ニュース衰退するドイツの反核運動

衰退するドイツの反核運動

【ベルリンIDN=ジュリオ・ゴドイ】

彼ら―そう、ドイツからの核兵器撤去を求めて集った数十万人の平和活動家の姿を、長らく見ることはなかった。冷戦真っ只中の約30年前に大西洋条約機構(NATO)がドイツに公式に核兵器を導入したとき、彼らはドイツの政治シーンの中心的存在だった。しかし、今日、平和デモに参加する人々はほんのわずかしかいない。 

それでもなお、核軍縮を求め続けるドイツの活動家らは、以前と同じく固い意思を持っている。たとえば、ドイツ南西部ラインラント地方の小村ライエンカウルに住む薬剤師のエルケ・コーラー氏の場合もそうである。この州には、NATOの核兵器が配備されている。核軍縮を実現するための彼女の多くの活動の中でも、カール=テオドール・ツー・グッテンベルク国防相に対する訴訟がきわだっている。核兵器をドイツから撤去する積極的な努力を怠った、というのが訴えの理由である。

 コーラー氏の訴訟は、ドイツ配備の核兵器が、ドイツが批准している核不拡散条約(NPT)からドイツ最終規定条約に至るいくつかの国際条約に違反していることを根拠としている。 

コーラー氏はIDNの取材に応じて、国際反核法律家協会(IALANA)の会員である私の弁護士によれば、NPT第2条はドイツが核兵器を配備することを禁止しています。他国の核兵器であっても同じことです。我々の解釈では、ドイツ憲法はすべての市民に対して、政府に国際法を守らせる権利と義務を与えていますから」と語った。 

国防相に対する訴訟は非常に目立つように思われるかもしれないが、訴訟に勝つチャンスがあるかどうかにかかわらず、ドイツではほとんど無視されてきた。ドイツ市民が核問題に対してもつ無関心をよく示している。 

核戦争防止国際医師の会(IPPNW)ドイツ支部の会員イェンス-ペーター・シュテッフェンは「市民は30年前ほどには、核兵器を恐れていない」という。 

シュテッフェン氏はIDNの取材に対して「特に若い世代は核兵器の破壊力に関する想像力がありません。核兵器はたんにより大きな破壊力を持った通常兵器のひとつだと考えられています。核兵器のもたらす破滅について知らないのです。広島・長崎の記念日といったときにしか、核問題が注目されることはありません。あるいは、オバマ大統領のような世界的な指導者が核軍縮を求める発言をしたときぐらいでしょう。」と語った。 

市民の支持を求めて 

オバマ大統領が2009年4月のプラハ演説で、核兵器を「もっとも危険な冷戦の遺産」と呼んだとき、ドイツの指導者らは、核軍縮が市民の注目を集める問題であることに気づき、平和運動の輪に加わるようになった。 

 社会民主党(SPD)の党首でもあるフランク-ヴァルター・シュタインマイアー外相(当時)は、米国政府とNATOの核軍縮計画の中にドイツ配備の核も含めるよう求めた。外相は週刊誌『シュピーゲル』で核兵器は「時代遅れ」と正しくも名指した。彼はそれ以前に核兵器に反対するような発言をしたことはほとんどなかった。 

当時の野党党首であり現在は外相のギド・ヴェスターヴェレ氏もまた、それまでは、反軍事主義だとか国防計画への反対だとかいったことに縁がなかったが、核兵器の撤去を即座に求めた。オバマ大統領のプラハ演説から6週間後の2009年5月15日、ヴェスターヴェレ氏は「核軍縮のときが来た」と強調している。 

彼は、すでに外相となっていた今年1月にもこの主張を繰り返し、ドイツ領土から核を撤去させるための「交渉をNATO加盟国と行っている」と発言した。「オバマ政権成立以来、事態には新しい流動が生まれている」とはヴェスターヴェレ氏の言葉である。 

現在でも、ドイツには数多くの核兵器が存在している。配備の具体的内容については機密扱いされているが、IPPNWの推計によると、B61弾頭の核兵器約20発が、ブエッヘル軍事基地の施設に貯蔵されているという。ベルリンの南西500キロほどのところにある、ベルギーとルクセンブルクの国境に近いライン地区の同施設には、最大44発の核弾頭を貯蔵するスペースがある。 

