【国連IPS=タリフ・ディーン】
「いかなる場所からも核の脅威を除去する最善の道は、あらゆる場所から核兵器を除去することである。」こう語るのは、最近ますます、最強の反核論者の一人とみられつつある潘基文国連事務総長である。
しかし、核の脅威を除去するという長きにわたる望みは、まだ叶えられそうもない。イランとの協議は暗礁に乗り上げ、北朝鮮は核実験を継続し、アラブ蜂起に伴う政治状況の変化によって、12月にフィンランドで予定されていた中東非核兵器地帯化に関する国際会議は開催が危ぶまれている。
しかし、ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)が6月4日に発表した世界の軍備動向に関する2012年の年次報告書によれば、核軍縮に関する世界の関心があらためて高まってはいるが、8つの核兵器国(米、英、仏、中、露、印、パキスタン、イスラエル)のいずれも、核戦力を放棄することに関してレトリック以上の意思を示していない。
SIPRIの軍備管理・軍縮・不拡散プログラム上席研究員のシャノン・カイル氏は、「核弾頭の全体数は減っているかもしれません。しかし、これらの国家において長期的な核近代化計画が進められていることは、核兵器が依然として国際的な地位と権力の源泉となっていることを示しています。」と述べている。
「核兵器なき世界」という長く失われた大義は追求する価値があるかという質問に対して、カイル研究員は、「私は基本的に楽観主義者ですが、核兵器なき世界を達成するのはかなり長期的な目標であることを現実的に理解する必要があります。」と語った。
またカイル氏は、「SIPRI年次報告書で述べているとおり、すべての核兵器保有国が核戦力の近代化あるいは拡張計画を進めており、無期限に核兵器を保持し続けようとしているかにみえます。」と指摘すると同時に、「政治指導者らが、これまでなら考えられなかったことを、少なくとも考えるようになり、単に核兵器の数を減らしたりその拡散を防いだりするだけではなく、究極的には完全廃絶するための長期的戦略を形成することを真剣に考え始めていることは、希望の持てる兆候です。」と語った。
さらにカイル氏は、「現在の戦力の傾向を別にすれば、『核兵器なき世界』という目標に最終的に到達するには、抑止論の呪縛とでも呼べるものをまず打破しなくてはなりません。」「そのためには、21世紀型の脅威からどうやって身を守るかということに関して、我々の発想を根本的に転換させる必要があります。」
「最終的には、そうした発想の転換こそが、『核兵器なき世界』に向けて前進していくにあたっての、もっとも難しい課題となるかもしれません。」と語った。
先月あるロンドンの日刊紙が、中東での蜂起と、イスラエルとイランの核兵器製造疑惑を巡る政治的綱引きが原因で、ヘルシンキで12月に予定されていた国際会議の開催が難しくなりつつある、と報じた。
この会議の第一目的は、中東を核兵器禁止地帯にすることである。しかし、米国とイスラエルを含む主要な数カ国が、未だに会議参加を確約していない。
米国のバラク・オバマ大統領は、昨年、この会議の隠れた目的がイスラエルを指弾することにあるのなら、米国は会議に参加しないと警告した。
チュニジア・リビア・エジプト・シリアで最近起こっている民衆蜂起は、中東の政治的環境を大きく塗り替えた。
SIPRI年次報告書は、世界の核戦力は、「数を減らしてはいるが、より近代的なものとなっている。」と分析している。
2012年の初めには、8つの核兵器国が計約4400発の核兵器を作戦配備していた。そのうち2000発は高度な警戒態勢下に置かれている。
すべての核弾頭をカウントすると、8ヶ国で合計約1万9000発になる。2011年初頭には2万530発であった。
SIPRIによれば、この減少は、米国とロシアが、「戦略的攻撃兵器のさらなる制限と削減のための措置に関する条約」(いわゆる新START)の条件に従って備蓄戦略核をさらに削減したことに加え、老朽化・陳腐化した核兵器を退役させたことによるものである。
同時に、法的に核兵器国と認められている中・仏・露・英・米は、新しい核兵器運搬システムを展開しているか、或いは、そのような計画を実施すると発表している。
これら核兵器5大国は、自らの核戦力を未来永劫保持し続けることに固執しているようだ。
他方、SIPRI年次報告書によれば、インドとパキスタンは核兵器を運搬可能な新システムの開発をつづけ、核分裂性物質を軍事目的で生産する能力も拡大させている。
これだけ大騒ぎしているにも関わらず、北朝鮮を今はともかく少なくとも将来的にも核の脅威とみなさないのはなぜか、という問いに対して、カイル氏は、「この数年のSIPRI年次報告書で指摘してきたように、作戦配備可能な核兵器(航空機あるいはミサイルで運搬可能な、軍事的に利用できる兵器)を開発し終えたという北朝鮮の主張を裏付けるような公知の情報が存在しないということです。」と語った。
カイル氏は、「したがって、(北朝鮮が主張している核兵器)それ自体は、軍事的脅威とはみなされない」としたが、同時に、北朝鮮が明確に核兵器開発に向かっていることも指摘した。
北朝鮮政府の数多くの論評や声明を読むと、米国による先制攻撃に対する最後の手段として、核兵器が安全を保証するのだと指導部が本当に考えているふしがある。
実際、北朝鮮は、核抑止力の開発を正当化するために、米国の北朝鮮敵視政策と同国を抑圧しようとする試みを非難し続けてきた。
「目下の問題は、北朝鮮が初歩的な核兵器能力を開発し、今後、小規模の核兵器開発に成功するかもしれないという現実に国際社会がどう対応するのかということです。」と、カイル氏は指摘する。
「私は、これに対するもっとも合理的な答えは、検証可能で透明性を確保した形で北朝鮮に核兵器開発を諦めさせることが現実的なオプションになりえない以上、国際社会は、北朝鮮の『核の既成事実』と共存していかざるを得ない、ということだと思います。」とカイル氏は語った。
この構図は、たとえ北朝鮮と米国との間で今後徐々に和解が進展したとしても、基本的に変わらないだろう。
カイル氏は、同時に、「国際社会は、北朝鮮の核兵器開発がもたらす不安定的な帰結を抑え込むか、少なくともそれを緩和する一貫した戦略を形成しなくてはなりません。」と語った。
こうした帰結の中でもっとも危険なものは、すでにシリアに対してそうしたと言われているように、核分裂性物質、あるいはそれを生産する能力を北朝鮮が他国に輸出する(いわゆる二次的拡散の)可能性であるという共通認識が、米政府や多くの独立の識者の間で形成されつつある。
このため、「北朝鮮の核能力を制限するための執行可能な措置や政策を実行することだけではなく、北朝鮮と国際社会全体の主要な安全保障上の懸念に対処するような、交渉を通じた解決に至るための公式を形成することへの関心も高まりつつあります。」とカイル氏は語った。
他方で、SIPRI年次報告書は、「2011年に中東と北アフリカで起こった動乱は、今日における武力紛争の性格が変化していることを浮きぼりにした」と警告するとともに、「2011年に実施された平和維持活動は、民間人保護という考え方がより受容されるようになったことを示す良い例となった。」と指摘している。(原文へ)
翻訳=IPS Japan浅霧勝浩