地域アジア・太平洋将軍たちを擁護した彼女を、その将軍たちが投獄する―国際司法裁判所がミャンマーの「ジェノサイド」事件の審理を開始

将軍たちを擁護した彼女を、その将軍たちが投獄する―国際司法裁判所がミャンマーの「ジェノサイド」事件の審理を開始

【ミャンマー・ヤンゴン/タイ・チェンマイIPS=ガイ・ディンモア】

厳しい刑務所環境のもとで約5年にわたり外部と遮断され、連絡も取れないまま拘束され続けるアウンサンスーチー氏は、国際司法裁判所(ICJ)が今週、ミャンマーによるロヒンギャ少数派へのジェノサイド(集団殺害)をめぐる画期的な審理を開始したことを、知らない可能性が高い。

仮に独房の外から何らかの情報が届いたとしても、ノーベル平和賞受賞者で、民選政権の指導者として失脚した同氏は、2019年にハーグで予備的手続に臨み、自ら擁護した将軍たちが、いまや自分の「看守」となっているという皮肉を、思い起こさずにはいられないだろう。

ICJで争われる本件は、ガンビアが提訴した。争点は、2016~2017年にかけて軍と仏教徒民兵が、主としてイスラム教徒のロヒンギャ少数派に対して行った掃討作戦をめぐるジェノサイドの疑いである。数千人が殺害され、村は焼き払われ、女性が性的暴力を受け、最終的に70万人を超える人々が国境を越えてバングラデシュへ逃れた。

スーチー氏の評価は、ハーグ行き以前から西側で大きく損なわれていた。2017年には、母校である英オックスフォード大学セント・ヒューズ・カレッジが、同氏の肖像画を公の場から撤去した。2018年には、アムネスティ・インターナショナルが、同氏が政府首班として暴力を非難する道義的影響力すら行使しなかったことに失望し、他の多くの機関や自治体とともに、授与していた賞を取り消した。1991年のノーベル平和賞は維持されたが、これは取り消す規則が存在しなかったためである。

Photo: Proceedings instituted by the Republic of The Gambia against the Republic of the Union of Myanmar on 11 November 2019. Source: ICJ.
Photo: Proceedings instituted by the Republic of The Gambia against the Republic of the Union of Myanmar on 11 November 2019. Source: ICJ.

一方、国際刑事裁判所(ICC)の検察官は昨年11月、ロヒンギャに対する人道に対する罪の疑いで、ミン・アウン・フライン最高司令官の逮捕状を請求した。

こうした中で、スーチー氏がミャンマーの法務チームを率いてICJに立ったことは、軍と文民の間にあった不安定な権力共有の均衡を保つどころか、結果的に将軍たちが彼女の運命を決定づける一因となった可能性がある。

「その時点で彼女の信認は崩れ、西側を失った」。ヤンゴンのベテラン分析者はそう語る。「その時、軍は彼女に手を打つと決め、クーデターの準備を始めたのだ」とも述べ、ミン・アウン・フライン氏が「国際社会はスーチー氏を支えない」と見込んだことが、クーデターの判断に織り込まれていたと説明した。

スーチー氏は昨年6月、拘禁下で80歳を迎えた。1988年に英国から帰国して以来、投獄または自宅軟禁下に置かれた期間は通算で約20年に及ぶ。2年前から弁護士とも面会できず、支持者が「捏造だ」とする汚職など複数の罪状で、有罪判決に基づく刑期は合計27年に達する。

国外では忘れられ、あるいは「もはや無関係」と見なされがちだが、国内では「マザー・スー」として、少なくとも仏教徒のバマー(ビルマ)多数派の間で、いまなお広い支持を保ち、象徴的存在であり続けている。彼女の運命は、ミャンマーの将来の行方にも影を落とし続ける。