約1700人のドイツ兵が、いわゆる「核共有政策」の枠組みの下で、核兵器の維持を任されている。この政策は、核兵器を保有しないNATO加盟国が核兵器の使用計画策定に関与できる、というものである。ドイツ以外には、ベルギー、イタリア、オランダが米国の核兵器を貯蔵している。 

IPPNWによれば、合計で300発の米国の核が欧州のNATO加盟国に散らばっている。この核爆弾のそれぞれが170キロトンの爆発力を持っている。ちなみに、1945年8月6日に広島に投下され20万人の命を奪った原子爆弾の爆発力は12.5キロトンであった。 

オバマ大統領のプラハ演説後に生じた核軍縮への機運は非常に魅力的なものであり、2009年10月に政権を取った保守・リベラル連合であるキリスト教民主同盟(CDU)・自由民主党(FDP)ですら、政権公約に核軍縮を含めたほどである。 

CDU・FDPの連立政権合意には、「『核兵器なき世界』という目標を含め、米国のオバマ大統領が打ち出した包括的な核軍縮構想を強く支持する」と述べられている。さらに合意は、「この文脈において、NATOによる新戦略概念策定のプロセスにおいてもまた、NATOおよび米国との同盟という条件の下で、ドイツ領土に依然として存在する核兵器の撤去を推進していく。」としている。 

現実とのギャップ 

しかし、ドイツ政府の核兵器に対する立場は、現実の政策と矛盾をきたしている。ここから明らかなことは、突如として生まれた反核への動きは、たんに政治的な機会主義のなせる業であって、軍縮に対する信念ゆえではないということである。2009年10月の連立政権合意発表の前夜まで、CDU党首でもあるアンゲラ・メルケル首相は、ドイツには核兵器を配備し続けるべきだと繰り返し述べていたのである。 

メルケル首相は、オバマ大統領のプラハ演説の数日前である09年3月、次のように述べていた。「目標と、それへと向かう道を混同しないように気をつけねばなりません。この微妙な分野においてドイツ政府のNATO内における影響力を保つために、核共有政策はわが政府の政策として確固たる地位を占めてきたのです。」 

別の言い方をすれば、軍事的な理由ではなく、NATO内におけるドイツの政治的影響力を保つという意味において、メルケル首相にとって核兵器は必要不可欠のものなのである。しかし、その数ヵ月後には、メルケル首相は、核撤去を求める政権合意に署名している。 

しかし、それから1年が過ぎ、メルケル首相の当初の慎重さを実証するように、世界の官僚機構が核軍縮への新たな動きをせき止めている。結果として、核問題はドイツの日々の政治課題から消え去ってしまっている。 

たしかに、エルケ・コーラー氏のような平和活動家は、それほど多くの人数がいるというわけではないが、「時代遅れの核兵器の撤去」を求めつづけてきた。しかし、社会全体からの注目はほとんど浴びていない。 

NATOは、11月の会合でドイツからの一部または全部の核撤去について検討するかもしれない。専門家は、「NATOはこの問題を取り上げそうだ。しかし議論の帰結は予断を許さない」と見ている。 

IPPNWのシュテッフェン氏は、「厳密に軍事的理由からではないものの、NATOもドイツ政府も同国領内に核兵器を保持しつづけることを望んでいる。」と見ている。シュテッフェン氏は、「ドイツ領内の核兵器には軍事的意味合いはありません。それは時代遅れのものだからです。核戦争が起こったら、NATOが欧州内で核兵器を使った戦闘を行う可能性はきわめて低い。それは使えない兵器だからです。なぜなら、核兵器を航空機に搭載して長い距離を運ばねばならないからです。」と語った。 

シュテッフェン氏によれば、ドイツ政府の核軍縮に対する立場は矛盾をはらんでいる。「政府は、表向きは『核兵器なき世界』を目指すとしています。しかし現実には、NATO内での勢力を保つために核兵器を維持し、さらにはロシアに対する交渉力を保持するためにそれを必要としているのです。それゆえ、ドイツの核兵器は『よく言って政治的価値しかない。軍事的には無意味』なのです。」とシュテッフェン氏は語った。 

