【カイロIDN=バヘール・カーマル】
私たちは、半世紀前のアラブ諸国では、イスラム教徒やキリスト教徒、ユダヤ教徒の間にいかに調和と平和的共存があったかを振り返ってみるべきだ。
また2011年のエジプト民衆蜂起のさなかとその後に、数百人のイスラム教徒が集まって、教会で祈りを捧げるキリスト教徒を守ろうとした出来事や、数波に及ぶ民衆抗議の中で、コプト教徒の集団が自ら人間の盾となってタハリール広場で祈るイスラム教徒を過激主義者の攻撃から守ろうとした出来事は、未だに多くの人々の記憶に新しいだろう。
アラブ地域におけるこれら3つの一神教(イスラム教、キリスト教、ユダヤ教)の信者の間では、共存は常に当然のものと考えられてきた。かつてのエジプトやレバノン、パレスチナ、シリア、イラク、モロッコでは、住民の間で相手がどの宗派に属しているかを尋ねることなどあり得なかった。
それから、何が起こったのか?
イスラム教徒の家庭に育ったエジプト人の若いITエンジニアのアフマド・アライさんは、「政治…いつも政治が問題なのです。政治家が、国民に対する弾圧を強化する口実を得るために国内のイスラム教徒とコプト教徒の間に意図的に緊張と分断を作り出したのです。彼らはこの手口で自らの権力を永続化しようとしたのです。」と語った。
言語学者のラムシス・イシャーク教授(62)も同様の思いを次のように語った。「ここ(エジプト)では誰がイスラム教徒で誰がキリスト教徒かなんて考えたこともなかったですよ。私たちはみなエジプト人なのです。一例を挙げると、私は、イスラム教のラマダン(断食月)の伝統が大好きです。その時期になるとイスラム教徒の隣人たちが、『断食後の食事』にいつも私を招待してくれるのです。」
この点についてはアライさんも、「私たち(イスラム教徒)もキリスト教の復活祭(イースター)を祝います。我が家ではこの祝祭日になると、両親がオリーブの枝と椰子の葉をバルコニーに飾っていたのを良く覚えています。また、私と6人の兄弟姉妹は卵に色付けして楽しく過ごしたものです。そうしても何の問題もなかったのです。なぜなら(イスラム教徒もキリスト教徒も)皆兄弟なのですから。」と語った。
もし他のアラブ諸国で、この点について、イスラム教徒やキリスト教徒の意見を聞いてみても、きっと大差ない反応が返ってくることだろう。
「これ(キリスト教対イスラム教という対立構図)は、西側諸国が創り出した問題です。」「なぜだか分かりませんが、欧米の人々は私たち(イスラム教徒)すべてを、まるでオサマ・ビン・ラディンのように考えているようです。しかし私たちの99%は、平和を愛する穏やかな人達です。…私たちには平和が必要なのです。」と、電気通信の専門家ハニ・ヨーセフさんは語った。
宗教的、政治的に誘導された今日の分断の根源がたとえどのようなものであれ、多くの宗教指導者や市民社会組織が警鐘を鳴らしている。
またそうした数ある団体の中で、パリに本拠を置く国際教育科学文化機関(ユネスコ)や、ニューヨークに本拠を置く国連「文明の同盟」のような国連機関や、ウィーンに本拠を置くKAICIID(宗教間・文化間対話のためのアブドラ・ビン・アブドゥルアズィーズ国王国際センター)も、今日見られる宗派間の分断を煽る動きに警鐘を鳴らしている。
「……私たちを取り巻く世界は、紛争と騒乱に満ちています。差異がある『にも関わらず』ではなく、差異と『ともに』、人類が一つに結ばれた家族として平和的に共存するという私たちのビジョンは、未だに実現されていない理想の概念です。」と、国連「文明の同盟」上級代表のナシル・アブドゥルアジズ・アルナセル大使は今年初めに語った。
アルナセル上級代表は、「世界の多くの国で、なお紛争が起こっているというのが過酷な事実です。一方、いくつかの紛争地帯では、平和に向けて始められた取り組みが、対話への希望を生み出しています。場所は違えども、これらの紛争には共通した特徴があると思います。つまり、宗教に関する歪められた見方を体現した急進的な概念が、しばしは暴力行為に火をつけているのです。しかし、それはなぜなのでしょうか? 暴力を正当化するのに宗教を使うことができるという考え方は、それ自体矛盾していると言わざるを得ません。」と語った。
