【ロンドンIDN=チャンパ・パテル】
東南アジアの人権状況は、新型コロナウィルス感染症(新型コロナ)の発生前から決して良くはなかった。民主主義と人権の価値を重んじるというASEAN諸国の建前に反して、自由のない民主主義国が増え、基本的な自由が危険にさらされてきた。東南アジアのほとんどの国々が、一部が植民地時代に端を発する圧政的な法律や、新たな弾圧立法を通じて、異議申し立てを犯罪化している。コロナ禍はこの傾向を強化している。
国際的な基準では、公衆衛生を理由にして人権に制限を加えるには明確な目的がなくてはならず、目的と均衡がとれ、非差別的で、時限的なものでなくてはならない。しかし、多くの東南アジア諸国が、時限がなく、広い解釈を許す曖昧な条項を持った緊急措置を通している。為政者たちは、通常のチェック・アンド・バランスの手続きを飛ばした緊急の権限をますます利用し、新しい措置の是非を検討する可能性を狭めている。
フィリピンでは、ロドリゴ・ドゥテルテ大統領が、大統領府が停止あるいは撤回しない限り公衆衛生に関する緊急措置が有効であるとする布告922号を成立させた。また、緊急措置を執行するために警察と軍隊を派遣し、ロックダウンに違反する者に対しては射殺を軍に認めている。
東南アジアの他の国々では、情報公開や表現の自由、集会の自由を制限する数々の法を通過させている。タイでは、3月末から4月末まで戒厳令が発せられた。タイ軍政は、移動と集会の制限を含む特別な権限を行使し、情報の自由な流れを制限した。これらの措置はしばしば、新型コロナ対策においては逆効果となる。バンコクでは、食料や衛生用品を配布しようとした人々が逮捕された。
新しい措置を採ってはいないが、単に既存の弾圧的な法律を利用している国もある。インドネシアが2008年に制定した「電子情報・取引法」は、サイバー空間上のコンテンツを検閲する権限を広く政府に与えている。そうした法はしばしば、必要な措置を越えて、信じられないような使われ方をしている。カンボジアのあるジャーナリストは、フン・セン首相の新型コロナに関するコメントを正確に引用しただけで逮捕された。ミャンマーでは、新型コロナとそれが社会にもたらす影響に関する壁画を描いたことで、ストリートアーティストが逮捕された。
東南アジア各国の政府は、「フェイクニュース」の取り締まりを口実に、政府に批判的な人々をターゲットにしている。ベトナム政府は、政府に批判的な書き込みをフェイスブックに投稿したとして数百人に対して罰金が科し、フェイスブック社が反政府的な内容をブロックすることに応じるまでの7週間にわたって、サイトへのアクセスを遅らせた。インドネシアでは、政府を批判した人々が各種の通信法違反のかどで逮捕されている。
インターネットへのアクセスを制限するという戦術もある。ミャンマーでは接続が遮断されてラカイン、チン両州の140万人が影響を受け、新型コロナに関して必要な情報を入手することができなかった。
新型コロナ対策の緊急措置を巡っては、データ収集や監視、プライバシーの懸念も出されている。危機管理を専門とするコンサルティング会社ベリスク・メープルクロフトの「プライバシー権インデックス」は、新型コロナ関連の監視措置によってプライバシー権をめぐる状況が悪化しているアジアは、世界で最もリスクの高い地域の一つだとしている。また、カンボジアやタイ、フィリピンは、問題のある監視措置を採っている国だと指摘している。
権威主義的な為政者たちが自らの権力の拡大・深化・確立目指そうとする政治的なご都合主義は、懸念すべき動向だ。マレーシアは、感染拡大以前から、パカタン・ハラパン連立政権の解体後の難しい政治的舵取りを強いられている。2020年11月、2人の閣僚が同国議会に対して、選挙の一時停止を検討していると述べた。他方、シンガポールの与党・民衆行動党は、権力を維持しようとして感染拡大の中で選挙を強行したことを批判されている。
東南アジアにおけるもう一つの流れは、立場が弱く社会の片隅に追いやられた人々に対する汚名や差別の問題であり、彼らの人権を擁護する取り組みが不在であることだ。2020年3月、カンボジア保健省の報告書は、クメール・イスラムなどの集団が新型コロナに感染したと発表し、少数派のイスラム教徒コミュニティーに対する差別につながってしまった。
新型コロナのパンデミック対策として一見積極的な措置と思われるものであっても、しばしば難民や亡命申請者の立場を無視しているものもある。タイは、非正規部門への景気刺激策を発表したが、タイ政府の発行するIDカードを保有していることが要件であった。つまり、ほとんどの難民や亡命申請者はここから排除されてしまうのである。これらの措置はまた、こうしたコミュニティーに対する支援を難しくしてしまった。難民たちは、逮捕や脅迫、差別を恐れて、必要な医療サービスを利用しなくなっているからだ。
こうした措置の全てが、すでに縮小している市民団体による活動の余地を狭めている。ウィルスの拡散を防ぐための行動の制限策は、基本的なサービスを提供し、草の根レベルでの対応を支援する市民団体の役割を考慮に入れた条項を欠いている。東南アジアの数多くの市民団体が、立場が弱く社会の片隅に追いやられたほとんどの人々の医療や社会、福祉の上でのニーズを制限的な環境の下で実現しようと努力している。
ロックダウン(都市封鎖)と集会の禁止によって、平和的な異議申し立てもまたやりにくくなっている。集会の制限は、医療危機への対処という目的に見合ったものでなくてはならない。東南アジアの多くの国々が集会を完全に禁止し、ソーシャル・ディスタンス(社会的距離)を保ったうえでの平和的な抗議を行うことさえ認めていない。こうした施策は、反対勢力や批判的な声、活動家、その社会の片隅に追いやられた集団を封じる目的で用いられている。
人権の擁護は、自由で開かれた、説明責任が果たされる社会において必須のものだ。コロナ禍は、人権を危機にさらす抑圧的な傾向を加速し、強化している。これらの分断線は感染拡大の前から存在したが、人権擁護に反するさまざまな措置を各国政府が取るようになってから、深化したと言える。
各国政府が、新型コロナのパンデミック対応から経済回復へと関心を移しつつある中で、民主主義やよい統治、人権を危機に陥れる措置を強力に跳ね返すことが肝要だ。東南アジアの傾向は、今後厳しい闘いが待ち受けていることを予示している。(原文へ)
INPS Japan
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