【ベルリンIDN=ジュリオ・ゴドイ】
米ロ両政府は、ウクライナ危機を、恐るべき核戦力の強化を正当化する理由として利用している。
そのことは、ドイツの保守系日曜週刊紙『フランクフルター・アルゲマイネ・ゾンターグツァイトゥング』(FAS)が1月25日の1面全部を使って、核兵器に関して「威嚇のジェスチャーを取っている」としてロシアを非難したことからも明らかだ。
「核兵器がふたたび前面に」と題されたFASのこの記事は、情報源を明かしていないものの、重装甲戦車から航空機に至るまで、ロシア軍の「核能力を有する(この言葉の曖昧さに注意)」輸送手段の動向を巡って数多くのインシデント(安全保障上問題があった事例)が起こったことを報じている。しかも全てがこの数か月間に起こったことだとされている。
また同紙は、2月5日にベルギーのブリュッセルで開催される北大西洋条約機構(NATO)防衛相会議では、欧州・北米のNATO加盟国や、ウクライナなどの非公式同盟国を標的にしたロシアの核体制分析がテーマになるとまで主張している。
この警告調のFAS記事には、情報源が明示されていない点を除けば、一つの重要な不実記載がある。それは、「ウクライナ危機が2014年に起こるまでは、NATOは核戦力削減の圧力下にあった。」と記載している箇所だ。
現実はその真逆であった。バラク・オバマ米大統領が2009年にチェコの首都プラハで「米国は核兵器なき世界の平和と安全を追求すると信念を持って」表明したにも関わらず、米国政府の主導の下、NATOは2010年に、欧州に配備されている180発の核爆弾「B-61」の実質的な改修作業を開始しているのである。この改修計画の費用は、少なくとも100億ドルに達する。
この計画は、実際の核弾頭から研究施設、関連産業に至る米国の核関連施設の大規模な近代化のプロセスのほんの一部分にすぎない。全体としては、10年間で3550億ドル以上の費用がかかるとみられている。しかし、ニューヨーク州立大学の教授で3部作『核兵器との闘い』の著者であるローレンス・ウィットナー(歴史学)氏は、「数多くの新核兵器が製造されてこの近代化プロセスが終わるころには、費用は急増することになるだろう。」と自身のブログの中で指摘している。
またウィットナー教授は、オバマ政権が国防総省(ペンタゴン)に対して、12隻の新規核搭載可能潜水艦、最大100機の新規核搭載可能爆撃機、400基の新規(或いは改修された)地上発射型核ミサイルの製造計画を立てるよう要求している点を指摘している。米議会と国防総省が調査を委託した外部専門家で構成される超党派独立委員会よると、これらの米核兵器の増強のコストはおよそ1兆ドルに達するという。
『ニューヨーク・タイムズ』が昨年9月に報じたように、こうした異例の核戦力増強には多くのオバマ支持者も失望を表明している。同紙は、オバマ大統領にも大きな影響を及ぼした核軍縮に関する著作があるサム・ナン元上院議員の以下のコメントを引用している。「(オバマ氏の核兵器政策)の多くについては、説明するのが困難です。大統領が表明したビジョンは、(それまでの核兵器をめぐる議論に)大きな方向転換をもたらすものでした。しかし、その後のプロセスは、現状維持をはかるものに過ぎませんでした。」実際のところ、オバマ大統領の核拡張政策は、むしろ事態を悪化させてきた。
こうしてみてくると、(NATOが核戦力削減の圧力下にあったとする)FAS紙の主張はきわめて奇妙なものになる。さらに言えば、欧州に配備されているNATO核戦力の近代化方針が、ドイツ外務省が明確に反対する中で採られてきたのである。
「耐用年数延長措置」以上のもの
2010年に承認されたNATO核戦力の近代化は、B-61爆弾の「全面的耐用年数延長プログラム」(LEP)と公式には呼ばれている。これらの核兵器は、すべて米国が主導する軍事同盟の参加国であるドイツ、イタリア、オランダ、トルコに配備されている。
米国家核安全保障局によると、現在開発4年目にあたるB61-12のLEPには、「老朽化に対応した核・非核両方の部品改修、運用期間延長の実現、核爆弾の安全性・信頼性・保全性の強化が含まれる。空軍の尾翼部品を組み合わせることによって、B61-12は既存の核爆弾B61-3、-4、-7、-10と置き換えられることになる。さらに、B61-12を配備すれば、米国の最後のメガトン級兵器であるB83を退役させることが2020年代半ばから末にかけて可能になる。」
