SDGsGoal13(気候変動に具体的な対策を)氷河湖拡大、決壊リスクの下で暮らすヒマラヤの村々

氷河湖拡大、決壊リスクの下で暮らすヒマラヤの村々

マナンの村々は、決壊の危険を抱える氷河湖の直下に暮らす

【マナンNepali Times=ドゥルガ・ラナ・マガル】

1月の淡い陽光を受け、湖面を覆う淡い緑色の氷が鈍くきらめく。半透明の凍結面の下には、暗い水が透けて見える。ネパール中部、マナスル山麓に広がるトゥラギ氷河湖(Thulagi Glacial Lake)である。気候温暖化の影響で拡大しており、ヒマラヤの氷河湖の中でも危険度が高い湖の一つに数えられる。

The Nepali Times
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標高は4,050メートル。息をのむような景観が広がる一方で、その美しさは、拡大する湖が下流のマルシャンディ渓谷にもたらし得る脅威を覆い隠している。湖は全長4・5キロのトゥラギ氷河の末端に位置し、地元グルンの人々は「ドナ・タル(Dona Tal)」と呼ぶ。出現は1960年代にさかのぼるという。47歳の地元ガイド、チャンドラ・バハドゥル・グルン氏は、約20年にわたりトレッカーをここへ案内してきた。

Yaks graze below Thulagi Himal (7,059m) and Mt Manaslu (8,163m) along the Dona Khola that drains the lake.
トゥラギ・ヒマール(7,059m)とマナスル(8,163m)の麓を流れるドナ・コラ(Dona Khola)の周辺では、ヤクが草をはんでいる。

マナンのトゥラギ氷河湖は、気候変動の影響による決壊洪水(GLOF)の危険が指摘され、ネパールでリスクが高いとされる47の氷河湖の一つに数えられている。

「ドナは昔は小さかったが、いまは大きくなった。」グルン氏は、後退し縮小した氷河を指さしながら説明する。かつてはトレッカーも氷河の反対側へ回り込むことができたが、現在は氷河が池状の水たまりに覆われ、モレーン(堆積地形)から落下する岩も増え、危険が増しているという。

そして、淡々とこう付け加える。「この湖はいずれ、遅かれ早かれ決壊するだろう。」

トゥラギ湖を20年間案内してきた地元ガイド、チャンドラ・バハドゥル・グルン氏。

カトマンズに本部を置く国際総合山岳開発センター(ICIMOD)は、過去20年にわたりトゥラギ湖を調査してきた。1960年代の地形図や初期の衛星画像を見ると、当時の湖は現在よりはるかに小さかったことが分かる。

1994年、マルシャンディ水力発電プロジェクト建設時に、ドイツ地質・天然資源研究所とネパール水文気象局が湖を測量したところ、すでに湖の長さは2kmに達していた。近年の調査では、その後も拡大を続け、面積は現在1平方kmを超えたとされる。

ICIMODは2020年、湖の規模、地すべりや雪崩の可能性、そして「氷を核に持つモレーン堤」が徐々に崩壊していくリスクなどを理由に、ネパールとチベットにまたがる危険な氷河湖の一つとしてトゥラギを挙げた。

2018年には、ウメシュ・K・ハリタシャ(Umesh K Haritasya)氏が率いる氷河学者チームが、トゥラギ、ロウアー・バルン(Lower Barun)、イムジャ(Imja)の3つの氷河湖の変遷を扱った学術論文を発表した。1976年時点でも、トゥラギはクンブ地域のイムジャ氷河湖の2倍、ロウアー・バルンの6倍の規模があったという。チームは湖の深さを79mと測定し、水量は3,610万m³に達すると推計した。

Local guide Chandra Bahadur Gurung has been taking trekkers up to Thulagi Lake for 20 years.
Local guide Chandra Bahadur Gurung has been taking trekkers up to Thulagi Lake for 20 years.

