【ケッタ(パキスタン)London Post=ドスト・バレシュ】
ティム・マーシャルは著書『Prisoners of Geography』の中で、「バロチスタンなくしてパキスタンはない」と主張している。また、パキスタンのカマル・ジャベド・バジュワ元陸軍参謀総長も、「パキスタンはバロチスタンなしでは不完全だ」と述べている。インド洋に近いという理由で、バロチスタンの重要性は21世紀にさらに高まるだろう。第一次世界大戦と第二次世界大戦は大西洋と太平洋に端を発している。21世紀はインド洋の世紀であり、インド洋を支配する国がアジアを支配する。中国や米国といった大国は、表向きはバロチスタンに執着している。
こうした中、ドナルド・ブローム米国大使が「港湾運営と開発計画、地域の物流ハブとしての港町グワダルの可能性、パキスタン最大の輸出市場である米国との接続方法について学ぶため」として2023年9月12日にグワダルを訪れた。パキスタン海軍西軍司令部との会談で、ブローム大使は地域問題について話し合い、今後数年間におけるパートナーシップの継続を強調した。
ブローム大使のグワダル訪問は興味深い議論を引き起こした。専門家の中には、今回の訪問はパキスタンにとって、この地域の地政学的状況をポジティブな方向に進めるうえで前向きな動きだと主張する者もいる。一方で、中国・パキスタン経済回廊(CPEC)(=一帯一路構想で計画される6つの経済回廊の一つ。 中国の新疆ウイグル自治区のカシュガルから中パ国境の標高4693mのフンジュラーブ峠を通り、パキスタンのアラビア海沿岸にあるグワダル港を結ぶパキスタンを北から南まで縦断する全長約2000キロの巨大経済インフラプロジェクト)との関連から中国を苛立たせることになると考える者もいる。今回の訪問には利点も欠点もあるようだ。グワダルが経済ベンチャーであることは間違いない。パキスタンが先進国に投資を呼びかければ呼びかけるほど、国は最大の利益を得ることになる。CPECとグワダルの専門家であるマクブール・アフリディ大佐は、米国はグワダルに投資すべきだと述べている。米中二国間の貿易額は年間7100億ドルを超えている。米中双方がビジネス活動に携わっているのであれば、(パキスタンが)米国にグワダルへの投資を呼びかけることに何の問題もないというわけだ。
「グワダル国際都市を宣言したパキスタンは、先進国に投資を呼びかける必要がある。米国にとってのビジネスチャンスを制限することは、パキスタン経済に損害をもたらすことになる。米中の対立によってパキスタンが苦しむことがあってはならない。米中両国から利益を得ることが国益にかなうのだ。米国のグワダルへの投資は、欧州連合(EU)、日本、韓国、カナダ、オーストラリアからの投資への道を開くだろう。」とアフリディ大佐は付け加えた。パキスタンは、地理的位置、グワダルの潜在力、人的資源、天然資源を含む4つの重要な潜在力に恵まれている。こうした要因が、米中両政府によるパキスタン政府との友好関係構築を促す背景にある。
一方、米国は中国による開発を監視しながら、グワダルでの影響力を加速させようとしている。おそらく米国の要請を受けたサウジアラビアは、グワダルに製油所を設置しようとしたのだろう。米国政府はNGOの協力を得て、同市の教育・社会部門で活動を開始した。グワダル大学では、米国大使館が研究プロジェクトを立ち上げた。NGOと協力して、米国は社会的・教育的活動を実施している。これはグワダルで初めての新しい試みである。
米国は文化的・教育的イニシアティブに投資し、識字率を高め、バローチ語や様々な現地語の教材を作ろうとしている。また、中国がバロチスタンで安全保障上の課題や好ましくないイメージに苦しんでいる時期を利用して、積極的に自らのイメージを高める戦略を展開している。米国は、中国を権威主義政権と呼び、一帯一路(BRI)の下で債務の罠政策を推進し、新疆ウイグル自治区で人権侵害を引き起こしているとして、いたずらに中国に対するイデオロギー戦争を始めている。米国は、バローチ人が中国に対して良いイメージを持っていないという事実を十分に認識しており、中国に対する否定的な世論を広めようとしている。現地の人々は今、米国が中断を伴いながら様々な支援プロジェクトに関与しているのを見て困惑している。ブローム大使の訪問後、地元の民衆は、グワダル市が米中間の新たな対立の舞台になるのではと感じている。
米国は依然としてCPECに懐疑的で、グワダル港を海軍基地にすることで、中国が軍事利用するかもしれないと考えている。多くの専門家によれば、米国はグワダル港に進出することで、ホルムズ海峡での支配力を強化し、この地域におけるイランの影響力を牽制したいのだという。現在の国際政治では、インド、サウジアラビア、ブラジルといった中堅国が、米中の大国間競争から最大の利益を得ている。これらの当事者は大国間競争を利用し、米国にも中国にも全面的に依存することを避ける傾向にある。パキスタンは、米国大使をグワダルに招くことで、米中の綱引きから最大限の影響力を得ようとする中堅国の道を歩む可能性が極めて高い。
パキスタンはその歴史を通じて、国内の経済発展に取り組むことに失敗してきた。戦争経済の状態が今日も続いている。大国間の対立があるたびに、パキスタンは経済と安全保障の恩恵を受けるためにブロック政治の一部となってきた。安全保障と経済という2つの課題を平行して進めなければならないこの国が、予見可能な課題に対処するのは大変なことだ。パキスタンは従来のアプローチを採用すべきではない。時代は変わり、知識経済、産業化、地域連携の時代となった。政府は、グワダルを含む国内への投資を米国と中国双方に呼びかけ、これらのプロジェクトの発展を支援する計画を立てるべきだ。逆説的だが、もしパキスタン政府が中国の政策に同調すれば、米国はIMF(国際通貨基金)を通じて圧力をかけるだろう。米国政府はIMFを政治的手段として利用している。そのため、パキスタンはア米国の重要性を過小評価することはできない。
現実的に言えば、世界は変貌を遂げ、アジアの世紀となり、パワーバランスはイデオロギー的にも物質的にも、西洋から東洋へと移行しつつある。中国の台頭は驚くべき現象であり、弾丸を発射することなく大国の地位を獲得した唯一の新興大国である。中国政府は援助の代わりに投資を提供し、対立よりも平和を促進しようとしている。最終的な分析によれば、南アジアは、冷戦と、米国に支えられた対テロ戦争に引き起こされた未曾有の荒廃を目の当たりにしてきた。グローバリゼーションの時代に冷戦的な思考を捨て去ることは、世界平和の必須条件である。現在の大国間競争において中立を保つことは、パキスタンにとって唯一かつ最適な選択であり、中国よりも米国を優先することは逆効果である。(原文へ)
*著者のドスト・バレシュ博士は、バロチスタン大学クエッタ校で国際関係を教えている。
INPS Japan
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