LEPに関する民間の研究者らは、そうした核兵器の近代化は単に「耐用年数延長プログラム」を意味するのではなく、NATOの核能力を大幅に増強することになると指摘している。
米国科学者連盟核情報プロジェクトの責任者で、核兵器に関するもっとも著名な民間専門家のひとりであるハンス・M・クリステンセン氏は、新型核兵器の特徴を見る限り、「LEPは新たな軍事作戦を支援するものでもなく、新たな軍事能力を付与するものでもない」とした米政権の初期の公約は、説得力を持たなくなっている、と指摘している。
それどころか、LEPに関する新たな情報は、(米政権の公約とは)全く逆の内容を示している。
「誘導尾翼を取り付けたことで、B61-12の命中精度が他の兵器と比較して向上し、新たな戦闘能力が付与されることになります。」「米軍当局は、50キロトンのB61-12が(再利用されたB61-4核弾頭とセットで)360キロトンのB61-7核弾頭と同じ標的をたたく能力を得るには、誘導尾翼が必要だと説明しています。しかしB61-7が配備されたことがない欧州では、誘導尾翼が付くことで(B61-12)軍事能力が格段に向上することになるのです。これは核兵器の役割を低減させるという公約には見合わない改善措置と言わざるを得ません。」と、クリステンセン氏は語った。
それに比べ、米国が1945年8月6日に広島に投下した核爆弾「リトルボーイ」の爆発力は13~18キロトンであった。また、その3日後に長崎に投下された核爆弾「ファットマン」の爆発力は22キロトンだった。
2013年10月に行われた米下院公聴会では、B61-12は、1997年に導入された地表貫通型の400キロトン核爆弾「B61-11」や、最大1200キロトンの爆発力を持つ戦略核爆弾「B83-1」と置き換えられることが明らかにされた。
クリステンセン氏は、「B61-12の軍事能力は、最小爆発力のB61-4(0.3キロトン)から1200キロトンのB83-1、さらには地表貫通能力を持つB61-11に至る自由落下核爆弾の標的打撃能力の全体をカバーするものになります。破壊能力がこのように向上すれば、新たな核戦力は、これまでの自由落下爆弾の打撃力全般を網羅したうえに(誘導尾翼の導入により)どこでも攻撃できる精密誘導核爆弾になってしまいます。」と指摘した。
このFASによる記事は、米国や欧州のメディアやシンクタンクによって発表された一連の記事や研究の最新のもので、内容はすべて、NATOからのリークや噂を基礎にしたものである。例えば、広く噂されるところよれば、ロシアは、2014年に同国が併合した(ウクライナの黒海沿いにある)クリミア半島において、短距離弾道ミサイル「イスカンデルM」を配備したという。
この噂の情報源は、インターネット上にある映像で、ロシアの弾道ミサイル発射機がクリミア半島のセバストポリ市街を運ばれていく様子を映し出している。しかし、クリステンセン氏をはじめとした核兵器専門家は、問題の映像に映っているのはイスカンデルMではなく、沿岸防衛用の巡航ミサイル「バスティオンP」(K300P、あるいはSSC-5)であると指摘している。
ブリードラブ将軍とストレンジラブ博士
西側メディアの他の報道は明確に誤認があるというわけでもないが、少なくとも、ロシアの核戦力への警戒を引き起こす程度に曖昧なものである。昨年11月、NATO最高司令官である米国のフィリップ・ブリードラブ(Bleedlove)将軍(核戦争を風刺したスタンリー・キューブリック監督の『ストレンジラブ博士(Dr. Strangelove)[邦題:博士の異常な愛情]または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか』と極めてよく似ている名前なのは皮肉だ)は、ロシアはクリミアで基地を強化していると主張した。
他方でブリードラブ将軍は、ロシアの軍事作戦に核兵器の配備も含まれているかどうか、NATOは情報を持っていないことを認めている。
ブリードラブ将軍はその際、「核攻撃能力を持つ」ロシアの戦力がクリミア半島に移動した、と述べただけである。
再び、ハンス・クリステンセン氏の言葉を引用してみよう。「何がクリミア半島に移動されそこに何が貯蔵されているかを巡る不透明性は、非戦略核戦力の抱える特別な問題を示しています。なぜなら、非戦略核戦力は核・非核両方の能力を保持しているため、通常戦力の展開であっても、意図したものか現実のものであるかに関わりなく、(対立陣営によって)核配備のシグナルあるいは核へのエスカレーションとすぐさまみなされる可能性があるからです。」
