【ペシャワール(パキスタン)IPS=アシュファク・ユスフザイ】
ラメーラ・ビビさん(39歳)には生後一か月になる男の赤ちゃんがいたが、6月28日、彼女の腕の中で息を引き取った。空爆を逃れて北ワジリスタン管区にある自宅を退避した際に罹った肺感染症が死因だった。同県では6月中旬に始まったパキスタン軍による対パキスタン・タリバン運動(TTP)掃討作戦により、50万人近い住民が避難を余儀なくされている。
ビビさんはこみ上げる涙を必死に抑えながら、彼女の一家に起こった出来事について話してくれた。
「息子は6月2日に我が家で生まれたのよ。元気で美しい子だったわ。もし家を追われさえしなかったら今でも生きていたはずなのよ…。」
しかし今のビビさんに、亡くなった子どものことをいつまでも悲しんでいられる余裕はない。
ビビさんには、涙を拭って自身と幼い2人の娘の命を繋ぐために、なんとしてでも食料を確保しなければならないという厳しい現実が待ち構えている。北ワジリスタン管区は、アフガニスタンと国境を接する山岳地域で、地域に跋扈するTTP民兵を標的にしたパキスタン軍の空爆から逃れるため、約468,000人が国内避難民となっている。
パキスタン軍が6月15日に軍事作戦を発動した動機の一部として、同月8日に18人の死者を出したTTPらによるカラチ(ジナ)国際空港テロ襲撃事件が指摘されている。
パキスタン政府は2005年以来、連邦直轄部族地域(FATA)において民兵組織に対する掃討作戦を断続的に行ってきたが、失敗に終わっている。とりわけ北ワジリスタン管区では米軍の占領下にあるアフガニスタンから逃れて越境してきた反政府民兵グループが長らく支配的な影響力を維持してきたことから、今回パキスタン軍はもてる火力を総動員して11,585㎡に亘る同県の完全制圧に踏み出したのである。
政治評論家の一部は、政府のテロリストに対する「強硬路線」を称賛しているが、長年にわたる紛争で疲弊しきっている県内の一般住民にとって、この軍事作戦がもたらすものは、家の喪失、飢え、病気といった悲惨以外のなにものでもない。
北ワジリスタン管区を逃れた難民は、カイバル・パクトゥンクワ州の古都バンヌにある大規模な難民キャンプへ続々と流入してきているが、彼らの大半は、摂氏45度にもなる炎天下の砂利道を何時間の歩いてきたため極度の疲労で倒れこんでいる。
しかしカイバル・パクトゥンクワ州は、既にこの9年間で100万人近くの難民を受け入れ対処能力の限界に達しつつあることから、今般の北ワジリスタン県から流入してくる避難民の事態に対して全く準備ができていない。
ここでの一時収容施設はテントで室内の気温が非常に高くなるうえに、難民らは医師の診察をうけるにも、野外で長蛇の列に並ばなければならない。うだるような夏の暑さが今後数週間でさらに厳しくなることが予想される中、医療専門家らは、本格的な健康危機の発生を警告している。
北ワジリスタン管区に住んでいたムスリム・シャーさんは、妻と子どもたちを連れて45キロにおよぶ未舗装の道を歩きとおしてバンヌ難民キャンプに到着したばかりである。
彼は難民キャンプの粗末な診療所で深刻な脱水症の治療を受けている。避難の途上で口にした汚染水が原因で発症したウィルス性胃腸炎のほうは回復に向かっている。
シャーさんはIPSの取材に対して、「不衛生な環境の中で、家族の健康が心配です。」と語った。彼が弱々しく指差した先には、近くの汚い運河があり、そこでは一群のバッファローに交じって沐浴している彼の子どもたちの姿があった。
バンヌ県立病院副院長のサブズ・アリ医師はIPSの取材に対して、「これまでに約28,000の避難民を診察してきました。そのうち25,000人の患者は長時間に及ぶ日光露出、栄養不足、汚れた水を口にしたこと等を原因とする予防可能な病気で苦しんでいます。」と語った。
6月29日、パキスタン政府は、民間人が(北ワジリスタン管区を)脱出できるよう、翌日の空爆再開まで期間限定で外出禁止令を一時的に解除した。
