この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。
【Global Outlook=ラメッシュ・タクール】
2021年4月11日にナタンツの主要な核施設が攻撃(イスラエルによる攻撃の可能性が非常に高い)を受けた後、イランのハッサン・ローハニ大統領は、ウラン濃縮度を60%に引き上げると述べた。技術的な点から見ると、これによりイランは、本格的な兵器級のウラン濃縮度(90%)にもすぐ手が届く状態になる。私には、染みついた無意識の人種差別という以外に理由が理解できないのだが、欧米諸国は猛然と経済的圧力に訴える。それは、北京が大物気取りのキャンベラに身の程を知らせる必要があると信じているために、オーストラリアの輸出品に対して強硬な制限措置を取っているのと同様である。しかし、彼らは、自分たちの価値観と政策志向に従うことを他国に強要できると信じている。(原文へ 日・英)
リバースサイコロジーを応用していないだけでなく、米国の政策立案者たちは相変わらず地政学に対する理解もできていない。歴史上の重要な地政学的教訓として、「敵の敵は味方」と「のけ者同士は団結する」の二つがある。欧州史に対する権威ある見識と傑出した知性を備えたヘンリー・キッシンジャーにとって、中国をソ連から引き離す必要があった。ジョー・バイデンが政治家としての長いキャリアの中で、重大な外交政策問題に関して歴史の正しい側に立ったのは、どの問題が最後だっただろうか? 彼は、1991年の第一次湾岸戦争に反対したが、2003年の破滅的なイラク戦争には賛成した。バイデン政権の国務長官を務めるアントニー・ブリンケンは、バイデンが「武力行使の承認に賛成したのは、戦争に突入するのを防ぐための強硬外交に賛成したということだ」と述べ、最も鋭い類いの外交的詭弁を用いた。ウクライナのエネルギー会社ブリスマは、バイデンの次男、ハンター・バイデンを月額5万ドルの報酬で雇い、バイデンという名を利用した。その後、2014年に政変が起こり、選挙で選ばれた親露派のウクライナ大統領が親米派の大統領に取って代わられた。米国の政策を推進した政府高官は、「EUなんか、くそくらえ」という発言が有名なビクトリア・ヌーランド国務次官補である。バイデンは、彼女を政治担当国務次官に抜擢した。
政変をきっかけとしてロシアはクリミアの領有権を主張し、米露関係を修正するわずかな可能性も葬り去った。現在、ロシアとウクライナの国境で再び緊張が高まっている。分かりやすい例えを挙げるなら、現在の中国が、選挙に基づいて成立しているカナダ政府を不安定化させ、オタワに反米政権を樹立するとしたらどうだろうか。あるいは、オーストラリアの立場から見て、中国がパプアニューギニアに対して同じことをしたらどうだろうか。歴史、文化、言語、人種、地政学的利害の面で深く密接に結びついたクリミアを失うことは、ロシアにとって戦略上の大惨事となる。モスクワからわずか400kmの場所にNATOが控え、ロシアを黒海と地中海から切り離し、コーカサスからロシアを締め出す構えを見せることになる。ドナルド・トランプ大統領が中国を長期にわたる戦略的脅威と断言したことにより、ウラジーミル・プーチン大統領と習近平国家主席はこれまで以上に接近し、世界規模の反米枢軸を形成している。中国はかつてのソ連よりもはるかに手強い敵であるが、現在のロシアはソ連の淡い影に過ぎない。ソ連は核一辺倒の大国であり、軍事力を支える経済基盤は脆弱だった。中国は、米国経済を追い越さんというほどの総合的な国力を備えている。
歴史的に中国は、戦力投射の能力を持たない大陸の陸上兵力を中心としてきた。米国は膨大な海上兵力を有し、いまなお世界に君臨している。しかし、米国の政治システムは壊れ、もはや修復できない状態かもしれない。中国人の自信と国家の威信が増大する一方、欧米諸国は内なる疑念に悩み、罪悪感にさいなまれている。資本主義は、内部矛盾によって崩壊するかもしれないし、しないかもしれないが、いずれにせよ欧米諸国の首脳たちを吊るすロープを中国に売りつけることに躍起になっているかのようである。自由主義は、自らの矛盾の重みによって崩壊に向かっているようである。その批判者や敵は、道徳的な明快さの欠如、自信喪失、アイデンティティーに基づく文化の争いの激化につけこんで、自由主義を内側から破壊してやろうと意欲満々である。