ヴェスターヴェレ外相は、「NATOは次のリスボン・サミットにおいて新戦略を承認する。それは、現在の地政学的な状況の下で、同盟の防衛・安全保障政策において核兵器の果たすべき役割という課題にも触れるものとなるだろう。」と語っている。 

同外相に対するあるインタビューによると、4月にエストニアのタリンで開かれたNATO外相・国防相会議において、ヴェスターヴェレ外相自身が、現在の世界における核兵器の意義に関する討論を自身のイニシアチブで開始したと語った。これはまるで、オバマ大統領のプラハ演説とその後の動きなどなかったかのような発言である。 

しかし、ヴェスターヴェレ外相は、米国政府がすでに、少なくともレトリックのレベルにおいて、軍事政策における核兵器の重要性を低下させていることを認めている。「この文脈において、NATOの同盟国からの同意を得て、ドイツから核兵器を撤去することがドイツ政府の目標となった。」と同外相は語った。 

しかし、シュテッフェン氏は、核兵器が軍事的にみればあきらかに無用であるにもかかわらず、NATOがドイツから核を撤去する決定を下す可能性はきわめて低い、と考えている。 

時代遅れではあるが… 

もっともありえるシナリオは、米軍もまた核兵器が時代遅れであることを認めながら、依然としてドイツ領内には核兵器が残り続けるというものである。2008年12月、米国防総省の委託したある報告書において、専門家委員会が、欧州に配備されている B61核爆弾は「軍事的にみれば無益」と結論している。同委員会はまた、核兵器を維持するコストが不当に大きいことも強調している。 

くわえて、ドイツには米国の核にアクセスする権限がない。「核共有政策」の下で、NATOはドイツのような非核兵器国に核兵器を配備している。しかし、この核は米軍によって管理・保全されている。核爆発を引き起こすための暗号も米軍だけが握っている。 

このようなドイツの主権侵害にもかかわらず、ドイツの政治指導者と一般世論の両方にとって、核兵器はもはや重要課題とはなっていない。この問題に関してもっとも口を開かない閣僚がグッテンベルク国防相であることはきわめて示唆的である。同国防相の無関心こそが、エルケ・コーラー氏をして、国際条約違反を理由にドイツ政府に成り代わって同氏を訴えさせたのである。 

しかし、野党の指導者の間でも核問題への関心は低くなっている。それこそオバマ演説以後の数ヶ月間は、すべての政党の指導者がこぞってこの話題を論じたが、いまや議論は、青年組織や一般組織にまかせっきりになっている。 

SPDでも同じことが言える。シュタインマイヤー前外相は関心を失い、「Jusos」として知られる「青年社会主義者組織」が核問題を担っている。 

Jusosの指導者フランツィズカ・ドロセル氏は、「冷戦から20年たっているというのに、ドイツにはまだ核兵器が配備されている。(広島・長崎を殲滅した)原子爆弾の何倍もの破壊力をその一発一発がもっているというのに。」と現状への不満を語った。 

ドロセル氏は、NATOがパキスタンや北朝鮮を核兵器保有問題で吊るし上げる一方、自らは核を保有し続けていることを苦々しく思っている。「自分は核を手にしながら、他国に放棄を迫っても説得力はありません。」とドロセル氏は語った。 

オンライン・キャンペーン 

ドイツからの核撤去を求める象徴的なキャンペーンが行われている。グッテンベルク国防相に電子メールを送ろう、という試みである。送られるメールには何百もの署名が連ねられ、11月にリスボンで開かれるサミットにおいて、ドイツに依然として配備されている核兵器の撤去を他の同盟国に強く訴えるよう求める内容である。 

電子メールには、今年3月24日にドイツ連邦議会が核撤去を求める決議を圧倒的多数で可決したことにも言及されている。 

グッテンベルク国防相への訴訟を含め、これらのキャンペーンが効果を発揮することになるかどうかは未知数である。何の効果もない、という結果がもっともありえるのかもしれない。核問題に対する全般的な無関心からすると、仮にNATOがドイツからの核撤去を決めたところでそれへの注目すら集まらないかもしれない。(原文へ

IPS Japan

This article was produced as a part of the joint media project between Inter Press Service(IPS) and Soka Gakkai International in Consultative Status with ECOSOC.

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