88億ドル、すなわち同国の2024年GDPの41%に相当すると推計した。

一方で、気候変動、自然喪失、食料安全保障の不可分のつながりを各国政府が過小評価、あるいは無視しているとも警告されている。生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学政策プラットフォーム(IPBES)は、ナミビアのウィントフックで約150か国が承認した最新評価で、生物多様性は人間活動を主因として、あらゆる地域で減少していると指摘した。
食料安全保障に取り組む国際研究パートナーシップCGIARも、創設から約50年を経た今日、気候変動や生物多様性の損失、新たな紛争といった課題への対応を迫られ、創設当時とはまったく異なる環境に直面している。CGIARの主任科学者サンドラ・ミラッハ博士によれば、重点の一つは、5億人の小規模生産者の気候への適応力(レジリエンス)を高め、生計を守りながら安定的な所得向上につなげることである。
年末総括が年末年始の祝祭期を前に書かれる以上、今年ニュースを賑わせた主要な宗教指導者に触れずに終えるわけにはいかない。


近代で最も率直な教皇の一人とされたフランシスコ教皇は、復活祭翌日の月曜日に死去した。シカゴ生まれのロバート・フランシス・プレヴォスト(69)が後継となり、北米出身として初の教皇に選出された。レオ14世を名乗った新教皇は、ガザ戦争の「野蛮」を終わらせるよう呼びかけ、気候変動懐疑論を批判した。COP30では各国首脳に対し、緊急の行動を促した。
チベット仏教の精神的指導者ダライ・ラマは、インド亡命中に90歳を迎え、世界の平和を呼びかけた。支持者の注目を集めたのは、自身が転生する意志を明確にし、後継者を見いだす権限は信頼する側近の僧侶グループにのみあると示したことだ。中国は直ちにこれを退け、後継者は北京の承認を得なければならないと述べた。
2025年、世界は第二次世界大戦の終結から80年を迎えた。創価学会の原田稔会長は、幼少期に経験した東京大空襲を回想し、戦争の惨禍を二度と繰り返させないという組織の決意を表明した。(原文へ)
ファルハナ・ハク・ラーマンは、国際通信社IPS副総裁兼米エグゼクティブ・ディレクター。2015~2019年には当通信社の事務総長を務めた。ジャーナリストでありコミュニケーション分野の専門家でもある。国連食糧農業機関(FAO)及び国際農業開発基金(IFAD)の元上級職員。
INPS Japan/IPS UN Bureau Report

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