地域アジア・太平洋インドで広がる「民主主義の赤字」

インドで広がる「民主主義の赤字」

この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。

この記事は、2021年3月23日に「The Strategist」に初出掲載されたものです。

【Global Outlook=ラメッシュ・タクール】

エコノミスト・インテリジェンス・ユニットが2月初めに発表した年次民主主義指数で、世界上位5カ国の民主主義国はノルウェー、アイスランド、スウェーデン、ニュージーランド、カナダとなった。北朝鮮は圧倒的な最下位を記録した。インドは、52の「欠陥のある民主主義国」のうちの一つに分類された。インドのスコアは、ナレンドラ・モディ首相が就任した2014年の7.92から2020年は6.61へと低下し、世界ランキングは、27位から2020年の調査対象167カ国中53位へと転落した。報告書では、「当局による民主主義の後退と市民の自由に対する弾圧」や「インドにおける市民権の概念に付きまとう宗教的要素」により、「インドの民主主義規範に対する圧力が高まっている」と論じられている。新型コロナ抑制の努力は、「市民的自由のさらなる侵食をもたらした」。(原文へ 

フリーダム・ハウスは、3月3日に発表した報告書「世界における自由2021」において、インドの評価を「自由」から「部分的に自由」に引き下げた。それによると、インドにおける市民的自由は2014年以降低下し続けており、ジャーナリストへの脅しの増加、人権団体に対する圧力の増大、ムスリムへの攻撃の増加が見られる。2019年のモディ首相再選以来、自由の低下は顕著に加速しており、「インドは民主主義の世界的リーダーとしての役割を担う可能性を放棄し、包摂と全ての人の平等な権利という価値観の構築を犠牲にして、偏ったヒンドゥー・ナショナリストの利益を推進しているようである」。

モディ政権は「選挙制独裁」へと移行したと、スウェーデンのイェーテボリに本拠を置くプロジェクト「バラエティーズ・オブ・デモクラシー(V-Dem)」は3月半ばに発表した世界の民主主義の健全性に関する年次調査において述べている。モディ政権には、治安妨害禁止法を乱用し、品位を低下させた罪もある。インドの国家犯罪記録局のデータによると、治安妨害事件は2016年から2019年までに165%も増加している。最近の例として、22歳の環境活動家ディーシャ・ラヴィの事件がある。彼女は、デリー周辺で行われた農民たちの抗議への関心を高めるため、大胆にも世界の有名人にTwitterで連絡を取ったのである。

「欠陥のある民主主義」「部分的に自由」「選挙制独裁」。三つの定評ある国際的な民主主義評価機関から与えられた、実に不名誉な三つの言葉である。インドの選挙はおおむね自由かつ公正であるが、選挙と選挙の間では民主的、非宗教的、連邦的な領域が縮小していることが懸念の原因となっている。インドの病んだ政治的身体、リベラルかつ多元的な国際ブランドの出血を裏付けるかのように、プラタープ・メータがデリー郊外のアショーカ大学の教授職を辞した。

国民に広く知られた知識人であり、高名な<インディアン・エクスプレス>紙に毎週コラムを執筆し、アショーカ大学の元副学長でもあるメータは、20年以上にわたって代々の政権に対して臆することなく真実を語ってきた、際立った実績を持っている。メータが辞表において説明したところによると、この私立大学の一部の創設者は、メータが大学にとって「政治的負債」になっており、大学の利益のために辞職することが最善であると伝えてきたという。米国および英国の名門大学に勤める約180人の研究者が、これに応じて公開書簡を発表し、臆病にも政治的圧力に屈したことへの悲嘆と落胆を表明した。

S.ジャイシャンカル外相はフリーダム・ハウスとV-Demの報告書に強く反発し3月15日に、「あなたがたは、民主主義か独裁主義かの二分法を用いている。誠実な回答を求めているというなら言おう。それは偽善だ」と述べた。さらに「自ら任じた世界の管理人」が「判断を下す」ための自分たちのルールとパラメーターを「でっち上げて」いるとけなし、彼らは「インドの誰かが彼らの承認を求めないことがどうにも我慢ならないようだ」と言った。腹立ちまぎれの憤怒に満ちた返答は、異論を概して見下すモディ政権の姿勢と一致するが、ジャイシャンカルのような血統、知性、そして外交官を勤め上げるほどの国際的経験を備えた人物にはふさわしくない。

