【ブルックリン、カナダIPS=ステファン・リーヒー】
熱帯林が二酸化炭素を蓄積し、地球温暖化を抑制する能力は、牧草地や材木としての価値より大きい。熱帯に位置する国々の森林保護のために、豊かな国々は資金を提供すべきだと世界銀行は論じる。
しかし、森林破壊の抑制も大切だが、いわゆる炭素取引制度は誤った取り組みであり、実施方法も複雑すぎると警鐘を鳴らす環境活動家もいる。
世界の熱帯林は1950年代より10年ごとに5%の割合で縮小している。過去5年間でフランスの面積に匹敵する5,000万ヘクタール以上の熱帯林が消滅した。森林破壊は生物多様性やエコシステムの破壊という悪影響を生むだけでなく、気候変動をもたらす温室効果ガス(GHGs)の人為的排出の主要因ともなる。
事実、森林破壊に由来するGHGs排出量は、世界中の陸上運輸に起因するGHGs排出量の2倍相当になっている。
10月23日に発表された世銀報告書の主執筆者ケネス・ショーミッツ(Kenneth Chomitz)氏はIPSの取材に応じ、「木を焼き払って生産性の低い畑に変えるよりも、そのまま残して炭素を蓄積させるほうが役に立つ」と語った。
「ブラジルの農場主が、大切なアマゾンの森林を1ヘクタール伐採して獲得する牧草地の価値は300ドル。木の焼却、腐敗の過程で大気中に排出される二酸化炭素は500トンに達する」
一方、ヨーロッパの炭素取引市場では炭素1トンに15ドルの値が付くので、この森林1ヘクタールは伐採せずに残せば7,500ドルの資産となる。
すなわち、二酸化炭素排出量の割り当てを守るために、ヨーロッパの産業界は二酸化炭素を1トン排出するたびに15ドルを支払って相殺する仕組みである。風力発電所は排出がゼロなので、炭素クレジットを販売することができる。
「件の農場主は300ドルの資産を手に入れるために、森林を伐採して7,500ドル相当の資産を破壊していることになる。地主や政府が炭素蓄積のある森林を保護すると補償を受けることができるような、賢明な策を講じなければならない」とショーミッツ氏は言う。
京都議定書による「クリーン開発メカニズム(CDM)」は、加盟国が削減割り当てを達成するにあたり、他地域で排出削減事業に資金を提供し、途上国の排出削減を支援することで排出量を相殺することを許可している。しかし、植林はCDMで認定されるが、森林破壊の防止は認められていない。
「植林の隣で熱帯林が切り倒されている。議定書がもたらす大きなゆがみだ」とショーミッツ氏。途上国は森林破壊を防ぐことで収入を得ることができれば、その資金で森林を保護し、やせた土地でより生産性の高い農業を奨励することができる。
世銀の報告書“At Loggerheads?”(『対立?』)によると、すでにコスタリカとパプアニューギニアが森林破壊抑制のために森林炭素クレジットのような奨励金の検討を国連気候変動枠組条約(United Nations Framework Convention on Climate Change:UNFCCC)に要請している。
世銀は、2005年の炭素取引額を100億ドル、さらに南における継続可能な開発のためにこれ以上の新規金融をもたらす可能性があると見ている。
これは11月中旬にナイロビで開催される国連気候変動会議の大きな話題となるだろうとショーミッツ氏は言う。
議論は白熱することだろう。
サンフランシスコと東京に事務所を構える環境団体「熱帯林行動ネットワーク」で各国への資金提供を担当する活動家ビル・バークレー氏はIPSの取材に応じ「環境活動家が早くから工場での石炭利用に伴う『ブラウンカーボン(汚い炭素)』を森林の『グリーンカーボン(きれいな炭素)』と取引することには異議を唱えていたと指摘する。
「このような取引はすべきでない。全く別のものだから」とバークレー氏は言う。
化石燃料から排出される二酸化炭素には永続性があり、大気中に何百年も残留する。森林由来の炭素は原因もさまざま。森林火災、洪水、樹木の病気などで木が枯れることで炭素を大気中に排出する。
炭素取引市場を通じて森林保護の資金を提供するという考え方には魅力があるが、何十年にもわたって様々な熱帯林に蓄積される炭素を測定し、監視するシステムを構築することはとても困難な作業となろう。産業部門の排出を削減するほうが簡単で効果的だとバークレー氏は言う。
ショーミッツ氏もこのような問題があることは認めるが、GPSや衛星による観測で監視と実行は可能と確信している。
バークレー氏の主張は、安価な『グリーンカーボン』を購入して産業による排出量を相殺するのは、北の先進工業国にとって何も対策を講じなくて済む安易な方法だというもの。その資金は排出量を削減する新技術の開発に投資すべきである。森林は気候変動の脅威にさらされており、アマゾンの3分の1が消滅するという予測も複数ある。
「化石燃料による排出を抑えつつ、森林破壊を抑えていかなければならない。それなのに、どちらもうまくいっていない」とバークレー氏は指摘する。
世銀報告書は、森林保護のための炭素取引では貧困削減も考慮しなければならないとしている。
世銀の継続的開発担当のキャサリン・シエラ副総裁は「今こそ熱帯林がさらされるプレッシャーを緩和することが必要。そのためには総合的な枠組みを通じて継続可能な森林管理を気候変動の緩和と生物多様性の保護を目指す世界戦略に組み込むこと」と語っている。
バークレー氏は、森林破壊をもたらす大きな要因に世銀報告書が目をつぶっていると指摘する。その1つは、北の豊かな国々による安価な牛肉、大豆、木材などの生産物の消費。もう1つは、1990年代に世銀が行った融資。ヨーロッパの大豆市場の需要に応えるために大豆農家がアマゾンの熱帯雨林やサバンナに進出することを可能にした。
森林破壊で少数の人が大金を手にしているが、森林保護のための炭素取引の機構と技術が整えばこれに対抗できるとショーミッツ氏は反論する。先進国政府が基金に資金を拠出し、全体的な森林破壊率を削減できた政府に補償をあたえるなど、よりよい方法が考えられると言う。
「森林破壊の抑制は、生物多様性の保護、二酸化炭素排出量の削減など多くの利益をもたらす。」とするショーミッツ氏は、森林破壊の原因に対処することも問題解決には大切と付け加えた。(原文へ)
翻訳=IPS Japan