【パリIDN=A・D・マッケンジー】
不平等とともに過激主義が世界中の関心事となる中、平和と持続可能な開発をもたらすうえで教育の果たす役割は大きい、と識者らは指摘している。
「教育は公共財であり、政府にはそれを提供する道義的責任があります。しかし、私たちが直面している問題は、教育を駆使していかに平和で持続可能な社会をもたらすのかということです。」とインドに本拠を置く「途上国研究センター」のピーター・デソウザ教授は語った。
1月28日から30日にかけてフランスのパリで開催された第2回国際連合教育科学文化機関(ユネスコ)世界市民教育フォーラムで基調報告を行ったデソウザ氏は、IDNの取材に対して、「より良い市民を作り出すという教育の真の目的に関して言えば、世界は『戦いに敗れる』危険をはらんでいます。」と指摘したうえで、「私たちは、かつて女性運動や環境運動によって人間の考え方や価値観がいかに変わりうるかを目の当たりにしてきました。今こそ、活動モードに入り、勢いのある教育運動を起こす必要があります。」と語った。
またデソウザ氏は、現在の教育をめぐる国際的な言説は、残念ながら「企業の望む方向」、或いは(デソウザ流に言うところの)「ダボス的なやり方」に流されてしまっているという。「ダボス」というのは、スイスで毎年開かれている世界経済フォーラムのことで、ここには経済・政治・芸能の世界から「グローバル・エリート」たちが集結する。デソウザ氏は「このことが、(教育を巡る言説にも)覇権的な要素を蔓延らせ悪影響を及ぼしているのです。」と語った。
さらにデソウザ氏は、「教育は、ビジネス・チャンスが目的となって、ますます企業の都合で振り回されるようになっています。その一方で、公立学校は人々の関心から外れ、不平等が拡大しているのです。」と語った。
フォーラムにおける2つの主要テーマは、2015年以降の開発アジェンダにおける世界市民教育と、それが「平和で持続可能な社会」を構築していくうえで果たす役割であった。
またユネスコ関係者によると、今回のフォーラムにおける討論は、現在策定中で5月に韓国で開催される「世界教育フォーラム」で採択予定の「ポスト2015教育行動枠組み」につながる「具体的なインプット」を打ち出すことが期待されているとのことだった。
新時代の新たなスキル
ユネスコのイリナ・ボコヴァ事務局長は、フォーラムの開会挨拶の中で、「世界は『新時代の新しいスキル』を求めています。」と、世界から集まった250名の参加者に語りかけた。
ボコヴァ事務局長は、「教育とは単に情報や知識を伝達するためのものではなく、より『平和で、公正で、包摂的で、持続的な』世界に貢献できるような価値観や能力、態度を与えるものです。」と指摘した上で、「私たちのビジョンを研ぎ澄まし、世界市民教育を私たちの活動、つまり、貧困を削減し、社会的包摂を進め、全ての社会のニーズに持続可能な方策で応え、平和の文化を創り出すという活動全体の文脈の中に位置づけねばなりません。」と語った。
またボコヴァ事務局長は「教育は、文化間の尊重と理解を育成し、『多様性を最大限尊重する』ことを学習者に教え、若い人々のエネルギーを全ての人々の利益になるように仕向けることができるものです。」と、強調した。
今回のフォーラムは、3人の若い過激派が17人をパリで殺害した1月7日のテロ事件からちょうど3週間後に始まった。犠牲者には、預言者ムハンマドに関する論争の的になっている漫画を掲載した風刺週刊誌『シャルリ・エブド』で働く9人のジャーナリストが含まれている。
そうした暴力の陰で、過激主義と闘い、文化間・宗教間対話を促進するうえで教育が果たす役割に関する議論はとりわけ重要性を持っている。フォーラム参加者らは、世界市民教育に向けた長期的な政策を策定するなかで、教育者に加えて若者の全面的な参加を呼び掛けた。
世俗的な価値観
チュニジアのNGO「アル・バウサラ」の代表で創設者のアミラ・ヤヒャウイ氏は、いかにして多様な価値観が混在する世界で共存していくか、とりわけ、宗教的信条と関連付けながら「laicite」(世俗的価値)について若い人々を教育する必要がある、と強調した。
またヤヒャウィ氏は、「子ども時代を過ごす権利を奪われた」紛争地帯の子どもたちの窮状にもっと注目し、生存権についての教育がなされるべきだと訴えた。また、教育対象はそうした子どもたちに限らず、親や祖父母に対する教育も同様に重要だと指摘した。
「もし、ある女の子に兄弟とは平等でないと教えるのがその母親だとしたら、どうやって、この不平等に対抗する教育ができるでしょう。」とヤヒャウィ氏は問いかけた。
ユネスコによれば、世界市民教育(GCED)の目的は、「人権や社会正義、多様性、ジェンダー平等、環境の持続性への尊重を基盤とし、それを涵養(かんよう)するとともに、さらに責任ある世界市民になるべく学習者を力づけるような価値観や知識、スキルをあらゆる年代層の学習者に授けること。」である。
また世界市民教育は、「全ての人々にとってより良い世界と将来を推進する権利と義務を実現する能力と機会」を学習者に授けるものでもある。またそれは、子ども、若者、大人と、すべての年齢層を対象としたものでもある。
「世界市民教育は多様な方法で提供されうるものですが、ほとんどの国における主要な方法は、公的な教育制度を通じたものでしょう。」と政府関係者らは語った。そうして諸政府は、世界市民教育という概念を既存のプログラムの一部として統合することもできるし、或いは、別個の課題とすることも出来る。
「世界市民」という価値は長年にわたって考えられてきたものだが、ユネスコは、「国連事務総長が「グローバル・エデュケーション・ファースト・イニシアチブ(GEFI)」を2012年に開始して以来、勢いが増してきた」としている。GEFIは、「世界市民の育成」を、「全ての子どもに学校教育を」と「学習の質の向上」に並ぶ3つの主要な任務の一つととらえている。
この分野におけるユネスコの取り組みの一つに、「全ての人への尊重を教える」というプロジェクトである。これは、「教育における、或いは教育を通じた差別に対抗する」ために、ブラジルと米国が2012年に共同で開始したものだ。これに関する取り組みが、現在、ブラジルやケニア、コートジボワールなどの国々で行われている。
ユネスコは、韓国に拠点を置く「ユネスコ・アジア太平洋国際理解教育センター」との協力で、世界市民教育に関する情報センターを新たに設置した。
フォーラムでは、(セクシュアリティや保健教育を含めた)多領域に亘る議論が時として圧倒的で反復的だったが、問題の重要性は、必然的に本質的なものであった。このことは、学者や政策立案者、NGO、国連諸機関に交じって多くの若者がフォーラムに参加していた事実にはっきり見て取ることができる。
西アフリカのシエラレオネ生まれで、GEFI青年グループの議長であるチェノール・バー氏は、「いかにして世界市民教育の成果を測定し国際的パートナーシップを形成するか等、2015年以降の教育をめぐる課題に関する具体的な提案が出された今回のフォーラムは、有益なイベントでした。」と語った。
「私たちにはお互いに対する責任があり、人間性は、国籍や民族、宗教的信条よりも重要なものです。」とバー氏はIDNの取材に対して語った。「アフリカの諺にあるように、あなたがいるから、あなたのお陰で私があるのです。(=ウブントゥ)それこそが、世界市民であるということの本当の意味なのだと思います。」(原文へ)
翻訳=IPS Japan
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