SDGsGoal5(ジェンダー平等を実現しよう)なぜ「集合的癒やし」が平和構築の中核なのか

なぜ「集合的癒やし」が平和構築の中核なのか

【バンガロール(インド)IPS=サニア・ファルーキ】

戦争と抑圧が残すものは、瓦礫と墓標だけではない。目に見えない傷――生存者が抱える深い心のトラウマ――が残る。そして多くの場合、その最も重い負担を背負うのは女性たちである。女性は単に性別ゆえに狙われるだけではない。生き延び、リーダーとなることが、家父長制と支配構造にとって脅威となるからだ。

エジプトのフェミニストであり、平和構築者、そして「ナズラ女性学研究所」創設者のモズン・ハッサン氏は、IPSのインタビューに対して、長年問い続けてきた疑問――「なぜ紛争時にいつも女性が攻撃されるのか」――について語った。その答えは静かだが重い。「女性は生命を再建する力を持っているからです」と彼女は言う。

「女性に対する暴力は決して偶然ではありません。それは体系的なものです。支配し、沈黙させ、女性が立ち上がり、抵抗し、別の未来を創る力を奪うためのものなのです。」

Soundus, a young girl being treated in hospital for injuries from Israeli shelling of Gaza (August 2014). Credit: Khaled Alashqar/IPS
Soundus, a young girl being treated in hospital for injuries from Israeli shelling of Gaza (August 2014). Credit: Khaled Alashqar/IPS

国連経済社会局(UNDESA)の報告書によると、2024年には武力紛争で殺害された女性の割合が倍増し、民間人犠牲者全体の40%を占めた。また、「6億人以上の女性と少女が紛争影響地域に暮らしており、これは2017年比で50%の増加である」と報告している。人道危機にさらされた人々のほぼ全員が心理的苦痛を経験し、5人に1人がうつ病、不安障害、PTSD(心的外傷後ストレス障害)、双極性障害、統合失調症などの長期的な精神疾患を発症している。「必要な支援を受けられるのはわずか2%にすぎません」と報告は指摘する。

国際平和研究所(IPI)の報告書でも、2020年と2024年の国連平和構築アーキテクチャ再検討において「悲嘆、うつ、ストレス、トラウマといった戦争の心理的影響が、個人・家族・地域社会の中で放置されたままでは、平和な社会は成り立たない」と強調されている。

集合的癒やしの力

ハッサン氏は、難民キャンプや戦争地域における女性たちの間で「ナラティブ・エクスポージャー・セラピー(NET/語りによる暴露療法)」を導入した先駆者である。個人カウンセリングを中心とする従来型の心理療法と異なり、NETは「集合的癒やし」と「連帯」に焦点を置く。

「ナラティブ・エクスポージャー・セラピーは、地域コミュニティ心理学の手法の一つです。個人中心ではなく、集団的なトラウマに基づくアプローチを重視します」と彼女は説明する。「集団の場に身を置くことで、経験の共有と連帯が生まれ、地域社会自体が回復力を持てるようになるのです。そうなれば、彼女たちは専門家など“上からの存在”に頼らず、自分たちの力で前に進めます。」

ハッサン氏によれば、この手法はレバノンやトルコの難民キャンプにいるシリア、パレスチナ、レバノンの女性たちにおいて効果を上げてきた。5〜6日間のワークショップで、参加者たちは自身の物語を語り直しながら、互いの経験に力を見出し、戦争の現実を記録する知識とデータを共に築いていく。

彼女はこう回想する。「キャンプの女性たちは、多くが異なる民族や宗教の少数派でしたが、自分の体験を語るだけでなく、他者の物語を聞くことで力を得ました。そうして、本来なら失われていたはずの回復力が育まれたのです。集団での癒やしでは、人々は痛みに独りで向き合うことがありません。連帯と、回復するための手段を得るのです。」

UN Photo
UN Photo

トラウマと癒やしの現実

ハッサン氏は「トラウマは単一の経験ではない」と指摘する。
「研究によると、トラウマに直面した人のうちPTSDを発症するのは20〜25%にすぎません。『トラウマを経験した人は全員PTSDになる』という誤解が広まっていますが、それは事実ではありません。集合的アプローチはより現実的で、資源が限られる女性支援の現場でも有効です。」

何よりもNETは、女性たちが前に進むための力と方法を与えてきた。
「トラウマは一夜にして起きるものではなく、積み重ねです。癒やしも同じです。『病んでいたけど、もう治った』という話ではありません。癒やしとは過程です。再び心が揺さぶられても、最初の地点には戻らない。自分で『あのときの自分には戻りたくない』と言えるようになる――それが本当の癒やしです。」