一方、中国の野心は東アジアから広がり、一帯一路構想によって世界を取り囲もうとしている。それはまさに、歴史上の他の大国のほとんどと同様である。東インド会社が英国によるインド支配の前ぶれとなったことを忘れられるインド人はいない。米国は、帝国の利益とパクス・アメリカーナを守るため、世界50カ国に推定800以上の軍事基地を擁している。中国が軍事基地を置いている国の数は1桁である。とはいえ、世界における経済的・地政学的利害が拡大するにつれ、中国の軍事拠点が拡大することは必至である。そのような背景のもとで2021年3月27日に結ばれた、中国・イラン間の25年間にわたる包括的戦略パートナーシップが重要性を帯びてきた。
2015年のイラン核合意は良い取引だった。どちらの側も、欲しいもの全てを手に入れたわけではないが、それぞれが合意の成立によって十分なものを手に入れた。国際的な制裁を10年間強化してきたが、イランの核兵器開発能力の急速な向上を止めることはできなかった(制裁が奏功することは滅多にない)。イランが保有する遠心分離機は2003年の164台から2013年には19,000台へと増加し、濃縮ウランの備蓄量は10,000 kgに達した。この2015年の合意により、ウランと遠心分離機の大部分が廃棄され、ウラン濃縮度の上限は3.67%に制限され、核インフラの多くが解体され、並外れて厳しい国際査察が導入され、差し迫っていたイランによる爆弾と米国によるイラン攻撃という双子の脅威が停止し、イスラム革命以来、米国とイランの対立によって凍結されていた中東の地政学が再び動き始める絶好のチャンスが開けた。しかし、そううまくはいかなかった。トランプの核合意離脱は、彼の多くの外交政策ミスの中でも最悪クラスのものであり、それによりイランは再び孤立を余儀なくされ、中国によって温かく迎え入れられることになったのである。
歴史の重みに照らして考えると、新興勢力が既存の大国と衝突するという<トュキュディデスの罠>により、米中戦争はどちらかといえば起こる可能性が高いといえるだろう。中国は、列強体制の中で大国として振る舞う歴史的または哲学的伝統を持たない。属国が中華王国に敬意を表するという朝貢の伝統を考えると、中国がインドや日本を含む近隣数カ国とトラブルを抱え、ひいてはアジアと世界の平和に問題をもたらしているわけがいくらか説明がつくだろう。米国も、列強体制の中で活動する伝統がない。確かに冷戦時代には、ソ連に対してある程度気を遣いながら振る舞い、均衡に基づいて取り引きし、望まれない軍事紛争の可能性を低減する合意、了解、実践を行うことを学んだ。しかし、ソ連崩壊以来、米国の世代全体の政治指導者や官僚たちはロシアに対し、敗北し、貧困化し、萎縮した落ち目の国であり、その利害は完全に無視して良いという見下した態度で接することを身に着けてしまった。とはいえ、キッシンジャーが言ったように、大国がいつまでも後退しているはずはない。
中国とイランの協定を、実体のないレトリックであり、単なる“約束手形”に過ぎないと片付けるのは間違いだろう。むしろ、アミン・サイカルが主張するように、米国の制裁を受けるイランと米国の圧力を受ける中国の協定は、ゲームチェンジャーとなる可能性がある。また、この協定によって中国は、インド太平洋におけるオーストラリア、インド、日本、米国のグループ「クアッド」に対抗する戦略的影響力を手に入れるだろうと、アンソニー・コーデスマンは言う。中東は、2世紀以上にわたって米国と欧州の植民地大国の遊び場にされてきた。現在はロシアがシリアに軍事的足掛かりを築き、カスピ海と黒海にまたがって存在感を表しつつある。
イランとの協定、国連安全保障理事会で拒否権を行使できる常任理事国としての重要性により、中国はこの地域で外交的影響力を発揮し得る存在となった。中国は、パキスタンと北朝鮮の核武装の援助者であり擁護者として、外交コストを負担する能力と意志があることを示している。イスラエルが永続的に中東唯一の核武装国であり続けることができるという歴史と常識に楯突いたのである。中国が外交面で援護するなら、イランはさらにその道を突き進む勇気を得たと感じるかもしれない。一方、欧米諸国が、敗北した外国の占領軍として再びアフガニスタンから撤退するに伴い、中国の存在感、影響力、役割はアフガニスタンにおいても拡大するだろう。
ラメッシュ・タクールは、オーストラリア国立大学クロフォード公共政策大学院名誉教授、戸田記念国際平和研究所上級研究員、オーストラリア国際問題研究所研究員。R2Pに関わる委員会のメンバーを務め、他の2名と共に委員会の報告書を執筆した。近著に「Reviewing the Responsibility to Protect: Origins, Implementation and Controversies」(ルートレッジ社、2019年)がある。
INPS Japan
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