軍政は、支配地域で段階的な選挙を進めている。多くの国民はこれを出来レースだと退けるが、それでも人々の間には、4月に名目上の民政が発足した後、次期大統領になる可能性があるミン・アウン・フライン将軍が、スーチー氏や、失脚したウィン・ミン大統領を含む政治犯の一部を釈放するのではないか、というかすかな期待が残る。軍の代理政党が、名目上の政権移行に合わせて何らかの譲歩を示すかもしれない、という見方である。

だが、抵抗勢力や、軍政の支配外で活動する「国民統一政府(NUG)」関係者は懐疑的だ。

Min Aung Hlaing
Min Aung Hlaing

「ドー・アウンサンスーチー氏の釈放は、現在の勢力均衡に強く左右される。ミン・アウン・フラインにとって、彼女の自由は体制の権威を根本から揺るがす。したがって、軍が実権を握り続ける限り、彼女を隔離し続ける動機は強い」。NUGのデービッド・グム・アウン副外相は、国外からIPSにそう語った。

同氏によれば、「信頼できる前進の道筋」とは、スーチー氏が収監されているとみられる首都ネピドーを掌握し、軍政を解体すると同時に、抵抗勢力の間で幅広い政治合意、あるいは連立を形成することである。

「それには、途方もない総力と大規模な連携、そして、はるかに強固な政治・軍事同盟と協定が不可欠だ」。同氏はそう付け加え、NUGが、数十年にわたり軍政に抵抗し、ときに相互に戦ってきた多様な少数民族武装勢力との合意形成に苦闘している現状にも言及した。

また、軍から離反し、国外で市民抵抗勢力に加わった元陸軍大尉はIPSの取材に対し、家族そろって2020年総選挙で、スーチー氏率いる国民民主連盟(NLD)に投票したと語った。NLDは圧勝したが、将軍たちは2021年のクーデターで選挙結果を無効にした。

「自分は『マザー・スー』が好きだ」。元兵士はそう述べたうえで、こう続けた。「だが、いま彼女が指導者になるのは非常に難しい。何も変化が起きていない。ミン・アウン・フラインは可能な限り長く彼女を拘束する。私は彼と仕事をし、性格を知っている。あの人物は絶対に釈放しない。執念深い男だ」。

2021年初頭の大規模な街頭抗議は軍に弾圧され、その後、各地で立ち上がった抵抗勢力に合流した若い世代の間では、スーチー氏の時代から前に進むべきだという見方も強まっている。

「新しい指導者の時だ。彼女は高齢だ。Z世代は彼女の言うことを聞かない」。そう語ったのは、あるホテル従業員である。ただし同氏は、スーチー氏の歴史的功績自体は評価していた。

NUGと新世代の一部は、歴代のミャンマー指導者が、国籍を持たない人々が多いロヒンギャ共同体に対して重ねてきた虐待と不正にも、目を向け始めている。今週のICJ審理の動きを追う者の中には、2019年にスーチー氏が軍を擁護したことは道義的に誤っており、結果的に自らの立場を弱めた――と率直に語る者もいる。

「いま、彼女は彼らを守るためにそこにいない」。軍が活動家の父親を追い詰めたため国外へ逃れたという若者は、そう語った。

一方で、彼女を長年知る人々の間では、スーチー氏がハーグ行きを決断した動機をめぐり、いまなお見方が分かれている。

独立の英雄で、現代ミャンマー軍の創設者でもあるアウンサン将軍の娘として、国家を守るという矜持だったのか。将軍たちの権力を抑え込みつつ政治・経済改革を進めるため、これしか道がないと誤算したのか。あるいは彼女自身が、バマー多数派の仏教ナショナリストとして実質的な連邦制に懐疑的で、ロヒンギャを「ミャンマーに属さない移民」と見なし、支配的宗教への脅威と捉える点で、将軍たちと同質だったのか――。

強大な一勢力が、国民の多数が退ける「過去」に固執し続ける国において、ミャンマーの未来像をめぐるこれらの問いは、いまなお重い意味を持つ。ひとりの女性の運命もまた、その問いの只中にある。(原文へ

INPS Japan/IPS UN Bureau Report

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