「平和」とは何かを問う

ハッサン氏にとって、フェミニストによる平和構築の核心的な問いの一つは、「なぜ女性が戦争や革命、そして『平時』でさえ攻撃されるのか」ということだ。

「平和構築を『戦争が終わった後の話』としてだけ考えるのをやめなければなりません」と彼女は主張する。「家父長制、軍事化、安全保障化、社会的暴力――これらすべてが日常的に暴力を正当化しています。安定と平和は同義ではありません。」

Egyptians gather in Tahrir Square on Jun. 2. Credit: Gigi Ibrahim/CC BY 2.0
Egyptians gather in Tahrir Square on Jun. 2. Credit: Gigi Ibrahim/CC BY 2.0

彼女はエジプトをその一例として挙げる。「エジプトはシリアやスーダンのような内戦こそありませんが、構造的なジェンダー暴力が存在します。人口は1億人を超え、その半分が女性です。公式統計では、家庭内暴力は60%超、性的嫌がらせは98%超。女性殺害も増加しています。これは『集団的トラウマの生産』であり、暴力の受容を生み出しています。」

彼女は2011年の革命を思い起こす。「タハリール広場で目にした集団レイプや暴行は、社会的暴力の産物でした。長年の嫌がらせと暴力の容認が、ジェンダーに基づく暴力の爆発を招いたのです。」

「戦争がない=平和」ではない

ハッサン氏の警鐘は鋭い。「爆弾が落ちてこないからといって、それが平和だとは限りません。他国から攻撃されていないというだけで『平和に暮らしている』と考えるのは誤りです。戦争の不在は平和ではありません。」

癒やしは政治や責任追及と切り離せないと彼女は強調する。「癒やし=忘れること」ではない。

「許す、手放すには時間がかかります。自分を傷つけた相手と同じテーブルにつけない人も多いでしょう。でも、それは私たちの世代ではないかもしれません。少なくとも次の世代に、私たちよりも少し良い日常を残せればいい。」

責任追及は安定の前提条件でもある。「復讐の思いに囚われたままでは安定は得られません。エジプトにおける集合的癒やしには、責任追及、受容、そして構造的変革が必要です。」

「政治」を取り戻すフェミニズム

また彼女は、フェミニスト運動を「非政治化」しようとする傾向を批判する。
「政治とは議会にいることだけを意味しません。どこであっても、変革のためのフェミニスト的実践が政治なのです。『私たちは政治的ではない』と言わされてきた結果、多くの女性が政治的関与の場から排除されてきました。」

希望と現実

抑圧とトラウマの中でも、女性たちは驚くほどの回復力を示していると彼女は言う。
「女性たちの持つ回復力の道具――それこそが私に希望を与えてくれます。すべてを失いながらも社会を再建し、どこへ行っても変革を生み出すシリアの女性たちに、その力をはっきりと見ました。彼女たちの“回復力の蓄積”こそ、私の希望なのです。」

しかし同時に、ハッサン氏は「女性の強さ」を美化する物語には慎重だ。
「私たちは常に強くある必要なんてないのです。本来、自由で、幸せで、強さを発揮しなくても生きられる社会であるべきです。けれど残念ながら、今の時代は“強さ”を要求する時代です。」

モズン・ハッサン氏の言葉は、私たちに「平和とは何か」を改めて問いかける。平和とは停戦や合意のことではなく、家父長制・暴力・トラウマの根本に向き合う挑戦である。癒やしは政治であり、責任追及は不可欠であり、女性と共に再建することが未来への鍵だ。

彼女の言葉を借りれば――
「許しを得るのは私たちの世代ではないかもしれない。でも、私たちより少しでも良い日常を次の世代に残すことはできる。」

そのビジョンは厳しくも希望に満ちている。平和は明日すぐに訪れないかもしれない。だが、女性たちが回復力を築き、自尊心を貫き続ける限り、その道は閉ざされていない。(原文へ

サニア・ファルーキは独立ジャーナリスト、『The Peace Brief』の司会者。女性の声を平和構築と人権の領域で伝える活動を行っている。これまでCNN、Al Jazeera、TIMEなどで勤務。

IPS UN Bureau Report.

関連記事:

東京で沈黙を破る―ドキュメンタリー『ジャラ』を通して核の傷と向き合うカザフ人映画監督

女性と戦争:暴力の犠牲者、そして平和の声

軍事紛争の射程圏内に暮らす女性、過去最多に

最新情報

中央アジア地域会議(カザフスタン)

アジア太平洋女性連盟(FAWA)日本大会

2026年NPT運用検討会議第1回準備委員会 

パートナー

client-image
client-image
client-image
client-image
Toda Peace Institute
IPS Logo
The Nepali Times
London Post News
ATN

書籍紹介

client-image
client-image
seijikanojoken