地域アジア・太平洋│中国│鉛汚染で子どもたちに健康被害

│中国│鉛汚染で子どもたちに健康被害

【東京IDN=浅霧勝浩】

鉛精錬所や電池工場の近くにある中国の貧しい村に住む数十万人の子どもたちが、深刻な鉛中毒による

健康被害に苦しんでいる。しかも被害者に対してまともな治療がなされていないうえに、真相を求める家族や記者が不当な妨害、圧力に直面している。

これは国際人権擁護団体「ヒューマン・ライツ・ウォッチ(HRW)」が、河南、雲南、山西、湖南省における鉛汚染被害を報告したレポート『私の子どもは毒を浴びせられた―中国四省での健康危機』(全75頁)に記載されている内容である。このレポートは、中国中央政府が公害規制を強化し、散発的ながら違反工場に対する取り締まりをおこなっているにも関わらず、地方政府当局が、命を脅かすレベルの鉛に晒されている子供たちの健康被害を無視している現状を報告している。

 鉛は毒性が強く人体の神経、生体、知覚機能に悪影響を及ぼす。医療専門家によれば、多量の鉛が体内に摂取・蓄積されると、脳、肝臓、腎臓、神経、胃に作用し、貧血、昏睡、痙攣等の症状を引き起こすほか死に至る場合もある。とりわけ子どもが影響を受けやすく、回復不能な知能・発達障害(学習障害、注意欠陥障害、聴覚障害、多動、死角・運動機能障害等)を引き起こす。

「血中に危険なレベルの鉛が検出された子供たちが治療を拒否され、汚染された村の自宅に帰って行っています。また、鉛の毒性の問題について告発しようとした被害者、両親や新聞記者、コミュニティーの活動家は当局に身柄を拘束されたり、嫌がらせをうけたりして、最終的には声をかき消されているのです。」とHRWのジョー・アモン健康・人権ディテクターは語った。

また同レポートは、過去10年間で多くの大規模な鉛中毒の事例が中国各地で報告されている点を指摘した。こうした事態に中央の中国環境保護部は、地方の役人に対して鉛関連工場の監督を強化し既存の環境法を施行するよう指示してきた。また、同環境保護部は、環境規制に違反した企業や地方役人に対しては刑罰を適用する意向を表明している。

しかし、こうした中央政府の対応も問題の大きさにまったく追いついていない。HRWレポートは、中国政府当局に対して、鉛汚染に晒されている村民たちに対する長期的な視点に立った医療対策を直ちに実施するとともに、鉛鉱毒の除去を行うよう強く訴えている。

「村の鉱毒被害が深刻になってから工場の所有者や地方役人を罰するだけでは不十分です。政府は鉱毒被害者に対して治療の手を差し伸べるとともに、子どもたちが有毒な鉛に再び晒されないよう必要な措置をとるべきです。」とアモン氏は語った。
 
HRWレポートによれば、地元当局は、住民が血液検査を受けられる範囲を狭く区切るなどの恣意的な対応をしているという。それどころか、検査の結果を本人に知らせなかったり、血液中の鉛濃度が高く医師の治療が必要と判明した子どもに対して、単にリンゴ、ニンニク、牛乳、卵など特定のものを食べるよう勧めることですませたりと、人権侵害の例に枚挙に暇がない。

HRWは2009年末から2010年初頭にかけて河南、雲南、山西、湖南省で聞き取り調査を実施し、鉛中毒に苦しむ子供を持つ数十組の両親の経験を克明に記録し、北京、上海で研究調査を合わせて今回のレポートを作成した。

雲南省での聞き取り調査である母親は、「この村で子供たちを診療した医師は、全員が鉛中毒に罹っていると告げました。しかし数か月後、当局は一転して子供たちは全員健康と伝えてきたのです。そして私たちがどんなにお願いしても血液検査の結果をみせてくれないのです。」と証言した。

また山西省での調査では、孫に治療を受けさせようと試みた年配の女性の証言を記録している。彼女は、「政府担当者は私たちにニンニクを渡して孫に大目に食べさせるよう言いました。私たちは孫の病気を治せる薬をお願いしました。すると彼らは鉛中毒用の薬は効かないので提供できないと答えたのです。」と語った。

近年中国中央政府は、各地に広がった産業公害を抑え環境と公衆衛生を守る目的で数々の環境関連の法令を通し普及につとめてきた。

しかしそうした法令の執行状況は一様でなく、既に深刻な鉱毒被害がでている村落で鉛汚染のレベルを軽減する措置はほとんど実行に移されていない。HRWは、こうした被害村落住民が健康的な環境を奪われ適切な健康管理を享受できない状況におかれている現状は、中国政府が「経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約」及び「子供の権利条約」で規定されている義務を履行していないことを意味すると警告している。

TRWレポートは、今日世界最大の人口を抱え第二位の経済大国となった中国について、過去15年で国内総生産を10倍に伸ばしたと指摘している。まさに公正な目で見て、こうした急速な国内総生産の伸びが、1978年以来実に2億の人々の生活を絶対的貧困レベルから引き上げたのである。

「しかしこの急速な経済発展は一方で、深刻な環境破壊という代償を伴うものであった。この時期広がった産業公害は水や土壌、空気を汚染し数百万人~数億人の人々の健康を危険に晒してきた。実に今日の世界で最も汚染された30都市のうち、20は中国の都市である。」とHRWレポートは記している。

「中国政府はこうした大規模な毒物公害がもたらす環境被害は受け入れられないものだと理解し始めている。しかし残念ながら、政府が無視し続けた結果数十万人もの子供たちが深刻な健康被害に直面している問題については未だに取り組んでいない。」

「中国政府の人権軽視の姿勢は、これまで同政府が、環境汚染から健康被害を最も受けやすい貧しい人々を含む自国の市民に責任を負わないで済む経済開発モデルを推し進めてきたことを意味している。」とHRWレポートは記している。

「しかし産業公害とそれに伴う責任の不在は、もはや健康問題の範疇をはるかに超え、中国においてはたして人権(生存権、適切な生活水準を享受する権利、情報取得の権利、正義へのアクセス権等)を確保できるかどうかに関わる深刻な問題である。」とHRWレポートは記している。

一方でHRWレポートは、鉛中毒危機に対処するための多くの提案を記載している。

まず、世界保健機構(WHO)に対して、中国疾病予防センターに専門知識を提供して、血液検査態勢の充実を図るとともに、中国衛生部と協力して高い鉛の血中濃度が認められた患者に対する包括的な治療計画を策定するよう求めている。

また、中国から天然資源などを得ている外国企業に対しては、取引きのある中国側企業が諸法令を実際に遵守し、人権上の問題がないかどうか、現地工場の訪問や第三者機関による調査を含む監視体制を確立すべきだと提言している。

また、中国における健康、環境、人権問題に財政支援或いは関心を持つ米国、欧州連合を含む各国政府及び国際援助機関に対して、中国国内の産業公害の深刻な現状について中国政府に明確に懸念を伝えるよう呼びかけている。

さらにHRWレポートは、各国政府・機関は、産業公害と鉛中毒に関して正当な権利の行使として政府に抗議した結果、多くの市民が逮捕、拘留されている現状について中国政府を非難するよう記している。(原文へ

翻訳=IPS Japan浅霧勝浩

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