SDGsGoal10(人や国の不平等をなくそう)教育と経済面がカギを握る先住民族のHIV/AIDS患者支援

教育と経済面がカギを握る先住民族のHIV/AIDS患者支援

【シドニーIPS=ニーナ・バンダリ】

ニュージーランド北島西岸のワイカナエ出身のマラマ・パラ(43歳)さんは、22才の時にHIV陽性と診断された。この診断結果は彼女の属する狭いマオリ族社会で瞬く間に広がった。

これは1993年のことだったが、パラさんは、「(ニュージーランド社会には)依然として、HIV罹患者を非難して貶めるような態度が横行しており、とりわけ罹患率が高い先住民族社会に深刻な影響を及ぼしています。」と語った。

「もしHIV陽性と判定されたら、まるで麻薬常習者や売春婦のような『汚い』人間だと見られてしまいます。差別され、犯罪者のように扱われることで、社会のはみ出し者になってしまうのです。つまり先住民のHIV罹患者らは、こうした社会からの仕打ちを恐れて、助けを求めようとしないのです。」とパラさんは語った。彼女は現在、同じくHIV陽性の夫とともに、「INA(マオリ、先住民、南太平洋) HIV/AIDS財団」を運営している。同団体は、HIV/エイズへの意識を高める教育を通じて予防と治療介入を図っていくうえで、文化的なアプローチを採用している。

Marama Pala
Marama Pala

「この5年間でニュージーランドの太平洋諸島出身者コミュニティーにおけるHIV罹患者数は増加傾向にありますが、とりわけマオリ族の罹患率が高いのが特徴です。その理由は、なかなか検査を受けようとしないからです。特に(HIVに罹患する恐れがある)危険な行動をとる人は、きわめて重篤化するまで検査を受けない傾向にあります。」とパラさんは語った。

「HIVに罹患した先住民の女性の中には、差別を恐れて薬物治療を受けないでいる人たちが多く、結果的に救える命も救えない状況が続いています。この国には抗レトロウィルス(ARV)薬が広く普及しており、なにも彼女たちはこの時代に命を落とすことはないのです。」と国際エイズ・サービス組織評議会(ICASO)の理事もつとめているパラさんは語った。

世界各地で先住民のHIV罹患率がとりわけ高い状況が報告されるなか、活動家や専門家の間で、先住民を適切に巻き込み彼らの文化に配慮したエイズ対策の必要性が強く叫ばれている。

先住民の女性の多くが、HIVに罹患したことについて、近親の家族にさえ打ち明けられないまま、無言のうちに生きている。

「オーストラリアにはHIVに罹患した130人の先住民女性がいます。しかし、自分以外にHIVに罹患していることを公言しているのは一人しかいません。」と語るのは、ミシェル・トービンさんである。彼女は、21歳の時にHIV陽性と診断された。

トービンさんは、当時交際を始めたばかりの男性からHIV陽性だと打ち明けられたという。「当時の私は世間知らずで、自分には感染しないだろうと思っていました。しかし半年以内に私もHIV陽性だと診断されたのです。当時私は妊娠していたので、子どもに感染していないかそればかりが気がかりでした。」「1990年代初等当時のメルボルンでは、HIV陽性と診断されても特に治療は勧められませんでした。ヨルタ・ヨルタ族出身で既に亡くなった夫もそうですが、当時多くの人々がエイズの初期段階で亡くなりました。」と、トービンさんは当時を振り返った。

盗まれた世代」の子孫でありHIVそして今はエイズを発症した先住民女性として、トービンさんは周囲の人々、とりわけ彼女を勘当した自身の家族によって、様々な汚名と差別に晒されてきた。

彼女の近隣住民の中には、未だにエイズは簡単に感染する病気だと誤解したまま、彼女に近寄ろうともしない人々もいる。しかしトービンさんはこのような辛い逆境を跳ね返して、HIV/エイズとともに生きる先住民の女性の権利を熱心に訴える活動家に転身した。

Anwernekenhe全国HIV連合の会長とPATSIN(陽性のアボリジニー・トレス海峡島民ネットワーク)の委員を務めているトービンさんは、「先住民女性の感染者は、HIV感染者というマイノリティの中のさらにマイノリティと言えます。彼女たちが、HIV感染の予防や治療、孤独、秘密保持、住宅等、直面している諸問題について重い口を開けるよう、もっと財政的な支援が必要です。」と語った。

オーストラリアは、「HIV/エイズに関する国連政治宣言」が定めた目標を支持しているほか、HIV陽性のアボリジニー・トレス海峡島民にとって最適な臨床診療など、HIV感染予防に対する人々の注意を喚起するための戦略的な目標を定めた「HIVに関するエオラ行動計画」を採択している。

International Indigenous Pre-conference on HIV and AIDS
International Indigenous Pre-conference on HIV and AIDS

7月17日から19日にかけて、「HIV・AIDに関する国際先住民族作業部会(IIWGHA)」が「オーストラリア・アボリジニー・トレス海峡諸島民組織委員会(AATSIOC)」と協力して、「HIV/エイズに関する国際先住民会議」をシドニーで開催した。会議のテーマは「私たちのストーリー、私たちの時代、私たちの未来」で、先住民に焦点をあてた疫学的なデータを増やす必要性が強調された。HIVに罹患した先住民に関する臨床治療例が不足しているため、予防戦略の一環としてHIV臨床治療を実施していくうえで大きな課題となっている。

