【ニューデリー/SciDev.Net=ランジット・デブラジ】
昨年、ケララ州の稲の収穫期を、季節外れの雨が直撃した。雨天では収穫機が動かない。ところが、収穫した籾(もみ)を一時的に保管したり、水分を飛ばして乾燥させたりする施設が十分にない地域では、刈り取った米も稲わらも、露天に置けば短期間で傷む。結果として、食べる米だけでなく、家畜の飼料になる稲わらまで失われたという。地元の非営利団体タナール・トラストが伝えている。
打撃は減収だけではない。収穫の遅れや腐敗、雨水やカビによる汚染で品質が落ちれば、販売価格は下がり、収入も減る。場合によっては、食用に適さない作物になってしまう。
「作物損失は一律ではない。誰が、どの段階で、どのような損失を背負っているのかを丁寧に捉えることが、小規模・零細農家の生計を支える、公正で持続可能な農業の出発点になる。」カビタ・ミシュラ(農業研究機関CABIのジェンダー・包摂専門家)
こうした損失は、インド各地でいまや珍しくない。気候の振れ幅が大きくなり、害虫の動きも変わり、土壌や水を含む環境ストレスが、農業の前提そのものを揺さぶっているからだ。タナール・トラスト代表のウシャ・スーラパニはSciDev.Netに対し、「稲の収穫期に降る季節外れの雨は、もはや“例外”ではなくなった。雨が降れば機械収穫はできず、収穫を遅らせざるを得ない。その分、損失は膨らむ。」と語る。
しかも、豪雨や洪水は全体像の一部にすぎない。人の手による土地の劣化(過度な耕作や森林減少、土壌流出などにより、土の力が落ちること)が収量低下に拍車をかけ、気候条件の変化に押される形で、害虫や外来種は分布を広げ続けている。

果物と野菜の生産で世界最大級を誇り、米と小麦でも主要な生産国・輸出国であるインドにとって、作物損失は食料と経済の両面に直結する課題だ。国連食糧農業機関(FAO)によれば、害虫や病害によって世界の作物は毎年最大40%が失われる。インド国内に限っても、政府推計は約30%に達する。
損失を押し上げる要因は害虫や病害だけではない。極端気象と土地劣化が重なり、南アジアはとりわけ影響が大きい地域の一つだと、最近のFAO報告書は指摘する。同報告書は、世界で17億人が、土地劣化によって作物の収量が落ちている地域に暮らし、食料安全保障(安定して食料を確保できる状態)と生態系の健全性が同時に脅かされていると推計している。
真菌毒(マイコトキシン)
畑で目に見える被害の背後で、研究者がもう一つの重大リスクとして挙げるのが「汚染」だ。インドのウッタル・プラデシュ州でタタ・コーネル研究所が行った調査では、米、小麦、トウモロコシ、ソルガムなどの主食に、アフラトキシン(カビが産生する毒性物質で、マイコトキシンの一種)が高い濃度で検出された。健康被害の懸念に加え、汚染された穀物は売り物になりにくく、農家の所得にも響く。
同研究所アソシエイト・ディレクターのバスカル・ミトラは、作物損失の議論で見落とされがちな側面だと強調する。「マイコトキシンは、がんの原因として知られている。公衆衛生と、農家の所得損失という二つの観点から考えなければならない。」ミトラはSciDev.Netにこう語った。
一方で、FAO報告書には希望もある。AI(人工知能)やリモートセンシング(衛星などで地表を観測する技術)、ドローンがリスク情報をリアルタイムで提供し、早期警戒と先回りの対応を地域で強めつつある。輪作(作物を年ごとに替える)や被覆作物(地表を覆って土を守る作物)による土壌保全、総合的病害虫管理(IPM=農薬だけに頼らず、栽培法や天敵利用などを組み合わせて害虫・病害を抑える手法)といった、農家が培ってきた方法も、こうした技術で補強され始めている。
ただし、損失の影響は一様ではない。研究者によれば、女性、男性、若手農家は、担う役割や資源へのアクセス、意思決定権の差によって、直面するリスクも取り得る対策も変わる。この違いを踏まえなければ、地域の「レジリエンス」(危機に耐え、回復する力)は組み立てられないという。
農家の声を聞く