その後、トゥラギは他の2湖に比べると増加ペースが緩やかだとされる。周囲の山の影で日射が抑えられること、狭い谷地形のため氷河の崩落(カービング)が相対的に少ないことが理由に挙げられている。

それでも、トゥラギが決壊洪水(GLOF)を起こせば、マルシャンディ川沿いの4つの水力発電事業と、ベシサハール(Besisahar)やドゥムレ(Dumre)などの集落に重大な危険をもたらすとして、科学者や専門家は長年警鐘を鳴らしてきた(地図参照)。

湖の水はドナ・コラへ流れ込み、やがてマルシャンディ川へ合流する。そのドナ・コラでは、49.9MWのドナ・コラ水力発電プロジェクトが、総事業費100億ルピーで建設中である。さらに同じ川で、42MWの「スーパー・ドナ・コラ」プロジェクトも計画されている。

「氷河湖決壊の引き金になり得る要因の一つは、急峻な側方モレーンだ。急速に融解する永久凍土によって弱体化する可能性がある」。2018年研究チームに参加したリーズ大学研究者スコット・ワトソン(Scott Watson)氏はそう話す。

住民は、まさにワトソン氏が指摘する変化を目撃している。数年前まではトゥラギの源流部に比較的容易に到達できたが、いまは氷や落石が増え、危険が高まっているという。

The 50MW Upper Marsyangdi Hydropower Project station in Lamjung. A Thulagi Lake outburst would damage four hydropower projects on the Marsyangdi and its tributaries.
ラムジュンにある50MWのアッパー・マルシャンディ水力発電所。トゥラギ湖が決壊すれば、マルシャンディ川本流および支流の4事業が被害を受ける恐れがある。
GLOF(氷河湖決壊洪水)警報

氷河学者のリジャン・バクタ・カヤスタ(Rijan Bhakta Kayastha)氏は1994年からトゥラギを研究しており、湖の末端モレーンが「上部は岩混じりの土壌、内部(核)は氷」という構造であることを突き止めたチームの一員でもある。

2020年、カヤスタ氏のチームは、想定されるGLOFの流下経路をモデル化した研究を公表した。湖が決壊した場合、洪水は2.5時間でダラパニ(Dharapani)に到達し、39km下流のバフンダンダ(Bahundanda)には4時間で達すると推定した。

洪水の波高はダラパニで13.7m、最も危険とされるタール(Taal)に達する時点では15mになるという。タールは、マルシャンディ川面からわずか数メートルの高さに位置するため、被害を受けやすい。

ただし研究は、次のようにも結論づけている。「トゥラギ氷河湖の規模と堤の大きさを考えると、落石や雪崩によってモレーン堤が破堤する可能性は低い。ただし地震や気候変動の影響については別途研究が必要である。現時点で、この氷河湖が直ちに、あるいは差し迫って決壊する兆候はない。」

2021年の記憶

マナン渓谷の住民の多くは、2021年にマルシャンディ川で起きた洪水の記憶をいまも引きずっている。洪水では、チャメ(Chame)やダラパニ、ナソ(Naso)、タールなどで家屋や集落の一部が流された。

ダラパニでマルシャンディ川沿いに育ったカマルカリ・グルン(Kamarkali Gurung)さんは、穏やかだった川が一変し、猛威を振るうとは想像もしなかったという。貯金を投じ、17室の3階建ての宿を建てた。洪水が襲った6月の夜、家族はたまたま外出していたが、宿は濁流にのまれた。

「スプーン一本すら残らなかった。すべて消えた」。カマルカリさんはそう語る。「宿を失うのは、愛する人を失うのと同じくらいつらかった。いまはマルシャンディ川が私の家の中を流れている。もう戻れない。」

〈生存者〉カマルカリ・グルンさんの宿は2021年の洪水で流失した。現在はダラパニの借家で宿を続けている。

同じくホテル経営者のスレンドラ・グルン(Surendra Gurung)さんも、洪水当夜ダラパニにいた。村へ押し寄せる轟音を、今も鮮明に覚えているという。「生きるか死ぬか分からなかった。」

