ニュース|視点|核兵器なき平和を目指した闘士が逝く、しかし彼のメッセージは死なず

|視点|核兵器なき平和を目指した闘士が逝く、しかし彼のメッセージは死なず

【ルンド(スウェーデン)IDN=ジョナサン・パワー】

核時代における影の英雄の一人であったブルース・ブレア氏が7月19日、72歳で亡くなった。ブレア氏は1970年代の一時期、大陸間横断核ミサイルの発射管理官を務めていた人物である。彼の任務は、ロシア西部の都市やその住民、あらゆる階級の労働者、高齢者、無垢な子どもたちを跡形もなく全滅させる核ミサイルの発射命令を、昼夜を分かたず地中深くの部屋に籠って待機する生活だった。

『ニューヨーク・タイムズ』紙は追悼記事のなかで「核攻撃を開始することがいかに容易であるか、それに対する防護手段がいかに欠落しているかについて、ブレア氏は警告を発し続けた。核軍備管理を要求するリーダーの一人として、彼は各国に核先制不使用政策を採るよう強く求めた。」と述べた。

ブレア氏が配置されていたのはモンタナ州マルムストロム空軍基地で、1945年に広島を破壊した原爆の100倍以上の爆発力を持つ核弾頭を装着した大陸間弾道ミサイル「ミニットマン」50基を担当していた。ブレア氏は2018年に「プリンストン同窓会ウィークリー」紙の取材に対して、「私はこの経験をとおして、このプロセスがいかに迅速に行われるか、命令に疑問をさしはさむ余地がいかに存在しないかを明確に認識しました。」と語っている。

A Minuteman-III missile in its silo/ Public Domain

新型コロナウィルス感染症(COVID-19)を巡る騒ぎの中で、この困難で政治的に不安定な時期にあって核のボタンに指をかけているのが、あの不安定かつ移り気で怒りっぽいドナルド・トランプ大統領であることを議会やメディアで指摘する声はほとんどなかった。

米国の世論は、偶発的な発射か、あるいは大統領の狂気ゆえに起こりうる核のハルマゲドンについて無視を決め込んでいるかのようだ。理論的に、そして法的に言って、議会も軍も大統領の核発射命令を止めることはできない。もちろん、精神に異常をきたした大統領の命令を妨げる秘密の緊急対応計画を軍が持っていないとは考えられないが。

大統領には決断するまでに、敵のミサイルが飛来してきているとの通告からは5分、発射命令から核ミサイルが呼び戻し不能な状態になるまでは12分しか時間が与えられていない。ブレア氏は、潜在的な脅威に対応してほんのわずかな時間でなされる意思決定において時間を稼ぐための方法を見つけようとしてきた。

ブレア氏は、例えば1977年、建前としては大陸間弾道ミサイル「ミニットマン」を守るための「解除コード」のプログラムをやり直すよう空軍を説得した。それまで、すべての解除キーが、発射担当者が覚えやすいように「00000000」にセットされていたのだ。いかにもばかばかしい話ではあるが、悪意を持った、あるいは不安定なミサイル発射担当者がいれば、大統領からの発射命令がなくても、核ミサイルを発射できる状態にあったのだ。ブレア氏は、核弾頭をミサイルから分離して保管することを求めた。

ブレア氏は、アウトサイダーでも、デモをする人でも、単に座して様子を見るような人でもなかった。あくまで空軍といる組織の中で彼独自のやり方で行動した。プレア氏は、1982年から85年にかけて、米議会技術評価局のために軍の核関連命令系統の見直しを指揮した。1987年から2000年まではブルッキングズ研究所で上級研究員として外交政策の研究をしたが、同研究所はかつて政府高官であった外交専門家や核専門家を多く抱えていた。

ブレア氏は、ソ連の核システム管理と安全策は米軍のものより脆弱なのではないかと恐れていた。1993年に『ニューヨーク・タイムズ』紙に寄せた文章で、ロシア軍の司令部が仮に破壊されたとしても、ソ連の破滅的なシステムが自動的に発射命令を下す可能性があると警告している。また、別の機会では、PBSのテレビ番組「フロントライン」で、「今日私たちが直面している最大の問題は、抑止の問題ではなく、とりわけロシアにおける管理の失敗の問題だ」と述べている。

また、3年前には、ふたたび『ニューヨーク・タイムズ』紙で、外部のハッカーが米国のミサイルシステムを乗っ取る可能性があると警告していた。

ブレア氏をはじめとした米国の核政策に批判的な少数の専門家、それに一部の元将官らの働きによって、より強靭な指揮管理系統の構築を含めた安定化のための改革が進み、深刻な不安定リスクを引き起こしていた核システムの比重を下げる方向へ一定程度進んだ。

Strategic Command and Control by Bruce G. Blair

ブルッキングズ研究所のマイケル・オハンロン上級研究員はブレア氏に敬意を表して、彼は「世界の重みをその肩で感じていた人物だった。」と同研究所のウェブサイトに投稿した。オハンロン氏によれば、ブレア氏は「時として、自身が闘っている問題の重みゆえに、そして、人類を救う努力をするという責任を重大なものとして引き受けているがゆえに、憂鬱であるかにみえた。」という。

ブレア氏の有名な著作『戦略的指揮・管制:核の脅威を再定義する』は、ブルッキングズ研究所が外交政策に関して出版した書物の中でも、とりわけ重要なものである。潜在的に欠陥がある脆弱な電気システムが、より欠陥のあるオペレーターや組織と結びついたときに起きうる問題から演繹して、多くの人々が認識したり、信じたがるよりもはるかに大きな偶発的核戦争の危険があることを、ブレア氏は説得力をもって説明した。

オハンロン氏はまた、「ブレア氏は後年、核軍縮運動『グローバルゼロ』に大きく貢献した。なぜなら、マーチン・ルーサー・キング牧師がいうところの『今の緊急事態(the fierce urgency of now)』を痛感していたからだ。彼は、もし自分の世代が核兵器の危険を低減するための行動をとらなければ、後の世代が、生き残って同じような行動をとれないかもしれないと考えていた。ブレア氏は、長年ワシントンDCの住人でありながら、途方もない難題に直面して漸進的な対応で満足するような政界の習性には染まらなかった。ブレア氏の発想は大きく、問題を解決しようとしていた。彼は少なくとも、核攻撃による大災害で人類が自らを破壊してしまう可能性こそが、最大の問題であると考えていた。」(原文へ) 

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