この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。
【Global Outlook=プリトビ・イエル/ゾーイ・スコリック】
公衆衛生への取り組みの妨害や選挙戦の混乱など、世界中で偽情報が国民の信頼や民主主義の原則を脅かしている。しかし、国際社会において偽情報がますます大きな話題となりつつあるにもかかわらず、信仰に基づく非政府組織(NGO)の運営やその公共イメージに対する偽情報の影響は、余り取り上げられていない。米国で活動する海外支援組織の60%近くが信仰に基づく組織であることを考えると、これらの組織に対する偽情報の影響を把握するだけでなく、組織の人道的活動に悪影響が及ばないよう偽情報に対抗する戦略を検討することも重要である。
偽情報キャンペーンの背後には概して国家の存在があるが、それ以外のアクターが虚偽や不正確な情報を意図的に拡散するために大きな役割を果たしている場合もある。最新の調査では、民間の第三者機関、つまり「偽情報コンサルタント会社」を利用して偽情報キャンペーンを開始し、促進する事例が増えていることが示されている。そのようなキャンペーンは、政治的利益を得るために偽のナラティブを拡散している。政治家や政府は舞台裏に身を潜めたまま、これらの偽情報拡散機関の糸を引いており、そのような事例はインド、フランス、ドイツ、ホンジュラスのような国々で確認されている。(原文へ 日・英)
しかし、偽情報を広めているのは、これらのいわゆる「偽情報コンサルティング会社」だけではない。シンクタンクや報道機関も、同じことをしている。米国に本拠を置くイスラム教系NGOは、偽情報キャンペーンによる狙い撃ちの被害者となっている。近頃では、反イスラム右翼系シンクタンクのミドルイースト・フォーラム(MEF)が、信仰に基づく組織を中東や南アジアのテロリスト集団と結び付けようとする記事を発表した。関連性がある以上同罪である、つまり3次や4次の隔たりは仲間のうちといった理屈である。記事では、イスラム教とテロの繋がりに関する使い古されたステレオタイプを強化するという究極の目標に役立つような各種のデータベース、グラフ、数字を読者に示し、信憑性を粉飾するという手段を用いている。しかし、詳細に分析すれば、それらのデータは信仰に基づく組織とテロの間に関連性があることなど証明していないが、その代わりにNGOの収入や寄付金の流れをあやふやなままリストアップしており、無関係でありながらいかにも説得力がありそうな話を読者に提示しているということが分かる。さらに、記事は、「過激主義に対抗する有力な手段として、[イスラム系米国人の]マッピング」を強化するのが有効であると主張している。これこそ、この記事が、西側のイスラム恐怖症と米国人イスラム教徒に対する偏見を助長するステレオタイプを利用することによって、偽情報の魅力を強めようとしていることを示している。
米国の信仰に基づくNGOは、そのような偽情報戦術によって組織の評判が傷つけられ、救済・開発援助組織として運営する能力が損なわれたと抗議している。偽情報が流された結果、政府の助成金を打ち切ろうとする連邦議会での動き、銀行取引の困難、活動する人員の安全リスクが生じていると、これらの組織は報告している。例えば、バンク・オブ・アメリカは近頃、イスラミック・リリーフUSAが23年間保有していた銀行口座を何の説明もなく閉鎖した。これは、オンライン上の偽情報によって生み出されたネガティブな認識がいかに現実に影響を及ぼすかを、改めて示すものである。
イスラミック・リリーフUSAだけではない。調査に回答した、米国に本拠を置き海外で活動を行っているNGOの3分の2が、資金アクセスに関連する困難を抱えていると報告している。こういった問題は、銀行が「デ・リスキング」と呼ばれる取り扱いする結果として生じる場合が多い。これは、顧客との取引に関して認知されたリスクを管理するのではなく回避するため、金融機関が取引関係を断ち切るという慣行である。デ・リスキングは、人道援助活動を行っているNGOにとって特に打撃を与える。命を救う支援を行う海外プログラムを資金が支えているからである。その場合、NGOは、資金を海外に送る別の方法を見つけるか、米国の別の銀行に口座を開設するために、貴重なリソースを配分する必要が生じる。