農業研究機関CABI(SciDev.Netの母体)の南アジア地域ディレクター、ビノード・パンディットは、インド中央稲研究所とCABIの「世界の作物損失の負担(GBCL)」プログラムが2025年9月から11月にかけて実施したワークショップで、次のように訴えた。「ジェンダーの視点から作物損失を理解することは、強靱な農業と包摂的なプログラム・政策の確かな土台になる。作物損失と食料不安に対処するため、研究と普及の現場は、ジェンダー中立の枠組みから、ジェンダーを意図的に組み込む行動へ転換する必要がある。」
ワークショップには科学者、普及指導員、農家が参加し、害虫、病害、気候ショックが地域ごとに作物へ及ぼす影響を検討した。焦点は、農家の経験に耳を傾け、損失の測り方そのものを見直すことにあったという。
CABIのカビタ・ミシュラはSciDev.Netに対し、「ワークショップは、オディシャ州で農家や普及指導員の声を聞き、害虫、病害、気候ショックに彼らがどう対処してきたかを学ぶ場だった」と説明した。「作物損失の影響が誰に、どのように及ぶのかを捉えれば、小規模・零細農家の生計に資する、より公正で持続可能な農業システムを築ける。」
マッピングとモデリング
ミシュラによれば、GBCLが進めるデータ収集、地図化、モデリングは、国内から大陸規模まで、作物損失のパターン理解を押し広げている。大規模な現地観測に、既発表の圃場試験データや科学文献を重ね、さらに自動テキストマイニング(文献から情報を機械的に抽出する手法)も組み合わせる。
衛星画像などのリモートセンシング技術は、極端気象の影響の監視や、害虫・病害の圧力の検出に用いられる。機械学習モデルは複数の衛星データを統合し、作物ストレスの初期兆候や、病害虫が広がりそうな兆しを捉えようとしている。
インドではすでに、インド宇宙研究機関(ISRO)のResourcesat計画の衛星データを使い、稲と小麦の生育を監視し、雑草の発生やストレスの兆候を地図化している。CABIのプロジェクトも、国内外の衛星データを活用し、害虫・病害の脅威を予測するモデルの精度向上を進め、早期発見と管理を支援している。
それでも、現場の声は冷静だ。技術だけでは増大する気候圧力を相殺できない。ケララ州では季節外れの雨が繰り返し農家を襲う。「雨が降ると、収穫した籾を保管するインフラも乾燥施設もなく、作物が腐ってしまう。」
スーラパニは、タナール・トラストとしてこう語る。「家畜の飼料に使う稲わらでさえ、カビを防いで保存できない。」
気候の極端化は換金作物にも及ぶ。スーラパニによれば、カルダモン農家は昨年の干ばつで収穫を失い、植え替えを迫られた。費用は農家にとって破滅的だという。
オゾン被害
もう一つの新たな脅威が、地表付近のオゾン濃度の上昇である。オゾンは大気汚染物質の一種で、植物の組織を傷つけ、登熟(葉から穀粒へ栄養が移る重要な段階)を妨げる。その結果、収量と品質の両方が落ちる。
地表オゾンが稲作に与える影響を研究してきたインド工科大学のジャヤナラヤナン・クッティプラスは、オゾン被害による米生産の損失だけで、インドは年に30億米ドル超を失っていると推計する。対策として、汚染排出の削減に加え、高いオゾン濃度に耐える品種の開発を挙げる。
中国や東アジアでも、オゾンは大きな減収をもたらし、巨額の経済損失につながると推定されている。ある研究は、中国でオゾン汚染により、小麦で33%、米で23%の収量損失が生じると推計した。
一方、オゾンは本来有害な汚染物質であるものの、CABIは制御された条件下で、害虫・病害対策の抗菌剤として活用できないかも探っている。

アジア太平洋地域では、いもち病(稲の主要病害)やトビイロウンカ(稲の害虫)などが主食作物への脅威であり続ける。これらはリモートセンシングデータと機械学習モデルを組み合わせることで追跡が可能になりつつあり、より早い警戒と、より狙いを定めた対応につながる可能性がある。
研究者と政策担当者に突きつけられている課題は、損失を減らすことだけではない。損失をより正確に測り、「いつ、どこで、どのように」作物が失われ、「誰が」そのコストを負担しているのかを可視化することが、気候変動下で実効性と包摂性を備えた対策を設計するうえで欠かせないとの認識が強まっている。(原文へ)
本記事は「世界の作物損失の負担(GBCL)」の支援のもと、SciDev.Netのグローバル・デスクが制作した。
INPS Japan
関連記事:













