ニュースシリア内戦を「宗派間緊張」に変えるファトワ

シリア内戦を「宗派間緊張」に変えるファトワ

【ロスアルトス(カリフォルニア)IPS=エマド・ミーケイ】

このところ、イランの支援を得たバシャール・アサド大統領の政府軍勢力が、シリア国民に残虐行為を行っており、反政府勢力を支援すべきと訴える声が、イスラム宗教家の間で高まっているが、中でもこうした抗議の先頭に立っているのが、サウジアラビアの聖職者らである。

6月14日、メッカ・聖モスク(Grand Mosque)のサウジ・ショレイム導師が、すべてのイスラム教徒に対して、「あらゆる手段を通じて」シリアの反体制派とシリア内戦に巻き込まれた民間人を救うべき、との異例の呼びかけを行った。

サウジアラビアで高名なモハメッド・エリファイ導師もまた、訪問先のカイロ中心部のモスクで数千人の聴衆を前に行った説話において、アサド政権と闘う者を支援し聖戦(ジハード)に馳せ参ずべし、と発言した。

その前日、主に湾岸地域からのイスラム宗教学者がカイロに集まり、シリアにおけるジハードを国際的に呼び掛ける方策について協議した。

6月4日、通常リベラルな報道で定評があるアル・アラビーヤ(サウジアラビア資本の衛星テレビ局)が、保守派のリーダー格とみられているユースフ・アル=カラダーウィー師をゲストに迎えた。現在カタールを拠点にしているカラダ―ウィ師は、シリアでアサド政権側に立って内戦に介入している「ヒズボラ」に対するジハードを呼びかけた。

聖職者らによるこうした呼びかけが相次ぐようになった背景には、イランの支援を得てレバノンで活動してきたシーア派民兵組織「ヒズボラ」が、シリア内戦への介入を強め、数週間前には、反政府勢力をシリア西部の要衝であるクサイル(Al-Qusair)の街から駆逐したという事情がある。

それまで反政府勢力はクサイルの街を数か月に亘って勢力下に置いていた。反政府勢力は2011年12月に武装蜂起して以来、この街を含む数都市を政府軍から奪取することに成功していたが、今回のクサイル陥落は、政府軍と反乱軍の勢力バランスが再び政府軍側に有利に傾く契機になったとみられている。

シリア政府系のメディアは、政府軍が反乱勢力の拠点であるホムスの街に向けて前進を続けていると報じている。またイランの通信社ファーズも、先週、政府軍がシリア各地において反乱軍を圧倒し戦闘を有利に進めている、と報じた。

紛争の国際化

米国は6月13日、アサド政権が国民に対して化学兵器を使用したと断定し、反乱勢力に対して武器供与を検討していることを明らかにした。シーア派の一派であるアラウィ派に属するアサド大統領に対するジハードを呼びかけるスンニ派聖職者らの動きは、こうした米国の動きと軌を一にしたものである。

米国とサウジアラビアは、1979年から10年間に亘ったソ連のアフガニスタン侵攻の際にも、今日と類似した役割分担を演じている。当時米国は、ソ連軍に対抗するアフガンゲリラ「ムジャヘディン」兵士に対して武器を供給、一方、サウジアラビアは、資金面の支援と並んで、ソ連侵略軍と戦う宗教的大義名分を提供した。

この数週間に亘って、アラブ系メディアは、イランの呼びかけに応じたシーア派戦闘集団がアサド政府軍を支援すべく、イラク、レバノン、イランから続々とシリアに流入いるとする目撃情報とともに、シリア内戦が次第に宗派間闘争の色合いを濃くしていると盛んに報じてきた。

先述のスンニ派聖職者らも、イランとヒズボラが、アサド独裁政権と国民の間の紛争を宗派間闘争へと変質させているとして非難している。

シリア紛争は、中東の数か国において独裁政権打倒へとつながった民主化要求運動「アラブの春」の初期段階において、デラーの街で発生した平和的な抗議運動に端を発している。抗議運動は、まもなく政府軍との衝突に発展し、国連の発表によると、これまでに93,000人のシリア人が犠牲となっている。

「女性たちは夫を奪われ、子供たちは難民になることを余儀なくされています。そして彼らの家は、暴虐な政府軍と侵略軍によって瓦礫と化しているのです。このような状況下、私たちは支援の手を差し伸べる義務があります…。」涙を流しながらシリアで犠牲になっている女性や子供の窮状を訴えるショレイム師の説話は、アラブのテレビ局数局で放映された。ショレイム師は、スンニ派イスラム諸国では、説話やコーランの朗読が、しばしば公の場や各家庭のテレビやラジオを通じて国民に親しまれるなど、広く尊敬されてている人物である。

サウジアラビア政府は、従来よりメッカやメディナを聖地とし政治とは切り離す方針を採ってきており、ショレム師もこれまで政治問題に言及することはほとんどなかった。それだけに、政治問題に直接切り込んだ今回のショレイム師の説話は、シリア情勢がいかに深刻であるかを反映するとともに、従来の方針から大きく離脱するものであった。

またカイロでは、ベストセラーの著作の数々と人気番組を持つアル=エリファイ導師が一時間に及ぶ説話の中で、(アサド政権に対する)ジハードに馳せ参じる必要性について説いていた。

エリファイ師は、「過去40年に亘ってアサド政権が行ってきた虐殺行為は、近代史上まれに見る類のものです。」と指摘したうえで、「もしイランが主導するシーア派同盟がシリアで勝利を収めれば、次は他国の『イスラム教徒の子供たち』が彼らの標的となり、『シリアの子供たちのように虐殺される恐れがあります。」と警告した。

エリファイ師、ショレイム師、カラダーウィー師によるこうした発言は、民衆に対してシリアのアサド政権に抵抗するよう強く働きかけてきた「ファトワ」として知られる(スンニ派)イスラム聖職者らによる一連の宗教的勧告の最新の動向を示すものである。

6月13日、主に湾岸地域からのイスラム宗教学者がカイロに集まり、シリアにおけるジハードを高らかに宣言するとともに、同国でアサド政権と戦う戦士たちへの支援を呼びかけた。

「この会議は、必ず現場に影響を及ぼすことになるでしょう。国際社会には、アサドという暴君の前では、シリアの人々が犠牲になるのはやむを得ないと諦めかけていた風潮がありました。しかし、(この会議に出席した)聖職者たちの行動は、そのような風潮は間違いだということを証明したのです。」とアル・メスルユーン紙のガマル・スルタン編集長は語った。

残虐行為を記録する

エジプトにあるスンニ学派の最高権威アル・アズハルモスクのアハメド・アル=タイーブ師を含む会議の参加者らは、紛争地でヒズボラとシリア軍が民間人に対して行っている残虐行為を記録したドキュメンタリーフィルムを観た。

会議を主催した汎イスラム非政府組織の「国際ムスリム学者同盟」は自身のウェブサイトに掲載した声明文の中で、今回の会議の狙いは、「イラン、アサド政権、ヒズボラの本性を明らかにすること。」と記している。

会議参加者の一部は翌14日にエジプトのムハンマド・モルシ大統領と面会し、ジハードへの支援を要請した。その翌日、カイロスタジアムに集まった数千人に及ぶ支持者や聖職者らの前に現れたモルシ大統領は、シリア政府との一切の関係を断つという方策を含む、エジプト政府による一連の対シリア政策を発表した。

アラブの春で大きな役割を演じた「ソーシャルメディア」は、今や、シリア政権による虐待の実態を伝えるとともに、アサド政権に対するジハードを呼びかける活発なプラットフォームとして、活用されている。

今週初め、(報道によれば)アサド支持派に強姦され半裸の状態で道路の真ん中に横たわっている女性を数人の若者が救出しようとする生々しい映像がユーチューブで公開された。しかしその若者らは、次々とアサド側の銃弾に斃れ、その女性も助からなかったとみられている。

またフェイスブックでも、喉を切り裂かれた子供たちや、瓦礫の下敷きになった子供を含む数多くの血みどろの死体を捉えた映像等、人権侵害を告発する書き込みが相次いでいる。その中のある人は、「あなたがこうして机の前でフェイスブックを楽しんでいる間に、シリアでは子どもたちが死んでいるのです。」と書き込んでいる。(原文へ

翻訳=IPS Japan

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