そのような偽情報戦術に対抗するため、一部の組織はオンラインの検索エンジン最適化や政府関係担当者の設置に投資を行っている。しかし、多くの場合、このような対応戦略は費用がかかり、重要な人道的活動に配分できたはずの多くの時間や資源を必要とし、偽情報キャンペーンに対抗する効果はわずかなものに過ぎない。
偽情報キャンペーンに対する力を生み出す一つの方法は、米国を拠点とする信仰に基づく組織や支持団体の間で強固な連帯と協働を構築することである。米国に本拠を置く組織のハブとして、NGOに対する差別や偏見に基づく政策に対抗する活動を行っているトゥギャザー・プロジェクト(The Together Project)は、偽情報に対抗し、ポジティブな変化を促すために、市民社会空間における連携がいかに有効であるかを着実に実証している。
2017年、ロン・デサンティス元下院議員がNGOイスラミック・リリーフUSA(IRUSA)への政府助成金の打ち切りを強く要求した。デサンティスが提案した助成金修正案に対抗するため、IRUSAはトゥギャザー・プロジェクトと連携し、同盟関係にあるカトリック・リリーフ・サービス(CRS)のような宗教的組織や非宗教的組織とともに対応戦略を策定した。この対応では、同盟するNGOの連合や、信仰に基づくNGOのミッションと活動を支持する連邦議会議員の影響力が発揮された。最終的にはデサンティス議員の修正案が取り下げられ、この努力は成功を収めた。
信仰に基づくNGOが偽情報によるネガティブな影響に対抗するために利用できるもう一つの有効な戦略は、情報のマッピングと共有を強化することである。情報のマッピングと共有により、NGOはベストプラクティスを学び、ツールを共有することができ、偽情報に対して後手に回るのではなく先手を打った対応を取る準備ができる。さらに、議員への啓蒙的な働きかけを重点的に行うべきである。信仰に基づくNGOは、定期的に訪問することによってポジティブなパブリックイメージを生み出し、偽情報の影響を受けやすいと思われる連邦議会議員を啓蒙することが可能になる。
信仰に基づくNGOは偽情報に直面した際、宗教の垣根を越えた協力とともに、情報のマッピング、国会議員への啓蒙的働きかけを行うことなどを対応戦略の核とするべきである。しかし、このような戦略だけでは、有効かつ持続的に偽情報を克服するには十分ではない。偽情報に対して永続的かつ有効に対処するためには、信仰に基づく組織同士だけでなく、データサイエンティスト、ITエンジニア、世界のメディア関係者、政策立案者、研究者、社会活動家との協力を強化する必要がある。信仰に基づく組織が偽情報に直面してもそれに負けないためには、多面的で事実の証拠に基づいたアプローチを取るほかない。今こそ、こうした革新的で変化をもたらす連携を構築し始めるときなのだ。
プリトビ・イエル(Prithvi Iyer)は、ノートルダム大学キーオスクールでガバナンスおよび政策の修士課程で学ぶ大学院生である。アショカ大学(インド)より心理学および国際関係学の学士号も取得している。また、大学院入学前はニューデリーに本拠を置く著名な公共政策シンクタンクであるオブザーバー研究財団で研究助手を務めた。
ゾーイ・スコリック(Zoe Skoric)は、ワイオミング大学を最優等で卒業し、国際関係学の学位を取得した。同大学で、米国難民再定住プログラム(U.S. Refugee Resettlement Program)をワイオミング州(プログラムがない唯一の州)に設置することを目指す組織を設立し、主導した。また、これまでにケニアの国内避難民の支援に従事し、米国国務省のほか、AMIDEAST、パートナーズ・グローバル(Partners Global)、米国シリア救済連合(American Relief Coalition for Syria)などのNGOで職務に就いた。現在は、インターアクション(InterAction)のグローバル開発政策・学習チーム(Global Development Policy and Learning team)で働いている。
INPS Japan
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