この記事は、戸田記念国際平和研究所が配信したもので、同研究所の許可を得て転載しています。
【Global Outlook=チェザーレ・M・スカルトッツィ】
2021年2月23日、国連安全保障理事会(UNSC)は、気候変動と安全保障の問題に関するハイレベル公開討論を開催した。英国の国連常駐代表により開催されたこの会合は、気候変動が国際安全保障にもたらす脅威に対処するためのUNSCの役割を定義することを目的とする一連の公開討論およびアリア・フォーミュラ会合(非公式会合)の直近回である。10年にわたる議論にもかかわらず、UNSCはいまなお一連の「概念」と「手続き」の問題について意見が割れており、本稿で示すように、気候変動に関するUNSCの役割を定義することができずにいる。(原文へ 日・英)
UNSC内での議論から、二つの際立った、しかし重なり合うトレンドが浮かび上がってきた。第1は気候の「安全保障問題化」、つまり、気候変動を社会環境的な問題ではなく国家安全保障上の問題として捉え直すことである。トレンドとしての「安全保障問題化」は地球温暖化を政治問題化し、それを実存的な脅威として描く。その目的は、気候の緊急事態に対処するための通常と異なる行動指針(防衛装置の使用を含む)を正当化することである。もう一つのトレンドは、安全保障の「気候問題化」、つまり、安全保障政策、戦略の策定また実践において、気候変動を主流に位置づけていくことである。ルシール・メルテンス(Lucile Maertens)が2021年にInternational Politics誌で発表した論文において主張したように、UNSCはこの「安全保障問題化」のプロセスから「気候問題化」のプロセスへと移行している最中である。しかし、そうする間も、依然として「安全保障問題化」として提起される事例が発生し、理事国間に分断をもたらしている。
「安全保障問題化」は厄介な問題をはらんでいる。なぜなら、気候変動に関する議論を、UNSCの任務と正当性に異議が申し立てられている分野の議題へと誘導するからである。気候が本当に脅威の増幅要因で、国際平和を損なうのであれば、UNSCは拘束力のある決議を出し、予防措置を講じる任務があるということになる。したがって、英国、米国、フランスといった理事国が地球温暖化を「安全保障上の実存的危機」と表現する場合、彼らは実際には気候変動をUNSCの責任とするための前提条件を作り出しているのである。しかし、このような「安全保障問題化」の推進と対照的な立場を取るのがロシア、中国、インドである。彼らは、気候変動が紛争の主な原因であるという点に異議を唱えており、そのような捉え方をすることは将来的な解決を妨げると主張している。
注目すべきは、紛争と気候変動の結び付きに関する科学的証拠には、いくぶん一貫性がないことである。気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は、第5次評価報告書において、「まとめると、研究により温暖化と武力紛争との間に強い正の関連性があるとは結論付けられていない」と評価している。実際、少数の理事国が積極的立場を取っているにもかかわらず、UNSCは全体として、地球温暖化の安全保障上の影響に対処することにかなり慎重である。これまでのところ、可能性の範囲で、気候変動の悪影響と国際平和および安全保障との間に仮説的な関連性があるかもしれないと認めているのみである。また、UNSCはいくつかの文書において、紛争は多面的な現象であり、一つの変数(すなわち、気候)に単純化することはできないと明記している。しかし、UNSCにおけるいつもの政治的論議においては、このようなニュアンスはしばしば影が薄くなり、気候と社会・環境的紛争との間の複雑な関連性を誤まって解釈する、センセーショナルな過度の単純化に押しのけられてしまうのである。
英国の事例が、「安全保障問題化」の危険をよく示している。2月23日の公開討論に先立って英国が配布した意見書は、気候変動、国家の脆弱性、暴力的紛争の間の相関関係に言及することにより、UNSCが予防措置を講じることを主張した。この単純な相関関係はその後の公開討論でさらに単純化され、ボリス・ジョンソン英首相はたとえ話を修辞技法として用いて、気候変動が紛争を引き起こす可能性をさらに劇的に表現した。例えば、ジョンソンは、「ふるさとが砂漠化したために路上生活を強いられ」、その後「なんらかの武装集団に加わり」、「暴力的過激派の良いカモになる」若者について考えるよう促した。あるいは、別の例を挙げ、「干ばつのためにどんどん収穫が減り、より丈夫な作物であるケシに乗り換える」農家について考えるよう主張した。どちらの例も国際安全保障の脅威となると、彼は言った。過激主義もケシも、最終的には「われわれのあらゆる都市の街路」に入り込むからだという。
英国が示した例は心をつかむが、根拠がない。暴力には常に複数の原因があることを無視しているだけでなく、気候変動への適応的対処がポジティブな調整と協調をもたらす場合も多いことを考慮に入れていない。UNSCにおける一部の政治的発言に見られる、気候と安全保障の関連性をあまりにも単純化するこのような姿勢は、最終的には、恐怖心の利用や「安全保障問題化」を非難する人々に格好の材料を提供することになる。このような非難は、ひいてはUNSCの正当性を損ない、安全保障の「気候問題化」という健全なプロセスを弱体化する。
「安全保障問題化」への抵抗として、ロシア、中国など数カ国の理事国が、UNSC以外の場所、恐らく多国間フォーラムのほうが気候変動の問題により有効に対処できるだろうと提案している。もしそうなれば、それは全員にとっての損失となる。平和と安全保障は、環境的要因を考慮に入れて初めて持続可能なものとなり得る。例えば、平和構築は将来志向のプロセスであり、気候変動に目をつぶるわけにはいかない。実際、気候問題に取り組むことへの抵抗があるにもかかわらず、UNSCはすでに、いくつかの決議(決議番号2349、2408、2423、2429)に気候変動への考慮を盛り込んでおり、関係する各国政府や機関に対して、リスク評価に気候変動を組み込むよう求めている。
しかし、これらの決議が標準というわけではない。例えば、2020年3月の南スーダンに関するUNSC決議には、同国が地球温暖化の悪影響に大いにさらされているにもかかわらず、気候変動への考慮は盛り込まれなかった。UNSCは気候変動に対処するためのベンチマークや基準をいまだに持っていないため、このような不一致は驚くべきことではない。この方向で作業を重ね、ドイツおよび「気候と安全保障を守る有志グループ(Group of Friends of Climate and Security)」は、2020年に気候変動を取り扱うことを可能にするための行動計画を理事会で提案した。この計画では特に、「気候と安全保障に関する特使」の任命、気候変動に関する定期報告、気候に配慮した平和構築が要請された。残念ながら、UNSCはこの行動計画をまだ採択していない。というのも、一部の理事国がこれをUNSCの責任の危険な拡張と見なしているからである。
結論として、UNSCは岐路に立っていると思われる。紛争と気候の関連性に関するハイレベルな政治討論は、何の結論も出せずにいる。それどころか、理事国との関係を悪くし、UNSCの正当性を弱体化させている。その一方で、平和維持と平和構築における現実的かつ具体的な側面への適切な対処が行われていない。したがって、理事国が今後、気候変動の潜在的脅威を憶測するよりも、気候変動による現実的な安全保障上の影響への対処に向けて取り組むことが望まれる。言い換えれば、UNSCは「安全保障問題化」をさらに抑制し、「気候問題化」をさらに促進する必要があると思われる。
チェザーレ・M・スカルトッツィは、東京大学の博士候補生で、気候変動と安全保障について研究している。また、Global Politics Review誌の編集長および、社会科学・研究・イノベーション協会(Association for Social Sciences, Research and Innovation)の理事も務めている。近年の著作一覧はこちら(https://scartozzi.eu/)。
INPS Japan
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