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地域アフリカ汎アフリカ主義の象徴トマ・サンカラ殺害の容疑者らが裁判にかけられる

汎アフリカ主義の象徴トマ・サンカラ殺害の容疑者らが裁判にかけられる

【ニューヨークIDN=リサ・ヴィヴェス】

西アフリカサハラ砂漠の南側に位置するブルキナファソで80年代初頭に数々の改革を断行したトマ・サンカラ大統領(1983~87)が凶弾に斃れた事件について、元友人で後継大統領としてその後27年に亘って同国に君臨したブレーズ・コンパオレを含む殺害の容疑者らに対する裁判が、10月25日まで延期された。裁判は当初10月11日に首都ワガドゥグーで開かれる予定だったが、弁護団が裁判の準備にさらに時間がかかるとして延期を求めていた。

現在、サンカラの暗殺を巡って14人の男性が審理の対象となっている。トマ・サンカラ記念館付近では、多くの人々が、この裁判が事件の真相解明につながることを期待すると述べた。「アフリカのチェ・ゲバラ」とも呼ばれるサンカラは、ブルキナファソとアフリカで「人々の心を植民地主義から解放する」という理念のもと、独立前から続いてきた既得権益を否定し、社会的弱者の権利を拡大することでより平等な社会を実現しようとした。しかし彼が革命にかけた夢は、政権について僅か4年で潰えてしまった。享年37歳であった。

コンパオレは、2014年に多発した反政府デモの後亡命した隣国のコートジボワールに今も滞在している。コンパオレの不在にもかかわらず、世界各地から200人以上の記者らが裁判を取材するために登録するなど、今回の裁判は大いに注目を浴びている。「私たちにとって、「サンカラは愛国者でした。彼は、民衆と国とアフリカを愛しました。彼は私たちのために命を捧げたのです。」と、サンカラ記念委員会のリュック・ダミバ事務局長はBBCの取材に対して語った。

Map of Brukina Faso

サンカラは大統領に就任した翌年、国名をそれまでのフランス語の「オートボルタ」から、現地の主要言語(モシ語とディウラ語)で「高潔な人々の国」を意味する「ブルキナファソ」に変更した。

サンカラは、汚職摘発を徹底的に進める一方で、不足する財源を特権層だった公務員の給与削減で捻出するために自らが率先して範を示し、国家元首であるにもかかわらず月給は僅か46CFAフラン(約18万円)に過ぎなかった。また経費削減のため、公務員向けの無料官舎や公用車の支給を廃止し、自らも大衆車や公共交通機関を利用して移動した。

ブルキナファソが位置するサヘル地域では男尊女卑の風潮が根強く、農村地域では女性器切除(FGM)が一般化していたが、サンカラは、一夫多妻婚や強制結婚と共にFGMを禁止した。また自らの政権に初めて女性の閣僚を登用し、政府の要職に次々と女性を就任させるなど、女性の地位向上に努めた。

とりわけ重視されたのが教育だった。サンカラの任期中、識字率は1983年の13%から87年には73%に上昇した。また、サヘル地域で最も深刻な感染症である脳髄膜炎、ポリオ、麻疹などの予防接種を90%の子供に実施し、世界保健機関(WHO)から称賛された。

A black and white portrait of Thomas Sankara/ By unknown, Burkina Faso government – Original publication

また特権的な地主から土地を強制収用し、農地を小作農に再分配したうえで、農業技術の改良に予算を集中投下し、灌漑のための小規模ダムの建設や井戸の掘削などを進めた結果、ブルキナファソの1ha当たりの穀物収穫量は3年間で飛躍的に拡大した。これは、生産性の低さゆえに飢餓が慢性化しているサヘル地域としては、当時驚くべき成果であった。

サンカラは、アフリカ諸国に対して、国際通貨基金や世界銀行といった機関による彼が言うところの「新植民地主義」に団結して立ち向かうよう呼びかけた。「援助漬け」になってきたアフリカ人の自立を目指したサンカラは、「援助を受けるということは、援助をする国の言いなりになることだ」と述べたと言われる。

サンカラ暗殺の真相を巡っては、彼を危険人物とみなしていた旧宗主国フランスをはじめ、コートジボワール、リベリア、リビア等、外国が関与したとする憶測がある。フランスのエマニュエル・マクロン大統領は、2017年にサンカラの死にまつわるフランス政府の機密ファイルを解除すると約束したが、ブルキナファソ政府に3回に亘って送られた機密解除資料には、サンカラが暗殺された当時フランスの大統領であったフランソワ・ミッテランとジャック・シラク首相の事務所からの書類は含まれていなかった。

「私たちは、コンパオレ政権が続いた27年を含めて長年にわたって真相が解明される機会を待ってきました。コンパオレ政権下では、サンカラの暗殺を巡る裁判を開くなど、夢にも想像できませんでした。」と弟のポール・サンカラは語った。(原文へ

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