さらにクリステンセン氏は、「クリミアの状況をめぐる不確実性は、(重要な違いはあるものの)NATOがバルト諸国、ポーランド、ルーマニアに一時的にローテーション配備している核能力を持つ爆撃機をめぐる不確実性と似たところがあります。ロシア政府は現在、NATOによるこうした配備を、ロシアの作戦に対してNATOが投げかける非難をかわすために利用しています。」と語った。
民間専門家らはここでもやはり、こうした作戦に関する議論は誇張されていると考えている。なぜなら、旧ソ連も今日のロシアも、1950年代以降今日まで、クリミア半島に核兵器を配備したことがないからだ。
核兵器に関するレトリックはNATOや米政府に限られたものではない。ブリードラブ将軍の記者会見とほぼ時を同じくした昨年11月、ロシアの『プラウダ』紙が「ロシア、NATOへ核のサプライズを準備」と題する以下の論評を掲載した。「ロシアは今日、ずっと少ない数の戦略核兵器運搬手段でもって、米国と同等の核戦力を保持することに成功している。ロシアの戦略核戦力は米国のそれと比較してもさらに進んでいるのだ。」
冷戦期の困難な時代へ後戻り
かつてソ連共産党の機関紙であったプラウダ紙は、それがまるでプライドの問題であるかのように、さらに次のように報じている。「ロシアの防衛当局がロシアの戦略核戦力を新世代ミサイルで再び武装すると約束している以上、(ロシアと米国の間のギャップは)将来的にさらに拡大するかもしれない。」
ロシアとNATOは合計で1万5000発の核弾頭を保有している。これは世界の核戦力全体の93%に相当する。世界を破滅に陥れ、時代遅れで、維持コストもきわめて高いこの恐るべき能力は、オバマ大統領がプラハ演説で述べたように、「冷戦が残した最も危険な遺産」であろう。
しかしそれでも、米ロ両国はウクライナ危機という目の前の機会を利用して、核戦力の増強を正当化した。これは民間の専門家らにとっては驚くことではない。米国にとっては、ウクライナ危機は悪化した米EU関係の改善を図るまたとない機会だった。両者の関係は、同盟国元首の携帯電話の通話など、ジブラルタルとベルリンの間のすべての電子通信を米国の国家安全保障局やその他の諜報機関が盗聴していた事実が明らかになって、著しく悪化していた。
米国としては、欧州のNATO諸国からB61-12の高価な耐用年数延長プログラムへの無言の支持を取り付けるだけではなく、反対論が根強い「環大西洋貿易投資パートナーシップ」(TTIP)を欧州諸国に受け入れさせ、エドワード・スノーデン氏が亡命するあらゆるチャンスを奪うための大きな危機を必要としていた。
ロシア側としては、核軍備管理に関する米国の別の専門家であるマイケル・クレポン氏が言うように、この危機は、米国に対してまるで懇願するかのような態度を改める機会を提供したと考えている。
米ロ間の核をめぐる言論戦の犠牲となった、いわゆる「ナン=ルーガー協力的脅威削減法」の突然の終了に関して、クレポンはこう書いている。「冷戦終結から四半世紀が経過し、米ロ関係は再び困難な時を迎えている。(ナン=ルーガー)プログラムは今や、ロシアのウラジミール・プーチン大統領や米議会両院の多数によって不必要かつ不適切なものとみなされている。ロシアはもはや何かを懇願する側ではなく、米議会ももはや寛容ではいられなくなっている。」
ナン=ルーガー法は、アゼルバイジャンやベラルーシ、グルジア、カザフスタン、ウズベキスタンなど旧ソ連領内に配備されていた旧ソ連の核戦力を保全し解体することを目的としたものであった。
或いは、「カーネギー・モスクワ・センター」の所長であり、ロシアの著名な平和研究者の一人であるドミトリ・トレーニン氏の言葉を引用するならば、「2014年初頭にウクライナで起こった危機は、1989年のベルリンの壁崩壊に始まるロシア・西側関係の時代を終わらせてしまった。危機によって、両者間の総じて協力的な局面は終わりを告げた…。替わって、ウクライナ危機は、かつての冷戦期の敵対国間における厳しい競争、さらには対立の新たな時代の幕開けとなった。」両者は実際のところ、核兵器で武装する以上の状況になっているのである。(原文へ)
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