シランタル(Sirantal)村は川面からわずか10mの場所にあり、洪水で壊滅した。32人が軍のヘリコプターで救助され、住民の多くは現在タールへ移転している。

シンハ・バハドゥル・グルン(Singha Bahadur Gurung)さんは20年間ロッジを営んでいた。

その一人、シンハ・バハドゥル・グルン(Singha Bahadur Gurung)さんは、シランタルで20年間ロッジを営んでいた。
「買う必要があったのは米くらいだった。シランタルの土はそれほど肥沃だった」と振り返る。

いま、彼の村があった場所をマルシャンディ川が流れている。「洪水以来、6月から8月に雨が降るたびに恐怖を感じる」

2021年の洪水は雨期に発生し、流域を襲った異例の豪雨が原因だった。しかし、もしマルシャンディ川で氷河湖決壊洪水(GLOF)が発生すれば、被害はさらに壊滅的になる可能性がある。

タールでホテルを営むロシュニ・ガレ(Roshni Ghale)さん(46)は、洪水で近隣の家々が飲み込まれるなか、家族とともに近くの洞窟へ逃げ延びた。「洪水後の半年間は生活を立て直すのに必死で、空腹のまま眠る夜も何度もあった」と振り返る。洪水から4年が経ち、観光は徐々に回復しているが、共同体の心の傷はいまも癒えていない。

ロシュニ・ガレさんは、2021年の洪水後、タールでホテルを再建するのに6か月を費やした。洪水から4年が経ち、観光は着実に回復している。

洪水後、政府は住民の移転・再定住について協議を始めたが、いまのところ「空約束」に終わっている。そもそも、観光業で生計を立ててきた経験豊富な宿主が多いこの地域で、人々は先祖代々の土地と共同体を離れ、別の場所で一からやり直すことに消極的だ。

2021年の洪水で被災したシランタルなどの住民の多くは、上流側のタールへ移転した。しかし、そのタール自体も同年の雨期洪水の被害を受けている。

シランタルなどの村々でマルシャンディ川の2021年洪水を生き延びた住民の多くは、上流にあるタール村へ移り住んだ。しかし、そのタールも同じ2021年のモンスーン洪水で被害を受けている。
防災の現実

マナンを含むネパール各地では、氷河湖決壊洪水(GLOF)のリスク評価や被害想定が重ねられ、警告も発せられてきた。にもかかわらず、マルシャンディ川沿いとタールに早期警報システムが設置されたのは、2021年になってからだった。

しかし、それ以外の備えは十分とは言えない。専門家は、早期警報と防災体制はマルシャンディ流域だけでなく、トゥラギ湖そのものと周辺でも不可欠だと指摘する。

住民の間でも、谷の奥で拡大する湖がもたらす危険への認識は高まりつつある。一方で、世代を超えて暮らしてきた家や共同体を離れることには強い抵抗がある。ドナ・コラの水力発電事業は雇用を生み、地元自治体はトゥラギ湖までのハイキング道を整備しており、湖は観光資源にもなりつつある。

「マナンでは雪が減り、雨が増えた。マルシャンディ川は流路を変え、予測が難しくなっている」。トゥラギが位置するナソ農村自治体ワード1の議長、ミン・ラシ・グルン(Min Rashi Gurung)氏はそう語る。

一方で、支援の動きも出てきた。グリーン・クライメート・ファンド(GCF)は2025年、トゥラギを含む5つの氷河湖でGLOFリスクを低減するため、3,610万ドルの無償資金協力(グラント)を承認した。事業は政府と国連開発計画(UNDP)が運営する。

ネパール水文気象局のディンカル・カヤスタ(Dinkar Kayastha)氏によれば、事業は次の会計年度に開始され、イムジャ湖やツォ・ロルパ(Tso Rolpa)で行われたのと同様に、トゥラギを含む4つの氷河湖で水位を下げるなどの対策が実施される予定だという。

Original URL: https://nepalitimes.com/multimedia/hotter-himalaya-melts-glaciers

INPS Japan/Nepali Times

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