地域アジア・太平洋│インド│「英語の女神」に目を向けるダリット

│インド│「英語の女神」に目を向けるダリット

【ニューデリーIPS=ランジット・デブラジ】

数百年にも及ぶカースト制度の差別から逃れるため、インドのダリットが「英語の女神」に目を向けている。

「壊れた人々」を意味する被差別階級のダリットが、ウッタル・プラデシュ州(人口1億9000万人)ラキンプール・ケリに新しい寺院の建設を始めた。そこに建立される女神は、その姿がニューヨークの自由の女神によく似ている。ただし、手に持っているのは松明ではない。右手にはペン、左手には本を抱えている。

その上、ヒンズーの神は通常、蓮(ハス)の台座に立っていることが多いのだが、この女神はコンピューターの端末の上に立っている。ダリットが加わりたいと願う技術時代の象徴である。それは、ダリットを不可触賤民として特定の職業を強制、差別してきた遺制からの離脱を意味している。

Thomas Babington Macaulay, 1st Baron Macaulay by the French photographer Antoine Claudet, Public Domain

寺院の最高位の聖職者でダリット出身の知識人として著名なチャンドラ・バーン・プラサッド氏は、「ウッタル・プラデシュ州のバラモン(カーストの最高位)は英語を敵視するという過ちを犯してきました。ヒンズー語偏重の国家主義的政策を進めたためにバラモン階級自身が時代から取り残されてしまったのです。私達ダリットはこの失敗を繰り返さない決意をしています。インドが国際化していく中で、ダリットに限らず時代から取り残されないでいくための唯一の方法は英語を身に着けることに他ならないのです。」とIPSの取材に応じて語った。

インドでは学校での英語学習を選択制にしてきた州では、必修の州よりも子どもたちの学力レベルが落ちるという。「それが、(カルナタカ州の州都)バンガロールが情報技術の国際的ハブになれても、(ウッタル・プラデシュの州都)ラクナウがそうはなれない理由なのです。」とプラサッド氏は語った。

プラサッド氏は、19世紀に英国からインドに赴任して英語教育の普及に多大な功績を遺した政治家トーマス・バビントン・マコーリー氏に影響を受けていると公言している。マコーリー氏はインド人の英国人化を企図して1854年にインドに英語を導入した人物で、当時次のように述べている。「英語教育を受けたヒンズー教徒は誰しもヒンズー教の教えに縛られ続けることはないだろう。我々の英語教育計画が実施されれば30年後には(英国風の知性と教養を身に着けた)インド人社会層において偶像崇拝者はいなくなるだろう。」このようなマコーリー氏の教育政策は、後世のヒンズー至上主義者のかっこうの批判の対象となっている。

しかしプラサッド氏は、「マコーリー氏の教育政策はそれまで上級カーストに独占されてきたサンスクリット語による伝統的な学習制度を解体し、新たにダリットに対して教育の門戸を開放するものだったのです。」と語った。

「イギリスが英語で授業を行う学校をインドに開設したとき、当初ダリットは上位カーストによって入校を阻まれました。それで、植民地政府は、カーストや信条、性別、宗教によって入校を拒否してはいけないとの命令を発さねばならなかったのです。またマコーリー卿は、すべてのインド人の平等な取り扱いを定めたインド刑法を起草した人物でもありました。」と語るプラサッド氏は、インド社会に革命をもたらした政治家の誕生日である10月25日を毎年祝っている。

それとは対照的に、ヒンズー至上主義者達は彼らの伝統格式を共有しないインド人を侮蔑の意味を込めて「マコーリーチルドレン」と呼んでいる。

「マコーリーチルドレン」の中でも最も著名な人物が、ダリット出身でコロンビア大学とロンドン・スクール・オブ・エコノミクスの学位を取得したビームラーオ・ラームジー・アンベードカル氏(1891~56年)である。

1949年のインド憲法の起草者として同国の歴史に偉大な足跡を残したアンベードカル氏は、「英語は雌ライオンの乳」と呼び、出身を同じくするダリットに対して、自らを開放する手段として英語学習とその使用を強く勧めた最初の人物である。

アンベードカル氏が起草したインド憲法は、信仰の自由を保障しあらゆる形態の差別を非合法化するとともに、ダリットと下級カーストに対して教育、公的雇用、議会議席数の三分野において一定の優先枠留保制度(Reservation system)を与えている。

プラサッド氏は、「しかしこうした憲法の規定にも関わらず12億のインド人口の16%を占めるダリットは、今日でも様々な差別に晒されていいます。例えばインドの多くの地域においてダリットはインズー寺院への立ち入りを許されていません。だから私たちは『英語の女神』を祭るダリット自身のための寺院を設立する計画を立てているのです。これらの寺院ではすべての社会階層の人々の参拝を歓迎します。」と語った。

「プラサッド氏は、まさにインドの伝統である柔軟性と順応性に根差したアイデアをもとに『英語の女神』という構想を思いついたわけです。」とインドの著名な文化社会学者でネルー大学名誉教授のヨジェンドラ・シン氏は語った。

「プラサッド氏は『英語の女神』構想を通じて、彼がインドの歴史とインド社会のエートスでもある『現在を過去に見いだす無限の能力(この場合、『英語の女神』は新しい試みだが、インド伝統の宗教的慣習である偶像崇拝をうまく利用したもの)』に対して深く理解していることを示しました。」と「インドの伝統の近代化」の著者でもあるシン教授は語った。

同様の手法は、ウッタル・プラデシュ州のマヤワティ・ダリット問題担当相の政策にも見いだすことができるかもしれない。同担当相は、各方面からの批判を顧みることなく、公金を使ってハンドバック(ほどんどのインド人にとって女性の近代化と力を象徴するアイテム)を手に抱えた彼女自身の銅像を同州の各地に立てているのである。

シン教授は、「たとえプラサッド氏が進めているインド各地に「英語の女神」を祭る寺院を建設する計画がとん挫したとしても、英語を学ぶことは意味があるというメッセージはインド社会に広く伝わるだろう。」と語った。(原文へ

翻訳=IPS Japan浅霧勝浩

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