【トロントIDN=S.チャンドラー】
ジョージ・W・ブッシュ大統領が「テロとの戦い」を宣言してから10年が経過するが、この戦いを包括的に分析した最初の報告書が米国で公表された。同報告書は「アフガニスタン、イラク、パキスタンにおいて遂行された戦争は、たいした民主主義の進展をもたらさなかったにも関わらず、これまでに少なくとも225,000人の男女兵士が命を失った。またこの戦争は、米国に最大4兆ドルの財政負担を強いることになるだとう。」と結論付けている。
これら3つの戦争がもたらした夥しい犠牲(人的、経済的、社会的、政治的コスト)の規模を分析した報告書は、ブラウン大学ワトソン国際関係研究所を拠点にしたアイゼンハワー研究プロジェクトが発表した。報告書は、「もしこれらの戦争が継続すれば、米国国防総省は2020年までに少なくとも新規に4500億ドルの支出を余儀なくされるだろう。」と警告している。
「戦争の代償」と題した同研究所のプロジェクトには、20人を超える文化人類学者、法律学者、人道支援要員、政治学者が参画し、9・11同時多発テロ事件後に米国が遂行した戦争が米軍にもたらした総経費のみならず、直接的・間接的にかかった人的・経済的コストを分析した。
このプロジェクトは、米軍、同盟勢力、及び米国企業との契約スタッフを含む民間人の犠牲について包括的な分析を行った最初の試みである。また、報告書には、戦争に関連した負債にかかる利子や従軍兵士に対する補償費用など戦争にともなう隠されたコストについても評価分析をおこなっている。
研究チームを率いたのはブラウン大学で文化人類学と国際関係を教えているキャサリン・ルッツ教授と、同大学出身でボストン大学政治学教授のネータ・クロフォード博士である。
アイゼンハワー研究プロジェクト報告書「戦争の代償」の要旨は以下のとおりである。
-米国にとってアフガニスタン、イラク、パキスタンでの戦争にかかる経費は、従軍負傷兵に対する医療保障費も含めて3.2兆ドル~4兆ドルになるだろう。ただしこの見積もりには、戦争関連の負債に対して発生する利子分は含まれていない。
-イラク人、アフガン人保安要員並びに米国との同盟関係にある軍事要員を含む軍人及び民間軍事契約業者の犠牲者は、これまでに31,000人を超えている。
-イラクとアフガニスタンにおいて戦闘に巻き込まれて死亡した民間人の数は、かなり控えめに見積もっても137,000人にのぼる。
-戦場となったイラク、アフガニスタン、パキスタンで発生した難民の総数は780万人を超える。
-米国国防総省が計上している予算は、その他の諸項目で予算計上されている実際の戦争関連予算の半分に過ぎない。また、戦争がもたらす経済的コストの総額から見れば、ほんの一部分でしかない。
-戦争の経費は大半を諸外国からの借金で賄っている(クリントン元大統領発言)ため、すでに1850億ドルの利子が戦争経費として支払われている。そして2020年までには利子だけでさらに1兆ドルが発生する見込みである。
-これらの戦争に関連した従軍兵士に対する連邦政府の補償費は6000億ドル~9000億ドルに達する見込みである。こうした保障費は、これらの戦争経費を分析したほとんどの報告に含まれておらず、しかも支出のピークは今世紀の中旬になる見込みである。
「このプロジェクトで採用している算出方法は、一般国民に対して外交問題に関する情報開示を民主的に行う上で極めて重要です。一般国民、議会、大統領がアフガニスタンにおける駐留軍の削減や、財政赤字、安全保障、公共投資、復興計画など様々な政策を慎重に検討するにあたり、これらの戦争にかかっている現実の経費を把握していることが不可欠なのです。」とルッツ教授は語った。
「戦争に伴う経費や影響については、数値化できないものもたくさんあります。とりわけ戦争がもたらす影響は戦闘が止めば解決するものではありません。そこでアイゼンハワー研究グループでは、失われた生命、財産、機会など目に見える影響のみならず、戦闘終息後も問題が拡大し続けるような事象も調べ上げ、戦争のコストとして積算することから着手したのです。」
アイゼンハワー研究プロジェクトは、非営利、無党派の学術的な新イニシャチブで、その活動目的は1961年のドワイト・D・アイゼンハワー大統領の退任演説の中にあるとしている。アイゼンハワー大統領は同演説の中で、軍産複合体による「正当な権限のない影響力」について警告するとともに、「軍産複合体を油断なく警戒し続ける見識ある市民社会」こそが、民主主義国家において、安全保障と自由という度々矛盾し合う要求をバランスよく発展させていく力となると訴えた。(下の映像資料参照)