アリ医師は、「その間に脱出した人々が、まもなくバンヌに殺到してくるでしょう。気温が急上昇しているなか、ポリオや麻疹といったワクチンで予防可能な幼児疾患や胃腸炎や下痢といった水や生物を媒介とした伝染病が発生する恐れがあります。私たちは病気の蔓延を防ぐべく、協力し合って対策を講じていかなければなりません。」と語った。
4人家族で避難してきたアハメド・マスードさん(59歳)のケースが、次々に明らかになる危機を体現しているかもしれない。
マスードさん自身は、うだるような暑さの中を40キロも歩いた結果、熱射病に罹り寝たきりの状態にある。14歳、15歳、20歳になる3人の息子たちは6月22日に難民キャンプに到着して以来、下痢、発熱、頭痛に苦しんでいる。
マスードさん一家は一週間近くに亘って清潔な水にアクセスできなかったことが明らかになっており、このことが病状をさらに悪化させた原因とみられている。
カイバル・パクトゥンクワ州保健局から派遣されてきた公衆衛生の専門家であるアジマン・シャー氏によると、避難民の中には極度の疲労困憊から心不全を引き起こしたケースもあるという。シャー氏はIPSの取材に対して、「砂漠では、家族が蛇やサソリに咬まれて命を落とすリスクにもさらされます。そうした経験がトラウマとなり、長期に亘って精神的なストレスになることもあります。」と語った。
北ワジリスタン管区からバンヌに流入してきた難民の約9割は、10年以上に亘ってテロ活動の影響で疲弊した地元経済の下で貧困ラインを遥かに下回る生活を余儀なくされてきた極貧層の人々である。個人で診療費を支払える人はほとんどなく、巨大な難民キャンプに数少ない医師の診察を受けるためには、長蛇の列でただひたすら自分の番を待つしかないのが現状である。
しかし北ワジリスタン管区のミル・アリ市から逃れてきたジャラル・バカールさん(30歳)のような人々にとっては、その余裕すらない。バカールさんは、「妻は2週間以内に出産の予定です。しかし医師によると、ここに逃れてくるまでの無理がたたって子どもは早産児になるとのことです。妻にはベッドで充分な休養をとらせてやりたいのですが、ここではまともな宿泊施設さえ見つけられていないのです。」と語った。
バカールさんは、現在の状況が続けば生まれくる子どもの命も諦めることになるのではないかと不安に駆られている。
またバンヌ難民キャンプでは、難民らの苦境をさらに追い詰めかねない、深刻な食料不足の問題が現実味を帯びてきている。
国連人道問題調整事務所(OCHA)が6月30日に発表した評価報告書によると、「パキスタン軍は110キロの配給パッケージ30,000袋を配布したほか、国際連合世界食糧計画(WFP)は、8,000家族分の食料供給を行っている。また多くの非政府組織や慈善組織が救援活動を行っている。」
それでも難民キャンプに避難した族長のイクラム・マスードさんをはじめとする避難民の中には、これから最悪の事態を迎えるのではないかと恐れている。マスードさんは、「ここには、まともな食料やトイレなどの公衆衛生施設がないうえに、洗剤、石鹸といった生活必需品さえありません。このままでは、難民がさらに厳しい状況に陥るのは目に見えています。当局に清潔な水と公衆衛生施設の設置を陳情しましたが、無視されました。」とIPSの取材に対して語った。
現在、国内避難民の75%を女性や子どもが占めていることから、世界保健機関(WHO)は、6月30日に発表した報告書の中で、女性を対象に、安全な飲料水の利用と衛生的な食品の調理と保管を促す、大規模な啓蒙活動を早急に実施する必要性を訴えている。
また同報告書には、「食事や調理の前に手洗いをする利点を積極的に説いて回るとともに、虫刺されによるマラリアの発生を防ぐために防虫加工を施した蚊帳の使用を勧める必要がある。」と指摘している。
WHOはバンヌ難民キャンプに90,000人分の医薬品を送ったとしているが、地元の医療専門家らは、急速に事態が切迫するなかで、それでは不十分だとみている。(原文へ)
翻訳=IPS Japan
関連記事: