【イドリブ(シリア)IPS=ソニア・アル・アリ】
シリアのハマー出身の看護師、アラー・アル=カリールさん(33歳)は、「テロリスト」(元シリア大統領バッシャール・アル=アサドの反対者)を治療したとの容疑で3年以上も裁判なしで拘束され、35人以上の女性と共に過ごした収容生活を振り返った。彼女はアサド政権の崩壊後、12月8日にアヤドナヤ刑務所から解放された。
アサド政権の崩壊と彼のモスクワへの逃亡に伴い、武装反対勢力が各地の刑務所を解放。政権に反対した罪で拘束され、残虐な拷問を受けた多くの収容者が救出された。多くは獄中で命を落とし、集団墓地に埋められた。今もなお、多くの家族が行方不明の愛する人を探し続けている。
長年の拷問
「私は元シリア政権の検問所で逮捕され、ダマスカスの政治保安部に移送されました。手は縛られ、目隠しをされたままでした。刑務所では、35人の女性が共同トイレがある狭い監房に押し込められ、プライバシーはまったくありませんでした」とカリールさんはIPSの取材に語った。「女性たちには拷問の痕跡が明らかに残っていました。狭い監房では、床に横たわり、交代で眠るしかありませんでした。最もつらかったのは、妊婦が子どもを産み、その子どもが牢獄内で成長する様子を見ることでした。」
カリールさんによれば、収容者たちは飢えや寒さに苦しみ、殴打やタバコの火による火傷、爪を剥がされるといった拷問を受けたという。また、女性たちは夜中に看守によって部屋から連れ出され、性的暴力を受けることもあった。
「拷問や死のほうが、レイプよりもましだと思うことさえありました。尋問中に性行為を拒否したり、罪状を認めない場合、看守や尋問官によって殺され、遺体は塩室に投げ込まれました。」と涙ながらに語った。
看守を見たり、話しかけたり、音を立てたりすることは禁止され、違反すると水を奪われたり、裸で寒さにさらされる罰を受けたという。食事は腐った少量の食べ物が与えられるだけで、感染症や精神疾患を患う人が多かった。
解放されたカリールさんは、今後は安全で安定した平和な生活を望んでいる。
記憶を蝕む10年
シリア南部ダラア出身のアドナン・アル=イブラヒムさん(46歳)は、数日前にダマスカス郊外のアドラ刑務所から解放された。彼は、バッシャール・アル=アサドの軍隊を離脱し、レバノンへの亡命を図った罪で10年以上拘束されていた。
「釈放されて夢を見ているような気分です。彼らは私をテロの罪で告発し、拷問を加えましたが、拘束期間中、一度も裁判にかけられることはありませんでした。経験したことが今でもトラウマになっています」とイブラヒムさんは語る。
「私たちは刑務所で想像を絶する最悪の扱いを受けました。今、私たちが望むのは、不正や恣意的な逮捕、そして続く殺戮から解放され、平穏で人間らしい生活を送る権利です。」
現在、彼の体は衰弱し、栄養失調と劣悪な食事のために体重が著しく減少している。同じ監房にいた多くの仲間も拷問の結果、命に関わる病気を患っていた。尋問中に頭部を殴られたことで記憶を失う者も多く、死者の遺体は長期間放置され、最終的には焼却されることが多かったという。
心理的外傷の重荷
精神衛生の専門家、サマハ・バラカトさん(33歳)は、シリアの拘置所から解放された生存者たちにはトラウマを克服するための支援が必要だと語った。
「拘禁や拷問を受けた経験は、生存者にとって非常に痛ましく、トラウマを引き起こします。身体的な拷問だけでなく、精神的な健康にも深刻な影響を及ぼします。これには精神病、記憶喪失、言語障害などの心理的障害が含まれます。また、医療を受けられなかったため、病気が蔓延したことも大きな問題です。」
バラカトさんは、心理的支援の必要性を指摘し、カウンセリングや薬物治療が必要なケースもあると述べた。
不明な運命
一部の人々にとって、愛する人々の運命が不確かなままであることは、アサド政権によるトラウマが今なお続いていることを意味する。
イドリブ出身のアラー・アル=オマールさん(52歳)は、アサド政権崩壊後、サイダナヤ刑務所とダマスカスのパレスチナ支部に息子を探しに行ったが、失踪した息子を見つけることはできなかった。
「私は息子に会いたくて刑務所を訪れましたが、彼の痕跡は一切見つかりませんでした。おそらく、拷問の末に命を落としたのでしょう。」
オマールさんの息子は2015年、アレッポの大学で学んでいた際にアサド政権の治安部隊によって逮捕され、デモへの参加や武器の所持、反対勢力への加入といった容疑をかけられていたという。その逮捕以来、息子の消息は何も聞けず、今もなお不明のままである。
人権侵害
人権活動家でアレッポ出身のサリム・アル=ナジャールさん(41歳)は、拘置所から解放された人々の苦しみについて語った。シリアにおける刑務所や拘置施設の拡大の歴史は、1980年代に反体制派に過剰な力を行使したハーフィズ・アル=アサドの時代に遡ると指摘した。彼はシリアを「大きな虐殺場」に変えたと表現した。
「この政権の刑務所では、命は彫刻家の手の中の石と同じ扱いを受け、殺されて捨てられるだけです。人はただの数字にすぎず、その歴史や感情、夢さえも無視されるのです。」
ナジャールさんによれば、ダマスカス北部のサイダナヤ刑務所は、特に2011年のシリア革命以降、拷問や大量処刑の場として悪評を博してきた。
少数の収容者が家族のつてや賄賂で解放された一方、多くは傷や病気で命を落とした。解放されても顔つきが変わり、家族が最初に気づけないほどの変化を遂げていた者も多いという。
シリア人権ネットワーク(SNHR)は、12月11日の声明で、アサド政権が少なくとも20万2000人のシリア市民を殺害し、その中には拷問で命を落とした1万50000人が含まれ、さらに9万6000人が行方不明、約1300万人の強制移住を引き起こしたと非難した。また、化学兵器の使用を含むその他の凶悪な人権侵害についても触れた。
「シリアの拘置所や拷問室は、シリア人が数十年にわたり経験してきた苦悩、抑圧、苦しみの象徴です。拘置所の生存者たちは、傷を癒し、日常生活に戻り、社会に再び統合されるために努力を続けていますが、拷問によって命を落とした人々も少なくありません。」(原文へ)
INPS Japan/IPS UN BUREAU
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