同報告書は、「大統領は、米国民と国際社会に対して、米国はアフガニスタンから一部兵力を撤退させるとともに、イラクからの撤退作業も継続するが、戦争そのものは今後も数年にわたり継続されると明言している。一方で、これらの戦争がいかにして始まったのか、そしてそもそも避けられない戦争だったのかについての議論が専門家の間でも続いている。」と記している。
また報告書は、「米軍の戦死者数(約6,000人強)についてはよく知られているが、驚くべきことに、従軍した傷病者数の規模について殆ど知られていない。復員軍人局(VA)に登録された復員軍人の傷病者数は、昨年の秋だけでも550,000人にも及んでいる。一方、民間軍事契約業者に関する要員の死傷規模については、把握もされていない。)と記している。
「アフガニスタン、イラク、パキスタンでは、これまでに少なくとも137,000人の民間人が紛争に巻き込まれて命を落としており、今後もさらに死者は増えるだろう。」と報告書は警告している。また、米国が国軍に対して資金・武器を提供し軍事訓練を施したパキスタンでは、この戦争により隣国アフガニスタンと同規模の死者を出している事実を、この報告書は指摘している。
報告書は、軍人民間人をとわずこの戦争で命を落とした犠牲者の総数については、控えめな見積もりを積算して22万5千人と記している。
「それに加えて、数百万人もの人々が家を追われ難民となり、極めて厳しい生活環境に置かれている。こうした難民の総数は約7,800,000人にものぼり、合衆国の人口に当てはめればコネチカット州とケンタッキー州の全住民が家を逃れて難民と化している状況に相当する。」と報告書は指摘している。
浸蝕される市民的自由
また報告書は、「アフガニスタン、イラク、パキスタンにおける戦争が進展するなかで、米国国内では市民的権利が浸蝕され、海外においては人権が侵害されたと記している。
「これらの戦争がもたらした人的、経済的コストは、今後数十年に亘って米国の納税者にのしかかってくるだろう。しかもコストの中には今世紀中頃に支出のピークを迎えるものも含まれている。こうした戦争コストは、様々な予算のなかに埋め込まれており、国民の目には見えにくいものとなっている。このことが米国内で戦争コストの問題があまり議論されてこなかった背景にある。」と同報告書は記している。
「例えば、大半の人々は、米国国防総省に対する戦争関連の予算配分が、戦争遂行のための予算と考えがちである。しかし実際の戦争関連経費はその2倍にのぼり、戦争がもたらす経済コスト全体となるとそれよりも遥かに大きな金額となるのが現実である。控えめに見積もっても、戦争遂行のために米国が既に支払ったあるいは支払い義務を負った経費の総額は実質ドル価値で3.2兆ドルにのぼる。より現実的な試算だとその総額は4兆ドルにもなる。」
また報告書は、従軍兵士への将来にわたる支払金額が戦争コストの総額の大きな部分を占めることや、失業や金利の上昇といった戦争が米国経済にもたらす甚大な波及効果について警告している。
当初アフガニスタンやイラクに対する米軍の侵攻は両国に民主主義をもたらすものと謳われたが、アフガニスタンでは引き続き米国の支援を得た軍閥が勢力を保持しており、イラクでは、戦争の結果、かえって戦前よりもジェンダー、民族間の溝が深まった事態となっている。世界各国を政治自由度でランクづけした指標でも、両国のランクは低いままである。
報告書は、「米国政府が9・11同時多発テロの後の対応策や、対イラク戦争に関する協議に際して、戦争以外のオプションについて、真剣で説得力がある議論をほとんどしていなかった」とする広く言われてきた見方を再確認した。しかし一方で、「今でも米国政府にそうした選択肢は存在している」と指摘している。
「これらの戦争にともなう被害で未だに数値化や評価できていないものがたくさんある。私たちは限られた予算の中で、米国政府の支出、米国及び同盟国の死亡者数、そしてアフガニスタン、イラク、パキスタンの主な紛争地域における人的損失に焦点をあてた。しかし一方で、戦争に巻込まれた人々の健康、経済状況、コミュニティーが10年に亘る戦闘でどのように変質したのか、そして彼らが直面している戦争がもたらした諸問題についてどのような解決策があるのかについては、未だに解明されていないことが少なくない。」と報告書は指摘している。(原文へ)
翻訳=INPS Japan浅霧勝浩