またアルナセル高等代表は、故ジョン・F・ケネディ米大統領の言葉である「寛容とは、自らの信仰に対する献身の欠如を意味するものではなく、むしろ、他者への抑圧や迫害を非難するものだ。」を想起するとともに、「ある特定の宗教を信仰しているか、全く信仰していないかに関わらず、暴力や破壊、加害を是認する宗教など存在しないのです。実際のところ、あらゆる主要な宗教や哲学は、『人にしてもらいたいと思うように、人にしてあげなさい』という黄金律の考え方を基盤に成り立っているのです。」と指摘した。
開かれた見識を促進する
「では、これは私たちにとってどのような意味合いを持つでしょうか? 私たちは、心を閉ざすのではなく心を開かせるような見識を促進しなくてはなりません。不寛容を拒否し、許容と理解の文化を培っていかなくてはなりません。そしてそれは、教育やコミュニケーション、政策の見直しを通じて、実行していくことが可能なのです。私たちは、過激主義の問題について、必ずしも常に宗教の問題としてではなく、経済的、社会的、政治的、人間的な側面を伴う問題として、取り組みを開始する必要があります。」とアルナセル高等代表は語った。
このような見解は、宗教間の調和を目指して活発に活動を展開している他の組織でも共有されている。実際、ユネスコは最近、この方向でさらなる一歩を踏み出した。
ユネスコのイリナ・ボコヴァ事務局長は5月25日、KAICIIDのファイサル・ビン・アブドゥルラフマン・ビン・ムアンマール事務局長と、「文化と宗教が異なる人々の間の対話を促進することへのコミットメント」を再確認する了解覚書に署名した。
ボコヴァ事務局長は、「文化の和解のための国連の10年(2013~22)」に向けたユネスコのリーダーシップと、この国連の10年が提供する「社会参加を促し、紛争を予防し、恒久平和の構築に資するとともに、基本的な原則としての知識の共有、人権の尊重、文化的・宗教的多様性の促進を基礎とした新たな形態の地球市民権を促進する」という好機を強調した。
ユネスコ・KAICIID合意は、「社会間の相互理解や寛容、平和共存、協力を強化する共同プログラムやアウトリーチ活動を発展させ、国連人権宣言と文化的多様性に関するユネスコ世界宣言に明記されている原則を尊重する平和の文化に貢献すること」を目的としている。
一方KAICIID側のビン・ムアンマール事務局長は、「ユネスコとKAICIIDは、多様な文化や宗教がより平和的で調和のとれた宗教間関係の構築に貢献することを可能にする『対話の文化』を強化するために協力していきます。この取り組みは、紛争の解決につながっていくことでしょう。」と語った。
両団体は、この合意に基づいて、向こう4年間にわたって以下の4つの目標にそって協力し合っていくことになっている。①公式および非公式の教育において対話の重要性を促進する。②異文化間・宗教間の平和対話を促進するための予備知識を向上させる。③若者をターゲットとした取り組みを通じて組織的協力を支援する。④対話と相互理解を育成するためのツールとしてメディアを利用する。
KAICIIDは、「世界中のさまざまな宗教や文化の信奉者の間の対話を可能とし、力を付与し、奨励すること」を目的として2013年に設立された。創設国(サウジアラビア、オーストリア、スペイン)が「加盟国評議会」を構成し、センターの活動を監督している。また、ローマ教皇庁は、センター創設時からのオブザーバーとして認識されている。
KAICIIDの理事会は、世界の主要宗教(ユダヤ教、キリスト教、イスラム教、ヒンズー教、仏教)や文化からの高等代表から成り立っている。そしてセンターは事務局長が統括している。
数ある活動の中でも、今年4月にKAICIIDが国際新聞編集者協会(IPI)世界会議(表現とメディア倫理の問題が今年のテーマ)に合わせて開催した公開パネル討論会「宗教のイメージ:認識の衝突?―信者がメディア報道の仲居に自らのイメージを見たとき、それを認識できるか?」は注目に値する。
今年4月15日に南アフリカ共和国のケープタウンで開催されたこの公開パネル討論会は、宗教の多様性に関する正確な報道のあり方について、IPI世界大会の参加者を交えて協議することが目的だった。
