ニュースアーカイブ|パキスタン|レンガ作りの奴隷にされる労働者

|パキスタン|レンガ作りの奴隷にされる労働者

【ラホールIPS=イルファン・アフメッド】

必ずしも、過去に戻るのにタイムマシンが必要なわけではない。パキスタンのパンジャブ州にあるレンガ窯を訪ねてみれば、人間が家畜や奴隷のように扱われていた時代を思い起こすことができるだろう。

パキスタン国内の約1万8000のレンガ窯で、約450万人の労働者が借金返済を口実に家族ぐるみで奴隷同様の生活を強いられている。

たとえば、アタ・ムハマドさん(28)とその妻は、ラホール郊外の窯で1日に18時間も働いている。給与は出来高制で、レンガ1000個あたり450ルピー(約4.8ドル)しか支払われていない。パキスタン労働省の推計によると、これだけのレンガを作るには家族5人がかり(子供を含む)で丸一日かかる。また、「労働条件・環境改善センター」が実施した調査によると、「大人2人と子ども3人からなる家族が一日に生産できるレンガの数は、彼らの技術レベルや体調によるが、500個から1200個」との推計が報告されている。

レンガ作りには、2~3キロ離れたところから泥を運んで水洗いし、レンガの型に入れ、窯に運んで焼き上げ、成形するところまでが含まれる。

ところが天候が荒れたり、労働者が体調を崩して作業がすすまなければ、労働者の懐には一銭も入らず、その結果、窯の所有者からのさらなる借金に縛られることになる。労働者は前渡金が現金で返済されない限り、雇い主の元を離れることが許されないため、一旦借金を負うと、結局はその借金を返済するために働きづめになり、事実上の奴隷状態におかれてしまっているのである。

「レンガ焼成労働者たちは、ウルドゥ語で「ペシュギ」と呼ばれる前払金制度に苦しめられているのです。」とパキスタンで奴隷労働の廃止を目指して活動している人権団体「奴隷労働解放戦線(BLLF)」のグラム・ファティマ事務局長はIPSの取材に対して語った。

またファティマ事務局長は、「窯の所有者らは、結婚や出産、死亡といった機会を利用して労働者にさらなる借金をさせ、彼らをますます隷属的な状態に陥れるのです。しかし、こうした行為は、パキスタン最高裁が1988年に下した判決に従えば、違法である。なぜなら法律には、窯の所有者らは、賃金2週間分以上の借金をさせてはならないとされているからである。」と語った。

前出のアタさんの場合、賃金が400ルピー支払われるごとに、窯の所有者が150ルピー(約1.6ドル)を父親の借金の返済のためとして差し引いている。しかしアタさん自身には父親がそんな借金をしていた記憶がない。

ファティマ事務局長は、アタさんのケースについて「政府が設定した最低賃金は、レンガ1000個あたり665.7ルピーであり、全くの不正行為です。」と指摘するとともに、「多くの窯所有者が僅か300ルピー(3ドル)しか支払っていない現実があります。」「もし政府が、レンガ焼成労働者への最低賃金の支払いを保証し、支払いが法定基準を下回っている窯の所有者から正当な報酬を回収するならば、労働者の大半は借金を解消することができるだろう。」と語った。
 
またレンガ焼成労働者らは、未登録のため、大半が社会保障に加入できていない。窯の所有者らは、労働者の賃金の一部を非常事態に備えて取り置いたりしないため、労働者は財政難に直面してもセーフティーネットがないのである。

「もし窯の所有者が労働者に代わって社会保険料を支払うようになれば、『ペシュギ(前払金)制度』に終止符を打つことができる。」と語るのは全パキスタンレンガ焼成労働者(Bhatta Mazdoor)同盟のメフムード・ブット事務局長である。

「もし娘が結婚する際や家族が死亡した際に助成金を受け取ることができたり、社会保障病院で本人や家族が無料診療を利用できたならば、誰が好んで(窯の所有者が提供する)搾取的な融資を希望するでしょうか?」とブット事務局長は問いかけた。

ブット事務局長は、レンガ焼成労働者の家族は債務残高を明記した値札を持ち歩いており、レンガ窯の所有者たちは、その借財を支払うことで、実質的に労働者一家を買い上げる仕組みが出来上がっている現実を指摘した。

このような状況に耐え兼ねてもし労働者が窯から逃亡をはかっても、窯の所有者は、地元警察官や政治家の助けを借りて追跡し、いったん捕まれば、搜索に要した全ての費用が逃亡者の借金に加算されるという。

また身分証明書を持っていないことが、レンガ焼成労働者の社会的流動性を妨げる追加要因となっている。労働教育財団(LEF)のカーリッド・メフムード理事長は、コンピュータ管理された国民IDカード(CNIC)の所持は、全てのパキスタン市民の権利であるが、この恩恵は大半のレンガ焼成労働者に及んでいない点を指摘した。

「一旦CNICを取得すれば、社会保障登録を申請でき、有権者登録がなされ、社会保障プログラムの恩恵を得られ、銀行口座の開設や、仕事に応募することも可能となります。しかしレンガ焼成労働者には、こうした恩恵が及んでいないのです。」

メフムード事務局長はIPSの取材に対して、「今年既に政府(国民情報登録局・NADRA)は、レンガ焼成労働者へのCNIC発行を目的に、ラホール近郊のいくつかのレンガ窯付近で移動キャンプを設置しました。しかし窯の所有者が雇ったヤクザのために、殆どの労働者がキャンプに近づくことさえできませんでした。」と語った。

パンジャブ州労働局のシャウカット・ニザイ報道官は、教育を通じて労働者のエンパワーメントを行わない限り、奴隷労働は根絶できないと確信している。「レンガ焼成労働者たちに教育を通じたエンパワーメントがなされれば、彼らもこうした僻地の窯で一生を終えるのではなく、新たな人生に踏み出す力を身につけることが可能となります。教育を通じて新たな技術や知識を身につけなければ、こうした労働者と家族は、この奴隷労働の軛につながれたまま、灼熱の過酷な労働を一生強いられることになるのです。」と、ニザイ報道官はIPSの取材に対して語った。

ニザイ報道官は、具体的な施策として政府は「レンガ窯産業における奴隷労働根絶」(EBLIK)プログラムを2009年に開始し、ラホール州カスール地区にレンガ焼成労働者の子ども8000人を対象とした200校を設立し教育プログラムの提供に乗り出している、と語った。

「このプログラムを実施に移すのは容易ではありませんでした。レンガ窯の所有者らに、こうした教育プログラムが彼らにとっても有益だということを納得させるのに、多くの時間を要したからです。」

またニザイ報道官は、政府は奴隷労働の原因である『ペシュギ(前払金)制度』を根絶するため、レンガ焼成労働者を対象としたソフトローン(長期低利貸付)を開始した、と付け加えた。

また政府は、レンガ窯所有者らに労働者を社会保障省に登録させるよう働きかけている。さらに、レンガ焼成労働者が政府が定めた最低賃金やその他の権利を雇用者に要求できるように支援するヘルプラインや苦情相談室の設置も進めている。(原文へ

翻訳=INPS Japan

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