また、それは明白な誤りでもある。国内にも同じような批判を口にする人々はいたし、多くの人はインドのメディアが、権力を持つサルカリ(政府が所有し統制するメディア)、権力にへつらうダルバリ(提灯持ちメディア)、そして、モディへの個人崇拝強化に異を唱えようとする、減少しつつある本物の独立系メディアやジャーナリストに大別できると考えている。いまや、彼らの不満を伝える外国メディアも増えている。1月29日、<ザ・タイムズ・オブ・インディア>紙の社説は、ジャーナリストを刑事告訴することによるメディアへの脅しをやめるよう訴えた。昨年デリーのシャヒーン・バーグ地区で行われた女性主導の抗議活動では、憲法で保障された権利という言葉を用いて包摂的な市民権の要求が明確にされた。

その一方で、インドは世界の、特に西側諸国の承認を切望しており、世界ランキングが上昇する度に(例えば、世界銀行のビジネス環境改善指数のスコア向上など) それを喧伝している。カラン・タパールは<ヒンドゥスタン・タイムズ>紙において、閣僚グループが西側のメディアと世論に影響を及ぼすための97ページにもわたるひな形集を作成したこと、情報省が世界報道自由度指数におけるインドのランキング向上を担当する部署を設立したことを指摘した。

これらの異なる指数にはそれぞれの短所と長所があるが、その手法、データセット、指標は透明性があり、専門家集団による審査を受け、世界中の研究者に広く利用されている。エコノミスト・インテリジェンス・ユニットの報告書は167カ国を対象とし、フリーダム・ハウスは195カ国と15地域を調査している。そして、V-Demは、1789年以降の202カ国を対象とする世界で最も大規模な、歴史的かつ多面的な、ニュアンスを捉え、再分類した民主主義データセットを作成していると主張している。これら三つが一緒になって、重要な役割を果たしている。特定の時点においてインドと他国を比較した横方向のスナップショットを提供するとともに、特定の国におけるトレンドラインの長期的分析を可能にする。また、包摂的な民主的市民権の枠組みの中で、ガバナンスの水準を向上させようとするインドの市民社会擁護者にとっては、外部の検証を受けた役に立つ手段となる。

世界ランキングに固執しているのはインド政府である。測定結果を収集する人々にとって、インドは重要な国とはいえ一つの国に過ぎない。したがって、エコノミスト・インテリジェンス・ユニットの調査結果が<エコノミスト>誌に完全掲載された際、報告書は、民主的権利と自由が世界的に低下し、全体として2006年の指数導入以来の低スコアを記録したことを嘆いたが、インドには一度も言及しなかった。同様にフリーダム・ハウスも、「自由がない」と評価された国の数が2006年以来最も多くなったと記している。

インドが活力ある民主主義国家であり、世界最大かつ最善の多文化共存の模範であり、多様性と異なる宗教への相互尊重を重視しているという根本的な資質は、国内外におけるインドのアイデンティティーにとって不可欠な要素であり、世界における正当性とソフトパワーの最も深い源泉である。例外的ともいえるインドの民主主義と多元主義への逆行が生じれば、国内では社会的結束が危機に瀕し、国外では国家の評判が損なわれるだろう。これは、公然とウルトラナショナリズムを掲げる政府にとって異様な成り行きといえるだろう。

ラメッシュ・タクールは、オーストラリア国立大学クロフォード公共政策大学院名誉教授、戸田記念国際平和研究所上級研究員、オーストラリア国際問題研究所研究員。R2Pに関わる委員会のメンバーを務め、他の2名と共に委員会の報告書を執筆した。近著に「Reviewing the Responsibility to Protect: Origins, Implementation and Controversies」(ルートレッジ社、2019年)がある。

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