この公開パネル討論会に先立って、宗教と取材テーマとした実践例に注目した作業会合が4月12日(IPI世界会議初日)に終日に亘って開かれた。ジャーナリスト、テレビプロデューサー、編集委員らが、パネリストとして、リベリア、カタール、サウジアラビア、インドネシアから参加した。
参加者は、宗教間の対話、宗教に関する報道に際して考慮すべき複雑かつ膨大な意味群、中東での様々な報道における宗教の役割、対話と宗教の肯定的なイメージを促進するチャンネルとしてのメディアの役割といった話題に焦点を当てた。
KAICIIDのピーター・カイザー報道部長は、質の高い報道を確保するうえでの「報道の自由」の重要性を強調した。
またKAICIIDは、平和と社会的一体性の実現に向けた活動の第一歩として、教育における「他者のイメージ」に注目している。
SGIと池田大作会長
その意味で、全世界で会員1200万人以上を擁する在家仏教運動である「創価学会インタナショナル」(SGI)の池田大作会長は、「異文化の架け橋・人類が直面する地球的問題群解決の方途としての対話の先駆の闘士」と評されてきた。
実際、池田会長は、教育や文化、政治、科学、芸術などの分野の著名人と数多くの対話を行い、その多くは出版されている。
「対話は私たち共通の人間性を再確認させ、再活性化する」と池田会長は述べている。
SGI会長は「生まれた時から、悪い人間などいない。どんな人にも、善に伸びゆく『心の種子』が宿っている。その『心の種子』をどう育み、いかなる実りをもたらすかは、ひとえに教育にかかっているといってよい。」と述べている。
「真の教育とは、単なる知識の伝授でもない。才能の開発だけでもない。人格や知性も含んだ全人性の陶冶を目指すものである。過去から現在へ、そして未来へ向かって「ヒューマニティ(人間性)」を確実に継承し、発展させゆく聖業である。」
他方、SGI各国組織は、さまざまな宗教の人びとの間の理解を形成することを目的とした宗教間対話や取り組みに積極的に参加している。さらに、SGIは世界宗教議会の定期的な参加団体であり、また、欧州科学芸術アカデミーと一連の宗教間シンポジウムを開いている。
社会問題や教育、対話に熱心な宗教間組織はいたるところにある。例えばその一つが、国際赤十字(キリスト教)・赤新月(イスラム教)連盟である。
また、その他の国際組織の例をいくつか挙げれば、世界宗教会議、欧州諸宗教指導者評議会、宗教間対話研究所、宗教間協力国際評議会、世界平和超宗教超国家連合、世界宗教連合、教皇庁諸宗教対話評議会、世界宗教者平和会議、世界宗派会議、世界教会協議会宗教間関係に関するチーム等がある。
他方、数多くのさまざまな宗教指導者の会合が、世界各地でほぼ毎週開かれている。
ならば、寛容と共存のメッセージを広げるという目標達成がこれまでのところ成功していないのはなぜだろうか?
この点について、元教師のモハメド・モスタファ(69)は、「二つの重要な条件が満たされない限り、平和は訪れないでしょう。一つ目は、至る所にある軍事組織の権力と影響力の問題です。…彼らの関心は専ら新兵器や軍事計画を実験することにあります。…そして宗教や文化の分断は、彼らにとっては格好の利用材料となっているのです。」「そして第二の条件は、イスラム教社会と欧米キリスト教社会の両方で新しい意識を創り出すことです。私たち(イスラム教徒)には、欧米諸国からくるものなら何でも拒否するという、歴史に根差した伝統があります…。彼らが私たちの土地を占領し、民衆を抑圧し、資源を収奪したという思いがあるからです。…ただし私たちの拒否反応は、欧米諸国による支配に対してであって、彼らの宗教(キリスト教)に対してではないのです。」と語った。
※バヘール・カーマルは、ジャーナリストとして約40年のキャリアを持つ、エジプト生まれのスペイン人。スペインで「ヒューマン・ロング・ウォッチ」(Human Wrong Watch)を発行・主宰。
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