「カナダ先住民・エイズネットワーク」(CAAN)のトレバー・ストラットン氏(英国人と先住民を祖先に持つ49歳)によると、カナダの先住民のエイズ罹患率は人口全体の罹患率と比較して3.5倍にものぼるという。

「私たちは、これはカナダに限らず世界各地の先住民に見られる特徴だと考えています。しかしそれを裏付ける臨床学的なデータが不足しているため、先住民のHIV患者を対象にした臨床治療データを世界各国で収集するよう訴えているのです。そのような臨床データが集まれば、先住民が、同性愛者や性産業労働者と並んでHIV/エイズ感染のハイリスク集団であることが認知され、各国政府も予算措置を講じて、先住民自身の手による解決策が模索できるようになると期待しています。」とストラットン氏は語った。

オンタリオ州ミシサガ族出身のストラットン氏は、1990年にHIV陽性と診断された。彼は、先住民の間でHIV罹患率が高い背景には、白人による植民地支配や資源の収奪、同化政策などによって先住民が社会の底辺に追いやられてきた歴史が関係していると考えている。「社会的な決定権を奪われた結果、先住民は(HIV/エイズを含む)健康を害する高いリスクに晒されてきたのです。」とストラットン氏は語った。

Trevor Stratton/ CAAN
Trevor Stratton/ CAAN

オーストラリア統計局によると、アボリジニートレス海峡諸島民の女性のHIV罹患率は、オーストラリア出身の非先住民の女性の罹患率を比べてはるかに高いものだった。(10万人当たり、前者が1.5人に対して後者が0.4人)

2004年から2014年の間に、231人のアボリジニー・トレス海峡諸島民がHIV陽性と診断された。2013年における新規HIV罹患者は、オーストラリア出身の非先住民(10万人中3.9人)に比べて先住民(10万人中5.4人)の方が多かった。

「私たちは、HIV/エイズの問題が孤立して存在するとして知らないふりをすることは許されません。社会正義の問題は、各々の社会全体に浸透した体質の問題でもあるのです。従って、各国政府にそれを是正させていくには、国際人権メカニズム、とりわけ『先住民族の権利に関する国際連合宣言』と、『国際労働機関169号条約(原住民及び種族民条約)』を各国で順守するよう働きかけていかなければなりません。」とストラットン氏は結論付けた。

HIV・AIDに関する国際先住民族作業部会(IIWGHA)は、HIV/エイズに関する正しい知識の普及や先住民コミュニティーの間に根強く残っている偏見対策、さらには先住民を対象とした調査や啓蒙活動を行っている。

IIWGHAの使命と戦略プランは、先住民の自治権、社会正義、人権を認めた2006年の「トロント憲章:先住民行動計画」に基づいている。

CAANのリーダーシップコーディネーターで先住民族出身のドリス・ペルティエ氏は、法定貧困レベルよりはるかに貧しい生活をしている女性達を支援する活動をしている。彼女たちの中には、HIV陽性と診断された時点で当局により子どもを取り上げられたケースもあるという。

トロントで麻薬中毒者だった44歳の頃にHIV陽性と診断された経験を持つペルティエ氏は、当局に子どもを取り上げられる恐怖といった制度的な問題が、HIV罹患者が自らの健康問題について医師に相談しようという意志を阻害する要因となっていると考えている。

「本来女性たちを支援するためにあるはずの社会システムが、実際には彼女たちを阻害する障壁となっているのです。」とペルティエ氏はIPSの取材に対して語った。

彼女がオンタリオ州ウィクウェミコンにある先住民居留区に帰郷したとき、HIV陽性の彼女に手を差し伸べてくれた者も中にはいたが、多くの住民が彼女を心から受入れようとはしなかったという。そうした人々の中には、同じ皿で食事を共にすることを拒否したり、トイレを使った後には便座を殺菌するよう彼女に要求したりするものもいた。

「故郷に戻ってまもなくすると、私についての様々な噂が街に広がりました。そうした私を指す言葉の一つが『Wiinaapineh(汚い病気)』というものでした。しかし私は一歩も引かず、抗レトロウィルス(ARV)薬による治療と家族の励ましを得て少しずつ体調を改善していきました。」とペルティエ氏は語った。

IIWGHA
IIWGHA

「HIV陽性と診断されても、支援プログラムや治療方法、それ以上の感染を予防する方策があり、良質な生活を送ることができるということを、もっと多くの人々に知らせなければなりません。」と、今では曾孫に恵まれているペルティエ氏は結論付けた。

ペルティエ氏は、高い罹患率に見舞われているHIV陽性の先住民族の女性を救済する有効な対策の一つとして、「彼女たちを励まし内面的な強さと回復しようとする意志を引出すことで、自ら沈黙を破り自身の症状について率直に話せるようにすることです。」と指摘した。(原文へ

翻訳=IPS Japan

This article was produced as a part of the joint media project between Inter Press Service and Soka Gakkai International in Consultative Status with ECOSOC.

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